総合討論では、出水市のツル類の餌付けが大量死の引き金となったのではないか、根室でもワシ類が観光目的で餌付けされているため、禁止できないのかということが話題の中心でした。出水市におけるツル類の大量死の前年に、イスラエルで発生したHPAIによる10,000羽ともいわれるクロヅルの大量死も、ツル類が餌付けされているフラ湖で発生しました(Lublin et al. 2023)。フラ湖で越冬するクロヅルの個体数は約50,000羽なので、越冬個体群の約20%が死亡したことになります(Pekarsky et al. 2021)。餌付けは過度に群れを集中させ、HPAIなどの感染症まん延のリスクを高めます。希少鳥類が大量に集まるほどの餌付けは避けるべきですが、出水市のツル類の餌付けは、観光目的だけでなく、周辺の農地における農業被害を防ぐ役割もあると考えられており、長年中止できなかった経緯もあります。一方で産・官・民・学の連携により、毎日ツル類を監視し、迅速に死亡鳥や衰弱鳥を回収し、ねぐら水の検査を定期的に実施するなど、ツル類の生息地を維持し、カラス類やトビをはじめとする腐肉食性の鳥類等への感染拡大を防止するとともに、多くのシーズンで周辺に散在する養鶏場でのHPAI発生を抑制してきたことも事実です。大量死が発生したシーズンに出水市のツル類から検出されたHPAIVの特徴として、ツルからツルへと感染が広がりやすかった可能性も指摘されています(Okuya 2023)。そして、同時期に出水市とその周辺地域の養鶏場で続発したHPAIのウイルス株は、当時出水市のツル類で大流行していたウイルス株とは異なっていました(高病原性鳥インフルエンザ疫学調査チーム 2023)。
趣旨説明で紹介したとおり、近年世界中でHPAIによる野生鳥類の大量死が発生しています。被害を受けている種は、越冬期のガン類やツル類だけでなく、真夏の海鳥の集団繁殖地や海獣類にまで拡大しています。大きな被害が報告されているのは、海鳥類ではカツオドリ類、トウゾクカモメ類、ウ類、アジサシ類、ペンギン類、ペリカン類、ウミスズメ類、海獣類ではオタリアやゾウアザラシの仲間など、多様な種の数百~数万単位での大量死が発生しています(CMS FAO Co-convened Scientific Task Force on Avian Influenza and Wild Birds 2023)。大量死が発生した海鳥には、カツオドリ類、ウ類、アジサシ類、ウミスズメ類など、日本に生息する分類群も含まれています。また、大量死の報告が少ないカモメ類は、カモ類と同様にHPAIに感染してもほとんど症状を示さず、遠くまでHPAIVを運び、他の海鳥類に感染を広げていると考えられています(Hill et al. 2022)。しかし、日本における海鳥類の鳥インフルエンザウイルス全般に関する研究事例は、ユリカモメなどごくわずかです(Ushine et al. 2023)。加えて、日本に生息する海鳥類の集団繁殖地の多くは無人島です。海鳥類を調査研究する鳥類学者が気づかなければ、HPAIによる被害があったのかどうかもわかりません。国内で繁殖する海鳥類の感染状況を明らかにするためには、海鳥類の調査に携わるみなさんに、対象種を注意深く観察し、調査していただくことが大切になります。また、カモメ類をはじめとする海鳥類の抗体検査を実施し、鳥インフルエンザウイルス全般がどの程度浸潤しているのか調査することも大切です。ご理解とご検討をお願い申し上げます。
系統・形質解析の魅力
以上の研究成果を得るにあたり、群集を構成種の系統や形質から特徴付ける解析が大きな役割を担っています。これらの解析は、系統アプローチ(Phylogenetic approach)および機能アプローチ(Functional approach)と呼ばれ、近年、群集生態学の分野で研究数が増えています。従来、生物群集の構造は種数によって特徴づけられることが多く、種数の緯度勾配や標高勾配に関する研究論文が多数出版されてきました。しかし、種数という指標では、種のもつ生態や進化的な背景を考慮できません。例えば、キジバトも、ジョウビタキも、オオミズナギドリも、生態や系統が顕著に異なるにも関わらず、等しく1種です。このように、種数に基づく解析は、種がもつ情報を過度に単純化してしまうという欠点があります。その一方で、系統アプローチでは、公開されている(例えば、Jetz et al. 2012)または自身で構築した分子系統樹を参照し、機能アプローチでは、公開されている種の形質に関するデータベース(例えば、Tobias et al. 2022)や自身で収集した形質データを参照し、それぞれ解析することで、種の系統や機能といった情報を考慮して群集構造を解析し、解釈することができます。野外で得た着想を解析に明示的に組み込めることは、フィールドワークをベースとして生物群集の研究に取り組む研究者にとってこれ以上ない魅力だと感じています。今後も、系統・形質アプローチを駆使し、生態学および鳥学の発展に貢献していきたいです。
受賞論文
Iijima D, Kobayashi A, Morimoto G & Murakami M (2023) Drivers of functional and phylogenetic structures of mountain bird assemblages along an altitudinal gradient from the montane to alpine zones. Global Ecology and Conservation 48: e02689. https://doi.org/10.1016/j.gecco.2023.e02689
引用文献
Jetz W, Thomas GH, Joy JB., Hartmann K & Mooers AO (2012) The global diversity of birds in space and time. Nature 491: 444-448. https://doi.org/10.1038/nature11631
Tobias JA, Sheard C, Pigot AL, Devenish AJ, Yang J et al. (2022) AVONET: morphological, ecological and geographical data for all birds. Ecology Letters 25: 581-597. https://doi.org/10.1111/ele.13898
本展では、小林の紹介のところに、蜂須賀正氏の著書「The Dodo and Kindred Birds」(1953)のために小林が描いた絶滅鳥モーリシャスインコの原画が展示されています。この原画は今回が初公開となります。
蜂須賀は「The Dodo and Kindred Birds」の原稿をイギリスの出版社に送った後、出版された本を見ることなく急死してしまいます。このような事情もあり、この絵は出版後、所在不明となっていましたが、熱海の蜂須賀別邸に勤務していた方から2018年に熱海市立図書館に寄贈されていたところ、2021年に小林重三研究の第一人者である園部浩一郎さんらが小林の原画であることを見出しました。本展示のため、熱海市立図書館へ絵をお借りしに伺ったのですが、なんと、小林が小林館長から小林の絵をお借りするという事態が起こりました。蜂須賀はエピソードの多い人生をおくった人でしたが、こんなところにもエピソードを作ってくれたのかしら、と思ってしまいました。