ポスター賞が変わります-参加資格の変更と賞の増設-

ポスター賞が変わります-参加資格の変更と賞の増設-

企画委員会 本多里奈

2016年の創設以来、毎年多くの方にご応募いただいているポスター賞。これまで、ポスター賞は30歳以下の若手会員を対象にしていましたが、昨今の研究情勢を鑑み、より多くの方の研究を奨励することを目的に、2025年度大会からポスター賞の参加資格を変更し、賞を増設することにいたしました。今回は、ポスター賞がどう変わったか、ポスター賞に応募する上で何を意識すればよいかを紹介します。

★参加資格:応募条件が緩和され、より多くのキャリア初期の研究者が応募可能となりました!
大会年の4月1日時点で、以下のいずれかの条件に当てはまる方がポスター賞に応募できます。
・30歳以下である
・博士号未取得で、学部学生、大学院生、研究生のいずれかとして大学に所属している
・博士号取得後3年以内である
昨年度までの条件ではポスター賞の対象になりづらかった社会人学生や再進学の方も応募が可能になっています。

★賞の増設:受賞のチャンスが倍になりました!
昨年度は「繁殖・生活史・個体群・群集・生物間相互作用」「行動・進化・形態・生理」「生態系管理/評価・保全・その他」の3部門で受賞者は各1名でしたが、今年から受賞者は各部門最大2名(最優秀賞・優秀賞)となります。

今回の変更を受けて、初めてポスター賞に応募する方もいるのではないでしょうか。ここで、ポスター賞の審査方法について見ていきましょう。ポスター賞は、毎年各部門数名の審査員が手分けして全ての応募発表に目を通しています。通常、一次審査と二次審査を行っており(大会スケジュールによっては二次審査を実施しない場合もあります)、一次審査では講演要旨とポスターをもとに「研究のオリジナリティ」「妥当性」「学術的・社会的な重要性」「研究テーマの将来性」「ポスターのわかりやすさ」をもとに受賞者候補を絞り込みます。二次審査では、絞り込んだ受賞候補者のプレゼンテーションを聞いて、一次審査と同じ審査項目に加えて「プレゼンテーションのわかりやすさ及び簡潔さ」にも注目して審査を行います。プレゼンテーションで、時間をかけてとりくんできた研究を全て伝えたい!という気持ちはとてもよく分かります。しかし、全てを伝えようとするとどうしても冗長になりがちです。説明の時間も長くなり、限りある審査時間の中で、審査員があなたの発表を最後まで聞ききれないという事態にもなりかねません。発表の際は、「研究の意義、方法、結果、考察、今後の展望」という研究のエッセンスを5分程度にまとめて話してみましょう。審査員だけでなく、より多くの人に発表を聞いてもらえることにも繋がります。

さて、応募資格の変更と賞の増設により、応募者が例年よりも増加することが予想されます。このような状況で、公正な審査を円滑に行うために、みなさんに気を付けてほしいことがあります。それは、申し込みです。まず、応募部門がご自身の研究にマッチしていなければ、正しく評価してもらうことはできません。また、申し込み時に不備があれば、そもそもポスター賞に応募できなくなる可能性もあります。私はそそっかしい質で、慌てているときにとんでもない凡ミスをしてしまうことが多々あります。みなさんにはそのようなことがないように、落ち着いて申し込みをしていただければと思います。そのときに一緒に意識してほしいことは、「講演要旨」が一次審査の対象に含まれているということです。講演要旨作成時には、是非以下の記事を参考にしていただければと思います。
https://ornithology.jp/newsletter/articles/633/

みなさんの情熱が詰まった研究を楽しみにしています。それでは、たくさんのご応募をお待ちしております!

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日本鳥学会誌74巻1号 注目論文 (エディターズチョイス) のお知らせ

日本鳥学会誌74巻1号 注目論文 (エディターズチョイス) のお知らせ

出口智広 (日本鳥学会誌編集委員長)

和文誌では毎号、編集委員の投票によって注目論文 (エディターズチョイス) を選び、発行直後からオープンアクセスにしています。74巻1号の注目論文をお知らせします。

著者: 吉川徹朗

タイトル: 植物の種子散布者としての鳥類:鳥類-植物間の相互作用が駆動する植物の生態, 進化動態

DOI: https://doi.org/10.3838/jjo.74.1

私が吉川さんと初めてお話ししたのは、たしか15年ほど前の大会時の懇親会?だったように思います。植物生態学の分野で世界的に有名な菊沢先生の指導を受けながら、植物の専門家として鳥を見るというお話を聞かせてもらい、鳥屋さんがちょっと植物をかじったのとは異なる、重厚な研究が展開される日を近い将来目にするのだろうと感じたことを、今も覚えています。
多くの方が感じていたでしょう、この予感はやはり的中し、2019年度の黒田賞に選ばれた吉川さんが、本総説という形で、みごと"結実”させてくれたことを、長く鳥学会に関わってきた一人として、とても嬉しく感じています。
本総説は、非常に幅広い視点からまとめられた内容で、どこを切り取っても大変勉強になるのですが、特に私がオススメしたいのは、海外誌であればレビュー論文のPerspectivesに相当する"課題と展望”です。様々なテクノロジーが進む中でも、研究の根幹をなす自然史知見を最重要に考えられてきた吉川さんの姿勢がひしひしと伝わってきます。
それでは以下、吉川さんからいただいた解説文です。

注目論文に選んでいただき、ありがとうございます。この総説は鳥類による種子散布に関する知見をまとめたものです。種子散布は動物・植物の双方の関わり合いを介して植物の空間移動がもたらされる魅力的な現象ですが、和文の新しい教科書や解説書が乏しい状況でした。黒田賞の受賞の総説を書くにあたって考えたのは、種子散布の基本から最新研究まで、その全体像を見渡すための手引きとなるものが書けたら、ということです。そんな気負いが仇となって、完成に大変時間がかかってしまいましたが、鳥類研究者だけでなく、植物生態に興味を持つ人にも読んでもらえるものになったのではないかと思います。昨年出版された「タネまく動物 体長150センチメートルのクマから1センチメートルのワラジムシまで」(小池伸介・北村俊平編集、文一総合出版)も、日本の多くの種子散布研究者がさまざまなトピックを紹介する書籍で、この分野の入門に最適です。併せて読んで、種子散布研究の道しるべとして活用してもらえたら、とても嬉しく思います。

(吉川徹朗)

写真1 ヘクソカズラの液果を食べるシチトウメジロ(写真:服部正道氏)

 

写真2 スイカズラの液果

 

写真3 シラカシの堅果

 

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2024年度日本鳥学会津戸基金助成シンポジウム開催報告

風間美穂(きしわだ自然資料館)

 

日本鳥学会津戸基金シンポジウム「大阪湾・海鳥っぷシンポジウム この鳥を見よ! 」が2024年12月7日に開催されました。多くの方にご参加いただきありがとうございました。

「大阪湾・海鳥っぷシンポジウム この鳥を見よ!」

開催目的:
都市近郊の海である大阪湾は、長年の埋め立てなどにより自然海岸が少なく、また、海に近づける場所が限られているため、自然観察を行う地域住民から「近いようで遠い海」と称されることもある。しかし、研究者や地域のバードウォッチャー、日本野鳥の会大阪支部や地域の自然史博物館によって、大阪湾内では多様な鳥類が記録されており、また、大阪湾と別の海域を行き来する鳥類も確認されている。
今回は、近いようで遠い海である、大阪湾の自然環境を、鳥の視点から考えるきっかけとするとともに、鳥類研究の最前線を学ぶ機会とする。また、翌12月8日は、岸和田漁港や阪南2区埋立地、木材コンビナートで見られる鳥の観察会を行い、実際の大阪湾の環境とそこで見られる鳥類を確認する。

開催:シンポジウム:2024年12月7日(土)
観察会:2024年12月8日(日)
会 場:岸和田市立公民館(12月7日)
阪南2区人工干潟・木材コンビナート・岸和田漁港(12月8日)
参加者数:44名(12月7日)、12名(12月8日)、合計 56名

主 催:岸和田市教育委員会郷土文化課 きしわだ自然資料館
担 当:きしわだ自然資料館 風間 美穂(日本鳥学会会員)
協 力:日本鳥学会(津戸基金)、船の科学館海の学びミュージアムサポート、合同会社 結creation

開催内容・要旨
第1部
大阪湾の海鳥を見よ(日本野鳥の会大阪支部長 納家仁氏)
瀬戸内海の東端に位置し、渡り性の水鳥の飛来コースのひとつとなっている大阪湾は外洋に面していないこと、又、府域には自然の海岸がほとんど残っていないことなど、海鳥が観察できる場所も限られる。外洋性の鳥の飛来は極めてまれであり、台風などによっての迷行記録が主で、保護されたり、落鳥するケースが多い。5~6月のハシボソミズナギドリや11月のオオミズナギドリの幼鳥の観察などの機会がまれにある程度である。今回は、主に大阪湾岸で見られるカモやカモメ、アジサシの仲間なども海鳥に含めて、合計41種を画像で紹介した。2023年9月に泉佐野市で救護したセンカクアホウドリの話題、大阪湾の海上での鳥類調査の結果や日本野鳥の会が取り組んでいる海洋プラスチックごみの問題、日本野鳥の会大阪支部が取り組んでいる大阪湾岸で干潟や湿地を取り戻す活動に触れ、岸和田貯木場を新たな干潟造成の候補地と考えていること、ネイチャーポジティブや30by30などにより生物多様性の損失を食い止め回復させることが大きな課題であることを紹介した。

目で追えない時はロガーで見よ(千葉県立中央博物館分館海の博物館研究員 平田和彦氏)
鳥の行動や生態を研究するうえで、直接じっくり観察することが最も大切なのは、今も昔も変わらない。しかし、どうしても目で追えないこともある。例えば、海鳥の潜水行動や、渡り鳥の移動を観察し続けるのは困難である。そこで役立つのがバイオロギングの技術である。研究の目的に応じて、位置情報や水圧や温度などを記録できるデータロガーを鳥類に装着して、個体レベルの行動を連続的に記録することができる。本講演では、バイオロギングの利点と欠点について概説したうえで、GPSデータロガーを用いて世界で初めてウミウの渡りを追跡した2羽の例を紹介した。このうち1羽は、本シンポジウムの会場からほど近い大阪湾を通過した。これまで大阪湾ではウミウは少ないと思っていた多くの参加者とこの新知見を共有する機会を持てたことで、これからは注意深く観察する人が増え、正確な飛来状況が解明されることが期待された。

ウミウも見よ・新海鳥ハンドブック増補改訂版も見よ(科学イラストレーター・新海鳥ハンドブック著者 箕輪義隆氏)
一般的にウミウは岩礁海岸、カワウは内陸の河川や湖沼、内湾を主な生息環境としており、千葉県では太平洋側の岩礁海岸にウミウ、東京湾沿岸にカワウが多く生息する。しかし、両種はしばしば同所的に見られ、カワウが優占する東京湾にも少数のウミウが渡来する。東京湾で見られるウミウの個体数は近年増加傾向にあり、特に湾奥部では普通に見られるようになってきた。また、2024年には人工物を利用した複数の集団塒が湾奥部で確認されている。
ウミウとカワウの生息状況を把握するためには正確な識別が不可欠であるが、両種の姿形はよく似ているため、混同されることも多い。また、遠距離や逆光などの悪条件では識別が一層難しくなる。2024年に出版された「新海鳥ハンドブック増補改訂版」には両種の識別点が詳述されているので、観察の際にはぜひ活用して頂きたい。

大阪湾の人工干潟・阪南2区人工干潟の鳥も見よ(きしわだ自然資料館 風間美穂)
阪南2区人工干潟は,大阪府岸和田市の沖合約1kmにある埋立地「阪南2区」内に造成された人工干潟(北干潟1ha,南干潟5.4ha)で, 2004年5月から毎月1回,ラインセンサス法およびスポットセンサス法による鳥類調査を継続して行っている.
調査では,2004年5月から2024年2月までの約20年間に30科89種の鳥類が確認され,2005年度から2023年度(2024年2月)までの期間に確認した鳥類はのべ60,622個体である. 近年は,公園で確認される鳥類が新たに確認されているが,これは干潟近隣の緑化がすすんでいるからと考えられる. その一方で,シギおよびチドリ類の飛来種数は覆砂事業が行われた2017年をピークに減少している.2023年夏は2008年以来15年ぶりとなるコアジサシの繁殖が確認され,2羽のヒナが巣立った.阪南2区人工干潟は小規模な干潟ではあるが,鳥たちの生息場所あるいは繁殖場所として利用されている.

第2部 質疑応答・シンポジウム
シンポジウムでは、大阪湾内ではあまり見られないとされているウミウについての質問や知見が多く出された。長年大阪の鳥を見ている方からは、大阪湾南部にある「友ヶ島」では、ウミウがよく見られるなどの情報提供があった。また、近年の大阪湾の埋め立て事業等の開発が鳥におよぼす影響なども話し合われた。


12月8日(日)海の鳥の観察会
午前9時より、マイクロバス1台をチャーターして、岸和田市周辺の大阪湾の海岸線の鳥を観察。人工干潟のある阪南2区ではスズガモの群れが見られると予測したものの、見られなかったが、カンムリカイツブリやセグロカモメ、また、ミサゴが魚をとり、食べている下で落ちた肉片を食べようと待ち構えるハシボソガラスなどが確認できた。そのほか、埋め立て中の土地から真水が噴き出しているのも確認。岸和田市の古老によると、埋め立て前の岸和田の海岸線は遠浅で、海の中を泳ぐと時々水が噴き出しているところがあり、そこでは貝類が豊富に見られたので、漁師は場所を把握し、保護していたとのこと。埋め立て事業が行われている現在でもなお、そのような場所があるのだと実感した。
次に、大阪府内最大の漁獲高を誇る岸和田漁港の船だまりでは、オオセグロカモメなどのカモメ類を確認のほか、オオバンなども見ることができた。
最後に、現在、埋め立てが予定されている、木材コンビナートに行くと、ハマシギの大群やダイゼンなどを確認することができた。埋め立て事業が推進されている大阪湾岸の現状を参加者には知ってもらえたと思う。

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【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(5)素晴らしきオーストラリア

片山直樹(農研機構 農業環境研究部門 農業生態系管理研究領域)
熊田那央(バードリサーチ嘱託研究員)

皆さま、こんにちは。オーストラリア生活についての連載ブログも、いよいよ最終回となります。そこで今回は、片山と熊田それぞれにとって、特に思い出に残った出来事をお話ししたいと思います。いつもより少しだけ長めですが、お付き合いいただければ幸いです。


片山にとって最も印象的だったのは、研究発表と水田視察のために、ニューサウスウェールズ州のリバリーナ(Riverina)という地域を訪れたことです。オーストラリアでも稲作は行われており、その生産量の9割以上をリバリーナとその周辺地域が担っています。ちなみに、オーストラリアで約百年前に初めて稲作を成功させたのは高須賀穣という日本人の方です。詳しくはこちら:https://www.sunricejapan.jp/takasuka.html

リバリーナはオーストラリアの東南に位置し、メルボルンから約450km内陸に向かった先にあります。私はメルボルン空港でレンタカーを借りると、丸一日のロードトリップをスタートさせました。オーストラリアはスピード違反に対して非常に厳しく、あちこちに自動撮影カメラが設置され、制限速度を数キロでも超えると数万円またはそれ以上の罰金となります。私は安全第一で、何度も休憩を挟みつつ運転しました。道中にはエミューがいて、旅に刺激を与えてくれました。夜8時を回ると日が沈みだしますが、同時にカンガルーなどの野生動物が活発になります。彼らが道路に飛び出してこないかどうか、さらに神経を使うことになります。無事に宿に到着した私は、疲れきってすぐに寝てしまいました。

道中にいたエミューたち
道中にいたエミューたち

翌日、私はMatthew Herring博士(以下、マシュー)と再会しました。リバリーナの日中は40度を超えることもあり、涼しくなる夕方に水田地帯を案内してもらいました。この地域の湿地や田んぼには、世界でも約三千個体しかいないとされるAustralasian Bitternが繁殖しています。マシューは、彼らの生態を研究し、保全のために稲作農家と様々な取組みを進めてきました。繁殖に適したタイミングの水張りや、畔の草を刈り残すなどの工夫をしています。彼はなんと、数百件以上の農家の連絡先を知っているそうです! 許可なく農道には入れないため、彼があらかじめ農家の方に電話をして許可を取ってくれました。

夕暮れ、マシューは私をある場所に案内してくれました。そこにはAustralasian Bitternに配慮した田んぼがありました。美しい夕焼け空の下、一羽が田んぼから頭部を少しだけ出して、ボォーっと鳴きました。マシューの論文でしか知らなかった鳥の姿と鳴き声を、この目と耳で感じることができました。こんな美しい光景を見せてくれたマシューと農家の方々に、私は何を返せばよいのだろうかと思いました。

この光景を一生忘れないでしょう
この光景を一生忘れないでしょう

マシューは、現地での研究発表を企画してくれました。リバリーナには、オーストラリアのお米を製造・販売する「SunRice社」のオフィスがあります。そこで講演する機会をいただき、セミナーを通じて社員の方や研究者の方と交流することができました。色々な質問をいただきましたが、特に印象的だったのは「人口が減り続ける日本で、米の生産と生物多様性保全をどうやって維持できるのか?」というものでした。耕作放棄地の湿地化など、いくつかの可能性はありますが、まだ断言できるようなエビデンスは少ないです。私は今後の宿題とさせてもらいつつ、一刻も早く研究を進めなければならないと感じました。

SunRice社で行ったハイブリッドセミナー
SunRice社で行ったハイブリッドセミナー

こうしてリバリーナでの日々は、あっという間に終わりました。私はマシューとハグをして別れを告げると、後ろ髪を引かれる思いで最寄りのグリフィス空港に向かいました。彼と過ごした三日間は、オーストラリアでもっとも思い出に残る日々になりました。

リバリーナには人工湿地もあり水鳥の楽園となっています
リバリーナには人工湿地もあり水鳥の楽園となっています

熊田からは旅先で見られて興奮した鳥3選と大学でのセミナー発表について紹介します。ブリスベンを離れてケアンズ、タスマニア、ラミントン国立公園など、様々な場所を訪れ10年分くらいの旅行を1年で行ってしまった気分ですが、どこも本当に行ってよかったです。11月に訪れたケアンズでは、せっかくだからと現地在住の松井さんにガイドをお願いして1日たっぷりと鳥見に連れて行ってもらいました。子連れであれこれお願いしたにもかかわらずさすがプロ、季節的に少し早いラケットシラオカワセミを始め、鳥のリクエストにもしっかり応えていただいた上に子供たちが喜ぶ場所もおさえて大変充実した鳥見ができました。ありがとうございました。ケアンズで特に印象に残ったのがヒクイドリです。松井さんと別れた翌日、教えてもらったポイントに向かう途中の道で電線に止まるモリショウビンを見つけて車を停めて見ていたところ木陰に動く影が。よく見るとそこに子連れのヒクイドリの雄がいました。縞々模様のヒナ二匹と親が木の実を啄むところを子供達とじっくりと見、その恐竜っぽさにみんなで大興奮しました。

しきりに赤い実をついばんでいました
しきりに赤い実をついばんでいました

タスマニアではどうしても見たい鳥がいました。ムナジロウです。オーストラリア南部だけに生息するこのウを、メルボルンで見ることが叶わなかった私は、タスマニアでなんとしても見なければと意気込んでいました。初日の浜辺でその願いはあっさり叶います。オーストラリアシロカツオドリやミナミオオセグロカモメが遠くを飛んでいくのを眺めていると、海にうかぶウのシルエット。あれは!と思い見ると白黒ボディに黒い顔、間違いありません。その時は距離も遠くほんの短い時間の邂逅となりましたが、翌日にのったクルーズツアーではじっくり見ることができました。風の強い日で舟は大変揺れ、酔い止めを忘れて双眼鏡を覗きすぎてもう船酔いでへろへろではありましたが、だからこそ糞で白くよごれた岩とそこに集う群れは大変印象に残っています。

オーストラリアで見られるウ類最後の1種でした
オーストラリアで見られるウ類最後の1種でした

最後はラミントン国立公園でみたアルバートコトドリです。オスのダンスと鳴き真似が有名な種ですが、私たちが行った2月はあまり活性が高くないようで声もたまに聞こえるぐらい。見るのは難しいかなと思いつつ諦めきれずにトレイルを歩きまわり続けていましたが、旅程の最終日についに見ることができました。なによりも嬉しかったのが最近急速に鳥に興味を持ち出した長女が、宿に飾ってある絵を見てこの鳥がみたい!と言い出し頑張って歩き回り探した鳥を一緒に見ることができたことです。朝の4時から歩き通しても空振りした日の翌日にも、あきらめずにまた早朝からついてくる姿にオーストラリア滞在での成長を感じました。

研究関連の話も1つ。片山さんが昨年5月に行っていたクイーンズランド大のセミナーで、私も2月に発表させていただきました。メインは福島第一原発事故での避難指示区域での鳥類相の変化に関しての紹介をさせていただきましたが、もちろんカワウへの愛もアピール。いまいち伝わったかはわからないですが……。自分の研究で来たわけではないとはいえ、せっかく関連したテーマの研究室なのだからともらった機会。なかなか準備の時間もとれず慣れない英語発表に四苦八苦し、と大変ではありましたが、普段と違う人に聞いてもらい、質問してもらうというのはやっぱり大事だなあとオーストラリアで忘れかけていた研究モードに久しぶりになれ、本当にありがたい時間でした。発表機会を提供してくれ、如何ともし難い質疑応答をフォローしてくれた天野さんをはじめ、準備の時間を少しでも増やそうと家事育児を代わってくれた片山さん、発表練習につきあってくれたピアーズさんとそのご家族、本当に皆さんに感謝です。

大学での研究発表の様子。もちろん勝負服(カワウTシャツ)着用。
大学での研究発表の様子。もちろん勝負服(カワウTシャツ)着用。

振り返ってみると、日本を離れる時には全く想像もしていなかった、たくさんの素晴らしい出来事がありました。美しい自然の中での、鳥たちとの出会い。そして何よりもうれしかったのは、多くの親切な人たちとの出会いです。道ばたで話しかけてくれた、日本好きのピアーズさん。彼のお母さんで、私たちにテニスを教えてくれたペニー。教会で出会ってから、何度も鳥見に連れて行ってくれたウォーウィックとウェンディ。オーストラリアの田んぼを案内してくれたマシュー。そして私たちの研究も生活もサポートしてくれた、天野さんとそのご家族。私たちがこんなにもオーストラリアを好きになったのは、間違いなく彼らのおかげです。日本に帰国してからも、彼らとの日々を思い出すたび、私たちはオーストラリアを恋しく思うでしょう。

もちろん見知らぬ土地での暮らしは、楽しいことばかりではありませんでした。子どもたちには、日本とは全く異なる環境で日本語も通じない中、苦労させてしまいました。最後までがんばってくれて、本当にありがとう。いつかこの日々が、あなたたちの人生の糧になりますように。みんなで過ごしたこの一年は、私たちの人生の宝物です。

最後までこのブログをご覧くださった皆様、鳥学通信担当の皆様、本当にありがとうございました。

 

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日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W08 鈴木孝夫と中西悟堂,鳥学会と日本野鳥の会の歴史を語る

日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W08 鈴木孝夫と中西悟堂,鳥学会と日本野鳥の会の歴史を語る

安西英明((公財)日本野鳥の会参与 E-mail: anzai[AT]wbsj.org)
川﨑晶子(立教大学)

※本文中の文字に下線が引いてあるものは、より詳しい説明のあるサイトなどにつながっています。クリックしてご覧ください。

1.開催の意図

鈴木孝夫(1926-2021)は世界的に知られている言語社会学者であるが,日本鳥学会の永年会員で,1950年代には黒田長久らとともに若手の鳥学研究グループを模索していたこともあった.小学生の時に日本野鳥の会創設者,中西悟堂(1895-1984)の『野鳥と共に』(1935)を読み中西宅に出向いた経歴を持ち,日本野鳥の会最古参会員を自慢にしていた.中西の思想を生活レベルで具現化し,1950年代から今でいうエコライフを始め,「買わずに拾う,捨てずに直す」をモットーにしていたため,没後,膨大な蔵書も捨てることなく活用できるようにと遺族,関係者で奔走している.

主催者は鈴木が所蔵していた鳥学会誌やさまざまな鳥関係の本をお預かりしているので,鳥学会大会の参加者に差し上げる機会にしたいと,本集会を企画した.また,会場に並べた書籍を参加者の興味関心に応じて引き取っていただく前に,鈴木と中西とともに,創設90周年となる日本野鳥の会(1934年創設)の歴史が日本鳥学会(1912年創設)とも関係していることを紹介した.

補助資料として,(1)日本鳥学会誌2021年70巻2号「紙碑 鳥好きで博学の自由人 鈴木孝夫を偲ぶ」(川﨑執筆),(2)日本野鳥の会会誌『野鳥』2024年7・8月号「中西悟堂が未来に示したもの」(原剛と安西の対談),(3)当日のパワーポイントの縮小印刷,を配布し,冒頭では,(公社)日本環境教育フォーラムがウェブで提供している環境教育ラジオ「私の本棚(第7回):日本の感性が世界を変える(鈴木)」で,安西が鈴木の著作とともに鈴木の師匠として中西を紹介したものを聞いていただいた.

集会当日(2024年9月13日)の様子:鈴木,中西の資料を前にして語る安西.(撮影:川﨑)

2.鈴木孝夫と中西悟堂

ある日の野鳥の会中央委員会(1955年12月,中西宅):戦後しばらくして委員会が出来,中西会長を支えるようになった.ここでは前列左に鈴木,後列左から3人目に黒田長久が写っている.(提供:小谷ハルノ.本稿で使用した小谷ハルノ氏提供のものは,中西が保管していた写真で,中西の長女小谷ハルノ氏から安西が一式を預かっている.)

鈴木は慶應義塾大学名誉教授であり,同大言語文化研究所に所属,欧米の大学や研究所で客員教授等も歴任し,多くの著書を残した.岩波新書『ことばと文化』(1973)は増版を重ね,その後の著書でも,既存の学問の枠に収まらない独自の視点で,言語や文化から生態系の構成員である人のあり方まで,示唆に富む発信を続けた.広い見聞と見識を持つ一方で,観察から発見する法則,鳥瞰図的ものの見方などは,幼少から野鳥に親しみ観察を続けて来た経験があるからこそであろう.

明治神宮70周年記念探鳥会(2017年4月)での鈴木:戦前から中西を手伝っていた鈴木は,戦後初の定例探鳥会となる明治神宮探鳥会でも指導役だった.(撮影:蒲谷剛彦)

鈴木は,中西が1939年に若手鳥学者育成のためにつくった研究部に所属,後に「それまでいわゆる公侯伯子男がするものだった鳥の研究に一般人が関わる契機となった」と評している.その著書『世界を人間の目だけで見るのはもうやめよう』(2019)でもわかるように,中西が早くから主張していた人間中心の物質文明の繁栄が人や自然に及ぼす悪影響について,鈴木は追求し続けた.晩年は自らの学問を言語生態学的文明論と呼び,2017年,日本野鳥の会連携団体総会の基調講演「最古参会員の提言」では「野鳥や自然を守るためにも,資源やエネルギーの消費が少なくても幸せになれる道を選択したい」と述べている.

鈴木の最近の著作例:『鈴木孝夫の曼荼羅的世界』(2015,冨山房インターナショナル),『日本の感性が世界を変える』(2014,新潮選書),『世界を人間の目だけで見るのはもう止めよう』(2019,冨山房インターナショナル).(撮影:川﨑)

中西悟堂は僧侶,詩人,歌人,思想家でもあるが,「野鳥の父」とも呼ばれ,鳥は捕って食べる,飼うが当たり前だった1934年に「野の鳥は野に」と日本野鳥の会を創設,会誌『野鳥』を創刊,科学と芸術の融合を目指して文化運動として発展させ,自然保護運動の主軸にもなっていく.その原点は中西自身が『野鳥』誌にも書いていたように日本古来の自然観,自然「じねん」である.ヒューマン(human)と区別されるネイチャー(nature)は自然「じねん」と同義ではなく,「じねん」は「おのづからしかり,あるがまま」という意味で,そこには人も含まれ,生かされているというもので,共存,共生の思想に通じるものであり,生物多様性条約においては2050年ビジョンに反映されている.

「中西悟堂:砧の自宅にて」:八ヶ岳野鳥村悟堂山荘への小谷ハルノ氏寄贈写真額.(撮影:川﨑)

補足資料:
1.紙碑 中西悟堂氏 鳥 33(4) 129-131,1985.
2.NHK映像ファイル あの人に会いたい 中西悟堂,1978,1976年の番組を再構成し2004年制作.
3.すぎなみ学倶楽部 ゆかりの人々 中西悟堂さん,東京都杉並区区民参加型ウェブサイト,西村眞一,2014.

3.日本鳥学会の重鎮の野鳥の会への貢献

日本野鳥の会は中西が私財を投じ,自身の健康や家族をも犠牲にしていた側面もあるが,多くの協力者,支援者がいたからこそ文化運動として広がり,戦後の復興までも成し得たと言える.ここでは鳥学会で重鎮とされる方々がどのような支援,協力をしてきたか,会頭を務めた故人に絞って,事例を記しておく.

(※各氏名リンク先は「日本鳥学会100周年記念特別号」PDFの各歴代会長のページにリンクされています)

1)内田清之助(1884-1976,鳥学会3代会頭,在任期間:1946-47)

中西の思想や生き様に感銘した竹友藻風が,柳田國男らとともに中西に鳥の雑誌の創刊を勧めていた1933年,中西が相談に出向いたのが鳥学会の大御所と言われていた内田で,「学者の書くものは普及性がないので,文壇,画壇の人を通じて一般人に鳥の保護を訴えるには格好の企画である」と賛成し,野鳥の会の発起人,賛助員になり,会の運営,支部の設立にも関わり,経済的な支援もした.

野鳥の会初期の談話会(5周年記念とのメモがあることから1939年):後列左から柳田國男,内田清之助,鷹司信輔,黒田長禮,清棲幸保.前列の右が中西,その左二人目中央が山階芳麿.他は画壇,文壇の重鎮たちなど.(提供:小谷ハルノ)

2)鷹司信輔(1889-1959,鳥学会2代会頭,在任期間:1922-46)

「鳥の公爵」と呼ばれ,野鳥の会創設時は賛助員で,1934年3月,最初の座談会にも参加した.1936年には内田と共に関西支部設立を手伝う.戦後,明治神宮宮司となり,野鳥の会のために内苑を開放したことが,現在も続く明治神宮探鳥会の契機となった.

京都での「野鳥の会講演会」(1936年)檀上の鷹司:関西支部(後の京都支部)設立に至った会で,司会は中西,垂幕には登壇者として柳田國男,新村出,川村多実二,内田清之助らの名も見える. (提供:小谷ハルノ)

3)山階芳麿(1900-1989,鳥学会5代会頭,在任期間:1963-70)

野鳥の会創設時の賛助員で,最初の座談会では「…保護というものは法律とか理屈ではいかぬ.どうしてもやはり鳥を愛するという情操の方面から行かなければ…」などと野鳥の会への支持を述べた.『野鳥』誌には創刊号から度々執筆し,前述した野鳥の会の研究部に協力,支援を続けた.1950年代から日本鳥類保護連盟会長(初代は前述の鷹司)で,同連盟で評議員,副会長,専務理事を務めた中西と共に,かすみ網や空気銃の問題,鳥獣保護法の成立や後述する初の国際会議などに取り組んだ.

なお,日本野鳥の会の事務所は中西宅などを転々としたが,1956年に山階鳥類研究所の一画に机と電話を設置したのが初の本格的な事務所である(鳥学会も1947-75年は事務局を山階鳥類研究所としていた).

山階邸での野鳥の会研究部の会合(1942年):前列中央に山階が座り,右端に中西が立っており,鈴木ら当時の若手達は左手から後方に並んでいる.(提供:小谷ハルノ)
能登のトキ調査(1959年,眉丈山)での中西(左)と山階(右隣の帽子の人):山階の右側は,現在,日本中国朱鷺保護協会名誉会長,石川県トキスーパーバイザーの村本義雄氏(百寿).その右は当時の日本野鳥の会石川支部長,熊野正雄,ベレー帽は高野伸二(当時は山階鳥類研究所所属).(提供:小谷ハルノ)

4)黒田長禮(1889-1976,鳥学会4代会頭,在任期間:1947-63)

「鳥学の父」とも呼ばれ,野鳥の会創設時の賛助員で,最初の座談会にも参加し,『野鳥』誌にも度々寄稿した.葬儀では中西が弔辞を述べている.

初の探鳥会(1934年6月)に続く大規模な行事「鳥に就いて物を聴く会」(同年11月,東京府多摩丘陵百草園にて):前列右端膝立ちが中西でその後ろは尾崎喜八,右端は山下新太郎.後列,左から奥村博史,清棲幸保,北原白秋,山田孝,黒田長禮,松山資郎,山階芳麿,2人おいて鷹司信輔.(提供:小谷ハルノ)

5)黒田長久(1916-2009,鳥学会6代,8代会頭,在任期間:1970-75,1981-90)

父は上記の長禮.日本野鳥の会会長(在任期間:1990-2001)を務めた.

黒田長久 『野鳥』1996年1月号,会長の「新年のごあいさつ」より.(提供:日本野鳥の会)

6)中村 司(1926-2018,鳥学会9代会頭,在任期間:1990-91)

父は中西が野外鳥学四天王と呼んだ一人,中村幸雄(他三人は川村多実二,榎本佳樹,川口孫治郎)で,日本野鳥の会では甲府支部長のほか,財団の理事や名誉顧問も務めた.

中村司(左)と現日本野鳥の会会長上田恵介:『野鳥』2015年12月号より(提供:日本野鳥の会)

補足資料:紙碑 中村司先生を偲ぶ 日本鳥学会誌 68(1) 128-129, 2019

上記の会頭の他,清棲幸保(1901-1975),橘川次郎(1929-2016),山岸哲(11代会長),藤巻裕蔵(12代会長),樋口広芳(13代会長),上田恵介(16代会長)などの方々の野鳥の会への貢献も紹介した.

4.鳥学会の戦後復興,『野鳥』誌での学会の記事

1960年の『野鳥』25周年記念号では,黒田長禮が研究史の総括「過去二十五年の学界の歩み」を書いた中で1945年の鷹司家や黒田家の空襲による被害に触れているが,終戦後,中西は山階から「学会が機関紙『鳥』を発行してゆける経済的基盤を作って欲しい」と頼まれ,「こんどはこちらがお手伝いせねば」と苦手な金策に奔走した(中西は鳥学会から1953年,54年に表彰されている).

戦前から戦後しばらくの『野鳥』誌には鳥学会の動静,報告,行事の紹介などがしばしば掲載されている.前述した『野鳥』25周年記念号では内田清之助の「日本野鳥の会発祥のころ」に続く「学界25年の諸相」という括りで,黒田長禮の「過去二十五年の学界の歩み」,以後,川村多実二,山階芳麿などが書いている.その後「鳥界将来への問題」という括りでは黒田長久「鳥学将来の動向」に始まり,蝋山朋雄「野外鳥類学とは」,浦本昌記「日本鳥学の将来とアマチュア」,橘川次郎「鳥学今後の問題点」,山階芳麿「鳥類保護の将来」まで,現在に通じる議論が綴られている.

5.アジア初の国際会議

1960年に山階芳麿(日本鳥類保護連盟),黒田長禮(日本鳥学会),中西(日本野鳥の会)を代表に,鳥関係の国際会議としてはアジア初となる第12回国際鳥類保護会議(ICBP)が東京で開催された.アジア地域の協力体制についても話し合われ,トキを国際保護鳥に加えるなどした.当時の日本側の分担表には鈴木の名もあり,得意な語学力を使って参加者の家族の世話を担当していたようである.この会議を成し得たことが日本野鳥の会ではその後のアジア各国との連携,国際条約のシンポジウム開催などの国際活動に繋がり,鳥学会としても2014年のIOC(第26回国際鳥類学会議)の誘致,成功に至った原点と言えるのではないだろうか.

ICBP国際鳥類保護会議(1960年)参加者の記念写真:前列右に山階芳麿,黒田長禮(右端)が座っており,中西は中央後ろで立っている.(提供:小谷ハルノ)
ICBPのエクスカーションで解説をしている中西:写真裏に「碓氷峠の見晴台でカナダのロイド氏一家に妙義山の成因を説明する」などのメモ.(提供:小谷ハルノ)

6.まとめ

本集会では上記のような歴史の紹介に続き,質疑の後,まとめとして安西は「未来を見据えるために現在を知るには,過去を知ることも必要.少なくとも私は先達の尽力の延長に自分の仕事があることを自覚でき,先達の想いなどを引き継いでいく責任や誇りを励みにすることができた」,川﨑は「鳥学の発展および鳥類保護への学術的貢献とされる鳥学会の目的に鑑みても,人と鳥の関わりや文化,思想,歴史的な研究にも期待したい」と述べた.会場に並べた数十冊の鈴木蔵書のほとんどは「鈴木の意思を継いで活用いただきたい」とお願いして,参加者に差し上げることができたが,鳥学会誌や鳥学通信などはバラでなく,一括での引き取り手を探すことにした.

本稿をまとめるにあたり,「日本鳥学会100年の歴史」(日本鳥学会誌61巻,2002),及び,日本野鳥の会会誌『野鳥』の主に初期のもの,25周年特集号(1960年3-6月号),80周年記念号(2014年4月号)などを参考にした.

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W01 切っても切れない古生物学と鳥類学
〜古生物学者が見ている鳥の世界〜

青塚圭一(立教大学・東京大学総合研究博物館
E-mail: 5575391@rikkyo.ac.jp)
石川弘樹(東京大学総合研究博物館)
宇野友里花(東京大学)
多田誠之郎(福井県立大学)

1996年以降,羽毛の痕跡を持つ恐竜化石が相次いで発見されたことにより,恐竜と鳥類が極めて近い関係であることが明らかになった.今日では鳥類が恐竜から進化したとする学説は揺らぎのないものとして,広く知られるようになっている.しかしながら,恐竜が羽毛を持っただけで鳥類になるわけではない.恐竜から現生鳥類に至るまでの間には骨格形態はもちろん,機能的構造や生理面を含めた進化も起こっていたはずである.

この疑問を明らかにするために古生物学分野では日夜,様々な手法で研究を行なっているが,化石記録だけからそれらの疑問を説くことは不可能である.そのため,恐竜の直系の子孫である現生鳥類の生態,行動を理解することは古生物学的な疑問を解く上で欠かせないものであり,鳥類研究者と足並みを揃えて研究を行うことは,学際的な発展をもたらすものになると確信している.

そこで本集会は恐竜から鳥類への進化に関する古生物学研究の事例紹介をすると共に,鳥類研究の視点を含めた学際的研究の必要性を説くことを目的として企画した.本集会では趣旨説明を行った後,前半で中生代の鳥類に関する概要と古生物学研究における“鳥類”の定義に関する講演を行い,後半は演者自身の研究結果に基づいて,鳥類の翼を構成する前翼膜の進化に関する研究と,鼻腔構造から推察する恐竜の生理機能を推定した研究の紹介を行った.


中生代の鳥類の多様性

青塚圭一

中生代の鳥類というと始祖鳥が“最古の鳥類”として知られているものの,その他の鳥類の存在は一般的にあまり知られていない.しかし,これまでの化石記録から少なくとも白亜紀には鳥類の多様化が起こっていたことが明らかになっている.そこで,本発表では中生代の鳥類の種類や骨格的特徴について紹介を行った.

中生代に繁栄した鳥類には基盤的なものから順に孔子鳥,エナンティオルニス類,真鳥類などが代表的なものとして知られている.これらの鳥類化石はその骨格的特徴から現生鳥類とは異なる分類群のものとして扱われており,初めは長かった尻尾の骨が癒合して尾端骨を形成し,飛翔に向けた胸帯の発達,翼を構成する前肢の発達,そして大きな竜骨突起の形成へと徐々に現生鳥類と共通する骨格構造を進化させてきたものと考えられている.これらの鳥類の化石は世界中から報告されており,陸上性,潜水性のものも含まれていることから,中生代において鳥類は既に繁栄していたことが明らかである(図1).

図1

しかし,化石として残るのは骨の一部のみということが殆どであり,その生態の復元は極めて難しい.このため,化石として残されている骨格構造を現生鳥類のものと比較し,その骨格的類似に基づき,行動や生態を推定するというのが一般的である.その研究例の1つとして,白亜紀の潜水鳥類であるヘスペロルニスの水掻きがアビのような蹼足であったのか,カイツブリのような弁足であったのかについて足根中足骨の特徴に基づき推定した研究内容を紹介した.

昨今の鳥類進化の研究の大きな疑問として,現生鳥類のグループ(新鳥類:Neornithes)がいつ出現したのか?ということが挙げられる.現在のところ新鳥類は白亜紀末期には出現していたことを示す化石が知られているが,なぜこのグループだけが恐竜を滅ぼした大量絶滅事件を生き残れたのかについては大きな謎であり,今後の更なる研究が必要であると言える.

 

中生代の鳥類と現在の鳥類は同じ鳥?

石川弘樹

我々は日常的に「鳥類」という言葉を使っているが,実はその定義や範囲は様々である.“現在”という1つの時間面にのみ言及している限りは問題にならないが,長い進化の歴史を辿っていくうえでは混乱のもとになる.そこで,本講演では「鳥類」の定義を題材に,系統的な分類群の定義法や「鳥類」的な特徴の獲得の歴史を紹介した.

系統的な分類群の定義には主に2つの方法がある.1つは,特定の分類群との系統関係に基づくもので,たとえばイエスズメとトリケラトプスの最終共通祖先を基準に「恐竜類」を定義する意見がある.「鳥類」の場合,ドロマエオサウルス類やアーケオプテリクス(始祖鳥)などを基準に定義したものを「アヴィアラエ類(Avialae)」,現生鳥類のみを基準に定義したものを「新鳥類(Neornithes)」と呼ぶ.基本的には,中生代の「鳥類」はアヴィアラエ類を,新生代の「鳥類」は新鳥類を指す.しかし,化石種は系統関係が不確定な場合も多く,アヴィアラエ類では系統仮説によって「鳥類」の範囲が大きく変わってしまうこと,現在では始祖鳥は必ずしも最古の「鳥類」とは見なされていないこと,あくまで系統的な定義であるため初期の「鳥類」がどの程度「鳥類」的だったかには注意が必要なことなどを紹介した(図2).

図2

分類群は特定の派生形質によっても定義でき,例としては「伸長した薬指」による「翼竜類」の定義などがある.鳥を鳥たらしめる特徴として羽毛や翼が考えられるが,これらの特徴は化石にはほとんど残らない.しかし,例外的に保存状態の良い化石の発見により,羽毛のような繊維状の構造が多くの恐竜類(ひょっとすると翼竜類)にも見られることが判明し,現生鳥類の羽毛の相同物がどこまで遡れるのかは議論が続いている.翼に関しても同様だが,少なくともマニラプトル類の一部の化石では翼状の構造が確認できる.

現生種だけ見ていれば「何が鳥か?」と迷うことはないだろう.しかし,鳥類らしい特徴が化石に残りにくかったり,連続的に変化していたりするせいで,誰もが納得する形で明確な指標を持って「鳥類」を定義付けることが難しいのが現状である.

 

恐竜はどのようにして翼を持ったのか?

宇野友里花

本講演では鳥類を特徴づける行動の1つである“飛翔”に関係する軟組織を化石の姿勢から推測した研究事例の紹介を行った.

鳥類は翼を羽ばたかせることで飛行時に揚力と推進力を得ているが,現生鳥類の翼の前縁を見てみると「前翼膜」と呼ばれる,肩から手首まで伸びる膜状構造が存在している.この前翼膜は羽ばたきの際,揚力を生み出す役割を果たしており,肘と手首の連動もサポートし,飛行において重要な役割を担っている.これまでの化石の研究から,現生の鳥類の翼を特徴づける多くの形質(例えば,前肢の指が3本であること,手首の骨や中手骨が癒合していること,風切羽を持つことなど)は,恐竜の段階で獲得されていたことがわかっているが,軟組織である前翼膜は化石として保存されにくいため,恐竜から鳥類への進化の過程でこの構造がいつ獲得されたものなのかは明らかになっていなかった.

図3

そこで,前翼膜が肘の角度を制限する構造であることに着目し,前翼膜を持つ鳥類では,肘が大きく伸びて化石化することはないと予想した.そして,新生代の爬虫類と鳥類の化石を調べ,肘関節の角度を測定し比較したところ,鳥類化石では,肘が優位に小さい角度で保存されていることがわかった.さらに恐竜化石の肘の角度を測定したところ,鳥類に近縁なグループになるほど化石として保存されている肘関節の角度が小さくなっており,特にマニラプトル類では,現生鳥類と同様の肘の角度が保存されていることが明らかになった.マニラプトル類は鳥に近縁な恐竜ではあるが,しばしば爪を使って狩りをしていたと考えられる陸上性の肉食恐竜である.つまり,現在の鳥の飛行において重要な役割をもつ前翼膜もまた,鳥の飛行の起源よりも前の恐竜の段階で獲得されていたと考えられるのである(図3).

 

恐竜の代謝能力は鳥か?爬虫類か?

多田誠之郎

一般的に爬虫類は外温動物であるのに対し,鳥類は内温動物である.恐竜は爬虫類であるが鳥類へと進化したとすれば,代謝に関わる生理機能の進化を伴っていたはずである.そこで,鳥類の祖先である恐竜類の代謝状態を推定するために,内温性の鳥類・哺乳類が独立に獲得した呼吸鼻甲介と呼ばれる構造についての研究を紹介した.

呼吸鼻甲介は,鼻腔内に突出する渦巻き状の突起構造であり,鼻腔の表面積を大きくして熱交換効率を上げることで,内温動物が持つ大きな脳の温度維持に役立っていると考えられている.今回紹介した研究においても,内温動物が本構造を鼻腔内に包含することで,外温動物よりも大きな鼻腔サイズを持つことを示した.また,このパラメータに基づき非鳥類恐竜類に注目してみると,鼻腔サイズは現生鳥類ほど大きくなっておらず,鳥類程度に発達した脳の熱交換機能は有していなかったことが明らかになった(図4).

図4

代謝状態を含む生理学的特性を化石記録から直接明らかにするには難しい点が多いが,それらを形態の変化にすりかえてアプローチする方法は古生物学特有のものであるため,研究紹介を交えて本自由集会で紹介した.


4つの講演を終えた後,最後に総合討論として参加者との意見交換の時間を設けた.その中で,鳥類の骨学的進化や古生物研究に関する大変好意的な意見を頂くことができ,本集会で意図したことを参加者に伝えることができたと実感している.上述の通り,化石から読み解ける情報は過去の生物の残した証拠の一部に過ぎず,まだまだ検討の余地を多分に残しているというのが実情である.しかし,鳥類の遺体資料や行動データは外部形態や生態,行動の見えない古生物学研究にとって非常に意義のある情報をもたらせるものであり,鳥類研究者と共同で研究を行う機会を設けることは,双方にとって新たな知見を生み出す可能性を秘めている.本集会を機に今後,学際的な研究の発展に繋がっていくことを大いに期待したい.

(注:本記事に掲載されている図の著作権は各作者に帰属します。無断使用・転載を禁じます。)

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Ornithological Science 24巻1号が発行されました

Ornithological Science編集委員長 上野裕介

日本鳥学会会員の皆さま

日ごろから本誌の編集業務にご協力をいただき、誠にありがとうございます。
このたび、Ornithological Science 24巻1号が発行されました。
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/osj/-char/ja

ノゴマ
ノゴマに専用のプライヤーを用いて金属足環を装着する様子

今号は「標識調査」の特集論文8報を含め、計14本の論文が掲載されています。
ぜひ、ご覧ください。

引き続き、皆様からのご投稿をお待ちしております。

※ご注意:Ornithological Science誌は、昨年からオンラインジャーナルとなり、冊子体が廃止となっています。


SPECIAL FEATURE

One hundred years of bird banding in Japan
Taku Mizuta

Apparent annual survival rates of male Ryukyu Scops Owls on eight islands in the Ryukyu Archipelago
Masaoki TAKAGI, Akira SAWADA

Interspecific and individual differences in the tongue spots of three grasshopper warbler species in Hokkaido, Japan
Masaoki TAKAGI, Miho IWASAKI, So SHIRAIWA, Shohei FURUMAKI

Geographic variation in body size of Black-headed Gull Chroicocephalus ridibundus
Hiroshi ARIMA, Hisashi SUGAWA, Yusuke SAWA

Constant-effort mist net bird monitoring during the breeding season in a lowland deciduous forest in western Hokkaido, Japan
Noritomo KAWAJI, Shin MATSUI, Takayuki KAWAHARA, Tatsuya NAKADA

Survival and movement of the endangered Amami Woodcock Scolopax mira revealed through banding on Amami-Oshima Island
Hisahiro TORIKAI, Hidemi KAWAGUCHI, Taku MIZUTA

Variation in seasonal movement and body size of wintering populations of Black-headed Gull in Japan
Yusuke SAWA, Hisashi SUGAWA, Takeshi WADA, Tatsuo SATO, Hiroshi ARIMA, Norie YOMODA, Isao NISHIUMI

Knowledge gaps remaining in the spatial analysis of bird banding data: A review, focusing on use of Japanese data
Daisuke AOKI, Mariko SENDA

ORIGINAL ARTICLE

Non-native Red-billed Blue Magpie Urocissa erythrorhyncha expanded into lowland areas with moderate forest cover, with no significant impact on native common bird occupancy, in Shikoku, southern Japan
Hirohito MATSUDA, Kazuhiro KAWAMURA, Motoki HIGA, Shigeho SATO, Hitoshi TANIOKA, Yuichi YAMAURA

Inter-annual, seasonal, and sex differences in the diet of a surface feeding seabird, Streaked Shearwater Calonectris leucomelas, breeding in the Sea of Japan
Chamitha DE ALWIS, Ken YODA, Yutaka WATANUKI, Akinori TAKAHASHI, Kenichi WATANABE, Satoshi IMURA, Maki YAMAMOTO

Habitat Selection by Chestnut-cheeked Starling during the Breeding Season in the Northern Tohoku Region
Ryutaro OIZUMI, Koharu IKEDA, Takashi KUNISAKI, Kiyoshi YAMAUCHI

Effects of microplastics on seabird chicks: an experiment using pellets with and without chemical additives
Koki SHIGEISHI, Rei YAMASHITA, Kosuke TANAKA, Mami KAZAMA, Naya SENA, Hideshige TAKADA, Yoshinori IKENAKA, Mayumi ISHIZUKA, Shiho KOYAMA, Ken YODA, Yutaka WATANUKI

The Coloration of the neck feathers of Large-billed Crows and Carrion Crows―The color variation observed in Large-billed Crows―
Chinami MANIWA, Nathan HAGEN, Yukitoshi OTANI, Amy OBARA, Masato AOYAMA

Baikal Teal Sibirionetta formosa wintering in South Korea use three distinct spring migration routes
Hyung-Kyu NAM, Ji-Yeon LEE, Jae-Woong HWANG, In-Ki KWON, Seung-Gu KANG, Hwa-Jung KIM, Yu-Seong CHOI, Wee-Heang HUR, Jin-Young PARK, Hyun-Jong KIL, Dong-Won KIM

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日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W09 野鳥観察をとりまく現状と課題 2024年大会versionサブタイトル『エコツーリズムと鳥類の保全』

日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W09 野鳥観察をとりまく現状と課題 2024年大会versionサブタイトル『エコツーリズムと鳥類の保全』

板谷浩男(日本気象協会)
富岡辰先(公益財団法人日本野鳥の会)
中原一成(環境省自然環境局国立公園課 国立公園利用推進室)
早矢仕有子(北海学園大学)
須藤明子(株式会社イーグレット・オフィス)
菊地直樹(金沢大学)
守屋年史(バードリサーチ)

 昨年度大会で野鳥観察をとりまく現状と課題というタイトルで自由集会を開催した.野生生物などの観光資源の利用は地方において経済的に期待が高まっていた.一方で,撮影や観察が鳥類の生息に負の影響を与えている可能性が示唆されていた.今年は,「エコツーリズムと鳥類の保全」を課題とし,4人のスピーカーから話題提供を経て,総合討論では社会的な観点も含めた議論を実施した.

 

野鳥の会が実施したアンケート調査結果報告
板谷浩男(日本気象協会)・富岡辰先(公益財団法人日本野鳥の会)

 エコツーリズムや地域による資源利用として,鳥取県のキャンプ場で利用客を集客している事例を紹介した.この事例では,フクロウの巣箱を設置し,巣箱をライトトラップすることで利用客を呼び寄せているが,これのことを問題提起として紹介した.また,(公財)日本野鳥の会普及室による2023年のマナー問題事例の報告をおこなった.問題事例は,12の支部・連携団体からの延べ31件であった.問題報告の内容としては,音声による誘引や営巣放棄等,鳥に対する問題は7件,三脚による一般の方への交通妨害,多数の自動車による交通障害やマナー違反を注意した人とのトラブル等,人に対する問題は16件,両方に関わるものが3件だった.その他としては,小川を堰き止め水場を作ったり,小屋を設置したり,枝を折る,止まり木を設置する等の環境改変が4件あった.問題を起こしている人は,カメラマンが22件,観察者が1件,両方が4件と,圧倒的にカメラマンの問題が多くなっていた.

 

自然環境保全と地域経済活性化の両立を目指して
中原一成(環境省自然環境局国立公園課 国立公園利用推進室)

 国立公園における保護と利用の好循環,エコツーリズム政策概要,アウトドアガイド事業者向けの「国立公園における自然体験コンテンツガイドライン」,ガイド育成事業,米国のアドベンチャートラベル(AT)事業社のサステナビリティへの取組等を紹介し,自然環境保全と地域経済向上の両立を考察した.
 国立公園における保護と利用の好循環として,2016年より環境省が取り組む国立公園満喫プロジェクトを紹介した.本プロジェクトは,日本の国立公園のブランド力を高め,国内外の誘客を促進し,利用者数だけでなく,滞在時間を延ばし,自然を満喫できる上質なツーリズムを実現させるものである.また,地域の様々な主体が協働し,地域の経済社会を活性化させ,自然環境の保全へ再投資される好循環を生み出すことを目指している.これまで,受け入れ環境の磨き上げとして,景観改善,廃屋撤去,公共施設へのカフェ等導入,自然体験コンテンツの充実等を図っている.さらに,国内外へのプロモーションを,日本政府観光局サイト内国立公園一括情報サイト,国立公園公式SNS及びウェブサイト,国立公園オフィシャルパートナーシップ等民間企業との連携を通して実施している.令和3年の自然公園法の一部改正では,地域主体の自然体験アクティビティ促進の法定化・手続きの簡素化として,地域協議会が自然体験活動促進計画を作成できるようになった点等についても共有した.
 エコツーリズム政策概要では,エコツーリズム推進法,エコツーリズム推進全体構想,エコツーリズム推進単体構想認定地域について,説明した.また,特定自然観光資源の指定による立入り制限制度の事例として,阿寒摩周国立公園内のアトサヌプリ(硫黄山),西表石垣国立公園内の西表島を紹介した.アトサヌプリでは,人数制限(年間5万人以内,1日130人以内)を導入し,また,認定ガイド同行が条件,参加料金は13,000円~/人となっており,保護と利用の好循環事例とも言える.
 国立公園における自然体験コンテンツガイドラインは,全国の国立公園で提供される様々なコンテンツ(アクティビティや体験など)について,コンテンツを提供する事業者自らが「コンテンツ造成」,「安全対策・危機管理」,「環境への貢献・持続可能性」の3つの観点から,その質を確認することができるガイドラインとなっている.環境省では,多くの事業者の皆様に本ガイドラインの主旨をご理解いただき,より質の高い国立公園ならではのコンテンツの提供ができるように,国立公園のさらなる活性化を皆さんとともに進めていきたいと考えている.
 ガイド育成事業として,令和6年度自然を活かす上質なツーリズム人材育成・地域作り支援事業による研修を紹介した.本研修は,地域社会の持続的発展を目的として,自然を活かし,社会や経済の課題も同時に解決するような“地域が元気になる”上質なツーリズムの実現を目指す人材育成と地域作りを支援するものとなっている.
 最後に,米国のAT事業者のサステナビリティへの取組について,カリフォルニアを拠点とするリバーアウトフィッターである,OARSの取組等を紹介した.OARSは2000年にフィジーのUpper Navua River 周辺に自然環境保全地域を設立した.地域の土地所有者,村,企業,政府等ステークホルダーと協働して設立された.この取組はツーリズムを通して,自然環境保全と共に,地域発展にも貢献している.このユニークなパートナーシップは,これまでにリース支払い,旅料金,ガイドへの支払い等を通じて,100万ドル以上提供されている.ATTA(Adventure Travel Trade Association)によると,2019年時点でAT産業界では32%のAT事業者がB Corp等,サステナビリティ資格を有していたり,取得手続きを進めていたりしており,これらの資格は企業評価を高めているとも言え,AT事業者による自然環境保全への取組は必要不可欠である.

国立公園における自然体験コンテンツガイドラインについて

 

シマフクロウ保全とツーリズム
早矢仕有子(北海学園大学)

 北海道の個体数が微増を続けているシマフクロウだが,観光利用と保全事業の軋轢が緩和できる兆しは無い.絶滅危惧種に対する営利目的の私的な餌付けに関しては,国も中止を呼びかけているが状況は一向に変わりそうにない.保護事業者(国)と事業に関わる研究者が声高に正論を叫ぶだけでは,経済的利益をシマフクロウから享受している人々の行動を変えることは困難である.道内で分布域の復元が進行しているタンチョウでは,とくに札幌圏で市民の見守り活動が活発化し,不適切な観察や撮影行為防止に貢献しているが,生息地を公開していないシマフクロウでは,地域住民の自発的な保護行為を促進することができないのも悩みの種である.
 そこで,やや現実逃避の感はあるが,まだシマフクロウの分布域が復元していない札幌周辺でシマフクロウファンを増やし,保全活動への良き理解者と協力者を涵養することを目的とした普及啓発イベントに力点を置くことにした.とくに,子供たちと両親を仲間の輪に加えることで,次世代の力を借りて,かつての分布域である札幌や函館までシマフクロウの分布が復活する日を目指したい.

 

イヌワシを見せて守る作戦
須藤明子(株式会社イーグレット・オフィス)

 滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山(標高1377m)では,1990年代からイヌワシの撮影を目的としたカメラマンによる問題が続いている.伊吹山ドライブウェイ沿いの歩行禁止区域への侵入,国定公園内での樹木伐採や餌付けなどの問題が続いている.さらに近年,一部のカメラマンが巣に接近するなど深刻化したことから,苦肉の策として「見せて守る作戦」を開始した.2023年4月〜9月には,「見守りによる監視効果」と「イヌワシを身近に感じることで保全の意識を育むこと」を目的として,イヌワシの営巣のようすをYouTubeでライブ配信し,地元米原市も「イヌワシ子育て応援プロジェクト」として協働した.さらに10月からは,ルールを守った観察会を定期的に開催している.これらの取り組みにより,多くの人がイヌワシの保全に象徴される生物多様性保全について考える貴重な機会となった.
 2024年は,米原市と伊吹山ドライブウェイの協力を得て,ガードレールに侵入防止柵を設置してカメラマンを排除することに成功した.その結果,これまでカメラマンが占拠していた場所をイヌワシがハンティングの場所として利用するようすがたびたび観察された.このことが功を奏したのか, 6月にはイヌワシの雛が無事に巣立つことができた.11月には,伊吹山のカメラマン問題がテレビ放映され,大きな反響があった(毎日放送ニュース特集「特盛憤マン」).テレビ放映の数日後には,市民からの通報を受けて,はじめて米原警察(パトカー1台と警官2名)が現場を確認し,カメラマンを退去させた.
 30年にわたるカメラマン問題が解決へと向かい,伊吹山のイヌワシが安心して営巣できる環境がもどることを願っている.

イヌワシに関連する問題行動に加えて、希少植物の踏み荒らし、ごみのポイ捨て、注意喚起看板の破壊などの行為が確認されている.
イヌワシと希少植物の保護のためにガードレールの外に出ないよう注意喚起する看板も設置された(伊吹山を守る自然再生協議会:滋賀県・米原市・環境省近畿地方環境事務所).

 

野鳥観察「問題」へ順応的に対応する-対話的アプローチのススメ
菊地直樹(金沢大学)

 野鳥の保全と利用のあり方は,ある解決策を実施しても別の問題が生じてしまう「やっかいな問題」といっていいかもしれない.やっかいな問題の解決とは正解を出すことではない.バードウォッチャー,カメラマン,観光関係者,保護関係者,地域住民といった多様な人びとが試行錯誤を続けながら,早期発見や適切な対応ができる創造的な学びのプロセスを動かすことが重要である.

 菊地が参加した兵庫県・豊岡市で実施されたコウノトリの野生復帰プロジェクトでは,コウノトリを中心に添えることで,農業の活性化,地域の経済効果,自然再生,文化の創造のネットワークといった多様な価値が同時多発的に生じている.コウノトリを害鳥と認識していた人たちにも,新たな価値観が生まれてきた.

 野生復帰での経験を踏まえ,やっかいな問題となっている野鳥観察とマナーの問題を解決するためには,どうようなアプローチが必要かを模索してみた.そもそも野鳥観察「問題」は何が問題なのか?問題解決とは何か?そうした問いに対して,『やっかいな問題の解決とは,問題が起きても,多様な人びとが早期発見や適切な対応ができるという創造的な「学びのプロセス」を生み出すことである』と考えた.
 次に,餌付けが問題となっているシマフクロウについて地域の関係者への聞き取り調査の結果から,以下のような問題が確認された.

<整理された問題点>
①地域住民が保全の担い手であると保護関係者が必ずしも認識していないこと
②地域の主体性が必ずしも担保されていないこと
③外部からの批判は地域生活に大きな影響を与えること

 これらをふまえ,野鳥観察における問題を社会の問題としてとらえるならば,野鳥には多義的な「意味」が付与されており,関係する様々な人たちが,相互に理解し,相互に学び,お互いに関係を持ち合うことが重要だと考えられる.
 すなわち,鳥の知識を習得してもらうだけでなく,保護や保全についての理解を得るだけでもなく,まずは地域社会に入っていって,地域社会が抱える問題や課題の一つとしてとらえ,多様な人々の考え方を知ること,学ぶことが重要であると考える.
 多様な人びとが多様な考えをすることは,当然複雑である.複雑さは問題であると同時に解決のための資源でもあり,問題を解決していく順応性が問われている.誰からも納得される回答を用意することではなく,可能な限り調べて考え「こうではないか」という暫定的な提言をする,それを実行する,そしてまた調べて考える,というプロセスを対話的に進めることで複雑さの糸を解くことが出来ると考える.
 現在,石川では,いしかわ生物多様性カフェを主催し,市民と専門家が「対話」する場をつくり,社会における課題を話し合う場を設け,地域の課題と生物多様性の保全に寄与する取り組みをはじめている.

 

総合討論
守屋年史(バードリサーチ)

 総合討論では以下の話題が会場からも出され,自然保護と観光利用の両立,ガイドラインの有効活用,そして関係者間の協力の重要性が討論された.

1.モラル・マナーの普及と法律の役割
 環境省では法律で対処しにくいモラルやマナーに関して,ガイドラインや啓発活動を通じて普及を図る方針を採用している.公園ガイドの教育が重要とされるが,ルールから逸脱する者への対応には課題がある.

2.絶滅危惧種の保護とガイドライン
 種の保存法や特別保護区を利用することで,イヌワシやシマフクロウの保全が可能である.他に特別鳥獣保護区や国立公園の特別保護地区などの保護区を利用して制限を行うことも可能.

3.エコツーリズムの発展とマナーのガイドラインと対象の設定
 離島やツル観察など,ガイド付きのエコツーリズムは自然保全に寄与すると考えられる.バードウォッチングにとどまらない,多面的なガイドライセンス制度の構築が求められる.故意にルールを無視する人ではなく,初心者を対象にした啓発が現実的.
 カメラマン対策にはメーカーとの連携が有効.シマフクロウの例では,関係者同士の対話と役割分担が重要であり,地域の特性に応じた対応が効果的.

4.観光と保全のジレンマ
 公共施設の利用増加が経済には良いが,保全には負担となるジレンマが存在.
 国立公園では計画の見直しや点検を通じて,利用と保全のバランスを模索している.
 ガイドは,見せる・見せないといった判断や観光客の期待に対する対応が難しい.
 環境省のパンフレットでは「そっと離れる」行動を推奨しているが,具体的な距離や人数制限の設定は難しい.

<総括>
 中原さんからは,国立公園における保護と利用や,エコツーリズム政策について,外国のエコツーリズムの事例なども示し,自然を守り地域活性をどう考えるかといった観点を重要視している国の姿勢を分かり易く示していただいた.
 バードウォッチングの観点から見ると,ツル類の越冬地や離島での渡り鳥観察,イヌワシや,シマフクロウなどの特定の観光資源の利用可能性は大きいと考えられる.ただし,不用意な接近による繁殖妨害,保護方針とは関係ないのない餌付け,オーバーユース等の課題も多数存在していた.解決の方向性として,早矢仕さんは,研究者側からの発信により,関心と共に科学知見を普及していく活動に重点を置き,未来世代を育て増やす,須藤さんは,あえて生息地を公開することで監視効果とともに,身近に感じることによる関心や理解の醸成を図っていた.ただ,親近感を持ちすぎることへの危険,SNS上での中傷などのデメリットも新たに認識され,効果をどう判定するかといった検証は必要と考えられた.また継続することで大きな効果が得られるため,その体制づくりも課題と考えられる.しかし,長期的な啓発による取組みは,お二人のその手ごたえもあって,希望が持てる手法と考えられる.
 また,現在進行中の課題に対応するため,ガイドラインの整備や法的な規制も視野に入ると考えられる.科学的な知見を積み重ねるとこで,ルール化を検討することが理想と考えられるが,現実的な問題として,生業の一部(宿泊業やガイド業など)として既に地域住民が関わっていることが解決を難しくしている.菊地さんからは,順応的な解決プロセスとして,地域に飛び込んだ対話的アプローチの話題を提供していただいた.その中で,地域主体を担保すること,外部の批判が地域に大きい影響を与えることなど,自然への影響だけを見ていると見落とす可能性の高い課題があることが認識できた.地域住民が最終的な保全の担い手であることを考えると,自然環境,地域社会,経済効果の良い循環を構築することは重要と考えられる.ただ,持続的な保全への投資も発生し続けることは,自然観光資源の付加価値を上げ続け,環境への負荷も上がり続けないだろうかといった心配の質問も会場からあった.
 一足飛びに課題の解決は難しく,地域経済規模や地域の将来なども加味した順応的な検討が必要になると考えられる.ある程度のゆるさやあいまいさを許容し地域社会との関係を続けながら,長期啓発の効果につなげる過程が必要ではないかと感じた.

会場
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君はハリオアマツバメの針を見たか?まだの人は上野に急げ! ~「特別展 鳥」のご紹介

君はハリオアマツバメの針を見たか?まだの人は上野に急げ! ~「特別展 鳥」のご紹介

平岡考(山階鳥類研究所)

国立科学博物館(以下「科博」)で開催中の「特別展 鳥」(以下「鳥展」)は、多くの方が訪れているようです。私も出かけてとても面白く、参考になったので、鳥好きの仲間に参考になるかなと、軽い気持ちで、適当に撮影した写真をつけて個人的にFacebookで紹介したところ、それを見た広報委員の某氏から、同じようなものでよいので鳥学通信に書いてくれないかという依頼をいただきました。改めて自分の文章を読み返してみて、いやしくも日本鳥学会の公式のメディアのひとつである鳥学通信で載せられる場所としては、編集後記しかなさそうなレベルと思われましたが(とはいっても鳥学通信に編集後記はないみたいですが)、せっかくのお声がけですので、あまり気張らずに、適宜直した文章をお送りすることにします。

鳥展の入口

冒頭の、鳥の進化と鳥とはどんな生き物かを示した展示(第一章「鳥類の起源と初期進化」)は、鳥の教科書には必ず書かれている内容が最新の研究でアップデートして説明してあり、ちょっと難しく感じるかもしれませんが、鳥学会会員として、ざっとでもよいので勉強しておかれるとよい内容だと思います。特に、鳥学会会員の皆さんの中にも、地域の鳥のサークルなどでリーダーをおつとめの方もいらっしゃることと思います。そういう方には参考になる情報満載だろうと思います。

そのあとは、DNAの研究(ゲノム解析)の成果にもとづいた分類に沿って、グループごとの展示が多数の剥製標本でされていて見応えがあります(第2章「多様性サークル」、第3章「走鳥類のなかま」~第7章「小鳥のなかま」)。ここで示された目と科の分類は、その多くは日本鳥学会の鳥類目録でいうと、2012年の改訂第7版に反映されていたものですので、必ずしもほかほかのホットニュースということでもないですが、まだまだ多くの方にとってびっくりな内容だろうと思いますし、鳥学会の目録は日本産鳥類だけしか掲載されていませんので、鳥類全体を見渡して類縁関係を説明している今回の展示はやはり改めて見る価値があると思います。

たとえば、カイツブリ科とフラミンゴ科は形態がこんなに違わなければ、ひとまとめの目にされてもよい程とか、昔は全蹼足といって、4本の趾(あしゆび)の間全部にみずかきがあることでひとまとまりと考えられていたペリカン目が、今や、ネッタイチョウ科だけのネッタイチョウ目と、カツオドリ科、グンカンドリ科、ウ科、ヘビウ科からなるカツオドリ目、そして、ペリカン科に、昔はコウノトリ目にいた、全蹼足の特徴のないサギ科、トキ科、ハシビロコウ科、シュモクドリ科をあわせたペリカン目の3つに分かれてしまい、一方、昔のコウノトリ目からは、サギ科、トキ科、ハシビロコウ科、シュモクドリ科が脱退して今はコウノトリ科だけになってしまったとか、おそらく多くの方にとってへええという内容なのじゃないかと思います(白状しますと、私は2000年代の初めに、全蹼足の鳥が複数のグループに分かれてしまうなんて、DNAの研究はまだまだだなと、形態の分類研究者はひややかに見ていますといった趣旨の解説を書いたことがあります)。

カツオドリ目の展示(森さやか 撮影)

上に述べた展示の合間に、大きめのスペースを使ったトピックとして「特集」が5つと、コンパクトなスペースを使ったトピック「鳥のひみつ」が23あり、いずれも標本や映像を使って解説されています。「特集」のテーマは「絶滅」「翼」「ペンギン大集合」「猛禽大集合」「美しいフウチョウ」です。そして「鳥のひみつ」では、「卵の大きさ」「新しく認められた日本固有種」「カッコウの托卵で宿主は滅びないのか」「都心緑地での大型猛禽類の繁殖と都市の生態系」「なわばりを張る損とトク」「日本列島は鳥の種多様性の起源地!?」など、生態から進化、分類に至るさまざまなテーマが取り上げられています。

「卵の大きさ」ではたとえばキーウィの卵が親鳥の体の大きさに比較してびっくりするほど大きいことが示されており、「新しく認められた日本固有種」では、昨年9月に日本鳥類目録の改訂第8で独立種に扱われることになったキジ、オリイヤマガラ、ホントウアカヒゲ、リュウキュウキビタキ、オガサワラカワラヒワの5種が標本を使って紹介されています。「日本列島は鳥の種多様性の起源地!?」では、ユーラシア全体に広く分布するカケスが、分子系統分析の結果、奄美群島のルリカケスから種分化し、日本を起源に大陸に分布を広げたことが示唆されていることが説明されています。びっくりなのはこのカケスの例は特殊というわけではないらしいことで、DNA分析を進めてみると、日本起源と考えられる種が多数いることがわかったそうです。「鳥のひみつ」にはイラストレーターのぬまがさワタリさんの、ちょっと脱力な(失礼!)漫画が添えられており、多くのお客さんが読んでいました。堅苦しくなりがちな展示を親しみやすくする効果が上がっていたと思います。

カケスの本剥製(森さやか 撮影)

こういった展覧会では、巨大な展示品があると展示のシンボルになります。科博で昨年開催された特別展「昆虫MANIAC」ほどではないにせよ、鳥も巨大なものがいないので、展示を企画された方はどんなものを目玉にしようか、苦慮なさったと思います。鳥展では、「史上最大の飛べる鳥」という、ペラゴルニス・サンデルシの生体復元がこの目玉に当たるのでしょう。 ペラゴルニスは、顎の骨に歯のような偽歯という突起をもち、全体の形態はミズナギドリ類を思わせる鳥で、ペラゴルニス類全体としては新生代の暁新世から更新世まで汎世界的に分布していました。2000年代に入ってからの骨学形質にもとづく分岐分析の結果、キジカモ類に属するという仮説が提唱されており、これによればミズナギドリ類との類似は収斂進化によるものということになっているそうです。会場の天井から吊り下げられた、翼開長7mの立派な生体復元と、それをただの空想ではなくて、現状の知見による、根拠ある復元にするためにどんなことをしたかの解説が、パネルと動画で見られます。生体復元を見ての私の個人的な感想としては、翼角から肩までが連続した弧を成しているように見え、それは翼角から肩をつなぐ翼膜(patagium)の表現として理解できなくはないとしても、翼のこの部分はもう少しはっきりと肘の関節があることがわかるように作って、上腕と前腕というふたつの直線的な構造の組み合わせでできていることを表現したほうが、いっそうリアルな感じになったのじゃないかと思いました。

ペラゴルニスの生体復元

最後になりましたが、忘れてはならないのは600点以上という、主に剥製を中心とした鳥類標本の、実物のもつインパクトでしょう。タイトルに書いたように、バードウォッチャーや鳥類研究者は多くても、ハリオアマツバメの尾の「針」をまじまじと見たことのある人は、たくさんはいないはずです。同じような趣向で言えば、ケアシノスリの足の「毛」(跗蹠の羽毛)も見なくちゃいけません。そのほか、思いつくままに標本を順に挙げてゆけば、日本のヤンバルクイナによく似ていて、フィリピンやセレベス島などに棲む近縁のムナオビクイナ、幼鳥の翼に爪があって、シソチョウはこんなだったのではと言われることもあるけれど、類縁関係があるわけではない、南米産で一目一科一種のツメバケイ、堂々たる大きさで、日本でも記録があるので日本の野外で見る可能性があるわけだけど、これが日本の野外にいたらどんな感じだろうと想像してしまうノガン、ニューギニアの毒のある鳥ズグロモリモズなどきりがありません。

ご存知のように剥製は、「でき」や保存状態によって見栄えがいろいろなのはある程度我慢しなければいけないですし、特に600点という数を集めると、たしかにちょっと残念なものもあることは否定できませんが、もちろん素晴らしい標本もたくさんあります。会場のいちばんはじめ、特集「絶滅」の先頭をかざるキタタキは、日本では100年以上前に絶滅しており、朝鮮半島でも減少していて、私自身は状態のよい標本に出会った記憶がないので、素敵な状態の標本が出ていて驚きました。また、南極の海に棲む全身純白のミズナギドリ類、ユキドリの剥製が2点出ていますが、すばらしいできで、ほれぼれしました。目にとまった標本のうちごくわずかを挙げましたが、600点の標本のどれが印象に残るかは、見る方によって千差万別でしょうから、皆さんがそれぞれ楽しんで見ていただけることと思います。

メインの第1会場から階段と廊下を通ってゆく第2会場は、第8章「鳥たちとともに」の展示で、足環を装着して渡りや寿命について調査する鳥類標識調査、特別協賛のサントリーホールディングスの愛鳥活動の紹介や、学校が所有している鳥類標本の廃棄をせずに保存していただけるように呼びかける展示などがあります。第2会場につながる廊下では、特別協賛のキヤノンによる啓発活動のカードが配布されており、また後援団体として、日本鳥類保護連盟、日本野鳥の会、山階鳥類研究所とあわせて、日本鳥学会のポスターが展示されています。

後援団体のポスター

見応えのある展示で熱心な人は2回行かれる方もいらっしゃるようです。また見てきたあと、買ってきた図録で勉強しますとおっしゃっている知り合いもいました。終了間際になってだいぶ混雑してきているようですが、まだ見に行かれてない方は時間を見つけて見にゆかれてはいかがでしょうか?(そうそう、ショップでは、本展の図録が購入できるのはもちろんですが、鳥学会の鳥類目録改訂第8版も販売してくださっているそうです。)3月15日から3か月は名古屋で少しだけ規模を縮小した巡回展が見られるとのことです。

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【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(4)鳥がつなげる縁

【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(4)鳥がつなげる縁

熊田那央(バードリサーチ嘱託研究員)

前回の片山さんの記事の最後、サザエさん的次回予告の中から、研究以外で出会ったさまざまな出会いについて紹介いたします。

1人目は、同じ街に住むピアーズさんです。ピアーズさんは道端で片山さんと長女が日本語で話しているのを聞いて話しかけてくださった方です。初回は簡単に雑談をしただけでしたが、後日再会。鳥の研究をしていることや、ピアーズさんが生き物や鳥が好きで日本語を勉強中ということをお話しし、連絡先を交換しました。その後ピアーズさんのご家族とのお茶会に呼んでいただき、以前ピアーズさんが住まわれていたアイスランドの話を聞いたり、お父さんのマックスさんが撮影した鳥の写真を見せていただいたり、大変楽しい時間を過ごしました。その時に前々回に紹介した探鳥地のオクスリー クリーク コモンを教えてもらい、早速翌週に行って楽しい鳥見をすることができました。それ以来、ピアーズさんと私は定期的にお茶をさせていただいており、通う研究室があるわけではない私にとって英語を話せる大変ありがたい機会をもらっています。

近所の公園で長女の日本語課題につきあってもらう
近所の公園で長女の日本語課題につきあってもらう

ピアーズさんは一昨年出水にツルを見に行かれ、そこで地元の方にとても親切に現地を案内してもらったそうです。このことも私たちに声をかけてくれるきっかけの1つかと思うので、出水の方には感謝しかありません。私も日本で海外の方にお会いした際には積極的に声をかけていきたいと思います。

20年前に出水で見たツル。日本の鳥の中で人気のようで数人の人に見に行きたいと言われました。
20年前に出水で見たツル。日本の鳥の中で人気のようで数人の人に見に行きたいと言われました。

次に紹介するのは、キリスト教会の英会話クラスの方たちです。家から歩いて2,3分のところにある教会では、毎週無料で外国人向けの英会話教室が開かれています。オーストラリアでは移民の定着に熱心に取り組んでいるからか、こういった無料の英会話教室が各地の教会等で数多く開かれています。授業後にはモーニングティーがあり、生徒や先生達とのんびりおしゃべりができます。先生の1人のジェーンさんは、私が鳥の研究をしていてバードウォッチングが趣味だと話すと、オーストラリアの鳥の鳴き声のテープを貸してくれたり、おすすめのキャンプ地を紹介してくれたりとたくさん鳥の話題をふってくれました。その中でも、熱心に紹介してくれたマウントバーニー国立公園地域には、せっかくなので実際にキャンプにいってみることにしました。ブリスベンから車で2時間もかからないくらいのそう遠くない場所ではあるのですが、とても美しい山岳森林地域で、キャンプ場は携帯の圏外。Wifiもない完全なネット断絶状態はものすごく久しぶりで、英単語を調べようとしては検索が出来ず、明日行く場所の計画を立てようとしては地図アプリが表示されず、と無意識にネットを使おうとしては普段頼りっきりであることを痛感しました。また、見た鳥の識別もアプリでその地域で可能性の高い鳥を絞り込んでもらいそこから識別していたのを、一から図鑑の情報だけを使って識別せねばならず、パッと見た鳥を絞り込むには図鑑の予習が大切と初心を思い出すこととなりました。子連れ登山は回避し、川遊びをしながら麓をうろうろしているだけではありましたがブリスベンではまだ見たことのなかったアオアズマヤドリやルリミツユビカワセミ等をじっくりとみて、のんびりした鳥見を楽しみました。ジェーンさんに紹介してもらわなければ名前も知らないままの場所だったと思うので、行くことができて本当によかったです。

瞳も綺麗な色のアオアズマヤドリ
瞳も綺麗な色のアオアズマヤドリ

最後はウォーヴィック&ウェンディ夫妻です。ジェーンさんから鳥が好きな人がいるからと教会での日曜日の礼拝とモーニングティーにも誘われ、たくさんの鳥好きの方とお会いしました。そこで美しい鳥の写真を見せていただいたり、庭に東屋をつくったアオアズマヤドリのオスが一生懸命踊りをおどるもあえなくふられてしまったといった話しを聞いたりしました。もちろん私はウの魅力を語ったのですが、なかなか乗ってくれる人はおらず、あれ、おかしいな、英語がんばらないと、とおしりを叩いてくれる機会ともなりました。その中でお会いしたのがこの2人です。ウォーヴィックさんはクイーンズランド大学で採掘関係の仕事をされている方で、熱心なバードウォッチャーです。先日ケアンズに行った際に同じく鳥を見にきたウォーヴィックさんとケアンズ空港で出会い、帰ってから見た鳥リストを見せ合ったのですが、我々の倍くらいの種数を見ており子連れというハンデを考えても圧倒されました。ウェンディさんは学校の先生をしており、子供と遊ぶのがとても上手で、我が家の2人ともあっという間に仲良くなりました。2人が誘ってくださりブリスベン北東部のブライビー島周辺に一緒に鳥見に行った際にはウェンディさんが2人を見てくれている間にじっくりと鳥を見ることができ、大変贅沢な時間をもつことができました。

ブライビー島とその周辺には美しい砂浜が各地にあり、2人にいくつか案内してもらいながらオーストラリアヘラサギや渡ってきたたくさんのシギチドリ類を見ることができました。種自体はチュウシャクシギやオオソリハシシギ、オグロシギなどの日本でもおなじみのものでしたが、ここ数年は海浜にシギチを見に行くこともなかったのでたくさんのシギチが飛び交う光景を久しぶりに見て大変興奮しました。他にも地図に載っていないような小さなバードハイドがある場所をいくつも案内してもらったうえ、お昼を食べて午後は海で遊んでと、子供達も退屈せず、かつ鳥もたくさん見られるコースを案内してくださり大変充実した一日を過ごさせていただきました。
研究室のメンバーにはもちろんたくさんの鳥情報を教えてもらえているのですが、来るまでは想像もしていなかった出会いから、たくさんの鳥仲間を得ることができたことはこちらに来て一番嬉しかったことです。

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