【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(1)留学のきっかけから渡航まで

片山直樹(農研機構 農業環境研究部門 農業生態系管理研究領域)

皆さま、こんにちは。私は今年の4月中旬から、オーストラリアのクイーンズランド大学において、1年間の研究留学を始めました。カワウを愛する熊田那央さんと、二人の子どもたち(7才・3才)も一緒に来ています。今回、鳥学通信で連載記事を書く機会をいただきました。そこで、私たち研究者夫婦それぞれの視点で、日々の研究や暮らしのこと、そしてオーストラリアの鳥についてもお伝えしたいと思います。第1回目の今回は、私が留学のきっかけから渡航までをお話しします。

私はこれまで、日本で田んぼの鳥やその他の生きものを研究してきました。今回の留学では、こうした生きものたちにとっての「田んぼ」という生息地の大切さを、世界中の論文やデータを使って明らかにしたいと考えています。田んぼはアジアを中心に世界中に広がっていますので、英語や日本語の論文はもちろんのこと、中国語・韓国語・スペイン語などで書かれた論文やデータが存在するかもしれません。また、世界各地の研究者との連携も欠かせません。そこで、多言語の研究に詳しいクイーンズランド大学の天野達也博士と協力して、研究を進めたいと考えたのがきっかけの一つです。

茨城県の田んぼでチュウサギの研究などをしていました

オーストラリアを選んだ理由は、それだけではありません。オーストラリアにも田んぼがあって、ニューサウスウェールズ州の田んぼには絶滅危惧種のオーストラリアサンカノゴイAustralasian Bitternなどの水鳥が生息しています。この鳥の保全プロジェクトを進めているMatthew Herring博士とお会いして、ぜひ共同研究を進めたいと考えています。実はすでに、この記事が完成する少し前に彼と会うことができて、12月頃に田んぼを案内してもらえることになりました。その様子についても、今後の記事でお伝えできればと思っています。

 

オーストラリア産のお米(2キロで7~800円)

さて当たり前といえばそうなのですが、オーストラリアでは基本的に英語で会話をしながら、日々の生活や研究をしなければなりません。海外留学に行くのだから、英語は問題なく話せるのだろうと思うかもしれませんが、私にとって「英語」は学生時代からとても苦手なものです。私はもうすぐ40才になりますが、海外経験も少ないし、国際会議での発表も片手で数えるほどしかありません。若い時から海外の研究室で活躍されている方々を見ると、本当にすごい努力を積み重ねたのだろうなぁと尊敬します。

そんな自分ですが、少しずつ英語学習(NHKラジオ英会話やレアジョブ英会話など)を続けたことで、学生の頃よりは英語への抵抗感もちょっと薄れてきました。そして一度きりの人生、一回くらい生まれ育った日本を離れてみたいと思うようになりました。今の自分の英語レベルでは、まだ海外で苦労することは分かり切っていますが、まぁそれも良い経験かなと思うようにもなってきました。

しかし、独身だった頃ならともかく、今は家族がいます。妻は国立環境研究所で働いていますし、子どもたちもいます。住み慣れた日本ですら子育てに右往左往している毎日なのに、海外で生活なんてできるのでしょうか。子どもたちは、現地の小学校や保育園に通えるのでしょうか。考えだすと、不安はつきません。こういう色々な思いを、妻に相談することにしました。彼女がもし反対すれば、留学は辞めようと思いました。ところがいざ相談してみると、「ぜひ挑戦してみたら?オーストラリアの鳥も見られるし」と言ってくれました。本当に勇気づけられました。もっとも内心では、色々な葛藤やトレードオフを考えたでしょうし、そのことは彼女自身が次の記事で話してくれるかもしれません。

オーストラリアの鳥についても、次回以降でお伝えします

私が働いている農研機構には、「在外研究制度」という留学制度があります。とはいっても誰でも自由に行けるわけではなく、理事の方々に研究留学の目的を理解していただくための書類やプレゼンが必須となります。農研機構は農業の研究所なので、農業における生物多様性の価値をきちんと伝えることが大切です。私も相当な時間をかけて資料を準備し、なんとか採択されました。採択者は、現地での滞在費と研究費の補助がもらえます。ただし、家族の費用は自腹となりますし、コロナ渦や円安によってオーストラリアの生活費は高騰しているので、相応の赤字は覚悟しています。

留学が決まってからは、たくさんの書類仕事が待っていました。何よりも大変だったのは、現地でのアパートの契約でした。近年のオーストラリアは、移住者がとても多く、空き部屋がすごく少ないです。そのため、人気の物件には数十人が内見にくるほどの競争率になっています(←内見しないと応募できない物件が多いです)。私の場合は、天野博士が代理で内見を行ってくれました。結局、7~8件ほど応募して、出発の二週間前になって、ようやく1つの物件が決まりました。入居可のメールが届いた時は、論文アクセプトのメールよりもうれしかったです。その後は、直前まで荷造りに追われました。子どもたちの持ち物が多いこともあって、スーツケース5個とバッグ2個の大荷物になってしまいました。

大荷物での移動は大変でした…

こうして4月15日の夜9時、成田空港からブリスベン空港に発ちました。最後に空港のレストランで食べた蕎麦が美味しくて、次においしい蕎麦を食べられるのは1年後かな…なんてことを考えました。機内では、家族4人がひと並びになる座席でしたが、子どもたち2人を少しでも広く寝かせてあげたいと思い、大人たちは狭いスペースに縮こまって、まともに寝ることができませんでした。それでも翌朝、快晴のブリスベンの地に降り立った瞬間、疲労感がどこかに飛んでいきました。これから、どんな出会いが待っているのでしょうか。長いようで短い1年間の、一日一日を大切にしたいと思います。

4月16日のブリスベンは快晴で、日中は汗ばむほどの暑さでした。
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日本鳥学会2023年度大会参加報告

日本鳥学会2023年度大会参加報告

北海道大学 文学院 博物館学研究室 修士1年
池田圭吾

2023年9月15日から18日にかけて,金沢大学で開催された日本鳥学会2023年度大会に参加しました.今年で2回目の参加となり本大会で私は,「江戸時代の北海道におけるワシの分布」という題目でポスター発表を行いました.また,3日目に行われた懇親会にも初めて参加し,非常に有意義な時間を過ごすことができました.

江戸時代のワシの分布に関するポスター発表では,幸いなことに歴史資料を用いた鳥類の研究に興味を持っていただくことができ,様々な分野を専門とする方々からご意見やご質問をいただき大変実りのある時間となりました.特にご質問が多かったのは,江戸時代の北海道におけるオジロワシやオオワシの個体数に関するものでした.私自身もその点には大きな関心がありますが,歴史的な史料に残されたデータには限りがあり,個体数を算出することは容易ではありません.しかし,私が考えていたこととは異なる視点から,当時の個体数を算出する手法についてご助言をいただくこともでき,研究を進めていくうえでの視野が広がりました.

江戸時代の北海道におけるワシ猟の様子
(東京国立博物館所蔵『蝦夷島奇観』を加工、http://webarchives.tnm.jp/)

初めて参加した懇親会では,歴史的,文化的な観点から鳥類を研究している方々と意見を交わすこともできました.歴史資料に記載された鳥類に関する研究を専門としている方は少ないので,普段そのような方々とお話できることは多くありません.そのため,本大会のような貴重な機会を提供していただけることは非常にありがたいです.また,それと同時に歴史的な視点から鳥類を研究するにあたっては,現代の鳥類の生態に関する知識を学ぶことが欠かせません.ポスター発表や口頭発表ではもちろんのこと,懇親会でもイヌワシやオジロワシなど猛禽類の生態に関するお話をお聞きすることができました.ほかにも,ここには書き尽くすことができないほど様々な貴重な話をお聞きすることができました.本当にありがとうございました.

余談ではありますが,個人的にはちょっとしたトラブルもありました.3日目の朝には,会場行のバスに乗ることができず,会場から金沢駅に戻るときには数人で話しているうちに乗り過ごしてしまったのです.しかし,初対面の参加者の方からタクシーの乗り合わせを提案していただいたり,金沢駅まで電車に乗って談笑しながら帰ったりとなんとか無事に日程を終えることができました.昨年度初めてポスター発表を行ったときにも感じたことですが,このような参加者の皆様の和やかな雰囲気のおかげで,学会全体の議論が活発になると同時に,歴史的な鳥類の研究をも受け入れていただける懐の深い学会になっているのだと思います.

また,他の参加者の方々の発表で個人的に興味深かったのは,野鳥をまもる防鳥ネットの展示や販売ブースでした.地元に帰省した際に野鳥を観察しにいくと,ハス田の防鳥ネットに多くの野鳥が絡まっている様子を頻繁に目撃します.そのような姿を見るのは悲しく,水鳥によるレンコンの被害を減らすことと,防鳥ネットを野鳥にとって安全なものにすることの両立はできないのか疑問に思っていました.そんななか,羅網事故が発生しにくい防鳥ネットを開発している方による展示や販売ブースを本大会で見かけ,嬉しく思いました.本大会では,このような実践的な取り組みに関する展示とともに,レンコンの食痕から食害のもととなる加害種を推定する方法に関するポスター発表もあり,様々な視点から研究が行われていることを学びました.今後,これらの研究成果が生かされ,防鳥ネットによる野鳥の被害が減少することへの期待が膨らみました.

羅網事故の様子(筆者撮影)

話題を歴史的な鳥類の研究に戻すと,2日目の午後の自由集会では「第5回標本集会 江戸時代の鳥を知ろう」が開催されました.明治時代の標本コレクションに関する説明の後,茶の湯で使用される羽箒,江戸時代の出来事が記録された古文書,遺跡から出土した骨をそれぞれ用いて,標本に残らない江戸時代の鳥類を研究する方々の発表を聞くことができました.まさに私が学んでいる時代に関する発表ですが,手法や対象とする鳥類が異なれば知らないことばかりで,非常に勉強になりました.また,羽箒に使われた羽の種類を特定するために奔走したり,古文書からひたすら「鶴」の字を探したり,様々な分析手法を用いたりと研究に対する熱意が伝わってくる発表でした.私自身も研究を進めていくことはもちろんですが,今後このような熱意が広まり,鳥類研究の1つの分野として,古文書に限らず幅広い歴史資料から鳥類を研究する分野がさらに発展していくことを期待しています.

最後に,2023年度の大会を開催し,無事に4日間の日程を終えるためにご尽力いただいた大会実行委員やスタッフの皆様と,どんな分野でも暖かい雰囲気で受け入れていただける参加者の皆様に御礼申し上げます.そして,2024年度の大会に参加できることを心待ちにしております.

 

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日本鳥学会2023年度大会の感想

日本鳥学会2023年度大会の感想

都立国分寺高校 生物部
納谷莉子

私達都立国分寺高校生物部はカラスバトについて音声分析班とGPS班を編成し,グループでカラスバト研究を行っています.その中で私はGPS班に所属しています。私達国分寺高校生物部がカラスバトの研究を始めたのは約12年前です.はじめはカラスバトの生息する伊豆大島の林道を中心に観察を進めていましたが,カラスバトは警戒心が強く,人前にめったに姿を現さないため調査は困難でした.そこで目を付けたのが羽でした.大島公園の飼育個体の羽を拾い,いつ抜けたのかなどを調べてカラスバトの羽の生え替わりなども解明しようとしたり,安定同位体比の調査を進めたりしました.しかし,これらのことはカラスバトの生態解明にはあまり繋がらないのではないか,と考え,他の調査が始まりました.

それが,音声分析班が行っているフィードバック実験です.島の林道でスピーカーを用いてカラスバトの鳴き声を流し,それに対して野生のカラスバトはどのように反応するのか,また,その時の行動などとも照らし合わせることでカラスバトはどのようなときに,どう鳴くかを調査しました.その結果,島内でカラスバトがよく鳴く,つまりカラスバトが多くいる場所が分かり,その場所は今ではカラスバト調査の定番の場所となっています.黒田治男先生による音声分析方法の指導や,株式会社リバネスによる録音機の貸し出し等の支援もあって音声分析班は今も調査を続けています.ドローンによってカラスバトの生息地等の環境を調べることでカラスバトがどのような環境を好むか,という調査も行いました.

約2年前,大島公園でケガを負って保護していたカラスバトが回復し,放鳥されることになりました.この時,本校生物部顧問の市石博先生へ,「可能な範囲であれば研究にご協力できます」との連絡が入りました.そこで日本野鳥の会会長である上田恵介先生を通じて,国立環境研究所の安藤温子博士と連絡をとり,保護個体にGPS発信機を取り付けて放鳥しました.こうして安藤博士,大島公園との共同研究に発展し,私達GPS班の活動が始まりました.

そして,今回鳥学会大会に参加し,同じように鳥を研究する同年代の仲間たちと研究結果を共有することができ,とても充実した2日間を過ごしました.同年代の仲間のみならず,研究者の方々からも様々な方面からのアドバイスが寄せられ,これからの研究を進めるにあたり私たちが注意するべき点,よりよい研究にするためのポイント等をメンバーの皆と改めて考えるきっかけにもなりました.さらにGPS班は今回科学賞を受賞させていただきました。このような光栄な賞をいただくことができ、とても嬉しかったです。この研究を進めていく上で、GPS発信機による位置情報を取得できずデータ数が少ないこと、カラスバトの行動観察が困難なことに悩まされたこともありましたが、私たちの研究が発表を聞いてくださった方々に評価していただけたことはこれからの研究に対する意欲を高めるものとなりました。今回いただいた意見を基にこれからの研究活動に真摯に向き合い,私たちを支えてくださる皆様への感謝を忘れずにカラスバトの生態解明に励み続けたいと考えています.

最後に国分寺高校生物部は,中谷医工計測財団から助成を受けて研究活動を実施しています。この場を借りて,お礼申し上げます.

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【署名ご協力のお願い】苫東厚真風力発電事業に対する事業中止要望について

澤 祐介(鳥類保護委員長)

日本鳥学会では、学会員の提案に基づき、鳥類の保護や生息環境の保全などに関する意見書・要望書等を提出しています。

日本鳥学会は、苫東厚真風力発電事業(以下、本事業と記載)に対し、風車の建設計画を中止も含めて全面的に再考するよう要望する(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する意見書(2020年11月1日付、鳥類保護委員長名)、続けて、事業の中止を求めた(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する事業中止要望書(2021年11月25日付、日本鳥学会長名)を提出してきました。しかし、日本鳥学会だけでなく、日本生態学会日本野鳥の会など、複数の団体からも同様の要望があったにも関わらず、本事業は現在、環境アセスメントの調査・予測・評価が終了し、準備書の手続きに入る段階にまで進んでいます。

本事業に対し、日本鳥学会が要望書提出時に共同記者発表を行った地元の市民団体「ネイチャー研究会inむかわ」が、タンチョウの営巣地保護を主眼とした事業中止を求める署名活動を開始しました。多くの希少種が生息する貴重な自然環境の保全にむけ、ご賛同頂ける方は、ぜひ署名にご協力ください。

■ 署名方法

オンライン署名

書面による署名

※お問い合わせは、書面による署名のpdfに記載のネイチャー研究会in むかわまでお願いします。

関連情報

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2030年までに陸域と海域の30%を保全する30by30目標と渡邊野鳥保護区フレシマ

2030年までに陸域と海域の30%を保全する30by30目標と渡邊野鳥保護区フレシマ

田尻浩伸(公益財団法人日本野鳥の会)

私たち(公財)日本野鳥の会は今年3月に創立90周年を迎えた自然保護団体で、「野鳥も人も地球のなかま」を合言葉に、全国各地にお住いの会員の皆さんと都内事務局に勤務する職員が連携しながら活動しています。活動は自然の大切さを伝える普及教育的な活動や開発問題等への対応、政策提言や調査活動まで様々ですが、特徴的なものに野鳥保護区の設置があります。野鳥保護区とは、鳥獣保護管理法や自然公園法など法や条例によって保護されていない民有地をご寄付によって買い取ったり、土地を所有する個人や企業と協定を結んだりすることで希少種とその生息地を保護する取組で、1985年に静岡県沼津市に最初の野鳥保護区となる小鷲頭山野鳥保護区を寄贈いただいたことから始まりました。2024年5月現在、北海道を中心に約4,000ヘクタールの野鳥保護区を設置しています。

渡邊野鳥保護区フレシマ
フレシマの看板に止まるオオジシギ(写真:古山 隆)

さて、2022年12月、カナダのモントリオールで開催された生物多様性条約締約国会議COP15において「昆明・モントリオール生物多様性枠組*、以下枠組」が採択されました。この枠組では、2050年ビジョンを「自然と共生する世界」、2030年ミッションを「自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させるための緊急の行動をとる」、いわゆるネイチャーポジティブ(自然再興)とし、さらにその下に23の個別のターゲットが設定されています。その中のひとつが2030年までに陸域と海域及び沿岸域の少なくとも30%を保全するという30by30目標です(ターゲット3)。

30%を保全する手法として、前述のような法や条例で保護された鳥獣保護区や国立・国定・県立公園等の保護地域指定がありますが、その指定には利害関係者の合意形成などに時間がかかることも珍しくありません。そこで大きな期待を集めているのがOECM(Other Effective area-based Conservation Measures)で、本来は保護を目的とした地域ではないものの結果的に高い生物多様性が残された地域を生物多様性の保全に活用していくというものです。OECMには自然観察の森やビオトープといった保全も目的とした地域はもちろん、企業緑地や里地里山、演習林や遊水地など本来は保全を目的としない様々な地域が含まれます。OECMに認定されると、国際的なデータベースに登録され、ウェブ上でその位置や様々な情報が公開されるようになります(https://www.protectedplanet.net/en/search-areas?filters%5Bdb_type%5D%5B%5D=oecm)。国内では、枠組採択に先駆けて2022年3月には2021年に英国で開催されたG7における約束に基づいて「30by30ロードマップ**」を閣議決定しており、2022年には自然共生サイトという名称で活動が本格化しました(当時は仮称)。2024年5月までに全国184か所が自然共生サイトとして環境大臣の認定を受けています。

タンチョウの営巣地を保護することを目的に当会が設置した渡邊野鳥保護区フレシマでは、タンチョウの営巣状況を把握するための繁殖状況調査、繁殖に影響を与える無断立ち入りなどに対応するための巡回監視や馬の放牧による植生管理などを継続しており、また過去には近隣での風力発電所建設計画に対応するためのオオワシ・オジロワシの調査などを行ってきました。生物多様性の高さと環境管理等を含めて自然共生サイトとして認定されたと考えています。

植生管理のため放牧を継続している馬
認定証を受け取った日本野鳥の会上田恵介会長。左は環境省白石自然環境局長。
令和5年度認定証授与式風景。関心の高さが分かる。

ここから少し分かりにくくなるのですが、自然共生サイトは必ずしもそのままOECMではありません。というのも、自然共生サイトは保護地域を含むことができる一方、OECMは保護地域を含まないものだからで、前述のデータベースに登録される範囲は「自然共生サイトのうち、保護地域を除いた範囲」になります。これは保護地域と重複する範囲を二重カウントしないようにするための措置です。

30by30目標達成のためには少しでも多くの地域がOECMとして保全されていく必要がありますが、自然共生サイトもしくはOECMに認定されると何かいいことがあるのでしょうか。もちろん、枠組の世界目標に貢献できる、生物多様性保全に貢献できる、そして貢献していることを対外的に広報できるといった側面もありますが、それだけでは多くの主体の参加は見込みにくいように思います。環境省が行った調査によると、企業の活用方法として自社技術の実証の場として活用しビジネスチャンスを期待する、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)による情報開示への活用を期待する、といった声があったようです。そのほか、企業が自然共生サイト申請主体を経済的に支援することで間接的に生物多様性保全に貢献する、いわゆる生物多様性クレジットとしての活用なども検討されています。この手法がグリーンウォッシュや開発の免罪符にならないよう、制度設計や運用状況に注視していく必要があると考えています。

現在召集されている第213回通常国会では、OECMに関連する取組を法に基づいたものとする「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律」が可決され(4月12日)、19日に公布、施行されました。今後(来年度?)、この法に基づいて、申請者は「増進活動実施計画(自治体の場合は連携増進活動実施計画)」を策定し、環境大臣ほかの主務大臣に認定を受けると、活動場所が自然公園法や鳥獣保護管理法、種の保存法、都市緑地法ほかの手続きが必要である場合、手続きの簡素化等の特例を受けることができるようになります。また、自然共生サイトは現時点で生物多様性が高いことが求められますが、増進活動実施計画では劣化した環境の回復や創出をする場合も含めることができ、計画を実施した結果、生物多様性が高まればOECMに認定されることもできるようになります。この回復や再生は2030年までに劣化した生態系の少なくとも30%で効果的な再生を行うという枠組のターゲット2の実現に貢献します。

これらOECMに関する特例などは、鳥学会会員が野外実験や捕獲等を行う場合にはメリットとなる場合もあるように思いますが、正直なところ、生物多様性保全に関心が高い層以外からより多くの参加を得るにはちょっと弱いのではないかと感じています。私たちはメリットとして税制優遇(不動産取得税や譲渡所得税、固定資産税、相続税など)があると良いと考えていますが、なかなか難しいようです。

批判的になってしまった感がありますが、まだ課題はあるものの30by30目標による生物多様性の保全には高い効果が見込まれています。自然共生サイトはその認定にあたって面積による制限がないことから、個人でも認定を受けることが可能で、実際に自然共生サイトに認定された個人住宅のお庭もあります。皆さんも、枠組の世界目標達成に参加、またネイチャーポジティブへの貢献のため、調査を行っているフィールド等の所有者とともに申請***してみてはいかがでしょうか。私個人としては、ブランド農産物のように生物多様性保全に貢献する農地で収穫された作物として、他の作物との差別化に使ってみたいと思っています。

 

*:環境省による昆明・モントリオール生物多様性枠組パンフレットは
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/kmgbf_pamph_jp.pdf

枠組仮訳は
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/kmgbf_ja.pdf

枠組原文(英文)は
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/kmgbf_en.pdf

**:30by30ロードマップは
https://www.env.go.jp/content/900518835.pdf

***:自然共生サイト申請(前期は受付終了、後期は9月ごろ募集開始予定)は
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/

 

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研究室紹介:鹿児島大学農学部 森林保護学研究室

研究室紹介:鹿児島大学農学部 森林保護学研究室

鹿児島大学農学部
助教 榮村奈緒子

鹿児島大学農学部農学科・森林保護学研究室について紹介させていただきます。私はこの研究室に2018年から助教として勤務しています。

鹿児島大学農学部のある郡元キャンパスは、鹿児島中央駅から徒歩15分にあり、生活には便利な場所ですが、キャンパス内には植物園や水田もあり、多くの鳥に出会えます。農学部は2024年度から1学科に改編され、森林保護学研究室のある環境共生学プログラムでは、生物多様性の保全から農林業資源に関する分野まで、幅広く学べます。環境共生学プログラムの学生は、高隈演習林や屋久島などに行く実習が多く、自然が好きな人には楽しめると思います。本研究室が担当している森林生態学実習では、県内各地で動植物を観察しますが、万之瀬川河口に行ってクロツラヘラサギなどの野鳥の観察を行います。

実は、私は鹿児島大学の卒業生で、学生時代には野鳥研究会という大学のサークルに入っていました。学生の頃は、バードウォッチングや鳥の調査バイトで、トカラ列島、奄美大島、徳之島、沖縄本島、甑島など、いろいろな島に行きました。本土でも、万之瀬川河口や国分・加治木の干拓地等に鳥を見に行きました。冬は出水のツル、秋は金峰山でタカの渡りが楽しめます。このように、鹿児島は南北600キロもあり、鳥を見るのによい場所がたくさんあるので、鳥が好きな人が大学生活をすごすのによい環境です。私は学生時代のサークル活動がきっかけとなり、野鳥だけでなく、島の生活にも興味を持つようになり、学部卒業後は鳥を見るために小笠原諸島に移住しました。その後、研究者を志すようになり、今に至ります。

森林保護学研究室は、鳥類専門の研究室ではありません。鳥や哺乳類をはじめとした森林に生息する野生動物の生態や管理について研究をしており、特に私は動物と植物の種子散布の関係に昔から興味をもっています。また、他の研究室や他大学の研究者と共同研究として、マダニやアマミノクロウサギなど、様々なテーマに取り組んでいます。鳥類に関しては、主にフィールドワークを中心とした研究に取り組んでいます。最近は、奄美のプロジェクトで、鳥類の音声モニタリングを行っています。他にも、海岸植物のクサトベラの果実二型などの種子散布に関する研究や、森林被害をもたらすシカの高隈演習林での分布状況を継続的に調べています。本研究室には、私以外にキノコや共生菌が専門の畑邦彦准教授が所属しており、セミナーなどを一緒に行っています。

卒業後の進路は、県の林業職や民間の林業職に就職する学生が多いですが、大学院に進学する学生もいます。卒業生には、本研究室での活動を含めた環境共生学プログラムでの経験を、生物多様性に配慮した持続的で安定的な森林管理に活かしてほしいと思っています。

郡元キャンパスからの桜島

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博物館で鳥を観る −開催中の特別展・企画展のご紹介−

遠藤 幸子(広報委員)

みなさん、こんにちは!
夏鳥が続々と渡ってきている、今日この頃。ゴールデンウィークに鳥の観察や調査に行くことを予定されている方も多いのではないでしょうか。

そんな野外活動の誘惑が多い季節ではありますが、今回は開催終了が迫っている鳥が登場する特別展と企画展を2つご紹介したいと思います。

まずは、北九州市立自然史・歴史博物館(いのちのたび博物館)で開催中の
春の特別展「カラーズ 〜自然の色のふしぎ展〜」です。
特設サイト:https://2024colors.jp/

こちらの特別展では、さまざまな標本を見ながら、生きものの「色」の謎に迫ることができるのだそう!開催は2024年5月6日(月)まで。ちなみにこちらは、以前鳥学通信に記事を書いてくださった鳥学会員の中原さんが主担当として関わられている展示です。
関連記事:https://ornithology.jp/newsletter/articles/638/

次に、神奈川県立 生命の星・地球博物館で開催されている
企画展「動物のくらしとかたち -籔内正幸が描いた生態画の世界-」です。
企画展ウェブサイト:
https://nh.kanagawa-museum.jp/www/contents/1696383531035/index.html

動物画家 籔内正幸さんの作品を絵本や図鑑などでご覧になったことがあるという方は多いのではないでしょうか。上記のウェブサイトには、企画展で展示されている籔内さんの作品リストを含む展示内容が詳しく掲載されています。開催期間は2024年5月12日(日)までです。

詳しくは、それぞれのウェブサイトをご覧ください。

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スワンプロジェクトによる渡り追跡と市民科学の合体

スワンプロジェクトによる渡り追跡と市民科学の合体

嶋田哲郎(宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団)

宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団とドルイドテクノロジー(中国)が主催し、北海道クッチャロ湖水鳥観察館の協力、樋口広芳東京大学名誉教授を顧問とするスワンプロジェクトが2023年12月にスタートしました。これはオオハクチョウとコハクチョウにカメラ付きGPSロガー(スワンアイズ、図1)を装着し、渡りを追跡するとともに位置情報や画像を公開することで、市民によるハクチョウ見守り体制を構築する国際共同プロジェクトです。

図1. カメラ付きGPSロガー(スワンアイズ). 機器は全体で130g. オオハクチョウの体重を10kgとして体重の2%以下.

2023年12月21日に宮城県伊豆沼・内沼において、各部位の計測後、オオハクチョウ10羽(オス5羽、メス5羽)にスワンアイズを装着し、すべての個体に愛称を付けました(図2)。コハクチョウは現在、北海道クッチャロ湖で捕獲&スワンアイズの装着がすすめられています。位置情報は4時間ごとに1日6回、画像は7時、9時、13時、17時に記録され、1時、9時、17時にそれらの情報を取得することができます。少しタイムラグがありますが、ほぼリアルタイムにハクチョウのいた場所を知ることができ、ハクチョウが見た景色を目にすることができます。

図2. スワンアイズを装着された6C08(愛称:ミホ).

位置情報と画像は多言語(日本語、中国語、英語)のホームページで公開されており(https://www.intelinkgo.com/swaneyes/jp/)、どなたでもアクセスできます。スマホのアプリも準備されており、スマホによる道案内でハクチョウのいた場所までたどり着くことができます。観察記録はX(ツイッター)に投稿する(#SwanEyes)ことで、記録が蓄積されていく仕組みになっています。

スワンアイズは私たちに何を見せてくれるのでしょう。これまで得られた知見を少し紹介します。図3は水田で採食しているアキラで、写っている顔はアキラ自身のもので、いわゆる自撮りです。図4はヒトシがみたねぐらの様子です。位置情報と画像がセットになっているため、いつどこで何をしているのかがよくわかります。飛行中のものもあります。ナツキが写した飛行中の仲間(図5)や、キヨシが秋田県から青森県へ移動したときのもの(図6)などです。

飛行中の画像をみると、ほかにもわかることがあります。図6の画像は7時のものでした。5時と9時の位置情報を結んだ移動軌跡は北東へ向かっていましたが、画像に写った場所の地形から実際は北上していることがわかり、その位置は軌跡より22kmも離れた海よりの場所でした。すなわち、位置情報を結んだ移動経路はあくまで推定上のものであるということです。そしてこれらの個体は本州から海を越えて北海道に渡りました。衛星追跡によるこれまでの研究で彼らが海を越えることは頭ではわかっていました。しかし、実際に渡っている画像をみると衝撃を受けました(図7a, b)。

スワンアイズのカメラには他種、他個体も写り、そこから見えてくるものもあります。ハルカのスワンアイズは残念ながら放鳥直後に通信が途絶えましたが、幸いにもヒトシとつがいでした。いつかヒトシのカメラにハルカが写るのではと期待していたところ、果たして約1ヶ月後にハルカが写りました(図8)。写真では標識番号は見えませんが、通信が途絶えたのがハルカだけだったこと、ヒトシの周辺には彼の位置情報しかなかったことから、ハルカと断定できました。通常、通信が途絶えた場合、その個体はそのまま行方不明となりますが、ハルカの場合は幸いヒトシとつがいだったこともあり、生存確認ができました。カメラのおかげです。ほかにもオオハクチョウと一緒に群れをつくることの多い、マガン、ヒシクイ、シジュウカラガンなどのガン類をはじめ、エゾシカが写っていた画像もあります。

図8. ヒトシのカメラに写ったハルカ(2024年1月30日, 北上市).

3月24日現在、スワンアイズを装着したオオハクチョウ10羽は、すべて北海道へ渡りました(図9)。石狩にはアサミとキヨシ、根室にはナツキ、それ以外はみんな十勝にいます。北海道に至るまでのオオハクチョウのくらしをみると、湖沼や河川でねぐらをとり、周辺の農地で採食するという基本的な行動パターンは変わりません。一方で、カメラに写った採食場所は、伊豆沼などの越冬地ではハス群落や水田だったものが、北海道ではデントコーン畑(図10)や麦畑などに変化し、地域によって異なるくらしが見えてきています。

図9. スワンアイズを装着したオオハクチョウの現在の位置(EPマーク, 2024年3月24日).
図10. ケンジが利用したデントコーン畑. ヒシクイも写る(2024年3月18日, 北海道上士幌町).

スワンプロジェクトは始まったばかりです。手探りですすめている部分もありますが、X(ツイッター)をはじめとする市民の方の反響に勇気づけられています。公開されている位置情報を頼りに多くの方が標識ハクチョウを探して下さり、X(ツイッター)に投稿下さっています。スワンアイズのカメラではその個体周辺しか写りませんので、群れ全体を俯瞰した投稿者の画像はたいへん参考になります。

このプロジェクトでこれから何が見えるのか、何がわかるのか、私自身ワクワクしています。スワンアイズを装着されたハクチョウたちへの感謝とともに、みんなで一緒にハクチョウを見守り続けることで、鳥ひいては鳥類学への関心が広がることを心から願っています。

 

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活動探訪 「軽井沢のホントの自然 〜現在・過去・未来〜」に参加してきました!

広報委員 遠藤幸子

みなさん、こんにちは!鳥たちのさえずりが聞こえる今日この頃。今回は、寒いなかにも春の気配を感じる長野県軽井沢町よりお届けいたします。

軽井沢町は、観光地や探鳥地としてメディアで紹介されたりすることから、来たことがあるという方もいらっしゃるかもしれません。ここで昨年11月に「軽井沢のホントの自然〜現在・過去・未来〜」というイベントが開催されました。こちらのイベントでは、鳥類をはじめとする生物関連の著書を出版されている石塚徹さんが軽井沢町の自然の歴史や現在の状況などについてお話しされました*。

国設軽井沢野鳥の森からみた浅間山(2023年12月3日に遠藤が撮影)

軽井沢町は、浅間山という活火山の麓にあります。浅間山の噴火の影響により、昔は町の南部に湿原や草原が広がっていたそうです。そうした草原環境が開発により失われていった一方で、農地として開拓され、その後使われなくなった場所が草原になっていったのだそう。このようにしてできた草原では、以前は繁殖期にオオジシギもみられていたとのことでした**。残念ながらオオジシギは近年確認されていないとのことですが、こうした場所では草原を生息環境とするさまざまな生物が今もみられるのだそうです。石塚さんは、軽井沢に残る草原環境は、火山や人のかかわりの歴史を反映した「自然史遺産」であるとお話されていました。

当日の会場の様子。左が講師の石塚徹さん。

こちらのイベントでは他にも、軽井沢で近年増えた・減った生き物のこと、多様な環境が存在することの重要性などの色々なお話がありました。長年この地域で観察と調査をなさってきた石塚さんだから知っている、貴重な内容が盛りだくさんでした。

地域の自然の成り立ちを知ることは、自然環境の保全や再生を考えるうえでも大切なことです。このイベントの約3週間後、当日参加した人や後日動画をみた人が集まり、軽井沢の自然について一緒にお話するという「おしゃべり場」というイベントが開催されました。そこには、この地域の自然の歴史、科学的な知見、さまざまな立場の人々の想いとともに町の自然のこれからについて考える、人々の姿がありました。

*石塚さんは、軽井沢町の自然に迫る『軽井沢のホントの自然』(ほおずき書籍, 2012)、少年とともに自然を探検している気分になれる物語『昆虫少年ヨヒ』(郷土出版社,2011)、『歌う鳥のキモチ 鳥の社会を浮き彫りに』(山と渓谷社, 2017)などの鳥類関連の書籍など、さまざまな著書を出版されています。

**オオジシギは、環境省レッドリスト2020にて準絶滅危惧種に指定されています。

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