日本鳥学会2021年度大会:標本集会へのお誘いと2018年度大会第2回標本集会報告

小林さやか(山階鳥類研究所)

今週末から開催される日本鳥学会2021年度大会の自由集会で、第4回となる標本集会を企画しております。今回は、実際に博物館で標本の管理にあたっている方々から、各館の標本収蔵庫の紹介と、標本管理の悩みをお聞きする予定です。第4回へのお誘いとこれまでの復習を兼ねて、過去の集会報告を掲載いたします。第1回「標本史研究っておもしろい ―日本の鳥学を支えた人達」はこちらをご覧ください。

皆様、ぜひお越しください↓
2021年度大会自由集会:9月17日(金)18:00〜20:00
W3:第4回「収蔵庫ってどういうところ?−標本収蔵施設の現状と問題点」

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日本鳥学会2018年度大会自由集会報告
第2回 標本を作って残すってどういうこと?―実物証拠としての標本

加藤ゆき(神奈川県立生命の星・地球博物館)

筑波大学で開催された2017年度大会で,「標本」をテーマに自由集会が開かれたことをご存知でしょうか?主催者は山階鳥類研究所の小林さやかさんと北海道大学植物園博物館の加藤 克さん.お二人のほかに国立科学博物館の川田伸一郎さん,山階鳥類研究所の平岡 考さんが,標本の由来や収集の歴史を,標本ラベルや文献資料を手がかりに解明していく面白さについて,ご自身たちの経験を交えながら熱く語ってくださいました.

しかし,2 時間という限られた時間では足りるはずもなく,その後の懇親会でさらに熱く語り合ったことは言うまでもありません.そのときに,小林さんと「標本をテーマに来年度以降も自由集会を開催できればいいですね」,「いいですね.やりましょう!」と“約束”したことにより実現したのが,今大会の自由集会「標本を作って残すってどういうこと? ―実物証拠として標本」です.

私自身は県立の自然史博物館で鳥類担当学芸員として,標本の収集や管理,調査研究,展示や講座等の普及活動を行っています.標本収集といっても標本を購入するのではなく,検体を動物園や鳥獣保護施設等から入手し,検体の状態・博物館の収蔵状況や使用目的に合わせ,自分たちで加工して標本にします.このような日常業務をもとに自由集会のテーマを「標本を作って残すこと」としました.1回目の自由集会は標本史にまつわる演題でしたが,2 回目は「標本とはどのように作り保管するのか?」という原点に戻ろうと考えたのです.小林さんに2 回目の自由集会開催の旨を伝え,演者探しを始めました.

真っ先に思い浮かんだのが,山階鳥類研究所で標本収集や作製,管理をされている岩見恭子さんです.鳥類を専門とする研究機関である山階鳥類研究所には,はく製や骨格,巣,卵,液浸標本など約7万点の標本が収蔵されています.学術的に貴重な標本も多く,すでに絶滅した鳥や希少な鳥の標本,種の記載の基準となったタイプ標本も含まれています.このような施設で研究員として積極的に標本を収集,作製されている現状をお話しいただきたいとお願いしたところ,ご快諾いただけました.

次に浮かんだのが,標本士の相川 稔さんです.私の働く神奈川県立生命の星・地球博物館(地球博と略す)の鳥獣分野では標本作製のお手伝いをボランティアにお願いしています.その指導者であり,学芸員のよき相談相手でもある相川さんは,高校卒業後,ドイツの専門学校で標本作製の技術をまなび,ドイツの博物館で標本士として働いていた方です.「標本作製の技術を日本にも」と帰国され,博物館で標本を作ることにこだわりを持ち活動を続けてきました.相川さんにはヨーロッパでの標本作製の現状をお話いただきたいとお願いし,こちらもご快諾いただけました.

研究者,標本士とそろい,あとは博物館施設の職員や個人として取り組み事例を紹介していただける方を考えました.幸いなことに開催地である新潟県には,地球博に縁のある人材がそろっています.新潟県愛鳥センターにお勤めの高澤綾子さんと佐渡島在住の岡久佳奈さんです.高澤さんは地球博に8ヶ月ほど非常勤職員として勤務し,その間,鳥類標本の作製・管理を担当していただきました.新潟県に転居後は愛鳥センターに勤め,展示施設や講座などで使う本はく製や翼標本などを作製している方です.岡久さんは鳥獣の標本作製に興味をもち,地球博のボランティアとして活動しました.佐渡島に転居後は,地元で拾得される鳥獣検体を標本として残すべく個人で活動されている方です.おふたりとも二つ返事で引き受けてくださいました.

さて,準備が整ったものの要旨を出す段になり急に不安になりました.参加者が集まるだろうか?自由集会は夕方に設定されることが多く時間が限られることから,複数のテーマが同時に開催されます.例年開催されているガンカモ類やカワウなどはリピーターが多く,また人気の集会と重なると参加者が少なくなります.そこで相川さんに願いし“実演”を行うことにしました.

実は,前大会でも標本作製の実演を主とした自由集会が企画されていましたが,主催者都合により中止となりました.中止を惜しむ声が各所から聞かれていたことを思い出し,実演を入れることにしました.学会会場では数名から参加表明があり,「実演はいつやるの?」と聞く方もいて標本作製への関心の高さが伺えました.

当日です.はじめに,私が集会の趣旨説明を行いました.今回標本として扱うのは,個人宅などにある装飾を目的として作られたはく製ではなく,研究機関や博物館施設,個人などが研究や普及のために収集,保管している標本であること,標本にはいろいろな種類があること,自然史標本の重要性などを紹介し,岩見さんにバトンタッチしました.岩見さんは「学術標本を収集する意義 ―山階鳥類研究所での取り組み」と題し,研究所の概要や普段の標本作製の様子,収蔵状況を紹介し,学術標本がもつ重要性と保管し続ける意義についてお話いただきました.標本のリメイクや標本作製に関するデータベース,人材育成の取り組みについての紹介もあり,非常に興味深い内容でした.データベースは細かく項目が設定されており,採集データはもちろんのこと,検体の状態や製作段階,作製された標本種,配架場所などが一目で分かるようになっています.参加者は人材育成のための標本作製講習に注目していました.専門的な知識に基づいた講習は確かに魅力的です.

次いで相川さんからは「博物館標本の長期保存と幅広い活用を目指して」と題し,ドイツの博物館での標本士としての仕事紹介の後,標本士が行った下処理時の薬剤の違いによる虫害の影響についての発表がありました.かなり大胆な実験で,まったく薬剤を使用しないものから,現在主流で使用されている毒性の弱い薬剤を使ったもの,使用禁止になっている毒性の強い薬剤を使ったものなど,薬剤の種類や組み合わせを代えて作った標本を複数用意し,1 年間屋外に置いて虫による食害を調べたという内容です.その結果を元に,標本を残すための使用薬剤の重要性についてお話いただきました.

高澤さんからは「「使うこと」を前提に作る標本」と題し,愛鳥センターでの取り組みを紹介いただきました.新発田市にある愛鳥センターは傷病鳥獣の保護・治療施設で,広くはありませんが展示室があり,探鳥会などの普及活動も行っています.高澤さんはそこで活用することを前提とした標本を作っており,本はく製だけではなく脚だけの標本や翼標本など,触ることが出来る標本が多いのが特徴的でした.翼標本は展示だけではなく,探鳥会の説明資料や学校への貸し出し教材としても活用されており,人気の高さが伺えました.愛鳥センターには標本を収蔵できる設備はなく,また標本作製の人材も非常勤職員である高澤さんだけで,継続性に不安があるとのことでした.

岡久さんからは「動物を調べ 標本を作る 人材の育成計画 in 佐渡島」と題し,佐渡島でのご自身の取り組みについてお話いただきました.佐渡島にはサドモグラやサドカケスといった固有種・固有亜種が生息し,再導入事業により放鳥されたトキが身近な環境で見られるなど,多様な自然環境がみられます.しかし,島内には自然史を主とした博物館やビジターセンターなどの研究・情報発信施設がなく,島民が島の生物に慣れ親しむ機会はほとんどないようです.岡久さんは,佐渡をフィールドに研究をしている専門家を講師に迎え講演会や講座を開催し,簡単な生態調査を行ったり動物標本を作製したりすることにより,島内の身近な生き物の面白さや希少性に気付くきっかけ作りをしています.悩みは冷凍庫のスペースを大きく占める哺乳類の処理を優先するので,鳥類にはなかなか手をつけられないとのことでした.研究者を巻き込みながら標本作製の人材を育てていくという取り組みはユニークで,佐渡島の動物の記録を残すという点でも重要です.継続して事業をすすめて欲しいと感じました.

最後に地球博の哺乳類担当学芸員の広谷浩子から神奈川県で計画している標本作製にかかる博物館施設の連携について紹介がありました.全講演を通して,標本を後世に残す重要性が確認される一方,人材や設備についての問題が浮き彫りになりました.

いよいよ相川さんによる標本作製の実演です.短時間で出来るよう,あらかじめ胴部をぬいて下処理をしたアカショウビンを教材としました.取り除いた胴部には木材を糸状に削った木毛(もくもう)をまるめて胴体に代わるものを作り,針金を使って仮はく製へと仕上げていきました.今回は残念ながら途中で時間切れとなり,羽を整える仕上げまではできませんでしたが,30分ほどの実演は参加者の注目を浴び,多くの方が動画を撮影していました.

参加者は岩見さんのお話が始まる段階で52人,最後の実演が始まるときには60人を越えており,鳥学に関わる人たちの標本作製に対する関心の高さが伺えました.実演終了後,数名の方から地球博で鳥獣標本の作製に携わりたい,という希望も寄せられました.採集データ等の情報を持った標本は実物証拠として重要であり,後世に残していくべき“自然財”ともいえるものです.鳥学関係者の中には,標本を研究材料として活用される方も多いはずです.このような活用のためには,専門知識に基づいた標本作製ができる人材と適切な環境での保管が重要だと再認識をした自由集会でした.

最後になりましたが,今回の自由集会に協力いただいた演者のみなさま,時間ぎりぎりまで会場を使わせてくださった2018年度大会事務局のみなさま,参加してくださったみなさまにお礼申し上げます.本自由集会はJSPS科研費JP17K01219 の研究の一環として開催しました.

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日本鳥学会誌70巻1号 注目論文のお知らせ

藤田 剛 (日本鳥学会誌編集委員長)

日本鳥学会誌では、毎号の掲載論文から編集委員全員の投票で注目論文を毎号選んでいます。選ばれた論文は、掲載直後から J-stage でダウンロード可能になります。

で、今回は70巻1号の注目論文の紹介。

著者:藤井忠志さん
タイトル:クマゲラの生態と本州における研究小史
https://doi.org/10.3838/jjo.70.1

白神山地のニュースなどから、クマゲラが本州の森にもくらしているのをご存知の方も多いと思います。この論文は、本州に生息するクマゲラの研究の歴史をふり返りつつ、これまでの研究によって、本州に生息するクマゲラの生態と現状、保全上の課題などをまとめた力作です。

以下は、著者藤井さんからの熱いメッセージ。

本州では幻のキツツキ・クマゲラと関って40年が経過しようとしている。その間、小笠原暠先生からご教示を得て、先輩の(故)泉祐一氏からは生態や調査法の手ほどきを受け、白神山地を中心とする北東北のブナ林を駆け回った。白神山地が世界自然遺産指定になる前の調査では、私はじめ調査仲間が危うく命を失いかけたこともあった。そんな命がけの調査のデータや想いを70巻第1号に掲載できたことは大変うれしく、光栄に思う。

クマゲラの減少も去ることながら、クマゲラ研究の後継者がほとんどいないことに危惧する昨今である。

NPO法人本州産クマゲラ研究会 理事長 藤井忠志
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クマゲラがすむブナ林 2015年5月9日 (撮影: 藤井忠志. 青森県鯵ヶ沢)

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巣口の雄 2010年6月12日(撮影: 藤井忠志. 秋田県森吉山))

ぜひ、ご一読を。

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女性リーダーが例外ではない社会を目指す ~第18回男女共同参画学協会連絡会シンポジウム参加報告~

中原 亨・山本麻希・堀江明香(企画委員)

2020年10月17日、新型コロナウイルス感染症の影響で対面での大きな会議ができない中、第18回男女共同参画学協会連絡会シンポジウムがオンラインで開催された。鳥学会からは毎年オブザーバーとして企画委員が参加しており、本年度は山本・堀江・中原の3名が参加した。今回のテーマは「女性研究者・技術者の意思・能力・創造性を活かすために~女性リーダーが例外ではない社会をめざして~」であった。

当日は、午前中に分科会と特別企画が行われた後、午後に4題の基調講演が行われた。分科会では、JAMSTECの原田尚子氏から南極越冬隊におけるリーダー像模索の体験談、(株)協和発酵の神崎夕紀氏からキリングループの取り組みとキャリア形成における体験談、そして前日までワークショップを担当されたニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のLily Cushenberry氏から、心理学的側面から考えるリーダー像、革新的な試みを進める上での環境づくり、科学・技術・工学・数学分野(STEM)での女性のキャリア形成における課題等についての話題提供があった。その後、特別企画として第18回連絡会における提言・要望と、コロナ禍における研究者の活動実態に関する調査報告が行われた。

午後の基調講演の最初の講演者は東京大学の上野千鶴子氏。「男女共同参画はゴールかツールか?」というタイトルのもと、男女共同参画の実態と課題について話題提供があった。まず2003年に提示された男女共同参画目標の「202030」(2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度になるよう期待する)の数値目標を達成できなかったこと、そして雇用の面では女性の就業率は増えてきているものの、その約6割が非正規であり、男女の賃金格差が生まれていることなどが紹介された。女性研究者を取り巻く問題にも触れ、婚姻率が低いことや、女性研究者の生存戦略として、先端的な、男性とかぶらないニッチの、小規模なテーマを突き詰めていくことを実践している方が多いことなどが紹介された。さらに、「女性を増やすこと」がどういう意味を持つのか、という点に関して、ジェンダーと密接にかかわる言語が変わることによって学問が変わるという人文科学系研究者の意見や、性差医学が向上するという生命科学的側面など、具体的なメリットについての言及があった。最後に、男女共同参画を目的達成のためのツールとして考えるならば、「社会的公正」「効率性の向上」「社会変革」がその目的となりうる可能性があることが述べられた。そして、様々な社会問題が存在する中で持続可能性が叫ばれる現代において、安心して弱者になれる社会を創りたい、という内容で締めくくられた。
2人目のElyzabeth Lyons氏(米国国立科学財団NSF)からは、NSFが実施した、女性がSTEMに参加できるようになるための取り組みについての話題提供があった。早い段階からSTEM分野に興味を持ってもらうための、大学生までの女性向け教育プログラムを長年にわたって実施するとともに、組織のトップの考え方を変えていくためのプログラムを開始したことによって女性の個人向け支援から組織向けの支援へと広がりを見せたことが紹介された。

3人目の渡辺美代子氏(科学技術振興機構)からは、世界から見た現在の日本の男女共同参画の状況と、さまざまな調査事例・研究事例が紹介された。世界から見て現在の日本は、教育面では高水準であるのに対し、創造的・主体的人材の育成や女性の参画が不足していること、SDGs達成目標の「ジェンダー平等」が「達成に程遠い」とされる3か国に含まれてしまっていることが指摘された。一方で、高水準とされる教育面においても学力到達度の男女差が近年拡大していることも指摘された。男女差や男女混合チームについての興味深いデータも提示され、点数で評価される科学オリンピックでは男子の、口頭発表で評価されるSSHでは女子の受賞率が高いという違いや、男女混合グループの研究論文の評価や特許の経済価値が相対的に高いことが紹介された。さらには、無意識のバイアスの存在を理解することの重要性と、無意識のバイアスにとらわれないための女性限定公募の必要性についても述べられた。

4人目の栗原和枝氏(東北大学)からはまず、学協会連絡会の歩みについての紹介があった。連絡会立ち上げの経緯や、連絡会が実施した大規模アンケートに基づいて様々な提言が提出されたこと、それらの貢献等によりRPD制度が創設されたことなどが紹介された。次にご自身の研究歴と体験談の紹介があった。最後には若い世代に対して自分で限界を作らずに活躍してほしいとのエールが送られ、世代にあった男女共同参画のための活動をおこなうとともに、社会貢献を考えた研究活動を行ってほしいというメッセージで締めくくられた。

すべての講演が終わった後には、講演者によるパネルディスカッションが実施され、高校における文理選択の問題点の指摘や、ワークライフバランスについての講演者の意見紹介、男女の壁を越えるための仕組みづくりに対する意見紹介、女性研究者が増加することによる科学技術分野への貢献は何か、といった議論がなされた。オンラインで参加者間の顔が見えないシンポジウムであったが、多岐にわたった話題提供と議論がなされ、盛況のうちに幕を閉じた。

以下、講演を通して考えたことや感じたことを各参加者の言葉で綴り、参加報告とさせていただきたい。

今回初めてシンポジウムに参加する機会を得たが、視聴した講演の内容は「無意識のバイアス」を強く意識するものであった。無意識のバイアスとは、自分でも気づかないような、ものの見方や捉え方の偏りのことであり、以前の堀江さん藤原さんの記事でも触れられている。今までの組織は過去の男性社会の中で構築されてきたものが多く、その根底には男性の無意識のバイアスが存在する可能性がある。そうした中で構築されたルールや評価軸には、女性に不利に働いてしまうものもあるかもしれない。いかに公平に判断を下そうとしても、その基準となるルールや評価軸に男性の無意識のバイアスが反映されてしまっていたら、それは公平とは言えないだろう。しかし男性のみで構成されている組織であったら、そのバイアスに気づかないかもしれない。組織運営において適切な男女比率を達成することは、こうした問題を解決し真の男女共同を実現するために必要不可欠である。そして男性は自分では気づきにくいからこそ、過去に男性社会の中で作られた組織内では特に、無意識のバイアスの存在可能性を意識しながら動くことが必要であると感じた(中原)

中原さんが午後の内容を中心に書いてくださったので、午前中の感想を書きたいと思います。最初の講演の原田氏のお話しは、南極観測の隊長という重責を果たされたご経験のお話だった。南極という極限環境のもと調整型リーダーシップは女性の方が向いているかもしれないというお話があった。一方で、女性リーダーの下で働きたくないという偏見もあるという。昨今のコロナを見ると優秀な女性リーダーが目立つように思うが、どこでも女性リーダーを熱望されているのに、なりたいという人がいない中、勇気をいただいた体験談でした。あと、キリンホールディングスが行っている“なりきりんパパ、ママ制度”はとても面白いと思いました。体験したことがないと子供がいる人の苦労はわからないということで、バーチャルであっても“いきなり子供が熱を出したから帰ってくださいというシチュエーションが発生し、保育所から電話がかかってきて、その体験者はその場で仕事を止めて帰らなくてはならないという体験を通して、パパママの苦労を身ともって知るのだとか。そこまでやるんだと思う一方で、会社全体としてそのようなユニークな取り組みをしているキリンの本気を見た気がします。(山本)

「彩度対比」あるいは「明度対比」という目の錯覚をご存じだろうか?同じ色でも、鮮やかな、あるいは明るい背景色に重ねた場合はくすんだ暗い色に、彩度の低い暗い背景色に重ねた時は鮮やかな明るい色に見える。今回のシンポジウムのパネルディスカッション中で議論された「女性限定枠の是非」について、科学技術振興機構の渡辺美代子氏は、男性の中に混じると女性は一段、低く評価されるため(無意識のバイアス)、そもそも公募の入り口から男女を分けるべきだ、と主張した。男性ばかりの組織では男性が選ばれやすい(無意識のバイアス)。女性限定公募も、女性割合の目標も、これらのバイアスを効果的に排除するために設けられている。強制力のあるやり方以外で、男女平等を達成できた社会はほとんどない、と渡辺氏は強調した。今回のシンポで一番、みなさんに伝えたいと思った点である。感想としては、「なりきりんパパママ」はとても面白い取り組みだと感じたし、渡部氏には女性研究者のロールモデルとして強い魅力を感じたし、上野千鶴子氏の「男女共同参画はゴールかツールか」という問いかけにはハッとさせられた。心新たに、今後の情報に注視していきたい。(堀江)

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「ツバメのせかい」発売中!

石川県立大学・客員研究員
長谷川 克(理学博士)

こんにちは!ツバメ研究家の長谷川克と申します。この度、森本元博士に監修いただき、「ツバメのせかい」という本を執筆いたしましたので紹介させていただきます。

本書は前著「ツバメのひみつ」の姉妹書です。前著では客観的に見たツバメの進化や生態について—例えば、ツバメの長い尾羽がどのように他個体に作用して進化してきたか、ヒトのそばで繁殖する意味など—幅広く扱わせていただきました。こうした客観的なツバメ観は個人の印象や思い込みに左右されずにツバメという生物を正確に捉えるのに必要不可欠な物の見方です。

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書影

でも、客観視することで相手を完全に理解できるかといえば、もちろんそんなことはありません。ツバメがどのように生き、どうやって進化してきたのか理解するには、ツバメ自身の物の見方、いわばツバメ主観的な世界を知る必要があります。例えば前述した燕尾についても、ツバメたちが物差しで客観的に長さを測定できるなどと考えるのはナンセンスです。むしろ、彼らにとっては「長く見える」燕尾をもつことが大事で、ヒトが二重や涙袋で目を大きく見せるように、ツバメも積極的に錯視を利用して尾羽を長く演出して、進化の仕方を変えていると考えられています。おまけに鳥類はヒトと違って紫外線や偏光まで見えるため、こうした視覚情報も日々の暮らしと進化に絡んできます。もちろん視覚以外の感覚、あるいは感覚器で受容された刺激がその後どうやって脳で処理されるかによっても、世の中の捉え方(と生き様)が変わります。

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飛翔中のツバメ

「ツバメのせかい」では、そうしたツバメから見た世界にクローズアップし、客観的な世界観だけでは扱いきれなかったツバメの生き様を扱うことを目的としています。今風に言えば、「推し」の世界観を紹介する本、といえるかもしれません。もちろんツバメの世界はツバメ1羽だけで成り立っているわけではなく、近隣個体や、同種他個体が織りなす社会、あるいは他種生物との様々な関わり合いによって構成されますので、本書ではツバメたちから見た物理環境と生物環境の両面から彼らの世界に迫ります(普段の観察では見落としがちな寄生虫や腸内フローラ等との相互作用も扱っています)。

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ツバメに関わる生物の例(下段右から2番目(C)佐藤雪太)

なお、私たちのように定住生活する生物では周りの環境もそうそう変わりませんが、「渡り鳥」として繁殖地と越冬地を毎年行き来するツバメでは、晒される環境も大幅に増え、目まぐるしく変わることになります。前著「ツバメのひみつ」では、ツバメの生活を繁殖地と越冬地で分けて別々に扱っていますが、「ツバメのせかい」では渡り自体に着目し、ルートの問題だったり、タイミングの問題だったり、ツバメにとっての(動的)環境を扱いました。

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ツバメの渡り

結果として、「ツバメのせかい」は前著とは違った切り口でツバメを扱った書籍になっています。あくまで続巻ではなく姉妹書なので、「ツバメのひみつ」を読んでいなくとも本書を楽しんでいただけますし、両方読んでいただければ切り口の違いも感じとっていただけると思います(どちらも共通して著者のダジャレが頻出しますが、これについては鼻で笑って受け流してください)。

本書「ツバメのせかい」はツバメに興味のある幅広い読者(ファン)層を対象としていますので、前著同様にわかりやすい表現で基本的なところから解説しています(監修の森本元博士や編集者の方々には大いに助けていただきました・・・というより偏屈な私に辛抱強くご対応いただいて感謝しかありません)。鳥学通信をお読みいただいている皆様には耳タコな話題もあるかもしれませんが、エピジェネティクスやソーシャルネットワーク等を扱った最近の知見も盛り込んでいますので新しい発見も必ずあると思います。ぜひこの機会にお手に取っていただき、ツバメの世界を覗いてみていただけますと嬉しいです。

図はいずれも「ツバメのせかい」より

【書籍情報】
長谷川 克(著)・森本 元(監修). 2020. ツバメのひみつ. 緑書房
長谷川 克(著)・森本 元(監修). 2021. ツバメのせかい. 緑書房

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一緒に鳥の研究しませんか?

北海道大学大学院地球環境科学研究院
助教・先崎理之

はじめに
鳥学通信には初めて登場させて頂きます。北海道大学の先崎と申します。縁あって2019年4月より北海道大学大学院地球環境科学研究院・環境科学院に助教として採用していただき、独立した研究室を運営しています。そこで今回は宣伝もかねて当研究室を紹介させて頂きたいと思います。

どんな研究をしてきたの?
まず最初に私自身の研究について簡単に紹介させて頂きます。私はこれまで主に鳥を対象として保全生態学的な研究を展開してきました。保全生態学とは平たく言えば「生き物を守るために必要な科学的知見を明らかにし実社会に還元する学問」のような感じでしょうか。保全は生き物への深い知識だけあれば進むと思われる節もあります。しかし、実はそんな簡単な話ではなく、金銭コストや見返り(効率)等の複数の科学的情報を統合しバランス感覚に優れた意思決定が不可欠な奥が深い学問分野です。

こうしたことから私は保全の意思決定に必要であるのに未解明だった問いに取り組んできました。例えば、我が国では根拠薄弱のまま行われていた多種の保全のための猛禽類の保全には利点と限界があること(Senzaki et al. 2015 Biol Conserv; Senzaki & Yamaura 2016 Wetland Ecol Manage)、象徴種(タンチョウ)の利用は保全活動への市民の金銭的支援を助長するベストな選択肢であること(Senzaki et al. 2017 Biol Conserv)、海鳥類、アカモズ、シマクイナ等の個体数ステータスや繁殖状況等を明らかにしてきました(Senzaki et al. 2020 Bird Conserv Int; Senzaki et al. in press Wilson J Ornithol; Kitazawa & Senzaki et al. in press Bird Conserv Int)。

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湿地や草地で暮らすチュウヒ

(チュウヒの保全は、似たような環境を好む鳥類の保全には効果的だが、草本や哺乳類の保全には役立たないことが分かった。)

また、ここ数年は感覚生態学(Sensory Ecology)という分野に精力的に取り組んでいます。具体的には、人為騒音や人工光といった感覚汚染因子が、フクロウ類の採食効率を低下させたりマクロスケールでの多種の繁殖成績を決める要因になったりすること(Senzaki et al. 2016 Sci Rep; Senzaki et al. 2020 Nature)、はたまた鳥類を中心とした多分類群間の相互作用(Senzaki et al. 2020 Proc R Soc B)や生態系機能(Senzaki et al. in prep)さえも変えることを野外操作実験とビックデータによる検証の双方から示してきました。これらから、現在は見過ごされているこうした感覚環境(Sensory environments)をありのままに保つことが鳥類の保全に大きく貢献するという仮説を検証しています。

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トラフズク
(騒音がうるさいと餌を見つけにくくなることが分かった。)

どんな研究をできるの?
さて本題に入りましょう。出来立てほやほやの当研究室ですが、上記のような鳥の保全に関わる研究テーマに興味をお持ちの学生さんは当研究室で思う存分に研究が展開できます。北大には鳥を扱う優れた研究室が他にもありますが、保全を専門に扱える点は当研究室ならではと考えています。特に鳥を対象にした感覚生態学研究は、日本で専門に学べる研究室が他になく世界的な競争者もまだ少ないため、フィールド経験がそこまでなくても世界に通用する新規性の高いテーマに取り組める可能性を大いに秘めておりお勧めです。もちろん、他のテーマでも面白ければなんでも良いというのが個人的なスタンスですが、いかなる場合でも学術的に必要とされているかどうかを説明できるというのが当研究室におけるテーマ選定時の重要な規準です。

一方で、私は現役バリバリの鳥屋であり、その力量の向上には日々全力を注いでいます。日本列島の鳥は独特で面白く、また優れたアマチュア鳥屋も少なくないため、アッと驚く未解明の現象が身近に見つかる可能性が大いに残されています。こうした点から、フィールドから得た鳥の生態に関する面白い仮説を解き明かす研究や鳥屋的知的好奇心を満たす研究を長い目で続けていくことも目指しています。私自身は現在シマクイナの行動に関わる斬新な仮説の検証(手探りなため具体的内容はまだ秘密)と気象研究者で同僚の佐藤友徳准教授と古くからの鳥仲間である渡辺義昭さん・恵さん夫妻におんぶにだっこ状態でヒメクビワカモメのリアルタイム渡来予報開発などに取り組んでいます(先崎 2020 Birder)。とっておきの鳥類の行動や生態を研究してみたいという学生さんや、鳥屋的気づき・視点を生かした研究テーマをお持ちの学生さんは是非当研究室にお越しください。

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開発中のヒメクビワカモメのリアルタイム予報

(10日先までの知床半島における出現確率を自動で表示してくれる。まだ試作段階で画像の日付は本来の予測期間外。今年中には論文を執筆したい。)

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美しいヒメクビワカモメの成鳥

(北海道オホーツク海沿岸への渡来は少数の気象条件でほとんど説明できることが分かって来た。)

どうすれば入れるの?
環境科学院は学部を持たない大学院組織ですので、全ての学生が外部から進学してきます。毎年、修士課程は夏と春に入試を行っていますのでそれを受験し合格できれば入学できます。私の担当する専攻・コースは環境起学専攻・人間生態システムコースと生物圏科学専攻・動物生態学コースで、いずれからも学生を募集しています。

前者(起学)は鳥を対象にちょっと学際的なテーマに取り組んでみたかったり、ある程度は英語で研究を進めてみたい方にお勧めです。日本語を母語としない留学生が一定数おり、周囲の教員陣(露崎教授・根岸准教授・佐藤准教授など)はそれぞれ異なる分野を専門とする一流研究者ですので、様々な角度から研究を洗練させることができます。

後者(生物圏)はガチ勢鳥屋あるいはフィールドに身をささげたい方にお勧めです。私を除く同コースの教員陣(野田教授・小泉准教授・大館助教と副担当の揚妻准教授・岸田准教授・森田准教授)は群集・個体群・行動・進化など多様な側面から日本の動物生態学を牽引する一流研究者ですので、日本一のフィールド生態学的環境に身を置いて研究を進めることができます。

意欲と斬新なテーマをお持ちの学生さんをお待ちしております。もし当研究室に興味を抱いて頂いて頂けましたらお気軽にお問い合わせください。是非一緒に面白い研究をしましょう。

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なぜ、今「センカクアホウドリ」を提案したのか?

江田真毅(北海道大学)

 「尖閣諸島」。皆さん、この名前をニュースで一度は耳にしたことがあるでしょう。ここで繁殖するアホウドリが、実は鳥島で繁殖するアホウドリとは別種であるという論文を昨年11月に発表しました(論文はこちら)

 さらに、この内容について北海道大学と山階鳥類研究所から共同プレスリリースをおこない、これまでアホウドリの代名詞となってきた鳥島集団の和名を「アホウドリ」、尖閣諸島集団の和名を「センカクアホウドリ」とすることを提案しました(詳しくはこちら)
 実は、これらの鳥の学名はまだ決められていません。「なぜこのタイミングで和名を提案するのか?」と不思議に思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。日本鳥学会広報委員の某氏からこの論文について鳥学通信への寄稿の打診をいただいたのも何かのご縁。ちょっとここで心の内を打ち明けてみようと思います。

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伊豆諸島鳥島のアホウドリ成鳥

左から「アホウドリ」メス、「アホウドリ」オス、「センカクアホウドリ」メス、「センカクアホウドリ」メス。
「アホウドリ」は「センカクアホウドリ」より全体的に体が大きい(撮影:今野美和)。

 アホウドリは北太平洋最大の海鳥です。かつては日本近海の13か所以上の島々で数百万羽が繁殖していたと推定されています。19世紀末以降、各地の繁殖地で羽毛の採取を目的に狩猟されたため急激に減少し、1949年に一度は絶滅が宣言されました。しかし、1951年に再発見され、その後は特別天然記念物にも指定されるなど保全の対象となってきました。現在、個体数は6000羽を超えるほどにまで回復してきています。その主な繁殖地は1951年に再発見された伊豆諸島の鳥島と、1971年に個体が確認された尖閣諸島(南小島と北小島)の2か所です。

 私たちはこれまでも鳥島と尖閣諸島のアホウドリが遺伝的・生態的な違いから別種である可能性を指摘してきました(詳しくはこちら)。しかし、尖閣諸島での調査が困難なために両地域の鳥の形態学的な比較ができず、別種かどうかの結論は保留となっていました。今回の論文では、尖閣諸島から鳥島への移住個体が最近増加していることに着目し、これらの鳥と鳥島生まれの個体との形態を比較しました。その結果、鳥島生まれの鳥は尖閣生まれの鳥よりほとんどの計測値で大きい一方、尖閣生まれの鳥のくちばしは相対的に長いことがわかりました。そして、これらの形態的な違いとこれまでに知られていた遺伝的・生態的な違いから、両地域のアホウドリは別種とするべきと結論付けました。
 アホウドリのように絶滅のおそれがある鳥の種内において、このような隠蔽種(一見同じ種のようにみえるため、従来、生物学的に同じ種として扱われてきたが、実際には別種として分けられるべき生物のグループ)がみつかったのは、私たちが知る限り世界で初めてです。

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アホウドリの横顔

上:「アホウドリ」オス、下:「センカクアホウドリ」オス。
「センカクアホウドリ」のくちばしは「アホウドリ」に比べて細長い(撮影:今野怜)

 アホウドリの学名は Phoebastria albatrus です。鳥島と尖閣諸島のアホウドリを別種とする場合、どちらがこの学名を引き継ぐのかを決める必要があります。しかし、オホーツク海で採取された個体をタイプ標本として1769年に記載されたアホウドリでは、この作業が一筋縄ではいきませんでした。原記載の形態描写や計測は両種の識別には不十分でした。また、オホーツク海は両種が利用する海域であり、さらに肝心のタイプ標本がなくなってしまっている(!)ためです。
 2019年度の鳥学会大会で発表したように私たちはネオタイプを立てることでこの問題をひとまず解決したつもりではいるのですが、もう片方の種の学名を決めるためには19世紀に提唱された3つの学名とそのもととなったタイプ標本を一つずつ検討していく必要があります。コロナ禍の影響もあって海外での調査が著しく制限されている昨今。海外の研究者と連絡を取り合ってはいるものの、その解決にはもうしばらく時間がかかりそうです。

 翻ってアホウドリが置かれている現状を考えてみると、アホウドリは1種の特別天然記念物あるいはIUCNの危急種などとして国内外で保全の対象となってきました。この鳥が2種からなるとすれば、これまで考えられてきた以上に希少な鳥であることは明らかです。今後、それぞれの種の独自性を保つことを念頭に置いた保全政策の立案・実施が必要と考えられます。
 尖閣諸島と鳥島の個体は別集団を形成しており、さらに集団間の遺伝的な差は他のアホウドリ科の姉妹種間より大きいことは私が博士論文をまとめた15年以上前からわかっていました。しかし、アホウドリを2つの「集団」としてその独自性を保つように保全する機運は高まることはありませんでした(ミトコンドリアDNA配列の重複の問題の直撃を受けて、論文発表に時間がかかったせいもあるのですが)。また、政治的問題から尖閣諸島での調査は2002年以降実施できておらず、同諸島におけるこの鳥の生息状況はよくわかっていません。
 尖閣諸島から鳥島に移住する個体が近年増加していることは、尖閣諸島における繁殖環境が著しく悪化していることの表れの可能性も考えられます。両地域で繁殖する別「集団」ではなく、両地域で繁殖する別「種」を保全するための調査。その必要性を訴えることができるようになった今、この尖閣諸島の調査の重要性を明示し、調査の機運を高めるうえでも、当地のアホウドリの和名に「センカク」を冠するのは理にかなったものと考えられるのではないでしょうか。

 「「アホウ」ドリという名前は差別的で気の毒ではないか?」という声のあることももちろん承知しています。しかし、「アホウドリ」や「センカクアホウドリ」をそれぞれの独自性を保って保全する道筋を立てることは、学名の問題が未解決である点や和名が適切とは言いにくい点があることを置いても、優先して進めるべき課題ではないかと私は考えています。学名や和名の問題は人間社会の問題であって、アホウドリには何の影響もないはずです。一方で、飼育環境下で隠蔽種が盛んに交雑してしまったチュウゴクオオサンショウウオの例で端的に示されたように(詳しくはこちら)、不適切な保全・管理は生物に多大なる影響を与える恐れがあります。

 来年、10年ぶりに日本鳥類目録が改訂されます。日本鳥類目録は、唯一の日本の鳥類目録として、その分類は国内の公文書にも広く利用されてきました。同目録に「センカクアホウドリ」が掲載されれば尖閣諸島におけるアホウドリ調査にも弾みがつくことになるでしょう。「学名も和名も決まっていないけど隠蔽種がいる」というよりは、「学名は決まっていないけど和名は提案されている」というほうが議論の俎上にも載せてもらいやすいのではないか?という下心もあったことをここに白状しておきます。

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2019年度の黒田賞を受賞して

国立環境研究所 生物多様性領域
吉川 徹朗

 2019年度に黒田賞という栄誉ある賞をいただきました。大変光栄で嬉しく思っています。受賞から1年半以上経ってしまいましたが、これまでお世話になった関係者の皆様に深く御礼申し上げます。

 寄稿の依頼をいただいたので、これまでの私の研究の経緯についてご紹介したいと思います。私が研究してきたのは、鳥類と植物との関係、特にその相利関係と敵対関係の複雑な絡み合いです。鳥たちが樹木の果実を食べたり花蜜を吸ったりする姿は身近な場所でよく見かけますが、彼らは種子や花粉を運ぶという、植物繁殖になくてはならない働きを担っています。このように植物と助け合いの関係にある「味方」の鳥がいる一方で、植物の種子や花を破壊する鳥もいます。こうした植物の「敵」になる鳥たちは、植物の繁殖にどのような影響を与えているのか?彼らも含めて考えると鳥と植物の関係はどうなるのか?こういったテーマに取り組んできました。

 なぜそうした研究をすることになったのか?研究室に入った時のテーマの選び方は人によってさまざまです。(1)自分のやりたいことを確固として持っている人、(2)自力で計画を練り上げる人、(3)指導教官から与えられた課題を選ぶ人、(4)ノープランの人。私の場合は、鳥と植物の関係を研究する意思は堅いが具体的な計画はゼロという、(1)と(4)の混じったタイプでした。具体的なテーマに行き着いたのは研究室に入って随分経ってからで、大学植物園でイカルが大量の種子を破壊する現場に遭遇し、植物の敵としての鳥類に着目して研究することにしたのです。ただ、ほぼ誰もやっていないテーマを選んでしまったため、その後の研究ではさまざまな紆余曲折を経験することになります。数年の野外調査を経て、イカルが植物の繁殖を制限するという新しい発見を論文にできた(Yoshikawa et al. 2012 Plant Biology)ものの、研究の歩みはとても遅いものでした。

 そうしたなか私がなんとか研究を発展させることができたのは、先人の残した文献記録や市民ボランティアの方が積み重ねた観察記録と出会ったのがとても大きかったです。とりわけ、当初行なっていた野外調査が行き詰まって研究の方向性に迷っていた時に、日本野鳥の会神奈川支部の方々が収集されてきた観察記録と出会えたことは決定的でした。この膨大なデータから鳥類と植物の繋がりのネットワークについての新しい発見をする幸運に恵まれました(Yoshikawa and Isagi 2012 Oikos; Yoshikawa and Isagi 2014 Journal of Animal Ecologyなど)。データを分析するなかで鳥と植物の繋がりが見えたときの興奮はよく覚えています。こうしたアマチュアの方による観察記録は、生態学や鳥類学にとって大きな財産であることは間違いありません。

 こうして振り返ってみると、私の研究は有形・無形のさまざまな研究インフラに支えられてきたという感を強くします。こうした研究インフラ、研究を支えて育む「土壌」というものは数多くあります。文献や資料や標本を蓄積する図書館や博物館、市民の方の観察記録のアーカイブ、あるいは自由にアイデアを議論できる研究室や学会という場。そうしたさまざまな「土壌」の中で、観察を続けたり考えを巡らせたり人と話したりするうちに、(たとえ小さなものであれ)新しい発見や発想があり、それらが研究を進める原動力になる。研究に必要なのは、さまざまな豊かな「土壌」と、そこで生じるちょっとした偶然ではないかと思っています。実際の研究プロセスはさまざまな停滞や失敗や妥協を含み、それほど綺麗にまとめられるわけではありませんが、そうした流れが研究の理想的なモデルだと考えています。

 現在進めているヤマガラと猛毒植物との相利関係の研究も、そのような「土壌」から生まれたものといえるかもしれません。ここでの「土壌」は、研究上の発見やアイデアを自由に話せる場のことを指します。この研究の最初の発端は、猛毒のシキミ種子を食べるヤマガラを大学植物園で偶然見かけたことでした。それから数年後、半ば忘れかけていたこの発見を立教大学の上田恵介先生の研究室で話したところ、多くの人に面白がってもらったのが、この研究を始めた経緯です。その後2年間の共同研究で分かったのは、ヤマガラだけがシキミの木から種子を運んでおり、またネズミ類も稀に地上に落ちた種子を運んでいるという予想外の事実でした(Yoshikawa et al. 2018 Ecological Research)。なぜヤマガラやネズミ類は猛毒に耐えられるのか?これらの動植物間の相利関係はどのように進化してきたのか?小さな発見から生まれたそうした疑問に導かれながら、また新しい知見を積み重ねて、研究を大きく育てていけたらと願っています。

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シキミ果実から種子を取り出すヤマガラ
(Yoshikawa et al. (2018) Ecol Resより. 上田恵介撮影)
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種子を取りにきたヒメネズミ

また今後は微力ながらも、研究を育む「土壌」作りに貢献することができたらと思っています。私が研究の素材として使うことができた文献や標本、観察記録、またそのほかの多くの資料やデータも、数知れない方が膨大な労力を投じて収集・管理されてきたものです。こうしたものの価値は近年ないがしろにされがちですが、その凄さを感じさせる仕事を私はやっていきたい。そうした蓄積されたデータや資料の価値を引き出す成果を出して、「土壌」に何かを還元することができたらと思っています。

 最後になりますが、なんとか私が研究をやってこられたのは、出身研究室の先生方やラボメンバーの支えがあり、学位取得後も研究仲間に恵まれたことにあります。皆さんに心からの御礼と感謝を申し上げたいと思います。

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2020年度の黒田賞を受賞して

明治大学 研究・知財戦略機構
山本誉士 http://ytaka.strikingly.com

 この度、2020年度の黒田賞を受賞することができ、大変名誉に思っております。残念ながら今年度の受賞講演は延期となりましたが、鳥学通信の場をお借りして、関係者の皆さまへの御礼と受賞の感想を述べさせていただきたいと思います。

 まずは私の研究内容の概要について。私はこれまで動物装着型データロガー(バイオロギング)を用い、主に海鳥類を対象として、彼らの繁殖期の採餌や非繁殖期の渡りといった、海上での移動と行動を明らかにしてきました(e.g. Yamamoto et al. 2010 Auk, 2014 Behaviour)。そして、衛星リモートセンシングデータ解析などを組み合わせることで、海鳥類がどのような海洋環境を選択的に利用しているのか、また環境変動と関連して空間分布がどのように動態するのかといったメカニズムの理解に努めてきました(e.g. Yamamoto et al. 2015 Mar Biol, 2016 Biogeosci)。近年では、鳥類の環境利用の特徴を統計モデル化することで、環境情報から時空間分布動態の推定にも取り組んでおります(e.g. Yamamoto et al. 2015 Ecol Appl)。さらに、海鳥類の空間分布データの一部を用い、生物多様性保全に関わる保全海域の選定に還元してきました。

 一方、海鳥類は陸上で集団営巣するため、繁殖地での行動観察やモニタリングなどによって、様々な生態が明らかにされてきました。しかし、海上における行動観察の困難さから、これまで断片的なデータをもとに解釈されたり、理論が提唱されたりしてきました。この点において、データロガーを用いて海上での行動も捉えることで、よりシームレスに繁殖生態の特徴や個体数変動の要因などの解明に努めております(e.g. Yamamoto et al. 2017 Ornithol Sci, 2019 Curr Biol)。

 さて、このような機会ですので、私のこれまでの苦悩(?)についても、少し回顧させていただきたいと思います。そもそも、私がなぜ鳥類を研究対象に選んだのかというと、それは「たまたま」でした。元々は、なんとなくペンギンの研究をしてみたいなと思っておりましたが、いきなり海外で野生のペンギンを研究対象とすることは難しく、大学院時代の指導教官の勧めによってオオミズナギドリの研究に取り組みました。そのため、このようなことを申すのは少し気が引けますが、私は鳥についてすごく興味があるかと言えばそうでもありません。私が識別できる鳥の名前は海鳥類を含めても数少ないです。それ故、鳥に詳しい人々が集まる日本鳥学会は、学生の時分にはハードルの高い場所であり、少し引け目(劣等感?)を感じていました。また、「とりあえずロガーを付けてみる」という私のスタンスが、研究の基本である仮説検証型ではなかったことも理由の一つかもしれません。しかし、フィールド調査を通して自然の中に身を置くことで、現象を理解する面白さや、研究対象としての鳥類の魅力を感じてきました。また、データを解析することで、これまで予想していなかった行動を明らかにできるデータ駆動型スタイルも、ロガーを用いた研究の醍醐味の一つであると今は強く感じております(e.g. Yamamoto et al. 2008 Anim Behav)。ジェネラリストかスペシャリストか?仮説検証型かデータ駆動型か?鳥類に限らず、哺乳類も含めて、様々な動物種を対象に研究する私のようなスタイルはジェネラリストであり、一方で移動という側面から動物の環境適応の理解に取り組むスペシャリストでもあります。また、現在でもデータを解析することで特徴を見出すデータ駆動型の研究を推進しつつ、その過程においてフィールドで発見した疑問などを基に仮説検証型の研究にも取り組んでおります(Yamamoto et al. 2016 J Biogeogr)。研究ベクトルには様々ありますが、分野を越えて多様な手法を取り入れつつ、特にこだわらないというこだわりが私の研究スタイルであると、いまは自信を持っていえます。

 もしかすると、鳥学会に参加している学生さんの中にも、かつての私のように、鳥に詳しくないことで引け目を感じている人がいるかもしれません。また、自分に研究ができるか不安に思っている人もいるかもしれません。でも、きっと大丈夫です。学生の時の私は決して優秀であるとは言えず、劣等感の塊でした。今回、そんな私が黒田賞を授与されるに至ったことが、若い世代の人々の励みの一つになれれば嬉しく思っております。鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ(コピーライトマークK先生)。でも、今後も「楽しみながら」鳥類の研究に取り組むとともに、日本鳥学会のさらなる発展に貢献できるよう努めて参りたいと思っております。最後に、あまりに多すぎるためここでは述べることができませんが、未熟な私をこれまで根気強くご指導いただきました先生方や先輩方、またフィールド調査でお力添えをいただいた全ての方に、心より感謝と御礼を申し上げます。

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アルゼンチンでのペンギン調査の様子
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2020年度中村司奨励賞を受賞して

西田有佑(大阪市立大学)

 皆様こんにちは、大阪市立大学の西田有佑です。このたび、「モズのはやにえ」に関する私の研究成果に対し、2020年度の中村司奨励賞を頂けることになりました。栄誉ある賞で大変嬉しく思っております。今年はコロナ流行の影響で鳥学会の年次大会が中止となり、受賞した研究内容を発信する場が残念ながらなくなってしまいました。そこで、鳥学会の運営委員の方々にお願いしまして、鳥学通信の場をお借りして、この記事を掲載させていただきました。委員の皆様ありがとうございました。

 私が研究しているモズは、昆虫などを好む食肉性の小鳥です。ときおり捕まえた獲物を枝先などの鋭利な場所に突き刺し、そのまま放置することがあります。この串刺しの獲物を「モズのはやにえ」といいます。モズがなぜはやにえを作るのか、これまでたくさんの仮説が提案されています。大きな獲物を食べやすい肉片に引き裂くための行動、なわばりの領有権を主張するマーキング行動、なわばりの餌の豊富さや餌採りの上手さを誇示する行動などです。そのなかでも最も有力視されてきたのが「冬場の保存食」仮説です。モズは餌の少ない冬に備えて、はやにえをせっせと貯えているという主張です。いろいろ文献を調べてみると、おもしろいことが分かりました。簡単に調べられそうな仮説なのに、ほとんど検証されていないのです。誰でも思いつきそうな仮説なので、鳥類学者の興味をそそらなかったのでしょう。しかし、これは「はやにえ研究」の先駆者になれるチャンスです。というわけで、私は冬場の保存食仮説の検証に乗り出しました。

 はやにえが冬場の保存食ならば、気温が低く、餌不足に苦しむ時期にモズたちははやにえを一気に回収するはずです。その結果がこちら(図1)。モズの雄のはやにえの生産時期と消費時期を表したグラフです。生産のピークは10~12月で、モズは毎月約40個のはやにえを貯えるようです。比較的暖かく、餌の豊富な秋にはやにえを貯える傾向があると言えそうです。次に消費時期です。はやにえの消費量は気温が低くなるにつれてどんどん増えていき、消費のピークは1月だと判明しました。この時期は1年で最も寒い時期、平均3℃程度。どうやら予想通り、モズは餌の少ない冬に向けて、はやにえを貯えていると言えそうです。これにて一件落着!…でしょうか?

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図1 モズのはやにえの生産量と消費量の季節変化と気温の関係。横軸の数値ははやにえ調査を行った月を、白の棒グラフは月々のはやにえ生産数(平均値±SD)を、赤の棒グラフははやにえ消費数を、青の折れ線は最低気温の平均値を表す。

 図1のグラフをみて、少し不思議に思うことがありました。はやにえの主な機能が冬の保存食ならば、1月と同じくらい気温の低い2月にももっと多くのはやにえが消費されてもよいはずです。しかし、はやにえの消費量は1月がもっとも多く、2月ではわずか。これは、はやにえには「冬の保存食以外」の機能も備わっている可能性を示唆しています。はやにえの消費がピークとなる1月は、モズの繁殖シーズンの開始直前であることを踏まえると、はやにえの新機能は繁殖となにか関係があるかもしれません?

 モズの雄は繁殖期になると、メスへ求愛するために活発に歌い始めます。私の過去の研究では、早口で歌う雄ほどメスにモテること、栄養状態の良いオスほど早口で歌えることが分かっていました。もしかすると、モズのオスは歌の魅力を高めるための栄養補給として、はやにえを食べているのでは?と大胆な仮説をたててみました。仮説を検証するため、まずは繁殖開始前のはやにえの消費量と繁殖期の歌の魅力度(=早口さの程度)の関係を調べました。結果がこちら(図2)。なんと!はやにえをたくさん食べていた雄ほど、早口で魅力的に歌うことが分かったのです!この結果は本当に正しいのでしょうか?念のため、実験もしました。
雄のなわばり内のはやにえをすべて取り除いた「除去群」(すまない!モズたちよ!)、はやにえの個数を操作しなかった「対照群」、大量の餌を与えた「給餌群」を用意。もしはやにえが歌声に影響を与えるならば、3つの実験条件で歌声の魅力(=早口さの程度)が異なるはずです。すると予想通り、対照群に比べて、給餌群のオスは早口で歌えるようになり、メスをすぐにゲットできたのに対して、除去群のオスはのろのろと歌い、繁殖期中ずっと独身のままでした。つまり、モズのはやにえは「歌声の魅力を高めるための栄養食」としての役割を果たしていたのです。

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図2 繁殖開始直前のはやにえ消費量と、モズの繁殖雄の歌唱速度の関係。歌唱速度の値が大きいほど、早口で雄は歌い、雌にとって魅力的な歌声であることを表す。

 モズのように餌を貯えるふるまいは、専門的には「貯食行動」といいます。貯えた餌は餌資源の不足を補うための食糧であるという解釈がこれまでの主流でした。モズのはやにえにも「冬場の保存食」の役割がありましたが、さらに「歌声の魅力を高める栄養食」の機能もあわせもつことを突き止められました。つまり、モズのはやにえは生きるためにも、恋を成就させるためにも重要な食料だったのです。

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日本鳥学会2019年度大会自由集会報告:小笠原で一番ヤバイ鳥:オガサワラカワラヒワを絶滅の淵から救う

南波興之1*・川上和人2・小田谷嘉弥3
1日本森林技術協会
2森林総合研究所
3我孫子市鳥の博物館
*t-namba@jafta.or.jp

はじめに
 カワラヒワChloris sinicaの亜種オガサワラカワラヒワC. sinica kittlitziは,小笠原諸島の固有亜種である.本亜種は,近年個体数が急激に減少しており,何らかの保全対策を打たないと絶滅する恐れがあるが,その対策はまだ十分に行われていない.さらにこの状況が一般に認知されているとは言い難い.そこで,オガサワラカワラヒワの持つ価値や個体群の現状,対策の必要性を日本鳥学会員と共有することを目的として,自由集会を開催した.以下,当日の発表内容を概説する.

話題1:オガサワラカワラヒワの絶望と希望

川上和人(森林総合研究所)

 川上は小笠原の鳥類の概要とオガサワラカワラヒワの分類,生態,個体数と減少の要因について説明した.オガサワラカワラヒワは,現在は母島列島の属島と火山列島の南硫黄島でのみ繁殖しており,各列島内での島間移動がある.個体数は,母島列島で100-300羽の間と推定されている.本亜種は主な食物資源として草本と木本の種子の両方を利用している.形態としては,大陸や本州に生息している他の亜種と比べて,体サイズが小さいわりに嘴が大きい傾向がある.遺伝的に本州の亜種カワラヒワと大きく離れていることを概説し,後続の発表者へと話を繋いだ.

話題2:オガサワラカワラヒワの系統的位置と分類学的再検討

齋藤武馬(山階鳥類研究所)

 齋藤は大陸と周辺島嶼,日本に生息するカワラヒワの8亜種について複数の遺伝マーカーを用いて分子系統解析を行った.その結果,オガサワラカワラヒワのグループとそれ以外の亜種のグループに分かれ,この2つのグループが分岐したのは,約106万年前に遡ることも分かった.この分岐年代はカワラヒワの近縁種である,キバラカワラヒワC. spinoidesとズグロカワラヒワC. ambigua間の分岐年代と比べて,約1.8倍も古いことも明らかとなった.
 さらに,上記の亜種間の形態学的差異についても調べ,亜種オオカワラヒワC. s. kawarahibaが最も体サイズが大きい一方で,オガサワラカワラヒワは他のどの亜種と比べても一番小さな体に一番長い嘴を持つことが分かった.これらの結果から,オガサワラカワラヒワは亜種ではなく独立種とすべきと結論された.なお,この内容は後述の通り2020年5月に論文として公表された.

話題3:オガサワラカワラヒワ個体群の現状と存続可能性分析

南波興之(日本森林技術協会)

 南波は林野庁が行なっている小笠原固有森林生態系保全・修復等事業と小笠原諸島希少鳥類保護管理対策調査の概要について説明した.その事業で林野庁が収集していたオガサワラカワラヒワのモニタリングデータをとりまとめたところ,過去20年で年変動はあるものの,本亜種の観察個体数は減少を続けており,近年5年間では,母島で観察される事例がかなり限られている現状を説明した.また,一連のモニタリング調査で推測された野生下の寿命やクラッチサイズ等の生態的な情報を用いて存続可能性分析を行った.その結果,現状の個体数では,いつ絶滅してもおかしくない状況であることが明らかになった.そして個体群減少の要因を分析すると,外来ネズミ類による本亜種の卵や雛の捕食が強く影響している可能性を示唆し,母島属島の外来ネズミ類の対策の必要性を示した.

話題4:オガサワラカワラヒワとクマネズミ,ドブネズミ,トクサバモクマオウの4者関係

川口大朗(横浜国立大学)

 川口は所用で東京の会場に来ることができなかったため,Skypeによって父島から発表した.現地調査および操作実験により,外来ネズミ類によるオガサワラカワラヒワの樹上の巣における捕食可能性が,クマネズミRattus rattusが優占する母島とドブネズミR. norvegicusが優占する母島属島の向島では異なることを示唆した.この違いは,クマネズミは木登りが得意で,ドブネズミは木登りがあまり得意でないという外来ネズミの生態的特徴を反映していると考えられた.すなわち,木登りが得意なクマネズミが生息する母島では,オガサワラカワラヒワの巣のから卵や雛が捕食され,繁殖がほとんど成功せず,一方で向島では,ドブネズミが登ることのできない通直な樹形をしている外来樹のトクサバモクマオウCasuarina equisetifolia(以下モクマオウ)で繁殖成功している可能性を操作実験で示し,近年の観察ではモクマオウでのみで繁殖が確認されていることを報告した.ただし,モクマオウは小笠原諸島において侵略的外来種であり,生態系保全上の障害となっている.オガサワラカワラヒワが外来のネズミによって絶滅の危機に晒されながら,一方で外来のモクマオウに個体群の維持を依存しているといった,島嶼生態系の微妙な生態系バランスについて解説した.

 質疑では,個体群の減少に本当にネズミが関わっているのか,ほかの原因はないのか,また,母島属島でネズミを駆除した場合のリスク等について質問があった.川口と共同研究者の川上がそれらの質問に対して,現状明らかになっている知見から外来ネズミ類が大きい減少要因であることがほぼ間違いないことを回答し,外来ネズミ対策の必要性を訴えた.一方で,母島属島のドブネズミを駆除することでニッチの空きが生じ,新たにクマネズミが母島属島に侵入する可能性を解説し,モニタリングの必要性を論じた.さらにネズミ駆除以外の本亜種の保護の方法について質問があり,今後,域内・域外保全を進めるためには環境省による希少野生動植物種の保護増殖委員会の立ち上げも必要であることが議論された.

 最後に自由集会参加者には,オガサワラカワラヒワの保全活動普及を目的として川口が作成したステッカーが配布された.ステッカーのデザインは,切り絵をベースにオガサワラカワラヒワの特徴である嘴を大きめにした.さらに黄色い丸は,繁殖地の島の数(向島,姉島,妹島,姪島,平島,南硫黄島)を示しており,今後保全活動が進み,丸の数(繁殖する島数)が増えることを願いデザインされている.ステッカーは,100枚用意して94枚が配布されたため,途中で会場を中座した参加者を含めると100名以上参加していただいた計算になった.

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 総合討論の時間を設けていたが,川口の発表に端を発する活発な議論により,終了時間となり閉会した.

大会終了後の現在
 齋藤は,発表した研究成果をまとめ,「Cryptic Speciation of the Oriental Greenfinch Chloris sinica on Oceanic Islands」という表題で論文を発表した.その論文中で分類を再検討し,オガサワラカワラヒワは他の亜種と比べて進化的に独自の特徴を持つことから,カワラヒワと別種の独立種オガサワラカワラヒワ (英名Ogasawara Greenfinch,学名Chloris kittlitzi)とすることを提唱した.論文は,オープンアクセスとなっているため,誰でもインターネットから閲覧することができる(https://doi.org/10.2108/zs190111).なお,論文を掲載したZoological Science誌は,この論文の掲載号の表紙にオガサワラカワラヒワの写真を採用した(https://bioone.org/journals/zoological-science/volume-37/issue-3).

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Zoological Science Vol.37 NO.3号に掲載されたオガサワラカワラヒワの写真.小笠原諸島向島で向哲嗣 氏撮影.

 さらに齋藤と川上は,「日本固有の鳥が1種増える!? ―海洋島で独自に進化を遂げた希少種オガサワラカワラヒワ―」という表題で,それぞれ山階鳥研と森林総研から共同プレスリリースを行った.
http://www.yamashina.or.jp/hp/p_release/images/20200527_prelease.pdf
https://www.ffpri.affrc.go.jp/press/2020/20200527/index.html

 小笠原諸島に関わる研究者間ではこの鳥が絶滅するかもしれないという危機感が共有されていた.今回の自由集会や論文等によって全国の鳥類研究者,そして社会一般にこの問題が共有されることを願ってやまない.

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