皆様こんにちは、大阪市立大学の西田有佑です。このたび、「モズのはやにえ」に関する私の研究成果に対し、2020年度の中村司奨励賞を頂けることになりました。栄誉ある賞で大変嬉しく思っております。今年はコロナ流行の影響で鳥学会の年次大会が中止となり、受賞した研究内容を発信する場が残念ながらなくなってしまいました。そこで、鳥学会の運営委員の方々にお願いしまして、鳥学通信の場をお借りして、この記事を掲載させていただきました。委員の皆様ありがとうございました。
私が研究しているモズは、昆虫などを好む食肉性の小鳥です。ときおり捕まえた獲物を枝先などの鋭利な場所に突き刺し、そのまま放置することがあります。この串刺しの獲物を「モズのはやにえ」といいます。モズがなぜはやにえを作るのか、これまでたくさんの仮説が提案されています。大きな獲物を食べやすい肉片に引き裂くための行動、なわばりの領有権を主張するマーキング行動、なわばりの餌の豊富さや餌採りの上手さを誇示する行動などです。そのなかでも最も有力視されてきたのが「冬場の保存食」仮説です。モズは餌の少ない冬に備えて、はやにえをせっせと貯えているという主張です。いろいろ文献を調べてみると、おもしろいことが分かりました。簡単に調べられそうな仮説なのに、ほとんど検証されていないのです。誰でも思いつきそうな仮説なので、鳥類学者の興味をそそらなかったのでしょう。しかし、これは「はやにえ研究」の先駆者になれるチャンスです。というわけで、私は冬場の保存食仮説の検証に乗り出しました。
はやにえが冬場の保存食ならば、気温が低く、餌不足に苦しむ時期にモズたちははやにえを一気に回収するはずです。その結果がこちら(図1)。モズの雄のはやにえの生産時期と消費時期を表したグラフです。生産のピークは10~12月で、モズは毎月約40個のはやにえを貯えるようです。比較的暖かく、餌の豊富な秋にはやにえを貯える傾向があると言えそうです。次に消費時期です。はやにえの消費量は気温が低くなるにつれてどんどん増えていき、消費のピークは1月だと判明しました。この時期は1年で最も寒い時期、平均3℃程度。どうやら予想通り、モズは餌の少ない冬に向けて、はやにえを貯えていると言えそうです。これにて一件落着!…でしょうか?
図1 モズのはやにえの生産量と消費量の季節変化と気温の関係。横軸の数値ははやにえ調査を行った月を、白の棒グラフは月々のはやにえ生産数(平均値±SD)を、赤の棒グラフははやにえ消費数を、青の折れ線は最低気温の平均値を表す。
図1のグラフをみて、少し不思議に思うことがありました。はやにえの主な機能が冬の保存食ならば、1月と同じくらい気温の低い2月にももっと多くのはやにえが消費されてもよいはずです。しかし、はやにえの消費量は1月がもっとも多く、2月ではわずか。これは、はやにえには「冬の保存食以外」の機能も備わっている可能性を示唆しています。はやにえの消費がピークとなる1月は、モズの繁殖シーズンの開始直前であることを踏まえると、はやにえの新機能は繁殖となにか関係があるかもしれません?
モズの雄は繁殖期になると、メスへ求愛するために活発に歌い始めます。私の過去の研究では、早口で歌う雄ほどメスにモテること、栄養状態の良いオスほど早口で歌えることが分かっていました。もしかすると、モズのオスは歌の魅力を高めるための栄養補給として、はやにえを食べているのでは?と大胆な仮説をたててみました。仮説を検証するため、まずは繁殖開始前のはやにえの消費量と繁殖期の歌の魅力度(=早口さの程度)の関係を調べました。結果がこちら(図2)。なんと!はやにえをたくさん食べていた雄ほど、早口で魅力的に歌うことが分かったのです!この結果は本当に正しいのでしょうか?念のため、実験もしました。
雄のなわばり内のはやにえをすべて取り除いた「除去群」(すまない!モズたちよ!)、はやにえの個数を操作しなかった「対照群」、大量の餌を与えた「給餌群」を用意。もしはやにえが歌声に影響を与えるならば、3つの実験条件で歌声の魅力(=早口さの程度)が異なるはずです。すると予想通り、対照群に比べて、給餌群のオスは早口で歌えるようになり、メスをすぐにゲットできたのに対して、除去群のオスはのろのろと歌い、繁殖期中ずっと独身のままでした。つまり、モズのはやにえは「歌声の魅力を高めるための栄養食」としての役割を果たしていたのです。
図2 繁殖開始直前のはやにえ消費量と、モズの繁殖雄の歌唱速度の関係。歌唱速度の値が大きいほど、早口で雄は歌い、雌にとって魅力的な歌声であることを表す。
モズのように餌を貯えるふるまいは、専門的には「貯食行動」といいます。貯えた餌は餌資源の不足を補うための食糧であるという解釈がこれまでの主流でした。モズのはやにえにも「冬場の保存食」の役割がありましたが、さらに「歌声の魅力を高める栄養食」の機能もあわせもつことを突き止められました。つまり、モズのはやにえは生きるためにも、恋を成就させるためにも重要な食料だったのです。