日本鳥学会2019年度大会自由集会報告:幕田晶子さんのイラスト作品の水鳥と湿地保全への貢献

呉地正行*・須川 恒 (日本雁を保護する会)
*E-mail: gan.g.kurechi@gmail.com
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*本報告は同タイトルのフォーラムの記事(日本鳥学会(69(1):128-130)に画像とリンク先、集会後の参加者からのコメントを追加したものである。

はじめに
 JOGA(注)の自由集会は,ガンカモ類の研究者と,その重要生息地ネットワークに関わる人々との仲立ちをする目的で始められ,1999年以降,鳥学会大会時に毎回開催されてきた.集会のテーマは,毎回ガンカモ類の生息地のネットワークを活性化し,現場での活動を支援するという視点で設定されてきた.しかし重要ではありながら,これまで項目から抜けていた課題がある.それは,水鳥とその生息環境である湿地の価値と保全活動・研究活動の重要性を普及啓発する活動である.その活動には,鳥学的な成果を文章や数値を用いずに可視化し、多くの人々が体感できるメッセージとして伝えるイラスト等の道具が不可欠となる。JOGAの関係者も多くのデザイナーやイラストレーターと連携して作成した道具を用いて,普及啓発を行ってきた.その中でも東北の地にあって,ガン類の最大級の越冬地である宮城県大崎市蕪栗沼のほとりに仙台市から移住し,「心地よい風景」の中で20年以上にわたり,心に響く多くの作品を手掛けてきたデザイナーの幕田晶子(1959—2018)さんの役割は大きかった.幕田さんは,残念なことに2018年12月に若くして亡くなられた.この功績を偲び,地域に広く周知する「幕田晶子回顧展」が2019年7月9—27日に,地元の田尻さくら高校さくらギャラリーで開催された.本集会は「水鳥と湿地保全への貢献」という切り口で,幕田さんの功績を関係者で共有することを目的に開催し,約20名が参加した.
 本集会では,冒頭に須川が趣旨説明を行い,次いで呉地が幕田さんの作品誕生の背景とその経過,及びその効果について,代表的な作品をスライドで紹介しながら以下のような講演を行った.
 なお,幕田さんの人となりの紹介および主要な10作品についてはJOGA23のサイトにファイルをリンクしてあるのでぜひごらんいただきたい.

幕田さんの作品について
 幕田さんの作品は,微生物から宇宙まで多種多彩で膨大な数に及び,その思いの中核には,まず雁がいて,さらに雁が住む風景が残されている蕪栗沼がある.幕田作品の特徴は,雁のいる風景の中に住み,湿地とその生き物の鼓動を肌で感じながら,それをデザインして可視化していることだ.この現場へのこだわりが,普遍性があるメッセージとなっている.それを象徴しているのが,幕田さんが活動を開始する際にまとめた「theかぶくりサークル」の図である.そこには蕪栗沼を中心に,世界や宇宙にまで広がる円環と調和の幕田さんの世界観が示され,それがその後の全ての作品の底流となっていた.
 幕田さんは立ち上げから関わってきた地元環境保護団体(NPO法人蕪栗ぬまっこくらぶ)のためだけでなく,ゴールを共有する関係諸団体や機関のニーズに基づき,生き物の息吹と現場感覚を感じられる作品を発信してきた.その連携先は,地元の農家,NGO,企業,市町村,県,国,大学など多岐に及び(一覧図),それらの作品は今も地域の自然資源を可視化する道具として様々な場所や場面に登場している.その一方でそれが幕田作品であることを知る人は多くはなく,優れたデザイナーの重要性について更なる周知が必要である.このことも本集会を企画した理由の一つである.

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 これらの作品の中には,地元NGOが編集し,環境省東北地方環境事務所から発行された「ふゆみずたんぼ」のパンフレット(図ふゆみずたんぼ)のように,未だに需要が多く,初版発行以来4回版を重ねているものもある.「ふゆみずたんぼ」という言葉は,冬期の水田に水を張り,新たな水鳥の生息地を創出するとともに,生き物の力を活かした持続可能な水田農業を可能にする農法で,宮城の蕪栗沼から全国へ発信し,現在は全国に普及した取り組みだが,その啓発普及の道具としてこのパンフレットは大きな力を発揮した.またふゆみずたんぼ農法に対応した3年間使える「生きもの3年カレンダー」を地元NGOと東北地方環境事務所と協働して作成したが,これもふゆみずたんぼの取り組みを後押しする大きな力となった.

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 またラムサール条約湿地関連では,地元NGOと大崎市が協働し,「化女沼,蕪栗沼・周辺水田」のパンフレットを発行したが,これらはすべて幕田作品である.
 また1983年以来その個体数回復事業を行っているシジュウカラガンに関しても多数の作品を残している.仙台市八木山動物公園,日本雁を保護する会が編集発行したパンフレット「COME BACK GEESE-仙台の空に再び」は同事業の普及啓発に大きく貢献した.
 また近縁種で特定外来種のオオカナダガンと,国内希少種のシジュウカラガンとの混乱を整理するために,環境省生物多様性センターと日本雁を保護する会が協働して作成した「似ているけど,違うのです」は,全国ガンカモ生息地調査関係者に配布され,その後,両種はきちんと分離して記載されるようになった.またこれと関連した「ふやそう四十雀雁,へらそう加奈陀雁」(図タペストリー)は稀少亜種であるシジュウカラガンと特定外来種のカナダガンを表裏1枚のチラシとすることで,その違いを明確に伝えるとても有効な道具となった.

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集会を開催してわかってきたこと
 呉地の講演後に参加者全員との質疑と意見交換を行い,また集会の参加票に多くのコメントを書いていただいた.参加者からは,これまで幕田さんの諸作品に接していたが,それらが幕田さん一人の作品であったことに驚いたというコメントが多くあった.
 幕田さんはどのように依頼者とやりとして作品をつくっていたのかとの質問が会場であった.幕田さんが依頼者の希望を直感的に理解してその場でラフスケッチを描いたやりとりが始まること,依頼内容が漠然としている場合は,納得できるまでやりとりが続くことや,慣れていない素材が対象の場合は,現場を見て自分なりのイメージを得てから作業を進めたことなどが紹介された.
 デザイナーが芸術家と異なるのは,自らの思いではなく,依頼者の思いを作品として可視化することだ.幕田さんが一人で多様な作品を多数生み出すことができたのは,様々な依頼者の思いを依頼者以上に深く理解し,それを多くの人の心に届く作品に仕上げる能力に長けていたからであろう.
 本集会では,ねらいであった湿地保全や水鳥保護の諸活動において,能力のある意識の高いデザイナーとの連携・協力がどれだけ大切なのかを再確認できたと思う.

おわりに
 幕田さんが亡くなって1年たつが,今でも幕田さんの作品と出会わない日は殆どない.そのたびにその作品作成のために議論をしていた当時の光景が思い浮かぶ.幕田さんの命は天に召されていったが,多様な幕田作品が発するメッセージは,今も多くの人々の心の中に生き続けている.集会後に参加者の一人が「デザイナーっていいなあ」とポツリと言った.この言葉を天上の幕田さんに送り,この報告を終えたい.

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=JOGAとは,Japan Ornithologist Group for Anatidae Site Network in the East Asian Flywayの略称.1999年に設立され,当時の日本語名称は,その支援対象のフライウェイの枠組みが,「東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク」と呼ばれていたため,「東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク支援・鳥類学研究者グループ」と呼ばれた.その後,2006年にその枠組みが変更され,「東アジア・オーストラリア地域フライウェイパートナーシップ」となったため,現在,JOGAの日本語名称を「東アジア・オーストラリア地域渡り性水鳥重要生息地ネットワーク(ガンカモ類)支援・鳥類学研究者グループ」と変更した.詳細はここを参照されたい。
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●集会参加者コメント一覧
・素晴らしい作品群を見せていただきありがとうございました。
・あらためてデザインの大切さがわかりました。ありがとうございます。
・作品の説明を見て思うのですが、幕田さんの作品ということは知りませんでした。とても、よくわかりやすいデザインで、一般の方にもわかりやすい目に見える化することは、とてもりっぱなことと改めて思いました。
・様々なグッズが普及に役立ったことがわかった
・デザインは、もちろん配色レイアウトは、どれをみてもデザイナーさんの仕事だということはわかります。そんな方がガンも描いていることはたいへん貴重な存在だったのがわかります。こういう方がまたあらわれてくれることを願っています。
・とても幸せな例だと思いました。人に伝えることは、デザイン・イラストの使命ですが、幕田さんと呉地さんの出会いは必然だったのですね!!と思いました。
・幕田さんの表現力に改めて感動しました。また、皆様のこれまでの活動を呉地さんの解説で振り返っていただき、大変勉強になりました。今後の活動の参考にさせていただこうと思います。
・幕田さんの作品は、シンプルで人に伝わりやすい絵を描かれていましたね。現場で実物をみているからこそ、多くのポーズを生き生きとえがけたかなと思いました。
・よくみたことのあるパンフレットやチラシをすべて同じ方が作っていたのを初めて知りました。
・専門の人も専門外の人もわかりやすいと思える良いデザインが普及啓発によく役立つのだろうと思いました。地図などの多くの人が見るものに環境や生物系のイラストが説明を入れることで、多くの人に関心をもってもらうことができたと思いました。環境や生物への理解や愛があったからこそクオリティーの高い良いデザインが出来上がったのだと強く思いました。
・幕田さんの多様な作品 もっとこれからも見たかったです。
・イラストデザインで、一人でも多い方に手に取っていただける、興味を持ってもらえることが各湿地には重要で、でも難しいことなので、幕田さんの活動は、とてもうらやましく感じました。

以上
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