ポスター賞が変わります-参加資格の変更と賞の増設-

ポスター賞が変わります-参加資格の変更と賞の増設-

企画委員会 本多里奈

2016年の創設以来、毎年多くの方にご応募いただいているポスター賞。これまで、ポスター賞は30歳以下の若手会員を対象にしていましたが、昨今の研究情勢を鑑み、より多くの方の研究を奨励することを目的に、2025年度大会からポスター賞の参加資格を変更し、賞を増設することにいたしました。今回は、ポスター賞がどう変わったか、ポスター賞に応募する上で何を意識すればよいかを紹介します。

★参加資格:応募条件が緩和され、より多くのキャリア初期の研究者が応募可能となりました!
大会年の4月1日時点で、以下のいずれかの条件に当てはまる方がポスター賞に応募できます。
・30歳以下である
・博士号未取得で、学部学生、大学院生、研究生のいずれかとして大学に所属している
・博士号取得後3年以内である
昨年度までの条件ではポスター賞の対象になりづらかった社会人学生や再進学の方も応募が可能になっています。

★賞の増設:受賞のチャンスが倍になりました!
昨年度は「繁殖・生活史・個体群・群集・生物間相互作用」「行動・進化・形態・生理」「生態系管理/評価・保全・その他」の3部門で受賞者は各1名でしたが、今年から受賞者は各部門最大2名(最優秀賞・優秀賞)となります。

今回の変更を受けて、初めてポスター賞に応募する方もいるのではないでしょうか。ここで、ポスター賞の審査方法について見ていきましょう。ポスター賞は、毎年各部門数名の審査員が手分けして全ての応募発表に目を通しています。通常、一次審査と二次審査を行っており(大会スケジュールによっては二次審査を実施しない場合もあります)、一次審査では講演要旨とポスターをもとに「研究のオリジナリティ」「妥当性」「学術的・社会的な重要性」「研究テーマの将来性」「ポスターのわかりやすさ」をもとに受賞者候補を絞り込みます。二次審査では、絞り込んだ受賞候補者のプレゼンテーションを聞いて、一次審査と同じ審査項目に加えて「プレゼンテーションのわかりやすさ及び簡潔さ」にも注目して審査を行います。プレゼンテーションで、時間をかけてとりくんできた研究を全て伝えたい!という気持ちはとてもよく分かります。しかし、全てを伝えようとするとどうしても冗長になりがちです。説明の時間も長くなり、限りある審査時間の中で、審査員があなたの発表を最後まで聞ききれないという事態にもなりかねません。発表の際は、「研究の意義、方法、結果、考察、今後の展望」という研究のエッセンスを5分程度にまとめて話してみましょう。審査員だけでなく、より多くの人に発表を聞いてもらえることにも繋がります。

さて、応募資格の変更と賞の増設により、応募者が例年よりも増加することが予想されます。このような状況で、公正な審査を円滑に行うために、みなさんに気を付けてほしいことがあります。それは、申し込みです。まず、応募部門がご自身の研究にマッチしていなければ、正しく評価してもらうことはできません。また、申し込み時に不備があれば、そもそもポスター賞に応募できなくなる可能性もあります。私はそそっかしい質で、慌てているときにとんでもない凡ミスをしてしまうことが多々あります。みなさんにはそのようなことがないように、落ち着いて申し込みをしていただければと思います。そのときに一緒に意識してほしいことは、「講演要旨」が一次審査の対象に含まれているということです。講演要旨作成時には、是非以下の記事を参考にしていただければと思います。
https://ornithology.jp/newsletter/articles/633/

みなさんの情熱が詰まった研究を楽しみにしています。それでは、たくさんのご応募をお待ちしております!

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日本鳥学会誌74巻1号 注目論文 (エディターズチョイス) のお知らせ

日本鳥学会誌74巻1号 注目論文 (エディターズチョイス) のお知らせ

出口智広 (日本鳥学会誌編集委員長)

和文誌では毎号、編集委員の投票によって注目論文 (エディターズチョイス) を選び、発行直後からオープンアクセスにしています。74巻1号の注目論文をお知らせします。

著者: 吉川徹朗

タイトル: 植物の種子散布者としての鳥類:鳥類-植物間の相互作用が駆動する植物の生態, 進化動態

DOI: https://doi.org/10.3838/jjo.74.1

私が吉川さんと初めてお話ししたのは、たしか15年ほど前の大会時の懇親会?だったように思います。植物生態学の分野で世界的に有名な菊沢先生の指導を受けながら、植物の専門家として鳥を見るというお話を聞かせてもらい、鳥屋さんがちょっと植物をかじったのとは異なる、重厚な研究が展開される日を近い将来目にするのだろうと感じたことを、今も覚えています。
多くの方が感じていたでしょう、この予感はやはり的中し、2019年度の黒田賞に選ばれた吉川さんが、本総説という形で、みごと"結実”させてくれたことを、長く鳥学会に関わってきた一人として、とても嬉しく感じています。
本総説は、非常に幅広い視点からまとめられた内容で、どこを切り取っても大変勉強になるのですが、特に私がオススメしたいのは、海外誌であればレビュー論文のPerspectivesに相当する"課題と展望”です。様々なテクノロジーが進む中でも、研究の根幹をなす自然史知見を最重要に考えられてきた吉川さんの姿勢がひしひしと伝わってきます。
それでは以下、吉川さんからいただいた解説文です。

注目論文に選んでいただき、ありがとうございます。この総説は鳥類による種子散布に関する知見をまとめたものです。種子散布は動物・植物の双方の関わり合いを介して植物の空間移動がもたらされる魅力的な現象ですが、和文の新しい教科書や解説書が乏しい状況でした。黒田賞の受賞の総説を書くにあたって考えたのは、種子散布の基本から最新研究まで、その全体像を見渡すための手引きとなるものが書けたら、ということです。そんな気負いが仇となって、完成に大変時間がかかってしまいましたが、鳥類研究者だけでなく、植物生態に興味を持つ人にも読んでもらえるものになったのではないかと思います。昨年出版された「タネまく動物 体長150センチメートルのクマから1センチメートルのワラジムシまで」(小池伸介・北村俊平編集、文一総合出版)も、日本の多くの種子散布研究者がさまざまなトピックを紹介する書籍で、この分野の入門に最適です。併せて読んで、種子散布研究の道しるべとして活用してもらえたら、とても嬉しく思います。

(吉川徹朗)

写真1 ヘクソカズラの液果を食べるシチトウメジロ(写真:服部正道氏)

 

写真2 スイカズラの液果

 

写真3 シラカシの堅果

 

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2024年度日本鳥学会津戸基金助成シンポジウム開催報告

風間美穂(きしわだ自然資料館)

 

日本鳥学会津戸基金シンポジウム「大阪湾・海鳥っぷシンポジウム この鳥を見よ! 」が2024年12月7日に開催されました。多くの方にご参加いただきありがとうございました。

「大阪湾・海鳥っぷシンポジウム この鳥を見よ!」

開催目的:
都市近郊の海である大阪湾は、長年の埋め立てなどにより自然海岸が少なく、また、海に近づける場所が限られているため、自然観察を行う地域住民から「近いようで遠い海」と称されることもある。しかし、研究者や地域のバードウォッチャー、日本野鳥の会大阪支部や地域の自然史博物館によって、大阪湾内では多様な鳥類が記録されており、また、大阪湾と別の海域を行き来する鳥類も確認されている。
今回は、近いようで遠い海である、大阪湾の自然環境を、鳥の視点から考えるきっかけとするとともに、鳥類研究の最前線を学ぶ機会とする。また、翌12月8日は、岸和田漁港や阪南2区埋立地、木材コンビナートで見られる鳥の観察会を行い、実際の大阪湾の環境とそこで見られる鳥類を確認する。

開催:シンポジウム:2024年12月7日(土)
観察会:2024年12月8日(日)
会 場:岸和田市立公民館(12月7日)
阪南2区人工干潟・木材コンビナート・岸和田漁港(12月8日)
参加者数:44名(12月7日)、12名(12月8日)、合計 56名

主 催:岸和田市教育委員会郷土文化課 きしわだ自然資料館
担 当:きしわだ自然資料館 風間 美穂(日本鳥学会会員)
協 力:日本鳥学会(津戸基金)、船の科学館海の学びミュージアムサポート、合同会社 結creation

開催内容・要旨
第1部
大阪湾の海鳥を見よ(日本野鳥の会大阪支部長 納家仁氏)
瀬戸内海の東端に位置し、渡り性の水鳥の飛来コースのひとつとなっている大阪湾は外洋に面していないこと、又、府域には自然の海岸がほとんど残っていないことなど、海鳥が観察できる場所も限られる。外洋性の鳥の飛来は極めてまれであり、台風などによっての迷行記録が主で、保護されたり、落鳥するケースが多い。5~6月のハシボソミズナギドリや11月のオオミズナギドリの幼鳥の観察などの機会がまれにある程度である。今回は、主に大阪湾岸で見られるカモやカモメ、アジサシの仲間なども海鳥に含めて、合計41種を画像で紹介した。2023年9月に泉佐野市で救護したセンカクアホウドリの話題、大阪湾の海上での鳥類調査の結果や日本野鳥の会が取り組んでいる海洋プラスチックごみの問題、日本野鳥の会大阪支部が取り組んでいる大阪湾岸で干潟や湿地を取り戻す活動に触れ、岸和田貯木場を新たな干潟造成の候補地と考えていること、ネイチャーポジティブや30by30などにより生物多様性の損失を食い止め回復させることが大きな課題であることを紹介した。

目で追えない時はロガーで見よ(千葉県立中央博物館分館海の博物館研究員 平田和彦氏)
鳥の行動や生態を研究するうえで、直接じっくり観察することが最も大切なのは、今も昔も変わらない。しかし、どうしても目で追えないこともある。例えば、海鳥の潜水行動や、渡り鳥の移動を観察し続けるのは困難である。そこで役立つのがバイオロギングの技術である。研究の目的に応じて、位置情報や水圧や温度などを記録できるデータロガーを鳥類に装着して、個体レベルの行動を連続的に記録することができる。本講演では、バイオロギングの利点と欠点について概説したうえで、GPSデータロガーを用いて世界で初めてウミウの渡りを追跡した2羽の例を紹介した。このうち1羽は、本シンポジウムの会場からほど近い大阪湾を通過した。これまで大阪湾ではウミウは少ないと思っていた多くの参加者とこの新知見を共有する機会を持てたことで、これからは注意深く観察する人が増え、正確な飛来状況が解明されることが期待された。

ウミウも見よ・新海鳥ハンドブック増補改訂版も見よ(科学イラストレーター・新海鳥ハンドブック著者 箕輪義隆氏)
一般的にウミウは岩礁海岸、カワウは内陸の河川や湖沼、内湾を主な生息環境としており、千葉県では太平洋側の岩礁海岸にウミウ、東京湾沿岸にカワウが多く生息する。しかし、両種はしばしば同所的に見られ、カワウが優占する東京湾にも少数のウミウが渡来する。東京湾で見られるウミウの個体数は近年増加傾向にあり、特に湾奥部では普通に見られるようになってきた。また、2024年には人工物を利用した複数の集団塒が湾奥部で確認されている。
ウミウとカワウの生息状況を把握するためには正確な識別が不可欠であるが、両種の姿形はよく似ているため、混同されることも多い。また、遠距離や逆光などの悪条件では識別が一層難しくなる。2024年に出版された「新海鳥ハンドブック増補改訂版」には両種の識別点が詳述されているので、観察の際にはぜひ活用して頂きたい。

大阪湾の人工干潟・阪南2区人工干潟の鳥も見よ(きしわだ自然資料館 風間美穂)
阪南2区人工干潟は,大阪府岸和田市の沖合約1kmにある埋立地「阪南2区」内に造成された人工干潟(北干潟1ha,南干潟5.4ha)で, 2004年5月から毎月1回,ラインセンサス法およびスポットセンサス法による鳥類調査を継続して行っている.
調査では,2004年5月から2024年2月までの約20年間に30科89種の鳥類が確認され,2005年度から2023年度(2024年2月)までの期間に確認した鳥類はのべ60,622個体である. 近年は,公園で確認される鳥類が新たに確認されているが,これは干潟近隣の緑化がすすんでいるからと考えられる. その一方で,シギおよびチドリ類の飛来種数は覆砂事業が行われた2017年をピークに減少している.2023年夏は2008年以来15年ぶりとなるコアジサシの繁殖が確認され,2羽のヒナが巣立った.阪南2区人工干潟は小規模な干潟ではあるが,鳥たちの生息場所あるいは繁殖場所として利用されている.

第2部 質疑応答・シンポジウム
シンポジウムでは、大阪湾内ではあまり見られないとされているウミウについての質問や知見が多く出された。長年大阪の鳥を見ている方からは、大阪湾南部にある「友ヶ島」では、ウミウがよく見られるなどの情報提供があった。また、近年の大阪湾の埋め立て事業等の開発が鳥におよぼす影響なども話し合われた。


12月8日(日)海の鳥の観察会
午前9時より、マイクロバス1台をチャーターして、岸和田市周辺の大阪湾の海岸線の鳥を観察。人工干潟のある阪南2区ではスズガモの群れが見られると予測したものの、見られなかったが、カンムリカイツブリやセグロカモメ、また、ミサゴが魚をとり、食べている下で落ちた肉片を食べようと待ち構えるハシボソガラスなどが確認できた。そのほか、埋め立て中の土地から真水が噴き出しているのも確認。岸和田市の古老によると、埋め立て前の岸和田の海岸線は遠浅で、海の中を泳ぐと時々水が噴き出しているところがあり、そこでは貝類が豊富に見られたので、漁師は場所を把握し、保護していたとのこと。埋め立て事業が行われている現在でもなお、そのような場所があるのだと実感した。
次に、大阪府内最大の漁獲高を誇る岸和田漁港の船だまりでは、オオセグロカモメなどのカモメ類を確認のほか、オオバンなども見ることができた。
最後に、現在、埋め立てが予定されている、木材コンビナートに行くと、ハマシギの大群やダイゼンなどを確認することができた。埋め立て事業が推進されている大阪湾岸の現状を参加者には知ってもらえたと思う。

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【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(5)素晴らしきオーストラリア

片山直樹(農研機構 農業環境研究部門 農業生態系管理研究領域)
熊田那央(バードリサーチ嘱託研究員)

皆さま、こんにちは。オーストラリア生活についての連載ブログも、いよいよ最終回となります。そこで今回は、片山と熊田それぞれにとって、特に思い出に残った出来事をお話ししたいと思います。いつもより少しだけ長めですが、お付き合いいただければ幸いです。


片山にとって最も印象的だったのは、研究発表と水田視察のために、ニューサウスウェールズ州のリバリーナ(Riverina)という地域を訪れたことです。オーストラリアでも稲作は行われており、その生産量の9割以上をリバリーナとその周辺地域が担っています。ちなみに、オーストラリアで約百年前に初めて稲作を成功させたのは高須賀穣という日本人の方です。詳しくはこちら:https://www.sunricejapan.jp/takasuka.html

リバリーナはオーストラリアの東南に位置し、メルボルンから約450km内陸に向かった先にあります。私はメルボルン空港でレンタカーを借りると、丸一日のロードトリップをスタートさせました。オーストラリアはスピード違反に対して非常に厳しく、あちこちに自動撮影カメラが設置され、制限速度を数キロでも超えると数万円またはそれ以上の罰金となります。私は安全第一で、何度も休憩を挟みつつ運転しました。道中にはエミューがいて、旅に刺激を与えてくれました。夜8時を回ると日が沈みだしますが、同時にカンガルーなどの野生動物が活発になります。彼らが道路に飛び出してこないかどうか、さらに神経を使うことになります。無事に宿に到着した私は、疲れきってすぐに寝てしまいました。

道中にいたエミューたち
道中にいたエミューたち

翌日、私はMatthew Herring博士(以下、マシュー)と再会しました。リバリーナの日中は40度を超えることもあり、涼しくなる夕方に水田地帯を案内してもらいました。この地域の湿地や田んぼには、世界でも約三千個体しかいないとされるAustralasian Bitternが繁殖しています。マシューは、彼らの生態を研究し、保全のために稲作農家と様々な取組みを進めてきました。繁殖に適したタイミングの水張りや、畔の草を刈り残すなどの工夫をしています。彼はなんと、数百件以上の農家の連絡先を知っているそうです! 許可なく農道には入れないため、彼があらかじめ農家の方に電話をして許可を取ってくれました。

夕暮れ、マシューは私をある場所に案内してくれました。そこにはAustralasian Bitternに配慮した田んぼがありました。美しい夕焼け空の下、一羽が田んぼから頭部を少しだけ出して、ボォーっと鳴きました。マシューの論文でしか知らなかった鳥の姿と鳴き声を、この目と耳で感じることができました。こんな美しい光景を見せてくれたマシューと農家の方々に、私は何を返せばよいのだろうかと思いました。

この光景を一生忘れないでしょう
この光景を一生忘れないでしょう

マシューは、現地での研究発表を企画してくれました。リバリーナには、オーストラリアのお米を製造・販売する「SunRice社」のオフィスがあります。そこで講演する機会をいただき、セミナーを通じて社員の方や研究者の方と交流することができました。色々な質問をいただきましたが、特に印象的だったのは「人口が減り続ける日本で、米の生産と生物多様性保全をどうやって維持できるのか?」というものでした。耕作放棄地の湿地化など、いくつかの可能性はありますが、まだ断言できるようなエビデンスは少ないです。私は今後の宿題とさせてもらいつつ、一刻も早く研究を進めなければならないと感じました。

SunRice社で行ったハイブリッドセミナー
SunRice社で行ったハイブリッドセミナー

こうしてリバリーナでの日々は、あっという間に終わりました。私はマシューとハグをして別れを告げると、後ろ髪を引かれる思いで最寄りのグリフィス空港に向かいました。彼と過ごした三日間は、オーストラリアでもっとも思い出に残る日々になりました。

リバリーナには人工湿地もあり水鳥の楽園となっています
リバリーナには人工湿地もあり水鳥の楽園となっています

熊田からは旅先で見られて興奮した鳥3選と大学でのセミナー発表について紹介します。ブリスベンを離れてケアンズ、タスマニア、ラミントン国立公園など、様々な場所を訪れ10年分くらいの旅行を1年で行ってしまった気分ですが、どこも本当に行ってよかったです。11月に訪れたケアンズでは、せっかくだからと現地在住の松井さんにガイドをお願いして1日たっぷりと鳥見に連れて行ってもらいました。子連れであれこれお願いしたにもかかわらずさすがプロ、季節的に少し早いラケットシラオカワセミを始め、鳥のリクエストにもしっかり応えていただいた上に子供たちが喜ぶ場所もおさえて大変充実した鳥見ができました。ありがとうございました。ケアンズで特に印象に残ったのがヒクイドリです。松井さんと別れた翌日、教えてもらったポイントに向かう途中の道で電線に止まるモリショウビンを見つけて車を停めて見ていたところ木陰に動く影が。よく見るとそこに子連れのヒクイドリの雄がいました。縞々模様のヒナ二匹と親が木の実を啄むところを子供達とじっくりと見、その恐竜っぽさにみんなで大興奮しました。

しきりに赤い実をついばんでいました
しきりに赤い実をついばんでいました

タスマニアではどうしても見たい鳥がいました。ムナジロウです。オーストラリア南部だけに生息するこのウを、メルボルンで見ることが叶わなかった私は、タスマニアでなんとしても見なければと意気込んでいました。初日の浜辺でその願いはあっさり叶います。オーストラリアシロカツオドリやミナミオオセグロカモメが遠くを飛んでいくのを眺めていると、海にうかぶウのシルエット。あれは!と思い見ると白黒ボディに黒い顔、間違いありません。その時は距離も遠くほんの短い時間の邂逅となりましたが、翌日にのったクルーズツアーではじっくり見ることができました。風の強い日で舟は大変揺れ、酔い止めを忘れて双眼鏡を覗きすぎてもう船酔いでへろへろではありましたが、だからこそ糞で白くよごれた岩とそこに集う群れは大変印象に残っています。

オーストラリアで見られるウ類最後の1種でした
オーストラリアで見られるウ類最後の1種でした

最後はラミントン国立公園でみたアルバートコトドリです。オスのダンスと鳴き真似が有名な種ですが、私たちが行った2月はあまり活性が高くないようで声もたまに聞こえるぐらい。見るのは難しいかなと思いつつ諦めきれずにトレイルを歩きまわり続けていましたが、旅程の最終日についに見ることができました。なによりも嬉しかったのが最近急速に鳥に興味を持ち出した長女が、宿に飾ってある絵を見てこの鳥がみたい!と言い出し頑張って歩き回り探した鳥を一緒に見ることができたことです。朝の4時から歩き通しても空振りした日の翌日にも、あきらめずにまた早朝からついてくる姿にオーストラリア滞在での成長を感じました。

研究関連の話も1つ。片山さんが昨年5月に行っていたクイーンズランド大のセミナーで、私も2月に発表させていただきました。メインは福島第一原発事故での避難指示区域での鳥類相の変化に関しての紹介をさせていただきましたが、もちろんカワウへの愛もアピール。いまいち伝わったかはわからないですが……。自分の研究で来たわけではないとはいえ、せっかく関連したテーマの研究室なのだからともらった機会。なかなか準備の時間もとれず慣れない英語発表に四苦八苦し、と大変ではありましたが、普段と違う人に聞いてもらい、質問してもらうというのはやっぱり大事だなあとオーストラリアで忘れかけていた研究モードに久しぶりになれ、本当にありがたい時間でした。発表機会を提供してくれ、如何ともし難い質疑応答をフォローしてくれた天野さんをはじめ、準備の時間を少しでも増やそうと家事育児を代わってくれた片山さん、発表練習につきあってくれたピアーズさんとそのご家族、本当に皆さんに感謝です。

大学での研究発表の様子。もちろん勝負服(カワウTシャツ)着用。
大学での研究発表の様子。もちろん勝負服(カワウTシャツ)着用。

振り返ってみると、日本を離れる時には全く想像もしていなかった、たくさんの素晴らしい出来事がありました。美しい自然の中での、鳥たちとの出会い。そして何よりもうれしかったのは、多くの親切な人たちとの出会いです。道ばたで話しかけてくれた、日本好きのピアーズさん。彼のお母さんで、私たちにテニスを教えてくれたペニー。教会で出会ってから、何度も鳥見に連れて行ってくれたウォーウィックとウェンディ。オーストラリアの田んぼを案内してくれたマシュー。そして私たちの研究も生活もサポートしてくれた、天野さんとそのご家族。私たちがこんなにもオーストラリアを好きになったのは、間違いなく彼らのおかげです。日本に帰国してからも、彼らとの日々を思い出すたび、私たちはオーストラリアを恋しく思うでしょう。

もちろん見知らぬ土地での暮らしは、楽しいことばかりではありませんでした。子どもたちには、日本とは全く異なる環境で日本語も通じない中、苦労させてしまいました。最後までがんばってくれて、本当にありがとう。いつかこの日々が、あなたたちの人生の糧になりますように。みんなで過ごしたこの一年は、私たちの人生の宝物です。

最後までこのブログをご覧くださった皆様、鳥学通信担当の皆様、本当にありがとうございました。

 

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日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W09 野鳥観察をとりまく現状と課題 2024年大会versionサブタイトル『エコツーリズムと鳥類の保全』

日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W09 野鳥観察をとりまく現状と課題 2024年大会versionサブタイトル『エコツーリズムと鳥類の保全』

板谷浩男(日本気象協会)
富岡辰先(公益財団法人日本野鳥の会)
中原一成(環境省自然環境局国立公園課 国立公園利用推進室)
早矢仕有子(北海学園大学)
須藤明子(株式会社イーグレット・オフィス)
菊地直樹(金沢大学)
守屋年史(バードリサーチ)

 昨年度大会で野鳥観察をとりまく現状と課題というタイトルで自由集会を開催した.野生生物などの観光資源の利用は地方において経済的に期待が高まっていた.一方で,撮影や観察が鳥類の生息に負の影響を与えている可能性が示唆されていた.今年は,「エコツーリズムと鳥類の保全」を課題とし,4人のスピーカーから話題提供を経て,総合討論では社会的な観点も含めた議論を実施した.

 

野鳥の会が実施したアンケート調査結果報告
板谷浩男(日本気象協会)・富岡辰先(公益財団法人日本野鳥の会)

 エコツーリズムや地域による資源利用として,鳥取県のキャンプ場で利用客を集客している事例を紹介した.この事例では,フクロウの巣箱を設置し,巣箱をライトトラップすることで利用客を呼び寄せているが,これのことを問題提起として紹介した.また,(公財)日本野鳥の会普及室による2023年のマナー問題事例の報告をおこなった.問題事例は,12の支部・連携団体からの延べ31件であった.問題報告の内容としては,音声による誘引や営巣放棄等,鳥に対する問題は7件,三脚による一般の方への交通妨害,多数の自動車による交通障害やマナー違反を注意した人とのトラブル等,人に対する問題は16件,両方に関わるものが3件だった.その他としては,小川を堰き止め水場を作ったり,小屋を設置したり,枝を折る,止まり木を設置する等の環境改変が4件あった.問題を起こしている人は,カメラマンが22件,観察者が1件,両方が4件と,圧倒的にカメラマンの問題が多くなっていた.

 

自然環境保全と地域経済活性化の両立を目指して
中原一成(環境省自然環境局国立公園課 国立公園利用推進室)

 国立公園における保護と利用の好循環,エコツーリズム政策概要,アウトドアガイド事業者向けの「国立公園における自然体験コンテンツガイドライン」,ガイド育成事業,米国のアドベンチャートラベル(AT)事業社のサステナビリティへの取組等を紹介し,自然環境保全と地域経済向上の両立を考察した.
 国立公園における保護と利用の好循環として,2016年より環境省が取り組む国立公園満喫プロジェクトを紹介した.本プロジェクトは,日本の国立公園のブランド力を高め,国内外の誘客を促進し,利用者数だけでなく,滞在時間を延ばし,自然を満喫できる上質なツーリズムを実現させるものである.また,地域の様々な主体が協働し,地域の経済社会を活性化させ,自然環境の保全へ再投資される好循環を生み出すことを目指している.これまで,受け入れ環境の磨き上げとして,景観改善,廃屋撤去,公共施設へのカフェ等導入,自然体験コンテンツの充実等を図っている.さらに,国内外へのプロモーションを,日本政府観光局サイト内国立公園一括情報サイト,国立公園公式SNS及びウェブサイト,国立公園オフィシャルパートナーシップ等民間企業との連携を通して実施している.令和3年の自然公園法の一部改正では,地域主体の自然体験アクティビティ促進の法定化・手続きの簡素化として,地域協議会が自然体験活動促進計画を作成できるようになった点等についても共有した.
 エコツーリズム政策概要では,エコツーリズム推進法,エコツーリズム推進全体構想,エコツーリズム推進単体構想認定地域について,説明した.また,特定自然観光資源の指定による立入り制限制度の事例として,阿寒摩周国立公園内のアトサヌプリ(硫黄山),西表石垣国立公園内の西表島を紹介した.アトサヌプリでは,人数制限(年間5万人以内,1日130人以内)を導入し,また,認定ガイド同行が条件,参加料金は13,000円~/人となっており,保護と利用の好循環事例とも言える.
 国立公園における自然体験コンテンツガイドラインは,全国の国立公園で提供される様々なコンテンツ(アクティビティや体験など)について,コンテンツを提供する事業者自らが「コンテンツ造成」,「安全対策・危機管理」,「環境への貢献・持続可能性」の3つの観点から,その質を確認することができるガイドラインとなっている.環境省では,多くの事業者の皆様に本ガイドラインの主旨をご理解いただき,より質の高い国立公園ならではのコンテンツの提供ができるように,国立公園のさらなる活性化を皆さんとともに進めていきたいと考えている.
 ガイド育成事業として,令和6年度自然を活かす上質なツーリズム人材育成・地域作り支援事業による研修を紹介した.本研修は,地域社会の持続的発展を目的として,自然を活かし,社会や経済の課題も同時に解決するような“地域が元気になる”上質なツーリズムの実現を目指す人材育成と地域作りを支援するものとなっている.
 最後に,米国のAT事業者のサステナビリティへの取組について,カリフォルニアを拠点とするリバーアウトフィッターである,OARSの取組等を紹介した.OARSは2000年にフィジーのUpper Navua River 周辺に自然環境保全地域を設立した.地域の土地所有者,村,企業,政府等ステークホルダーと協働して設立された.この取組はツーリズムを通して,自然環境保全と共に,地域発展にも貢献している.このユニークなパートナーシップは,これまでにリース支払い,旅料金,ガイドへの支払い等を通じて,100万ドル以上提供されている.ATTA(Adventure Travel Trade Association)によると,2019年時点でAT産業界では32%のAT事業者がB Corp等,サステナビリティ資格を有していたり,取得手続きを進めていたりしており,これらの資格は企業評価を高めているとも言え,AT事業者による自然環境保全への取組は必要不可欠である.

国立公園における自然体験コンテンツガイドラインについて

 

シマフクロウ保全とツーリズム
早矢仕有子(北海学園大学)

 北海道の個体数が微増を続けているシマフクロウだが,観光利用と保全事業の軋轢が緩和できる兆しは無い.絶滅危惧種に対する営利目的の私的な餌付けに関しては,国も中止を呼びかけているが状況は一向に変わりそうにない.保護事業者(国)と事業に関わる研究者が声高に正論を叫ぶだけでは,経済的利益をシマフクロウから享受している人々の行動を変えることは困難である.道内で分布域の復元が進行しているタンチョウでは,とくに札幌圏で市民の見守り活動が活発化し,不適切な観察や撮影行為防止に貢献しているが,生息地を公開していないシマフクロウでは,地域住民の自発的な保護行為を促進することができないのも悩みの種である.
 そこで,やや現実逃避の感はあるが,まだシマフクロウの分布域が復元していない札幌周辺でシマフクロウファンを増やし,保全活動への良き理解者と協力者を涵養することを目的とした普及啓発イベントに力点を置くことにした.とくに,子供たちと両親を仲間の輪に加えることで,次世代の力を借りて,かつての分布域である札幌や函館までシマフクロウの分布が復活する日を目指したい.

 

イヌワシを見せて守る作戦
須藤明子(株式会社イーグレット・オフィス)

 滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山(標高1377m)では,1990年代からイヌワシの撮影を目的としたカメラマンによる問題が続いている.伊吹山ドライブウェイ沿いの歩行禁止区域への侵入,国定公園内での樹木伐採や餌付けなどの問題が続いている.さらに近年,一部のカメラマンが巣に接近するなど深刻化したことから,苦肉の策として「見せて守る作戦」を開始した.2023年4月〜9月には,「見守りによる監視効果」と「イヌワシを身近に感じることで保全の意識を育むこと」を目的として,イヌワシの営巣のようすをYouTubeでライブ配信し,地元米原市も「イヌワシ子育て応援プロジェクト」として協働した.さらに10月からは,ルールを守った観察会を定期的に開催している.これらの取り組みにより,多くの人がイヌワシの保全に象徴される生物多様性保全について考える貴重な機会となった.
 2024年は,米原市と伊吹山ドライブウェイの協力を得て,ガードレールに侵入防止柵を設置してカメラマンを排除することに成功した.その結果,これまでカメラマンが占拠していた場所をイヌワシがハンティングの場所として利用するようすがたびたび観察された.このことが功を奏したのか, 6月にはイヌワシの雛が無事に巣立つことができた.11月には,伊吹山のカメラマン問題がテレビ放映され,大きな反響があった(毎日放送ニュース特集「特盛憤マン」).テレビ放映の数日後には,市民からの通報を受けて,はじめて米原警察(パトカー1台と警官2名)が現場を確認し,カメラマンを退去させた.
 30年にわたるカメラマン問題が解決へと向かい,伊吹山のイヌワシが安心して営巣できる環境がもどることを願っている.

イヌワシに関連する問題行動に加えて、希少植物の踏み荒らし、ごみのポイ捨て、注意喚起看板の破壊などの行為が確認されている.
イヌワシと希少植物の保護のためにガードレールの外に出ないよう注意喚起する看板も設置された(伊吹山を守る自然再生協議会:滋賀県・米原市・環境省近畿地方環境事務所).

 

野鳥観察「問題」へ順応的に対応する-対話的アプローチのススメ
菊地直樹(金沢大学)

 野鳥の保全と利用のあり方は,ある解決策を実施しても別の問題が生じてしまう「やっかいな問題」といっていいかもしれない.やっかいな問題の解決とは正解を出すことではない.バードウォッチャー,カメラマン,観光関係者,保護関係者,地域住民といった多様な人びとが試行錯誤を続けながら,早期発見や適切な対応ができる創造的な学びのプロセスを動かすことが重要である.

 菊地が参加した兵庫県・豊岡市で実施されたコウノトリの野生復帰プロジェクトでは,コウノトリを中心に添えることで,農業の活性化,地域の経済効果,自然再生,文化の創造のネットワークといった多様な価値が同時多発的に生じている.コウノトリを害鳥と認識していた人たちにも,新たな価値観が生まれてきた.

 野生復帰での経験を踏まえ,やっかいな問題となっている野鳥観察とマナーの問題を解決するためには,どうようなアプローチが必要かを模索してみた.そもそも野鳥観察「問題」は何が問題なのか?問題解決とは何か?そうした問いに対して,『やっかいな問題の解決とは,問題が起きても,多様な人びとが早期発見や適切な対応ができるという創造的な「学びのプロセス」を生み出すことである』と考えた.
 次に,餌付けが問題となっているシマフクロウについて地域の関係者への聞き取り調査の結果から,以下のような問題が確認された.

<整理された問題点>
①地域住民が保全の担い手であると保護関係者が必ずしも認識していないこと
②地域の主体性が必ずしも担保されていないこと
③外部からの批判は地域生活に大きな影響を与えること

 これらをふまえ,野鳥観察における問題を社会の問題としてとらえるならば,野鳥には多義的な「意味」が付与されており,関係する様々な人たちが,相互に理解し,相互に学び,お互いに関係を持ち合うことが重要だと考えられる.
 すなわち,鳥の知識を習得してもらうだけでなく,保護や保全についての理解を得るだけでもなく,まずは地域社会に入っていって,地域社会が抱える問題や課題の一つとしてとらえ,多様な人々の考え方を知ること,学ぶことが重要であると考える.
 多様な人びとが多様な考えをすることは,当然複雑である.複雑さは問題であると同時に解決のための資源でもあり,問題を解決していく順応性が問われている.誰からも納得される回答を用意することではなく,可能な限り調べて考え「こうではないか」という暫定的な提言をする,それを実行する,そしてまた調べて考える,というプロセスを対話的に進めることで複雑さの糸を解くことが出来ると考える.
 現在,石川では,いしかわ生物多様性カフェを主催し,市民と専門家が「対話」する場をつくり,社会における課題を話し合う場を設け,地域の課題と生物多様性の保全に寄与する取り組みをはじめている.

 

総合討論
守屋年史(バードリサーチ)

 総合討論では以下の話題が会場からも出され,自然保護と観光利用の両立,ガイドラインの有効活用,そして関係者間の協力の重要性が討論された.

1.モラル・マナーの普及と法律の役割
 環境省では法律で対処しにくいモラルやマナーに関して,ガイドラインや啓発活動を通じて普及を図る方針を採用している.公園ガイドの教育が重要とされるが,ルールから逸脱する者への対応には課題がある.

2.絶滅危惧種の保護とガイドライン
 種の保存法や特別保護区を利用することで,イヌワシやシマフクロウの保全が可能である.他に特別鳥獣保護区や国立公園の特別保護地区などの保護区を利用して制限を行うことも可能.

3.エコツーリズムの発展とマナーのガイドラインと対象の設定
 離島やツル観察など,ガイド付きのエコツーリズムは自然保全に寄与すると考えられる.バードウォッチングにとどまらない,多面的なガイドライセンス制度の構築が求められる.故意にルールを無視する人ではなく,初心者を対象にした啓発が現実的.
 カメラマン対策にはメーカーとの連携が有効.シマフクロウの例では,関係者同士の対話と役割分担が重要であり,地域の特性に応じた対応が効果的.

4.観光と保全のジレンマ
 公共施設の利用増加が経済には良いが,保全には負担となるジレンマが存在.
 国立公園では計画の見直しや点検を通じて,利用と保全のバランスを模索している.
 ガイドは,見せる・見せないといった判断や観光客の期待に対する対応が難しい.
 環境省のパンフレットでは「そっと離れる」行動を推奨しているが,具体的な距離や人数制限の設定は難しい.

<総括>
 中原さんからは,国立公園における保護と利用や,エコツーリズム政策について,外国のエコツーリズムの事例なども示し,自然を守り地域活性をどう考えるかといった観点を重要視している国の姿勢を分かり易く示していただいた.
 バードウォッチングの観点から見ると,ツル類の越冬地や離島での渡り鳥観察,イヌワシや,シマフクロウなどの特定の観光資源の利用可能性は大きいと考えられる.ただし,不用意な接近による繁殖妨害,保護方針とは関係ないのない餌付け,オーバーユース等の課題も多数存在していた.解決の方向性として,早矢仕さんは,研究者側からの発信により,関心と共に科学知見を普及していく活動に重点を置き,未来世代を育て増やす,須藤さんは,あえて生息地を公開することで監視効果とともに,身近に感じることによる関心や理解の醸成を図っていた.ただ,親近感を持ちすぎることへの危険,SNS上での中傷などのデメリットも新たに認識され,効果をどう判定するかといった検証は必要と考えられた.また継続することで大きな効果が得られるため,その体制づくりも課題と考えられる.しかし,長期的な啓発による取組みは,お二人のその手ごたえもあって,希望が持てる手法と考えられる.
 また,現在進行中の課題に対応するため,ガイドラインの整備や法的な規制も視野に入ると考えられる.科学的な知見を積み重ねるとこで,ルール化を検討することが理想と考えられるが,現実的な問題として,生業の一部(宿泊業やガイド業など)として既に地域住民が関わっていることが解決を難しくしている.菊地さんからは,順応的な解決プロセスとして,地域に飛び込んだ対話的アプローチの話題を提供していただいた.その中で,地域主体を担保すること,外部の批判が地域に大きい影響を与えることなど,自然への影響だけを見ていると見落とす可能性の高い課題があることが認識できた.地域住民が最終的な保全の担い手であることを考えると,自然環境,地域社会,経済効果の良い循環を構築することは重要と考えられる.ただ,持続的な保全への投資も発生し続けることは,自然観光資源の付加価値を上げ続け,環境への負荷も上がり続けないだろうかといった心配の質問も会場からあった.
 一足飛びに課題の解決は難しく,地域経済規模や地域の将来なども加味した順応的な検討が必要になると考えられる.ある程度のゆるさやあいまいさを許容し地域社会との関係を続けながら,長期啓発の効果につなげる過程が必要ではないかと感じた.

会場
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君はハリオアマツバメの針を見たか?まだの人は上野に急げ! ~「特別展 鳥」のご紹介

君はハリオアマツバメの針を見たか?まだの人は上野に急げ! ~「特別展 鳥」のご紹介

平岡考(山階鳥類研究所)

国立科学博物館(以下「科博」)で開催中の「特別展 鳥」(以下「鳥展」)は、多くの方が訪れているようです。私も出かけてとても面白く、参考になったので、鳥好きの仲間に参考になるかなと、軽い気持ちで、適当に撮影した写真をつけて個人的にFacebookで紹介したところ、それを見た広報委員の某氏から、同じようなものでよいので鳥学通信に書いてくれないかという依頼をいただきました。改めて自分の文章を読み返してみて、いやしくも日本鳥学会の公式のメディアのひとつである鳥学通信で載せられる場所としては、編集後記しかなさそうなレベルと思われましたが(とはいっても鳥学通信に編集後記はないみたいですが)、せっかくのお声がけですので、あまり気張らずに、適宜直した文章をお送りすることにします。

鳥展の入口

冒頭の、鳥の進化と鳥とはどんな生き物かを示した展示(第一章「鳥類の起源と初期進化」)は、鳥の教科書には必ず書かれている内容が最新の研究でアップデートして説明してあり、ちょっと難しく感じるかもしれませんが、鳥学会会員として、ざっとでもよいので勉強しておかれるとよい内容だと思います。特に、鳥学会会員の皆さんの中にも、地域の鳥のサークルなどでリーダーをおつとめの方もいらっしゃることと思います。そういう方には参考になる情報満載だろうと思います。

そのあとは、DNAの研究(ゲノム解析)の成果にもとづいた分類に沿って、グループごとの展示が多数の剥製標本でされていて見応えがあります(第2章「多様性サークル」、第3章「走鳥類のなかま」~第7章「小鳥のなかま」)。ここで示された目と科の分類は、その多くは日本鳥学会の鳥類目録でいうと、2012年の改訂第7版に反映されていたものですので、必ずしもほかほかのホットニュースということでもないですが、まだまだ多くの方にとってびっくりな内容だろうと思いますし、鳥学会の目録は日本産鳥類だけしか掲載されていませんので、鳥類全体を見渡して類縁関係を説明している今回の展示はやはり改めて見る価値があると思います。

たとえば、カイツブリ科とフラミンゴ科は形態がこんなに違わなければ、ひとまとめの目にされてもよい程とか、昔は全蹼足といって、4本の趾(あしゆび)の間全部にみずかきがあることでひとまとまりと考えられていたペリカン目が、今や、ネッタイチョウ科だけのネッタイチョウ目と、カツオドリ科、グンカンドリ科、ウ科、ヘビウ科からなるカツオドリ目、そして、ペリカン科に、昔はコウノトリ目にいた、全蹼足の特徴のないサギ科、トキ科、ハシビロコウ科、シュモクドリ科をあわせたペリカン目の3つに分かれてしまい、一方、昔のコウノトリ目からは、サギ科、トキ科、ハシビロコウ科、シュモクドリ科が脱退して今はコウノトリ科だけになってしまったとか、おそらく多くの方にとってへええという内容なのじゃないかと思います(白状しますと、私は2000年代の初めに、全蹼足の鳥が複数のグループに分かれてしまうなんて、DNAの研究はまだまだだなと、形態の分類研究者はひややかに見ていますといった趣旨の解説を書いたことがあります)。

カツオドリ目の展示(森さやか 撮影)

上に述べた展示の合間に、大きめのスペースを使ったトピックとして「特集」が5つと、コンパクトなスペースを使ったトピック「鳥のひみつ」が23あり、いずれも標本や映像を使って解説されています。「特集」のテーマは「絶滅」「翼」「ペンギン大集合」「猛禽大集合」「美しいフウチョウ」です。そして「鳥のひみつ」では、「卵の大きさ」「新しく認められた日本固有種」「カッコウの托卵で宿主は滅びないのか」「都心緑地での大型猛禽類の繁殖と都市の生態系」「なわばりを張る損とトク」「日本列島は鳥の種多様性の起源地!?」など、生態から進化、分類に至るさまざまなテーマが取り上げられています。

「卵の大きさ」ではたとえばキーウィの卵が親鳥の体の大きさに比較してびっくりするほど大きいことが示されており、「新しく認められた日本固有種」では、昨年9月に日本鳥類目録の改訂第8で独立種に扱われることになったキジ、オリイヤマガラ、ホントウアカヒゲ、リュウキュウキビタキ、オガサワラカワラヒワの5種が標本を使って紹介されています。「日本列島は鳥の種多様性の起源地!?」では、ユーラシア全体に広く分布するカケスが、分子系統分析の結果、奄美群島のルリカケスから種分化し、日本を起源に大陸に分布を広げたことが示唆されていることが説明されています。びっくりなのはこのカケスの例は特殊というわけではないらしいことで、DNA分析を進めてみると、日本起源と考えられる種が多数いることがわかったそうです。「鳥のひみつ」にはイラストレーターのぬまがさワタリさんの、ちょっと脱力な(失礼!)漫画が添えられており、多くのお客さんが読んでいました。堅苦しくなりがちな展示を親しみやすくする効果が上がっていたと思います。

カケスの本剥製(森さやか 撮影)

こういった展覧会では、巨大な展示品があると展示のシンボルになります。科博で昨年開催された特別展「昆虫MANIAC」ほどではないにせよ、鳥も巨大なものがいないので、展示を企画された方はどんなものを目玉にしようか、苦慮なさったと思います。鳥展では、「史上最大の飛べる鳥」という、ペラゴルニス・サンデルシの生体復元がこの目玉に当たるのでしょう。 ペラゴルニスは、顎の骨に歯のような偽歯という突起をもち、全体の形態はミズナギドリ類を思わせる鳥で、ペラゴルニス類全体としては新生代の暁新世から更新世まで汎世界的に分布していました。2000年代に入ってからの骨学形質にもとづく分岐分析の結果、キジカモ類に属するという仮説が提唱されており、これによればミズナギドリ類との類似は収斂進化によるものということになっているそうです。会場の天井から吊り下げられた、翼開長7mの立派な生体復元と、それをただの空想ではなくて、現状の知見による、根拠ある復元にするためにどんなことをしたかの解説が、パネルと動画で見られます。生体復元を見ての私の個人的な感想としては、翼角から肩までが連続した弧を成しているように見え、それは翼角から肩をつなぐ翼膜(patagium)の表現として理解できなくはないとしても、翼のこの部分はもう少しはっきりと肘の関節があることがわかるように作って、上腕と前腕というふたつの直線的な構造の組み合わせでできていることを表現したほうが、いっそうリアルな感じになったのじゃないかと思いました。

ペラゴルニスの生体復元

最後になりましたが、忘れてはならないのは600点以上という、主に剥製を中心とした鳥類標本の、実物のもつインパクトでしょう。タイトルに書いたように、バードウォッチャーや鳥類研究者は多くても、ハリオアマツバメの尾の「針」をまじまじと見たことのある人は、たくさんはいないはずです。同じような趣向で言えば、ケアシノスリの足の「毛」(跗蹠の羽毛)も見なくちゃいけません。そのほか、思いつくままに標本を順に挙げてゆけば、日本のヤンバルクイナによく似ていて、フィリピンやセレベス島などに棲む近縁のムナオビクイナ、幼鳥の翼に爪があって、シソチョウはこんなだったのではと言われることもあるけれど、類縁関係があるわけではない、南米産で一目一科一種のツメバケイ、堂々たる大きさで、日本でも記録があるので日本の野外で見る可能性があるわけだけど、これが日本の野外にいたらどんな感じだろうと想像してしまうノガン、ニューギニアの毒のある鳥ズグロモリモズなどきりがありません。

ご存知のように剥製は、「でき」や保存状態によって見栄えがいろいろなのはある程度我慢しなければいけないですし、特に600点という数を集めると、たしかにちょっと残念なものもあることは否定できませんが、もちろん素晴らしい標本もたくさんあります。会場のいちばんはじめ、特集「絶滅」の先頭をかざるキタタキは、日本では100年以上前に絶滅しており、朝鮮半島でも減少していて、私自身は状態のよい標本に出会った記憶がないので、素敵な状態の標本が出ていて驚きました。また、南極の海に棲む全身純白のミズナギドリ類、ユキドリの剥製が2点出ていますが、すばらしいできで、ほれぼれしました。目にとまった標本のうちごくわずかを挙げましたが、600点の標本のどれが印象に残るかは、見る方によって千差万別でしょうから、皆さんがそれぞれ楽しんで見ていただけることと思います。

メインの第1会場から階段と廊下を通ってゆく第2会場は、第8章「鳥たちとともに」の展示で、足環を装着して渡りや寿命について調査する鳥類標識調査、特別協賛のサントリーホールディングスの愛鳥活動の紹介や、学校が所有している鳥類標本の廃棄をせずに保存していただけるように呼びかける展示などがあります。第2会場につながる廊下では、特別協賛のキヤノンによる啓発活動のカードが配布されており、また後援団体として、日本鳥類保護連盟、日本野鳥の会、山階鳥類研究所とあわせて、日本鳥学会のポスターが展示されています。

後援団体のポスター

見応えのある展示で熱心な人は2回行かれる方もいらっしゃるようです。また見てきたあと、買ってきた図録で勉強しますとおっしゃっている知り合いもいました。終了間際になってだいぶ混雑してきているようですが、まだ見に行かれてない方は時間を見つけて見にゆかれてはいかがでしょうか?(そうそう、ショップでは、本展の図録が購入できるのはもちろんですが、鳥学会の鳥類目録改訂第8版も販売してくださっているそうです。)3月15日から3か月は名古屋で少しだけ規模を縮小した巡回展が見られるとのことです。

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【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(4)鳥がつなげる縁

【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(4)鳥がつなげる縁

熊田那央(バードリサーチ嘱託研究員)

前回の片山さんの記事の最後、サザエさん的次回予告の中から、研究以外で出会ったさまざまな出会いについて紹介いたします。

1人目は、同じ街に住むピアーズさんです。ピアーズさんは道端で片山さんと長女が日本語で話しているのを聞いて話しかけてくださった方です。初回は簡単に雑談をしただけでしたが、後日再会。鳥の研究をしていることや、ピアーズさんが生き物や鳥が好きで日本語を勉強中ということをお話しし、連絡先を交換しました。その後ピアーズさんのご家族とのお茶会に呼んでいただき、以前ピアーズさんが住まわれていたアイスランドの話を聞いたり、お父さんのマックスさんが撮影した鳥の写真を見せていただいたり、大変楽しい時間を過ごしました。その時に前々回に紹介した探鳥地のオクスリー クリーク コモンを教えてもらい、早速翌週に行って楽しい鳥見をすることができました。それ以来、ピアーズさんと私は定期的にお茶をさせていただいており、通う研究室があるわけではない私にとって英語を話せる大変ありがたい機会をもらっています。

近所の公園で長女の日本語課題につきあってもらう
近所の公園で長女の日本語課題につきあってもらう

ピアーズさんは一昨年出水にツルを見に行かれ、そこで地元の方にとても親切に現地を案内してもらったそうです。このことも私たちに声をかけてくれるきっかけの1つかと思うので、出水の方には感謝しかありません。私も日本で海外の方にお会いした際には積極的に声をかけていきたいと思います。

20年前に出水で見たツル。日本の鳥の中で人気のようで数人の人に見に行きたいと言われました。
20年前に出水で見たツル。日本の鳥の中で人気のようで数人の人に見に行きたいと言われました。

次に紹介するのは、キリスト教会の英会話クラスの方たちです。家から歩いて2,3分のところにある教会では、毎週無料で外国人向けの英会話教室が開かれています。オーストラリアでは移民の定着に熱心に取り組んでいるからか、こういった無料の英会話教室が各地の教会等で数多く開かれています。授業後にはモーニングティーがあり、生徒や先生達とのんびりおしゃべりができます。先生の1人のジェーンさんは、私が鳥の研究をしていてバードウォッチングが趣味だと話すと、オーストラリアの鳥の鳴き声のテープを貸してくれたり、おすすめのキャンプ地を紹介してくれたりとたくさん鳥の話題をふってくれました。その中でも、熱心に紹介してくれたマウントバーニー国立公園地域には、せっかくなので実際にキャンプにいってみることにしました。ブリスベンから車で2時間もかからないくらいのそう遠くない場所ではあるのですが、とても美しい山岳森林地域で、キャンプ場は携帯の圏外。Wifiもない完全なネット断絶状態はものすごく久しぶりで、英単語を調べようとしては検索が出来ず、明日行く場所の計画を立てようとしては地図アプリが表示されず、と無意識にネットを使おうとしては普段頼りっきりであることを痛感しました。また、見た鳥の識別もアプリでその地域で可能性の高い鳥を絞り込んでもらいそこから識別していたのを、一から図鑑の情報だけを使って識別せねばならず、パッと見た鳥を絞り込むには図鑑の予習が大切と初心を思い出すこととなりました。子連れ登山は回避し、川遊びをしながら麓をうろうろしているだけではありましたがブリスベンではまだ見たことのなかったアオアズマヤドリやルリミツユビカワセミ等をじっくりとみて、のんびりした鳥見を楽しみました。ジェーンさんに紹介してもらわなければ名前も知らないままの場所だったと思うので、行くことができて本当によかったです。

瞳も綺麗な色のアオアズマヤドリ
瞳も綺麗な色のアオアズマヤドリ

最後はウォーヴィック&ウェンディ夫妻です。ジェーンさんから鳥が好きな人がいるからと教会での日曜日の礼拝とモーニングティーにも誘われ、たくさんの鳥好きの方とお会いしました。そこで美しい鳥の写真を見せていただいたり、庭に東屋をつくったアオアズマヤドリのオスが一生懸命踊りをおどるもあえなくふられてしまったといった話しを聞いたりしました。もちろん私はウの魅力を語ったのですが、なかなか乗ってくれる人はおらず、あれ、おかしいな、英語がんばらないと、とおしりを叩いてくれる機会ともなりました。その中でお会いしたのがこの2人です。ウォーヴィックさんはクイーンズランド大学で採掘関係の仕事をされている方で、熱心なバードウォッチャーです。先日ケアンズに行った際に同じく鳥を見にきたウォーヴィックさんとケアンズ空港で出会い、帰ってから見た鳥リストを見せ合ったのですが、我々の倍くらいの種数を見ており子連れというハンデを考えても圧倒されました。ウェンディさんは学校の先生をしており、子供と遊ぶのがとても上手で、我が家の2人ともあっという間に仲良くなりました。2人が誘ってくださりブリスベン北東部のブライビー島周辺に一緒に鳥見に行った際にはウェンディさんが2人を見てくれている間にじっくりと鳥を見ることができ、大変贅沢な時間をもつことができました。

ブライビー島とその周辺には美しい砂浜が各地にあり、2人にいくつか案内してもらいながらオーストラリアヘラサギや渡ってきたたくさんのシギチドリ類を見ることができました。種自体はチュウシャクシギやオオソリハシシギ、オグロシギなどの日本でもおなじみのものでしたが、ここ数年は海浜にシギチを見に行くこともなかったのでたくさんのシギチが飛び交う光景を久しぶりに見て大変興奮しました。他にも地図に載っていないような小さなバードハイドがある場所をいくつも案内してもらったうえ、お昼を食べて午後は海で遊んでと、子供達も退屈せず、かつ鳥もたくさん見られるコースを案内してくださり大変充実した一日を過ごさせていただきました。
研究室のメンバーにはもちろんたくさんの鳥情報を教えてもらえているのですが、来るまでは想像もしていなかった出会いから、たくさんの鳥仲間を得ることができたことはこちらに来て一番嬉しかったことです。

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日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W13 風力発電施設が渡り鳥に与える影響と累積的影響について考える

日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W13 風力発電施設が渡り鳥に与える影響と累積的影響について考える

浦 達也1*・澤 祐介2・風間健太郎3・中原 亨4・葉山政治1
1 (公財)日本野鳥の会
2 (公財)山階鳥類研究所
3 早稲田大学人間科学学術院
4 北九州市立自然史・歴史博物館
*E-mail: ura@wbsj.org

 複数の風力発電機を設置するウインドファーム(以後WF)は,鳥が衝突したり(バードストライク),渡り鳥がWFを避けるためにルートを変更したり,WF建設のための大規模開発で鳥類が生息を放棄するなどの懸念がある.渡り鳥が一つのWFを避ける場合には飛翔エネルギーなどへの影響は小さいが,複数のWF施設を避けて飛ぶ場合,累積的な影響評価が必要となる.累積的影響の対象は、繁殖期であれば鳥の行動圏内に存在する開発行為すべてを,渡り鳥であれば日本列島の出入り口から越冬地の間に存在する開発行為すべてを含める.後者については、複数のWF事業による鳥衝突確率の計算だけでなく,渡り期間中の生存率や,越冬期および次の繁殖期までの生存率や繁殖成功率への影響まで計算することが理想とされている.
 今後,日本各地でWF建設が増えていくと考えられるため,事業ごとにアセスを行うのではなく,複数の事業や計画が鳥類に与える影響を総合的に評価していくことが,今後の生物多様性保全上も重要と考える.本集会では,5名の演者がWFの建設が渡り鳥に与える影響について,それぞれの立場から報告した.

1.鳥類保護委員会における近年の決議案件の動向
澤 祐介

 鳥学会鳥類保護委員会では,主要な活動として学会員の提案に基づき,鳥類の保護や生息環境の保全などに関する意見書や要望書等を学会決議,もしくは保護委員長決議として発出している.風力発電に関する案件は,2011年に初めて環境省宛に意見書を発出した.昨今,風力発電の導入が加速するなか,鳥類への影響が大きい事業も散見され,2017年以降,再生エネルギー導入に関連した意見書を9件発出している.これらの現状を踏まえ,学会として,鳥類への影響を回避した風力発電の導入に向け,より迅速,適切な対応を行うため,2022年2月には「日本鳥学会風力発電等対応ワーキンググループ」が鳥類保護委員会内に立ち上がった.風力発電の導入には,累積的影響も含め課題が多いが,適切な導入が進むよう学会としても働きかけを継続したい.

2.風力発電施設による鳥類への障壁影響事例と累積的影響評価手法の紹介
浦 達也

 日本野鳥の会が行った調査結果から,国内ではハチクマ,ノスリ,サシバ,マガン,ヒシクイ,ハクチョウ類で,WFを避けてルートを変更する障壁影響が生じていることが示唆されている.海外でもガン,ハクチョウ類や猛禽類の他,洋上ではホンケワタガモなどの海ガモ類やアジサシ類で障壁影響が多く発生することが確認されている.
 渡り鳥に対するWF建設の影響を評価するには,渡りルート上に存在する複数のWFの影響を累積的に評価すべきであると考える.環境省は「一定の地域内で複数の事業が平行して行われる際(中略)相加的・相乗的に影響を評価すること」と累積的影響評価を定義付けているが,国内にはガイドライン等は存在せず,日本の事業者はどのように累積的影響を評価すればよいかが分からない状況である.海外の事例では累積的影響評価の手法として,1)定性的記述,2)単純加算モデル,3)単純個体群動態モデル,4)複合的個体群動態モデル,5)個体ベースモデルの5つがあるが,後に行くほどモデル計算に使うパラメータが複雑になっていく.一方,非常に簡単な手法の1)定性的記述は,評価者が主観的に影響の有無や強度を評価できるため,推奨されていない.少なくとも2)単純加算モデルを行うこと,また,繁殖速度などの情報があれば3)単純個体群動態モデルを実施することが推奨される.なお,累積的影響評価を実施すべき地理的範囲および時間軸は,評価者の適切な判断に委ねられるため,客観的かつ適切な設定が求められる.

3.カモメ類の越冬・中継地利用と洋上風力発電の潜在的脅威
風間健太郎

 日本において洋上風力発電の海鳥へのリスク評価や予測は,とくに非繁殖において不十分である.本発表では,日本沿岸におけるカモメ類の越冬や中継地における洋上風力発電の潜在的脅威について説明した.
 再生可能エネルギー(再エネ)は有力な気候変動対策の一つであるが,健全な運用がなければ再エネ自体が生物多様性喪失要因となることは,現在共通認識になりつつある.風力発電が鳥類個体群に及ぼす累積的な影響評価のためには,事前,事後,対照区影響評価(BACI)デザインが有効である.BACIを実施するには建設前のベースラインデータが不可欠である.しかしながら,日本の洋上においては,海外に比べ海鳥の分布データが圧倒的に不足している.国や自治体主導による洋上の海鳥生息情報の蓄積が必要である.
 近年,GPS追跡調査による海鳥の非繁殖期の移動や環境利用の解明が進みつつある.北海道で繁殖するカモメ類の渡り中継地や越冬地は洋上風力発電の「促進区域」やその候補区域と重複することがわかってきた.とくに北海道や東北の日本海側,陸奥湾,千葉,福井,北九州などの海域はではカモメ類へのリスクが懸念されるため,洋上風力発電の導入に際しては適切な影響評価と影響軽減策が必要である.
 海鳥の通年の移動追跡データを用いれば,海鳥の渡りルートと既設風車との重複(脆弱性)だけでなく,将来の導入予定風車との重複(感受性)を評価できる.こうした評価を通じ,国土や大陸スケールにおいて鳥類個体が渡り期間中にどの程度風車の衝突リスクに晒されるかなど,個体レベルでの累積的影響評価が可能となる.海外ではこうした影響評価がすでに実施されている.日本でも,海鳥の移動追跡データベースを活用することで,こうした評価が進むことが期待される.

4.渡りをする猛禽類に対する累積的障壁影響の潜在的コスト推定
中原 亨

 渡り鳥の移動経路上にある風力発電施設は移動の障壁となり,その回避のために鳥は余分なエネルギーを消費する.しかし,渡り鳥が複数の風車近傍を通過する際に生じる累積的な障壁影響については,渡り期間全体での風車接近数のカウントや回避行動の観察が難しいため,見過ごされてきた.本発表では,長期間にわたる個体の遠隔追跡によってこの課題に取り組み,国内移動中の猛禽類が接近する風車の数の把握と,風車を回避すると仮定した際に生じる累積的なエネルギーコストの程度の検討を試みた.まず,ノスリ17個体,ハチクマ8個体,サシバ2個体の渡りをGPSロガーで追跡し,2017年春と秋,または両方の国内の渡り経路情報を入手した.次に,これらの経路の両脇2km以内にあった風車または風車群の数を調べた.さらにそれらの近傍100-2,000mを水平に回避すると仮定した複数のシナリオを用意し,航空力学的手法に基づいてシナリオ毎に各個体のエネルギー消費を推定した.その結果,最大で42の風車または風車群の近傍を通過していること,これらの近傍2,000mを迂回すると仮定した際に32.0km,75.7分の追加距離と時間が生じることがノスリにおいて推定された.その際に生じるエネルギー消費は,国内移動中に生じるエネルギー消費全体の2.5%に相当した.この結果は,猛禽類の渡りにおいて風車回避時に累積するエネルギーコストが比較的軽微であることを示唆した.将来的には,GPSロガーの測位頻度の増加によって,より正確な回避行動の把握とエネルギーコストの推定が可能になるだろう.一方で,地形,気象,飛行高度,垂直方向への回避,さらには国外移動時の累積影響等を考慮する必要性や,エネルギー消費の推定に多くの仮定を重ねているという問題への対応の必要性も課題として残った.本発表は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の再委託事業として実施した研究の一部を紹介したものである.

5.国境を超えて移動する渡り鳥と風力発電
葉山政治

 長距離を移動する渡り鳥への風力発電施設の影響の評価は,渡りの経路全体をとおした累積的な評価を行うべきである.その種が国境を越えて移動を行う場合には,統一的な基準による評価が必要となる.洋上風力発電に関して国内では排他的経済水域(EEZ)内の案件については,国連海洋法条約(UNCLOS)に準拠して,環境影響評価を行う方針が示されている.渡り鳥の経路である東アジア・オーストラリア地域フライウェイを見ると,洋上では各国のEEZが隣接する状況にあり,各国で協調した取り組みが必要である.移動性の動物種を守る仕組みとしては,移動性の野生動物種の保全に関わる条約(ボン条約)があるが,東および東南アジアでの同条約への締約国はフィリピンのみであり,日本も批准していない.二カ国間渡り鳥保護条約等の仕組みもあるが,当事国間に限定されており,不十分である.唯一,日本を含む地域で可能性のあるものとしては東アジア・オーストラリア地域フライウェイネットワークでの取り組みが考えられる.なお,ボン条約には再生可能エネルギーのタスクフォースがあり,加盟国に限らず事業者や金融機関,研究者なども参加して議論を行っており,フライウェイ事務局もメンバーであり,ここでの議論がフライウェイでの活動に反映される可能性は大きい,英国のRSPBやBTOなどの自然保護団体等も議論に参加しており,日本鳥学会からの積極的な参加が期待される.

 講演後,会場からは「事業者が環境影響評価を行う際には,重要種のバードストライクの発生確率の計算を行うが,WFが渡りルートの障壁になることをほとんど評価していないのはなぜか」,「累積的影響評価が実施されないのは、その手法が分からないこと以外の要因はあるのか」,「国などが渡り鳥のルートの調査を行い,全国的な渡り鳥の情報収集や整理を行わないと,事業者が単独で累積的影響評価を行うのは難しいのではないか」などの質問や意見が出された.
 今回の集会を通じて分かったことは,渡り鳥等における障壁影響の存在や累積的影響評価の実施の必要性を広く学会員や行政機関、事業者などに知ってもらうことである.また,累積的影響評価を実施すべき地域や時期を示すことも含め,累積的影響評価の定義付けを国や学術団体が行う必要があることも認識できた.そして,事業者が累積的影響評価を行う際に,計画地だけではなく渡り鳥の経路全体が知れるデータの利用が求められている.

 

図1. 自由集会での話題提供の様子(演者:葉山政治 氏)

 

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日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W15 アルバトロス類の将来にわたる保全に向けて -現状と課題-

日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W15 アルバトロス類の将来にわたる保全に向けて -現状と課題-

山本 裕1,5*・鈴木康子1,3・油田照秋1,4・長谷川 博1,2

1 世界アルバトロスデー&シーバードウィーク実行委員会
2 東邦大学名誉教授/NPO法人OWS会長
3 バードライフ・インターナショナル
4 (公財)山階鳥類研究所
5 (公財)日本野鳥の会
*E-mail:y-yamamoto@wbsj.org

 海鳥は現在,急速に個体数が減少しており,世界の海鳥個体数の約19%をモニタリングしたデータの解析から,1950-2010年の60年間で全個体数の約7割が減少したと推定されている(Paleczny et al. 2015).IUCNのレッドリストでは,全世界の海鳥362種のうち絶滅のおそれのある種は31%の113種(CR 19種,EN 36種,VU 58種)にも及ぶ.中でも大型で卓越した飛翔力をもつアルバトロス類は鳥類の分類群のうち絶滅リスクが高いグループの一つで,全22種のうち15種(68%)が絶滅危惧種で,準絶滅危惧種(NT 6種)を含めると95%にもなる.
 2019年5月,ACAP(The Agreement on the Conservation of Albatrosses and Petrels:ミズナギドリ目鳥類の保全に関する国際協定)は,本協定が調印された日にちなんで,6月19日を「世界アルバトロスデー」と定めて,世界のミズナギドリ目鳥類が直面している危機的な状況と保全活動の緊急性を呼びかける活動を開始した.
 日本では,長谷川 博氏の呼びかけに賛同した6団体(NPO法人OWS,(公財)日本野鳥の会,(公財)山階鳥類研究所,(一社)バードライフ・インターナショナル東京,NPO法人リトルターン・プロジェクト,NPO法人小笠原自然文化研究所)が,2020年以降,アルバトロス類を含む日本の絶滅危惧海鳥類の現状と保全について普及啓発活動を進めている.その一環として,本集会では,4名の話題提供によって,アルバトロス類の保全活動の現状と課題を共有し,課題の解決に向けた議論を行うことを目的に開催した.

鳥島個体群の回復とエコツアーの可能
長谷川 博

 大型海鳥オキノタユウ(アホウドリ)は,19世紀の終わりごろから,羽毛を目当てに乱獲され,個体数が激減して1949年には地球上から絶滅したと信じられた.しかし,1951年に伊豆諸島鳥島で約10羽の生存が確認され,再発見された.その後,鳥島測候所の人びとによって最初期の保護活動が行われたが,1965年に鳥島で火山性地震が群発し,噴火を警戒して気象観測所が閉鎖され,繁殖状況調査と保護活動は途絶えた.
 それから11年後の1976年に繁殖状況(営巣つがい数と巣立ちひな数,繁殖成功率)の調査が再開,継続された.その結果に基づいて,この種を再生へと導くための積極的保護計画が立案,実施されてきた.その第一は,植生が後退した営巣地への植栽による好適な営巣地の造成で,1981-82年に実施された.これによって,繁殖成功率は44%から67%に引き上げられ,巣立ちひな数は20羽前後から50羽台へと急増した.
 第二は,営巣地のある急斜面で1987年に発生した土石流への緊急対処で,砂防,植栽工事によって従来営巣地を保全管理して繁殖成功率を従来の水準に回復,維持し,並行して,そこから巣立った個体を,デコイと音声を利用して,鳥島の北西側に広がる土石流発生の恐れのない安全な斜面に誘引し,新営巣地を形成することを目的とした.これは1992年に始められ,2004年に新営巣地が確立した.
 これらの保護計画の成功によって,2018年に鳥島個体群の総個体数は推定で5,165羽になり,2026年には10,000羽に達すると予測される.個体数増加にともない,伊豆諸島海域から三陸沖で確実に観察されるようになった.今後,エコツアーが広がると期待される.

アルバトロス類に漁業混獲が起こる理由とその対策
鈴木康子

 漁業による混獲は,アルバトロス類が直面している主な脅威の一つである.なぜアルバトロス類が混獲されやすいかは,その生態に関係している.飛翔距離が長く行動範囲がとてつもなく広いため,漁船の操業域と被ることが多々ある.また,鋭い嗅覚によって20-30㎞離れた餌を感知できるので,遠くからでも漁業で使われる餌におびき寄せられる.混獲率が改善されなければ,今後数十年の間に絶滅する恐れのある種がいるほど深刻な問題である.
 特にアルバトロス類が混獲されやすい漁法はトロール漁とはえ縄漁であるが,どちらも効果的な対策が既に確立されている.はえ縄はマグロ漁でも使われる漁法で,マグロ漁業を管理する国際組織では,海鳥混獲回避に関する規則を定めている.具体的には,マグロはえ縄船がアルバトロス類の生息域で操業する際は,定められた混獲回避策(トリライン,加重枝縄,夜間投縄など)を使うことが義務付けられている.しかし,未だに混獲されてしまうアルバトロス類が後を絶たない.その理由として,混獲回避策が漁業者によってきちんと使われていないことが考えられる.その背景には,規則遵守のモニタリングが不足しているため,規則自体が守られていない場合が散見されている.また,規則を守っていても,混獲回避策を効果的に使えていないという技術的問題の可能性もある.
 混獲削減に向けた課題の克服には,包括的なアプローチが必要である.漁業者への働きかけとサポート,国際機関や行政による規則とモニタリングの強化の他に,水産物を扱うサプライチェーンとの協働や,消費者による混獲問題の理解と水産業の透明性を求める声など,垣根を超えた連携が重要である.

アルバトロス類保全の最前線 -移住事業の進捗とモニタリングの必要性
油田照秋

 2024年現在,アホウドリ(センカクアホウドリを含む)の繁殖地は世界に4つある.最大の繁殖地であり,全体の9割近くが繁殖しているとされる伊豆諸島鳥島と,政治的な問題により20年以上調査がされていない尖閣諸島,そしていずれも過去10年以内に新たに(再び)繁殖地となった小笠原諸島聟島と米国ハワイ州ミッドウェー島である.
 伊豆諸島鳥島には島内に3つの繁殖コロニーがあるが,いずれの場所でもつがい数は増加傾向にある.特に比較的新しく形成された2つのコロニーは増加率が高い.2024年3月の調査では,雛の数は計1,173羽であった.また,鳥島全体の個体数は約8,600羽と推定された.近年個体数は安定した増加傾向にあるが,鳥島は活火山であり,大規模噴火が起こると繁殖地が壊滅する可能性もある.また繁殖成功率が安定しないコロニーもある.
 小笠原諸島聟島では,2008年から5年間雛の移送飼育をし,かつての繁殖地の再生を試みた結果,2016年から繁殖に成功し,現在聟島で生まれ帰還した個体を含む少数の繁殖個体群が形成されつつある.2024年は初めて3つがいが繁殖に成功した.鳥島で新しいコロニーが形成された時,つがい数が安定して増加するまでに10年以上を要した.聟島では今後どのように推移するかは予想が難しく,まだ安定した繁殖地が形成されたとはいえない.
 野生動物の管理には,順応的管理が欠かせない.これは,長期的に未来予測の不確実性を伴う対象を扱う場合,継続的に現状把握をしながらそれまでの計画や活動を評価し,見直しながら柔軟に管理する方法で,その中で特に現状を把握するためのモニタリングが非常に重要になる.アホウドリの保全事業は,鳥島では40年以上,聟島では繁殖地の再生プロジェクトが始まった2008年以降毎年のモニタリングによって支えられている.しかし,予算的な問題により近年この調査の継続が難しくなっている.
 本講演後は,モニタリング継続に向けて山階鳥類研究所が始めた取り組みを紹介し,参加者とモニタリングの継続に向けて今後どのような手段が考えられるかなどを議論した.

アルバトロス類を取り巻く現状と課題
山本 裕

 アルバトロス類は,今,大きく減少しており,IUCNのレッドリストでは約7割の種が絶滅危惧種とされている.その減少要因として,繁殖地では,ネズミ類やノネコによる捕食,人の攪乱,病原菌,土壌侵食等で,洋上では,はえ縄漁やトロール漁業等による混獲の割合が高く,この他に油汚染,プラスチックの誤飲や誤食,有害化学物質等による汚染がある.
 国内では,アホウドリ(センカクアホウドリを含む),クロアシアホウドリ,コアホウドリの3種が繁殖する.個体数の現状把握は,鳥島,聟島列島でしっかりとされており,学術的な研究も鳥島,聟島列島でされている.モニタリングは鳥島,聟島列島で,現在は十分な体制で実施されているが,関係省庁等の予算削減によりその存続が危ぶまれている.尖閣諸島は領土問題のため立ち入りができず,情報が不足している.保全上の課題の解決には,混獲問題では,混獲回避策に対する漁業者の理解,及び消費者,サプライチェーンとの連携が必要である.
 アホウドリの鳥島繁殖個体群は順調に個体数が増加しているが,火山噴火や外来植物の繁茂,土壌流出,混獲,プラスチックの誤飲や誤食が懸念されている.聟島繁殖個体群は現在定着しつつあるが,繁殖集団の確立にはまだ時間がかかる.これらの繁殖地での基礎的な生態調査とモニタリング,環境整備などの保全活動が重要で,そのための継続的な体制作りが必要である.

 会場には,高校生も含め30名を超える参加があった.話題提供後の質疑応答では,はえ縄漁における混獲回避策の漁業者への周知や,漁業認証を消費者にどのように伝えるか等についての議論がされ,モニタリングの継続が不透明になっていることに対しては,モニタリングの重要性の再確認と,継続に向けての取り組みの紹介,協力の呼びかけがされた.今回の集会が参加者のアルバトロス類への関心をさらに高め,保全活動につながることを主催者一同願っている.

引用文献
Paleczny M, Hammill E, Karpouzi V. & Pauly D (2015) Population Trend of the World’s Monitored Seabirds, 1950-2010. PLoS ONE DOI:10(6): e0129342.
doi:10.1371/journal.pone.0129342.1371/journal.pone.0129342.

 

図1. 東京港野鳥公園での海鳥保全をテーマとした展示の様子

 

図2. 日本鳥学会自由集会での話題提供の様子(演者:長谷川 博 氏)

 

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日本鳥学会 2024年度大会自由集会報告 - W05 鳥類の渡り追跡公開と市民科学

嶋田哲郎(宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団)
E-mail: tshimada0423[at]gmail.com
※ 送信の際は[at]を@に変えてください

 近年,衛星用送信機,ジオロケーター,レーダーなどの機器の発達により,渡り鳥の移動追跡は飛躍的に進展した(樋口 2021).鳥の姿そのものは見えないものの,移動の様子はコンピュータ上に明確に表すことができる.また,鳥たちの渡りは研究者だけでなく,一般の人も含めて多くの人が知っている.春に渡ってくるツバメ,秋に渡ってくるハクチョウなど季節の風物詩となっているものもある.幼い頃にスウェーデンの童話「ニルスの不思議な旅」に胸躍らせた人もいるだろう.

渡り追跡の成果は,これまで論文や書籍などをはじめとするさまざまな媒体を通して一般の人に伝えられてきた.一般の人に伝える媒体もSNSなどの普及により,大きく進展している.すなわち,鳥の渡り追跡を一般の人に広く,すみやかに伝える環境が整いつつある.多くの人の関心のある渡り追跡を広く公開することは,一般の人が鳥や鳥類学に関心をもち,市民科学に貢献するきっかけを提供することにつながる.

この自由集会では,これまでの鳥類の渡り追跡研究のレビューと国内初の鳥類の渡り追跡公開プロジェクトとなった「ハチクマプロジェクト」について紹介し,次いでリアルタイムの位置情報に加えて画像取得が可能となったカメラ付きGPSロガーによる「スワンプロジェクト」について現状報告を行った.カメラ付きGPSロガーを開発したドルイドテクノロジー社(中国)の今後の新技術展開についても話題提供した.そして鳥類の渡り追跡公開によって見えてきたことを共有し,今後の展望などを議論した.

 

ハチクマプロジェクト
樋口広芳(慶應大)

 1990年代初めから今日まで衛星用送信機やジオロケーターなどを用いて,ツル類やカモ類,タカ類など25種以上580個体以上の鳥の渡りを追跡研究してきた.マナヅルやタンチョウでは,渡り追跡によって朝鮮半島の非武装地帯が重要な生息地であることがわかった.また,ハチクマの春秋の渡りでは,東アジアのすべての国を一つずつめぐって移動したことが明らかになった(図1).そして春と秋で渡り経路は異なるものの,年による変化は少なく,春秋での経路の違いを生み出す要因が東シナ海の風況にあることがわかった.こうした数多くの渡り研究は,渡り鳥に国境はなく,遠く離れた国や地域の自然と自然をつないでいることを明らかにした.そのことは渡り鳥が遠く離れた国や地域の人と人をもつないでいることを意味し,世界各地で渡り鳥を介した人と人とのさまざまな交流,保全に向けてのいろいろな国際協力が行われている.こうした中,ハチクマ渡り衛星追跡公開プロジェクト「ハチクマプロジェクト」が始まった(図2).鳥類の渡り追跡を公開する初めての試みである.2012年秋から2013年夏,4羽のハチクマを衛星追跡し,追跡状況をほぼリアルタイムで一般公開した.ハチクマプロジェクトには東アジアを中心に世界中の人々がアクセスし,推定で延べ10万人ほどの人が参加して情報交換などを行い,それによって追跡個体の詳細な渡り経路,中継地や越冬地,渡りの経過などを多くの人と共有することができた.渡り追跡の一般公開を通じてわかったことは,1)多くの人に渡りの具体的な様子を伝え,理解と感動を与える,2)生息地の具体的なつながりを示すことにより,保全上の問題点などを示唆することができる,3)鳥が渡りを通じて遠く離れた国や地域の自然と自然,人と人をつないでいることを実感してもらえる,4)渡り鳥とその生息環境の保全には国際協力が不可欠であることを伝えることができる,ことである.そして,追跡している鳥たちが見ている景色が見られたら,渡りの様子をもっと具体的に実感できる.このことが10年後,次に紹介するスワンプロジェクトにつながった.

ハチクマの秋(左)と春(右)の渡り経路図.衛星追跡の結果.1本の線が1個体の渡り経路.春の渡り経路中, 〇印はハチクマが1週間以上滞在した地点.Higuchi (2012) J. Ornithol.153 Supplement 1: S3-S14. にその後の情報を加えて作図.
図1.ハチクマの秋(左)と春(右)の渡り経路図.衛星追跡の結果.1本の線が1個体の渡り経路.春の渡り経路中, 〇印はハチクマが1週間以上滞在した地点.Higuchi (2012) J. Ornithol.153 Supplement 1: S3-S14. にその後の情報を加えて作図.

 

ハチクマプロジェクトの紹介.
図2.ハチクマプロジェクトの紹介.

 

スワンプロジェクト
嶋田哲郎

 宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団と浜頓別クッチャロ湖水鳥観察館,ドルイドテクノロジー社が主催し,樋口広芳東京大学名誉教授を顧問とする「スワンプロジェクト」が2023年12月にスタートした.これはオオハクチョウとコハクチョウにカメラ付きGPSロガー「スワンアイズ」を装着し,渡りを追跡するとともに位置情報や画像を公開することで,市民によるハクチョウ見守り体制を構築する国際共同プロジェクトである.宮城県伊豆沼でオオハクチョウ10羽,北海道クッチャロ湖でコハクチョウ10羽にスワンアイズを装着し,すべての個体に愛称を付けた.位置情報と画像が定期的に取得され,1日に3回,それらの情報を取得することができる.タイムラグがあるものの,ほぼリアルタイムにハクチョウのいた場所を知ることができ,ハクチョウが見た景色を目にすることができる.位置情報と画像は多言語(日本語,中国語,英語)のホームページで公開されており(https://www.intelinkgo.com/swaneyes/jp/),だれでもアクセスできる.また,スマホのアプリも準備されており,スマホによる道案内でハクチョウのいた場所までたどり着くことができる.観察記録はX(旧ツイッター)に投稿することで,記録が蓄積されていく仕組みになっている(#SwanEyes).スワンアイズは位置情報と画像がセットになっているため,ハクチョウがいつどこで何をしているのかをよく理解できる(図3).また,画像から飛行場所を特定できる場合があり,飛行位置が位置情報を結んだ推定上の移動経路と異なることがあることがわかった.さらに,カメラには他種,他個体も写るため,時期や地域に応じて異なった,鳥同士の関係性も見える(図4,5).Xではフォロワー数や観察記録の掲載が増え続けており,市民の関心の高さが伺える.2024年11月,プロジェクトは継続中であり,今後も市民とともにハクチョウを見守り続け,市民科学の底上げにつなげたい.

オオハクチョウ目線の伊豆沼・内沼周辺での暮らし.
図3.オオハクチョウ目線の伊豆沼・内沼周辺での暮らし.
コハクチョウ・トワがロシア北極圏で8月8日に撮影した画像.トワは幼鳥メスで繁殖に参加しないため,非繁殖鳥の仲間と一緒にツンドラで夏を過ごした.
図4.コハクチョウ・トワがロシア北極圏で8月8日に撮影した画像.トワは幼鳥メスで繁殖に参加しないため,非繁殖鳥の仲間と一緒にツンドラで夏を過ごした.
オオハクチョウ・ナツキが6月12日午前1時に撮影した白夜のロシア北極圏.
図5.オオハクチョウ・ナツキが6月12日午前1時に撮影した白夜のロシア北極圏.

 

デジタル化技術は革新的なテレメトリー技術,人工知能,市民科学によって鳥学を促進する
李国政(ドルイドテクノロジー) 通訳:姜雅珺(バードリサーチ)

 デジタル化技術の進展は収集できるデータの構造と量を変化させた.個体の移動から分布,ビックデータまで,さらに通信技術の発達により,収集可能な情報の幅が大きく広がった.現在では,個体,群集,生態系,生物圏までさまざまな情報がデジタル化され,これらのデータを基盤として生物ユビキタスネットワーク(いつでもどこでも利用可能なネットワーク)を構築することが可能となった.私たちは生物ユビキタスネットワークと独自開発した行動を識別する人工知能技術を,Cellular,Intellink,Ubilinkの3つのインターネット技術を用いた通信手段によって,市民参加型のプラットフォーム「IntelinkGO」を新たに構築した(図6).これによって,個体ごとのリアルタイムのデータの収集や個体周辺の環境情報の収集,複数地点でのサンプリングを実現できた.この技術がスワンプロジェクトに活用されている.さらに,DEBUT VISION-5D Sensing Technologyの開発も進行中であり,これによって飛翔中のさまざまな音声(鳴き声や心拍数など)や渡り中の映像を記録することができるようになる.これらの革新的なテレメトリー技術,人工知能,市民科学を駆使することで,鳥学研究がさらに進展することを期待する.

図6.IntelinkGOの仕組み.

 

 これらの発表を踏まえ,シマフクロウの巣にカメラを設置し,市民で監視を行う取り組みをしている早矢仕有子氏よりコメントをいただいた.

 

コメント
早矢仕有子(北海学園大)

 市民科学をすすめるときに重要なことのひとつは,科学的事実を市民にわかりやすく伝えることである.ハチクマプロジェクトもスワンプロジェクトも学術研究が背景にあるため,科学的事実を説明できる根拠がある.そして研究者がその事実を的確に伝えることで,正しい情報が市民にわかりやすく伝わる.両プロジェクトはこの点でオリジナリティが高い.今後,プロジェクトがすすむことで市民の意識がさらに高まり,市民との協同が深化すれば,より素晴らしいものになるだろう.

 

まとめ

 1990年代から樋口広芳氏が先駆的かつ精力的にすすめてきた鳥類の渡り追跡は,位置情報だけでなく,鳥目線の画像情報の公開という新しい段階を迎えた.人は共有した体験が多い人ほど深くつながれる.ハクチョウ目線の画像を見ることは,かれらの体験を共有することにつながり,それは人とハクチョウとがより深くつながれることを意味する.市民の高い関心はこのことに関係していると考えられ,市民科学として,市民との協同が今後も進展するだろう.たとえば,これまでにないハクチョウ目線の画像は,見ているだけでも楽しく,鳥を知らない人でも好奇心がそそられるだろう.位置情報や画像をもとに標識ハクチョウを追っている観察者がすでに多数いるが,追跡する中でハクチョウの生態への関心が高まり,位置情報と画像を組み合わせることで新たな発見が生まれてきている.また,そうした観察記録をXに投稿し,他のハクチョウの記録と比較することも行われている.最終的には,スワンプロジェクトを活用した市民と研究者との共著による科学論文が出版されることで,鳥類学への貢献が期待される.さらに,だれでも情報を閲覧できるため,風力発電施設やメガソーラーの設置をはじめ,鳥類の渡りに脅威となるような開発行為を検討するときなど,保全に役立つ有用なデータベースにもなる.将来的にはこうしたデータベースをもとに鳥類の渡り予報のようなものができると面白い.鳥類の渡り追跡公開は,研究,保全,普及啓発,どの観点をみても,それらが大きく進展する可能性を持っている.

 

参考文献
 樋口広芳(編)(2021)鳥の渡り生態学.東京大学出版会,東京.

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