2024年度日本鳥学会 ポスター賞 受賞コメント(田上結大)

2024年度日本鳥学会 ポスター賞 受賞コメント(田上結大)

愛媛大学大学院 理工学研究科理工学専攻 博士前期課程2年
田上結大

愛媛大学大学院博士前期課程2年の田上結大と申します。この度は、日本鳥学会2024年度大会におきまして、「行動・進化・形態・生理」部門のポスター賞を授与していただき、誠にありがとうございます。
ポスター発表を聞きに来てくださった皆様に御礼申し上げます。貴重なご意見やアドバイスをいただき、非常に良い刺激となりました。また、大会を企画運営していただいた関係者の皆様、貴重な場を設けていただきありがとうございます。

研究の概要
スズメ目は鳥類の約60%を占める多様な分類群で、その多様化の一因として営巣能力が挙げられます。スズメ目は巣材として、コケや草本、獣毛、菌類など様々な材料を利用して巣を作ります。特にコケは多くの鳥類によって利用されています。
先行研究においてツバメ科が泥を利用した営巣行動が分布域の拡大に寄与した可能性が示唆されています。しかし、どういった巣材を選択して巣を作るかの進化要因の研究は少ないです。
そこで本研究では、コケの巣材利用行動の進化要因を解明する第一歩として、ヒタキ科の巣材と地理的分布に着目し、系統比較法を用いて解析を行いました。ヒタキ科は約50属303種と多様性が高く、巣材としてコケを利用する種数が最も多い科です。

オオルリ(ヒタキ科)の古巣。コケが大量に使用されている。

巣材の種類と、分布域が含む生物地理区の情報をオンラインのデータベースを中心に収集したところ、45属243種についての情報を集めることができました。それらの種の系統樹を作成し、ヒタキ科の共通祖先がどこに分布していたか、また、巣材としてコケを利用していたかどうかを、祖先形質復元の解析を行い推定しました。
繁殖地の分布域の祖先形質復元の結果、ヒタキ科では独立に3回、アフリカ区への進出が起こっていることが分かりました。また、巣材の祖先形質復元に関して、ヒタキ科では巣材にコケを利用する行動が祖先的であり、それが大きな2つのクレードを含む、多数のクレードで独立して失われていたと推定されました。
上記の解析の結果、砂漠を含むアフリカ区への進出と巣材の変化が起きたと推定されたノードが一致していたため、繁殖地と巣材の進化には相関があるのではないかと考え、相関進化についての解析を行いました。その結果、巣材に使う植物の種類の進化と、砂漠を繁殖地とするという進化の間に、相関があることが確かめられました。さらに、巣材と繁殖地の形質状態間の遷移率から、特定の巣材選択が進化した後に、砂漠を繁殖地とする進化が起こる確率が高いことが示唆されました。本研究の結果は、巣材の選択が変化してから新たな繁殖地に進出した可能性を示しています。

 

この記事を共有する

2024年度日本鳥学会 ポスター賞 受賞コメント(天野孝保)

2024年度日本鳥学会 ポスター賞 受賞コメント(天野孝保)

長崎大学大学院 水産・環境科学総合研究科
天野孝保

日本鳥類学会2024年度大会にて、「繁殖・生活史・個体群・群集・生物間相互作用」部門のポスター賞を受賞でき、大変光栄です。本研究は大学院研究ではなく、休学期間に個人研究として実施したものです。私はかねてから、高速道路のSA/PAに多くのツバメの巣があることに興味を持っており、今回その利用状況を知るために全国規模での調査を実施しました。自由時間が十分にある休学期間を活用することで、このような調査を行うことができました。調査期間中は、早稲田大学の風間健太郎准教授、指導教員の山口典之教授、その他大勢の方のご指導、ご協力をいただきながら、安全第一で調査を実施いたしました。厚く御礼申し上げます。また、記念品をいただきました株式会社モンベル様にもこの場をお借りしてお礼申し上げます。そしてなにより、私のポスター発表を見てくださり、たくさんのご意見やコメントをいただいた皆様、本当にありがとうございました。今後は、より一層研究活動に従事し、研究成果としてこれまでお世話になった方々や調査対象種であるツバメ、その他環境保全に還元できるように取組んでいきたいと思います。
さらに、本大会では私にとって初めての大会実行委員を務めさせていただき、非常に大きな経験となりました。大会運営関係者の皆様にもこの場をお借りして感謝申し上げます。

 

成長に差のある雛たち。高速道路では防犯カメラの上にもよく営巣している。

ポスター発表の概要
都市鳥と呼ばれる鳥類種は都市に適応し、繁殖・生息をしています。高速道路は都市間の移動時間の短縮、物流支援や災害時の対応にも幅広く活用され、多くの人々の生活を支える役割を果たし、そこに建設される人工物はツバメもよく利用します。そのため、日本全国を繋ぐ高速道路はツバメの全国繁殖分布調査を行うのに最適な環境であると考え、本研究では日本の高速道路のSA/PA(北海道士別剣淵ICから鹿児島県鹿児島IC)におけるツバメの繁殖状況について可能な限り踏査しました。総走行距離は、約13,000km、停車SA/PAは(上下)約400ヶ所でツバメの巣の有無とその数をカウントし、GLMMを用いて解析しました。

半年間で北海道から九州を2回往復。撮影地は青森県。北海道行きの船を待つ。

その結果、高速道路はツバメにとってSA/PAが集団繁殖の場として利用されており、特にPAよりも人や車の出入りが多いSAが好適環境となっていました。また、中日本エリアのNEO PASA・EX PASAと呼ばれる独自の新ブランドは、ハイウェイオアシスなども含めて人間の休憩施設を充実させるだけでなく、ツバメの住みやすい商業施設にもなっていました。高速道路は、一般国道よりも空間的に高い位置に建設され、山間部や起伏の激しい環境を跨ぐ形で建設されます。本来ツバメが繁殖不可能な山間部上空などでもSA/PAなどの建造物があることで営巣を可能にしていました。今後は、高速道路がある程度独立した「高速道路生態系」となっている可能性について評価し、都市鳥と人間活動の関係性について研究を進めていきたいと考えています。

 

この記事を共有する

第8回日本鳥学会ポスター賞 天野さん・田上さん・水越さんが受賞しました

第8回日本鳥学会ポスター賞 天野さん・田上さん・水越さんが受賞しました

日本鳥学会企画委員会 本多 里奈

 日本鳥学会ポスター賞は、若手の独創的な研究を推奨する目的で設立されたものです。対面形式で開催された日本鳥学会2024年度大会では、第8回ポスター賞を実施いたしました。厳正なる審査の結果、本年度は、天野孝保さん(長崎大学)、田上結大さん(愛媛大学)、水越かのんさん(筑波大学)が受賞しました。おめでとうございます。
応募総数は、過去最多の63件でした。応募数が多いだけでなく、地道に行われた調査や高度な解析技術を用いた研究など、忍耐力や向上心の高さが見て取れる内容が多かったのも印象的でした。来年度もポスター賞を実施予定ですので、たくさんの方に挑戦していただけると嬉しいです。
最後に、ポスター賞の審査を快諾して頂いた9名の皆様、記念品をご提供頂いた株式会社モンベル様にこの場をお借りして御礼申し上げます。

日本鳥学会2024年度大会ポスター賞
応募総数:63件
繁殖・生活史・個体群・群集・生物間相互作用:18件
行動・進化・形態・生理部門        :26件
生態系管理/評価・保全・その他部門     :19件

【受賞】
《繁殖・生活史・個体群・群集・生物間相互作用》部門
「日本の高速道路SA/PAにおけるツバメの繁殖分布とその特徴」
天野孝保

天野さん(左)と綿貫会長(右)

《行動・進化・形態・生理》部門
「スズメ目におけるコケを巣材に利用する行動の進化と機能」
田上結大・今田弓女

田上さん(左)

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
「ミズナギドリの巣穴は節足動物の生息地を創出する」
水越かのん・森英章・川上和人・上條隆志

水越さん(左)

【次点】
《繁殖・生活史・個体群・群集・生物間相互作用》部門
「石狩湾におけるトウネンの通過個体数推定」
内田耕平・先崎理之

《行動・進化・形態・生理》部門
「鳥類のクチバシ定量化と形状多様性に寄与する遺伝的基盤の探索」
荒井颯太・牧野能士

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
「奄美大島における野生鳥類のトキソプラズマ感染状況」
鈴木遼太郎・吉村久志・常盤俊大・伊藤圭子・鳥本亮太・新屋惣・山本昌美

【一次審査通過者】
《繁殖・生活史・個体群・群集・生物間相互作用》部門
「北海道周辺海域におけるウトウの雛の餌種と親の食ニッチサイズの時空間変化」
小島達樹・小澤光莉・大門純平・綿貫豊・ 白井厚太朗・新妻靖章・桑江朝比呂・渡辺謙太・ 松本和也・伊藤元裕

《行動・進化・形態・生理》部門
「繁殖期のウミネコにおける年齢による採餌戦略の変化」
杉山響己・水谷友一・成田章・後藤佑介・依田憲

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
・「レーダを用いた鳥類の観測手法の開発」
河村佳世・鎌田泰斗・佐藤雄大・河口洋一・島田泰夫・黒田幸夫・関島恒夫
・「深層学習による長時間録音からの高精度な鳥類音声の自動抽出」
水村春香・安田泰輔・松山美恵・塚田安弘・瀧口千恵子

 

この記事を共有する

【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(3)クイーンズランド大での日々

【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(3)クイーンズランド大での日々

片山直樹(農研機構 農業環境研究部門 農業生態系管理研究領域)

こんにちは、片山です。今年の4月半ばにオーストラリアに来てから、約6ヶ月が過ぎました。1年間の在外研究の半分がもう終わってしまったことになります・・・そんなに月日が経ったの!?と驚きを隠せないこの頃です。

この半年を振り返ってみると、たしかに色々なことがありました。研究のこと、人との出会い、オーストラリアの鳥たち、そして思わぬハプニング・・・渡航前には想像もしなかったことばかりでした。できるだけ多くの出来事を、全5~6回の連載の中でお話ししたいと思います。

今回は、大学での日々について紹介します。私が今通っているのは、クイーンズランド大学のセントルシアキャンパスです。キャンパスの入り口にあたる場所には、大学名が大きく掲げられています。これを初めて見た時、いよいよ来たんだなという実感がわきました。

芝生にはいつもズグロトサカゲリMasked Lapwingがいます(写真右下)。

キャンパス内には緑地や水場が多く、色々な鳥が暮らしています。なかでもUQ Lakesという小さな湖にはキバタンSulphur-crested Cockatoo、セイケイ Purple SwamphenやオオバンEurasian Cootなど多くの鳥を見ることができます。大学内だけでも、きちんと鳥見をすれば数十種は見られるのではないでしょうか。

絵画のような素敵な光景ですが、冬でも日差しが強いです。

私が所属するCentre for Biodiversity and Conservation Science(通称CBCS)は、Goddard buildingという建物の5階にあります。見晴らしも良く、気持ちのいい場所です。

左の建物がGoddard Buildingです。右手の芝生でランチ会もします。

この階に天野達也博士もいます。オーストラリアで彼と久しぶりの再会を果たすというのはなんとも不思議な気分でしたが、彼は昔と変わらず暖かく出迎えてくれました。

子どもたちも天野さんにとても懐いていました(許可を得て掲載)。

私はポスドク用の4人部屋を借りて、もう一人のポスドクのVioleta Berdejo-Espinola博士と使っています。彼女から大学の色々なことを教わったり、一緒にランチをすることもあります。彼女は今、世界中の脊椎動物の個体数変化を調べる研究プロジェクトを主導しています。私もこれに参加して、日本の論文収集を担当しています。この論文収集のプロトコルが自分の研究の参考になり、さっそく在外研究のありがたみを感じています。

CBCSには数十名以上の研究者や学生が所属しているようです。そうした方々との交流のために、毎週火曜日に開催される研究セミナーに参加しています。その日はまず朝10時半から、モーニングティー(お茶会)が始まります。無料で提供されるコーヒーや紅茶を片手に、多い時で20名以上の先生や学生が集まって会話を楽しんでいます。天野さんもご多忙で不在のことも多く、自分から積極的に誰かに話しかけていかないと何も始まりません。すこし緊張しますが、いざ話しかけてみると皆さんとてもフレンドリーです。鳥を研究している人も多いので、オススメのバードウォッチング場所を聞けるなど、話しかけて良かったなと思うことが多いです。この会話はもちろん英語で行うわけですが、ガヤガヤと賑わう中で相手の英語を聞き取るのは難しく、いつも脳が疲弊しています。お茶会とセミナーは誰でもウェルカムで、最近では熊田さんも参加しています。

多様なバックグラウンドを持っていても、生きもの好きなのは同じです。

モーニングティーの時間は30分ですが、合間にこの一週間の出来事を皆で共有する時間もあります。受理された論文がある人、博士論文の審査にパスした人、予算を獲得した人、外部のセミナーで講演する人、などが簡単な報告をしていきます。おめでたいことがあると、皆が拍手やお祝いの言葉をかけていて、そういう明るい雰囲気がとても良いなと思います。初めて参加した人は、ここで自己紹介をします。私も一分ほど自己紹介をしましたが、なんとか伝わったと思いたいです。

モーニングティーが終わるとセミナールームに移動して、質疑込みで1時間のセミナーが始まります。私も5月にセミナーをして、日本の農地生態系の生物多様性やその保全についてお話しました。そうやって書くと一行で終わってしまうのですが、30分近い時間を英語で話すのは初めてでした。セリフも用意して、何度も練習をしました。おかげで発表は何とかなりましたが、質疑応答は聞き取れない部分もあり、理想の自分にはほど遠いなぁと感じました。そういう経験も含めて、貴重な時間を過ごさせてもらっています。このセミナーをきっかけに、牧草地の鳥を研究している方のフィールドワークに11月に同行できることになりそうです。実現すれば、次回の記事でご紹介したいと思います。

それっぽく話しているように見えますが、内心はいっぱいいっぱいです。

さて、私にはオーストラリアでどうしても会いたい鳥の研究者がいました。その方はMatthew Herring博士と言って、オーストラリアの田んぼや湿地に生息する絶滅危惧種のオーストラリアサンカノゴイAustralasian BitternやオーストラリアタマシギAustralian Painted-Snipeを研究されています。これまでメールでしか連絡を取ったことのなかった彼に、ついに会うことができました。メールでもZoomでも交流できる時代ですが、彼と向かい合って、握手をして、言葉を交わした時間は忘れられない思い出になりました。12月には、彼の調査地の田んぼを視察して、現地の研究者や生産者にセミナーをする予定です。余談ですが、彼のお子さんの一人は日本が好きで空手を習ったり、ドラゴンボールを見ているそうです。そう聞くと嬉しくなりますね。

まさにナイスガイでした(本人の許可を得て掲載)。

さてまだまだ話したいことはあるのですが、この辺りでちょうどよい文字数になってしまいました。次回以降は、以下の話をしたいと思います:

・鳥のおかげ?あるオーストラリア人との出会い

・買った車が2か月で壊れる

・入居したアパートで様々なトラブルが発生

最後に、特に意味はありませんがセアカオーストラリアムシクイRed-backed Fairywrenを紹介します。ブリスベン近郊の森林や湿地で出会うことのできる美しい鳥です。

それではまた次回の記事でお会いしましょう。
この記事を共有する

2024年度中村司奨励賞を受賞して

飯島大智(東京都立大学大学院都市環境科学研究科)

東京都立大学の飯島大智です。2024年度中村司奨励賞をいただき誠にありがとうございました。栄誉ある賞で、大変光栄に思っております。本賞の審査選考を行っていただいた鳥学会基金運営委員のみなさま、評議員のみなさま、ならびに本記事執筆の機会を下さった広報委員のみなさまに感謝を申し上げます。本記事では、受賞論文研究について概説するとともに、受賞論文にて使用されている系統・形質解析の魅力を紹介させていただきます。

受賞論文の概要
生物群集の地理的勾配を形作るプロセスの解明は生態学の中核を担う課題であり、それらのプロセスの解明は、気候変動や人間による土地改変が生物群集に与える影響を理解し予測するために重要です。生物群集の地理的勾配を形作るプロセスを研究するうえで、標高と共に気温や植生などの環境が劇的に変化する山岳域は理想的な研究場所です。しかしながら、低山域から高山帯までを含む広い標高範囲を野外調査によって研究した例は乏しく、特に亜高山帯や高山帯に成立する生物群集構造がどのような要因によって決定されているのかを、後に述べる系統・形質アプローチから検証した例は大陸の山脈や熱帯域の島嶼で実施されたごく少数の研究に限られ、さらなる研究が求められていました。さらに、高山帯を含む広い標高範囲の群集構造の標高勾配に対して、自然環境と人間による土地利用の改変が与える相対的な影響も未解明でした。
そこで本研究では、温帯の島国である日本において、長野県乗鞍岳の標高700mから3,026mにかけて野外調査を実施し、標高100mごとに鳥類群集構造を調べました。各群集を、種数に加えて、構成種の系統や形質から特徴づけ、無機的環境、植生、人間の土地利用との対応を解析しました(研究手法の詳細は過去の鳥学通信の記事:https://ornithology.jp/newsletter/articles/646/ で紹介されていますので、ぜひこちらもご参照ください)。その結果、高山帯では低温、樹木のない環境、乏しい餌資源が、亜高山帯上部では亜高山帯針葉樹林が鳥類群集構造に対する強い環境フィルターとして機能していることがわかりました。この発見は、気候によるフィルター効果が弱い熱帯のボルネオ島での研究結果とは対照的であり、大陸の山岳における発見と一致するものでした。すなわち、一般に気候が穏やかである島嶼部であっても、温帯では気候によるフィルターが強い影響を与えることを示唆しています。さらに、人間活動が営まれている低山域において、撹乱地を好む種が群集中に追加され、群集の系統・機能構造が変化していました。しかし、勾配の約半分が国立公園に指定され大規模な都市化が行われていない乗鞍岳においては、人間による土地改変の影響は自然環境と比較して相対的に弱いことも発見しました。以上の成果から、高山帯は気候変動に対して高い脆弱性を有するとともに、現在はほとんど撹乱されていない亜高山帯では針葉樹林の破壊がその場に成立する鳥類群集に対して深刻な影響を与えうることを示唆しました(図1)。


図1. (a)高木のない高山帯と(b)数種の樹種が優占する亜高山帯の景観。

系統・形質解析の魅力
以上の研究成果を得るにあたり、群集を構成種の系統や形質から特徴付ける解析が大きな役割を担っています。これらの解析は、系統アプローチ(Phylogenetic approach)および機能アプローチ(Functional approach)と呼ばれ、近年、群集生態学の分野で研究数が増えています。従来、生物群集の構造は種数によって特徴づけられることが多く、種数の緯度勾配や標高勾配に関する研究論文が多数出版されてきました。しかし、種数という指標では、種のもつ生態や進化的な背景を考慮できません。例えば、キジバトも、ジョウビタキも、オオミズナギドリも、生態や系統が顕著に異なるにも関わらず、等しく1種です。このように、種数に基づく解析は、種がもつ情報を過度に単純化してしまうという欠点があります。その一方で、系統アプローチでは、公開されている(例えば、Jetz et al. 2012)または自身で構築した分子系統樹を参照し、機能アプローチでは、公開されている種の形質に関するデータベース(例えば、Tobias et al. 2022)や自身で収集した形質データを参照し、それぞれ解析することで、種の系統や機能といった情報を考慮して群集構造を解析し、解釈することができます。野外で得た着想を解析に明示的に組み込めることは、フィールドワークをベースとして生物群集の研究に取り組む研究者にとってこれ以上ない魅力だと感じています。今後も、系統・形質アプローチを駆使し、生態学および鳥学の発展に貢献していきたいです。

受賞論文
Iijima D, Kobayashi A, Morimoto G & Murakami M (2023) Drivers of functional and phylogenetic structures of mountain bird assemblages along an altitudinal gradient from the montane to alpine zones. Global Ecology and Conservation 48: e02689. https://doi.org/10.1016/j.gecco.2023.e02689

引用文献
Jetz W, Thomas GH, Joy JB., Hartmann K & Mooers AO (2012) The global diversity of birds in space and time. Nature 491: 444-448. https://doi.org/10.1038/nature11631
Tobias JA, Sheard C, Pigot AL, Devenish AJ, Yang J et al. (2022) AVONET: morphological, ecological and geographical data for all birds. Ecology Letters 25: 581-597. https://doi.org/10.1111/ele.13898

授賞式の様子(2024年度大会、令和6年9月13日、撮影:基金運営委員会)

この記事を共有する

【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(2)子連れ家族の鳥見事情

【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(2)子連れ家族の鳥見事情

熊田那央(バードリサーチ嘱託研究員)

皆さま、こんにちは。カワウを愛する熊田です。この連載は片山さんがオーストラリアに留学するにあたってその体験を綴るようにと依頼されたものですが、せっかく家族で渡っているのだからと、私も記事を書く機会をいただきました。研究の話は片山さんがたっぷり書かれると思いますので、私からは主に鳥好きの家族が子連れでブリスベンに行ったら、どんな暮らしをしているのかということを紹介させていただきます。

当地のカワウ愛が伝わる像

その前に、前回の記事の中で片山さんから渡航を決断するにあたって葛藤があったのでは、との話題が振られていましたのでそちらについてまず回答します。結論から言うと、特段の葛藤はありませんでした。片山さんのように職場の審査があるわけでもなく、ただついていけば海外で鳥見ができる、そんな美味しい話ですから、一も二もなく賛成です。私の雇用形態や職場の理解という面での状況的幸運はもちろんありましたが、それ以外の子供たちのことやお金のことといった心配事については、我が家の真面目に考える係(もちろん私ではありません)がいろいろ検討するでしょうしなんとかなるでしょ、という適当さです。海外旅行も数えるほどしか経験がなく、特に南半球には行ったことがなかったので、いくつかの留学先候補を聞いてはそこではどんなウや鳥たちが見られるかを夢想するくらいでなんとも気楽なものです。

そんなお気楽な人間ですので、自分1人だけ、もしくは大人だけの留学でしたら思いっきり現地の暮らしを適当に満喫していたのかな、と思いますがなにせ7歳と3歳の子供たちとの暮らしです。突然連れてこられた彼らにはできるだけストレスなく過ごしてほしいと考えています。鳥のこととは少し離れてしまいますが、彼らの暮らしについても少し紹介します。

7歳の長女は徒歩で通える地元の小学校に通っています。多様な人種が暮らす町にある学校のため、英語が話せない子の対応も慣れており、英語補習クラスの実施や、週に1度の日本人の先生のサポートなど手厚く対応してくださっています。とはいっても本人には大きな試練で、入った当初はほとんどの時間は全く理解できずぼーっと時がたつのをまっていたとのことでした。幸いにもクラスの友達が大変親切にしてくれ、学校にいる間はずっとついて回って面倒をみてくれているようです。数ヶ月がたった今では単語を少しずつ覚え、友達と遊ぶのを楽しんでいます。親としては日本と大きく違う点は毎日お弁当を持参する必要があることです。なんと、昼食の時間の前後におやつの時間があり、3食分用意する必要があります。こちらの学校の登校時間は日本の時より1時間遅く、帰ってくるのは早いので、学校にいる間の半分くらいは食べている時間なのでは、と疑いたくなりますが、1回の食事の時間は日本の給食に比べて圧倒的に短いらしいので、そこまでではないようです。そのため持っていくものはおにぎりと簡単なおかず、といった昼食におやつとして果物やお菓子を追加するといった適当弁当です。とはいっても日本の完全給食に甘やかされてきたので毎朝ひいこら言いながら用意しています。おかずが何品も入って、しかも日替わりで違う種類が詰められていたお弁当を当然のように毎日用意してくれていた親につくづく感謝、というかどういう修行をすればそうなれるのか。子供が日本で必要となってもとても用意できる気がしません。

制服にリュックと日本と異なる出で立ち。中には教科書はおろか筆記用具さえ入っておらずお弁当のみ!

次女はクイーンズランド大学の敷地内の保育園に通っています。日本の公立の保育園はどこも値段は共通でしかも大変安価に通わせていただいていましたが、こちらの保育園はそれぞれの園によって値段が違い、かつ短期間の滞在の外国人ということで全く補助がない我が家の場合、保育料はどんなに安くても1日1万円以上となかなかのものです。とても毎日預けるわけには行かないものの、次女は1人で遊んでくれるタイプではなく保育園に行っていただかないことには大人が仕事をする時間がとれないですし、こちらの暮らしにも慣れてもらいたい。葛藤の末現在は週3日通ってもらっています。大学内の保育園ということで先生が話せる言語の幅が広く、日本人の先生も何人かいらっしゃる恵まれた環境ですが、日本の保育園でもなかなか慣れず苦労した彼女にとっては大した助けにはならないようで、数ヶ月たった現在でもほぼ毎朝泣いてしがみついているのを先生に引き剥がされています。とはいうものの、少しずつ順応してきてはいるようです。登園するとすぐに最初のおやつの時間があるのですが、そこでは彼女の大好きな様々な果物が提供されることがよくあります。逆に全く食べたくない蒸し野菜がおやつの日もあり、好きなものはたくさん食べたい、いらないものは自分のお皿に乗せられたくない、という思いから、果物、野菜の名前はバッチリ覚えておかわりも要求しているようです。

保育園最寄りの駐車場にあるイシチドリの鳥注意看板

自分で望んだわけでもなく、英語が全くわからないまま小学校、保育園に放り込まれて頑張っている娘達。行っていない日や週末はストレスなく暮らしてもらいたいとは(実際はともかく)気持ちの上では思っています。そのため基本的に子供がいる時間は子供優先に対応し、残りの可処分時間を、まず現地の人との会話機会、次に日本から持ってきた仕事、最後が鳥見、という優先順位で振り分けています。これだと真面目に仕事をしているとなかなか鳥見にいけないので、仕事はほっておいて鳥見に行くのですね。というのは冗談としても(本当か?)、工夫しないとなかなか鳥見のチャンスがありません。

さて、小さい子供がいて両親とも鳥見が趣味の方達、どうやって鳥見していますか?各家庭でさまざまな葛藤や綱引きをしながら工夫されていらっしゃることと思います。是非その話題で盛り上がりたいところですが、キリがないので、現状我が家がオーストラリアでどうしているか結論だけいうと、基本的には全員で行けるところに子供と一緒に行くという方法で落ち着いています。それだと長距離を歩く場所や、早朝や夕暮れといった鳥見のゴールデンタイムでの実施は難しいですが、1年しかない滞在期間、少しでも見る機会を増やすには選り好みをしている場合ではないですからね。子供達にはお出かけして楽しく遊んだと思っていただきつつ、大人は鳥見ができる場所をいつもgoogle mapと相談しています。

ということで、以降は「超ニッチ!特に鳥に興味のない子供といくブリスベン近郊鳥見スポット3選」をお送りします。マニアックなようですが、子供2人をつれてのハンデ戦は、基本的に真っ昼間、時間を短く、大して歩かず、トイレがある、といった条件となるので、旅行にきて少しだけでも鳥見をしたい、といった人にも最適な場所選びになるのではないでしょうか。我が家があるToowongの街からどの場所も車で20分前後の距離にあり、公共交通機関を使ってもアクセス可能な近場の鳥見スポットです。

Sandy Camp Road Wetland Reserve

私はまずここから紹介しないといけないでしょう。ウが見たいというと必ずおすすめされる場所です。海辺の工業地帯の中にある小さな保護区ですが、いくつかの池と、その周りの草地やユーカリ林に囲まれた多様性の高い環境のおかげで少し歩くだけでたくさんの種類の鳥が見られます。池とその周囲の木ではブリスベン近郊でみられるウとヘビウの5種全てが見られるだけでなく、サギ類、トキ類、バン類、カモ類やトサカレンカクなど多くの水鳥をみることができます。池にはベンチが置いてあり、運が良いとモリショウビン、ヒジリショウビンがすぐ近くにとまります。子供にそこで昼食やおやつを食べさせている間に親も鳥見の時間が稼げる素晴らしい場所です。体サイズの大きい水鳥は子供でも見つけやすく、鳥にあまり興味がない彼らもそれなりに楽しんでくれるようです。周囲の林では森林性の小鳥も数多くみられるので、普通種でよいからとにかく短時間でたくさんの種類を見たい場合にはとてもおすすめの場所です。

昼食を食べながら鳥見ができる。この日は定番のお持ち帰りFish & Chips

Oxley Creek Common

小川沿いに広がる放牧地と林、湿地からなる場所で、行くとなんとなく日光戦場ヶ原を思い出します。広大な放牧地のほとんどは立ち入りできないのですが、草地を横に見ながら林の中のトレイルを進むと様々なミツスイやハト、カッコウの仲間を見ることができます。林を抜けた先には放牧地と池が広がり、数多くの水鳥に加えてこちらのアイドル的立ち位置のオーストラリアムシクイの仲間が多い時で3種類見ることができます。オスが鮮やかな青や赤の装いで動きもかわいい小鳥達は(カワウびいきの私としては悔しいですが)人気があるのも納得です。草地、林、川、池と様々な環境が揃っているため多様性が高く、我々にウチワヒメカッコウの場所を教えてくれたおじいさんはこれで今日は70種目だと特別多いと思っている風でもなくおっしゃっていたので、しっかり早朝から見ればさぞかし充実した鳥見ができる良い場所だと思います。ただ、子供と行くには少々歩く距離が長く、知らずに行った初回は折り返し地点で疲れ果てた30kgと15kgをそれぞれずっと肩車して帰ることとなりなかなかハードな鳥見となりました。それでも何度も再訪しているくらい魅力的な場所です。

テコでも歩かない割に乗せると元気になる15kg

Mt. Coot-tha Reserve

標高300m弱の山とその周辺の保護区では、多くの森林性の鳥を見ることができます。バスでも行ける山頂はブリスベン全体が見渡せる眺望の良い場所で、売店やカフェもある観光地です。近くにねぐらがあるのかキバタンの群れが大声で鳴きながら上空を飛ぶのをみたり、ワライカワセミの笑い声を聞いたりしながらトレイルを下っていくと、ヒタキやミツスイの仲間の混群とところどころで会うことができます。山の小鳥は子供達にはなかなか難易度が高いのですが、ワライカワセミは声も存在感も大きくコミカルで、人をあまり恐れないのか近くに来ることもよくあるので喜んで見ています。この周辺はコアラの生息域でもあり、地元の人によるとトレイルが通っているようなところはほぼみられないとのことではあるのですが、もしかしたらいるかもね?という話をしながらの山下りはそれなりに子供も頑張ってくれるのがありがたいところです。降りた先にはおあつらえむきに遊具のある公園もあり、子供達に満足いただきながらも山で鳥見ができる良い場所です。

私でも写真がとれるワライカワセミ

まだまだ子連れ鳥見の良い場所を開拓していきたいと思っているので、他にも耳寄り情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら是非教えていただけるとありがたいです。

この記事を共有する

2024年度の黒田賞と中村司奨励賞の受賞者、および津戸基金による助成対象シンポジウムが決定しました

基金運営委員会

基金運営委員会の選考報告を鳥学通信に再掲します。

黒田賞は、日本の鳥学会の発展に貢献した黒田長禮・長久両博士の功績を記念して、鳥類学で優れた業績を挙げ、これからの鳥類学を担う若手・中堅会員に授与する賞です。今年度の黒田賞は森口紗千子さん(日本獣医生命科学大学 獣医学部 野生動物学研究室)に決定致しました。

https://ornithology.jp/iinkai/kikin/kuroda_award.html#kuroda2024

9月13日から始まる2024年度大会において受賞記念講演が開かれます。
黒田賞受賞記念講演 (Winner of the 2024 Kuroda Award presentation)
9/15日(日) 14:30〜15:30 A会場 (弥生講堂一条ホール)

----
中村司奨励賞は、国際誌に優れた論文を発表し、将来の鳥学会を担うことが期待される若手会員に授与する賞です。今年度の中村司奨励賞は飯島大智さん(東京都立大学大学院 都市環境科学研究科)に決定致しました。

https://ornithology.jp/iinkai/kikin/2024_nakamura.html

----
津戸基金は、日本の鳥学発展のために寄付された寄付金の運用のために設立されたもので、鳥学に関するシンポジウムの開催を助成する基金です。今年度は、風間美穂さん(きしわだ自然資料館)から申請のあった「大阪湾・海鳥っぷシンポジウム・この鳥を見よ」を助成対象として決定致しました。

https://ornithology.jp/iinkai/kikin/2024_tsudo.html

この記事を共有する

日本鳥学会誌73巻1号 注目論文 (エディターズチョイス) のお知らせ

日本鳥学会誌73巻1号 注目論文 (エディターズチョイス) のお知らせ

出口智広 (日本鳥学会誌編集委員長)

和文誌では毎号、編集委員の投票によって注目論文 (エディターズチョイス) を選び、発行直後からオープンアクセスにしています。73巻1号の注目論文をお知らせします。

著者: 高橋佑亮・東淳樹
タイトル: 農耕地帯で繁殖するチュウヒの狩り場環境選択
DOI: https://doi.org/10.3838/jjo.73.23

湿地性猛禽類のチュウヒは、世界的に見た場合、個体数が安定傾向とみなされていますが、国内の繁殖個体群はわずか100番い程度の状況で、環境省のレッドリストランクでは、絶滅危惧IB類に指定されています。

本種の保全を進めるにあたっては、とりわけ生息地管理が重要となり、そのためには、生息環境選択の詳細な情報が求められます。本論文の著者の高橋さん達は、このような背景に基づいて、秋田県の八郎潟で繁殖するチュウヒの狩り場選択と、狩り場環境の指標となる餌動物密度と植生高を明らかにされました。

鳥屋さんはどうしても、心の大半が鳥に奪われがちで、彼らが暮らす環境の定量的な記録をついつい忘れてしまい、最後の考察に困るケースがよく見られます。高橋さん達の論文では、このような状況に陥ることなく、きちんとデータを集められており、これから投稿を目指す方にとって、間違いなくお手本となる1本と言えますね!

以下は高橋さんからいただいた解説文です.地道な努力が実を結んだ結果は励みになりますね!

 

日本のチュウヒの繁殖地における採食環境については、狩りが見られた環境タイプの列記といった報告はあったものの、個々の環境タイプが狩り場としてどの程度重要なのか評価した例はありませんでした。この点を研究した成果が今回の論文です。また、単に狩り場として選択される環境タイプを示しただけでなく、それらの環境タイプがなぜチュウヒに選択されるのか、すなわち選択要因についても検討し、獲物となる動物の密度や植生構造と対応付けられたことが、本研究のもう一つの意義だと思っています。
思えば、これら獲物となる動物(ネズミ、カエル、鳥類)の調査や植生調査は、主題であるチュウヒの観察調査よりもむしろ大変でした。とくに、9種類の環境タイプにそれぞれ10個の罠を設置し、計90個の罠を毎朝、毎夕に一人で見回るネズミの捕獲は大変でした。このようにして収集した獲物や植生のデータと、チュウヒの狩り場環境選択の傾向を突き合わせてみると・・・。おや期待通り対応しているではありませんか。苦労が報われたのでした。
今後、鳥類の採食環境に関する研究において、この論文が少しでも参考になれば幸いです。また、草地の創出といったチュウヒの生息地保全の取り組みに際し、この論文が一助となれば幸いです。

(高橋佑亮)

写真1 採草地はチュウヒの狩り場として強度に選択されていた。

 

写真2 用排水路沿いの草地も度々狩りが見られた。

 

写真3 大量のシャーマントラップ。チュウヒの主要な獲物であるハタネズミを調査。

 

この記事を共有する

日本鳥学会2023年度大会自由集会報告 − W11 風力発電等WGが作成した「洋上風力発電建設に係る環境アセスメントガイドライン」

日本鳥学会2023年度大会自由集会報告 − W11 風力発電等WGが作成した「洋上風力発電建設に係る環境アセスメントガイドライン」

佐藤重穂(森林総合研究所)
風間健太郎(早稲田大学)
浦 達也(日本野鳥の会)
會田義明(環境省)

はじめに

近年,大規模な洋上風力発電施設の建設が各地で進められつつあり,さらに多くの洋上風力発電施設が計画されるようになっている.洋上の風力発電施設は陸上の風力発電施設と共通する課題もあるが,洋上ならではの課題もあり,それにどのように対応するかは再生可能エネルギー促進と鳥類の保全の両立のための重要な問題である.
日本鳥学会では2022年に鳥類保護委員会の下に風力発電等対応ワーキンググループを立ち上げて,こうした課題について議論を進めて,その結果,2023年8月に「洋上風力発電建設にかかる環境アセスメントガイドライン」を公表した.本集会ではこのガイドラインの作成と公表の経緯とその背景,および洋上風力発電と鳥類に関わる課題について,学会会員に対して説明することを目的として開催した.以下に各講演の要旨を記す.


1.主旨説明
風間健太郎

地球温暖化の一要因である温室効果ガスの削減は,全世界が取り組んでいる課題であり,その削減のためには再生可能エネルギーの利用が有効と考えられている.我が国では風力発電の導入が進められており,なかでも洋上風力発電の導入は今後加速することが予測される.現在,秋田県や長崎県で洋上風力発電が導入され,また,北海道から山形県の日本海沿岸と千葉県などで再エネ海域利用法に基づく促進区域および有望区域が多数設置されている.
総出力5万kW以上の風力発電事業は環境影響評価法の対象事業だが,事業の実施が環境にどのような影響を及ぼすか,あらかじめ事業者自らが調査,予測,評価する環境影響評価に際しては,できるだけ科学的根拠にもとづいてデータを取得し,鳥類への影響を適切に評価した上で,影響の回避や低減策を講ずるべきである.その実現を目指すために,日本鳥学会風力発電等対応ワーキンググループでは「日本鳥学会洋上風力発電建設にかかる環境アセスメントガイドライン」を作成,公開した*1.
このガイドラインでは,日本鳥学会員のほか,洋上風力発電導入に関わる電力事業者,環境コンサルタントやその調査者,あるいは自治体関係者等に向け,洋上風力発電が鳥類に及ぼす影響を適切に評価するために留意すべき点,導入すべき調査技術等について国内外の情報を収集,公開している.
本集会では,洋上風力発電が鳥類にどのような影響を与える可能性があるのかについて概説した上で,このガイドラインの内容について説明する.また,環境省で作成している「洋上風力発電所に係る環境影響評価手法の技術ガイド(案)」*2について環境省の担当職員から説明いただく.それらの講演を受けて,ワーキンググループで作成したガイドライン活用への期待や今後情報追加すべき点等について議論したい.


2.洋上風力発電が鳥類に与える影響
浦 達也

洋上風力発電所の建設適地と鳥類が好んで利用する場所は重なることが多く,立地選定によっては,そこを利用する鳥類にバードストライク(鳥衝突)や生息地放棄,障壁効果(風車が移動の妨げになることで,鳥が余計なエネルギーを消耗すること)などの影響を及ぼす可能性がある.日本では実験用のものを除けば洋上風車がほとんど建っておらず,鳥衝突等の発生に関する国内事例の蓄積は少ないため,ここでは海外事例を中心に,洋上風車における海鳥への影響事例を紹介する.
ベルギーのZeebrugge沿岸浅海域ではアジサシ類のコロニーと採餌海域の間の洋上に25 基の洋上風車が建っているが,2004 年から2014年の10年間調査を行った結果,のべでコアジサシ27羽,サンドイッチアジサシ100羽,アジサシ587羽が衝突死したと推測されている(Perrow 2019).バルト海で行われたBeoFINOプロジェクトでは,ヘリコプターで1年間に44回の死骸探索調査を行い,計442羽(風車1基あたり年間平均31.6羽)の死骸を回収した(Hüppop et al. 2006).イギリスのThanet洋上風力発電所では,ミツユビカモメ,オオカモメ,ニシセグロカモメなどが衝突していることが分かっている(Cook et al. 2014).日本でも政府の実証実験用の洋上風車および海岸に建つ風車において2023年1月時点で,アビ科15羽,ミズナギドリ科19羽,ウ科2羽,カモメ科68羽,ウミスズメ科26羽の海鳥の死骸が発見されている.
生息地放棄について,デンマークのHorns Rev洋上風力発電所では,発電所から半径2 -4km周辺海域で調査され,アビ科の鳥類とクロガモでは風車建設後3年間は風力発電施設周辺にはほとんど近寄らず,その後もアビ科は元の生息地に戻らなかった(Dong Energy 2006, Petersen & Fox 2007).同国のNysted洋上風力発電所では,発電所の建設予定海域内にあったコオリガモの生息分布が,建設後には建設海域から10–30km離れた4エリアに分散したと推測されている(Fox & Petersen 2019).
障壁効果について,Nysted洋上風力発電所ではホンケワタガモを中心とする渡り途中の水鳥が,天気の良い日には高い頻度で風車を避けて飛んでいた(Desholm & Kahlert 2005).イギリスのSheringham shoal洋上風力発電所がサンドイッチアジサシの繁殖コロニーと採餌海域の間に建設されたことで,建設海域での飛翔頻度が減少したことが報告されている(Perrow 2011).


3.「洋上風力発電建設に係る環境アセスメントガイドライン」内容説明
風間健太郎

本講演ではワーキンググループが策定した「洋上風力発電建設に係る環境アセスメントガイドライン」(以下,ガイドライン)の内容を説明した.ガイドラインの趣旨は以下の3点である.①鳥類研究者,電力事業者,環境コンサルタントや環境アセスメント調査者,自治体関係者等向けに策定,②洋上風力発電が鳥類に及ぼす影響を適切に評価するために留意すべき点や導入すべき調査技術等について国内外の情報を収集,公開,③ガイドラインの活用による適切な環境アセスメントの実現や生物多様性保全と温室効果ガス排出削減の両立を期待.
ガイドラインの内容は以下の通りである.1)洋上風力発電と鳥に関する国内外の法制度および環境アセスメント体制,2)鳥類や生態系への影響低減に向けた立地選定に関する情報,3)環境アセスメントのデザインと影響軽減策の検討体制,4)推奨される事前(建設前)アセスメントの手法,5)事後(建設後)アセスメントの必要性,6)事前影響予測の不確実性への対応策の提案と実施について.
アセスメントにおいては,衝突リスクや分布変化などの洋上風力発電事業実施区域内における個別の影響の評価だけでなく,それらが長期間蓄積することで顕在化する個体群への累積的影響を適切に評価すべきである.その実現のためには建設前だけでなく事後(稼働後)の評価も不可欠である.また,海洋生態系の高い変動性に対応するために,長期,広域,高頻度の現地調査が推奨される.海外においては風力発電施設から最低20 km外側まで,あるいは事業実施面積の6倍を調査範囲とすることが推奨されており,鳥類の洋上分布調査は月1回以上の頻度,1回に数度繰り返し,2年以上実施されることが推奨されている.海外では事業者や政府から独立して環境アセスメントの各工程を審査する第三者機関が存在するが,日本においては環境アセスメントの各工程を中立かつ客観的に審査するための体制が確立されていないために今後制度の改善が望まれる.当面は現行アセスの中で中立かつ客観的に審査する場を設けることが必要である.


4.「洋上風力発電所に係る環境影響評価手法の技術ガイド(案)」の内容
會田義明

我が国の洋上風力発電は,平成31年4月に施行された「再エネ海域利用法」により,一般海域において大規模な風力発電事業を継続的に導入していくための枠組みが整備され,候補となる海域において関係者による協議会が開催されるなどの取組が進められている.また,これと並行して事業者による環境影響評価の手続が進められており,①同一海域において複数事業者が環境影響評価手続を行うことによる地域の混乱や社会的コストの増加,②洋上風力発電に関する環境影響評価の知見の不足といった課題が顕在化している.
これを踏まえ,洋上風力発電に係る新たな環境アセスメント制度の検討が進められており,本年8月に有識者検討会による取りまとめが公表されたところである.*3
風力発電は平成24年に環境影響評価法の対象となって以降,陸上の風力発電の環境アセスメントが数多く実施され,鳥類調査の技術手法やバードストライクに関する知見等が蓄積されてきたところである.一方で,洋上の風力発電は事例も少なく,海域の環境は陸域の環境と大きく特性が異なること,海域では調査の手法に制約があること等により,陸域における調査手法やアセスメントの考え方をそのまま海域に適用することは難しい.このため,現時点で,現行制度に基づいて行われる環境アセスメントに活用できるよう,技術ガイドを取りまとめた.*2
技術ガイドでは,洋上風力発電について30年にわたる実績がある諸外国の環境影響評価に関する考え方や取扱いを参考にしつつ,我が国特有の海域の特性や,これまでに行われた海域における環境影響評価の知見等を踏まえて,洋上風力発電所の環境アセスメントの考え方や技術手法を取りまとめた.また,参考資料として,国内外の調査結果やモニタリング結果等の情報も収録した.
今後,洋上風力発電の新たな環境アセスメント制度の導入に向けて,ひきつづき科学的知見の収集や技術開発等の取り組みを進めていく.


 

以上の講演の後に会場の参加者と意見交換を行った.50名余りの参加者が熱心に講演に耳を傾け,意見が交わされたことに,環境保全や鳥類の保全と再生可能エネルギーの促進の両立という課題に多くの関心が向けられていることを実感した.時間が不足して質疑の時間を十分に確保できなかったのは集会世話人の不手際であり,反省したい.この集会で示された課題の解決に向けた研究が進展し,持続可能な社会の構築に寄与することを切に願うものである.

 

*1 日本鳥学会洋上風力発電建設にかかる環境アセスメントガイドライン (暫定版ver.01)(2023)
https://ornithology.jp/materials/Windfarm/gudeline_v1.pdf

*2 洋上風力発電所に係る環境影響評価手法の技術ガイド(環境省大臣官房環境影響評価課・経済産業省産業保安グループ電力安全課、2023年12月)
http://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/1062_01/guide_1.pdf
http://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/1062_02/sankou.pdf

*3 洋上風力発電に係る新たな環境アセスメント制度の在り方について(洋上風力発電の環境影響評価制度の最適な在り方に関する検討会、2023年8月)
http://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/1055_03/report.pdf

 

図1.主旨説明の様子.

 

図2.自由集会の会場.

 

この記事を共有する

世界自然遺産・知床における携帯電話基地局と太陽光パネルの設置計画の中止を求める意見への賛同について

鳥類保護委員会

標記の件につきまして、令和6年6月19日付で日本環境会議(JEC)より世界自然遺産・知床における携帯電話基地局と太陽光パネルの設置計画の中止を求める意見書が発出されました。日本鳥学会では、本意見書の趣旨に賛同することを表明しました。

世界自然遺産・知床における携帯電話基地局と太陽光パネルの設置計画の中止を求める意見への賛同について

 

この記事を共有する