2024年度黒田賞を受賞して

森口紗千子(日本獣医生命科学大学 獣医学部 野生動物学研究室

このたびは、栄誉ある黒田賞を受賞させていただき大変光栄です。
今大会では、受賞講演に加え、大会実行委員の仕事と公開シンポジウムのコーディネーター、企画委員の仕事など、大会中は忙しなく動いていましたが、お会いする方々から口々にお祝いのお言葉をいただき、とても幸せな時間を過ごさせていただきました。また、今大会はハイブリッド開催であったため、会場に来られない方たちにも、講演を聞いていただくことができました。講演会場だけでなく、休憩室でのサテライト配信やオンライン配信にご尽力いただいた大会実行委員のみなさまに、重ねて御礼申し上げます。同じ大会実行委員として頼もしく、安心して講演することができました。

受賞対象となった研究内容は、「鳥類生態学で拓く鳥インフルエンザ研究」と題して講演しました。私は、鳥インフルエンザウイルスの本来の自然宿主とされる、ガンカモ類の一種であるマガンの生態研究で学位を取得したのちに、鳥インフルエンザの研究を始めました。学生時代より培った知識や技術、人とのつながりなどを拠り所として鳥インフルエンザ研究を進められたことは事実ですが、不安定なポスドクの職を転々としながらも、「これだ!」と自ら選びとって続けてきた研究を日本鳥学会に認めていただけたことは、大変意義深いものでした。

対象となった研究は、野生鳥類における鳥インフルエンザのリスクマップ作成や野生鳥類の高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)サーベイランスおよび飼養鳥のHPAI防疫体制の構築に向けたアンケートなどです。これらに加え、農林水産省の高病原性鳥インフルエンザ疫学調査チーム委員としての疫学調査や疫学報告書執筆といった社会的活動を、業務研究の傍らで行ってきました。このような鳥類学以外の獣医疫学などの他分野とも深く関わり合い、鳥類学者が担う社会的責任を果たしてきたことを評価いただきました。

鳥インフルエンザ研究の対象としたカモ類

鳥インフルエンザは動物の疾病であるため、獣医学が中心となる研究分野です。しかし、野生鳥類がHPAIウイルスを運ぶキャリアとして機能している以上、野生鳥類の生態の理解が進まなければ、その感染拡大リスクの予測や対策を効果的に進めることはできません。HPAIウイルスの知識が必要であることは言うまでもありませんが、どのような場所で、どの鳥類が感染しやすそうなのか、どんなサーベイランスをすればHPAIウイルスの国内侵入や感染の広がりを検知できるのか、宿主側の情報から予測が立てられるのは、鳥類生態学者の強みだと感じています。

そして、人、動物、環境の健康を一つとみなすというOne Healthの理念に基づき、獣医学など他分野の研究者と鳥類生態学者が協働することで、互いの研究分野を理解し合い、個々の研究分野だけでは成しえない目標が達成されていく実感を得てきました。さらに、バードウォッチャーや野生鳥類研究に携わる人々に近い鳥類学者が鳥インフルエンザ研究に関わることで、野生鳥類関係者の協力や理解を得られやすいのでは、とも感じています。研究を進めていく中で、国内外の検査機関や行政担当者、動物園関係者、野生鳥類の救護施設や野生鳥類生息地の管理者など、様々な立場の方々をお話する機会をいただきました。野生鳥類、家きん、飼養鳥、そして人のくらしから、HPAIによる被害を減らしたいという関係者の願いに少しでも応えてゆけるよう、引き続き鳥類研究者としての責務を果たしていきます。

今年で14名となった黒田賞受賞者のうち、女性は私で3人目です。講演では、大学院の同期たちの協力を得て、生態学者の現状を紹介しました。博士課程進学時から学位取得まで、男女比はほぼ1:1であったものの、その後女性研究者だけが減少し続け、回復することもありませんでした。性別にかかわらず、鳥類学を含む生態学の分野で研究職を続けていくことは、博士号を取得することよりもずっと厳しいです。そして残念ながら、少なくとも日本においては、女性であればなおさらです。

授賞講演の様子(2024年度大会、令和6年9月13日)

黒田賞は、私よりも少し年上の方々が日本鳥学会に働きかけたことをきっかけに、創設されました。受賞対象となった鳥インフルエンザに関わる研究や社会的活動を私が続けてこられたのは、研究環境を整え背中を押してくださった上司たちをはじめ、周りの方々のおかげです。一方で、若い研究者が研究職をあきらめなくていいように、まだポスドクの立場にあった日本鳥学会員の先輩方が動いてくださったおかげで、黒田賞があります。受け取る側から与える側へ。今度は私も、鳥類学を志す若い世代にバトンを渡せるよう、日本鳥学会をより良い方向に変えていけるよう、力を尽くしていきます。

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