2021年度中村司奨励賞を受賞して

横浜国立大学 夏川遼生

 横浜国立大学の夏川遼生です.2021年度中村司奨励賞をいただけたことを大変光栄に思います.審査委員の皆様,受賞研究の実施にご協力いただいた皆様に心より感謝申し上げます.この場をお借りして,受賞研究(オオタカが繁殖期における鳥類多様性の指標になることを都市生態系で実証した研究)とその関連論文について簡単に紹介させていただきます.

受賞研究を実施するに至った経緯
 都市化は生息地の劣化や損失をもたらすため,都市生態系の生物多様性は自然生態系のそれよりも低いことが多いです.しかし,無視してよいほど低くはなく,場合によっては自然生態系と同等かそれ以上の保全価値を持つことがあります.したがって,生物多様性の保全を考える上では都市域の保全も重要です.

 生物多様性の保全には多様性が高い地域の特定が不可欠ですが,包括的な生物相調査は限定的な時間や予算によって困難なことが多いです.そのため,生物多様性指標を使用した生物相調査の簡略化が注目されています.

 受賞研究では,生物多様性指標としての猛禽類の実用性を検証することにしました.この理由は,①猛禽類は魅力的な形態を持ち,市民や行政による保全への理解と資金の拠出を促進しやすいことと,②頂点捕食者としての機能的な重要性とその希少性から猛禽類の保護が法制度や地域条例で(多くの場合)義務化/推進されていることです.言い換えれば,猛禽類が生物多様性指標として機能することがわかれば,市民や行政の協力の下,潤沢な資金を確保し,法的に担保された生物多様性保全を実現できる可能性があります.

 上記のような背景から,生物多様性指標としての猛禽類の性能は様々な生態系で評価されてきました.しかし,前述した都市生態系の重要性にもかかわらず,都市域での研究はありませんでした.以上が今回の受賞研究を行うに至った経緯です.

調査結果とその解釈
 本研究では都市生態系に生息するオオタカを対象に生物多様性指標としての性能を評価しました.まず,神奈川県内の都市域に調査地を設定し,オオタカ繁殖地を探索しました.そして,発見したオオタカ繁殖地と無作為に選定した非繁殖地の両方で繁殖期の鳥類群集を調査し,それぞれの鳥類多様性を統計的に比較しました.その結果,オオタカ繁殖地は非繁殖地よりも高い鳥類多様性を保持することが明らかになりました.興味深いことに,森林面積のような土地被覆要因よりも,オオタカ繁殖地の存在の方が鳥類多様性をよく予測することもわかりました.この結果は,「オオタカが鳥類多様性の高い地域を選択する」という相関的なメカニズムだけでなく,「オオタカがトップダウン効果を介して高い鳥類多様性を促進する」という因果的なメカニズムが存在する可能性を示唆しています.

 トップダウン効果は本研究結果を解釈するために重要な概念です.最近の研究によると,既にオオタカが消失してしまった繁殖地であってもペアが繁殖していたときと同様のトップダウン効果が(少なくとも一定の期間は)維持されることが示唆されています1.この成果に注目し,オオタカが繁殖地に執着しなくなる越冬期にも,上記と同様の鳥類群集の調査を行いました.さらに,生物多様性指標の性能を評価するには,指標候補との生態学的な関連性(例えば,捕食-被食の関係)が弱い分類群にも注目することが望ましいことを踏まえ,木本植物群集の調査も行いました.これらの調査の結果,オオタカは越冬期鳥類と木本植物を対象とした場合も,優れた指標性能を発揮することがわかりました.さらに,繁殖期鳥類の場合と同様に,オオタカ繁殖地の存在の方が土地被覆要因よりも各分類群の多様性をよく予測しました.

 結論として,都市生態系では猛禽類が生物多様性指標として優れていることがわかりました.ただし,生物多様性指標としての猛禽類の実用性は生態系によって様々であり,同じ指標種を対象にした研究であっても完全には性能が一致しません.例えば,オオタカはイタリア2やフィンランド3の森林生態系や本研究で対象とした都市生態系では優れた指標性能を示しますが,北海道の農地生態系では生物多様性指標にならないとのことです4.したがって,この概念を他の生態系に外挿する場合は,先行事例を妄信するのではなく,背後にあるメカニズムも含めて関心地域のローカルな状況を十分に考慮することが重要です.

受賞論文とその関連研究
繁殖期鳥類の多様性に関する研究(受賞論文)
Natsukawa H. 2020. Raptor breeding sites as a surrogate for conserving high avian taxonomic richness and functional diversity in urban ecosystems. Ecological Indicators 119, 106874.

越冬期鳥類の多様性に関する研究
Natsukawa H. 2021. Raptor breeding sites indicate high taxonomic and functional diversities of wintering birds in urban ecosystems. Urban Forestry & Urban Greening 60, 127066.

木本植物の多様性に関する研究
Natsukawa H, Yuasa H, Komuro S, Sergio F. 2021. Raptor breeding sites indicate high plant biodiversity in urban ecosystems. Scientific Reports 11, 21139.

引用文献
1. Burgas D, Ovaskainen O, Blanchet FG, Byholm P. 2021. The ghost of the hawk: top predator shaping bird communities in space and time. Frontiers in Ecology and Evolution 9, 638039.

2. Sergio F, Newton I, Marchesi L. 2005. Top predators and biodiversity. Nature 236, 192.

3. Burgas D, Byholm P, Parkkima T. 2014. Raptors as surrogates of biodiversity along a landscape gradient. Journal of Applied Ecology 51, 786–794.

4. Ozaki K, Isono M, Kawahara T, Iida S, Kudo T, Fukuyama K. 2006. A mechanistic approach to evaluation of umbrella species as conservation surrogates. Conservation Biology 20, 1507–1515.

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11月11日は電柱の日?

広報委員 三上修

1年ほど前になりますが、電柱鳥類学という本を出しました。

電柱鳥類学.jpg

その本を、なぜ今頃になって紹介するかと言えば、理由は大きく2つあります。

1つは、鳥学通信は「ひと月に二報」を目指しているのですが、今月は今のところ記事が無いため、広報委員である私が自作自演(!?)をするためです。

もう1つは、今日はこの本を紹介するのにふさわしい日だからです。そう、タイトルにもあるように本日11月11日は電柱の日なのです(※厳密には、そのように一部界隈で言われているだけで、誰かが制定したわけではないようです)。

11月11日は、1が並ぶため、他にもたくさんの「〇〇の日」があります。ポッキーの日だったり、チンアナゴの日だったり、きりたんぽの日だったり。まあでも、一番ふさわしいのは電柱の日でしょう。

さて、電柱鳥類学とは聞きなれない言葉ですが、何かといえば、当然ながら電柱と鳥の関係を解明する学問分野として、私が勝手につけたものです。そんなの勝手につけていいのかと怒られそうですが、道路とそれにかかわる生物との関係を研究する道路生態学(Road ecology)なども、ある研究者が勝手につけて、いつの間にか定着してしまっています。

電柱およびそれに架かっている電線と、鳥との関わりだって、割と深いのです。森林に生息する鳥にとって、木々は、止まり木であり、営巣場所であり、索餌場所になります。一方、都市に進出した鳥たちにとっては、電柱電線が同じ役割をします。都市にいる鳥は、電柱電線に止まり、巣を作り、餌を探す場所として利用するのです。森林において、木と鳥の関係を研究する意味があるのであれば、電柱と鳥の関係だって研究したって良いではないですか。

確かに、誰かに「こんなものを研究として扱ってよいのか!?」と問われれば、正直、私も「こんな研究でいいのでしょうか?」と伏し目がちに問い返さなければならないくらいの自信しかありません。まあでも基礎研究は、究極的には面白いかどうか(知的好奇心を満たすかどうか)なので、自分が面白いと思ったらやればいいのだと思います。

それに、この研究は今しかできません。おそらく将来的に電柱電線は地中化されます。となると、我々は、電線に止まっている鳥を観察できる貴重な時代を生きていることになります。

というわけで、お散歩ついでに電線に止まっている鳥を目に焼き付けてみていはいかがでしょうか?

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第5回日本鳥学会ポスター賞 澤田さん・小原さん・井川さんが受賞しました

日本鳥学会企画委員会 中原 亨

 オンラインで開催された日本鳥学会2021年度大会では、2019年度大会に引き続きポスター賞を実施いたしました。日本鳥学会ポスター賞は、若手の独創的な研究を推奨する目的で設立されたものです。第5回となる本年度は、厳正なる審査の結果、澤田明さん(国環研・学振PD)、小原愛美さん(東京農工大連合農)、井川洋さん(信大・理)が受賞しました。おめでとうございます。

 ポスター賞の審査区分は2019年度大会の後に再編を行い、分野の近いものをまとめて3部門へと変更しました。部門数が増えたことで、受賞の機会は以前より増加したと言えます。ポスター賞は30歳になるまで何度でも応募できますので、あと一歩だった方も、2次審査に残れなかった方も、是非来年再挑戦してください。
 
 最後に、ポスター賞の審査をご快諾して頂いた6名の皆様、記念品をご提供頂いた株式会社モンベル様、サントリーホールディングス株式会社様、公益財団法⼈⽇本野⿃の会様、ならびに大会実行委員の皆様にこの場をお借りして御礼申し上げます。

2021年日本鳥学会ポスター賞


応募総数:33件(繁殖・生活史・個体群・群集部門:8件、行動・進化・形態・生理部門:13件、生態系管理/評価・保全・その他部門:12件)

【受賞】
《繁殖・生活史・個体群・群集》部門
「メスの生存が南大東島のリュウキュウコノハズク個体群の運命を左右する」澤田明・岩崎哲也・井上千歳・中岡香奈・中西啄実・澤田純平・麻生成美・永井秀弥・小野遥・高木昌興

《行動・進化・形態・生理》部門
「ハシブトガラスによる画像弁別はなにを手がかりにしているか?」小原愛美・青山真人・杉田昭栄

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
「長野県諏訪湖湖岸のヨシ原における繁殖期のオオヨシキリ出現に影響する要因の検討」井川洋・笠原里恵

【次点】
《繁殖・生活史・個体群・群集》部門
「亜高山帯から高山帯への資源補償と高山性鳥類の餌生物」飯島大智・村上正志

《行動・進化・形態・生理》部門
「海洋島に進出した陸鳥は島嶼適応として飛翔能力を維持することがある」辻本大地・安藤温子・中嶋信美・鈴木創・堀越和夫・陶山佳久・松尾歩・藤井智子・井鷺裕司

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
「希少種アカモズの繁殖に好適な果樹園環境と個体数減少要因を探る」赤松あかり・青木大輔・松宮裕秋・原星一・古巻翔平・髙木昌興

【一次審査通過者】
《繁殖・生活史・個体群・群集》部門
「伊豆諸島新島に、シチトウメジロとホオジロは何羽いるのか」立川大聖・長谷川雅美
「二次草原で繁殖する開放地性鳥類群集と草原の管理方法、植生構造や節足動物相との関係」水村春香・渡邊通人・久保田耕平・樋口広芳

《行動・進化・形態・生理》部門
「モズの給餌様式を決定する要因」江指万里・青木大輔・千田万里子・松井晋・高木昌興
「リュウキュウコノハズクの広告声の血縁者間での類似性について」中村晴歌・澤田明・高木昌興

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
「新潟県に生息するチゴモズの繁殖場所規定要因解明」立石幸輝・鎌田泰斗・高岡奏多・冨田健斗・関島恒夫

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ポスター賞を受賞して

澤田明(国環研・学振PD)

 こんにちは、国立環境研究所・学振PDの澤田明です。このたびは日本鳥学会2021年度大会において「繁殖・生活史・個体群・群集」部門のポスター賞をいただき誠にありがとうございます。この研究は私の所属する研究グループが長期的に蓄積してきた南大東島のリュウキュウコノハズクの基礎データを用いたものでした。長期調査を立ち上げ維持してきた先生や先輩たち、一緒に野外調査をしてきた学生たち、いつも島で私たちを受けいれ応援してくださる島民の皆さま、研究費を助成いただいた複数の財団や企業さまにお礼申し上げます。また、鳥学会の運営の皆様、記念品をご提供いただいたモンベル様、サントリー様、日本野鳥の会様にもこの場を借りてお礼申し上げます。毎年私たちの調査研究に付き合ってもらっているリュウキュウコノハズクたちにも感謝いたします。

ポスターの概略
 高次捕食者はしばしば保全の対象とされてきました。なぜなら高次捕食者はその生息地の生物多様性の指標として機能する可能性があったり、知名度の高さから保全活動の象徴的存在となったりするからです。フクロウ科は全世界に広く分布している主要な高次捕食者です。しかし、調査研究の進んでいる種はほとんどが、温帯から亜寒帯に生息する大陸の種で、科の大半を占める熱帯や亜熱帯の種は、保全対象としてあまり注目されていません。生息域のアクセスの悪さと,夜行性であることで調査がしにくいことが大きな理由です。しかし、特定地域や島の固有種である種も多く、それらは人知れず絶滅の危機に瀕している可能性があります。

 保全の目的は個体数を把握し絶滅をしないように維持することなので、個体群動態解析は保全研究の中心的な仕事です。近年用いられている個体群動態解析にIntegrated population model (IPM)という手法があります。IPMは個体群動態に関わる様々なデータ(生存履歴、巣立ち雛数、性別、センサスで数えた個体数など)をひとまとめに用いて、個体群動態の様々なパラメータ(生存率,産仔数、個体数,個体群成長率など)を同時推定する手法です。複数のデータを用いてパラメータを一度に推定することにより,各データに含まれる情報が効率よくパラメータ推定に利用され、各パラメータをそれぞれの別のデータで個別に推定する場合よりも,優れた推定ができるとされています。

 私は熱帯・亜熱帯・島嶼域のフクロウの個体群動態研究のモデルケースとして、南大東島のリュウキュウコノハズク(亜種ダイトウコノハズク)の個体群動態解析を行いました。ダイトウコノハズクは2002年から現在に至るまで繁殖モニタリングが継続され、特に2012年以降は島内の全個体を対象にした詳細な調査が毎年実施されています。今回の解析では2012年から2018年の間にのべ2526個体から得られた生存履歴、繁殖成績、性別、縄張り情報のデータを利用しました。

図_澤田.png
実際の捕食事例

A:捕食に会い、片方の翼をもがれてしまった雛。
B:巣立ち目前の雛が捕食されたあと。巣立ちが近づくと巣の入り口に立って餌をねだるため捕食に会いやすいのかもしれない
 解析の結果、個体数はオスが297個体、メスが273個体と推定されました。個体群成長率(ある年の個体数/前年の個体数)は0.98と推定され、個体数の減少傾向が確認されました。Life-stage simulation analysisという解析により、メスの年間生存率の低下が個体群成長率の低下をもたらすことも示され、メスの死亡が個体数変動に影響することが示されました。南大東島では人為移入されたネコやイタチによる繁殖中のメスや雛の捕食がしばしば確認されています(上図)。これらの捕食が個体群に悪影響を与えている可能性があります。本研究は熱帯・亜熱帯・島嶼域のフクロウ研究としては最も詳しい個体群動態の基礎データを提示しており、世界のフクロウ保護に貢献するものです。
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ポスター賞を受賞して

小原愛美(東京農工大連合農)

  

 このたびは2021年度の鳥学会ポスター賞をいただきまして誠にありがとうございました。

 受賞の連絡を受けたのはカラスたちの世話をしようと家を出たところでした。まさか自分が選ばれるとは露ほども考えていなかったのでたいへん驚きました。
 
 オンライン学会では、気軽な質問がしにくいというデメリットを感じたものの、過去の質疑応答が閲覧できたり、外部のより詳細な論文への誘導を気軽に行えたりというメリットが大きく、楽しい時間を過ごせました。鳥学会大会事務局の方々など関係者の皆様にお礼申し上げます。貴重な機会をいただきましてありがとうございました。

今回の発表の内容について
 ハシブトガラスは都市や農村における代表的な害鳥です。カラスは嗅覚があまり発達していないため、食物の探索や物の認識には主に視覚を利用していると考えられています。カラスをはじめとした鳥類はヒトとは大きく異なる視覚機能を持つことから、カラスの物の認識の仕方はヒトと異なっている可能性があります。

 これまでにハシブトガラスでは、ヒトの顔写真から男女の弁別ができることなどが報告されていますが、カラスが画像をどのように認識し、弁別を行っていたかは分かりませんでした。そこでこの研究では、「ハシブトガラスは画像に写っているものを認識するためにどんな手がかりを使っているのか?」を明らかにするために実験を行いました。
 
 実験では、4羽のカラスに様々な鳥の画像を2枚1組で提示し、その中から正解となる特定の種の鳥の写真を選ぶように訓練しました。訓練を終えたのちに、カラスが見たことのない写真や、加工を施した画像でも正解を選択できるかどうか観察しました。その後、カラスがどのような画像を正解として認識していたのか、どんな手がかりを利用して画像を弁別していたのかを検討しました。

井川.png
スズメの色をしたハトの画像をつついたカラス

 その結果、カラスの弁別は、「画像の色や模様の情報」と「鳥の形の情報」の二つを手がかりとして正解を選択していたことが示唆されました。この色や形の情報は、それぞれ単独では正解を認識するための手がかりとはならず、両方の手がかりを組み合わせて使用していたと考えられました。この結果は、カラスがハトとは異なった認知の方法をとっている可能性を示しています。

 今回の研究は実験に参加した個体数が少なく、さらにそれぞれに個体差が生じているために、すべてのカラスでこの結果と共通の結果を得られるかどうかはわかりません。また、画像を実際の鳥として見ていたかどうかもわかりません。今後はそのあたりを明らかにするために研究を行っていきたいと考えています。

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日本鳥学会ポスター賞[生態系管理/評価・保全・その他部門]を受賞して

信州大学 井川 洋

 この度は2021年鳥学会大会でポスター発賞を頂くことができ,大変光栄に思っております.

 私は信州大学の鳥類学研究室の一期生であることに加え,時勢の影響もあり,先輩や他の研究者との交流が少ない中で研究を暗中模索する必要があり,とりあえず湖畔を自転車で巡る日々でした.そんな中でも,笠原先生や長野県環境保全研究所の堀田様をはじめ,様々な方にお助けいただき,何とか計画がまとまり,発表にこぎつけることができました.研究に協力いただいた皆様に心より御礼申し上げます.

 今回のポスター発表に際しては,データの性質上粗くなってしまった研究結果をできる限り分かりやすく考察し,意見を頂くことに注力しました.そのおかげか,多くの方々に情報や指導を頂き,大きく成長できたと感じています.鳥学会の運営の皆様,審査員の皆様,ポスターをご覧いただいた皆様に感謝しております.
 今回の受賞によってまた更に多くの方の注目と期待を頂いたことを自覚して,それに恥じないよう,今後とも研究に励む所存です.

 ポスター賞の記念品として,mont-bell様からマウンテンパーカー,日本野鳥の会様からアホウドリの水筒,サントリー様からシャンパンを頂きました.前の二点は今後の調査で使い,シャンパンは論文投稿の祝いにとっておこうと思います.その頃にはもう少しコロナの感染状況も落ち着いているといいのですが…

ポスター発表の概要
 ヨシ原は水辺の代表的な植物群落で,様々な生物の生息地ですが,近年の水辺開発による分断化が問題となっています.しかし,分断化されたヨシ原の中でも,条件によっては生育が可能な種もいます.本研究ではヨシ原を利用する生物としてオオヨシキリに着目しました.諏訪湖周辺において,分断化されたヨシ原を本種が利用する上で重要な環境要因について検討しました.

図_井川1.JPG

 諏訪湖の湖岸には面積0.01~0.4haのヨシ原が点在するのみですが,5~8月の繁殖期にはオオヨシキリが盛んにさえずっています.そこで,彼らの個体数を目的変数,ヨシ原の面積や構成する植物等の環境要因を説明変数として一般化線形混合モデルで分析を行い,彼らの好む環境を解析しました.結果として,ほぼ全ての調査地点でオオヨシキリは記録されました.また,解析結果から,本種の個体数には繁殖場所となるヨシ原面積やヨシの被度が有意な正の効果を持ち,その重要性が示唆されました.一方でヨシの刈り取りは有意な負の影響を示し,好まれないことが示されました.また,ヨシ原だけではなく,マコモ等の水辺植物も個体数に有意な正の効果を示し,採食場所である可能性が示唆されました.また,特定の月にのみ影響を与える変数も見られました.

図_井川2.JPG

 これらのことから,オオヨシキリの繁殖からみた湖岸のヨシ原管理では,主な生息地であるヨシの他,マコモなどのイネ科植物を採食場所として残すことが重要だと考えられます.

 本研究では行動追跡や繁殖成功の調査は行えていないため,個々の変数の機能や重要性は不明ですが,現在の分断化されたヨシ原とオオヨシキリの関係を粗く広く把握することができました.今後,分断化されたヨシ原の研究の詳細な調査が発展することが期待されます.

 修士課程に進学した現在は調査地を諏訪湖の水源でもある霧ヶ峰に移し,低木除去が鳥類に与える影響の研究を行っています.長野県には複雑な地形を人が改変し,共存してきた歴史があります.ここで人為的な操作に対する鳥類の応答の把握を試み,今後の研究や保全手法の発展につながる面白い研究をしていきたいと考えています.

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日本鳥学会2021年度大会運営始末記

山階鳥類研究所
浅井芝樹

 2021年度大会はCOVID-19感染拡大の影響を受け、日本鳥学会としては初めてのオンライン開催となりました。大過なく終えることができたようで、まずはほっとしていますが、ここに至る内幕や意見など散文調で書いてみたいと思います。

画像3.png

1)経緯など
 2021年度大会の事務局は山階鳥類研究所(山階鳥研)でしたが、山階鳥研がある我孫子市とその周辺では適切な会場を用意することが難しく、東邦大学を会場とすることで話を進めていました。2019年の秋には東邦大学の長谷川雅美さんに奔走していただき、会場を抑える準備をしていました。ところが、2020年の初めごろからCOVID-19感染拡大に伴って多くのイベントが中止になり、各自然史系学会も延期・中止となっていくなかで、ついに日本鳥学会2020年度大会(東京農業大学北海道オホーツクキャンパス(網走))も5月に中止の判断となったのでした。2021年度の東邦大はそのまま進めるつもりでしたが、COVID-19感染は縮小の気配を見せず、多くの大学キャンパスの使用について目処がたたないままとなりました。大会実行委員会では2020年夏頃からオンライン開催やむなしという意見が上がり、オンサイト開催の可能性も残して同時並行に進めるのはコストが大きいため、完全にオンライン開催へと舵を切りました。

 私自身は、2018年度より学会事務局長を務め、2020年度の東農大(網走)での開催提案、2021年度の山階鳥研(東邦大)による開催提案、東農大(網走)大会の中止判断、のすべてに関わっていました。2大会連続の中止だけは避けたいという思いがありました。2021年度は山階鳥研が大会事務局であり、自身が大会実行委員の一人ですから、オンラインでとにかくやるということを大会実行委員会内で自ら主張すべきだと考えていました。

 幸い、大会実行委員会はすぐにオンライン開催でまとまったのですが、山階鳥研で果たしてオンライン開催ができるのでしょうか?そもそも学会事務局長として、山階鳥研が大会事務局となって開催すれば良いと判断した理由は、経験が多い学会員が多数いるということが理由だったのですが、多数いるにしても自分も含めて残念なぐらい「ネット」とか「デジタル」とかに弱いメンバーではないか?!

 2020年度の鳥学会は中止となりましたが、バードリサーチが鳥類学大会2020をオンライン開催しました。そこでさっそくバードリサーチから神山和夫さんと高木憲太郎さんにスタッフへ加わってもらいました。また、学会ウェブサイトを切り盛りしている広報委員会から上沖正欣さん、普段からYouTubeでライブ配信を行っている我孫子市鳥の博物館の小田谷嘉弥さんにスタッフへ加わってもらってオンライン開催体制を整えました。
オンライン開催するために利用する配信システムの発注は、参加者数で見積もりする必要があります。そこで、急遽2021年1月に会員の皆さんへ参加・発表意思についてアンケート調査を行い、それに伴って予算策定し、参加費を確定しました。

 オンライン大会をイメージしやすくするために、普段の大会で実施する発表形式をできるだけ再現することを目指しました。そのため、口頭発表とポスター発表などの区分を例年通りに設けました。ポスター発表に代わるものとしてLINC Bizというサービスを利用することは比較的早くに決まっていましたが、(その当時の大会実行委員会判断では)LINC Bizは大会実行委員会側でアレンジするところはあまりありませんでした。一方、口頭発表に代わるものとして選んだZoomというサービスは利用方法を選ぶ必要がありました。しかし、使いこなしたメンバーが少ない大会実行委員会ではぎりぎりまでどんなことができるのか、どんな問題が生じうるのかわかっていませんでした。実際に認識し始めたのは、9月になって直前シミューレーションをし始めてからではなかったかと思います。ぶっつけ本番だったわけです。大会実行委員会自体がそんな状態だったので、参加者は利用に苦労するのではないかと危惧して、利用の仕方を丁寧に説明するマニュアル作成をしなければならないのではないか、それでも結局わからずにたくさん質問が届くのではないか、ということを危惧していました。それにもかかわらず、事前マニュアルはZoomやLINC Bizが作成したものの流用や、バードリサーチ鳥類学大会で作成されたものの流用しか用意しませんでした。当日は、「質問はチャットへ」とアナウンスした上で、電話番、メール番を常に配置することにして待っていましたが、蓋を開けてみると質問対応することはありませんでした。参加者は特に問題なく会場にアクセスしてきたようです。考えてみれば、このウイルス禍の中でZoomを始めとしたオンライン会議に慣れていて、参加することに特に違和感はなくなっていたのかもしれません。

 当日はどこの大会実行委員会でもそうだと思いますが、朝からずっと忙しい一方で準備してきたことを粛々とこなす以外のことはありません。その点はオンラインでも変わらないことです。

2)開催の利点・問題点
 今回の大会は学会誌での事前説明がほとんどなく、内容が決まり次第ウェブサイトで周知するという態勢になりました。また、当日各会場への参加も参加者用ウェブページからリンクするといった方法を取りました。したがって、ウェブサイトの運営・編集が重要でしたが、スタッフとして参加してもらった上沖さんがスムーズにウェブサイト編集をしてくれたので大変助かりました。また、公開シンポジウムは会員外でも参加できるようにYouTube配信することに決めましたが、普段から利用している小田谷さんをスタッフに迎えたので、これも簡単にことが進みました。やはり、そういったことに強いスタッフが1人いるかどうかは大きな違いとなりそうです。
 
 オンライン大会は(少なくとも今回の方式では)事前申し込みでしかできません。このことが大会当日受付を考えなくてよい、ということにつながりました。今回は初めてのオンラインだったので、例年実施しているけれども難しいと思われたことはしないことに決めました。要旨集は手渡しできないから印刷しない、現金以外の支払い法を確立することにコストが大きいからグッズ販売はしない、エクスカーションはしない、といったことです。これらのことは収入見込みを容易にすることと支出の縮小につながりました。

 普段の学会運営を行う学会事務局と、大会運営する大会実行委員会は別組織です。普段の大会なら、評議員会や各種委員会、総会、各賞授賞式、受賞記念講演の開催は、大会実行委員会の企画ではなく、学会事務局が大会実行委員会から場所を借りて実施しています。2021年度の場合、各種委員会と評議員会はオンライン会議とするしかないので大会前に実施しました。総会は2020年度と同様に書面総会としました。これらのことによって大会実行委員会は会場管理の負担が減っています。今後、オンサイト開催が再びできるようになってからも考慮して良い事柄ではないでしょうか。

 大会実行委員会のなかで一番大きな反省点として、口頭発表の質問対応が十分ではなかったということがあります。座長が時間内にチャット質問を取り上げることでしか対応できませんでした。時間がなくなった時はいつもなら「個別に議論してください」と言って次の発表に移るところですが、オンラインで「個別に・・・」ということはどういうことを指すのか、大会実行委員会でアイディアがなく、案内することができませんでした。これは配信システムを熟知して便利な機能を使えばできたかもしれません。

 大会実行委員会ではできるだけ普段通りに実施するという方針で、展示ブースも用意しました。しかし、客の入りはよくありませんでした。Zoomで来店するのはやや敷居が高いらしいこと、来店しても売り物を直接見せることができないこと、支払いにワンクッション入ることなどが大きなハードルだったようです。

 オンラインだと遠隔地のメンバーで運営できるという漠然としたイメージがありましたが、実際には集まらなければなりませんでした。今回、口頭発表では、発表者と直接やり取りしているのは座長1人でしたが、次の発表者をZoomウェビナー上で待機させる係、タイムキーパー(座長はチャット質問に集中しているので時間管理はしていない)、Zoomウェビナーの管理者(ホスト)の4人が連絡を取り合える1部屋に集まっていました(発表中にどのようなトラブルがあるか分からないので関係者は1部屋にいた方が良い)。口頭発表会場は2会場あるので2部屋8人が常時集まっていたのです。感染対策のために机配置を考えたり、消毒液を用意したりしていましたが、大会実行委員会はやや密だったと言わざるを得ません。

3)大会後の全体的な印象
 何をするのも初めてだったというのが、大変さを感じた理由でした。これまでの大会実行委員会から引き継いだスケジュールもあまりあてになりません(あるいはあてにならないだろうと思ってあまり参照しなかった)。いろいろ考えてもそれがいい方向に向かっているのかどうか確信を持てないまま進めることになりました。どこまで進めても、何割進んだのか確かめる術がなかったのです。

 一方、逆の印象としては、やってみればなんとかなる、ということです。これは学会事務局メンバーである私個人の話ですが、昨年はやはり初めての試みとして書面総会を実施しました。これもどこまで進めてもうまくいっているのかどうか確信を持てないまま手探りでした。結果としてはなんとかなったと感じています。今年も書面総会とさせていただきましたが、ずっと気楽に実施できました。今回のオンライン大会もよかったかどうかは微妙ですが、一応こなせたと感じています。今回大会の参加者からのお叱りは、これから多数集まるかもしれませんが、少なくとも同じ形式で次に誰かが実施するときの土台は作れたのではないでしょうか。今回大会は、例年のオンサイト大会へ参加した時のイメージにできるだけ近づけることを1つの目標としていました。しかし、オンライン開催ならオンラインに特化した開催方法も考えられるでしょう。例年通りじゃなかったというお叱りでも、オンラインらしくなかったというお叱りでもどちらでもかまいません。そういう声をいただければ、大会実行委員会に最後に残された仕事は、それらの声を整理して、次期大会以降へ引き継ぐことだと考えています。

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鳥の学校(2019年):第11回テーマ別講習会「高病原性鳥インフルエンザと野鳥~最近の情勢と野鳥調査者のための基礎知識」の報告

吉田保志子(企画委員会)

 
 鳥の学校-テーマ別講習会-は、大会に接続した日程で、さまざまなテーマで開催しています。今年度は「鳥類調査のための法律講座~知っておきたい基礎知識」を、初めてのオンライン開催で行いました。 この報告は今後、和文誌学会記事や鳥学通信でお届けすることとし、今回は一昨年(2019年)のテーマ別講習会「高病原性鳥インフルエンザと野鳥~最近の情勢と野鳥調査者のための基礎知識」について報告します。
 
 2020年度冬シーズン(2020-2021)の国内では、2018年1月以来となる家きんでの高病原性鳥インフルエンザ発生がみられました。世界的にも発生が相次ぎ、ウイルスを保有する野鳥が多く、環境中のウイルス濃度が高い状況にあると考えられました。冬鳥の渡来時期を迎え、今年の状況が心配されるところです。
 
 今回の報告では、当日の配布資料もご覧いただけます。高病原性鳥インフルエンザと野鳥に関わる情報がコンパクトにまとめられており、感染を広げないために鳥類調査や野鳥観察においてとるべき具体的な消毒方法も知ることができますので、ぜひご一読ください。
 
 2019年のテーマ別講習会は、大会と連結して、大会初日の9月13日に帝京科学大学千住キャンパスで行われました。鳥インフルエンザウイルスはもともと野生の水鳥類を宿主とする病原性の低いウイルスですが、近年は高病原性に変異して野鳥や家きんに感染する例が増加しており、野外に高病原性鳥インフルエンザウイルスが存在することを前提とした対応が求められる状況となっています。この講習会では、野鳥と鳥インフルエンザに関わる最近の情勢や対策状況、野鳥観察や捕獲調査の際に気を付けるべき点など、野鳥と接触する機会の多い鳥学会会員として知っておきたいことを解説していただきました。

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講義の様子

 
 講師は講演順に、金井 裕(日本野鳥の会)、森口紗千子(日本獣医生命科学大学)、安齊友巳(自然環境研究センター)、大沼 学(国立環境研究所)、牛根奈々(日本獣医生命科学大学)、原口優子(出水市ツル博物館クレインパークいずみ)の6氏をお迎えし、森口氏には講師代表として全体の構成や内容の相互調整などのとりまとめも担当いただきました。参加者は43名で、若手からベテランまでさまざまな立場の方々がおられました。
 
 最初の講演は金井氏による「拡散!! H5Nx高病原性鳥インフルエンザ」で、鳥インフルエンザとはどのような感染症なのか、野外でのウイルス拡散、北半球における野鳥の感染状況、養鶏業や野鳥の保全との関係などについて、幅広い視点から解説されました。昼食休憩を挟んで、午後から森口氏による「国内の高病原性鳥インフルエンザ検査体制における現状と課題 -野鳥から動物園まで-」で、自治体や地方環境事務所がとっている検査体制とその課題についての解説があり、安齊氏による「鳥インフルエンザに対する野鳥の緊急調査 -調査の現場から-」で、国内で高病原性鳥インフルエンザウイルスが確認された場合に行われる緊急調査の実際を紹介されました。大沼氏による「高病原性鳥インフルエンザウイルスの感受性種差を培養細胞で評価できるか?」では、希少鳥類への影響を評価するための培養細胞を用いた試験が紹介されました。
 
 つづいての実習では、7つの班に机を移動して分かれ、牛根氏による「フィールドでの注意点 -病原体に感染しないため、そして運び屋にならないために-」が行われました。消毒薬の種類別の特性と適用対象についての解説の後、各班に「観察時の携行品」として渡されたナップザック内の物品を使って、野外観察の後に何をどのように消毒するかを班メンバーで考えて発表するという実践的な課題が出されました。「観察時の携行品」は班によって異なっており、参加者は熱心に話し合って、適切な消毒について理解を深めました。最後に、原口氏による講演「出水市でツル類に発生した高病原性鳥インフルエンザの状況報告」があり、希少鳥類の集団越冬地と養鶏業が隣り合う立地における対応状況を解説されました。

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実習(班ごとの結果発表)の様子

 
 参加者からは、鳥インフルエンザの全体像を短時間で理解することができて良かった、幅広い話題が提供され、どれもわかりやすかった、実習の設定が身近で印象に残った、といった感想が寄せられ、有意義な機会となったことがうかがわれました。最新の情報をまとめた講義や、興味のわく実習を準備してくださった講師の方々、会場の確保や当日の進行を支えてくださった全ての方々に深く感謝申し上げます。

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2019鳥の学校「高病原性インフルエンザと野鳥」に参加して

松井 晋(東海大学)

 この10数年で、渡り鳥が飛来する時期になると「高病原性鳥インフルエンザ」のニュースがたびたび取りあげられるようになりました。防護服を着た数百人以上の作業員が、養鶏場で大量のニワトリを殺処分して消毒作業を進めているニュースをみると誰しもが不安になります。これほど社会的にも経済的にも大きなインパクトを与えている高病原性鳥インフルエンザウイルスですが、インターネットで調べた情報だけでは、なかなかその全容を理解することができず、「今いったい何が起こっているのか?」、「どのような対策が進められているのか?」ということが気になっていました。今回の鳥の学校は、まさにこのような疑問に応えてくれる内容で、高病原性鳥インフルエンザの最近の情勢や対策、野鳥と接触する機会の多い私たちが気を付けるべきことなどを6名の分野の異なる講師陣から多角的に学ぶことができました。

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班に分かれて実習

 
 最初に、人と動物およびそれを取り巻く生態系をひとつとみなして包括的に問題を解決していくことを目指した「One World-One Health」の考え方が紹介されました。人と動物の両方がかかわる感染症の対策は、生態学でいう複雑な生物間相互作用の中に人や家畜も組み入れたようなマクロな視点をもちながら、病原体が伝播する特定の感染経路を絞りこんで適切に対処しなければいけないので、とても難しい課題だなと感じました。そしてこのような課題だからこそ、さまざまな関係者が分野横断的に連携する必要があるということを理解することができました。またH5N1亜型のウイルスがこの20年間で変異を繰り返して北半球に広がっていった状況などの説明を聞いて、高病原性の鳥インフルエンザの対策には国際協力が不可欠だということもよくわかりました。

 国内では高病原性鳥インフルエンザウイルスに対してどのように対応しているのか?ということいついても、その対応の流れや出水市の具体例について大変興味深い話を聞くことができました。まず野鳥については野鳥マニュアル(環境省2018)、飼養鳥については飼養鳥指針(環境省2017)に沿って行われる鳥インフルエンザの簡易検査、遺伝子検査、確定検査などの対応フローについて説明がありました。また早期警戒や飼養鳥の安楽殺等の重要な判断をする情報として確定検査結果を利用するためには検査時間の短縮が大きな課題であるという指摘も演者からありました。そして、いざ高病原性鳥インフルエンザウイルスが確認された場合に、発生地点を中心とする半径10㎞の範囲で実施される緊急調査についても解説がありました。また高病原性鳥インフルエンザが過去に発生している出水市で環境省・鹿児島県・出水市・鹿児島県ツル保護会が合同で実施している監視活動についての説明もありました。出水市の一連の活動の中で最も印象に残ったのは、基幹産業となっている養鶏業者が高病原性鳥インフルエンザの発生を未然に防ぐ活動を自衛のために積極的に進めているという点でした。これはまさにワンヘルスのアプローチで様々な関係者が積極的に対策しているモデルケースのように感じました。

 高病原性鳥インフルエンザウイルスの各種鳥類に対する病原性に関する最新の研究も紹介されました。鳥インフルエンザウイルスの病原性はニワトリをもとに高病原性と低病原性が決定されているそうで、高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染した際の死亡率は鳥類種によって異なるようです。そのため各種絶滅危惧種の細胞を活用して、さまざまな鳥類の高病原性鳥インフルエンザウイルスの感受性を評価するための手法が考案されているそうです。今後の研究成果が気になります。

 講演の間には、「フィールドでの注意点」と題する楽しいグループワークもありました。ここでは講師から「バードウォッチャーが病原体の運び屋になる可能性がある」という鳥好きの私たちにとっては衝撃的!?な事実が指摘されました。そしてフィールドで動物由来の病原体に感染しないためは、節度ある行動(むやみに生体・死体・痕跡に触れない)と昆虫対策(例:マダニ)が重要だという注意がありました。さらに私たちが病原体の運び屋にならないために、各グループに配られた持ち物を使って、フィールドに出かけた際に現地で靴、機材、皮膚などを消毒する方法や手順をグループのメンバーで話しあいました。このグループワークでは持ち物に含まれていたウィスキーを消毒のために使用するべきか、これは講師が仕組んだ引っ掛けではないのかということなどをメンバーであれこれ楽しく議論することができました。

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バードウォッチング後の消毒として出された「お題」

 
 今回の鳥の学校で鳥インフルエンザについて総合的に学ぶための貴重な機会を提供していただいた鳥学会企画委員会の皆様、会場となった帝京科学大学の方々、そして興味深い話題を提供していただいた講師の皆様に感謝申し上げます。

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新刊紹介:「知って楽しいカモ学講座」嶋田哲郎 著 森本元 監修

嶋田 哲郎

 このたび、山階鳥類研究所の森本元さん監修のもと、緑書房さんより「知って楽しいカモ学講座」を上梓しました。冬になると水辺を賑わすガンカモ類。識別のための図鑑は世にたくさんあります。一方で、何をしているのだろう、何を食べているのだろう、といった暮らしぶり、すなわち生態を記した書籍はほとんどありません。この本は、宮城県北部の伊豆沼・内沼を中心とした水域をモデルとして、これまでの研究によって私が明らかにした、カモ、ガン、ハクチョウといったガンカモ類の暮らしを主体とし、日本国内外の多くの研究結果なども活用させていただきながら、カモ学として体系的にまとめ、解説したものです。

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 ガンカモ類のほとんどは日本で冬を過ごす渡り鳥です。本書の前半では、水辺での暮らしに適応したガンカモ類の特徴的な生態や体の作りを記した後、繁殖、渡り、越冬と、彼らの一年の大きなイベントごとにその様子を紹介しています。特に読者がガンカモ類を目にする冬、彼らがこの時期を乗り切るために重要なことは、いかに食べるか、いかに安全に休むか、といった食住です。越冬期の暮らしでは、この点にしぼって種ごとの越冬戦略を紹介しています。

 こうしたガンカモ類の食住は気象条件の影響を強く受けます。気温や積雪の変化に応じて、冬の間であっても越冬地の間を移動します。また、その変化が長期化することでもたらされる気候変動によって、もともと中継地であったところが越冬地へ変化することが起きたりします。

 ガンカモ類は、林やヨシ原をすばやく移動しながら生活する小鳥と違って、水面に浮かんでのんびり過ごしたり、農地に集団でいたり、その姿は見やすく、鳥のなかでも観察しやすいグループです。また、農地に残った籾や大豆、畦の草本類を食べ、河川やハス田、休耕田などを利用する種もいれば、潜水して水生植物や魚類、甲殻類などを食べる種もいます。

 このように、人の身近で生活するガンカモ類は観察しやすい上、地域の生態系の基盤を構成する多様な食物を採っています。このことは生息地の環境変化を受けやすく、生態系の変化を指標しやすい種群であることを意味します。生態系の指標としてのガンカモ類、そしてそれに基づく保全も紹介しています。さらにガンカモ類の調査のもっとも基本となるモニタリングについて、どなたでも明日から始めることができる調査方法から新技術を活用したモニタリングの最前線まで紹介しています。

 この本は一般読者から研究初心者、熟練の研究者まで幅広い読者層を念頭に置いて書いています。一番難しい一般読者への伝え方を考える時、普及啓発も職場での仕事のひとつで、その経験を活かせるという利点が私にはありました。普段の自然観察会や講話などで必ず出てくる質問に答える形をとったのです。その説明によって一般読者の知りたいことを伝えられると考えました。本書のカギカッコで出てくる質問はそれに当たります。

 本書ではすべての種は扱っていないものの、この一冊でガンカモ類の基本から専門的かつ最先端の幅広い知識を得ることができると思います。一般読者にはガンカモ類がどういうものかわかっていただき、興味の裾野が広がると思いますし、研究者には研究の到達点をおわかりいただけると思います。そのことは、ガンカモ研究の底上げにつながると私は考えています。ガンカモ類を研究しようと思ったとき、ゼロから論文を探さなくても、この本でその生態の概要を理解しながら、当たりをつけて深く掘り下げていくことができるはずです。ガンカモ研究へアクセスしやすくなることで、効率的に研究をすすめることができるでしょう。

 この本をきっかけにガンカモ類への社会的関心が高まり、ガンカモ研究、ひいては鳥学がより発展していくことを願って止みません。
 
 最後に蛇足ながら、表紙右下のイラストのモデルは私だそうです。

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