日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W13 風力発電施設が渡り鳥に与える影響と累積的影響について考える
浦 達也1*・澤 祐介2・風間健太郎3・中原 亨4・葉山政治1
1 (公財)日本野鳥の会
2 (公財)山階鳥類研究所
3 早稲田大学人間科学学術院
4 北九州市立自然史・歴史博物館
*E-mail: ura@wbsj.org
複数の風力発電機を設置するウインドファーム(以後WF)は,鳥が衝突したり(バードストライク),渡り鳥がWFを避けるためにルートを変更したり,WF建設のための大規模開発で鳥類が生息を放棄するなどの懸念がある.渡り鳥が一つのWFを避ける場合には飛翔エネルギーなどへの影響は小さいが,複数のWF施設を避けて飛ぶ場合,累積的な影響評価が必要となる.累積的影響の対象は、繁殖期であれば鳥の行動圏内に存在する開発行為すべてを,渡り鳥であれば日本列島の出入り口から越冬地の間に存在する開発行為すべてを含める.後者については、複数のWF事業による鳥衝突確率の計算だけでなく,渡り期間中の生存率や,越冬期および次の繁殖期までの生存率や繁殖成功率への影響まで計算することが理想とされている.
今後,日本各地でWF建設が増えていくと考えられるため,事業ごとにアセスを行うのではなく,複数の事業や計画が鳥類に与える影響を総合的に評価していくことが,今後の生物多様性保全上も重要と考える.本集会では,5名の演者がWFの建設が渡り鳥に与える影響について,それぞれの立場から報告した.
1.鳥類保護委員会における近年の決議案件の動向
澤 祐介
鳥学会鳥類保護委員会では,主要な活動として学会員の提案に基づき,鳥類の保護や生息環境の保全などに関する意見書や要望書等を学会決議,もしくは保護委員長決議として発出している.風力発電に関する案件は,2011年に初めて環境省宛に意見書を発出した.昨今,風力発電の導入が加速するなか,鳥類への影響が大きい事業も散見され,2017年以降,再生エネルギー導入に関連した意見書を9件発出している.これらの現状を踏まえ,学会として,鳥類への影響を回避した風力発電の導入に向け,より迅速,適切な対応を行うため,2022年2月には「日本鳥学会風力発電等対応ワーキンググループ」が鳥類保護委員会内に立ち上がった.風力発電の導入には,累積的影響も含め課題が多いが,適切な導入が進むよう学会としても働きかけを継続したい.
2.風力発電施設による鳥類への障壁影響事例と累積的影響評価手法の紹介
浦 達也
日本野鳥の会が行った調査結果から,国内ではハチクマ,ノスリ,サシバ,マガン,ヒシクイ,ハクチョウ類で,WFを避けてルートを変更する障壁影響が生じていることが示唆されている.海外でもガン,ハクチョウ類や猛禽類の他,洋上ではホンケワタガモなどの海ガモ類やアジサシ類で障壁影響が多く発生することが確認されている.
渡り鳥に対するWF建設の影響を評価するには,渡りルート上に存在する複数のWFの影響を累積的に評価すべきであると考える.環境省は「一定の地域内で複数の事業が平行して行われる際(中略)相加的・相乗的に影響を評価すること」と累積的影響評価を定義付けているが,国内にはガイドライン等は存在せず,日本の事業者はどのように累積的影響を評価すればよいかが分からない状況である.海外の事例では累積的影響評価の手法として,1)定性的記述,2)単純加算モデル,3)単純個体群動態モデル,4)複合的個体群動態モデル,5)個体ベースモデルの5つがあるが,後に行くほどモデル計算に使うパラメータが複雑になっていく.一方,非常に簡単な手法の1)定性的記述は,評価者が主観的に影響の有無や強度を評価できるため,推奨されていない.少なくとも2)単純加算モデルを行うこと,また,繁殖速度などの情報があれば3)単純個体群動態モデルを実施することが推奨される.なお,累積的影響評価を実施すべき地理的範囲および時間軸は,評価者の適切な判断に委ねられるため,客観的かつ適切な設定が求められる.
3.カモメ類の越冬・中継地利用と洋上風力発電の潜在的脅威
風間健太郎
日本において洋上風力発電の海鳥へのリスク評価や予測は,とくに非繁殖において不十分である.本発表では,日本沿岸におけるカモメ類の越冬や中継地における洋上風力発電の潜在的脅威について説明した.
再生可能エネルギー(再エネ)は有力な気候変動対策の一つであるが,健全な運用がなければ再エネ自体が生物多様性喪失要因となることは,現在共通認識になりつつある.風力発電が鳥類個体群に及ぼす累積的な影響評価のためには,事前,事後,対照区影響評価(BACI)デザインが有効である.BACIを実施するには建設前のベースラインデータが不可欠である.しかしながら,日本の洋上においては,海外に比べ海鳥の分布データが圧倒的に不足している.国や自治体主導による洋上の海鳥生息情報の蓄積が必要である.
近年,GPS追跡調査による海鳥の非繁殖期の移動や環境利用の解明が進みつつある.北海道で繁殖するカモメ類の渡り中継地や越冬地は洋上風力発電の「促進区域」やその候補区域と重複することがわかってきた.とくに北海道や東北の日本海側,陸奥湾,千葉,福井,北九州などの海域はではカモメ類へのリスクが懸念されるため,洋上風力発電の導入に際しては適切な影響評価と影響軽減策が必要である.
海鳥の通年の移動追跡データを用いれば,海鳥の渡りルートと既設風車との重複(脆弱性)だけでなく,将来の導入予定風車との重複(感受性)を評価できる.こうした評価を通じ,国土や大陸スケールにおいて鳥類個体が渡り期間中にどの程度風車の衝突リスクに晒されるかなど,個体レベルでの累積的影響評価が可能となる.海外ではこうした影響評価がすでに実施されている.日本でも,海鳥の移動追跡データベースを活用することで,こうした評価が進むことが期待される.
4.渡りをする猛禽類に対する累積的障壁影響の潜在的コスト推定
中原 亨
渡り鳥の移動経路上にある風力発電施設は移動の障壁となり,その回避のために鳥は余分なエネルギーを消費する.しかし,渡り鳥が複数の風車近傍を通過する際に生じる累積的な障壁影響については,渡り期間全体での風車接近数のカウントや回避行動の観察が難しいため,見過ごされてきた.本発表では,長期間にわたる個体の遠隔追跡によってこの課題に取り組み,国内移動中の猛禽類が接近する風車の数の把握と,風車を回避すると仮定した際に生じる累積的なエネルギーコストの程度の検討を試みた.まず,ノスリ17個体,ハチクマ8個体,サシバ2個体の渡りをGPSロガーで追跡し,2017年春と秋,または両方の国内の渡り経路情報を入手した.次に,これらの経路の両脇2km以内にあった風車または風車群の数を調べた.さらにそれらの近傍100-2,000mを水平に回避すると仮定した複数のシナリオを用意し,航空力学的手法に基づいてシナリオ毎に各個体のエネルギー消費を推定した.その結果,最大で42の風車または風車群の近傍を通過していること,これらの近傍2,000mを迂回すると仮定した際に32.0km,75.7分の追加距離と時間が生じることがノスリにおいて推定された.その際に生じるエネルギー消費は,国内移動中に生じるエネルギー消費全体の2.5%に相当した.この結果は,猛禽類の渡りにおいて風車回避時に累積するエネルギーコストが比較的軽微であることを示唆した.将来的には,GPSロガーの測位頻度の増加によって,より正確な回避行動の把握とエネルギーコストの推定が可能になるだろう.一方で,地形,気象,飛行高度,垂直方向への回避,さらには国外移動時の累積影響等を考慮する必要性や,エネルギー消費の推定に多くの仮定を重ねているという問題への対応の必要性も課題として残った.本発表は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の再委託事業として実施した研究の一部を紹介したものである.
5.国境を超えて移動する渡り鳥と風力発電
葉山政治
長距離を移動する渡り鳥への風力発電施設の影響の評価は,渡りの経路全体をとおした累積的な評価を行うべきである.その種が国境を越えて移動を行う場合には,統一的な基準による評価が必要となる.洋上風力発電に関して国内では排他的経済水域(EEZ)内の案件については,国連海洋法条約(UNCLOS)に準拠して,環境影響評価を行う方針が示されている.渡り鳥の経路である東アジア・オーストラリア地域フライウェイを見ると,洋上では各国のEEZが隣接する状況にあり,各国で協調した取り組みが必要である.移動性の動物種を守る仕組みとしては,移動性の野生動物種の保全に関わる条約(ボン条約)があるが,東および東南アジアでの同条約への締約国はフィリピンのみであり,日本も批准していない.二カ国間渡り鳥保護条約等の仕組みもあるが,当事国間に限定されており,不十分である.唯一,日本を含む地域で可能性のあるものとしては東アジア・オーストラリア地域フライウェイネットワークでの取り組みが考えられる.なお,ボン条約には再生可能エネルギーのタスクフォースがあり,加盟国に限らず事業者や金融機関,研究者なども参加して議論を行っており,フライウェイ事務局もメンバーであり,ここでの議論がフライウェイでの活動に反映される可能性は大きい,英国のRSPBやBTOなどの自然保護団体等も議論に参加しており,日本鳥学会からの積極的な参加が期待される.
講演後,会場からは「事業者が環境影響評価を行う際には,重要種のバードストライクの発生確率の計算を行うが,WFが渡りルートの障壁になることをほとんど評価していないのはなぜか」,「累積的影響評価が実施されないのは、その手法が分からないこと以外の要因はあるのか」,「国などが渡り鳥のルートの調査を行い,全国的な渡り鳥の情報収集や整理を行わないと,事業者が単独で累積的影響評価を行うのは難しいのではないか」などの質問や意見が出された.
今回の集会を通じて分かったことは,渡り鳥等における障壁影響の存在や累積的影響評価の実施の必要性を広く学会員や行政機関、事業者などに知ってもらうことである.また,累積的影響評価を実施すべき地域や時期を示すことも含め,累積的影響評価の定義付けを国や学術団体が行う必要があることも認識できた.そして,事業者が累積的影響評価を行う際に,計画地だけではなく渡り鳥の経路全体が知れるデータの利用が求められている.