(前回の③ドイツでの生活はこちら)
よくハリーポッターになった夢を見てしまう私にとって、マックスプランク鳥類学研究所はホグワーツ城と言ってもいい(ちなみに悪夢では、7割方ヴォルデモートにアバダケダブラされる)。建物の形こそ違えど、迷子になるほどの広さ、湖のほとり、フクロウ小屋ならぬ数々の鳥小屋、第一線で活躍する研究者の先生方、世界からやってくる人々。研究を志すひとにとって素晴らしい環境であることは間違いない。
私が所属していた研究室はHenrik Brumm先生のグループで、動物のコミュニケーションと都市の生態学をメインに研究している。メンバーは、先生、ポスドクの方、研究アシスタントの方と私のなんと4人だけ!というミニグループだった。つまり学生より指導者の数のほうが多い。おかげでそれはそれは手厚い教育を受けさせてもらっていた。
閉じた狭いコミュニティでは人間関係の円滑さが気になるところだが、私がここにきて最初の日に先生が「少しでも不快なことがあったら何でも言いなさい。全部解決しよう。」と言ってくださったのが本当に心強かった。言葉通り先生は違う文化圏からきた私のことを非常に気遣ってくださり、そして同時に素晴らしい指導者であり研究者であって、非常に尊敬できる人だ。来た時から私は先生のことを密かにダンブルドア先生のようだと思っている(というと先輩にそこまでお爺さんではないでしょうと言われてしまうのだが)。
さて、私がBrumm先生の元に来たのは、車や飛行機など都市の騒音のなかで、鳥がどのように音声コミュニケーションを行っているのかに興味があったからだ。きっかけは、留学前に『都市で進化する生物たち “ダーウィン”が街にやってくる』(メノ・スヒルトハウゼン著,草思社,2020)という本を読んだことである。
その本の第16章は「都市の歌」。2003年の研究によると、都市にすむヨーロッパシジュウカラのさえずりは、そうでない場所のものとは異なっているらしかった。街の騒音は、車の音に代表されるように、音程が低いことが多い。都市にすむシジュウカラは、自分のさえずりの音程を高くすることで街の低音ノイズにかき消されないようにしているとのことだった。
その辺にいるシジュウカラでも、実はその辺に「いられる」理由があってのこと。自分が住んでいるまちの周辺だからこそ面白い動物の現象が転がっているかもしれない。その章を読んでいた私の顔は、ハリーがはじめて箒に乗った時のようにキラキラしていたに違いない。あるいは最近のマイブームで例えるならば「アーニャ、わくわくっ!!」顔である。
修論では騒音に対する歌行動の変化を研究することにした。カナリアを対象に、次々と離着陸する飛行機や往来する車をラフに模した断続的なノイズを聞かせてみた。予想としては、彼らはノイズが途切れるタイミングを学習して・あるいはノイズは待っていれば途切れるということを学習して、ノイズとノイズの間の静かな時間に歌うようになる、と考えていた。
ところが、ことごとくカナリアが予想に反した行動を示した。グラフを描き全体像としてはっきりとその結果を見たときには、俄かには信じがたいものがあった。驚いたと同時に、私は絶望した。ああ、はやく一本目の論文が欲しかったけど、これでは書けないのだろう、と。しかしBrumm先生は言った。「論文化しよう!」
ということで現在はその結果を絶賛投稿中である。レビュアーからの厳しいご指摘を読んでいると凹んでしまうこともあるが、大好きな共著者のみなさん、つまりマックスプランクの研究室メンバーに支えられてなんとか持ちこたえている。どうにかそのうち世に出せることを祈っている。