日本鳥学会2021年度大会:標本集会へのお誘いと2018年度大会第2回標本集会報告
今週末から開催される日本鳥学会2021年度大会の自由集会で、第4回となる標本集会を企画しております。今回は、実際に博物館で標本の管理にあたっている方々から、各館の標本収蔵庫の紹介と、標本管理の悩みをお聞きする予定です。第4回へのお誘いとこれまでの復習を兼ねて、過去の集会報告を掲載いたします。第1回「標本史研究っておもしろい ―日本の鳥学を支えた人達」はこちらをご覧ください。
皆様、ぜひお越しください↓
2021年度大会自由集会:9月17日(金)18:00〜20:00
W3:第4回「収蔵庫ってどういうところ?−標本収蔵施設の現状と問題点」
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日本鳥学会2018年度大会自由集会報告
第2回 標本を作って残すってどういうこと?―実物証拠としての標本
筑波大学で開催された2017年度大会で,「標本」をテーマに自由集会が開かれたことをご存知でしょうか?主催者は山階鳥類研究所の小林さやかさんと北海道大学植物園博物館の加藤 克さん.お二人のほかに国立科学博物館の川田伸一郎さん,山階鳥類研究所の平岡 考さんが,標本の由来や収集の歴史を,標本ラベルや文献資料を手がかりに解明していく面白さについて,ご自身たちの経験を交えながら熱く語ってくださいました.
しかし,2 時間という限られた時間では足りるはずもなく,その後の懇親会でさらに熱く語り合ったことは言うまでもありません.そのときに,小林さんと「標本をテーマに来年度以降も自由集会を開催できればいいですね」,「いいですね.やりましょう!」と“約束”したことにより実現したのが,今大会の自由集会「標本を作って残すってどういうこと? ―実物証拠として標本」です.
私自身は県立の自然史博物館で鳥類担当学芸員として,標本の収集や管理,調査研究,展示や講座等の普及活動を行っています.標本収集といっても標本を購入するのではなく,検体を動物園や鳥獣保護施設等から入手し,検体の状態・博物館の収蔵状況や使用目的に合わせ,自分たちで加工して標本にします.このような日常業務をもとに自由集会のテーマを「標本を作って残すこと」としました.1回目の自由集会は標本史にまつわる演題でしたが,2 回目は「標本とはどのように作り保管するのか?」という原点に戻ろうと考えたのです.小林さんに2 回目の自由集会開催の旨を伝え,演者探しを始めました.
真っ先に思い浮かんだのが,山階鳥類研究所で標本収集や作製,管理をされている岩見恭子さんです.鳥類を専門とする研究機関である山階鳥類研究所には,はく製や骨格,巣,卵,液浸標本など約7万点の標本が収蔵されています.学術的に貴重な標本も多く,すでに絶滅した鳥や希少な鳥の標本,種の記載の基準となったタイプ標本も含まれています.このような施設で研究員として積極的に標本を収集,作製されている現状をお話しいただきたいとお願いしたところ,ご快諾いただけました.
次に浮かんだのが,標本士の相川 稔さんです.私の働く神奈川県立生命の星・地球博物館(地球博と略す)の鳥獣分野では標本作製のお手伝いをボランティアにお願いしています.その指導者であり,学芸員のよき相談相手でもある相川さんは,高校卒業後,ドイツの専門学校で標本作製の技術をまなび,ドイツの博物館で標本士として働いていた方です.「標本作製の技術を日本にも」と帰国され,博物館で標本を作ることにこだわりを持ち活動を続けてきました.相川さんにはヨーロッパでの標本作製の現状をお話いただきたいとお願いし,こちらもご快諾いただけました.
研究者,標本士とそろい,あとは博物館施設の職員や個人として取り組み事例を紹介していただける方を考えました.幸いなことに開催地である新潟県には,地球博に縁のある人材がそろっています.新潟県愛鳥センターにお勤めの高澤綾子さんと佐渡島在住の岡久佳奈さんです.高澤さんは地球博に8ヶ月ほど非常勤職員として勤務し,その間,鳥類標本の作製・管理を担当していただきました.新潟県に転居後は愛鳥センターに勤め,展示施設や講座などで使う本はく製や翼標本などを作製している方です.岡久さんは鳥獣の標本作製に興味をもち,地球博のボランティアとして活動しました.佐渡島に転居後は,地元で拾得される鳥獣検体を標本として残すべく個人で活動されている方です.おふたりとも二つ返事で引き受けてくださいました.
さて,準備が整ったものの要旨を出す段になり急に不安になりました.参加者が集まるだろうか?自由集会は夕方に設定されることが多く時間が限られることから,複数のテーマが同時に開催されます.例年開催されているガンカモ類やカワウなどはリピーターが多く,また人気の集会と重なると参加者が少なくなります.そこで相川さんに願いし“実演”を行うことにしました.
実は,前大会でも標本作製の実演を主とした自由集会が企画されていましたが,主催者都合により中止となりました.中止を惜しむ声が各所から聞かれていたことを思い出し,実演を入れることにしました.学会会場では数名から参加表明があり,「実演はいつやるの?」と聞く方もいて標本作製への関心の高さが伺えました.
当日です.はじめに,私が集会の趣旨説明を行いました.今回標本として扱うのは,個人宅などにある装飾を目的として作られたはく製ではなく,研究機関や博物館施設,個人などが研究や普及のために収集,保管している標本であること,標本にはいろいろな種類があること,自然史標本の重要性などを紹介し,岩見さんにバトンタッチしました.岩見さんは「学術標本を収集する意義 ―山階鳥類研究所での取り組み」と題し,研究所の概要や普段の標本作製の様子,収蔵状況を紹介し,学術標本がもつ重要性と保管し続ける意義についてお話いただきました.標本のリメイクや標本作製に関するデータベース,人材育成の取り組みについての紹介もあり,非常に興味深い内容でした.データベースは細かく項目が設定されており,採集データはもちろんのこと,検体の状態や製作段階,作製された標本種,配架場所などが一目で分かるようになっています.参加者は人材育成のための標本作製講習に注目していました.専門的な知識に基づいた講習は確かに魅力的です.
次いで相川さんからは「博物館標本の長期保存と幅広い活用を目指して」と題し,ドイツの博物館での標本士としての仕事紹介の後,標本士が行った下処理時の薬剤の違いによる虫害の影響についての発表がありました.かなり大胆な実験で,まったく薬剤を使用しないものから,現在主流で使用されている毒性の弱い薬剤を使ったもの,使用禁止になっている毒性の強い薬剤を使ったものなど,薬剤の種類や組み合わせを代えて作った標本を複数用意し,1 年間屋外に置いて虫による食害を調べたという内容です.その結果を元に,標本を残すための使用薬剤の重要性についてお話いただきました.
高澤さんからは「「使うこと」を前提に作る標本」と題し,愛鳥センターでの取り組みを紹介いただきました.新発田市にある愛鳥センターは傷病鳥獣の保護・治療施設で,広くはありませんが展示室があり,探鳥会などの普及活動も行っています.高澤さんはそこで活用することを前提とした標本を作っており,本はく製だけではなく脚だけの標本や翼標本など,触ることが出来る標本が多いのが特徴的でした.翼標本は展示だけではなく,探鳥会の説明資料や学校への貸し出し教材としても活用されており,人気の高さが伺えました.愛鳥センターには標本を収蔵できる設備はなく,また標本作製の人材も非常勤職員である高澤さんだけで,継続性に不安があるとのことでした.
岡久さんからは「動物を調べ 標本を作る 人材の育成計画 in 佐渡島」と題し,佐渡島でのご自身の取り組みについてお話いただきました.佐渡島にはサドモグラやサドカケスといった固有種・固有亜種が生息し,再導入事業により放鳥されたトキが身近な環境で見られるなど,多様な自然環境がみられます.しかし,島内には自然史を主とした博物館やビジターセンターなどの研究・情報発信施設がなく,島民が島の生物に慣れ親しむ機会はほとんどないようです.岡久さんは,佐渡をフィールドに研究をしている専門家を講師に迎え講演会や講座を開催し,簡単な生態調査を行ったり動物標本を作製したりすることにより,島内の身近な生き物の面白さや希少性に気付くきっかけ作りをしています.悩みは冷凍庫のスペースを大きく占める哺乳類の処理を優先するので,鳥類にはなかなか手をつけられないとのことでした.研究者を巻き込みながら標本作製の人材を育てていくという取り組みはユニークで,佐渡島の動物の記録を残すという点でも重要です.継続して事業をすすめて欲しいと感じました.
最後に地球博の哺乳類担当学芸員の広谷浩子から神奈川県で計画している標本作製にかかる博物館施設の連携について紹介がありました.全講演を通して,標本を後世に残す重要性が確認される一方,人材や設備についての問題が浮き彫りになりました.
いよいよ相川さんによる標本作製の実演です.短時間で出来るよう,あらかじめ胴部をぬいて下処理をしたアカショウビンを教材としました.取り除いた胴部には木材を糸状に削った木毛(もくもう)をまるめて胴体に代わるものを作り,針金を使って仮はく製へと仕上げていきました.今回は残念ながら途中で時間切れとなり,羽を整える仕上げまではできませんでしたが,30分ほどの実演は参加者の注目を浴び,多くの方が動画を撮影していました.
参加者は岩見さんのお話が始まる段階で52人,最後の実演が始まるときには60人を越えており,鳥学に関わる人たちの標本作製に対する関心の高さが伺えました.実演終了後,数名の方から地球博で鳥獣標本の作製に携わりたい,という希望も寄せられました.採集データ等の情報を持った標本は実物証拠として重要であり,後世に残していくべき“自然財”ともいえるものです.鳥学関係者の中には,標本を研究材料として活用される方も多いはずです.このような活用のためには,専門知識に基づいた標本作製ができる人材と適切な環境での保管が重要だと再認識をした自由集会でした.
最後になりましたが,今回の自由集会に協力いただいた演者のみなさま,時間ぎりぎりまで会場を使わせてくださった2018年度大会事務局のみなさま,参加してくださったみなさまにお礼申し上げます.本自由集会はJSPS科研費JP17K01219 の研究の一環として開催しました.