【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(5)素晴らしきオーストラリア

片山直樹(農研機構 農業環境研究部門 農業生態系管理研究領域)
熊田那央(バードリサーチ嘱託研究員)

皆さま、こんにちは。オーストラリア生活についての連載ブログも、いよいよ最終回となります。そこで今回は、片山と熊田それぞれにとって、特に思い出に残った出来事をお話ししたいと思います。いつもより少しだけ長めですが、お付き合いいただければ幸いです。


片山にとって最も印象的だったのは、研究発表と水田視察のために、ニューサウスウェールズ州のリバリーナ(Riverina)という地域を訪れたことです。オーストラリアでも稲作は行われており、その生産量の9割以上をリバリーナとその周辺地域が担っています。ちなみに、オーストラリアで約百年前に初めて稲作を成功させたのは高須賀穣という日本人の方です。詳しくはこちら:https://www.sunricejapan.jp/takasuka.html

リバリーナはオーストラリアの東南に位置し、メルボルンから約450km内陸に向かった先にあります。私はメルボルン空港でレンタカーを借りると、丸一日のロードトリップをスタートさせました。オーストラリアはスピード違反に対して非常に厳しく、あちこちに自動撮影カメラが設置され、制限速度を数キロでも超えると数万円またはそれ以上の罰金となります。私は安全第一で、何度も休憩を挟みつつ運転しました。道中にはエミューがいて、旅に刺激を与えてくれました。夜8時を回ると日が沈みだしますが、同時にカンガルーなどの野生動物が活発になります。彼らが道路に飛び出してこないかどうか、さらに神経を使うことになります。無事に宿に到着した私は、疲れきってすぐに寝てしまいました。

道中にいたエミューたち
道中にいたエミューたち

翌日、私はMatthew Herring博士(以下、マシュー)と再会しました。リバリーナの日中は40度を超えることもあり、涼しくなる夕方に水田地帯を案内してもらいました。この地域の湿地や田んぼには、世界でも約三千個体しかいないとされるAustralasian Bitternが繁殖しています。マシューは、彼らの生態を研究し、保全のために稲作農家と様々な取組みを進めてきました。繁殖に適したタイミングの水張りや、畔の草を刈り残すなどの工夫をしています。彼はなんと、数百件以上の農家の連絡先を知っているそうです! 許可なく農道には入れないため、彼があらかじめ農家の方に電話をして許可を取ってくれました。

夕暮れ、マシューは私をある場所に案内してくれました。そこにはAustralasian Bitternに配慮した田んぼがありました。美しい夕焼け空の下、一羽が田んぼから頭部を少しだけ出して、ボォーっと鳴きました。マシューの論文でしか知らなかった鳥の姿と鳴き声を、この目と耳で感じることができました。こんな美しい光景を見せてくれたマシューと農家の方々に、私は何を返せばよいのだろうかと思いました。

この光景を一生忘れないでしょう
この光景を一生忘れないでしょう

マシューは、現地での研究発表を企画してくれました。リバリーナには、オーストラリアのお米を製造・販売する「SunRice社」のオフィスがあります。そこで講演する機会をいただき、セミナーを通じて社員の方や研究者の方と交流することができました。色々な質問をいただきましたが、特に印象的だったのは「人口が減り続ける日本で、米の生産と生物多様性保全をどうやって維持できるのか?」というものでした。耕作放棄地の湿地化など、いくつかの可能性はありますが、まだ断言できるようなエビデンスは少ないです。私は今後の宿題とさせてもらいつつ、一刻も早く研究を進めなければならないと感じました。

SunRice社で行ったハイブリッドセミナー
SunRice社で行ったハイブリッドセミナー

こうしてリバリーナでの日々は、あっという間に終わりました。私はマシューとハグをして別れを告げると、後ろ髪を引かれる思いで最寄りのグリフィス空港に向かいました。彼と過ごした三日間は、オーストラリアでもっとも思い出に残る日々になりました。

リバリーナには人工湿地もあり水鳥の楽園となっています
リバリーナには人工湿地もあり水鳥の楽園となっています

熊田からは旅先で見られて興奮した鳥3選と大学でのセミナー発表について紹介します。ブリスベンを離れてケアンズ、タスマニア、ラミントン国立公園など、様々な場所を訪れ10年分くらいの旅行を1年で行ってしまった気分ですが、どこも本当に行ってよかったです。11月に訪れたケアンズでは、せっかくだからと現地在住の松井さんにガイドをお願いして1日たっぷりと鳥見に連れて行ってもらいました。子連れであれこれお願いしたにもかかわらずさすがプロ、季節的に少し早いラケットシラオカワセミを始め、鳥のリクエストにもしっかり応えていただいた上に子供たちが喜ぶ場所もおさえて大変充実した鳥見ができました。ありがとうございました。ケアンズで特に印象に残ったのがヒクイドリです。松井さんと別れた翌日、教えてもらったポイントに向かう途中の道で電線に止まるモリショウビンを見つけて車を停めて見ていたところ木陰に動く影が。よく見るとそこに子連れのヒクイドリの雄がいました。縞々模様のヒナ二匹と親が木の実を啄むところを子供達とじっくりと見、その恐竜っぽさにみんなで大興奮しました。

しきりに赤い実をついばんでいました
しきりに赤い実をついばんでいました

タスマニアではどうしても見たい鳥がいました。ムナジロウです。オーストラリア南部だけに生息するこのウを、メルボルンで見ることが叶わなかった私は、タスマニアでなんとしても見なければと意気込んでいました。初日の浜辺でその願いはあっさり叶います。オーストラリアシロカツオドリやミナミオオセグロカモメが遠くを飛んでいくのを眺めていると、海にうかぶウのシルエット。あれは!と思い見ると白黒ボディに黒い顔、間違いありません。その時は距離も遠くほんの短い時間の邂逅となりましたが、翌日にのったクルーズツアーではじっくり見ることができました。風の強い日で舟は大変揺れ、酔い止めを忘れて双眼鏡を覗きすぎてもう船酔いでへろへろではありましたが、だからこそ糞で白くよごれた岩とそこに集う群れは大変印象に残っています。

オーストラリアで見られるウ類最後の1種でした
オーストラリアで見られるウ類最後の1種でした

最後はラミントン国立公園でみたアルバートコトドリです。オスのダンスと鳴き真似が有名な種ですが、私たちが行った2月はあまり活性が高くないようで声もたまに聞こえるぐらい。見るのは難しいかなと思いつつ諦めきれずにトレイルを歩きまわり続けていましたが、旅程の最終日についに見ることができました。なによりも嬉しかったのが最近急速に鳥に興味を持ち出した長女が、宿に飾ってある絵を見てこの鳥がみたい!と言い出し頑張って歩き回り探した鳥を一緒に見ることができたことです。朝の4時から歩き通しても空振りした日の翌日にも、あきらめずにまた早朝からついてくる姿にオーストラリア滞在での成長を感じました。

研究関連の話も1つ。片山さんが昨年5月に行っていたクイーンズランド大のセミナーで、私も2月に発表させていただきました。メインは福島第一原発事故での避難指示区域での鳥類相の変化に関しての紹介をさせていただきましたが、もちろんカワウへの愛もアピール。いまいち伝わったかはわからないですが……。自分の研究で来たわけではないとはいえ、せっかく関連したテーマの研究室なのだからともらった機会。なかなか準備の時間もとれず慣れない英語発表に四苦八苦し、と大変ではありましたが、普段と違う人に聞いてもらい、質問してもらうというのはやっぱり大事だなあとオーストラリアで忘れかけていた研究モードに久しぶりになれ、本当にありがたい時間でした。発表機会を提供してくれ、如何ともし難い質疑応答をフォローしてくれた天野さんをはじめ、準備の時間を少しでも増やそうと家事育児を代わってくれた片山さん、発表練習につきあってくれたピアーズさんとそのご家族、本当に皆さんに感謝です。

大学での研究発表の様子。もちろん勝負服(カワウTシャツ)着用。
大学での研究発表の様子。もちろん勝負服(カワウTシャツ)着用。

振り返ってみると、日本を離れる時には全く想像もしていなかった、たくさんの素晴らしい出来事がありました。美しい自然の中での、鳥たちとの出会い。そして何よりもうれしかったのは、多くの親切な人たちとの出会いです。道ばたで話しかけてくれた、日本好きのピアーズさん。彼のお母さんで、私たちにテニスを教えてくれたペニー。教会で出会ってから、何度も鳥見に連れて行ってくれたウォーウィックとウェンディ。オーストラリアの田んぼを案内してくれたマシュー。そして私たちの研究も生活もサポートしてくれた、天野さんとそのご家族。私たちがこんなにもオーストラリアを好きになったのは、間違いなく彼らのおかげです。日本に帰国してからも、彼らとの日々を思い出すたび、私たちはオーストラリアを恋しく思うでしょう。

もちろん見知らぬ土地での暮らしは、楽しいことばかりではありませんでした。子どもたちには、日本とは全く異なる環境で日本語も通じない中、苦労させてしまいました。最後までがんばってくれて、本当にありがとう。いつかこの日々が、あなたたちの人生の糧になりますように。みんなで過ごしたこの一年は、私たちの人生の宝物です。

最後までこのブログをご覧くださった皆様、鳥学通信担当の皆様、本当にありがとうございました。

 

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第15回日本学術振興会育志賞学会長推薦について(提出先変更のお知らせ)

日本鳥学会事務局から日本学術振興会育志賞学会長推薦の提出先のメールアドレス変更のお知らせです。

変更前:smatsui@tokai.ac.jp
変更後:secretary@ornithology.jp

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優秀な大学院博士課程学生を顕彰することを目的とした、日本学術振興会育志賞の第15回(令和6(2024)年度)推薦募集が始まります。
https://www.jsps.go.jp/j-ikushi-prize/index.html
日本鳥学会で 2名までを学会長推薦できます(ただし推薦が男性のみの場合は1名まで)。推薦を希望される 方は必要書類を下記の要領にてお送りください。尚、応募条件・必要書類等の要項については以下をご覧ください。
https://www.jsps.go.jp/file/storage/j-ikushi-prize/bosyu/R6/r6ikyoukou.pdf

1. 学会事務局への提出締切
4 月 28日(日)(PDFファイル提出)

2. 提出書類
「推薦書」「推薦理由書 A・B」「研究の概要等」の原本を1部ずつ。
※「推薦書」の1ページ目については、様式2(1ページ目)見本を下記URLから入手し、専門分野、候補者欄および博士課程の研究テーマ(和文・英訳)(2から 10までと、推薦理由書作成者2名の欄)を記入してください。
様式一覧: https://www.jsps.go.jp/j-ikushi-prize/yoshiki.html
記入要領:https://www.jsps.go.jp/file/storage/j-ikushi-prize/furoku/R6/r6ikyouryou.pdf

3.提出先
〒005-8601 北海道札幌市南区南沢5条1丁目1-1
東海大学札幌キャンパス 生物学部生物学科
一般社団法人日本鳥学会事務局 松井 晋
E-mail:  secretary@ornithology.jp

4.その他
E-mail等でPDFファイルをご送付ください。

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(2025年4月20日 事務局)

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日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W08 鈴木孝夫と中西悟堂,鳥学会と日本野鳥の会の歴史を語る

日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W08 鈴木孝夫と中西悟堂,鳥学会と日本野鳥の会の歴史を語る

安西英明((公財)日本野鳥の会参与 E-mail: anzai[AT]wbsj.org)
川﨑晶子(立教大学)

※本文中の文字に下線が引いてあるものは、より詳しい説明のあるサイトなどにつながっています。クリックしてご覧ください。

1.開催の意図

鈴木孝夫(1926-2021)は世界的に知られている言語社会学者であるが,日本鳥学会の永年会員で,1950年代には黒田長久らとともに若手の鳥学研究グループを模索していたこともあった.小学生の時に日本野鳥の会創設者,中西悟堂(1895-1984)の『野鳥と共に』(1935)を読み中西宅に出向いた経歴を持ち,日本野鳥の会最古参会員を自慢にしていた.中西の思想を生活レベルで具現化し,1950年代から今でいうエコライフを始め,「買わずに拾う,捨てずに直す」をモットーにしていたため,没後,膨大な蔵書も捨てることなく活用できるようにと遺族,関係者で奔走している.

主催者は鈴木が所蔵していた鳥学会誌やさまざまな鳥関係の本をお預かりしているので,鳥学会大会の参加者に差し上げる機会にしたいと,本集会を企画した.また,会場に並べた書籍を参加者の興味関心に応じて引き取っていただく前に,鈴木と中西とともに,創設90周年となる日本野鳥の会(1934年創設)の歴史が日本鳥学会(1912年創設)とも関係していることを紹介した.

補助資料として,(1)日本鳥学会誌2021年70巻2号「紙碑 鳥好きで博学の自由人 鈴木孝夫を偲ぶ」(川﨑執筆),(2)日本野鳥の会会誌『野鳥』2024年7・8月号「中西悟堂が未来に示したもの」(原剛と安西の対談),(3)当日のパワーポイントの縮小印刷,を配布し,冒頭では,(公社)日本環境教育フォーラムがウェブで提供している環境教育ラジオ「私の本棚(第7回):日本の感性が世界を変える(鈴木)」で,安西が鈴木の著作とともに鈴木の師匠として中西を紹介したものを聞いていただいた.

集会当日(2024年9月13日)の様子:鈴木,中西の資料を前にして語る安西.(撮影:川﨑)

2.鈴木孝夫と中西悟堂

ある日の野鳥の会中央委員会(1955年12月,中西宅):戦後しばらくして委員会が出来,中西会長を支えるようになった.ここでは前列左に鈴木,後列左から3人目に黒田長久が写っている.(提供:小谷ハルノ.本稿で使用した小谷ハルノ氏提供のものは,中西が保管していた写真で,中西の長女小谷ハルノ氏から安西が一式を預かっている.)

鈴木は慶應義塾大学名誉教授であり,同大言語文化研究所に所属,欧米の大学や研究所で客員教授等も歴任し,多くの著書を残した.岩波新書『ことばと文化』(1973)は増版を重ね,その後の著書でも,既存の学問の枠に収まらない独自の視点で,言語や文化から生態系の構成員である人のあり方まで,示唆に富む発信を続けた.広い見聞と見識を持つ一方で,観察から発見する法則,鳥瞰図的ものの見方などは,幼少から野鳥に親しみ観察を続けて来た経験があるからこそであろう.

明治神宮70周年記念探鳥会(2017年4月)での鈴木:戦前から中西を手伝っていた鈴木は,戦後初の定例探鳥会となる明治神宮探鳥会でも指導役だった.(撮影:蒲谷剛彦)

鈴木は,中西が1939年に若手鳥学者育成のためにつくった研究部に所属,後に「それまでいわゆる公侯伯子男がするものだった鳥の研究に一般人が関わる契機となった」と評している.その著書『世界を人間の目だけで見るのはもうやめよう』(2019)でもわかるように,中西が早くから主張していた人間中心の物質文明の繁栄が人や自然に及ぼす悪影響について,鈴木は追求し続けた.晩年は自らの学問を言語生態学的文明論と呼び,2017年,日本野鳥の会連携団体総会の基調講演「最古参会員の提言」では「野鳥や自然を守るためにも,資源やエネルギーの消費が少なくても幸せになれる道を選択したい」と述べている.

鈴木の最近の著作例:『鈴木孝夫の曼荼羅的世界』(2015,冨山房インターナショナル),『日本の感性が世界を変える』(2014,新潮選書),『世界を人間の目だけで見るのはもう止めよう』(2019,冨山房インターナショナル).(撮影:川﨑)

中西悟堂は僧侶,詩人,歌人,思想家でもあるが,「野鳥の父」とも呼ばれ,鳥は捕って食べる,飼うが当たり前だった1934年に「野の鳥は野に」と日本野鳥の会を創設,会誌『野鳥』を創刊,科学と芸術の融合を目指して文化運動として発展させ,自然保護運動の主軸にもなっていく.その原点は中西自身が『野鳥』誌にも書いていたように日本古来の自然観,自然「じねん」である.ヒューマン(human)と区別されるネイチャー(nature)は自然「じねん」と同義ではなく,「じねん」は「おのづからしかり,あるがまま」という意味で,そこには人も含まれ,生かされているというもので,共存,共生の思想に通じるものであり,生物多様性条約においては2050年ビジョンに反映されている.

「中西悟堂:砧の自宅にて」:八ヶ岳野鳥村悟堂山荘への小谷ハルノ氏寄贈写真額.(撮影:川﨑)

補足資料:
1.紙碑 中西悟堂氏 鳥 33(4) 129-131,1985.
2.NHK映像ファイル あの人に会いたい 中西悟堂,1978,1976年の番組を再構成し2004年制作.
3.すぎなみ学倶楽部 ゆかりの人々 中西悟堂さん,東京都杉並区区民参加型ウェブサイト,西村眞一,2014.

3.日本鳥学会の重鎮の野鳥の会への貢献

日本野鳥の会は中西が私財を投じ,自身の健康や家族をも犠牲にしていた側面もあるが,多くの協力者,支援者がいたからこそ文化運動として広がり,戦後の復興までも成し得たと言える.ここでは鳥学会で重鎮とされる方々がどのような支援,協力をしてきたか,会頭を務めた故人に絞って,事例を記しておく.

(※各氏名リンク先は「日本鳥学会100周年記念特別号」PDFの各歴代会長のページにリンクされています)

1)内田清之助(1884-1976,鳥学会3代会頭,在任期間:1946-47)

中西の思想や生き様に感銘した竹友藻風が,柳田國男らとともに中西に鳥の雑誌の創刊を勧めていた1933年,中西が相談に出向いたのが鳥学会の大御所と言われていた内田で,「学者の書くものは普及性がないので,文壇,画壇の人を通じて一般人に鳥の保護を訴えるには格好の企画である」と賛成し,野鳥の会の発起人,賛助員になり,会の運営,支部の設立にも関わり,経済的な支援もした.

野鳥の会初期の談話会(5周年記念とのメモがあることから1939年):後列左から柳田國男,内田清之助,鷹司信輔,黒田長禮,清棲幸保.前列の右が中西,その左二人目中央が山階芳麿.他は画壇,文壇の重鎮たちなど.(提供:小谷ハルノ)

2)鷹司信輔(1889-1959,鳥学会2代会頭,在任期間:1922-46)

「鳥の公爵」と呼ばれ,野鳥の会創設時は賛助員で,1934年3月,最初の座談会にも参加した.1936年には内田と共に関西支部設立を手伝う.戦後,明治神宮宮司となり,野鳥の会のために内苑を開放したことが,現在も続く明治神宮探鳥会の契機となった.

京都での「野鳥の会講演会」(1936年)檀上の鷹司:関西支部(後の京都支部)設立に至った会で,司会は中西,垂幕には登壇者として柳田國男,新村出,川村多実二,内田清之助らの名も見える. (提供:小谷ハルノ)

3)山階芳麿(1900-1989,鳥学会5代会頭,在任期間:1963-70)

野鳥の会創設時の賛助員で,最初の座談会では「…保護というものは法律とか理屈ではいかぬ.どうしてもやはり鳥を愛するという情操の方面から行かなければ…」などと野鳥の会への支持を述べた.『野鳥』誌には創刊号から度々執筆し,前述した野鳥の会の研究部に協力,支援を続けた.1950年代から日本鳥類保護連盟会長(初代は前述の鷹司)で,同連盟で評議員,副会長,専務理事を務めた中西と共に,かすみ網や空気銃の問題,鳥獣保護法の成立や後述する初の国際会議などに取り組んだ.

なお,日本野鳥の会の事務所は中西宅などを転々としたが,1956年に山階鳥類研究所の一画に机と電話を設置したのが初の本格的な事務所である(鳥学会も1947-75年は事務局を山階鳥類研究所としていた).

山階邸での野鳥の会研究部の会合(1942年):前列中央に山階が座り,右端に中西が立っており,鈴木ら当時の若手達は左手から後方に並んでいる.(提供:小谷ハルノ)
能登のトキ調査(1959年,眉丈山)での中西(左)と山階(右隣の帽子の人):山階の右側は,現在,日本中国朱鷺保護協会名誉会長,石川県トキスーパーバイザーの村本義雄氏(百寿).その右は当時の日本野鳥の会石川支部長,熊野正雄,ベレー帽は高野伸二(当時は山階鳥類研究所所属).(提供:小谷ハルノ)

4)黒田長禮(1889-1976,鳥学会4代会頭,在任期間:1947-63)

「鳥学の父」とも呼ばれ,野鳥の会創設時の賛助員で,最初の座談会にも参加し,『野鳥』誌にも度々寄稿した.葬儀では中西が弔辞を述べている.

初の探鳥会(1934年6月)に続く大規模な行事「鳥に就いて物を聴く会」(同年11月,東京府多摩丘陵百草園にて):前列右端膝立ちが中西でその後ろは尾崎喜八,右端は山下新太郎.後列,左から奥村博史,清棲幸保,北原白秋,山田孝,黒田長禮,松山資郎,山階芳麿,2人おいて鷹司信輔.(提供:小谷ハルノ)

5)黒田長久(1916-2009,鳥学会6代,8代会頭,在任期間:1970-75,1981-90)

父は上記の長禮.日本野鳥の会会長(在任期間:1990-2001)を務めた.

黒田長久 『野鳥』1996年1月号,会長の「新年のごあいさつ」より.(提供:日本野鳥の会)

6)中村 司(1926-2018,鳥学会9代会頭,在任期間:1990-91)

父は中西が野外鳥学四天王と呼んだ一人,中村幸雄(他三人は川村多実二,榎本佳樹,川口孫治郎)で,日本野鳥の会では甲府支部長のほか,財団の理事や名誉顧問も務めた.

中村司(左)と現日本野鳥の会会長上田恵介:『野鳥』2015年12月号より(提供:日本野鳥の会)

補足資料:紙碑 中村司先生を偲ぶ 日本鳥学会誌 68(1) 128-129, 2019

上記の会頭の他,清棲幸保(1901-1975),橘川次郎(1929-2016),山岸哲(11代会長),藤巻裕蔵(12代会長),樋口広芳(13代会長),上田恵介(16代会長)などの方々の野鳥の会への貢献も紹介した.

4.鳥学会の戦後復興,『野鳥』誌での学会の記事

1960年の『野鳥』25周年記念号では,黒田長禮が研究史の総括「過去二十五年の学界の歩み」を書いた中で1945年の鷹司家や黒田家の空襲による被害に触れているが,終戦後,中西は山階から「学会が機関紙『鳥』を発行してゆける経済的基盤を作って欲しい」と頼まれ,「こんどはこちらがお手伝いせねば」と苦手な金策に奔走した(中西は鳥学会から1953年,54年に表彰されている).

戦前から戦後しばらくの『野鳥』誌には鳥学会の動静,報告,行事の紹介などがしばしば掲載されている.前述した『野鳥』25周年記念号では内田清之助の「日本野鳥の会発祥のころ」に続く「学界25年の諸相」という括りで,黒田長禮の「過去二十五年の学界の歩み」,以後,川村多実二,山階芳麿などが書いている.その後「鳥界将来への問題」という括りでは黒田長久「鳥学将来の動向」に始まり,蝋山朋雄「野外鳥類学とは」,浦本昌記「日本鳥学の将来とアマチュア」,橘川次郎「鳥学今後の問題点」,山階芳麿「鳥類保護の将来」まで,現在に通じる議論が綴られている.

5.アジア初の国際会議

1960年に山階芳麿(日本鳥類保護連盟),黒田長禮(日本鳥学会),中西(日本野鳥の会)を代表に,鳥関係の国際会議としてはアジア初となる第12回国際鳥類保護会議(ICBP)が東京で開催された.アジア地域の協力体制についても話し合われ,トキを国際保護鳥に加えるなどした.当時の日本側の分担表には鈴木の名もあり,得意な語学力を使って参加者の家族の世話を担当していたようである.この会議を成し得たことが日本野鳥の会ではその後のアジア各国との連携,国際条約のシンポジウム開催などの国際活動に繋がり,鳥学会としても2014年のIOC(第26回国際鳥類学会議)の誘致,成功に至った原点と言えるのではないだろうか.

ICBP国際鳥類保護会議(1960年)参加者の記念写真:前列右に山階芳麿,黒田長禮(右端)が座っており,中西は中央後ろで立っている.(提供:小谷ハルノ)
ICBPのエクスカーションで解説をしている中西:写真裏に「碓氷峠の見晴台でカナダのロイド氏一家に妙義山の成因を説明する」などのメモ.(提供:小谷ハルノ)

6.まとめ

本集会では上記のような歴史の紹介に続き,質疑の後,まとめとして安西は「未来を見据えるために現在を知るには,過去を知ることも必要.少なくとも私は先達の尽力の延長に自分の仕事があることを自覚でき,先達の想いなどを引き継いでいく責任や誇りを励みにすることができた」,川﨑は「鳥学の発展および鳥類保護への学術的貢献とされる鳥学会の目的に鑑みても,人と鳥の関わりや文化,思想,歴史的な研究にも期待したい」と述べた.会場に並べた数十冊の鈴木蔵書のほとんどは「鈴木の意思を継いで活用いただきたい」とお願いして,参加者に差し上げることができたが,鳥学会誌や鳥学通信などはバラでなく,一括での引き取り手を探すことにした.

本稿をまとめるにあたり,「日本鳥学会100年の歴史」(日本鳥学会誌61巻,2002),及び,日本野鳥の会会誌『野鳥』の主に初期のもの,25周年特集号(1960年3-6月号),80周年記念号(2014年4月号)などを参考にした.

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和文誌オープンアクセスの検討のための学会員アンケートのお願い

現在、和文誌委員会では日本鳥学会誌の「オープンアクセス」化を検討しています。現時点では和文誌に掲載された論文は、刊行1年間は会員のみがJ-STAGEで全文PDFを入手することができます(エディターズチョイスに選ばれた論文を除く)。もしオープンアクセス化が実現すれば、刊行直後からどなたでもJ-STAGEで全文PDFを入手できるようになります。

和文誌がオープンアクセスになることで、学会および学会員に対する様々なメリットがあると考えています。まず、最新の知見が多くの方に読まれることで、引用数の増加や共同研究の拡大、また世間の関心を高めることが期待されます。保全研究であれば、政策への影響力も向上できます。また科研費など資金提供者の要請にも答えることが可能です。

さらに、多くのオープンアクセス雑誌では著者に費用負担が発生しますが、今回のオープンアクセスでは著者の費用負担を「無償」とする方向で検討しています。これにより論文著者の職位や身分を問わず、多くの学会員にとって日本鳥学会誌がさらに魅力的な投稿先となることを期待しています。オープンアクセス化のための鳥学会の追加支出はありません(ただし論文数の増加によって印刷製本費用が増える可能性はあります)。

オープンアクセスにあたっては、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスを定める必要があります。鳥学会では、論文ごとに個別に定めると編集委員会の負担が増加し、手続き上の混乱を招く恐れがあることから「CC BY 4.0」に一律化したいと考えております。これは原作者のクレジット(氏名、作品タイトルなど)を表示することを主な条件とし、インターネット記事や商用書籍でも論文の文章を引用できる、また図表のデザインを変えて利用できるなど、最も自由度の高いCCライセンスとなります。詳しくは裏面をご覧ください。

なお、今回のオープンアクセスの検討はペーパーレス(冊子の廃止)を伴うものではありません。これまで通り、従来の冊子が皆様のお手元に配布されるという前提で、以下のアンケートにお答えいただければ幸いです。その結果を踏まえ、鳥学会全体としての和文誌のオープンアクセス化の方針を決定したいと考えております。

アンケートの回答期限は2025年5月31日(必着)とさせていただきます。お手数ですが、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。

アンケートの回答方法:以下のリンクをクリックしてください。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSelawtPedrFFodh0NoqlBLthQdviM6qhSZ0WFjJhIO1PsBvFg/viewform

内容に関するお問い合わせ先:日本鳥学会事務局 片山 直樹 (和文誌委員会)
メール:katayama6@affrc.go.jp

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フィールドワークと性暴力・セクシュアルハラスメントに関する実態調査アンケートの報告書

共同研究グループ「フィールドワークとハラスメント(Harrassment in Fieldwork, HiF)」からのお知らせです。日本鳥学会会員の皆様にもご協力いただいて実施された「フィールドワークと性暴力・セクシュアルハラスメントに関する実態調査アンケート」の報告書<第一報>がWEB公開されました。下記リンクよりご確認ください。

https://safefieldwork.live-on.net/survey/report1-jp/

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(2025年4月4日 事務局)

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W01 切っても切れない古生物学と鳥類学
〜古生物学者が見ている鳥の世界〜

青塚圭一(立教大学・東京大学総合研究博物館
E-mail: 5575391@rikkyo.ac.jp)
石川弘樹(東京大学総合研究博物館)
宇野友里花(東京大学)
多田誠之郎(福井県立大学)

1996年以降,羽毛の痕跡を持つ恐竜化石が相次いで発見されたことにより,恐竜と鳥類が極めて近い関係であることが明らかになった.今日では鳥類が恐竜から進化したとする学説は揺らぎのないものとして,広く知られるようになっている.しかしながら,恐竜が羽毛を持っただけで鳥類になるわけではない.恐竜から現生鳥類に至るまでの間には骨格形態はもちろん,機能的構造や生理面を含めた進化も起こっていたはずである.

この疑問を明らかにするために古生物学分野では日夜,様々な手法で研究を行なっているが,化石記録だけからそれらの疑問を説くことは不可能である.そのため,恐竜の直系の子孫である現生鳥類の生態,行動を理解することは古生物学的な疑問を解く上で欠かせないものであり,鳥類研究者と足並みを揃えて研究を行うことは,学際的な発展をもたらすものになると確信している.

そこで本集会は恐竜から鳥類への進化に関する古生物学研究の事例紹介をすると共に,鳥類研究の視点を含めた学際的研究の必要性を説くことを目的として企画した.本集会では趣旨説明を行った後,前半で中生代の鳥類に関する概要と古生物学研究における“鳥類”の定義に関する講演を行い,後半は演者自身の研究結果に基づいて,鳥類の翼を構成する前翼膜の進化に関する研究と,鼻腔構造から推察する恐竜の生理機能を推定した研究の紹介を行った.


中生代の鳥類の多様性

青塚圭一

中生代の鳥類というと始祖鳥が“最古の鳥類”として知られているものの,その他の鳥類の存在は一般的にあまり知られていない.しかし,これまでの化石記録から少なくとも白亜紀には鳥類の多様化が起こっていたことが明らかになっている.そこで,本発表では中生代の鳥類の種類や骨格的特徴について紹介を行った.

中生代に繁栄した鳥類には基盤的なものから順に孔子鳥,エナンティオルニス類,真鳥類などが代表的なものとして知られている.これらの鳥類化石はその骨格的特徴から現生鳥類とは異なる分類群のものとして扱われており,初めは長かった尻尾の骨が癒合して尾端骨を形成し,飛翔に向けた胸帯の発達,翼を構成する前肢の発達,そして大きな竜骨突起の形成へと徐々に現生鳥類と共通する骨格構造を進化させてきたものと考えられている.これらの鳥類の化石は世界中から報告されており,陸上性,潜水性のものも含まれていることから,中生代において鳥類は既に繁栄していたことが明らかである(図1).

図1

しかし,化石として残るのは骨の一部のみということが殆どであり,その生態の復元は極めて難しい.このため,化石として残されている骨格構造を現生鳥類のものと比較し,その骨格的類似に基づき,行動や生態を推定するというのが一般的である.その研究例の1つとして,白亜紀の潜水鳥類であるヘスペロルニスの水掻きがアビのような蹼足であったのか,カイツブリのような弁足であったのかについて足根中足骨の特徴に基づき推定した研究内容を紹介した.

昨今の鳥類進化の研究の大きな疑問として,現生鳥類のグループ(新鳥類:Neornithes)がいつ出現したのか?ということが挙げられる.現在のところ新鳥類は白亜紀末期には出現していたことを示す化石が知られているが,なぜこのグループだけが恐竜を滅ぼした大量絶滅事件を生き残れたのかについては大きな謎であり,今後の更なる研究が必要であると言える.

 

中生代の鳥類と現在の鳥類は同じ鳥?

石川弘樹

我々は日常的に「鳥類」という言葉を使っているが,実はその定義や範囲は様々である.“現在”という1つの時間面にのみ言及している限りは問題にならないが,長い進化の歴史を辿っていくうえでは混乱のもとになる.そこで,本講演では「鳥類」の定義を題材に,系統的な分類群の定義法や「鳥類」的な特徴の獲得の歴史を紹介した.

系統的な分類群の定義には主に2つの方法がある.1つは,特定の分類群との系統関係に基づくもので,たとえばイエスズメとトリケラトプスの最終共通祖先を基準に「恐竜類」を定義する意見がある.「鳥類」の場合,ドロマエオサウルス類やアーケオプテリクス(始祖鳥)などを基準に定義したものを「アヴィアラエ類(Avialae)」,現生鳥類のみを基準に定義したものを「新鳥類(Neornithes)」と呼ぶ.基本的には,中生代の「鳥類」はアヴィアラエ類を,新生代の「鳥類」は新鳥類を指す.しかし,化石種は系統関係が不確定な場合も多く,アヴィアラエ類では系統仮説によって「鳥類」の範囲が大きく変わってしまうこと,現在では始祖鳥は必ずしも最古の「鳥類」とは見なされていないこと,あくまで系統的な定義であるため初期の「鳥類」がどの程度「鳥類」的だったかには注意が必要なことなどを紹介した(図2).

図2

分類群は特定の派生形質によっても定義でき,例としては「伸長した薬指」による「翼竜類」の定義などがある.鳥を鳥たらしめる特徴として羽毛や翼が考えられるが,これらの特徴は化石にはほとんど残らない.しかし,例外的に保存状態の良い化石の発見により,羽毛のような繊維状の構造が多くの恐竜類(ひょっとすると翼竜類)にも見られることが判明し,現生鳥類の羽毛の相同物がどこまで遡れるのかは議論が続いている.翼に関しても同様だが,少なくともマニラプトル類の一部の化石では翼状の構造が確認できる.

現生種だけ見ていれば「何が鳥か?」と迷うことはないだろう.しかし,鳥類らしい特徴が化石に残りにくかったり,連続的に変化していたりするせいで,誰もが納得する形で明確な指標を持って「鳥類」を定義付けることが難しいのが現状である.

 

恐竜はどのようにして翼を持ったのか?

宇野友里花

本講演では鳥類を特徴づける行動の1つである“飛翔”に関係する軟組織を化石の姿勢から推測した研究事例の紹介を行った.

鳥類は翼を羽ばたかせることで飛行時に揚力と推進力を得ているが,現生鳥類の翼の前縁を見てみると「前翼膜」と呼ばれる,肩から手首まで伸びる膜状構造が存在している.この前翼膜は羽ばたきの際,揚力を生み出す役割を果たしており,肘と手首の連動もサポートし,飛行において重要な役割を担っている.これまでの化石の研究から,現生の鳥類の翼を特徴づける多くの形質(例えば,前肢の指が3本であること,手首の骨や中手骨が癒合していること,風切羽を持つことなど)は,恐竜の段階で獲得されていたことがわかっているが,軟組織である前翼膜は化石として保存されにくいため,恐竜から鳥類への進化の過程でこの構造がいつ獲得されたものなのかは明らかになっていなかった.

図3

そこで,前翼膜が肘の角度を制限する構造であることに着目し,前翼膜を持つ鳥類では,肘が大きく伸びて化石化することはないと予想した.そして,新生代の爬虫類と鳥類の化石を調べ,肘関節の角度を測定し比較したところ,鳥類化石では,肘が優位に小さい角度で保存されていることがわかった.さらに恐竜化石の肘の角度を測定したところ,鳥類に近縁なグループになるほど化石として保存されている肘関節の角度が小さくなっており,特にマニラプトル類では,現生鳥類と同様の肘の角度が保存されていることが明らかになった.マニラプトル類は鳥に近縁な恐竜ではあるが,しばしば爪を使って狩りをしていたと考えられる陸上性の肉食恐竜である.つまり,現在の鳥の飛行において重要な役割をもつ前翼膜もまた,鳥の飛行の起源よりも前の恐竜の段階で獲得されていたと考えられるのである(図3).

 

恐竜の代謝能力は鳥か?爬虫類か?

多田誠之郎

一般的に爬虫類は外温動物であるのに対し,鳥類は内温動物である.恐竜は爬虫類であるが鳥類へと進化したとすれば,代謝に関わる生理機能の進化を伴っていたはずである.そこで,鳥類の祖先である恐竜類の代謝状態を推定するために,内温性の鳥類・哺乳類が独立に獲得した呼吸鼻甲介と呼ばれる構造についての研究を紹介した.

呼吸鼻甲介は,鼻腔内に突出する渦巻き状の突起構造であり,鼻腔の表面積を大きくして熱交換効率を上げることで,内温動物が持つ大きな脳の温度維持に役立っていると考えられている.今回紹介した研究においても,内温動物が本構造を鼻腔内に包含することで,外温動物よりも大きな鼻腔サイズを持つことを示した.また,このパラメータに基づき非鳥類恐竜類に注目してみると,鼻腔サイズは現生鳥類ほど大きくなっておらず,鳥類程度に発達した脳の熱交換機能は有していなかったことが明らかになった(図4).

図4

代謝状態を含む生理学的特性を化石記録から直接明らかにするには難しい点が多いが,それらを形態の変化にすりかえてアプローチする方法は古生物学特有のものであるため,研究紹介を交えて本自由集会で紹介した.


4つの講演を終えた後,最後に総合討論として参加者との意見交換の時間を設けた.その中で,鳥類の骨学的進化や古生物研究に関する大変好意的な意見を頂くことができ,本集会で意図したことを参加者に伝えることができたと実感している.上述の通り,化石から読み解ける情報は過去の生物の残した証拠の一部に過ぎず,まだまだ検討の余地を多分に残しているというのが実情である.しかし,鳥類の遺体資料や行動データは外部形態や生態,行動の見えない古生物学研究にとって非常に意義のある情報をもたらせるものであり,鳥類研究者と共同で研究を行う機会を設けることは,双方にとって新たな知見を生み出す可能性を秘めている.本集会を機に今後,学際的な研究の発展に繋がっていくことを大いに期待したい.

(注:本記事に掲載されている図の著作権は各作者に帰属します。無断使用・転載を禁じます。)

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Ornithological Science 24巻1号が発行されました

Ornithological Science編集委員長 上野裕介

日本鳥学会会員の皆さま

日ごろから本誌の編集業務にご協力をいただき、誠にありがとうございます。
このたび、Ornithological Science 24巻1号が発行されました。
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/osj/-char/ja

ノゴマ
ノゴマに専用のプライヤーを用いて金属足環を装着する様子

今号は「標識調査」の特集論文8報を含め、計14本の論文が掲載されています。
ぜひ、ご覧ください。

引き続き、皆様からのご投稿をお待ちしております。

※ご注意:Ornithological Science誌は、昨年からオンラインジャーナルとなり、冊子体が廃止となっています。


SPECIAL FEATURE

One hundred years of bird banding in Japan
Taku Mizuta

Apparent annual survival rates of male Ryukyu Scops Owls on eight islands in the Ryukyu Archipelago
Masaoki TAKAGI, Akira SAWADA

Interspecific and individual differences in the tongue spots of three grasshopper warbler species in Hokkaido, Japan
Masaoki TAKAGI, Miho IWASAKI, So SHIRAIWA, Shohei FURUMAKI

Geographic variation in body size of Black-headed Gull Chroicocephalus ridibundus
Hiroshi ARIMA, Hisashi SUGAWA, Yusuke SAWA

Constant-effort mist net bird monitoring during the breeding season in a lowland deciduous forest in western Hokkaido, Japan
Noritomo KAWAJI, Shin MATSUI, Takayuki KAWAHARA, Tatsuya NAKADA

Survival and movement of the endangered Amami Woodcock Scolopax mira revealed through banding on Amami-Oshima Island
Hisahiro TORIKAI, Hidemi KAWAGUCHI, Taku MIZUTA

Variation in seasonal movement and body size of wintering populations of Black-headed Gull in Japan
Yusuke SAWA, Hisashi SUGAWA, Takeshi WADA, Tatsuo SATO, Hiroshi ARIMA, Norie YOMODA, Isao NISHIUMI

Knowledge gaps remaining in the spatial analysis of bird banding data: A review, focusing on use of Japanese data
Daisuke AOKI, Mariko SENDA

ORIGINAL ARTICLE

Non-native Red-billed Blue Magpie Urocissa erythrorhyncha expanded into lowland areas with moderate forest cover, with no significant impact on native common bird occupancy, in Shikoku, southern Japan
Hirohito MATSUDA, Kazuhiro KAWAMURA, Motoki HIGA, Shigeho SATO, Hitoshi TANIOKA, Yuichi YAMAURA

Inter-annual, seasonal, and sex differences in the diet of a surface feeding seabird, Streaked Shearwater Calonectris leucomelas, breeding in the Sea of Japan
Chamitha DE ALWIS, Ken YODA, Yutaka WATANUKI, Akinori TAKAHASHI, Kenichi WATANABE, Satoshi IMURA, Maki YAMAMOTO

Habitat Selection by Chestnut-cheeked Starling during the Breeding Season in the Northern Tohoku Region
Ryutaro OIZUMI, Koharu IKEDA, Takashi KUNISAKI, Kiyoshi YAMAUCHI

Effects of microplastics on seabird chicks: an experiment using pellets with and without chemical additives
Koki SHIGEISHI, Rei YAMASHITA, Kosuke TANAKA, Mami KAZAMA, Naya SENA, Hideshige TAKADA, Yoshinori IKENAKA, Mayumi ISHIZUKA, Shiho KOYAMA, Ken YODA, Yutaka WATANUKI

The Coloration of the neck feathers of Large-billed Crows and Carrion Crows―The color variation observed in Large-billed Crows―
Chinami MANIWA, Nathan HAGEN, Yukitoshi OTANI, Amy OBARA, Masato AOYAMA

Baikal Teal Sibirionetta formosa wintering in South Korea use three distinct spring migration routes
Hyung-Kyu NAM, Ji-Yeon LEE, Jae-Woong HWANG, In-Ki KWON, Seung-Gu KANG, Hwa-Jung KIM, Yu-Seong CHOI, Wee-Heang HUR, Jin-Young PARK, Hyun-Jong KIL, Dong-Won KIM

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新潟大学佐渡自然共生科学センター教授公募のお知らせ

新潟大学佐渡自然共生科学センター里山領域/朱鷺・自然再生学研究施設 教授公募のお知らせです。

【職種】教授 1名(常勤,任期5年(更新可))
【専門分野】保全生物学,復元生態学,もしくは群集生態学
【応募資格】博士の学位を有すること。採用後は佐渡市内に居住可能であること。 国内外の大学・研究所等で共同研究に参画した実績があること。
【採用時期】令和7年6月1日以降のできるだけ早い時期
【応募締切】令和7年3月10日(月)17時必着
【お問合せ】新潟大学佐渡自然共生科学センター事務室
E-mail:sadojimu@adm.niigata-u.ac.jp ※「@」は半角に変更してください。
電話:0259-22-3885
FAX:0259-22-3990
〒952-0103 新潟県佐渡市新穂潟上 1011-1

【公募情報のリンク】
https://www.sices.niigata-u.ac.jp/cms/wp-content/uploads/2024/12/satoyama_faculty_recruitment_20241220.pdf
https://jrecin.jst.go.jp/seek/SeekJorDetail?id=D124121525

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(2025年2月7日 事務局)

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広島修道大学公募情報のお知らせ

広島修道大学公募情報のお知らせです。詳細は以下をご覧ください。

担当科目:「植物分類学」
採用時期:2027年4月1日
応募締切:2025年2月21日(金)必着
URL:https://www.shudo-u.ac.jp/koubo/20241217-1.html

担当科目:「生態学」
採用時期:2028年4月1日
応募締切:2025年2月21日(金)必着
URL:https://www.shudo-u.ac.jp/koubo/20241217-2.html

担当科目:「細胞生物学」
採用時期:2028年4月1日
応募締切:2025年2月28日(金)
URL:https://www.shudo-u.ac.jp/koubo/20241217-3.html

担当科目:「遺伝学」
採用時期:2028年4月1日
応募締切:2025年2月28日(金)必着
URL:https://www.shudo-u.ac.jp/koubo/20241217-4.html

担当科目:「発生学」
採用時期:2028年4月1日
応募締切:2025年2月28日(金)必着
URL:https://www.shudo-u.ac.jp/koubo/20241217-5.html

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(2025年2月7日 事務局)

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日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W09 野鳥観察をとりまく現状と課題 2024年大会versionサブタイトル『エコツーリズムと鳥類の保全』

日本鳥学会2024年度大会自由集会報告 - W09 野鳥観察をとりまく現状と課題 2024年大会versionサブタイトル『エコツーリズムと鳥類の保全』

板谷浩男(日本気象協会)
富岡辰先(公益財団法人日本野鳥の会)
中原一成(環境省自然環境局国立公園課 国立公園利用推進室)
早矢仕有子(北海学園大学)
須藤明子(株式会社イーグレット・オフィス)
菊地直樹(金沢大学)
守屋年史(バードリサーチ)

 昨年度大会で野鳥観察をとりまく現状と課題というタイトルで自由集会を開催した.野生生物などの観光資源の利用は地方において経済的に期待が高まっていた.一方で,撮影や観察が鳥類の生息に負の影響を与えている可能性が示唆されていた.今年は,「エコツーリズムと鳥類の保全」を課題とし,4人のスピーカーから話題提供を経て,総合討論では社会的な観点も含めた議論を実施した.

 

野鳥の会が実施したアンケート調査結果報告
板谷浩男(日本気象協会)・富岡辰先(公益財団法人日本野鳥の会)

 エコツーリズムや地域による資源利用として,鳥取県のキャンプ場で利用客を集客している事例を紹介した.この事例では,フクロウの巣箱を設置し,巣箱をライトトラップすることで利用客を呼び寄せているが,これのことを問題提起として紹介した.また,(公財)日本野鳥の会普及室による2023年のマナー問題事例の報告をおこなった.問題事例は,12の支部・連携団体からの延べ31件であった.問題報告の内容としては,音声による誘引や営巣放棄等,鳥に対する問題は7件,三脚による一般の方への交通妨害,多数の自動車による交通障害やマナー違反を注意した人とのトラブル等,人に対する問題は16件,両方に関わるものが3件だった.その他としては,小川を堰き止め水場を作ったり,小屋を設置したり,枝を折る,止まり木を設置する等の環境改変が4件あった.問題を起こしている人は,カメラマンが22件,観察者が1件,両方が4件と,圧倒的にカメラマンの問題が多くなっていた.

 

自然環境保全と地域経済活性化の両立を目指して
中原一成(環境省自然環境局国立公園課 国立公園利用推進室)

 国立公園における保護と利用の好循環,エコツーリズム政策概要,アウトドアガイド事業者向けの「国立公園における自然体験コンテンツガイドライン」,ガイド育成事業,米国のアドベンチャートラベル(AT)事業社のサステナビリティへの取組等を紹介し,自然環境保全と地域経済向上の両立を考察した.
 国立公園における保護と利用の好循環として,2016年より環境省が取り組む国立公園満喫プロジェクトを紹介した.本プロジェクトは,日本の国立公園のブランド力を高め,国内外の誘客を促進し,利用者数だけでなく,滞在時間を延ばし,自然を満喫できる上質なツーリズムを実現させるものである.また,地域の様々な主体が協働し,地域の経済社会を活性化させ,自然環境の保全へ再投資される好循環を生み出すことを目指している.これまで,受け入れ環境の磨き上げとして,景観改善,廃屋撤去,公共施設へのカフェ等導入,自然体験コンテンツの充実等を図っている.さらに,国内外へのプロモーションを,日本政府観光局サイト内国立公園一括情報サイト,国立公園公式SNS及びウェブサイト,国立公園オフィシャルパートナーシップ等民間企業との連携を通して実施している.令和3年の自然公園法の一部改正では,地域主体の自然体験アクティビティ促進の法定化・手続きの簡素化として,地域協議会が自然体験活動促進計画を作成できるようになった点等についても共有した.
 エコツーリズム政策概要では,エコツーリズム推進法,エコツーリズム推進全体構想,エコツーリズム推進単体構想認定地域について,説明した.また,特定自然観光資源の指定による立入り制限制度の事例として,阿寒摩周国立公園内のアトサヌプリ(硫黄山),西表石垣国立公園内の西表島を紹介した.アトサヌプリでは,人数制限(年間5万人以内,1日130人以内)を導入し,また,認定ガイド同行が条件,参加料金は13,000円~/人となっており,保護と利用の好循環事例とも言える.
 国立公園における自然体験コンテンツガイドラインは,全国の国立公園で提供される様々なコンテンツ(アクティビティや体験など)について,コンテンツを提供する事業者自らが「コンテンツ造成」,「安全対策・危機管理」,「環境への貢献・持続可能性」の3つの観点から,その質を確認することができるガイドラインとなっている.環境省では,多くの事業者の皆様に本ガイドラインの主旨をご理解いただき,より質の高い国立公園ならではのコンテンツの提供ができるように,国立公園のさらなる活性化を皆さんとともに進めていきたいと考えている.
 ガイド育成事業として,令和6年度自然を活かす上質なツーリズム人材育成・地域作り支援事業による研修を紹介した.本研修は,地域社会の持続的発展を目的として,自然を活かし,社会や経済の課題も同時に解決するような“地域が元気になる”上質なツーリズムの実現を目指す人材育成と地域作りを支援するものとなっている.
 最後に,米国のAT事業者のサステナビリティへの取組について,カリフォルニアを拠点とするリバーアウトフィッターである,OARSの取組等を紹介した.OARSは2000年にフィジーのUpper Navua River 周辺に自然環境保全地域を設立した.地域の土地所有者,村,企業,政府等ステークホルダーと協働して設立された.この取組はツーリズムを通して,自然環境保全と共に,地域発展にも貢献している.このユニークなパートナーシップは,これまでにリース支払い,旅料金,ガイドへの支払い等を通じて,100万ドル以上提供されている.ATTA(Adventure Travel Trade Association)によると,2019年時点でAT産業界では32%のAT事業者がB Corp等,サステナビリティ資格を有していたり,取得手続きを進めていたりしており,これらの資格は企業評価を高めているとも言え,AT事業者による自然環境保全への取組は必要不可欠である.

国立公園における自然体験コンテンツガイドラインについて

 

シマフクロウ保全とツーリズム
早矢仕有子(北海学園大学)

 北海道の個体数が微増を続けているシマフクロウだが,観光利用と保全事業の軋轢が緩和できる兆しは無い.絶滅危惧種に対する営利目的の私的な餌付けに関しては,国も中止を呼びかけているが状況は一向に変わりそうにない.保護事業者(国)と事業に関わる研究者が声高に正論を叫ぶだけでは,経済的利益をシマフクロウから享受している人々の行動を変えることは困難である.道内で分布域の復元が進行しているタンチョウでは,とくに札幌圏で市民の見守り活動が活発化し,不適切な観察や撮影行為防止に貢献しているが,生息地を公開していないシマフクロウでは,地域住民の自発的な保護行為を促進することができないのも悩みの種である.
 そこで,やや現実逃避の感はあるが,まだシマフクロウの分布域が復元していない札幌周辺でシマフクロウファンを増やし,保全活動への良き理解者と協力者を涵養することを目的とした普及啓発イベントに力点を置くことにした.とくに,子供たちと両親を仲間の輪に加えることで,次世代の力を借りて,かつての分布域である札幌や函館までシマフクロウの分布が復活する日を目指したい.

 

イヌワシを見せて守る作戦
須藤明子(株式会社イーグレット・オフィス)

 滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山(標高1377m)では,1990年代からイヌワシの撮影を目的としたカメラマンによる問題が続いている.伊吹山ドライブウェイ沿いの歩行禁止区域への侵入,国定公園内での樹木伐採や餌付けなどの問題が続いている.さらに近年,一部のカメラマンが巣に接近するなど深刻化したことから,苦肉の策として「見せて守る作戦」を開始した.2023年4月〜9月には,「見守りによる監視効果」と「イヌワシを身近に感じることで保全の意識を育むこと」を目的として,イヌワシの営巣のようすをYouTubeでライブ配信し,地元米原市も「イヌワシ子育て応援プロジェクト」として協働した.さらに10月からは,ルールを守った観察会を定期的に開催している.これらの取り組みにより,多くの人がイヌワシの保全に象徴される生物多様性保全について考える貴重な機会となった.
 2024年は,米原市と伊吹山ドライブウェイの協力を得て,ガードレールに侵入防止柵を設置してカメラマンを排除することに成功した.その結果,これまでカメラマンが占拠していた場所をイヌワシがハンティングの場所として利用するようすがたびたび観察された.このことが功を奏したのか, 6月にはイヌワシの雛が無事に巣立つことができた.11月には,伊吹山のカメラマン問題がテレビ放映され,大きな反響があった(毎日放送ニュース特集「特盛憤マン」).テレビ放映の数日後には,市民からの通報を受けて,はじめて米原警察(パトカー1台と警官2名)が現場を確認し,カメラマンを退去させた.
 30年にわたるカメラマン問題が解決へと向かい,伊吹山のイヌワシが安心して営巣できる環境がもどることを願っている.

イヌワシに関連する問題行動に加えて、希少植物の踏み荒らし、ごみのポイ捨て、注意喚起看板の破壊などの行為が確認されている.
イヌワシと希少植物の保護のためにガードレールの外に出ないよう注意喚起する看板も設置された(伊吹山を守る自然再生協議会:滋賀県・米原市・環境省近畿地方環境事務所).

 

野鳥観察「問題」へ順応的に対応する-対話的アプローチのススメ
菊地直樹(金沢大学)

 野鳥の保全と利用のあり方は,ある解決策を実施しても別の問題が生じてしまう「やっかいな問題」といっていいかもしれない.やっかいな問題の解決とは正解を出すことではない.バードウォッチャー,カメラマン,観光関係者,保護関係者,地域住民といった多様な人びとが試行錯誤を続けながら,早期発見や適切な対応ができる創造的な学びのプロセスを動かすことが重要である.

 菊地が参加した兵庫県・豊岡市で実施されたコウノトリの野生復帰プロジェクトでは,コウノトリを中心に添えることで,農業の活性化,地域の経済効果,自然再生,文化の創造のネットワークといった多様な価値が同時多発的に生じている.コウノトリを害鳥と認識していた人たちにも,新たな価値観が生まれてきた.

 野生復帰での経験を踏まえ,やっかいな問題となっている野鳥観察とマナーの問題を解決するためには,どうようなアプローチが必要かを模索してみた.そもそも野鳥観察「問題」は何が問題なのか?問題解決とは何か?そうした問いに対して,『やっかいな問題の解決とは,問題が起きても,多様な人びとが早期発見や適切な対応ができるという創造的な「学びのプロセス」を生み出すことである』と考えた.
 次に,餌付けが問題となっているシマフクロウについて地域の関係者への聞き取り調査の結果から,以下のような問題が確認された.

<整理された問題点>
①地域住民が保全の担い手であると保護関係者が必ずしも認識していないこと
②地域の主体性が必ずしも担保されていないこと
③外部からの批判は地域生活に大きな影響を与えること

 これらをふまえ,野鳥観察における問題を社会の問題としてとらえるならば,野鳥には多義的な「意味」が付与されており,関係する様々な人たちが,相互に理解し,相互に学び,お互いに関係を持ち合うことが重要だと考えられる.
 すなわち,鳥の知識を習得してもらうだけでなく,保護や保全についての理解を得るだけでもなく,まずは地域社会に入っていって,地域社会が抱える問題や課題の一つとしてとらえ,多様な人々の考え方を知ること,学ぶことが重要であると考える.
 多様な人びとが多様な考えをすることは,当然複雑である.複雑さは問題であると同時に解決のための資源でもあり,問題を解決していく順応性が問われている.誰からも納得される回答を用意することではなく,可能な限り調べて考え「こうではないか」という暫定的な提言をする,それを実行する,そしてまた調べて考える,というプロセスを対話的に進めることで複雑さの糸を解くことが出来ると考える.
 現在,石川では,いしかわ生物多様性カフェを主催し,市民と専門家が「対話」する場をつくり,社会における課題を話し合う場を設け,地域の課題と生物多様性の保全に寄与する取り組みをはじめている.

 

総合討論
守屋年史(バードリサーチ)

 総合討論では以下の話題が会場からも出され,自然保護と観光利用の両立,ガイドラインの有効活用,そして関係者間の協力の重要性が討論された.

1.モラル・マナーの普及と法律の役割
 環境省では法律で対処しにくいモラルやマナーに関して,ガイドラインや啓発活動を通じて普及を図る方針を採用している.公園ガイドの教育が重要とされるが,ルールから逸脱する者への対応には課題がある.

2.絶滅危惧種の保護とガイドライン
 種の保存法や特別保護区を利用することで,イヌワシやシマフクロウの保全が可能である.他に特別鳥獣保護区や国立公園の特別保護地区などの保護区を利用して制限を行うことも可能.

3.エコツーリズムの発展とマナーのガイドラインと対象の設定
 離島やツル観察など,ガイド付きのエコツーリズムは自然保全に寄与すると考えられる.バードウォッチングにとどまらない,多面的なガイドライセンス制度の構築が求められる.故意にルールを無視する人ではなく,初心者を対象にした啓発が現実的.
 カメラマン対策にはメーカーとの連携が有効.シマフクロウの例では,関係者同士の対話と役割分担が重要であり,地域の特性に応じた対応が効果的.

4.観光と保全のジレンマ
 公共施設の利用増加が経済には良いが,保全には負担となるジレンマが存在.
 国立公園では計画の見直しや点検を通じて,利用と保全のバランスを模索している.
 ガイドは,見せる・見せないといった判断や観光客の期待に対する対応が難しい.
 環境省のパンフレットでは「そっと離れる」行動を推奨しているが,具体的な距離や人数制限の設定は難しい.

<総括>
 中原さんからは,国立公園における保護と利用や,エコツーリズム政策について,外国のエコツーリズムの事例なども示し,自然を守り地域活性をどう考えるかといった観点を重要視している国の姿勢を分かり易く示していただいた.
 バードウォッチングの観点から見ると,ツル類の越冬地や離島での渡り鳥観察,イヌワシや,シマフクロウなどの特定の観光資源の利用可能性は大きいと考えられる.ただし,不用意な接近による繁殖妨害,保護方針とは関係ないのない餌付け,オーバーユース等の課題も多数存在していた.解決の方向性として,早矢仕さんは,研究者側からの発信により,関心と共に科学知見を普及していく活動に重点を置き,未来世代を育て増やす,須藤さんは,あえて生息地を公開することで監視効果とともに,身近に感じることによる関心や理解の醸成を図っていた.ただ,親近感を持ちすぎることへの危険,SNS上での中傷などのデメリットも新たに認識され,効果をどう判定するかといった検証は必要と考えられた.また継続することで大きな効果が得られるため,その体制づくりも課題と考えられる.しかし,長期的な啓発による取組みは,お二人のその手ごたえもあって,希望が持てる手法と考えられる.
 また,現在進行中の課題に対応するため,ガイドラインの整備や法的な規制も視野に入ると考えられる.科学的な知見を積み重ねるとこで,ルール化を検討することが理想と考えられるが,現実的な問題として,生業の一部(宿泊業やガイド業など)として既に地域住民が関わっていることが解決を難しくしている.菊地さんからは,順応的な解決プロセスとして,地域に飛び込んだ対話的アプローチの話題を提供していただいた.その中で,地域主体を担保すること,外部の批判が地域に大きい影響を与えることなど,自然への影響だけを見ていると見落とす可能性の高い課題があることが認識できた.地域住民が最終的な保全の担い手であることを考えると,自然環境,地域社会,経済効果の良い循環を構築することは重要と考えられる.ただ,持続的な保全への投資も発生し続けることは,自然観光資源の付加価値を上げ続け,環境への負荷も上がり続けないだろうかといった心配の質問も会場からあった.
 一足飛びに課題の解決は難しく,地域経済規模や地域の将来なども加味した順応的な検討が必要になると考えられる.ある程度のゆるさやあいまいさを許容し地域社会との関係を続けながら,長期啓発の効果につなげる過程が必要ではないかと感じた.

会場
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