68巻2号の注目論文は江田さんの「考古鳥類学」の総説に

和文誌編集委員長 植田睦之

2019年10月発行の日本鳥学会誌68巻2号の注目論文は江田さんの「考古鳥類学」の総説になりました。

江田真毅 (2019) 遺跡から出土する鳥骨の生物学,「考古鳥類学」の現状と展望. 日本鳥学会誌 68: 289-306.

黒田賞受賞の総説であるこの論文は,遺跡から出土する骨により,人がどんな鳥を利用していたかということだけでなく,過去からの鳥の分布,形態,集団構造や遺伝的多様性などがわかること,そして今後の研究の展望についてまとめたものです。鳥学の新しい分野を開き,発展を促す論文と考え,注目論文とし選定しました。

論文は以下のURLより,どなたでも読むことができます。
http://doi.org/10.3838/jjo.68.289

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日本鳥学会津戸基金シンポジウム開催報告

宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団
嶋田 哲郎

 日本鳥学会津戸基金シンポジウム「 新技術をもちいた鳥類モニタリングと生態系管理 」(主催:嶋田哲郎、山田浩之、牛山克巳)が10月26日に北海道大学で開催されました。多くの方にご参加いただき、活発な議論が交わされました。報告の詳細は下記をご覧下さい。
https://miyajimanuma.wixsite.com/anatidaetoolbox/post/report-osj-tsudo-fund-symposium

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日本鳥学会ポスター賞を受賞して 

岡山理科大学 中原多聞

 この度2019年度大会でポスター賞をいただくことができ、大変嬉しく思っております。まだまだ実感がなく、だんだんと賞の重みを感じ始めているところです。

 今回発表させていただいた私の研究は、できるだけ多くの標本を観察し、分析する必要のあるものでした。また、観察や分析を行う前に解剖を行う必要があり、作業1つ1つに非常に時間がかかりました。私1人で行うとしたら何年かかるか分かりません。そんな研究をこの半年で行うことができたのは、施設で亡くなった動物を快くご提供頂いたことや、先生方から手厚いご指導を頂けたこと、友人が時間を作って作業を手伝ってくれたこと、母がずっと応援してくれていたことなど色々な要因が全て揃う恵まれた環境にいたからだと思います。研究に関わってくださった方に心から感謝申し上げます。

 これからも、多くの方々に助けられた上でこの研究が成り立っていることを忘れず、研究を深めていきたいと考えております。
 最後になりますが、鳥学会の運営の皆様、ポスター審査員の皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。研究をする学生として大きく成長させていただけた学会でした。

ポスターの概略
ペンギン類は骨内部を緻密化している事が先行研究によって知られています。このような骨内部の緻密化は哺乳類では体系的な研究が行われており、水中生活への適応であると考えられています。

そんな中で、先行研究ではペンギン種間や成長段階で内部構造に違いは確認されませんでした。また、他の水鳥(ウミスズメ科)においては骨の緻密度と潜水能力は相関しないという結果が示されていました。

しかし、このような骨内部構造の変化が水中への適応であると考えるならば、潜水深度の異なる種や遊泳開始前後で変化が確認出来るはずだと考えると共に、そもそも多くの鳥類がどのような骨内部構造をしているかを明らかにしなければ、内部構造の変化について評価することは難しいと私は考えました。

そこで私はCTスキャナーを用いて、鳥類18目24種の内部構造の観察をするとともに、ペンギン類9種での種間比較を行いました。さらに、レントゲンを用いて日齢の明らかな個体での成長観察を行いました。

ペンギン類と他の鳥類との比較の結果、多くの鳥類の四肢骨は骨密度の低い管状骨をしている一方で、ペンギン類のみ極めて緻密な構造をしていると分かりました。また、ペンギン類は四肢骨だけでなく全身の骨を緻密化しているとわかりました。

ペンギン種間での比較の結果、骨全体を緻密化している種とそうでない種が存在することが明らかとなりました。

成長観察の結果、ペンギン類の骨内部構造は成長段階で変化し、緻密化は遊泳開始前後で完了することが確認されました。

以上の結果から、ペンギン類は種間や成長段階で内部構造を変化させていることが明らかになりました。

また、他の鳥類との比較やペンギン種間の比較の結果から、ペンギン類の骨の緻密化は水中生活への適応の結果であり、その緻密度の違いは潜水能力の違いを反映している可能性が高いと推察されました。

今後はペンギン種間での内部構造の違いを比較するための要因を増やして分析していくと共に、化石種のペンギンを観察することも視野に入れて研究を進めていきたいと思います。

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観察したキングペンギン
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第4回日本鳥学会ポスター賞受賞の感想

大阪市立大学理学研究科 西田有佑

この度、日本鳥学会2019年度大会にてポスター賞を頂くことができました。ありがとうございました。過去の受賞者の方々をみてみると、毎年おもしろい研究発表をされている若手の方がずらっと並んでいて、私の研究も少し認められたのかな?と思っています。これからも調査・研究がんばるぞ!

モンベル様からは超豪華なレインパーカーを記念品としていただきました。ありがとうございます。調査での着心地も良さそうで今年の調査が楽しみです。

ポスター内容の概略
今回の受賞ポスターのテーマは「餌資源の豊富ななわばりで冬を越せた個体は、その後の繁殖が上手くいくのか?」というものです。越冬環境がもたらす繁殖パフォーマンスへの影響のことを、専門的には「キャリーオーバー効果」と呼びます。あたりまえの現象のように思えますが、野生動物で調べた例はかなり少なく、まだまだ分かっていないことの多い生態学的現象の1つです。

私はとくに「越冬環境がもたらすオスの繁殖成功へのキャリーオーバー効果」に興味がありました。オスの繁殖成功はメスと交尾できるかでほぼ決まるのですが、上手に求愛できたオスほどメスにモテます。そして栄養状態が良く元気なオスほど上手に求愛できることが多くの鳥類で知られています。もし餌資源の豊富ななわばりで冬を越したオスほど、繁殖開始時の栄養状態が良くなり、求愛行動の質も高くなってメスにモテることを示せれば、オスの繁殖成功へのキャリーオーバー効果の存在を確かめられそうです。

そこで注目したのがモズです。エサをなわばり内の木々の枝先に突き刺す「はやにえ行動」で有名な小鳥です。はやにえはエサの少ない冬に備えた保存食で、たくさんのはやにえを食べた個体は繁殖開始時の栄養状態が良くなることが知られています (Nishida & Takagi, 2019, Anim. Behav.)。また、繁殖期になると、オスは歌をつかってメスに求愛します。栄養状態の良いオスほど魅力的な歌をもつことができて、メスにモテることが私の先行研究で分かっています(Nishida & Takagi, 2018, J. Avian Biol.)。

ということで、次のような仮説を立てて検証しました。「良い越冬なわばりをもつオスは、たくさんはやにえを貯えられて、そのはやにえを食べることで繁殖期の歌の魅力を高められて、メスにモテるようになる?」という仮説です。詳しい結果は省きますが、この仮説を強く支持する証拠が、観察と実験の両方で集めることができました。

つまり、モズのオスでは、越冬環境がはやにえの貯蔵・消費を介して、繁殖期の求愛行動の質・配偶成功にまで影響していたのです。性選択の文脈でキャリーオーバー効果が生じることを示したおそらく初めての研究です。生き物の生態をちゃんと理解するには、繁殖期だけじゃなくて越冬期にまで目を向けないといけないようです。

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カエルの仲間のはやにえ
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第4回日本鳥学会ポスター賞 西田さんと中原さんが受賞しました

日本鳥学会企画委員会
中原 亨

 若手の独創的な研究を推奨する目的で設立された日本鳥学会ポスター賞は、厳正なる審査の結果、今年は西田有佑さん(生態・行動分野)と中原多聞さん(保全・形態・遺伝・生理・その他分野)が受賞しました。おめでとうございます。
 ポスター賞は今回が4回目となり、今年の応募は42件(生態・行動が26件、その他が16件)と、過去最多となりました。ポスター賞は30歳になるまで何度でも応募できますので、あと一歩だった方も、2次審査に残れなかった方も、是非再挑戦してください。
 最後になりますが、ポスター賞の審査をご快諾して頂いた6名の方々、記念品をご提供頂いた株式会社モンベル、大会実行委員のみなさまにこの場をお借りして御礼申し上げます。

2019年日本鳥学会ポスター賞
《生態・行動》分野

「モズの越冬期の生息地利用が、はやにえ貯蔵量や求愛歌の魅力に与える影響」
西田有佑(大阪市大)・髙木昌興(北大)

《保全・形態・遺伝・生理・その他》分野
「骨内部構造から考察するペンギン類の水棲適応」
中原多聞・林昭次・奥田ゆう・皆木大生・小平将大・知花宇晃・亀崎直樹(岡山理大)・進藤英朗・久志本鉄平・上原正太郎(下関市立しものせき水族館)・村上翔輝・恩田紀代子(ニフレル)・石川恵・伊東隆臣(海遊館)・毛塚千穂・樋口友香(須磨海浜水族園)・安藤達郎(足寄動物化石博物館)

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左から,中原さん,西田さん

次点
《生態・行動》分野

「琉球列島の島間で異なる音響環境に適応したさえずりによる生殖隔離」
植村慎吾(北大)・髙木昌興(北大)

《保全・形態・遺伝・生理・その他》分野
「飛行特性を反映させた大型水禽類4 種のセンシティビティマップ」
佐藤一海・向井喜果・鎌田泰斗・佐藤雄大・山田新太郎・関島恒夫(新潟大)

一次審査通過者
《生態・行動》分野

「繁殖上手なつがいはどのように侵入者に対処する?:なわばり防衛行動と繁殖成績の関係」
小野遥・澤田明・村上凌太・髙木昌興(北海道大)

「ハシブトガラスの画像認識能力に関する研究」
小原愛美(宇都宮大院)・青山真人(宇都宮大)・杉田昭栄(宇都宮大・東都大)

「樹洞営巣性鳥類の営巣環境をめぐる闘争行動―ニュウナイスズメとスズメの種間比較―」
佐々木未悠(弘前大)・高橋雅雄(弘前大)・蛯名純一(おおせっからんど)・東信行(弘前大)

「サンコウチョウにおける遅延羽色成熟の適応的意義」
能重光希(北大院・理)・植村慎吾(北大院・理)・大井紗綾子(元大阪市大・院理)・髙木昌興(北大・院理)

《保全・形態・遺伝・生理・その他》分野
「小さな島にも遺伝構造、亜種ダイトウコノハズクは血縁者同士が近くに分布する」
澤田明(北大)・岩崎哲也(大阪市大)・髙木昌興(北大)

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2018年度日本鳥学会新潟大会 高校生ポスター賞のご報告

長岡技術科学大学 山本 麻希

 2018年度日本鳥学会事務局 高校生ポスター担当の長岡技術科学大学の山本です。
ご報告が遅くなり、大変申し訳ございませんでした。

 2018年度日本鳥学会新潟大会におきまして、高校生ポスター発表が行われ、以下の4つの団体、個人に高校生ポスター賞が授与されました。

最優秀賞
「四日市西部丘陵で繁殖するフクロウの給餌食物」
松永雄貴・大西一生・丹下浩(三重県立四日市西高等学校 自然研究会)

表現賞
「鳥取県大山におけるジョウビタキの繁殖についてⅡ」
楠ゆずは(米子市立福米中学校)・楠なずな(米子市立福米西小学校)

科学賞
「群馬県のスズメは減っているのか」
深井こるり(群馬県前橋女子高等学校)

努力賞
「多摩川中流におけるカモ類の個体数推移と生息時期及び分布」
亀岡太郎(東京都立西高校)

 2018年度は、12のテーマでポスター発表の応募がありました。2019年度は東京大会ですので、是非、たくさんの高校生からの発表申し込みがあることを楽しみにしております。

 最後になりますが、ポスター賞の審査をご快諾して頂いた審査委員の方、記念品をご提供頂いた株式会社モンベル、大会実行委員にこの場をお借りして深く御礼申し上げます。

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受賞後の記念撮影の様子

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最優秀賞を受賞した生徒たち

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ポスター発表の様子

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68巻1号の注目論文は三上さんの三上さんの鳥の人工構造物への営巣の総説に

和文誌編集委員長 植田睦之

2019年4月発行の日本鳥学会誌68巻1号の注目論文は三上さんの鳥の人工構造物への営巣の総説になりました。

三上修 (2019) 鳥類による人工構造物への営巣:日本における事例とその展望. 日本鳥学会誌 68: 1-18.

この論文は,鳥がどのような人工構造物を利用しているかと,その営巣の生態学的に位置づけについてまとめ,そして,鳥にとって,人にとってのプラスマイナスについて検討した総説です。
人と野生生物の係わり合いに注目が集まる中,人工物を営巣場所として利用している鳥類について総合的にまとめられており,今後のこの分野の研究の発展を促す論文と考え,注目論文とし選定しました。

論文は以下のURLより,どなたでも読むことができます。
http://doi.org/10.3838/jjo.68.1

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津戸基金によるシンポジウム助成の公募(締め切り迫る)

日本鳥学会基金運営委員会

 学会では、2019年8月から2020年3月の間に国内で開催される鳥学に関するシンポジウムを対象に助成を行ないます。
 審査の結果、採択されると、会員津戸英守氏の寄付に基づく津戸基金より最大10万円の助成を受けることができます。
 応募の締め切りは5月31日(必着)です。シンポジウム開催を考えている会員の皆様、どうぞふるってご応募下さい。

 詳しくは、公募情報をご覧下さい。

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津戸基金によるシンポジウムの公募が始まりました

日本鳥学会基金運営委員会

 学会では、2019年8月から2020年3月の間に国内で開催される鳥学に関するシンポジウムを対象に助成を行ないます。
 審査の結果、採択されると、会員津戸英守氏の寄付に基づく津戸基金より最大10万円の助成を受けることができます。ふるってご応募下さい。

 詳しくは、公募情報をご覧下さい。

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驚きの佐渡トキ復活 2018年鳥学会エキスカーション報告

 須川恒(龍谷大深草学舎・京都市在住)

21年前に佐渡を訪問
 私は山階芳麿・中西悟堂(監修)(1983)「トキ 黄昏に消えた飛翔の詩」教育社.という写真集を持っている。その本の帯には「もう見ることはできない ケージの中で飼育される3羽-彼らがふたたび大空を翔(かけ)る日はくるだろうか」とある。野外のトキをネットで捕獲する写真などが多数掲載されているが、どちらかというと、もうまもなく見られなくなるトキは、かつてこのように日本の空を飛んでいたと記念する写真集というニュアンスを感じた。
 21年前の1997年9月23-24日に新潟大であった日本鳥学会大会後のエキスカーションで佐渡を訪問した。9月22日のシンポジウムは猛禽類保護に関するものだった。この時は新潟大学の佐渡北部海岸にある新潟大学の演習林の施設に泊めていただいた(施設の前に海岸があった)。今回エキスカーションに参加した人の中で21年前に参加した人は北海道の玉田克巳さんと滋賀の天野一葉さんだけだった。
 この時はケージの中で飼われている最後のトキの「キン」(ゆっくりと歩いていた)を近辻宏帰さんに紹介していただいた(近辻さんはトキの飼育・増殖にずっとかかわっておられたがトキの初放鳥があった2008年の翌年2009年に66歳で亡くなられた)。また広く佐渡をまわり、かつてこういった地域にトキが住んでいたと紹介を受けた記憶がある。
 この時点で、後につながる中国との交流などははじまっていたが、雰囲気としては写真集で感じていたのとほとんど変わらない未来のみえないトキだった。当時、いつかキンも亡くなるが、その際に未来に向けキンの細胞をどう保存するかが話題となっていた。
 1997年の佐渡のエキスカーションの際に、一緒に行った成末雅恵さん・加藤七枝さん(当時日本野鳥の会)と全国的にも見えてきたカワウ問題を扱う自由集会を来年からやらないかと相談し、1998年から現在まで毎年開催されている会のきっかけとなったことが私にとっての一番の思い出だった。
 新潟にはガン類や湿地保全、鳥類標識調査の会合に参加する機会が多くよく訪問していたが、佐渡のトキプロジェクトのその後の進展については伝え聞くだけで、あれから一度も訪問していなかったので、今回のエキスカーションに参加して佐渡の現場を見るのが楽しみだった。

佐渡訪問の予習となった再導入シンポジウム
 2018年9月17日午前中は日本鳥学会新潟大会の公開シンポジウム『トキ放鳥から10年:再導入による希少鳥類の保全』が朱鷺メッセであった。
 私の前の席には、野鳥画家の谷口高司さん夫妻や羽箒研究者の下坂玉起さんら早稲田大学生物同好会につながる人々が座っていて、並んで座っている近辻宏帰さん夫人の道子さんを紹介いただいた。
 環境省佐渡自然保護官事務所の岡久雄二さんが「トキの野生復帰の取り組み」の講演で、野外個体群の絶滅、人工繁殖成功の過程、2008年の初放鳥(今年は10年目)、2012年から野生化でも成功し、延べ308羽を放鳥して、現在佐渡で野生下のトキが305羽となっていること、トキのための採食地として多様な水田農業の取り組み、地域社会の維持・活性化まで視野にいれた「佐渡モデル」について語った。
 新潟大学の永田尚志さんは「トキの再導入はどこまで達成したのか」の講演で、繁殖個体群が順調に増加している中味について語り、今後の見通しと課題について問題提起があった。いずれも、トキの最新情報についての予習となった。会場からの質問で、私がした質問は「今後佐渡から日本国内に分布を拡げていく勢いだが、海外へ分布を拡げていく可能性についてどう考えるか」であった。永田さんが「すぐにはないだろうが、国内分布が九州へと進むとその可能性は高くなる。」だった。
 トキ復活プロジェクト中国・日本における進展に加えて、韓国やロシアでも計画がある。特に放鳥が近いと聞く韓国における放鳥が始まると日本への渡来や日本の個体群との交流の可能性が高まり、トキのかつての分布域が復活するきざしもできると思った。
 私は日本鳥類標識協会のホームページ委員をしていて、ホームページの中にカラーマーキング調査をしている調査者からの情報を掲載しているポータルサイトをつくって各種のカラーマーキング情報を掲載して、必要な種には英語版も掲載していただいている。トキもそろそろ英語版情報の掲載も必要ではと思っての質問であった。

トキが「普通に」飛んでいる!
 シンポジウムが終わって朱鷺メッセから渡り廊下で佐渡へ行く佐渡汽船の待合室へ向かうとエキスカーションの参加者31名が集まっていた。ジェットフォイルに乗船して50分ほどで佐渡へ渡った。帰りはフェリーで2時間半ほどかかった。岡久さんによると、波が高いと、まずジェットフォイルが出港しなくなり、佐渡には確実に行って欲しいけれど、帰りに波が高くなって本土に戻れなくなるのも困るので、帰り便はフェリーにしたとのこまかい配慮をうかがった。
 ジェットフォイルの隣の席には豊岡市立コウノトリ文化館の栗山広子さんが座っていて望遠動画ができる準備をしていた。コウノトリの採食地や採食行動に関心があるので、トキにもついても同様に採食地と採食行動をしっかり見たいとのこと。
 両津港からチャーターしたバスに乗って宿泊施設であるトキ交流会館へ行った。右側に汽水湖の賀茂湖が広がり、左側の刈跡の水田に数羽のトキが採食しているのをすんなり見ることができた。事前に「トキのみかた」というパンフレットをいただいていた。小型の乗用車はとめて室内から観察することが可能だが、大型のバスをとめると驚くそうなので、わたしにとってトキの初観察だったが、あっという間に通りすぎた。
 トキ交流会館の宿泊する部屋で、畳縁(たたみべり)がトキのデザインであるのに感心した(写真1)。

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写真1 トキの畳縁

 周辺でトキ観察。ねぐらに入る前によくとまる枯木だそうだがその日はとまらなかった。宿舎から歩いてすぐ行ける温泉(新穂潟上温泉)の利用券をいただいたので、さっそくタオルを持って出かけた。
 温泉のすぐ南側には水田が拡がっていて、温泉の窓から飛んでいるトキが見えることもあるそうだ。湯上りで気持ちよい気分で、近くの山林につぎつぎと入っていくトキのねぐら入りを見ることができた。
 18:00夕食をするお迎えのバス2台で両津港の街へでかけた。18:15割烹ふじわら着。なかなかおいしく満足できる夕食だった。あとから持ってこられるお皿もなかなか楽しく、鯛の塩窯焼きが2尾。高木昌興さんら2人が塩を割ったものを頂いた。
 宿に戻って、トキ交流会館の2階の部屋で、永田さんにトキの羽を数タイプ見せていただいた。繁殖羽の黒くなったタイプなど手触りで確認させていただいた。天然記念物であるトキの羽毛を野外で拾って持つことは可能だが、他人に譲ってはいけないとのこと。
 9月18日5:10野生トキのねぐら立ちの観察(希望者だけだがほとんどの人が参加)。どのタイミングで起きてくるか(参加者のほう)で観察内容に大きな差ができた。新潟大の中津弘さんの予測通り5:20頃に「かぁー」と鳴いた後に数羽ずつ飛びだした。中津さんの無線機には別のねぐらで観察している人からの情報が次々と入ってくる。ねぐらに入っていた総計は30羽ほどだった。
 多くは南の水田刈跡に向かってとび、ほかの場所からやってきたトキも含め舞い降りるとほとんど見えなくなってしまった。わたしたちが観察している近くの上空を何羽も飛ぶ際がフォトハンターの腕の見せ所で、撮影できたカラーリングの画像を中津さんに見せて、何番の個体なのかを確認していた。
 朝食は、トキ牛乳とサンドイッチ。永田さんや中津さんらと食べた(写真2)。
 トキ牛乳は、最初は瓶だったらしいが、トキをデザインしたパッケージとなったところよく売れるようになったとのこと(あとでもう少し大きいパッケージを買って、箱を持って帰り、切り抜いて飾ってある)。

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写真2 永田さん中津さん

 今朝までトキを見て、トキが普通に見られるようになった驚きについて永田さんや中津さんに聞く。トキの採食地である多様な生物多様性を保つ水田環境の改善への努力が広く行われており、特にこの近辺は丁寧に行われている。
 中津さんが新潟大の調査チームに入った頃(2012年頃)に、ちょうど山階鳥研からJICA専門家として西安に滞在していた米田重玄さん、中国の環境政策への関心からパンダやトキ保護区をよく訪問している龍谷大学政策学部谷垣岳人さんらとスカイプを通して中国の洋県などの様子についてやりとりをしたことがある。谷垣さんによると洋県にはトキが京都の鴨川のコサギのように群れていると話していたことが印象に残っている。
 8:10宿舎を出発した。まずトキの森公園に向かった。ここはトキと2㎝まで近づけるという不思議な宣伝をしている。反射鏡の裏から観察をするしかけがある。実際にそのしかけでとても近くでトキの採食をみることができた(写真3)。
 大きなケージの中に巣台があり親2羽と幼鳥1羽が巣台の上にとまっていた。給餌者が入ってきて、地上の餌小屋に餌を置く。その後、観察舎の前の反射鏡の前の池にどじょうを入れる。幼鳥1羽が餌小屋に降りてきて採食し、すぐに観察者の前の池にやってきた。窓は二ヶ所あって、左側の窓からは少し池は離れているが、もう一つの右の窓からは池が接していて水中も見えるしかけになっている。左側の窓から見える小さな池にトキがやってきてドジョウをとる姿をみることができるも驚きだが、しばらくすると右側の窓前に行って、それこそかぶりつき(2㎝よりは離れていたが…)で採食するトキを観察することができた。

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写真3 かぶりつきトキ

 その後資料館に行った。途中の道にはキンの黄金のレリーフ像の石碑があり資料館の中にはキンの剝製や骨格標本があった。佐渡は2011年6月の世界農業遺産(GIAHS)に「トキと共生する佐渡の里山」として認定された。里山から佐渡中央部に広がる国中平野へ拡がる水田環境をトキの採食環境としてどのように改善していくかについての説明があった。
 資料館中には佐渡のトキ現在地マップがあって、マグネットでトキの個体の現在地を示していた。岡久さんはトキの位置を毎日チェックして全個体の位置が頭に入っているとのことで、マグネットを最新の位置に直していた(写真4)。

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写真4 岡久さんマグネット

 資料館の廊下では近辻道子さんが佐渡トキファンクラブへの加入の呼びかけをしていた。無料のメールマガジンがいただけるとのことなので申し込み、トキの風船などをいただいた。佐渡トキファンクラブは、トキ交流会館に事務所のある佐渡生きもの語り研究所が企画していて、トキの生息環境形成支援につながるさまざまな活動をしている。
 10:00野生復帰センターに向かった。ここでは10月の10周年放鳥式に向けて準備が行われているとのこと。そばにある環境省関東地方環境事務所佐渡自然保護官事務所で若松徹首席保護官によるトキを国として保護する経過、どの時期にどういったことを重点として保護施策をすすめてきたかの講演を聞いた。 
 環境省が国としてトキに取り組む選択をしたことが大きい(種の保存法の希少野生動植物としての対象種としてである)。国の保全戦略計画の対象種となったとしても、手掛かりが少ない状況からの出発だった。
 朝から早かったのできちんとした話は眠気をさそうものではあったが、国の保全戦略計画の対象種となっても、手掛かりが少ない状況からの出発だったことをあらためて理解した。放鳥まではトキの過去の分布から里山の谷津田のような環境を想定した保全計画だったが、2008年の放鳥以降は、トキが佐渡の平野の水田地帯を広く採食地として利用するために、水田をどう生物多様性豊かなものに変えていくか、またそのための農家を支援するシステム、さらに幅広くトキと共生できる社会へと模索していく計画が展開していることが判った。最後に、「いつまで続けるのか」といった各方面からのいろいろな発言を示したスライドも示して、今後の方向については、国民から幅広い理解を得ることが大切と訴えられた。
 そのためでもあるが、多くの来訪者にトキに影響をあたえずにトキの野生の姿をみてもらえる施設にむけての計画も聞いた。棚田のような場所を採食地として利用しているトキの群れを影響を受けない斜面の上から観察できる施設とのこと。
 最後の訪問地である国見荘は、この計画されている施設のイメージを知ることができる場でもあった。国見荘はかつて旅館だったが、現在は許可を得た観察グループのみ利用させてもらえる。広間から斜面下の池のほとりにいるトキの群れを見ることができて、みな満足であった(写真5)。もっと近くの棚田でも採食中の群れをみることができる時期もあるとのこと。
 国見荘は放浪の天才画家山下清の母親山下ふじさんの生家でもあってその関係の展示もあり、説明をしていた本多栄さんから、観察している広間は、明治時代にはじまった人形浄瑠璃の舞台でもあるということを聞き、幕を拡げて本多さんが操っている人形や、牛若丸の場面となる五条の橋の背景の風景を見せていただき、海外公演をした際の話もうかがった。

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写真5 国見荘からのトキ

 わたしたちが見せてもらった範囲は広い佐渡のほんの一区域だったが、佐渡のトキプロジェクトに関し鳥学的に最高のスタッフで短期間に現状を見せていただけた。一方で、トキの採食環境としての水田に関する取り組みや、それともつながる佐渡のさまざまな文化といった部分については改めて訪問しないと判らないと感じた。

再導入活動とは何か?
 私は豊岡のコウノトリについては本格的に再導入がはじまる前から定期的に訪問する機会もあって関心を持っていた。また千島列島へのシジュウカラガンの再導入プロジェクトは、京都の鴨川で越冬するユリカモメがらみで知ったカムチャツカの鳥学者ニコライ・ゲラシモフ氏がカムチャツカで増殖施設をつくって進めたため、深いかかわりができていた。鳥ではないが、現在鴨川では、大阪湾から淀川経由で遡上する海産アユが四条や三条を越えて下賀茂神社あたりでも釣ることができるようにする市民活動が、漁協や研究者、行政との連携で進んでいる。
 これらの諸活動は、再導入の規模、国のかかわりという点ではさまざまだが、共通するものがあるように思う。
 それは、豊岡で数年おきに開催されている「コウノトリ未来・国際会議」の2001年の会(コウノトリの初放鳥は2005年)における基調講演や海外ゲストの発言から得たイメージである。
 なぜトキやコウノトリ、シジュウカラガンは極東の地域からいなくなっていたのか、なぜ海から遡上していたアユは京都の街中まで登って来なくなっていたのか。
 地球環境や生物多様性は無視して、切り分けられた狭い分野の効率を最大化する技術の発展(農業生産、河川管理など)が原因であった。再導入をはかるということは、そのような20世紀型の文明のありかたをどうするかにかかわってくる。
 再導入をはじめるということは、小さな雪だるまを雪の斜面にころがしはじめるようなことである。雪だるまは、斜面を転がる間にどんどんと大きくなっていく。
 雪だるまが大きくなるのはトキやコウノトリ、シジュウカラガン、海産アユの生き物としての勢いのためであり、その分布の拡大や活動を通して幅広くさまざまな分野の人々のかかわりがはじまるためでもある。トキにかかわる活動もこれから10年、20年とどのように展開をしていくのか注目したい。

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