第13回日本学術振興会育志賞を受賞して

本学会推薦により育志賞を受賞された北沢さんに研究紹介の記事を寄稿していただきました。今年度の推薦受付は2023年4月28日(金)までとなっています。推薦を希望される方、候補者をご存じの方は事務局までご連絡ください。(広報委員 上沖)
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授賞式は東京都日本学士院にて秋篠宮皇嗣同妃両殿下御臨席のもと行われました。

 

この度は、日本鳥学会からのご推薦を経て、日本学術振興会育志賞という身に余る賞を戴き、畏れ多くもありながら大変嬉しく思っております。改めて、これまでに研究や野鳥観察の場でお世話になった皆様に深く感謝申し上げます。

育志賞では、博士課程の一連の研究が審査されました。私は博士課程期間を通して「農地景観における鳥類多様性の広域・長期評価:農地の拡大と放棄に着目して」という課題に取り組みました。この場をお借りして、私の研究概要について軽く紹介いたします。

農地は陸地の3分の1以上の面積を占めるため、農地景観における生物多様性保全策を検討することは、陸上生態系の保全を進める上で必要不可欠です。特に私は、「湿原や森林を農地に転換したことで、鳥類の種数・個体数がどの程度減ったのか?」「人口減少によって拡大している耕作放棄地は、鳥類の生息地として機能しているのか?」「圃場整備されていない水田には、圃場整備された水田と比較して、どれほどの鳥類が生息しているのか?」といったテーマに着目して研究してきました。その結果、湿原や森林が広がっていた1850年頃の北海道石狩平野には、200万個体近くの鳥類が生息していたものの、農地への開拓によって、現在では50万個体近くまで減少してしまったことを明らかにしました。また、長崎県から北海道までの日本全国199地点の農地を調査して、耕作放棄地や圃場整備されていない水田が鳥類の重要な生息地として機能していることを明らかにしました(写真1)。

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写真1. 棚田での調査風景 繁殖期と越冬期に、2年間でのべ1000回以上の調査を実施しました。

 

さらに、これらの研究と並行して、アカモズ(写真2)やシマクイナなどの絶滅危惧種の保全研究・活動を行ったほか、日本野鳥の会茨城県支部の方々と一緒に草原性鳥類の保全に関する研究も実施しました。特にアカモズについては、繁殖地で行われている開発行為に対して、行為実施者に対して配慮のお願いに伺ったり、複数の行政担当者に対して、情報共有や森林管理策のご提案に伺ったり、また森林保護に関連する委員会に、新たな保護策の提案などを行ってまいりました。このような、研究と保全活動を両立してきた点を、賞審査にあたり評価して頂いたのかもしれません。保全活動を「研究者の業績」として評価頂く機会は多くないため、この観点からも今回の受賞を嬉しく思いました。

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写真2. アカモズ 学部2年から博士課程3年まで継続して研究を続けてきた種です。

 

今後の生物多様性保全を進めるためには、農地における取組の重要性が更に増すだろうと思っています。農地における鳥類の研究については、国内で既にたくさんの蓄積があるところではありますが、より保全を効果的に進める上では、更なる研究の蓄積が必要です。例えば、農地に生息している鳥たちの個体数はどの程度減ってきたでしょうか。和田(1922)は青森県のヒクイナについて、「極めて多く分布し、水田稲株間に営巣するが故に小児等のため卵を捕らわるること多し」と記述しています。兼常(1922)もヒクイナについて、「稲田にてふつうにみる種類なり。常に稲田の間に在り。」と述べています。1920年代には、東京都羽田で200-300個体のチュウサギや、ヨシゴイが繁殖していたようです(黒田 1915; 1920)。現在の青森ではヒクイナを、羽田ではヨシゴイを、繁殖の確認どころか観察することすら難しいでしょう。バンやオオヨシゴイ、クイナ、ウズラなどもこの期間にきっと個体数を大きく減らしたはずです。

保全を進める上での第一歩は、「個体数がどのように変化してきたか」を定量化し、その原因を明らかにすることだと考えています。トキやコウノトリでは、個体数変遷や減少原因について詳しく整理されており、それらが農地景観における保全活動にむすびついています。私たちの研究グループでは、日本の繁殖鳥類ほぼ全種の、過去170年間の個体数変化を全国規模で定量化することを目指しています。現在、そして未来の鳥を守るためには、過去の情報が欠かせません。そのために、「過去の鳥類の記録」を集めるプロジェクトを現在計画しております。

最後になりますが、博士課程研究を様々な方に評価頂ける形までまとめ上げることができたのは、特に指導教官の山浦悠一氏、中村太士教授、そして先輩の先崎理之さんと河村和洋さんのおかげであると考えています。私は考えていることや感情を言語化することが苦手だったのですが、山浦さんは私がどんなにしょうもないことを考えている場合でも、私の発言内容を正確に理解できるまで何度も何度も聞き取って頂き、私の考えを尊重して頂きました。「相手の考えを理解することに可能な限り努め、それを尊重する」―至極当たり前のことではあるものの、この姿勢を山浦さんに学んだことで、研究や保全の重要な場で物事を前に進めることができた場面が多くありました。わたし一人で研究をどんなに頑張ったところで、生物多様性保全を進めることは難しいでしょう。様々な分野や立場の方々の意見や考えを汲みながらともに研究・活動する仲間を増やすことが保全のために欠かせないと思っています。

また、育志賞の授賞式ではほかの受賞者の方々と交流する機会もあり、中には臨床医を続けながら研究をされている方もおりました。このような方の存在は、研究と保全活動のどちらも続けたい自分にとって、大きな刺激となりました。他の受賞者や日本鳥学会の皆様をはじめとして、今後も様々な方々に教えて頂きながら、研究を進めて参りたいと思います。

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