日本鳥学会2023年度大会自由集会報告 - W02 草原性希少鳥類と種の保存法

浦 達也((公財)日本野鳥の会)

 日本では過去100年間に1,000 km2 以上の湿地や草原が失われ,湿地や草原の乾燥化や埋立て,植生遷移による疎林化や樹林化,工業地域や農地,宅地への転用,最近は太陽光発電施設の設置などにより草原性鳥類の個体数が著しく減少していると言われる.近年,研究者や自然保護団体が国に働きかけたことにより,シマアオジ,シマクイナ,アカモズ,チュウヒなどの草原性または半草原性の鳥類が「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律 (種の保存法)」の「国内希少野生動植物種」に指定された.

種の保存法は,個体の取引規制,希少種の生息地保護や保護増殖に関して重要な法律である.しかし,希少野生動植物種の指定種やその生息地が適切に保護されているかは不明な点が多い.

そこで本集会では,国内希少野生動植物種に指定された草原性希少鳥類について,最近の生息状況等に加え,その種が指定された背景と指定後の種を取り巻く状況の変化について報告した.また,日本で希少鳥類が国内希少野生動植物種に指定されることの意義と,指定された鳥類に関する保護上の課題を確認し,今後,種の保存法が真に希少鳥類の個体や生息地を保護に貢献する法律にすべく,米国の種の保存法 (ESA: Endangered Species Act)と比較しながら議論した.


1.シマアオジの現状と国内希少野生動植物種指定

葉山政治((公財)日本野鳥の会)

 シマアオジは旧北区北部の草原で普通にみられた種で,繁殖地もカムチャツカからフィンランドまで広がっていたが,1980年代以降は急激な繁殖地の縮小と約90%の個体数の減少が確認された.環境省レッドリストでは 2007年に CR (絶滅危惧IA類),2017 年には国際自然保護連合 (IUCN)のレッドリストでCRに選定された.また2017年には国内希少野生動植物種に指定された.しかし,国内での繁殖つがい数の減少は継続している.

減少要因としては,国外の渡りの中継地における違法な捕獲や越冬地となる農地環境の変化が指摘されている.シマアオジの回復のために種の保存法の下では国内でできることは少ない.

しかし,国内希少野生動植物種に指定されたことで,重要な繁殖地や中継地のあるロシアや中国との二カ国間渡り鳥保護協定等の場での情報交換や保護の必要性の共有が行われた.その結果,中国では保護対象種へ指定されたことで,日中両国でモニタリングが行われている.渡り性の種では多国間モニタリングの体制が必要であり,国内希少野生動植物種の指定がこの取り組みを促進することを期待する.


2.シマクイナの現状と保全状況

先崎理之(北海道大学大学院・環境科学院)

 シマクイナは極東に分布する全長約15 cmの世界最小のクイナ科鳥類である.世界の生息個体数は少なく,減少していると思われることからIUCNのレッドリストではVU (危急種)に,環境省レッドリストでは絶滅危惧種IB類に選定されている.本種は日本では稀な冬鳥とされていたが,北海道と青森県の湿地で繁殖しており,関東以南の低地で越冬していることが近年明らかになり,2020年2月に国内希少野生動植物種に指定された.一方,我が国における本種の保全は,国内希少野生動植物種への指定の前後で特に変化はなく,前進していない.例えば,北海道の主要繁殖地である勇払原野や釧路湿原では,本種の繁殖確認前から国指定鳥獣保護区等であり,その他の生息地は保護区ではない.越冬地も耕作放棄地等の開発の脅威にさらされた土地に集中しており,しばしば開発により消失している.個体数の少ないシマクイナの保全には,繁殖地や越冬地の双方で生息地の保全を進めていくことが重要である.


3.アカモズの現状と国内希少野生動植物種指定

北沢宗大(国立環境研究所)

 過去 100 年間で亜種アカモズの国内の繁殖分布面積は約90%減少し,現存する個体数は300個体未満である.このような危機的状況により,本亜種は2020年に国内希少野生動植物種に指定された.本亜種の保全活動の取り組みは,環境省の生物多様性保全推進交付金等により,市町村および動物園が主体となった生息域内外の保全事業が実施されているほか,関係者の献身的なモニタリングが各地で実施されている.これらの活動によって,アカモズの現状と直近の脅威となる要因が把握されており,また保全体制の確立が進みつつある.しかしながら,現行の活動体制が資金的にも,人手不足の観点からも持続可能ではないこと,また,種の保存法の効力が及ばない国外の越冬地および中継地の状況把握が進んでいないことが主要な課題となっている.関係者の尽力により,活動の輪は広まっているものの,依然として亜種アカモズが絶滅の脅威にさらされている状況が続いている.


4.オオセッカの現状と保全の問題

高橋雅雄(岩手県立博物館)

 オオセッカは日本国内の生息個体数が約3,000羽と推定され,種の保存法の施行当初から国内希少野生動植物種に指定されている.東北地方北部の岩木川河口,仏沼,大潟草原,関東北部の利根川下流域,渡良瀬遊水地の計 5か所の湿性草原で繁殖するが,繁殖個体数の大多数を占める仏沼と利根川下流域では近年は減少傾向が続いている.越冬地は東北地方から九州地方で,東北地方 (福島県浜通り),関東地方 (利根川下流域,房総半島,渡良瀬遊水地),中部地方 (紀伊半島東部),九州地方 (薩摩半島)に多い.保全の問題として①湿性草原の植生環境の維持と②耕作放棄地への依存が挙げられ,①は乾燥化や疎林化などの湿性草原環境の劣化を防止し環境を回復させるために,繁殖地での火入れ,刈り取り,水位調整等の人為的管理が試みられている.②は特に越冬期で著しく,管理放棄や太陽光発電所建設による湿性草原環境の劣化や消失が進行している.


5.チュウヒの現状と国内希少野生動植物種指定
サンカノゴイの国内繁殖個体数推定結果

浦 達也( (公財)日本野鳥の会)

 チュウヒは北海道の湿地を中心に,本州の一部の埋立地等で繁殖する,推定繁殖つがい数が140つがいとされる希少猛禽類である.環境省により2017年に国内希少野生動植物種に指定されたが,湿地の乾燥化や疎林や樹林化による営巣環境の劣化や減少,太陽光発電所の建設や圃場整備などの開発行為,作為または不作為による繁殖地への人の接近により,近年も繁殖個体数が減少していると考えられる.一方,国内希少野生動植物種に指定されて以降,開発行為時にチュウヒの繁殖の有無が気にされるようになった.チュウヒが繁殖している場合には,工事開始時期を繁殖期終盤に遅らせるなどの保全措置が講じられるようになり,繁殖阻害を受ける事例が減少してきている.

ヨシ原に生息するサンカノゴイもまた,近年は繁殖個体数の減少が危惧される種である.そこで日本野鳥の会が 2020–2022年に全国で繁殖するサンカノゴイの個体数を現地調査やアンケートおよび文献調査を経て数えた結果,17羽しかいないことが分かった.


6.草原性希少種と種の保存法

髙橋満彦(富山大学・教育学部)

 種の保存法の概要を解説し,草原性希少鳥類の保護への寄与について議論した.種の保存法には,捕獲や譲渡等の規制 (個体等の取扱規制),生息地等保護区,保護増殖事業計画などのメニューが用意されているが,国内希少野生動植物種に指定されないと保護されない.国会の附帯決議もあって,国内希少野生動植物種の指定は増加しているが,鳥類では生息地等保護区の指定はなく,保護増殖事業計画の策定も追いついていない.

そもそも,草原性鳥類の絶滅危機要因は乱獲ではなく,生息地の保全が重要なので,希少野生動植物種に指定されても,捕獲等の規制だけでは守れず,生息地等保護区の指定や,保護増殖事業の展開が必要である.それでも種の保存法だけでは限界があり,他の法律による保全の展開,農政や河川行政との連携も考えなければならない.さらに,野焼き規制の見直しや,草原バンクなどの新しい仕組みも模索しながら,草原の減少を食い止めなければならない.


7.コメント :「国内希少野生動植物種」指定に一喜一憂するなかれ

玉田克巳(北海道立総合研究機構)

 本集会で焦点のあてられた草原性希少鳥類の6種は全て渡り鳥で,うち 4種は国外で越冬するものであった.国内希少野生動植物種への指定は種の保存法によって捕獲や譲渡が規制されるが,捕獲は鳥獣保護管理法によってすでに規制されている.発表では各種の深刻な状況が報告されたが,6種のうち4種は IUCNのレッドリストでNT (準絶滅危惧種)もしくはLC (軽度懸念種)であり,国際的にみて保全が必要な種にはみえない.国際的にこれらの種を保全していくためには,渡り鳥等保護条約や生物多様性条約の枠組みを活用することが賢明であるが,各発表者からは,この辺の取り組みについての説明がほとんどなかった.減少している渡り鳥の保護対策を進めることは,越冬地や中継地の国々にとっても生物多様性を守ることにつながるはずであり,東アジアの国々にとっても WIN-WINの関係になるため,この視点を持つことが大事だと思う.

 

会場の様子。法律をテーマとした集会にもかかわらず、多くの方にご参加いただいた。
会場の様子。法律をテーマとした集会にもかかわらず、多くの方にご参加いただいた。
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日本鳥学会2023年度大会自由集会報告 W04 ヨタカの生態 −これまでの研究とこれからの課題−

多田英行(日本野鳥の会岡山県支部)
河村和洋(森林総合研究所 野生動物研究領域)

ヨタカ
日没後に縄張り内のソングポストに現れたオス成鳥

ヨタカは童話「よだかの星」の題材になったように、昔から里山の夏鳥として馴染みのある鳥です。夜行性であり地上に営巣することなど、他の鳥とは少し違った生態が広く知られている一方で、夜行性のために直接の観察が難しいことや、親鳥の擬態により巣の発見が難しいことから、詳細な生態についてはこれまで研究報告が少ない状態でした。

ヨタカは2006年の環境省レッドリストで絶滅危惧Ⅱ類に指定されたことなどをきっかけに、研究対象としての注目度が上がりました。近年はICレコーダーやプレイバックなどの新しい調査方法の確立も後押しする形で、ヨタカに関する研究報告が増えつつあります。例えば、ヨタカは伐採された人工林や植生が疎らな二次林、二次草原などに営巣しますが、巣材を使わないなりに営巣場所に必要な条件があることが明らかになりつつあります。また、ヨタカの生息適地を確保する上で人工林の管理や草原の維持が重要な役割を果たすこと、広域的な分布には景観要因や気温、標高が影響することも示されています。

本集会では、全国各地のヨタカ研究者が集い、それぞれの研究とその成果について紹介しました。そしてヨタカに興味のある参加者も交えての情報共有と課題整理を行いました。


1.はじめ「ヨタカの概要」

多田英行(日本野鳥の会岡山県支部)

 ヨタカは4-5月に渡来してなわばりを形成し、6月頃に産卵のピークを迎えます。育雛期以降の生態はよく分かっておらず、渡去は12月頃まで続きます。生息環境は主に自然林、二次林、植林地などの森林環境で、渡りの時期には農地や都市公園などでも観察されます。1990年代の全国調査では分布の減少が見られましたが、現在は分布が回復しつつある一方で、草地、河川敷、人里などでは分布はあまり回復していない様子がみられます。鳴き声は状況に応じていくつかのバリエーションがあり、音声コミュニケーションも利用していると思われます。抱卵期間は17-19日で、ヒナは孵化後15日程度で飛べるようになり、17日以降は巣の周辺から姿を消し、独立ちするまではなわばりの周辺で過ごしていると思われます。夜行性のため目視観察が難しいこともあり、採食行動の詳細は明らかになっていません。


2.「ヨタカの営巣環境について」

多田英行(日本野鳥の会岡山県支部)

 ヨタカの営巣地といえば、近年は植林伐採跡のイメージが強いですが、実際には植林地以外での営巣も多く見られます。岡山県内ではヨタカの生息地の多くは植林地が占めていますが、個体数密度でいえば自然林と植林地とでは大きな違いは見られませんでした。また、営巣地としては伐採後間もない環境以外にも、植林地の急傾斜地、二次林地の小規模崩落地や稜線上の疎林、明るい林内など、幅広い森林環境が利用されていました。これらに共通する抱卵場所の環境は、傾斜地の一部にある平坦な場所で、地表は水捌けの良い裸地となっており、抱卵場所の近くにはヒナが身を隠せるような小規模な茂みがある場所でした。抱卵場所から林縁や高木までの距離は巣によってばらつきがあり、林内の抱卵場所では林冠にヨタカが出入りできる隙間がありました。


3.「溶岩草原で繁殖するヨタカの営巣環境」

水村春香(山梨県富士山科学研究所)

 富士山麓では二次草原(火入れ草原)でヨタカが営巣していますが、国内における二次草原での繁殖報告は少ない状態です。巣の近くに樹木のない二次草原に特化した営巣特性があるのかを調べるため、巣を中心とした植生や地表の状況と、非営巣地の状況を比較しました。その結果、ヨタカの巣は二次草地の中でも堆積地ではなく溶岩台地の上でのみで発見されました。また、営巣地は非営巣地と比べて裸地が広く、地表の石礫は大きく、地上から高さ0.5-1m程度の植生被覆が少なかった。さらに、ヨタカは溶岩台地の中でも営巣場所を厳選しているようで、溶岩台地の尾根地形や水はけの良さに加えて、溶岩台地にあるヨタカの体色に似た色の石礫の多さも営巣と関係しているのかもしれません。


4.「ヨタカの砂浴び、交尾、抱卵、育雛などの生態撮影」

吉村正則

 夜行性のため観察の難しいヨタカですが、トレイルカメラによる自動撮影を用いることで、生態の一端を撮影することができました。細かい砂粒が乾燥した場所では、スズメの砂浴び跡のような窪地がいくつか見られることがありますが、ヨタカはそのような場所に日没後に現れると、細かな砂を体に浴びていました。このような砂浴び場所は、年や季節によって変わっていました。巣の撮影では、抱卵中のメスがさえずる様子が観察されました。また、抱卵中の巣にヤスデが近づいた際には、親鳥が翼を広げて威嚇していました。育雛期の撮影では、帰巣した親鳥がヒナを安全な場所に誘導する様子や、夜明け後にヒナを直射日光の当たらない草陰に誘導する様子が撮影されました。交尾行動としては、オスが地上や柱上でメスの前で尾羽を広げて細かく振り、求愛を受け入れたメスがオスと地上で交尾する様子を撮影をしました。


5.「ヨタカのさえずり頻度の変異と効率的な生息調査法」

才木道雄(東京大学秩父演習林)

 ヨタカの広域スケールでの分布の把握や地域スケールでの生息地利用の確認には録音調査は有効な手段のひとつですが、音声の確認には録音時間と同等以上の時間が必要になります。そこで、データの一部をもちいてヨタカの在不在やさえずりの活発さを精度よく推定するため、さえずり頻度の季節的、時間的変異を考慮した効率的な生息調査法を検討しました。さえずり頻度の季節的変異は概ね二山型(つがい形成期、抱卵から育雛初期)となりましたが、さえずりの時間的変異には様々なパターンが見られ、薄明時のみの調査では在不在やさえずりの活発さを正確に把握できない可能性がありました。さえずり頻度の時間的変異を考慮した結果、さえずりが活発で時期を予測しやすいつがい形成期を調査対象時期とし、録音解析の努力時間を60分前後とした場合は、日没から日出までを1時間間隔に分割して5分ずつ確認するのが最も効率的で精度の高い調査法でした。


6.「人工林伐採による幼齢林の増加がヨタカの生息を促す」

河村和洋(森林総合研究所 野生動物研究領域)

 ヨタカなどの遷移初期種は各地で減少していますが、伐採後の幼齢林は遷移初期種の代替的な生息地になりうるため、ヨタカが高密度で生息する場所では伐採による保全が期待されます。北海道中部でのプレイバック調査では、ヨタカの生息確率は伐採直後の人工林で高い傾向があり、周囲500 m圏内の幼齢林面積から正の影響を、標高から負の影響を受けていました。これらのことから、北海道中部の標高が低い場所では人工林伐採による幼齢林の創出が効果的なヨタカの保全策となることが明らかになりました。なお、標高の影響は本州で行われた既往研究では確認されなかったことから、気温の影響が反映されたものと思われます。人工林伐採で効果的にヨタカの生息地を創出するには、事前に対象地の気候や標高を考慮することが重要であり、このような各生物種の保全効果の場所差を考慮した森林管理は生物多様性の保全と木材生産の両立につながると考えられます。


7.まとめ「ヨタカ研究-世界での隆盛、日本での課題」

河村和洋(森林総合研究所 野生動物研究領域)

 国内における近年のヨタカの研究は、調査手法の多様化、テーマの広がりと共に知見が増えつつあります。海外ではヨタカ研究のネットワークの形成や研究集会が行われています。未知の部分が多い上、特徴的な生態を有するヨタカは、様々な研究分野に展開できる魅力的な研究対象です。海外では既に、風と渡り経路の関係、月齢による渡り行動への影響、人工照明による夜間行動への影響、営巣場所の背景選択による隠蔽度の向上など、興味深い研究が進んでいます。一方、国内でのヨタカ研究の課題としては、捕獲、追跡調査の不足や、一般化できるだけの研究例がないことが挙げられます。これらの課題に対して、少しずつではありますが取り組みへの動きが出始めていることから、関係者の協力関係の構築も含めて、今後の研究の発展が期待されます。


 

本集会では上記の発表の後に、参加者も交えての質疑応答と情報交換を行ないました。営巣環境の条件や、生息調査の手法の確立、森林管理と生息状況の関係性など、近年明らかになってきたヨタカの基礎生態も多く、関係者が一同に会して情報共有することで、これまで不明な点が多かったヨタカの姿が明らかになりました。また、ヨタカの研究者でなくても、バンディングでヨタカを捕獲した際の個体情報や、カメラ等による撮影画像など、貴重な情報をもっている人がいることから、研究者と観察者が情報を共有することで、生態の更なる解明に繋がる可能性が見えてきました。一方で、海外のヨタカ類の研究と比較すると、国内ではGPSによる個体追跡や、暗視カメラ等による長時間撮影など、最新の調査機材を用いた研究が進んでいないという課題が見えてきました。また、国内外でのネットワーク作りも進んでいないことから、今後はこれらの基礎固めをすることで、ヨタカ研究の更なる発展が期待できると感じました。

お忙しい中、自身の研究内容を惜しげも無く共有してくださった発表者の皆様と、数々の魅力的な自由集会の中から本集会を選んでくださった参加者の皆様に、厚く御礼申し上げます。

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日本鳥学会2023年度大会参加報告

日本鳥学会2023年度大会参加報告

北海道大学 文学院 博物館学研究室 修士1年
池田圭吾

2023年9月15日から18日にかけて,金沢大学で開催された日本鳥学会2023年度大会に参加しました.今年で2回目の参加となり本大会で私は,「江戸時代の北海道におけるワシの分布」という題目でポスター発表を行いました.また,3日目に行われた懇親会にも初めて参加し,非常に有意義な時間を過ごすことができました.

江戸時代のワシの分布に関するポスター発表では,幸いなことに歴史資料を用いた鳥類の研究に興味を持っていただくことができ,様々な分野を専門とする方々からご意見やご質問をいただき大変実りのある時間となりました.特にご質問が多かったのは,江戸時代の北海道におけるオジロワシやオオワシの個体数に関するものでした.私自身もその点には大きな関心がありますが,歴史的な史料に残されたデータには限りがあり,個体数を算出することは容易ではありません.しかし,私が考えていたこととは異なる視点から,当時の個体数を算出する手法についてご助言をいただくこともでき,研究を進めていくうえでの視野が広がりました.

江戸時代の北海道におけるワシ猟の様子
(東京国立博物館所蔵『蝦夷島奇観』を加工、http://webarchives.tnm.jp/)

初めて参加した懇親会では,歴史的,文化的な観点から鳥類を研究している方々と意見を交わすこともできました.歴史資料に記載された鳥類に関する研究を専門としている方は少ないので,普段そのような方々とお話できることは多くありません.そのため,本大会のような貴重な機会を提供していただけることは非常にありがたいです.また,それと同時に歴史的な視点から鳥類を研究するにあたっては,現代の鳥類の生態に関する知識を学ぶことが欠かせません.ポスター発表や口頭発表ではもちろんのこと,懇親会でもイヌワシやオジロワシなど猛禽類の生態に関するお話をお聞きすることができました.ほかにも,ここには書き尽くすことができないほど様々な貴重な話をお聞きすることができました.本当にありがとうございました.

余談ではありますが,個人的にはちょっとしたトラブルもありました.3日目の朝には,会場行のバスに乗ることができず,会場から金沢駅に戻るときには数人で話しているうちに乗り過ごしてしまったのです.しかし,初対面の参加者の方からタクシーの乗り合わせを提案していただいたり,金沢駅まで電車に乗って談笑しながら帰ったりとなんとか無事に日程を終えることができました.昨年度初めてポスター発表を行ったときにも感じたことですが,このような参加者の皆様の和やかな雰囲気のおかげで,学会全体の議論が活発になると同時に,歴史的な鳥類の研究をも受け入れていただける懐の深い学会になっているのだと思います.

また,他の参加者の方々の発表で個人的に興味深かったのは,野鳥をまもる防鳥ネットの展示や販売ブースでした.地元に帰省した際に野鳥を観察しにいくと,ハス田の防鳥ネットに多くの野鳥が絡まっている様子を頻繁に目撃します.そのような姿を見るのは悲しく,水鳥によるレンコンの被害を減らすことと,防鳥ネットを野鳥にとって安全なものにすることの両立はできないのか疑問に思っていました.そんななか,羅網事故が発生しにくい防鳥ネットを開発している方による展示や販売ブースを本大会で見かけ,嬉しく思いました.本大会では,このような実践的な取り組みに関する展示とともに,レンコンの食痕から食害のもととなる加害種を推定する方法に関するポスター発表もあり,様々な視点から研究が行われていることを学びました.今後,これらの研究成果が生かされ,防鳥ネットによる野鳥の被害が減少することへの期待が膨らみました.

羅網事故の様子(筆者撮影)

話題を歴史的な鳥類の研究に戻すと,2日目の午後の自由集会では「第5回標本集会 江戸時代の鳥を知ろう」が開催されました.明治時代の標本コレクションに関する説明の後,茶の湯で使用される羽箒,江戸時代の出来事が記録された古文書,遺跡から出土した骨をそれぞれ用いて,標本に残らない江戸時代の鳥類を研究する方々の発表を聞くことができました.まさに私が学んでいる時代に関する発表ですが,手法や対象とする鳥類が異なれば知らないことばかりで,非常に勉強になりました.また,羽箒に使われた羽の種類を特定するために奔走したり,古文書からひたすら「鶴」の字を探したり,様々な分析手法を用いたりと研究に対する熱意が伝わってくる発表でした.私自身も研究を進めていくことはもちろんですが,今後このような熱意が広まり,鳥類研究の1つの分野として,古文書に限らず幅広い歴史資料から鳥類を研究する分野がさらに発展していくことを期待しています.

最後に,2023年度の大会を開催し,無事に4日間の日程を終えるためにご尽力いただいた大会実行委員やスタッフの皆様と,どんな分野でも暖かい雰囲気で受け入れていただける参加者の皆様に御礼申し上げます.そして,2024年度の大会に参加できることを心待ちにしております.

 

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日本鳥学会2023年度大会の感想

日本鳥学会2023年度大会の感想

都立国分寺高校 生物部
納谷莉子

私達都立国分寺高校生物部はカラスバトについて音声分析班とGPS班を編成し,グループでカラスバト研究を行っています.その中で私はGPS班に所属しています。私達国分寺高校生物部がカラスバトの研究を始めたのは約12年前です.はじめはカラスバトの生息する伊豆大島の林道を中心に観察を進めていましたが,カラスバトは警戒心が強く,人前にめったに姿を現さないため調査は困難でした.そこで目を付けたのが羽でした.大島公園の飼育個体の羽を拾い,いつ抜けたのかなどを調べてカラスバトの羽の生え替わりなども解明しようとしたり,安定同位体比の調査を進めたりしました.しかし,これらのことはカラスバトの生態解明にはあまり繋がらないのではないか,と考え,他の調査が始まりました.

それが,音声分析班が行っているフィードバック実験です.島の林道でスピーカーを用いてカラスバトの鳴き声を流し,それに対して野生のカラスバトはどのように反応するのか,また,その時の行動などとも照らし合わせることでカラスバトはどのようなときに,どう鳴くかを調査しました.その結果,島内でカラスバトがよく鳴く,つまりカラスバトが多くいる場所が分かり,その場所は今ではカラスバト調査の定番の場所となっています.黒田治男先生による音声分析方法の指導や,株式会社リバネスによる録音機の貸し出し等の支援もあって音声分析班は今も調査を続けています.ドローンによってカラスバトの生息地等の環境を調べることでカラスバトがどのような環境を好むか,という調査も行いました.

約2年前,大島公園でケガを負って保護していたカラスバトが回復し,放鳥されることになりました.この時,本校生物部顧問の市石博先生へ,「可能な範囲であれば研究にご協力できます」との連絡が入りました.そこで日本野鳥の会会長である上田恵介先生を通じて,国立環境研究所の安藤温子博士と連絡をとり,保護個体にGPS発信機を取り付けて放鳥しました.こうして安藤博士,大島公園との共同研究に発展し,私達GPS班の活動が始まりました.

そして,今回鳥学会大会に参加し,同じように鳥を研究する同年代の仲間たちと研究結果を共有することができ,とても充実した2日間を過ごしました.同年代の仲間のみならず,研究者の方々からも様々な方面からのアドバイスが寄せられ,これからの研究を進めるにあたり私たちが注意するべき点,よりよい研究にするためのポイント等をメンバーの皆と改めて考えるきっかけにもなりました.さらにGPS班は今回科学賞を受賞させていただきました。このような光栄な賞をいただくことができ、とても嬉しかったです。この研究を進めていく上で、GPS発信機による位置情報を取得できずデータ数が少ないこと、カラスバトの行動観察が困難なことに悩まされたこともありましたが、私たちの研究が発表を聞いてくださった方々に評価していただけたことはこれからの研究に対する意欲を高めるものとなりました。今回いただいた意見を基にこれからの研究活動に真摯に向き合い,私たちを支えてくださる皆様への感謝を忘れずにカラスバトの生態解明に励み続けたいと考えています.

最後に国分寺高校生物部は,中谷医工計測財団から助成を受けて研究活動を実施しています。この場を借りて,お礼申し上げます.

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2023年度日本鳥学会 ポスター賞 受賞コメント(森 真結子)

森 真結子(帯広畜産大学 保全生態学研究室) 

 この度は、日本鳥学会2023年度大会において、「生態系管理/評価・保全・その他」部門のポスター賞に選んでいただき、誠にありがとうございます。今回発表させていた研究は、私自身の初めて行った研究であり、このような賞をいただくことができ、驚きと喜びの気持ちでいっぱいです。
 共に研究を作り上げて行く中で、いつも親身になって下さり、熱心にご指導いただきました保全生態学研究室の赤坂卓美先生には心よりお礼申し上げます。また、調査に同行して下さった研究室の皆様をはじめ、本研究に携わって下さった全ての皆様にもお礼申し上げます。
 本大会を通じて、多数の方々より貴重なご意見やアドバイスをいただきました。いただいた言葉ひとつひとつを整理し、さらに研究と向き合っていきたいと思います。また、大会を運営してくださった実行委員会の皆様および関係者の皆様にもお礼申し上げます。これまでにない貴重な経験をさせていただけたこと、感謝いたします。

研究の概要
 これまで鳥類による害虫抑制が、作物の収量増加に大きく貢献することが様々な研究で明らかになってきています。しかし、農業の集約化は鳥類の種数および個体数を著しく低下させています。世界の食料生産の需要が高まる中で、如何に生産量の増加と生態系サービスの享受を両立していくかが、今後の持続可能な社会の実現に欠かせない課題となっています。
近年、集約的農業において、土壌の質を改善するために緑肥作物が注目され始めています。休閑緑肥圃場は、農薬の散布や人の介入が少ないことから、鳥類にとって好適な生息場を提供し、周辺の農地への鳥類の害虫抑制機能をも増加させる可能性があります。そこで本研究では、持続可能な農業の実現を目的に、休閑緑肥圃場が有する鳥類の保全機能および周辺農地に対する鳥類の害虫捕食量を明らかにしました。
 北海道十勝平野において、休閑緑肥圃場と周囲に休閑緑肥圃場がない圃場を各11か所選定し、ラインセンサス法により鳥類相を調査しました。さらに、隣接する圃場内において鳥類による害虫捕食量を、疑似餌を用いて定量化しました。これにより得られたデータと休閑緑肥の有無、および周囲の土地被覆面積(森林面積と荒地面積)の関係をモデル化しました。

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調査圃場内において疑似餌を設置する様子
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設置した疑似餌についた鳥類による捕食痕

 結果は、鳥類の種数および個体数は休閑緑肥圃場内で増加しており、周囲の森林面積によっても増加していました。また、この鳥類の種数の増加を介して、休閑緑肥圃場に隣接する圃場内では疑似餌の捕食量が増加しました。本研究は、休閑緑肥圃場が有する新たな機能を明らかにし、休閑緑肥のさらなる導入が持続可能な集約的農業の実現に貢献することを示唆します。

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2023年度日本鳥学会 ポスター賞 受賞コメント(飯島大智)

東京都立大学・学振PD
飯島大智

 東京都立大学・学振PDの飯島大智です。このたびは日本鳥学会2023年度大会において「繁殖・生活史・個体群・群集」部門のポスター賞を授与していただき誠にありがとうございます。貴重な発表の場を設けていただいた大会関係者の皆様、ポスター発表でご意見を下さった皆様に御礼申し上げます。また、記念品をご提供いただいたモンベル様にもこの場を借りて感謝申し上げます。

研究の概要
 山岳は、垂直方向に気温や植生などの環境が劇的に変化するため、生物多様性や生物群集の地理的な勾配を形作るプロセスを探究するための理想的なシステムです。生物群集を種数などの指標に加えて、構成種の系統や形質から特徴づけ、環境との対応を調べることで、群集を形成するプロセスを深く理解することができます。しかし、山地帯から高山帯にかけた広い標高範囲にかけた生物の群集構造の標高勾配に対する自然環境と人間による土地利用の改変が与える相対的な影響は完全には解明されていません。

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野外調査中の風景。乗鞍岳の山頂(3,026m)を望む

 そこで本研究では、長野県乗鞍岳(標高3,026m)の山地帯から高山帯にかけて野外調査を実施し、鳥類群集を種数と、系統・形質構造から調べ、鳥類群集に自然環境と人間による土地利用の改変が与える相対的な影響を解明することを目的としました。種数、系統・形質構造は標高100mごとに調べました。具体的には、種構成をランダムに決定した群集と実際の群集の形質・系統構造を比較し、ランダム群集よりも実際の群集の構成種間の形質や系統が似ている群集(クラスター)、または異なっている群集(過分散)を調べました。群集のクラスター構造は、環境フィルターにより特定の生態を持つ種が選択されたこと示し、過分散構造は、種間競争などによって似た生態をもつ種が群集から排除されたことを意味する指標です。そして、種数と系統・形質構造に自然環境と人間による土地利用の改変が及ぼす影響を、空間自己相関を考慮した重回帰分析によって調べました。

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高山帯に生息するライチョウは、氷河期の生き残りと呼ばれる生物の1種である

 解析の結果、乗鞍岳の鳥類群集の種数、系統・形質構造は、高山帯、亜高山帯の上部、亜高山帯の下部から山地帯において、異なる特徴をもつことがわかりました。高山帯では低温、樹木のない環境、乏しい餌資源が、亜高山帯上部では数種の樹種が優占する針葉樹林が鳥類群集の構造に強い影響を与えていることが示されました。また、自然環境が鳥類群集に与える影響は、人間による土地利用の改変が与える影響よりも強いこともわかりました。以上の発見は、高山帯の鳥類群集は気候変動に対して、亜高山帯上部の鳥類群集は亜高山帯針葉樹林の開発に対して脆弱であることを示唆し、山岳の生物多様性保全に貢献するものです。今後は、鳥類群集だけでなく、高山帯や亜高山帯の生態系全体が気候変動や人為的撹乱に対してどのような影響を受けるのかを理解し、将来引き起こされうる変化の予測に寄与できる研究を進めていきたいと考えています。

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2023年度日本鳥学会 ポスター賞 受賞コメント (寺嶋太輝)

東京農工大学農学府共同獣医学専攻D2
寺嶋太輝

 この度は、日本鳥学会2023年度大会におきまして、「行動・進化・形態・生理」部門のポスター賞をいただき誠にありがとうございます。ポスター発表に足を運んでくださった皆様に御礼申し上げます。本研究は、日本野鳥の会の皆様や現地でサポートしてくださる神津島の皆様をはじめとする多くの方々のご協力の上で成り立っています。この場をお借りして感謝申し上げます。

ポスター発表の概要
 尾腺は鳥類に特有の分泌腺であり、その分泌物は羽づくろいの際に全身に塗り広げられます。近年、いくつかの鳥種において、分泌物組成に種差や性差、季節変化が報告されています。中でも、嗅覚の発達する海鳥では、尾腺分泌物の個体差を識別している可能性が示唆されています。本研究では予備的な研究として、国内に繁殖する海鳥2種について、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)を用いた尾腺分泌物の定性解析方法を確立した上で、種差および性差が存在するかを調べました。

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オーストンウミツバメ成鳥。捕獲は学術申請許可のもと実施した。

 その結果、対象としたオーストンウミツバメおよびオオミズナギドリについて、明確に異なるクロマトグラムを得ました。一方、この2種間で互いに共通して存在するいくつかの代謝物を同定しました。また、オーストンウミツバメでは雌雄で有意に異なる代謝物が6つ同定されました。2種で共通して存在する代謝物は、種の違いを超えた共通の尾腺分泌物の役割を担っている可能性があります。今後は、採取時期や個体数を増やすことで種差や性差を生む代謝物が繁殖期を通じて変化するのかを明らかにしていきたいと考えています。
 ウミツバメ科の海鳥は、謎多き海鳥の中でも、その体の小ささや専ら遠洋性の行動、繁殖地においての夜行性の活動がゆえに、その生理・生態系はほとんどわかっていません。私はオーストンウミツバメの尾腺分泌物組成に関する基礎研究に加え、尾腺分泌物を利用した環境汚染調査やジオロケータによる生態調査などの応用研究も行っています。これらの情報を有機的に繋ぎ合わせ、国内の他種ウミツバメ、特に絶滅の危機に瀕したウミツバメ、さらには世界中の小型海鳥の保全に役立たせることを夢見ています。

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第7回日本鳥学会ポスター賞 飯島さん・寺嶋さん・森さんが受賞しました

日本鳥学会企画委員会 中原 亨

 日本鳥学会ポスター賞は、若手の独創的な研究を推奨する目的で設立されたものです。昨年に引き続き対面形式で開催された日本鳥学会2023年度大会では、第7回ポスター賞を実施いたしました。厳正なる審査の結果、本年度は、飯島大智さん(東京都立大学)、寺嶋太輝さん(東京農工大学)、森真結子さん(帯広畜産大学)が受賞しました。おめでとうございます。

 応募総数は、多かった昨年度をさらに上回り、57件と過去最高を更新しました。チャレンジする若手は着実に増えてきているようです。会場は熱気に包まれ、活発な議論が行われていました。ポスター賞は30歳まで、受賞するまで何度でも応募できますので、あと一歩だった方も、2次審査に残れなかった方も、是非来年再挑戦してください。

 最後に、ポスター賞の審査を快諾して頂いた9名の皆様、記念品をご提供頂いた株式会社モンベル様にこの場をお借りして御礼申し上げます。

日本鳥学会2023年度大会ポスター賞
応募総数:57件
 繁殖・生活史・個体群・群集部門:14件
 行動・進化・形態・生理部門:21件
 生態系管理/評価・保全・その他部門:22件

【受賞】
《繁殖・生活史・個体群・群集》部門
「系統・形質アプローチから解明する山岳の鳥類群集の群集集合」
飯島大智・小林篤・森本元・村上正志

《行動・進化・形態・生理》部門
「オーストンウミツバメとオオミズナギドリにおける尾腺分泌物の定性分析」
寺嶋太輝・山本裕・田尻浩伸・手嶋洋子・永岡謙太郎

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
「集約的農業景観における鳥類の保全と生態系サービスの享受に対する休閑緑肥圃場の貢献」
森真結子・赤坂卓美

【次点】
《繁殖・生活史・個体群・群集》部門
「ヒクイナは巣立ち雛のために新たに“抱雛巣”をつくる」
大槻恒介

《行動・進化・形態・生理》部門(同点2件)
「鳥類の鳴き声行動の理解に対するロボット聴覚に基づく観測と生成進化モデル」
古山諒・鈴木麗璽・中臺一博・有田隆也

「亜種リュウキュウオオコノハズクにおける翼の性的二形と育雛行動の関連」
江指万里・宮城国太郎・熊谷隼・細江隼平・榛沢日菜子・武居風香・高木昌興

※9月17日の授賞式にて、スクリーンに表示していたにもかかわらず、読み上げそびれていました。この場を借りてお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした。

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
「公立鳥取環境大学構内における鳥の窓ガラス衝突と紫外線カットフィルムを使った対策の効果」
市原晨太郎

【一次審査通過者】
《繁殖・生活史・個体群・群集》部門
「津軽平野で繁殖するゴイサギの繁殖期の行動パターンと渡り」
  柴野未悠・東信行

《行動・進化・形態・生理》部門
「種内の体色評価に画像利用は有効か?スペクトロメーターを利用した体色研究」
  榛沢日菜子・武居風香・髙木昌興

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
「野生のウミネコのテロメア長は水銀暴露によって短縮する」
  大野夏実・水谷友一・細田晃文・新妻靖章

「DNAバーコーディングで明らかになった、絶滅危惧種カンムリワシの季節的な食性の差」
  戸部有紗・佐藤行人・伊澤雅子

「小笠原諸島で採集した海鳥巣材に含まれる種子の組成-海鳥による種子分散の観点から-」
  水越かのん・上條隆志・川上和人

「江戸時代の歴史資料から探る北海道におけるワシの分布」
  池田圭吾・久井貴世

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左から寺嶋さん、飯島さん、森さん、綿貫会長
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ポスター賞応募のいろは ~講演要旨は大事~

企画委員会 中原 亨

6月1日から、日本鳥学会石川大会の申し込みが始まりました。現地での発表を検討されている方も多いのではないかと思います。若手会員の中には、ポスター賞へ応募される方もいらっしゃることでしょう。今回は、ポスター賞について、少し書かせていただこうと思います。

日本鳥学会ポスター賞は、若手の独創的な研究を推奨する目的で設立されたものです。2016年度から常設の賞となり、2023年度大会で第7回を迎えます。30歳以下の若手会員が対象となっており、毎年学生を中心とした多くの方々が応募しています。以前は2部門で募集を行っていましたが、内容の多様化や応募者の増加に伴って2021年度から審査部門を再編し、現在は「繁殖・生活史・個体群・群集」「行動・進化・形態・生理」「生態系管理/評価・保全・その他」の3部門で募集を行っております。

さて、ポスター賞は、どのように審査されているのでしょうか?
ポスター賞は毎年、前もって企画委員会からお願いをし、ご承諾いただいた方々によって審査が行われています。各部門数名の審査員が、手分けしてすべての応募発表に目を通しています。多くの場合は一次審査と二次審査を行っており(大会スケジュールによっては二次審査を実施しない場合もあります)、一次審査では講演要旨とポスターをもとに「研究のオリジナリティ」「妥当性」「学術的・社会的な重要性」「研究テーマの将来性」「ポスターのわかりやすさ」について評価して受賞候補を絞り込みます。二次審査では、絞り込んだ受賞候補者のプレゼンテーションを実際に聞いて、同様の評価項目について再度検討し、受賞者を選出しています。喫緊2回(2021年と2022年)のポスター賞の審査状況を見てみると、応募総数が33件と48件、一次審査通過が11件と13件で、そのうちそれぞれ3件がポスター賞を受賞しています。

ここで1つ、注目してほしいことがあります。それは、参加申し込み時に提出する「講演要旨」が一次審査の対象に含まれているということです。つまり、審査はポスター賞応募と同時に始まっているのです。皆さんの中に、講演要旨をただの「予告」と考えている方はいませんか?それは大きな間違いです。講演要旨は論文のabstractと同様に、発表内容を要約したものである必要があります。つまり、要旨の中にも「緒言、材料・方法、結果、考察」が端的にまとめられているべきなのです。しかし講演要旨の中には、最後が「~について報告する予定である」や、「~について検証する」のような形で終わっていて、ほぼ緒言に終始していて方法・結果・考察が書かれていないものが散見されます。こうしたものは、講演要旨としては不十分であると言わざるを得ないでしょう。要旨を読んだだけで研究の全体をつかめるようにすることは重要です。結果がまだ出ていないからという理由で予告めいた形で書く方もいらっしゃいますが、少なくともポスター賞に応募する方々には、論文のabstractを書く時と同じだと考えて、整った講演要旨を作成していただきたいところです。ちなみに私は学生時代に指導教員から「要旨の中で結果を述べるときは具体的な数値も書いたほうが良い」とアドバイスを受けました。サンプル数や解析値などを記述することで、具体性を高める効果が期待できます。

さて、ここでは講演要旨に注目してみましたが、ポスターの内容をわかりやすく他人に伝えるためには、様々なノウハウがあります。近年はポスタープレゼンの指南書が発売されていたり、気を付けるべきポイントがWEBサイトで紹介されていたりします(ぜひ検索してみてください)。また、百戦錬磨の先生方や先輩方からの教えもあるかもしれません。こうした資料や意見を参考にしつつ、ポスター賞に応募される皆さんは、見た目にもわかりやすいポスターの作成を目指してください。研究の魅力や面白さをわかりやすく他人に伝えることは意外と難しいですが、伝えようとする努力を怠らなければ、内容に注目してくれる方々も増えることでしょう。たくさんのご応募、お待ちしております。

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2022年度日本鳥学会大会自由集会報告:W07 個体群行列モデルと集団的思考

森元良太(北海道医療大学)・島谷健一郎(統計数理研究所)

1.序 
 個体数のカウントデータを伴う研究発表は本学会で毎年多数見られる.ところが,個体数の増減を扱う基本的手法の一つである個体群行列モデルを用いる研究はほとんど見られない.このような現状を鑑み,その普及を図る目的で,生育段階と生活史,個体群行列の固有値という数学,行列成分のデータからの統計的推定という三つの基本概念を解説する自由集会を企画した.また,集団内変異や個体差という生態学の概念について,科学哲学の視点からダーウィンの進化論を起源とする集団的思考に関する解説も行った.20–30名の参加者のほぼすべてが若手会員だった.3つの話題について数学や哲学の話を聞くことは初めてに近い人が多く見えたので,これからのデータ解析や野外調査現場とつながりやすい話題も混ぜるよう意識した.

2.生残・成長・繁殖を表す個体群行列 
 鳥類に個体群行列モデルを適用した研究の多くは,個体を幼鳥や成鳥,または幼鳥,亜成鳥,成鳥という生育段階に分ける.幼鳥が生残すれば翌年,(亜)成鳥に成長する.成鳥は繁殖し幼鳥を生む.この過程を,各生育段階の個体数をベクトル,生残,成長,繁殖を個体群行列と呼ばれる行列で表し,ベクトルと行列の積という数学で表現するのが個体群行列モデルである.もっとも,これだけなら,数学は単に個体数の変化を計算させる便利な道具でしかない.ところで,個体数がある生育段階では増え,別な生育段階では減ったりすると,個体群全体として増加傾向にあるのか減少傾向にあるのかよくわからない.ところが,線形代数学の定理を用いれば,同じ個体群行列による個体数の変動が続くと,次第にどの生育段階の個体数も同じ率で変動するようになり,その率(個体群成長率)は個体群行列の固有値で与えられることが示される(高田・島谷,2022,3章参照).さらに,例えば稀少種の保全を図るうえで,営巣地の保護と成鳥の生残のどちらに重点を置くべきかの一つの指標として,感度分析という手法も確立されている(高田・島谷,2022,5章参照).
 2000年代に入り,複数の個体群を局所個体群と捉え,全体を一つの個体群とみなし,各個体が属する局所個体群を生育段階に組み入れ,局所個体群間の移出や移入を生育段階の推移として個体群行列の中で扱う研究が盛んに行われている.特に,局所個体群として渡り鳥の越冬地や巣箱を設置した地域を用いることにより,もし移出が移入を上回れば,その越冬地や巣箱はその個体群の維持,成長に貢献するsourceとして働き,移入が上回ればsinkとなっていると判断する.生育段階のアイデア次第で,様々な斬新な研究を実践できるのである.
 ところで,生育段階とは,基本的には個体差や集団内変異に基づく個体のカテゴリー分けである.この最初のステップの理解を深めるには,集団的思考というキーワードについて科学哲学の視点から学習することを推奨する.

3.集団的思考と誤差論的考え方 
 チャールズ・ダーウィンは自然選択説を唱えたことで有名だが,自然選択が働くための条件は,生物集団に変異があり,その変異が適応度の違いをもたらし,変異が遺伝することである.このように,集団内変異が自然選択の条件の根底をなしている.集団現象を捉えるときに,集団を構成する個々の対象の振舞いを積み上げていくのでなく,集団内変異に焦点を当て,集団自体を基礎的なものとする思考の枠組みを,エルンスト・マイアは「集団的思考(population thinking)」と呼んだ.現代進化論はこの集団的思考に依拠しており,マイアは集団的思考の生物学への導入をダーウィンの偉業として讃えた.
 集団的思考を精緻にしたのは,ダーウィンの従弟フランシス・ゴールトンである.ゴールトンはダーウィンの『種の起源』に感銘を受け,進化論を数学的に表現する先駆的な研究をはじめた.その際,参考にしたのが,社会学に誤差論を導入した社会学者アドルフ・ケトレーの研究である.ここで誤差論とは,測定値から誤差を取り除いて真値を求めるための理論である.測定において本来知りたいのは真値であるが,測定値には誤差が不可避的に含まれるため,真値を直接測定できない.同じ対象を繰返し測ると測定値はばらき,真値は一つだけのはずなのに,測定値は誤差によりずれてしまう.だが,測定回数を増やしていくと,測定結果の分布はしだいに釣鐘型に近づいていく.この釣鐘型の分布は「ガウス分布」と呼ばれ,誤差論ではガウス分布の平均は真値とされ,真値と測定値のずれは誤差とみなされる.ケトレーはこの解釈をもとに,人についても平均を典型的な特徴として捉え,その平均的特徴をもつ架空の人を「平均人」と呼んだ.このように,ケトレーは分布を扱ったが,集団内変異を重視せず,あくまで平均に注目した.誤差論では,集団内変異は単なる誤差にすぎず,真値が推定されれば誤差は用済みとされる.
 一方,集団内変異に注目し,分布の捉え方を大きく変えたのが先述のゴールトンである.人の身体的特徴や精神的特徴を測定することが人間の本性の理解につながると考え,さまざまな人種や階級の人を測定した.その結果,例えば身長や知能は,どの人種や階級で測定してもガウス分布になることを実証し,釣鐘型分布がどこにでも見られる現象であることを確信した.誤差論では,ガウス分布の平均を真値として,測定値のばらつきを誤差とみなす.実在の特性は真値である平均のみで,ばらつきは誤差にすぎず,実在の特性を表してはいない.それに対し,ゴールトンにとって,同じ釣鐘型分布はもはや単なる測定誤差ではなく,分布自体に法則が働くような集団の特性を示すものであった.ゴールトンにとって,釣鐘型分布の平均は実在する真値ではなく代表値の一つであり,分布のばらつきは誤差ではなく実在する集団の特性を表す.実際,フランス議員たちの身長やスコットランド兵たちの胸囲の測定値のばらつきは実在する.同じ釣鐘型分布でも誤差論とゴールトンでは解釈が異なるのである.そこでゴールトンは,ガウス分布と呼ばれている釣鐘型分布に,集団が示す「正常」で当たり前の現象という意味で「Normal Distribution」という新しい名前を与えた(日本語では彼の意図が反映されず,「正規分布」と訳される).誤差論は誤差を取り除いて真値を推定することが目的であるが,ゴールトンにとって,正規分布の有するばらつきこそが失われないよう残したかったものである.ゴールトンの分布の捉え方はその後,ロナルド・フィッシャーたちを通じて,現代の進化論や統計学に受け継がれている.
 さて,個体群行列モデルに話を戻そう.生育段階ごとの繁殖率や生残率など行列の各要素を,データと統計モデルからなるべく正確に推定しようとするのは(次節参照),誤差論的考え方である.一方,生育段階に分け,それらの個体数のばらつきが個体群の特性を示すというのは,集団的思考に依拠している.すなわち,個体群行列モデルには誤差論的考え方と集団的思考の二つが混在している.
鳥類研究の現場においても,この二つの見方が混在している.例えば,鳥の体サイズを測るとき,なるべく正確に測ろうと二回計って平均をとるのは誤差論的考え方,体サイズの分布をみるのは集団的思考である.おそらく,鳥学会会員の多くはこの二つの見方を区別しないで実践してきている.分布についての二つの捉え方を意識して区別することで,数理モデルや統計モデルに関する概念的理解は深まるにちがいない.

4.行列成分の統計モデルによる推定 
 個体に標識を付け,毎年,発見調査を行う.発見できれば,その個体は生残していたことがわかる.一方,発見できなかった場合,それは,その個体が死亡したからか,生残していたのに発見に失敗したかを判断できない.しかし,発見調査を繰り返し,発見できたか,できなかったかというデータに統計モデルを適用すれば,生残率と発見率を分離して推定できる(高田・島谷 2022,4章参照).
 大切なのは,生残率と発見率の推定は,標識調査を繰り返すだけではできず,一回こっきりの発見調査データに統計モデルを適用してもできず,両者を併用することではじめて可能になる点である.生育段階が齢の場合,幼鳥は生残したら(亜)成鳥へ推移し,繁殖調査と合わせて個体群行列の成分が推定される.なお,限られたデータからの推定なので,その不確かさも明示しておくことが望まれる.ベイズ統計により,行列成分とそこから計算される固有値(個体群成長率)を事後分布という確率分布で不確実さを明示できる(高田・島谷 2022,6章参照).

5.結語に代えて:
 標識調査のすすめ 個体群行列モデルを用いる研究の実践において,個体識別して経年的に追跡したデータは一つの出発点である.概して動物に標識を付ける作業は,捕獲技術や動物倫理など,解決すべき問題は多い.幸いなことに,鳥類では足環という個体識別技術が確立されており,国内においても膨大な標識調査データが蓄積されている.
 標識調査は動植物問わず野外生物調査の一つの基本であるが,それだけからからわかることは,移出と死亡の区別をつけられないなど,決して多くない.標識データを基盤に置き,そこに本学会で見られるような独自仕様の様々なオリジナルデータと複合させることで,二種類のデータは相互作用し,得られる成果は大きく膨張するのである.
 ところが,標識調査データを踏まえた研究発表が,鳥学会では驚くほど稀少である.本自由集会を企画する際,鳥学会会員の大半は標識データをダウンロードし保有しているものと思い込んでいた.どうして蓄積されているはずの標識調査データが共有され活用されていないのか.何人もの会員に尋ねたが,理由はわからないままである.

<参考文献>
高田荘則・島谷健一郎 (2022) 個体群生態学と行列モデル:統計学がつなぐ野外調査と数理の世界.近代科学社,東京.
森元良太 (2015) 集団的思考:集団現象を捉える思考の枠組み.哲學 134: 33–54.
森元良太・田中泉吏 (2016) 生物学の哲学入門.勁草書房,東京.

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