鳥の学校第13回「鳥類研究のための空飛ぶドローン講座」体験記

中村晴歌(北海道大学)

 空撮や農薬散布、荷物運搬まで幅広い分野で活躍するドローンを、鳥類研究に応用するための入門講座となる「鳥類研究のための空飛ぶドローン講座」が、鳥学会2022年度の鳥の学校で開催されました。私自身は特にドローンを使った研究をしているわけではなく、ドローンの操縦体験に惹かれて参加を決めました。
 
 今回講座を担当してくださったのは、酪農学園大学農食環境学群環境共生類准教授の小川健太先生です。先生のご専門はリモートセンシングによる環境モニタリングで、北海道ドローン協会会長も務めておられます。

 講座は室内での講義パートと屋外での操縦体験パートがあり、午前中の方が天気が良いとのことでまずは操縦体験から始まりました。

ドローン操縦体験
 経験者と初心者に分かれ、東京農業大学網走キャンパスの広大な学生用駐車場で操縦体験を行いました。私はもちろん初心者チームに入り、PHANTOM RRO V2(図1)という白くて比較的小型の機体を数分間操縦させていただきました。短時間ではありましたが、参加者全員がドローン操縦を体験できました。

中村図2_PHANTOM4.JPG
図1 PHANTOM RRO V2 右が機体で左がコントローラー。コントローラーについた液晶でドローンが撮影している動画を確認できます。

操縦した率直な感想としましては、

・スティックの操作が複雑で慣れるまで時間がかかる
 私が操作したモードでは、右スティックで上昇・下降・横移動、左スティックで前進・後退・回転ができるのですが、これを正確に把握して操作するのは初心者だとかなり難しかったです(逆に、普段からシューティングゲームなどでゲーム機のコントローラーを握っているような人はかなり得意かもしれません)。

・奥行きの正確な感覚が必要
 地面に置かれた直径1mほどのシートから離発着をしたのですが、このシートの中に着陸させるのが難しかったです。左右のブレはそこまで出ないのですが、シートよりだいぶ手前や奥に着陸させてしまう方が私含め多い印象でした。

 経験者チームはINSPIRE2 X5S(図2)という黒くて大きな機体を使って駐車場側の畑の撮影を行っていました。途中カラスがそばを飛んだりしていましたが、目立ったモビング行動などは取らず。操縦体験前にはオオワシが2羽上空を飛ぶところを観察できるという嬉しいサプライズもありました。

中村図2_INSPIRE.jpg
図2 INSPIRE2 X5S 経験者チームが操縦体験をしていた機体。機体が大きい分、近づかれた時の威圧感や飛行中の音がPHANTOM4より大きいような気がしました。調査環境や対象種によって適した機体は違ってきそうですね。

ドローンについての講義
 午後からは北海道ドローン協会が作成したドローン教科書基礎編を用いた講義をしていただきました。操縦する際の天候や機体の管理方法から2021年航空法の改正、操縦に国家資格が必要になったことなどまで幅広く学ぶことができました。

 印象に残ったのは実際の研究への応用例です。以下興味深かった部分を簡単に紹介します。

・広大な面積をもつ湖沼などでの水鳥のモニタリング
水鳥のドローンへの反応は種によって、また水面か陸上かで反応性が異なり、例えば水面での垂直接近の下限高度はカモ類>ハクチョウ>マガンの順で大きく、単純に鳥の大きさで決まるわけではない。
(詳しくは2019年に公益財団法人宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団より発行されたドローンを活用したガンカモ類調査ガイドラインhttp://izunuma.org/pdf/drone_gideline.pdfを参照)

・鳥の捕獲に使用できるかもしれない
 実際にドローンに捕虫網を取り付けて昆虫を捕獲して調査研究を行った例がある(Madden et al. 2022)。飛行能力が高い種では難しそうですが、地上性で長距離を飛べないような種では可能だったりするのでしょうか。

・送電線鉄塔の鳥の巣モニタリング
 ディープラーニングを用いて自動的に鳥の巣を発見できる(Dong et al. 2022)。送電線鉄塔だけでなく、人が直接アクセスしづらいような場所で繫殖する種のモニタリングがドローンによってどんどん可能になっていくのでしょう。すごく楽しみです。

全体を通しての感想
 今回の鳥の学校でドローンについて事前に学習したおかげで、鳥学会を聴講する際ドローンを用いた多くの研究発表をより深く理解することができました。そしてとても便利なように思えるドローンですが、実際はバッテリーの持続時間や天候の問題、高度な操作技術の必要性など鳥の研究に応用する上でまだまだ難しい点がたくさんあることを初めて知りました。発想次第ではまだまだ新しい応用方法がこれからいくらでも出てきそうなので、今回のようなそれまでドローンに触れたことのない人でも気楽に操縦体験ができる機会が今後もっと増えていくことを願います。

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鳥の学校「鳥類研究のための空飛ぶドローン講座」に参加しました

中島京也(日本ワシタカ研究センター)

 日本鳥学会2022年度大会は新型コロナウイルス対策に配慮しながら3年ぶりの現地開催となり、13回目となるテーマ別講習会「鳥の学校」も「鳥類研究のための空飛ぶドローン講座」として実施されました。2014年に日本鳥学会大会と同時に開催された国際鳥類学会議ではRound Table DiscussionでDr. David BirdとDr. Juan José Negroから鳥類調査への無人航空機の利用例が紹介されましたが、その後国内でも高画質の映像が撮影できるマルチコプター型ドローンの普及が進み、鳥類の調査や研究に空撮画像やそれらの解析データが利用されるようになってきました。近年はドローンが小型化して携帯性が向上し、機体の価格も下がってきましたので、撮影用機材として利用される機会はさらに増えると思われます。このような状況の中で「鳥の学校」としてドローンに関する講座が企画され、酪農学園大学環境共生学類環境空間情報学研究室の小川健太先生から専門的な内容を学べる機会が得られたのは効果的だと感じました。

 講座ではドローンを飛行させる際の注意点や関連する法律などの基本的な事項から撮影した画像の処理方法などの具体的な事項まで紹介され、これからドローンを使用する事を検討している参加者にとっては大変参考になったと思います。また、大きさの異なる3種類のドローンの実機も用意され、参加者による屋外での操縦体験の他に事前に設定した範囲を自動で飛行するドローンが地上の画像を連続撮影する様子やその撮影画像をデータ解析に利用する過程も確認することができ、座学だけではない「鳥の学校」の特色が活かされていました。既にドローンを調査等で使用している経験者の方も参加者に含まれていたため、冬期にドローンを使用する際のバッテリー保温方法など製品のマニュアルには載っていない具体的な対策例が参加者側から紹介されたのも参考になったと思います。

 講座で使用する参考資料のご準備の他にドローンの実機展示と多数の参加者による操縦体験にもご対応いただいたので、機体の運搬や複数の予備バッテリーの準備など小川先生と環境空間情報学研究室の皆様には通常の講義よりもお手数をおかけしたと思います。そのご協力に対しまして改めて厚く御礼申し上げます。また、「鳥の学校」の開催にご尽力いただいた日本鳥学会企画委員会の森口紗千子様をはじめとした関係者の皆様、講座終了後に路線バスを利用して公開シンポジウム会場へ向うと開始時間に間に合わないのでご自身の車両に関係者を乗せて移動していただいた参加者の皆様にも感謝申し上げます。

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鳥の学校(第13回テーマ別講習会)「鳥類研究のための空飛ぶドローン講座」報告

企画委員会 森口紗千子

 
 鳥の学校-テーマ別講習会-では,専門家を講師として迎え,会員のレベルアップに役立つ講演や実習を行っている.第13回は,2年ぶりに対面で開催された2022年度大会と連結して,大会初日の11月3日に大会会場である東京農業大学網走オホーツクキャンパスで行われた.近年,鳥類の野外調査でも使用され始めたドローンを使う上で,ドローンを鳥類調査に用いるために必要な知識と技術を養ってもらうため,機種,法令,安全管理,データ解析,鳥類への影響等に関する座学と,操縦実習まで,小川健太氏(酪農学園大学)を講師にお迎えし,26名の会員が参加した.

 天候が午後から悪化する予報であったため,講師の紹介と簡単な説明の後,さっそくドローンの野外実習を大会会場の駐車場で行った.講師らによる2種類のドローンの操縦や撮影の実演に加え,経験者と初心者にグループ分けされた参加者も操縦を体験した.

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図1_座学風景

 後半は座学で,ドローンの一般的な知識や使用方法,国家資格化の動向などの最新情報に加え,鳥類の調査研究のための水鳥類の自動カウントなどの実践的な手法を学んだ.さらに,野外実習で撮影した画像データを用いた解析のデモンストレーションへと続いた.座学では,ドローンの使用経験のある参加者と講師の間をはじめ,活発な情報交換が行われ,低温下でのバッテリーの保管方法など,使用時のポイントが議論された.

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図2_参加者のドローン操縦体験

 事後アンケートによると,参加者のうちドローン経験者からは,悩みの共有や新しい知見の情報交換ができた,ドローン初心者からは,操縦体験だけでなく新しい技術にも触れられた,ドローンを用いた研究発表への理解が深まったなどの感想が寄せられ,質問できる機会が多くてよかったなど,参加者の満足度も高かった.ドローンの準備から始まり,幅広い内容にわたる座学と,参加者との相互のやり取りを重視して講義を進めてくださった講師,野外実習を補助していただいた助手の方々,コロナ禍の大会開催という困難の中,会場準備にご尽力いただいた大会実行委員会の方々,そして円滑な進行にご協力いただいた参加者の方々に,深くお礼申し上げる.

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図3_ドローンからの撮影

 鳥の学校-テーマ別講習会-は,今後も大会に接続した日程で,さまざまなテーマで開催する予定である.鳥の学校の案内は,大会ホームページや学会誌に掲載する.

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日本鳥類目録第8版の編集について

西海 功(目録編集委員長)

 日本鳥類目録は1922年の初版発行以来10年毎の改訂を目指してきた。第3版までは目標通り10年おきに改訂できたが、第4版以降は短い時でも12年、長い時には26年も改訂に年月を要した。最新の第7版は2012年に発行されたので、次の第8版は10年後の2022年、つまり今年の発行が目標であった。2018年に第8版編集のための目録編集委員会が組織され、今年の発行に向けて準備が進められてきた。第8版では新たな試みをいくつか取り入れたが、特に大きな試みとして次の2つを実施した。一つはパブリックコメント(以下、パブコメ)の実施、もう一つは海洋分布の追加である。不運なことに、この編集の後半の追い込み時期にコロナ禍に見舞われた。新たな試みが予想以上に時間を要したことにコロナ禍による作業の遅延が重なり、2022年中には発行ができなくなり、2023年9月まで発行を延期せざるを得なくなっている。会員はもちろん、出版関係者や行政など関係する諸機関にも多大なご迷惑をおかけすることをお詫びし、来年9月の発行をお約束したい。
 パブコメの実施もあり、今回の目録の編集にあたっては多くの方々から意見が寄せられている。第一回のパブコメは、採用種・亜種とその学名と和名に関して2021年2月から4月まで行われた。第二回のパブコメは分布も含めて全体のことについておこなうが、11月の網走大会までにリストを提示して、来年1月末まで意見を募りたい。これまでにいただいた意見のうち比較的大きなこととの関りで説明を要すると思われることを以下にご説明したい。

1.日本鳥類目録とは?
 鳥類目録(Checklist)とは、ある地域(または世界全体)の種・亜種の分類学的な包括的リストで、分布地やそのステータス(留鳥、越冬、通過、迷鳥など)が示されているが、通常、形態情報や写真、生態情報は示されていないものである。その日本地域版が日本鳥類目録であり、日本鳥学会が発行する日本鳥類目録は幸か不幸か現在では唯一の日本鳥類目録となっている。しかし歴史的には20世紀初頭まで複数の日本鳥類目録が存在した(森岡, 2012)。また世界の鳥類目録はIOC World Bird ListHoward and Moore Complete ChecklistBirds of the World, Cornell LaboratoryClements Checklistなど多数ある。日本鳥類目録が現在1つしかないことで、日本の鳥類フィールドガイドや行政が日本鳥学会の目録に沿って鳥の種の分類や呼び名(和名や学名)を使うことが通例となっている。
 しかしBrazil (2018) のように、IOC Listを基本にして著者の判断も加えながら独自の分類でフィールドガイドを作ることもできる。このような図鑑を良く思わない人もいるが、私はむしろ歓迎したい。鳥の正しい分類というものが自然界には存在していると私は考えているが、その正しい分類を人が完全に認識しつくせるとは思っていない。全ての目録は仮説であって、その時点での科学的知見から見て、最も妥当と思われる分類を編集者が組み立てて提唱しているのが目録ということになる。図鑑の編集者は分類を特定の目録に依拠して編集することもできるし、気に入った分類がどの目録にもないなら独自の分類をおこなって図鑑を編集することもできる。例えばオーストンヤマガラが日本鳥類目録では種ヤマガラの一亜種として扱われているのに、Brazil (2018)では独立種として扱われているというように、異なる分類が採用されることで、一般のバードウォッチャーもその種・亜種の分類が定まっていないことが理解できる。
 日本鳥類目録は日本産種の選定を文献主義に基づいておこなっているが、「目録は分類も含めて文献主義を取るべき」と考える人もいる。ある分類を示唆する結果が論文で示されたなら無条件でそれを全ての目録が採用すべきで、もしそれに異論があるなら反論を学術誌に投稿すべきという。これは無理難題というもので、理想としてはあり得ると思うが現実的ではない。もしそれが現実的であるなら世界の鳥類目録が多数存在することはなく、どの目録も同じ内容になるだろう。しかし、目録第8版の出版後には、できるかぎり分類の根拠についても説明していきたい。
 日本鳥学会の目録は、幸いにも現在では唯一の日本鳥類目録で、多くの図鑑や日本の行政がその分類を採用しており、その結果、鳥の分類や呼び名についての混乱は日本ではそれほど大きくないと思う。不幸な側面としては、利用者には選択の権利が用意されていないことであり、また上記のとおり、分類が定まっていない場合でも、それを知ることが少し難しい面があることだろう。

2.和名について
 鳥の標準和名を定着させることについては、歴史的にも日本鳥類目録が大きな役割を果たしてきたといえる(森岡, 2012)。その点からも日本鳥類目録は鳥類和名について大きな責任を負っている。鳥類和名の規則や慣習については別稿に譲るが(西海, 2018)、和名について日本鳥類目録は慎重な検討をおこなってきたし、第8版の編集でもいくつかの大きな検討が行われている。目録第6版「はじめに」で詳しく説明されているように、主要な亜種の和名は種和名と一致させるという原則を日本鳥類目録は採用してきた。ただ、第8版ではそうすることで不都合が生じる場合には例外を躊躇なく設けることとした。ニシセグロカモメの亜種をホイグリンカモメとし、メグロの基亜種をムコジマメグロとすることがその例外に該当する。
 オリイヤマガラやオガサワラカワラヒワなどこれまで亜種として扱われてきたものを種に格上げする場合には、オリイガラやオガサワラヒワと短い和名に変更することにした。このような和名の変更には、大きな危惧を表明される方も複数おられたが、短くする利点を優先させていただいた。ウチヤマセンニュウがかつてシマセンニュウの亜種とされていた時にはウチヤマシマセンニュウという亜種名で呼ばれていたが、種に格上げされた際に短い和名にしたことなど日本鳥類目録の伝統を継承したことになる。ただ、リュウキュウサンショウクイとホントウアカヒゲは同様に亜種から種に格上げされるが、適切な短縮ができず和名の変更はない。
 逆に種サンショウクイは、リュウキュウサンショウクイが独立種となることで、単形種(亜種がない種)になるが、その和名を変えてほしいという要望があり、検討することになった。IOC Listの英名は、Ashy Minivetと元々呼ばれており、Ryukyu Minivetが独立種となった後も変わっていないが、このように種の枠組みが変わる場合、IOC Listでの英名はより適切と思われるものに変わることがある。例えば、メジロの英名はJapanese White-eyeだったが、中国南部の亜種simplexhainanusが別種として独立し、フィリピンからインドネシアに分布するmontanusが加わることで、Warbling White-eyeという英名がIOC Listなどでは与えられている。対照的にこれまで日本鳥類目録は種の枠組みが変わることでは種和名を変えたことはないが、今回は例外的に狭義の種サンショウクイには新たな和名ウスサンショウクイを充てることが検討されている。
 第8版への改訂に向けた検討の中で、最も大きな検討が行われたのは、アホウドリの和名についてだった。この和名を蔑称と感じ、不快感を表明し、和名の変更を求める意見を複数いただいた。この件は目録委員会だけでなく、評議員会でも討議された。生物和名の蔑称に関する自然史系関連学会での扱いを調査したところ、差別的用語を理由に動物標準和名を改称したのは、関連学会の中で魚類学会の2007年の改称のみだった。メクラウナギをヌタウナギに、バカジャコをリュウキュウキビナゴに改称するなどした(松浦, 2007)。その際の目的として「人権に対する配慮」と「言い換えや言い控えによる混乱を収めること」の2点が挙げられた。現在までのところ「言い換えや言い控えによる混乱」が生じていない動物名については差別的用語を含むものでも改称せず、和名の安定性をより重視するというのがこの問題の扱いの標準となっていると判断された。アホウドリの和名については今回の指摘で人権の観点から不快に感じる人が少なからずいることははっきりしたと思うが、この呼称による「混乱」の例は今のところ知られていない。もしも鳥学会がアホウドリの和名を「人権配慮」を理由に改称すると、関連学会への影響も懸念され、事前の説明と議論が不可欠となる。少なくとも第8版の改訂に間に合わせることはできないし、改称の方向で学会が動くことも少なくとも当面は難しいという判断となった。

3.まとめ
 パブコメなどを通して諸方面からいただいたご意見は、当然ではあるが委員全員が理解するように努めた。どれも理解できる意見ばかりだったと私は感じている。しかし、「こちらを立てればあちらが立たず」ということが起きてどちらかを選択せざるを得ないことが多くあった。また現実と理想とのギャップや私個人も含む鳥学会の力量不足から第8版で取り入れられない意見も少なからずあったことは率直にお詫びしたい。ただ、労力を割いて意見を提出したことが無駄だったと無力感を感じる方がもしおられれば、それは違うと申し上げたい。すべての意見が少なからず当委員会や各委員の認識の向上に役立ったと思うし、今後の鳥類目録に多少なりとも影響していくことになるとご期待いただきたい。
 今年は日本鳥類目録初版が出版されてからちょうど100周年にあたる。この記念の年に改訂第8版が出版できず、来年に延期になるのは誠に残念で、かつ申し訳なく思うが、パブコメの意見を検討できた(第2回についてはこれから検討できる)ことと海洋分布情報が追加できることはこれまでの日本鳥類目録にない大きな進歩であり、来年9月の出版に大いにご期待いただきたい。

引用文献
Brazil, M., 2018. Birds of Japan. Christopher Helm, London.
松浦啓一, 2007. 差別的語を含む標準和名の改名とお願い.
森岡弘之, 2012. 日本鳥類目録の変遷. 日本鳥学会誌, 61 (Special Issue): 74-78.
西海 功,2018. 鳥の和名.海洋と生物, 40(2): 139-141.

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「若手生態学者が見ている世界-研究者支援写真展-」に研究者として参加して

東京大学大学院 農学生命科学研究科
水村春香

 野外で調査研究をしていると、必ず写真を撮る機会がある。その多くは調査現場や対象種の生態の記録のためだが、私は調査地とさせていただいていた富士山麓に5年通ううちに、目にした多くの生き物や千変万化する風景を、たくさん写真に残していた。おそらく研究をしていなければ、見ることはなかった景色や生き物である。このような写真をどこかで表現、共有できたらいいなと前々から思っており、もし今年博士課程が無事に修了できたら、大学の展示スペースとかで写真展でもやってみようかと朧げに考えていた。しかし、私が知っていた学内のスペースは誰もが見に来られない場所のため、この案は消えそうになっていた。
 そんな中、「若手研究者の写真展しようかと思ってるんだけど興味ある?」との連絡を主催者の清水拓海さんからいただいた。内容を聞くと、単純に研究者が調査中に撮った写真を並べるだけでなく、各研究者の研究内容の紹介とともに写真が展示され、さらに写真の販売を行い、その収益は展示した各研究者へ全額寄付され各自の研究活動に活用されるというものだった。今までにはない研究支援や研究発信の形であると思い、そして何より、死蔵しそうになっていた写真を展示できるまたとないチャンスと感じた。
 出展した写真は、メッセージ性の強いものや調査中の風景といったものを中心に選んだ。また、鳥に関心がなくても興味を持ってもらえるよう、間違い探しとして鳥を探してもらうものも入れた。

どこに鳥がいるでしょう? (ヨタカ).JPG
どこに鳥がいるでしょう?(ヨタカが隠れています)

開催中にはお客様とお話する機会があり、研究の内容や展示写真の背景、野外調査の実態などたくさんお話した。私の研究内容は二次草原の鳥類の保全を目的としたものだったが、その大切さに共感してくださる方も多く、また「研究頑張ってくださいね!」と応援のお言葉をいただき非常に励みになった。普段の学会や講演会にはないギャラリーという雰囲気やお客様の反応に、新鮮な気持ちで研究を見つめなおすきっかけとなった。
 今回の企画に参加して、研究者の支援や研究内容の発信方法として写真展という方法があることに、私自身初めて気づいた。これはもし自分で写真展を企画していたらまったく意識していなかったことである。その可能性は写真展に限らず、絵画などアート全般に反映できると考えられ、今後様々な活動が展開され、多くの研究者が参加していくことが期待される。最後に、このような機会を与えていただいた企画者の清水さんに厚くお礼申し上げるとともに、一緒に研究者として出展し、写真展を作り上げた北沢宗大さん、高田陽さん、田谷昌仁さん、湯浅拓輝さんに心より感謝いたします。

(写真の正解は、真ん中の右端です。わかりましたでしょうか?)

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「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展- 」を企画して

慶應義塾大学 政策・メディア研究科
清水拓海

「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展- 」を開催した第一の目的は一般の人に「研究者」そして「研究」について知ってもらうことでした.

 近年の日本における研究者を取り巻く環境は厳しいと言わざるを得ません.「 博士課程進学に自身の資産が求められる点」「限られた助成金に対して激しい競争率」「 博士号取得者に対する日本企業の消極的な採用状況」など日本で研究を行なっていくことや,博士号の取得には多くの壁が存在すると感じていました.実際に日本において博士号取得者数は2006年を境に減少傾向にあります.

 生物多様性の保全やSDGsが話題になっていますが,それらの実現のためには地道に研究を続けている研究者の活動が必要不可欠です.しかし自然環境や野生の動植物を対象として研究を行う「生態学」と呼ばれる分野の研究の実態や内容,その意義などに関して一般の人々が知る機会はほとんどありません.そんな研究者を少しでも応援したいと思い,写真展開催の着想に至りました.研究者が調査の合間に撮影している景色や動物,それらに伴う事象について写真を通じて一般の人に見てもらい,研究内容やその意義に関してわかりやすく紹介することで,[研究者]を身近に感じ,彼らの研究内容にも関心を持ってもらえるような場所作りを目指しました.同時に寄付と,展示写真やポストカードの販売を行い,その売上の一部を参加してくれた研究者に研究費として寄贈するという形を取りました.

 2021年11月29日から12月5日の7日間開催した写真展では100枚程の写真と5人の研究者の研究紹介パネルを展示しました.合計で130人以上の人々が訪れ,実際に写真や研究紹介を見てもらいました.「研究者とその研究について一般の人に知ってもらう」という目的はある程度達成できたのではないかと自負しています.加えて,印象的だったのが研究者を目指す若者(高校生や大学生など)が幾人も見にきてくれたことです.進学などの相談に乗るだけでなく,研究者の大変さや面白さを伝えることもできたので,そういった点でも開催した意義があったと感じています.また「写真を撮ることが目的ではなく,研究のための写真なので清々しい.独特な味が出ていて楽しめました.」「私達がいつまでも住める環境を残していきたいですね.研究,頑張ってください!また企画を楽しみにしています.」「写真のタイトルと一言が面白くてついつい全部読んでしまいました.」といったコメントを一般の方々からもらうことができました.

 それぞれの写真にタイトルと,撮影した研究者による一言をつけたことで,多くの人がじっくりと一つ一つ読んでくださっていたのも嬉しく思いました.「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展-」に参加してくれた水村春香さん,北沢宗大さん、高田陽さん、田谷昌仁さん、湯浅拓輝さん,そして写真展を実際に見にきてくださった方々,写真展を紹介してくださったマスコミの皆様を始め,SNSなどで情報を拡散してくださった皆様,本当にありがとうございました.2022年5月9日から5月15日には第二回研究者支援写真展をart gallery OWL にて企画しております.次は写真だけでなく,アーティストとのコラボ作品として「研究者支援アート」の展示も予定しておりますので,是非遊びにきてください.

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写真展の様子(B1展示スペース).
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写真展の様子(2F展示スペース).

生態学者アート支援プロジェクトHP:http://scientist-support-by-art.com/
Art gallery OWL HP: https://gallery-owl-yamate.com/

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記事紹介:「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展-」 開催報告

広報委員会 遠藤 幸子

みなさんは、自然のなかでこれまでにどんな景色に出会ってきましたか?

調査地で研究者がとらえた貴重な一瞬を展示した「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展- 」が、2021年11月29日から12月5日にかけて横浜で開催されました。今回、こちらの写真展を企画された清水拓海さんと出展された水村春香さんからご寄稿いただきましたので、2週にわたってご紹介いたします。

清水さんはこの写真展にどのような思いを込めていたのでしょうか。
水村さんが写真展に参加して、新たに気づいたこととは…?
ぜひご覧いただけると嬉しいです。

1週目 清水拓海さん
「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展- 」を企画して
    
2週目 水村春香さん
「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展- 」に研究者として参加して
    

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(仮称)苫東厚真風力発電事業計画への対応をめぐって(下)

武石全慈(鳥類保護委員会委員長)

4. 2021年度書面総会での要望書決議
 2021(令和3)年3月下旬には、本件事業の中止を求める要望書を鳥学会長名で事業者に対して提出して欲しい旨の打診が鳥学会員4名の連名で鳥類保護委員にあり、4月20日付けで決議採択依頼状と要望書案を鳥類保護委員会に提出していただきました。その際の要望理由は、本事業計画地とその周辺は、国内希少野生動植物種のタンチョウ、チュウヒ、オジロワシ、オオワシの繁殖地や生息地となっているとともに、天然記念物のマガン、ヒシクイの移動経路や餌場および塒が存在し、近年個体数減少が懸念されるオオジシギも多数繁殖し、その他の多くの野生動植物にとっても非常に重要な生息・生育地となっていること、また、これらの鳥類は風力発電施設等の人工物への衝突リスクが高いか、障壁影響の発生確率が高いと考えられ、風力発電施設の建設がこれらにもたらす影響は極めて大きいと予測され、事業計画の中止以外には影響を回避・低減することは困難と考えられるということでした。
 その後、要望書提案者と保護委員会との間での協議や保護委員会内部での検討を行ない、要望書の文面の修正を行なって行きました。
 その最中に、タンチョウについては、本事業計画地の風車設置区域の浜厚真地区の海岸湿地で、2017年の繁殖成功に引き続き、2021年にも1つがいの再度の繁殖が確認され、それに合わせて要望書の内容を適宜に変更しました。この2021年の繁殖活動については、4月7日に就巣個体を初確認、4月27日に2卵を確認、5月7日に1雛1卵を確認、5月12日に成鳥2羽と連れ立つ雛2羽を確認といった経緯をたどり、7月17日まで浜厚真海岸湿地に滞在した後、親子共々歩いて本事業計画地外へ移動したとのことでした(日本野鳥の会苫小牧支部報No.238)。また、7月12日には、このタンチョウの繁殖成功についての記事が朝日新聞からウェブニュースを含めて報道され、広く世間に知られることとなりました。
 また、現地との関係で触れれば、チュウヒについては、勇払原野は国内有数の繁殖地になっていますが、同地でのSenzaki et al. (2017) の研究によると、湿地パッチ内の繁殖つがい数やつがい当り巣立ち雛数は、湿地パッチ重心から周囲2km以内での人工的な土地利用(舗装道路、工業用地、住宅地、太陽光発電所等)の面積割合と負に関係することが示されていて、現地での風車建設による(バードストライクとは異なる)人工構造物のマイナス影響が懸念されるところです。
 最終的には、鳥類保護委員会として鳥類の保全上重要な案件であると判断して、「(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する事業中止要望書」を総会決議として採択することを提案して、8月14日に学会事務局に提出しました。その後、評議員会での審議を経て、日本鳥学会2021年度書面総会に議案として提出され、有効表決者の方々の圧倒的多数の賛成を得て、2021年10月22日付で可決されました。鳥学会会員の皆様には御礼申し上げます。その後、要望書は日本鳥学会長名で11月25日付で事業者のDaigasガスアンドパワーソリューション(株)に郵送され、その写しは親会社の大阪ガス(株)、環境大臣、経済産業大臣、北海道知事、苫小牧市長、厚真町長にも郵送されました。

5. 現地視察
 今回の総会決議要望書の提案者の4名の方々は、以前から本案件の現地で調査研究を行なって来られていますし、鳥類保護委員の中にも現地を訪れている方がおられますので、今回の要望書作成の際には現地の状況把握は基本的にはできていたわけです。ただ、私個人としては、本案件のスケール感が今ひとつわからなかったので、2021年6月14日〜19日にレンタカーで、12月14・15・17日に徒歩で、現地とその周囲を見て回りました。6月の浜厚真海岸では、延々と続く海浜植物群落のあちこちでノビタキがさえずり、砂浜にはオジロワシがたたずみ、湿地周囲でタンチョウがゆっくりと歩きながら餌を探し、オオジシギの誇示飛翔音が聞こえてきます。事業計画地内外の湿地や草地ではチュウヒが飛び交い、エゾシカがちょっと多すぎでしょうがどこにでも現れ、前日の昼にヒグマが通過していったことを示す看板を見かけ(私、前日の昼にはそのあたりにおりました)、なかなかすばらしい所だと実感しました。12月には事業計画地内外の河川沿いの林や鉄橋、防風林や上空などあちこちでオジロワシを見かけ、いくつかの河口域にオオハクチョウの姿や音声を認めました。勇払原野の一部ということですが、原野といっても湿地の占める面積は狭いようで、その大部分がハンノキ林と牧草地、農地からなっていて、さらに造成地跡の乾燥草地が加わっています。私の見て回った範囲では、浜厚真海岸・鵡川河口周辺・弁天沼・安平川河口周辺などの湿地は非常に貴重な存在になっていると思いました。

1. オジロワシ成鳥20211217むかわ町日高本線廃線部鵡川鉄橋.jpg

写真1. むかわ町日高本線廃線部鵡川鉄橋のオジロワシ成鳥 2021年12月17日 武石撮影

2. オオハクチョウ成5幼3羽20211215 厚真町厚真川河口域.jpg

写真2. 厚真町厚真川河口域のオオハクチョウ成鳥5羽幼鳥3羽 2021年12月15日 武石撮影

3. エゾシカ45頭20210616厚真町浜厚真海岸.jpg

写真3. 厚真町浜厚真海岸のエゾシカ45頭 2021年6月16日 武石撮影

4. ヒグマ注意看板20210618苫小牧市弁天.jpg

写真4. 苫小牧市弁天のヒグマ注意看板 2021年6月18日 武石撮影

6. 記者発表
 今回の要望書発出に際しては、2021年12月16日の午前11時から苫小牧市政記者クラブ(苫小牧市役所内)において(公財)日本野鳥の会、日本野鳥の会苫小牧支部、ネイチャー研究会inむかわの3団体と共同で記者発表を行ないました。この記者発表の設定と鳥学会側の参加につきましては、(公財)日本野鳥の会の浦達也さんに色々とご配慮いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。当日は、上記3団体共同による要望書と鳥学会による要望書の2件について発表が行なわれました。前者の発表は、「勇払原野の風力発電計画地内で特別天然記念物タンチョウの繁殖を確認」、「タンチョウの繁殖確認による(仮称)苫東厚真風力発電事業の撤回を求める要請書」(大阪ガス宛)、「国内希少野生動植物種タンチョウの繁殖に伴った(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する要望書」(環境大臣宛)、「国の特別天然記念物タンチョウの繁殖に伴った(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する要望書」(北海道知事・苫小牧市長・厚真町長宛)(https://www.wbsj.org/activity/press-releases/press-2021-12-16/)についてでした。出席者は鳥学会からは武石及びオンライン参加の先崎理之さんで、上記3団体では、(公財)日本野鳥の会から中村聡ウトナイ湖サンクチュアリチーフレンジャーとオンライン参加の浦達也主任研究員、日本野鳥の会苫小牧支部から鷲田善幸支部長と梅津譲一さん、そしてネイチャー研究会inむかわの小山内恵子会長でした。出席した報道会社は、NHK、毎日新聞、読売新聞、北海道新聞、苫小牧民報、ひらく(苫小牧の月刊ミニ新聞)の計6社で、1時間半ほど熱心に取材していただき、当日夜、翌日朝刊、翌月などに報道していただきました。特に「月刊ひらく」(2022年1月号No.47)では、5ページの特集記事として要望書の内容にも詳しくふれて報道していただきました(バックナンバーはhttp://www.shimbun-online.com/latest/hiraku.html)。

7. 留意点など
 今回の経緯全体を通してみて、関係する皆様方は何かと忙しいことと思われますが、やはり相互の報告・連絡・相談が大事なことであると思いました。それによって早めの判断が促されることになり、案件への対応に時間がかかりすぎるのを防いでくれることになるかと思われます。今回は風力発電に関しての対応に時間がかかったということもあり、また一般的に再生可能エネルギー施設の建設が急ピッチで進んでいる現状と鳥類保全との関係を考えて行くために、このたび鳥類保護委員会の中に、「風力発電等対応ワーキンググループ」を評議員会の了承のもとに設置しました。グループ長は風間健太郎さんです(グループメンバーについては各種委員会・役員ページを参照下さい)。
 なお、今回は記者発表の実施につきましては他団体のお世話になりました。鳥学会としての発表をアピールする上では、独自に記者発表の場を設定することが望ましく、こちらも早め早めの準備が必要となります。適切な発表者の参加がより可能になることも確かですので。
 また、記者発表時にはいつもそうなのでしょうが、こちらが記者発表要旨をお渡ししたとしても、記者はすぐに記事原稿をまとめ上げないといけないのでしょうから、口頭での説明の際に誤解なくわかりやすく一から説明することに努力する必要を痛感しました。記事になって初めて、思わぬ誤解があったことに気づいたりするものです。
 以上、ご報告まで。

文献
Senzaki, M., Yamaura, Y. & Nakamura, F. 2017. Predicting off-site impacts on breeding success of the marsh harrier. The Journal of Wildlife Management, 81(6), 973-981.

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(仮称)苫東厚真風力発電事業計画への対応をめぐって(上)

武石全慈(鳥類保護委員会委員長)

1. はじめに
 日本鳥学会2021年度書面総会に議案として提出された「(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する事業中止要望書」は、有効表決者の方々の圧倒的多数の賛成を得て、2021年10月22日付で可決されました。この案件につきまして、それまでの経緯や現地視察、その後の記者発表の様子などについて、広報委員会から鳥学通信への寄稿を依頼されました。この要望書は環境影響評価方法書(2021年2月発行)の提示後の段階で決議されたもので、今後もこの案件については関わっていくことになりますので、ご参考までに備忘録も兼ねて記してみます。
 日本鳥学会からの他の風力発電事業案件に対する要望書については、これまでに鳥類保護委員長名で3件が発出されています。それらは、北海道北部地域(2017年7月)、岩手県北上高地(2017年7月)、秋田県由利本荘市沖(2020年2・3月)での事業に対するもので、関係する官庁(経済産業省・環境省)と自治体(北海道・岩手県・秋田県)に向けて発出されました(鳥類保護委員会ウェブサイト参照)。内容は、バードストライク、障壁影響による飛行経路変更、生息地放棄に関して、複数事業による累積的影響の観点も含めて、適切かつ十分な調査と予防原則に基づく評価を行ない、立地選定や事業規模の見直しも含めた影響の回避・低減策を講ずることや定量的な事後調査を実施するよう、事業者への指導を要望するものでした。
 これに対して、今回決議された要望書は、日本鳥学会長名で事業者のDaigasガスアンドパワーソリューション(株)に事業の中止を要望したもので、2021年11月25日付で発出され(郵送)、その写しは親会社の大阪ガス(株)、環境大臣、経済産業大臣、北海道知事、苫小牧市長、厚真町長にも郵送しました。鳥類保護委員会ウェブサイトには、重要種の繁殖位置を示す図を削除した形の要望書を掲載しています。

浜厚真湿地:2021年6月17日、厚真町浜厚真地区、武石撮影.jpg

写真1 計画地内の厚真町浜厚真地区の海岸部に広がる湿地 2021年6月17日 武石撮影

2. 配慮書段階
 本事業については、その計画段階環境配慮書の縦覧が2020年5月26日から開始されましたが(縦覧期間1ヶ月、意見書提出締切6月26日)、6月上旬までに鳥学会員2名から別々に鳥類保護委員長あてに、意見書提出の要望が寄せられました。本事業計画地内の砂丘の湿地では2017年にタンチョウが繁殖し、道央地区では貴重なタンチョウ繁殖地が風車建設により失われる恐れがあること、計画地とその隣接地にある湿地や草地にはチュウヒや他の希少鳥類が数多く生息すること、また周辺の牧草地や遊休地はウトナイ湖等に集結するハクチョウ類・ガン類の餌場であり大きな影響の発生が懸念されるなどの理由からでした。
 本事業は、事業実施想定区域が北海道厚真町及び苫小牧市の海岸部に位置し、単機出力3,400〜4,300kW(最大高145〜191m、ローター直径120〜142m)の風車を10基程度設置する陸上風力発電施設の建設計画で、総発電出力が最大38,000kWとなっています。風車の全ては厚真川河口付近の両岸の厚真町内に設置され、苫小牧市域には送電・変電設備だけが設置されます。風車設置区域は約332.1ha、それ以外は約232.6haを占めるとのことでした。
 配慮書では、重要鳥類に対して、「生息環境の変化に伴う影響が生じる可能性」と「施設の稼働に伴うバードストライク等の重大な環境影響を受ける可能性があると予測した」が、「事業実施想定区域を可能な限り絞り込む時点で重要野鳥生息地(IBA)及び生物多様性の保全の鍵になる重要な地域(KBA)を除外したことにより、現段階では、重大な影響が、実行可能な範囲内でできる限り回避、又は低減されていると評価する」としていました。
 これに対して鳥類保護委員会で検討した結果、計画の中止や再考を求める上では、配慮書に対する意見としてではなく、計画そのものに対する意見書という形で事業者に提出する方が妥当であろうと判断し、委員を中心に意見書を作成しました。その後、提出までに時間を要し、2020年11月1日付の鳥類保護委員長名で、風車の建設計画を中止も含めて全面的に再考するよう要望する「(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する意見書」を事業者へ郵送にて提出しました。

タンチョウ20210615苫小牧市弁天.jpg

写真2 計画地周辺の苫小牧市弁天で観察されたタンチョウ 2021年6月15日 武石撮影

3. 事業者との意見交換会
 この意見書には回答を要請する一文も含めていたところ、事業者から意見書の趣旨を確認したく意見交換を行いたい旨の申し出があり、2021年3月12日に鳥類保護委員6名と事業者・親会社・調査委託会社の4名とで、Zoomによる意見交換会を行ないました。この時点では、本事業のアセスメント過程は方法書の段階に移っていて、その縦覧期間と意見書提出期間(2021年2月1日~3月26日)の時期にあたっていて、事業計画の内容はいくらか変更されていました。
 方法書では、風車設置区域については、厚真川西岸側での「植生自然度が高いヨシ群落及び湿地環境」が除かれていて、東岸側では住宅周辺と海浜汀線部が除かれ、その面積が約332.1haから約150.4haへと半減していました。しかし、上記の意見書で指摘していた2017年にタンチョウが繁殖した東岸側海浜砂丘内のヨシ等の湿地帯全域は風車設置区域内に含まれたままでした。後述するように、この湿地帯では2021年に再びタンチョウの1つがいが繁殖してひな2羽を育てる事に成功しました(日本野鳥の会苫小牧支部報No.238)。なお、変電所・送電線等の用地は、約232.6haから約301.8haに増加していましたが、風車の規模は変更ありませんでした。
 3月12日の事業者側との意見交換会では、保護委員会側からは、意見書内容の繰り返しになりますが、(1)本事業計画地は、ラムサール条約登録湿地、IBAs、KBAに隣接し、環境省センシティビティマップのA3メッシュに含まれ、一体として希少鳥類を中心とした野生動植物の重要な生息・生育地となっていること、(2)計画地及び隣接地は、重要種のタンチョウ、チュウヒ、オジロワシ・オオワシ、ガン類・ハクチョウ類やオオジシギなどの草原性の鳥類種群によって、繁殖、越冬、渡り時の通過の際に利用されていることから、風車の設置・稼働がこれらに対して、繁殖地放棄、繁殖成功率低下、生息地放棄、バードストライクなどの影響を与えることが懸念され、中止も含めて再考するよう主張しました。また調査方法についても、渡りのピーク時期、気象条件、レーダーの導入、大型鳥類の個体別飛翔追跡などを考慮するよう要望しました。事業者側からは、配慮書、方法書へとアセスメント過程を進めているが、予定通りに事業を実施することを現時点では必ずしも決めてはいないので、調査の結果を得てから、その時点での状況も踏まえて、事業の実施について判断したいとのことでした。
(注)計画地内の海岸砂丘部の浜厚真で確認された鳥類リストについては、「浜厚真の鳥類〜浜厚真Bioblitz2021報告〜」を参照下さい。

オオジシギ20210617厚真町浜厚真.jpg

写真3 計画地内の厚真町浜厚真で観察されたオオジシギ 2021年6月17日 武石撮影

(続く)

※訂正(2022年3月28日更新)※
1)「3. 事業者との意見交換会」の1段落目において意見交換会の行われた時期について「縦覧期間(2021年2月1日~3月4日)は既に終わり、意見書提出期間(2021年2月1日~3月19日)の時期にあたっていて」と説明しておりましたが,正しくは「縦覧期間と意見書提出期間(2021年2月1日~3月26日)の時期にあたっていて」でしたので訂正いたしました。新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言の影響で、当初の公示期間が訂正した期間に変更になっていました。
2)「写真2」の説明で、撮影地が「計画地内の」となっておりましたが「計画地周辺の」に訂正いたしました。

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広報委員長交代のご挨拶

広報委員会 上沖正欣
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 森さやかさんより広報委員長を引き継ぎました上沖です。

 広報委員会は2000年(当時の名称はホームページ委員会)に発足し、既に20年以上が経ちました。先の退任挨拶で森さんが言及されていたように、ニューノーマル時代を迎え、インターネットを介した情報発信は益々その重要性を増してきています。今後も、広報委員会としての役割を粛々と果たしていきたいと考えております。特に、2005年から発行されている鳥学通信については、学会内外を繋ぐプラットフォームとしてより一層の充実を図っていく所存でございます。

 本年も鳥学通信をどうぞ宜しくお願い申し上げます。

※過去の鳥学通信はこちら
http://ornithology.jp/newsletter1.html

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写真は記事には関係ありませんが、おめでたい感じがする松に止まるキジ(2019年11月5日 佐渡)。

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