こんにちは。ドイツでポスドクをしている太田菜央と申します。私は今、Max Planck Institute for Ornithology(マックスプランク鳥類学研究所)という、その名の通り鳥類学研究のために作られた施設で小鳥の求愛ダンスの研究をしています。今回の記事では、マックスプランク鳥類学研究所がどういう研究施設なのか?ということと、ドイツでの暮らしについて紹介したいと思います。
私が勤務するマックスプランク鳥類学研究所(以下、省略してマックスプランクと表記します)は、ミュンヘン中心部から公共交通機関でおよそ1時間の郊外に位置しています。まわりは森や牧場に囲まれていて、北海道の風景とよく似ているなと感じます。都会派には少し退屈かもしれませんが、野鳥好き、自然好きには最高のロケーションです。様々な国から学生や研究者が集まっているため基本的に英語しか使わず、ドイツ語を使う機会がほとんどないのは便利でもあり少し残念でもあります。
私が初めてマックスプランクを訪れた際は、とにかくその規模の大きさ、研究環境の充実ぶりに驚かされました。例えば普段の鳥の世話は、専属の獣医さんとケアテイカーがおこなっており、広い禽舎は常に清潔に保たれています。実験の必要に応じて鳥の移動や禽舎の組み替えも臨機応変に対応してくれます。倫理規程も細かく、飼育面積に対して収容して良い鳥の数や、餌の種類、止まり木の量などが厳しく指定されており、とにかく環境エンリッチメントへの配慮に力を入れている印象です。
マックスプランク鳥類学研究所の研究環境
人間側の福祉も充実しています。学生もポスドク以上の研究者もほとんどは17時を過ぎる頃には帰宅しますし、休暇もしっかり取ります。長時間働いている研究者ももちろんいて、プライベートの時間を尊重することを大前提とした上で、個人の裁量にかなり任されている印象です。子育て中の学生やポスドクが多いのも日本と大きく異なる点でしょうか。私が好きだなと思っているシステムは、毎年お子さんがいる職員を対象に、12月の土日に1日分の託児サービスが無料で受けられるというものです。12月は忙しいだろうから、その日はクリスマスの準備をするか一息つくために使ってね、という趣旨のもので、ヨーロッパらしいかつ優しい文化だなと思います。
コロナ禍に入る前は外部から研究者を招待してのセミナーが毎月開催されて、クリスマスパーティや映画の上映会なども定期的におこなわれていました。現在は一部をオンラインで実施している感じです。そういった場所で交流する研究者の皆さんはこちらが逆に恐縮してしまうレベルで優しくて話しやすい人が多いです。ちなみに研究所内には短期滞在者用のゲストハウスが設置されていて、共同研究やセミナーを実施しやすい環境が整っています。
ここまで良いことばかり紹介してきましたが、研究する上で疑問を感じる側面も一応あります。例えば先ほどお話した通り、鳥のお世話やメンテナンスは基本的にケアテイカー任せなので、動物と接する時間は個人で工夫しない限りは基本的に実験をしている間だけになります。日本の大学で定期的に鳥の世話をしていた時には分からなかったのですが、飼育個体と少し距離が開いて(禽舎はオフィスと別の建物にあります)世話の必要がなくなると、こんなにも動物と接する機会が減ってしまうのだなとこちらに来て実感しています。この状況は研究に集中するのに理にかなっているはずなのですが、行動研究においては結構な機会損失でもあるようにも感じます(これから観察眼を養う必要がある学生は特に)。また新しく実験を始めたい、ちょっと試してみたいことがあるといった場合に、スタッフの人数や規模が大きい分、関係者への周知や実験許可の取得に手間取って行き詰まってしまうこともしばしばです。
とはいえ、やはり全体を見ると科学を推進しようという気概が随所で感じられ、研究者としてここにくることができたのは本当に幸運だったなと思います。私が感心しているのが、多くのジャーナルでオープンアクセス費を全額負担してくれることです。これは私が理解している限りではドイツによる政策のひとつで、マックスプランク以外でも第一著者もしくは責任著者の所属先がドイツの研究機関であれば適用されます。こちらが支払い手続きなどをおこなう必要は一切なく、論文受理後にメールアドレスや所属先の情報から自動的にオープンアクセスが認められます。お金のことを心配せず投稿先が決められるのはとても心強いです。マックスプランクはその規模の割に日本人がそれほどいない印象があり(他の研究所はまた事情が違うのかもしれませんが、例えば鳥類学研究所では現在正式に所属しているのは私1人です)、個人的にはその環境が結構気楽だったりするのですが、もしこの状況が日本での知名度が低さに由来しているのであればもったいないことだとも思います。