鳥の学校第15回テーマ別講習会:仮剥製作りに挑戦!学んだことと展望

浅井美紅(東邦大学)

山階研究所で行われた鳥の学校、仮剥製作りに参加させていただきました。私は幼い頃から鳥類に興味を持っており、地元で軽いバードウォッチングを楽しんでいました。大学に入ってからは、友達と泊まりがけで島の鳥を観察したり、学会やバンディングに参加したりするなど、活動が学術的な方面にも広がり、鳥を学ぶ楽しさをさらに知ることができました。また、自分や友人が鳥の亡骸を採集する機会も増え、それを有効活用する技術を身につけてサークルの仲間に広めたり、博物館のボランティア活動で活かしたりしたいと思い、今回の鳥の学校に参加しました。

まず、山階研究所の岩見さんから、剥製の製作や活用についての講義を受け、剥製が後世に貴重な資料として残される重要性を学びました。この講義を通じて、仮剥製作りのモチベーションがさらに高まりました。そしていよいよ、今回の検体であるウミネコを手に取り、測定を開始しました。カモメの仲間を手元で詳しく見るのは初めてで、貴重な経験となりました。小鳥に比べて羽毛がしっかりしており、開腹してみると、脂肪がしっかりと付いていることも海鳥ならではの特徴で、非常に勉強になりました。

仮剥製作りは、マニュアルや岩見さんの手元モニターを見ながら進めました。岩見さんの技術には感銘を受けました。皮を剥く作業や鳥の体を慎重に処理していく様子を見て、その技術の高さを実感しました。しかし、いざ自分でやってみると、その難しさに驚かされました。特に皮を剥く際は力加減が非常に難しく、皮を破かないように細心の注意を払いながら作業を進めました。このような繊細で集中力を要する作業であることを改めて痛感しました。

さらに、鳥の内部構造を直接観察できたことは非常に貴重でした。骨や筋肉の配置、関節の外し方などを実際に見ながら学べたことで、鳥の構造への理解が一層深まりました。この知識は、今後バンディングで鳥を扱う際にも活かせると思います。仮剥製作りには、除肉や洗浄など多くの工程があり、体験できたのはその一部でしたが、全ての作業をこなすにはかなりの労力が必要であることを実感しました。

今回の体験で得た知識と技術は、今後さらに磨いていきたいと思います。博物館などで仮剥製作りを何度も学び、技術の精度を高めていくことが目標です。そして、サークルの後輩たちに今回学んだ技術を伝えるとともに、博物館のボランティア活動を通じて、剥製作りに貢献していきたいと考えています。

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鳥の学校第15回テーマ別講習会:「標本製作講習」参加報告

坂井充(北海道大学理学部)

この度、鳥の学校2024にて鳥の仮剥製作りを体験してきました。
私自身も鳥を研究している人間なので、鳥の死体などには馴染みがありました。しかし、剥製作りとなるとハードルが高いように感じ、今まで手を出せずにいました。そこに、運良く鳥の学校で剥製の作り方を教えてくださるというので、応募し、参加することができた次第です。
当日は、一人一羽の割り当てで、ウミネコの仮剥製作りを学びました。最初は解凍されたウミネコの形態計測をし、お腹から裂いて、皮をはぐ作業をしました。さらに、生殖腺を見て、性判定を学びました。この時点で既に、開始から2時間ほど経過していたのですが、先生方は同じ作業を10分程でするのだとか。熟練の技というのはそれほどまでに早いのかと驚きました。時間の関係上、自分で解剖したウミネコとはここでお別れをし、続きは先生方が事前に用意してくださったウミネコの皮を使いました。仮剥製への綿の詰め方や支柱の付け方、仕上げの方法などを教わりました。実際に自分で剥製の形を整えていると、翼を適切な位置に持って行くと、スッと収まるのが面白かったです。
時間が限られているなか、剥製作りの全ての行程を経験することが出来たわけではありませんでしたが、先生方が、できるだけ沢山学べるようにと工夫し、事前に準備をしてくださったおかげで、全体の流れを通して、可能な限り多くのことを学ぶことが出来たと思います。独学で何かをはじめるときは、往々にして何が正解で、何が間違いなのか分からないものです。今回、剥製作りの正解の一つを自分で体験しながら学ぶことが出来たのは、とても貴重な体験でした。
これから、剥製作りが身につくかどうかは僕の頑張り次第ですが、剥製を作ることは僕自身の研究や調査地での教育活動の幅を大きく広げると思います。この経験を最大限活かしていきたいと思います。
最後に、今回の鳥の学校を企画・運営してくださった全ての方に、貴重な経験を与えてくださったこと、感謝申し上げます。

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鳥の学校第15回テーマ別講習会:標本製作講習 開催報告

澤祐介(企画委員)

2024年度の鳥の学校は、9月17日に山階鳥類研究所で標本製作講習が行われた。岩見恭子氏(山階鳥類研究所)を講師に迎え、10名の受講者が参加した。講習でははじめに、標本製作の意義について説明があった。標本はその時代の生物相・自然史を反映した貴重な記録であること、過去に遡って標本を集めることはできないこと、そして大きな博物館だけでなく、各地の博物館や大学などで、地域の生物を集めて標本として保存する価値などについて説明があった。また標本製作時には、仮剥製の他、胸筋からのDNAおよび安定同位体用サンプルの取得、胴体部分の骨標本作成など、ひとつの鳥体を余すことなく活用されており、鳥学の発展の基礎を支えていることを強く感じた。
講習では、ウミネコを材料に、受講者1人につき1羽の仮剝製を製作した。限られた時間内で全工程を学ぶため、前半と後半にパートをわけて講習が進められた。前半は、半解凍にしてある鳥の外部計測、性別判定、皮むき、肘関節・膝関節の取り外し、尾椎の切断、大まかな除肉、頸椎の切断と頭骨内の処理、胸筋サンプルの採取までを行った。この後、本来であれば、脂肪除去、精密な除肉、羽毛の洗浄と乾燥となるが、この工程は時間がかかるため、講師による実演と解説が行われた。
後半では、講師陣があらかじめ洗浄乾燥まで済ませた別個体の「皮」が受講者1人につき1羽配られ、これを仮剥製に組む作業を行った。講師をはじめ、3名の講師補助によるサポート体制がとても充実していたため、受講者全員、仮剝製の組み上げまで無事に完成することができた。その後の質疑応答でも各工程の詳細な内容、技術についての質問が飛び交い、内容の濃い講習となった。参加者の事後アンケートでも、「これまで仮剥製を作っていて、曖昧だったことが明確になった」「本やネットには載っていないような標本づくりのコツや工夫を教えていただけた」などの感想があり、有意義な講習となったことが覗えた。
今回の鳥の学校のために、事前の冷凍鳥体、作業工程途中の鳥体等を準備し、会場や作業道具等を提供いただいた山階鳥類研究所の皆さまに深く御礼申し上げる。今回製作した標本は、製作者として受講者の名前を記録し、山階鳥類研究所に保管されるとのことである。未来の鳥類研究者がいつかこの標本を活用する時がくると思うと、感慨深いものがある。今回の受講者は全国各地の大学や博物館、自然観察施設などの関係者が多く参加されていた。各地での標本の蓄積に、今回の鳥の学校の内容が少しでも貢献できれば幸いである。

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2024年度黒田賞を受賞して

森口紗千子(日本獣医生命科学大学 獣医学部 野生動物学研究室

このたびは、栄誉ある黒田賞を受賞させていただき大変光栄です。
今大会では、受賞講演に加え、大会実行委員の仕事と公開シンポジウムのコーディネーター、企画委員の仕事など、大会中は忙しなく動いていましたが、お会いする方々から口々にお祝いのお言葉をいただき、とても幸せな時間を過ごさせていただきました。また、今大会はハイブリッド開催であったため、会場に来られない方たちにも、講演を聞いていただくことができました。講演会場だけでなく、休憩室でのサテライト配信やオンライン配信にご尽力いただいた大会実行委員のみなさまに、重ねて御礼申し上げます。同じ大会実行委員として頼もしく、安心して講演することができました。

受賞対象となった研究内容は、「鳥類生態学で拓く鳥インフルエンザ研究」と題して講演しました。私は、鳥インフルエンザウイルスの本来の自然宿主とされる、ガンカモ類の一種であるマガンの生態研究で学位を取得したのちに、鳥インフルエンザの研究を始めました。学生時代より培った知識や技術、人とのつながりなどを拠り所として鳥インフルエンザ研究を進められたことは事実ですが、不安定なポスドクの職を転々としながらも、「これだ!」と自ら選びとって続けてきた研究を日本鳥学会に認めていただけたことは、大変意義深いものでした。

対象となった研究は、野生鳥類における鳥インフルエンザのリスクマップ作成や野生鳥類の高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)サーベイランスおよび飼養鳥のHPAI防疫体制の構築に向けたアンケートなどです。これらに加え、農林水産省の高病原性鳥インフルエンザ疫学調査チーム委員としての疫学調査や疫学報告書執筆といった社会的活動を、業務研究の傍らで行ってきました。このような鳥類学以外の獣医疫学などの他分野とも深く関わり合い、鳥類学者が担う社会的責任を果たしてきたことを評価いただきました。

鳥インフルエンザ研究の対象としたカモ類

鳥インフルエンザは動物の疾病であるため、獣医学が中心となる研究分野です。しかし、野生鳥類がHPAIウイルスを運ぶキャリアとして機能している以上、野生鳥類の生態の理解が進まなければ、その感染拡大リスクの予測や対策を効果的に進めることはできません。HPAIウイルスの知識が必要であることは言うまでもありませんが、どのような場所で、どの鳥類が感染しやすそうなのか、どんなサーベイランスをすればHPAIウイルスの国内侵入や感染の広がりを検知できるのか、宿主側の情報から予測が立てられるのは、鳥類生態学者の強みだと感じています。

そして、人、動物、環境の健康を一つとみなすというOne Healthの理念に基づき、獣医学など他分野の研究者と鳥類生態学者が協働することで、互いの研究分野を理解し合い、個々の研究分野だけでは成しえない目標が達成されていく実感を得てきました。さらに、バードウォッチャーや野生鳥類研究に携わる人々に近い鳥類学者が鳥インフルエンザ研究に関わることで、野生鳥類関係者の協力や理解を得られやすいのでは、とも感じています。研究を進めていく中で、国内外の検査機関や行政担当者、動物園関係者、野生鳥類の救護施設や野生鳥類生息地の管理者など、様々な立場の方々をお話する機会をいただきました。野生鳥類、家きん、飼養鳥、そして人のくらしから、HPAIによる被害を減らしたいという関係者の願いに少しでも応えてゆけるよう、引き続き鳥類研究者としての責務を果たしていきます。

今年で14名となった黒田賞受賞者のうち、女性は私で3人目です。講演では、大学院の同期たちの協力を得て、生態学者の現状を紹介しました。博士課程進学時から学位取得まで、男女比はほぼ1:1であったものの、その後女性研究者だけが減少し続け、回復することもありませんでした。性別にかかわらず、鳥類学を含む生態学の分野で研究職を続けていくことは、博士号を取得することよりもずっと厳しいです。そして残念ながら、少なくとも日本においては、女性であればなおさらです。

授賞講演の様子(2024年度大会、令和6年9月13日)

黒田賞は、私よりも少し年上の方々が日本鳥学会に働きかけたことをきっかけに、創設されました。受賞対象となった鳥インフルエンザに関わる研究や社会的活動を私が続けてこられたのは、研究環境を整え背中を押してくださった上司たちをはじめ、周りの方々のおかげです。一方で、若い研究者が研究職をあきらめなくていいように、まだポスドクの立場にあった日本鳥学会員の先輩方が動いてくださったおかげで、黒田賞があります。受け取る側から与える側へ。今度は私も、鳥類学を志す若い世代にバトンを渡せるよう、日本鳥学会をより良い方向に変えていけるよう、力を尽くしていきます。

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2024年度日本鳥学会 ポスター賞 受賞コメント (水越 かのん)

2024年度日本鳥学会 ポスター賞 受賞コメント (水越 かのん)

筑波大学 森林生態環境学研究室
水越 かのん

この度は、日本鳥学会第2024年度大会において『生態系管理/評価・保全・その他』部門のポスター賞にお選びいただき、誠にありがとうございます。鳥類の研究を志した時からずっと目標であり、憧れていた賞を頂き、嬉しい驚きと喜びで胸がいっぱいです。節足動物の同定にご尽力下さった自然環境研究センターの森英章先生、卒業研究から長きにわたり熱心なご指導と小笠原諸島での調査全般における手厚いサポートを頂いております森林総合研究所の川上和人先生、そして指導教員としてこの研究を支え、導いて下さった森林生態環境学研究室の上條隆志先生に、心より感謝申し上げます。
また、ポスター発表に足を運んでくださった方々にもこの場をお借りして御礼申し上げます。大会参加を通じ、多くの気付きや研究を発展させるためのヒントを得ることができました。今回の受賞を励みに、今後も調査研究に邁進する所存でございます。

研究の概要
ミズナギドリ類は土中に巣穴を形成しますが、その内部には巣材や羽毛、卵殻などの有機物が蓄積します。更に巣穴は直射日光や風雨の影響を直接受けることもありません。こうした巣穴は家主である海鳥以外に、特にケラチンや枯死植物を摂食し、乾燥や高温に弱い節足動物類に対しても潜在的なハビタットとして機能している可能性があります。生息地を新たに創出する生物を生態系エンジニアと呼びますが、本研究ではミズナギドリ類の生態系エンジニアとしての機能を検討するため、小笠原諸島西島・南島で採集したオナガミズナギドリとアナドリの巣材を分析し、その巣内共生節足動物相を明らかにしました。

巣穴から顔を出すオナガミズナギドリの幼鳥

分析の結果、両種の巣材から39種以上の節足動物の出現を確認しました。分類群ごとにまとめると、ケラチンを摂食するチョウ目(ヒロズコガ類)幼虫とワラジムシ目の出現が過半数を占め、次いでハチ目(アリ)、ゴキブリ目の割合が高いことが分かりました。海鳥の巣穴は節足動物、特に分解者にとって好適なハビタットであると考えられます。

巣材から出現した節足動物(左上:ヒロズコガ類幼虫ケース, 左下:オガサワラゴキブリ,
右上:コヒゲジロハサミムシ, 右下:コガタコシビロダンゴムシ)

海鳥は数百から数十万羽に及ぶ大規模な集団営巣地を形成するため、一羽一羽が掘った巣穴は全体として繁殖地の陸上生態系に大きな影響を発揮するはずです。ところが、これまで海鳥の営巣に伴う環境形成作用が注目されることはほとんどありませんでした。本研究は世界で初めて海鳥巣穴内の節足動物共生系を網羅的に明らかにし、巣穴形成による海鳥の生態系エンジニアとしての機能にスポットライトを当てた事例です。
穴を掘ったり、樹木に穴をあけたり、枝を集めたりして鳥類は『巣』という構造物を新たに創出します。鳥類は営巣を通じ生態系エンジニアとして重要な機能を担っていると考えられますが、現状、それを実証する研究はほとんど進んでいません。今後は海鳥巣穴内の温湿度環境の測定や巣材から出現した節足動物の食性分析を行い、営巣というプロセスが果たす機能について実証的なデータを収集していきたいと考えています。

 

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2024年度日本鳥学会 ポスター賞 受賞コメント(田上結大)

2024年度日本鳥学会 ポスター賞 受賞コメント(田上結大)

愛媛大学大学院 理工学研究科理工学専攻 博士前期課程2年
田上結大

愛媛大学大学院博士前期課程2年の田上結大と申します。この度は、日本鳥学会2024年度大会におきまして、「行動・進化・形態・生理」部門のポスター賞を授与していただき、誠にありがとうございます。
ポスター発表を聞きに来てくださった皆様に御礼申し上げます。貴重なご意見やアドバイスをいただき、非常に良い刺激となりました。また、大会を企画運営していただいた関係者の皆様、貴重な場を設けていただきありがとうございます。

研究の概要
スズメ目は鳥類の約60%を占める多様な分類群で、その多様化の一因として営巣能力が挙げられます。スズメ目は巣材として、コケや草本、獣毛、菌類など様々な材料を利用して巣を作ります。特にコケは多くの鳥類によって利用されています。
先行研究においてツバメ科が泥を利用した営巣行動が分布域の拡大に寄与した可能性が示唆されています。しかし、どういった巣材を選択して巣を作るかの進化要因の研究は少ないです。
そこで本研究では、コケの巣材利用行動の進化要因を解明する第一歩として、ヒタキ科の巣材と地理的分布に着目し、系統比較法を用いて解析を行いました。ヒタキ科は約50属303種と多様性が高く、巣材としてコケを利用する種数が最も多い科です。

オオルリ(ヒタキ科)の古巣。コケが大量に使用されている。

巣材の種類と、分布域が含む生物地理区の情報をオンラインのデータベースを中心に収集したところ、45属243種についての情報を集めることができました。それらの種の系統樹を作成し、ヒタキ科の共通祖先がどこに分布していたか、また、巣材としてコケを利用していたかどうかを、祖先形質復元の解析を行い推定しました。
繁殖地の分布域の祖先形質復元の結果、ヒタキ科では独立に3回、アフリカ区への進出が起こっていることが分かりました。また、巣材の祖先形質復元に関して、ヒタキ科では巣材にコケを利用する行動が祖先的であり、それが大きな2つのクレードを含む、多数のクレードで独立して失われていたと推定されました。
上記の解析の結果、砂漠を含むアフリカ区への進出と巣材の変化が起きたと推定されたノードが一致していたため、繁殖地と巣材の進化には相関があるのではないかと考え、相関進化についての解析を行いました。その結果、巣材に使う植物の種類の進化と、砂漠を繁殖地とするという進化の間に、相関があることが確かめられました。さらに、巣材と繁殖地の形質状態間の遷移率から、特定の巣材選択が進化した後に、砂漠を繁殖地とする進化が起こる確率が高いことが示唆されました。本研究の結果は、巣材の選択が変化してから新たな繁殖地に進出した可能性を示しています。

 

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2024年度日本鳥学会 ポスター賞 受賞コメント(天野孝保)

2024年度日本鳥学会 ポスター賞 受賞コメント(天野孝保)

長崎大学大学院 水産・環境科学総合研究科
天野孝保

日本鳥類学会2024年度大会にて、「繁殖・生活史・個体群・群集・生物間相互作用」部門のポスター賞を受賞でき、大変光栄です。本研究は大学院研究ではなく、休学期間に個人研究として実施したものです。私はかねてから、高速道路のSA/PAに多くのツバメの巣があることに興味を持っており、今回その利用状況を知るために全国規模での調査を実施しました。自由時間が十分にある休学期間を活用することで、このような調査を行うことができました。調査期間中は、早稲田大学の風間健太郎准教授、指導教員の山口典之教授、その他大勢の方のご指導、ご協力をいただきながら、安全第一で調査を実施いたしました。厚く御礼申し上げます。また、記念品をいただきました株式会社モンベル様にもこの場をお借りしてお礼申し上げます。そしてなにより、私のポスター発表を見てくださり、たくさんのご意見やコメントをいただいた皆様、本当にありがとうございました。今後は、より一層研究活動に従事し、研究成果としてこれまでお世話になった方々や調査対象種であるツバメ、その他環境保全に還元できるように取組んでいきたいと思います。
さらに、本大会では私にとって初めての大会実行委員を務めさせていただき、非常に大きな経験となりました。大会運営関係者の皆様にもこの場をお借りして感謝申し上げます。

 

成長に差のある雛たち。高速道路では防犯カメラの上にもよく営巣している。

ポスター発表の概要
都市鳥と呼ばれる鳥類種は都市に適応し、繁殖・生息をしています。高速道路は都市間の移動時間の短縮、物流支援や災害時の対応にも幅広く活用され、多くの人々の生活を支える役割を果たし、そこに建設される人工物はツバメもよく利用します。そのため、日本全国を繋ぐ高速道路はツバメの全国繁殖分布調査を行うのに最適な環境であると考え、本研究では日本の高速道路のSA/PA(北海道士別剣淵ICから鹿児島県鹿児島IC)におけるツバメの繁殖状況について可能な限り踏査しました。総走行距離は、約13,000km、停車SA/PAは(上下)約400ヶ所でツバメの巣の有無とその数をカウントし、GLMMを用いて解析しました。

半年間で北海道から九州を2回往復。撮影地は青森県。北海道行きの船を待つ。

その結果、高速道路はツバメにとってSA/PAが集団繁殖の場として利用されており、特にPAよりも人や車の出入りが多いSAが好適環境となっていました。また、中日本エリアのNEO PASA・EX PASAと呼ばれる独自の新ブランドは、ハイウェイオアシスなども含めて人間の休憩施設を充実させるだけでなく、ツバメの住みやすい商業施設にもなっていました。高速道路は、一般国道よりも空間的に高い位置に建設され、山間部や起伏の激しい環境を跨ぐため形で建設されます。本来ツバメが繁殖不可能な山間部上空などでもSA/PAなどの建造物があることで営巣を可能にしていました。今後は、高速道路がある程度独立した「高速道路生態系」となっている可能性について評価し、都市鳥と人間活動の関係性について研究を進めていきたいと考えています。

 

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第8回日本鳥学会ポスター賞 天野さん・田上さん・水越さんが受賞しました

第8回日本鳥学会ポスター賞 天野さん・田上さん・水越さんが受賞しました

日本鳥学会企画委員会 本多 里奈

 日本鳥学会ポスター賞は、若手の独創的な研究を推奨する目的で設立されたものです。対面形式で開催された日本鳥学会2024年度大会では、第8回ポスター賞を実施いたしました。厳正なる審査の結果、本年度は、天野孝保さん(長崎大学)、田上結大さん(愛媛大学)、水越かのんさん(筑波大学)が受賞しました。おめでとうございます。
応募総数は、過去最多の63件でした。応募数が多いだけでなく、地道に行われた調査や高度な解析技術を用いた研究など、忍耐力や向上心の高さが見て取れる内容が多かったのも印象的でした。来年度もポスター賞を実施予定ですので、たくさんの方に挑戦していただけると嬉しいです。
最後に、ポスター賞の審査を快諾して頂いた9名の皆様、記念品をご提供頂いた株式会社モンベル様にこの場をお借りして御礼申し上げます。

日本鳥学会2024年度大会ポスター賞
応募総数:63件
繁殖・生活史・個体群・群集・生物間相互作用:18件
行動・進化・形態・生理部門        :26件
生態系管理/評価・保全・その他部門     :19件

【受賞】
《繁殖・生活史・個体群・群集・生物間相互作用》部門
「日本の高速道路SA/PAにおけるツバメの繁殖分布とその特徴」
天野孝保

天野さん(左)と綿貫会長(右)

《行動・進化・形態・生理》部門
「スズメ目におけるコケを巣材に利用する行動の進化と機能」
田上結大・今田弓女

田上さん(左)

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
「ミズナギドリの巣穴は節足動物の生息地を創出する」
水越かのん・森英章・川上和人・上條隆志

水越さん(左)

【次点】
《繁殖・生活史・個体群・群集・生物間相互作用》部門
「石狩湾におけるトウネンの通過個体数推定」
内田耕平・先崎理之

《行動・進化・形態・生理》部門
「鳥類のクチバシ定量化と形状多様性に寄与する遺伝的基盤の探索」
荒井颯太・牧野能士

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
「奄美大島における野生鳥類のトキソプラズマ感染状況」
鈴木遼太郎・吉村久志・常盤俊大・伊藤圭子・鳥本亮太・新屋惣・山本昌美

【一次審査通過者】
《繁殖・生活史・個体群・群集・生物間相互作用》部門
「北海道周辺海域におけるウトウの雛の餌種と親の食ニッチサイズの時空間変化」
小島達樹・小澤光莉・大門純平・綿貫豊・ 白井厚太朗・新妻靖章・桑江朝比呂・渡辺謙太・ 松本和也・伊藤元裕

《行動・進化・形態・生理》部門
「繁殖期のウミネコにおける年齢による採餌戦略の変化」
杉山響己・水谷友一・成田章・後藤佑介・依田憲

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
・「レーダを用いた鳥類の観測手法の開発」
河村佳世・鎌田泰斗・佐藤雄大・河口洋一・島田泰夫・黒田幸夫・関島恒夫
・「深層学習による長時間録音からの高精度な鳥類音声の自動抽出」
水村春香・安田泰輔・松山美恵・塚田安弘・瀧口千恵子

 

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【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(3)クイーンズランド大での日々

【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(3)クイーンズランド大での日々

片山直樹(農研機構 農業環境研究部門 農業生態系管理研究領域)

こんにちは、片山です。今年の4月半ばにオーストラリアに来てから、約6ヶ月が過ぎました。1年間の在外研究の半分がもう終わってしまったことになります・・・そんなに月日が経ったの!?と驚きを隠せないこの頃です。

この半年を振り返ってみると、たしかに色々なことがありました。研究のこと、人との出会い、オーストラリアの鳥たち、そして思わぬハプニング・・・渡航前には想像もしなかったことばかりでした。できるだけ多くの出来事を、全5~6回の連載の中でお話ししたいと思います。

今回は、大学での日々について紹介します。私が今通っているのは、クイーンズランド大学のセントルシアキャンパスです。キャンパスの入り口にあたる場所には、大学名が大きく掲げられています。これを初めて見た時、いよいよ来たんだなという実感がわきました。

芝生にはいつもズグロトサカゲリMasked Lapwingがいます(写真右下)。

キャンパス内には緑地や水場が多く、色々な鳥が暮らしています。なかでもUQ Lakesという小さな湖にはキバタンSulphur-crested Cockatoo、セイケイ Purple SwamphenやオオバンEurasian Cootなど多くの鳥を見ることができます。大学内だけでも、きちんと鳥見をすれば数十種は見られるのではないでしょうか。

絵画のような素敵な光景ですが、冬でも日差しが強いです。

私が所属するCentre for Biodiversity and Conservation Science(通称CBCS)は、Goddard buildingという建物の5階にあります。見晴らしも良く、気持ちのいい場所です。

左の建物がGoddard Buildingです。右手の芝生でランチ会もします。

この階に天野達也博士もいます。オーストラリアで彼と久しぶりの再会を果たすというのはなんとも不思議な気分でしたが、彼は昔と変わらず暖かく出迎えてくれました。

子どもたちも天野さんにとても懐いていました(許可を得て掲載)。

私はポスドク用の4人部屋を借りて、もう一人のポスドクのVioleta Berdejo-Espinola博士と使っています。彼女から大学の色々なことを教わったり、一緒にランチをすることもあります。彼女は今、世界中の脊椎動物の個体数変化を調べる研究プロジェクトを主導しています。私もこれに参加して、日本の論文収集を担当しています。この論文収集のプロトコルが自分の研究の参考になり、さっそく在外研究のありがたみを感じています。

CBCSには数十名以上の研究者や学生が所属しているようです。そうした方々との交流のために、毎週火曜日に開催される研究セミナーに参加しています。その日はまず朝10時半から、モーニングティー(お茶会)が始まります。無料で提供されるコーヒーや紅茶を片手に、多い時で20名以上の先生や学生が集まって会話を楽しんでいます。天野さんもご多忙で不在のことも多く、自分から積極的に誰かに話しかけていかないと何も始まりません。すこし緊張しますが、いざ話しかけてみると皆さんとてもフレンドリーです。鳥を研究している人も多いので、オススメのバードウォッチング場所を聞けるなど、話しかけて良かったなと思うことが多いです。この会話はもちろん英語で行うわけですが、ガヤガヤと賑わう中で相手の英語を聞き取るのは難しく、いつも脳が疲弊しています。お茶会とセミナーは誰でもウェルカムで、最近では熊田さんも参加しています。

多様なバックグラウンドを持っていても、生きもの好きなのは同じです。

モーニングティーの時間は30分ですが、合間にこの一週間の出来事を皆で共有する時間もあります。受理された論文がある人、博士論文の審査にパスした人、予算を獲得した人、外部のセミナーで講演する人、などが簡単な報告をしていきます。おめでたいことがあると、皆が拍手やお祝いの言葉をかけていて、そういう明るい雰囲気がとても良いなと思います。初めて参加した人は、ここで自己紹介をします。私も一分ほど自己紹介をしましたが、なんとか伝わったと思いたいです。

モーニングティーが終わるとセミナールームに移動して、質疑込みで1時間のセミナーが始まります。私も5月にセミナーをして、日本の農地生態系の生物多様性やその保全についてお話しました。そうやって書くと一行で終わってしまうのですが、30分近い時間を英語で話すのは初めてでした。セリフも用意して、何度も練習をしました。おかげで発表は何とかなりましたが、質疑応答は聞き取れない部分もあり、理想の自分にはほど遠いなぁと感じました。そういう経験も含めて、貴重な時間を過ごさせてもらっています。このセミナーをきっかけに、牧草地の鳥を研究している方のフィールドワークに11月に同行できることになりそうです。実現すれば、次回の記事でご紹介したいと思います。

それっぽく話しているように見えますが、内心はいっぱいいっぱいです。

さて、私にはオーストラリアでどうしても会いたい鳥の研究者がいました。その方はMatthew Herring博士と言って、オーストラリアの田んぼや湿地に生息する絶滅危惧種のオーストラリアサンカノゴイAustralasian BitternやオーストラリアタマシギAustralian Painted-Snipeを研究されています。これまでメールでしか連絡を取ったことのなかった彼に、ついに会うことができました。メールでもZoomでも交流できる時代ですが、彼と向かい合って、握手をして、言葉を交わした時間は忘れられない思い出になりました。12月には、彼の調査地の田んぼを視察して、現地の研究者や生産者にセミナーをする予定です。余談ですが、彼のお子さんの一人は日本が好きで空手を習ったり、ドラゴンボールを見ているそうです。そう聞くと嬉しくなりますね。

まさにナイスガイでした(本人の許可を得て掲載)。

さてまだまだ話したいことはあるのですが、この辺りでちょうどよい文字数になってしまいました。次回以降は、以下の話をしたいと思います:

・鳥のおかげ?あるオーストラリア人との出会い

・買った車が2か月で壊れる

・入居したアパートで様々なトラブルが発生

最後に、特に意味はありませんがセアカオーストラリアムシクイRed-backed Fairywrenを紹介します。ブリスベン近郊の森林や湿地で出会うことのできる美しい鳥です。

それではまた次回の記事でお会いしましょう。
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日本鳥学会2024年度大会公開シンポジウム 「野生鳥類と高病原性鳥インフルエンザ:大規模感染に立ち向かう」を終えて

日本鳥学会2024年度大会公開シンポジウム 「野生鳥類と高病原性鳥インフルエンザ:大規模感染に立ち向かう」を終えて

森口紗千子(日本獣医生命科学大学 獣医学部 野生動物学研究室

餌付け場所に集まるオナガガモやユリカモメ

日本鳥学会2024年度大会の公開シンポジウムでは、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)をテーマとしました。日本で2003-2004年の冬、79年ぶりに発生したHPAI以降、日本鳥学会大会では、HPAIに関する口頭発表やポスター発表、自由集会、鳥の学校はあるものの、公開シンポジウムのような大きなイベントは初めてのことでした。

本シンポジウムを企画したきっかけは、北海道網走市で開催された2022年度大会の折に、本シンポジウムの講演者でもある外山雅大さん(根室市歴史と自然の資料館)から、根室市でHPAIによるカラス類の大量死が発生した際の対応について伺ったことです。HPAIによる大量死に初めて遭遇したにもかかわらず、地元の方たちで協力して監視体制を整備し、希少鳥類を守るための注意喚起まで実施した流れは、日本全国にあるカラスのねぐらを対象としたHPAIサーベイランスの見本となるだろう、と直感しました。その時一緒に話を聞いていた、本シンポジウムのコメンテーターでもある金井裕さん(日本野鳥の会)に、翌年(2023年)の金沢大会で自由集会でも企画しませんかと提案したところ、HPAIをテーマにするなら、ウイルスの専門家(獣医学者)も呼んだ方がいいからシンポジウムでないとね、と(いい意味で)一蹴されました。自由集会の講演者には、自腹で来てもらうしかありません。非会員の獣医学者をご招待するならば、交通費や謝金を支払えるシンポジウムを企画するしかない、ということです。

日本獣医学会野生動物医学会獣医疫学会などの獣医学系の学会では、毎年のようにHPAIに関するシンポジウムが開催されています。日本鳥学会でHPAIをテーマにする意義は、野生鳥類の観察や捕獲だけでなく、死体を拾い標本を作るような、野生鳥類に触れる機会の多い学会員の方々に、HPAIの問題や実際にHPAIサーベイランスに関わっている人たちの取り組みについて知ってもらうこと。そして、被害を受ける野生鳥類や、家きんや、動物園の鳥たちを少しでも減らすために、HPAI発生時の対応で大変な思いをする人を減らすために、力を貸してほしいという思いからです。幸い、その次の2024年度東京大会で大会実行委員となり、実行委員の皆さんにHPAIに関するシンポジウムの企画を受け入れてもらえたことで、実現に向けて始動することになりました。

本シンポジウムを開催することが決まり、もう一人のコーディネーターである牛根奈々さん(山口大学)に声をかけました。牛根さんは、私が所属する日本獣医生命科学大学出身の獣医学者です。彼女が博士課程の大学院生だった4年間、私が雇用されていた鳥インフルエンザと鉛汚染に関する環境研究総合推進費のプロジェクトで、野生鳥類専門の獣医師として支えてもらった仲です。大会実行委員に加わることも、二つ返事で承諾してくれました。そして、同プロジェクトでご一緒させていただいた、獣医学者の迫田義博先生(北海道大学)と山口剛士先生(鳥取大学)を講演者として招待しました。お二人は、環境省による野鳥HPAIサーベイランスで、ウイルスの病原性や亜型を確定する検査機関の責任者です。迫田先生からは、鳥インフルエンザの基礎について、ウイルスの特徴から北海道大学構内でのHPAIサーベイランス、HPAIに感染した希少鳥類の治療にいたるまで、様々な視点でやさしく解説していただきました。曝露されるウイルスが一定量に満たないと感染が成立しないため、感染防止にはウイルス量をいかに減らすかが大事であることを教えていただきました。山口先生からは、家きん農場に侵入するネコ、イタチ、スズメなど、養鶏場でHPAIを防ぐことが難しい現状について発表いただきました。HPAIウイルス(HPAIV)は、ニワトリに対して病原性が高いことで定義される、家きんの病気であることを強調されました。そして、野生鳥類の大規模なHPAI発生現場の声として、シンポジウム企画のきっかけとなった外山雅大さんに根室での取り組みを、そして以前より地域ぐるみでツル類をはじめとする野生鳥類のHPAIサーベイランスを続けている原口優子さん(出水市ツル博物館クレインパークいずみ)より、鹿児島県出水市における取組みと、出水市で発生したツル類の大量死について報告していただきました。私は、獣医学者と野生鳥類関係者をつなぐ役割として、鳥類生態学による鳥インフルエンザ研究事例について講演しました。総合討論では、鳥類学者代表として樋口広芳先生(慶應義塾大学)、野生鳥類関係者として鳥インフルエンザに精通する金井裕さん(日本野鳥の会)、家きんの鳥インフルエンザを担当されている唯野剛史さん(農林水産省)、過去に出水市でツル類の大量死が発生したシーズンに現場の環境省職員として対応にあたり、現在は本省で野生鳥類の鳥インフルエンザを担当されている木富正裕さん(環境省)もコメンテーターとして加わり、活発な議論が繰り広げられました。しかし、総合討論は当初予定していた30分では収まり切らず、1時間に及びました。それでも伝えきれなかったことがたくさんありましたので、この場を借りて残しておきます。

オオワシ

総合討論では、出水市のツル類の餌付けが大量死の引き金となったのではないか、根室でもワシ類が観光目的で餌付けされているため、禁止できないのかということが話題の中心でした。出水市におけるツル類の大量死の前年に、イスラエルで発生したHPAIによる10,000羽ともいわれるクロヅルの大量死も、ツル類が餌付けされているフラ湖で発生しました(Lublin et al. 2023)。フラ湖で越冬するクロヅルの個体数は約50,000羽なので、越冬個体群の約20%が死亡したことになります(Pekarsky et al. 2021)。餌付けは過度に群れを集中させ、HPAIなどの感染症まん延のリスクを高めます。希少鳥類が大量に集まるほどの餌付けは避けるべきですが、出水市のツル類の餌付けは、観光目的だけでなく、周辺の農地における農業被害を防ぐ役割もあると考えられており、長年中止できなかった経緯もあります。一方で産・官・民・学の連携により、毎日ツル類を監視し、迅速に死亡鳥や衰弱鳥を回収し、ねぐら水の検査を定期的に実施するなど、ツル類の生息地を維持し、カラス類やトビをはじめとする腐肉食性の鳥類等への感染拡大を防止するとともに、多くのシーズンで周辺に散在する養鶏場でのHPAI発生を抑制してきたことも事実です。大量死が発生したシーズンに出水市のツル類から検出されたHPAIVの特徴として、ツルからツルへと感染が広がりやすかった可能性も指摘されています(Okuya 2023)。そして、同時期に出水市とその周辺地域の養鶏場で続発したHPAIのウイルス株は、当時出水市のツル類で大流行していたウイルス株とは異なっていました(高病原性鳥インフルエンザ疫学調査チーム 2023)。

カモメ類

趣旨説明で紹介したとおり、近年世界中でHPAIによる野生鳥類の大量死が発生しています。被害を受けている種は、越冬期のガン類やツル類だけでなく、真夏の海鳥の集団繁殖地や海獣類にまで拡大しています。大きな被害が報告されているのは、海鳥類ではカツオドリ類、トウゾクカモメ類、ウ類、アジサシ類、ペンギン類、ペリカン類、ウミスズメ類、海獣類ではオタリアやゾウアザラシの仲間など、多様な種の数百~数万単位での大量死が発生しています(CMS FAO Co-convened Scientific Task Force on Avian Influenza and Wild Birds 2023)。大量死が発生した海鳥には、カツオドリ類、ウ類、アジサシ類、ウミスズメ類など、日本に生息する分類群も含まれています。また、大量死の報告が少ないカモメ類は、カモ類と同様にHPAIに感染してもほとんど症状を示さず、遠くまでHPAIVを運び、他の海鳥類に感染を広げていると考えられています(Hill et al. 2022)。しかし、日本における海鳥類の鳥インフルエンザウイルス全般に関する研究事例は、ユリカモメなどごくわずかです(Ushine et al. 2023)。加えて、日本に生息する海鳥類の集団繁殖地の多くは無人島です。海鳥類を調査研究する鳥類学者が気づかなければ、HPAIによる被害があったのかどうかもわかりません。国内で繁殖する海鳥類の感染状況を明らかにするためには、海鳥類の調査に携わるみなさんに、対象種を注意深く観察し、調査していただくことが大切になります。また、カモメ類をはじめとする海鳥類の抗体検査を実施し、鳥インフルエンザウイルス全般がどの程度浸潤しているのか調査することも大切です。ご理解とご検討をお願い申し上げます。

人、動物、環境の健康を一つとみなす理念に基づくOne Healthアプローチでは、人獣共通感染症や薬剤耐性菌などの問題に取り組むため、関係各所が連携し、協力して対応にあたることが必要不可欠になっています。その第一歩として、関係者が同じ場所に集まり、顔を合わせて対等な立場で話をしていくことだと私は考えています。本シンポジウムも、獣医学者、鳥類学者、鳥類生息地の管理者、農林水産省、環境省という、HPAIの問題に実際に携わるそれぞれの現場の人たちが集まり、議論する場を作るべく、開催しました。登壇いただいた講演者やコメンテーターの方々はじめ、大会実行委員など多くの方々にご協力いただき実現できたことは、それだけでも一つの成果と思っています。

会場では229名、オンラインでは262名、合計491名にご参加いただきました。そのうち、234名(47.7%)よりアンケートの回答をいただきました。アンケート回答者の122名(52%)は非会員の方々です。そして223名(96.6%)の方から、本シンポジウムが有意義だったと回答いただきました。

総合討論では会場からの質問時間が十分にとれなかったため、大会ウェブサイトに、アンケートに記入いただいた参加者の質問に講演者らが回答したQ&Aを公開いたします。本シンポジウムが、野生鳥類にまつわるHPAI問題について理解を深め、得た知識をだれかに伝えたり、サーベイランスに協力するなど、HPAI問題の解決に向けた活動を始める一助となりましたら、これほど嬉しいことはありません。

本報告を執筆するにあたり、牛根奈々さんには多くの助言をいただきました。厚くお礼申し上げます。


引用文献

  1. CMS FAO Co-convened Scientific Task Force on Avian Influenza and Wild Birds (2023) Scientific task force on avian influenza and wild birds statement on: H5N1 high pathogenicity avian influenza in wild birds - unprecedented conservation impacts and urgent needs.
  2. Hill, N. J., Bishop, M. A., Trovão, N. S., Ineson, K. M., Schaefer, A. L., Puryear, W. B., Zhou, K., Foss, A. D., Clark, D. E., MacKenzie, K. G., Gass, J. D., Jr., Borkenhagen, L. K., Hall, J. S., Runstadler, J. A. (2022) Ecological divergence of wild birds drives avian influenza spillover and global spread. PLOS Pathogens, 18: e1010062.
  3. 高病原性鳥インフルエンザ疫学調査チーム (2023) 2022 年~2023 年シーズンにおける高病原性鳥インフルエンザの発生に係る疫学調査報告書.
  4. Lublin, A., Shkoda, I., Simanov, L., Hadas, R., Berkowitz, A., Lapin, K., Farnoushi, Y., Katz, R., Nagar, S., Kharboush, C., Perry Markovich, M., King, R. (2023) The history of highly-pathogenic avian influenza in Israel (H5-subtypes): From 2006 to 2023. Israel Journal of Veterinary Medicine, 78: 13-26.
  5. Okuya K. (2023) High Pathogenicity Avian Influenza Outbreak among Vulnerable Crane Species in the Izumi Plain, Kagoshima, Japan. The 8th meeting of East Asia Wildlife Health Network.
  6. Pekarsky, S., Schiffner, I., Markin, Y., Nathan, R. (2021) Using movement ecology to evaluate the effectiveness of multiple human-wildlife conflict management practices. Biological Conservation, 262: 109306.
  7. Ushine, N., Ozawa, M., Nakayama, S. M. M., Ishizuka, M., Kato, T., Hayama, S. (2023) Evaluation of the effect of Pb pollution on avian influenza virus-specific antibody production in black-headed gulls (Chroicocephalus ridibundus). Animals, 13: 2338.
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