驚きの佐渡トキ復活 2018年鳥学会エキスカーション報告

 須川恒(龍谷大深草学舎・京都市在住)

21年前に佐渡を訪問
 私は山階芳麿・中西悟堂(監修)(1983)「トキ 黄昏に消えた飛翔の詩」教育社.という写真集を持っている。その本の帯には「もう見ることはできない ケージの中で飼育される3羽-彼らがふたたび大空を翔(かけ)る日はくるだろうか」とある。野外のトキをネットで捕獲する写真などが多数掲載されているが、どちらかというと、もうまもなく見られなくなるトキは、かつてこのように日本の空を飛んでいたと記念する写真集というニュアンスを感じた。
 21年前の1997年9月23-24日に新潟大であった日本鳥学会大会後のエキスカーションで佐渡を訪問した。9月22日のシンポジウムは猛禽類保護に関するものだった。この時は新潟大学の佐渡北部海岸にある新潟大学の演習林の施設に泊めていただいた(施設の前に海岸があった)。今回エキスカーションに参加した人の中で21年前に参加した人は北海道の玉田克巳さんと滋賀の天野一葉さんだけだった。
 この時はケージの中で飼われている最後のトキの「キン」(ゆっくりと歩いていた)を近辻宏帰さんに紹介していただいた(近辻さんはトキの飼育・増殖にずっとかかわっておられたがトキの初放鳥があった2008年の翌年2009年に66歳で亡くなられた)。また広く佐渡をまわり、かつてこういった地域にトキが住んでいたと紹介を受けた記憶がある。
 この時点で、後につながる中国との交流などははじまっていたが、雰囲気としては写真集で感じていたのとほとんど変わらない未来のみえないトキだった。当時、いつかキンも亡くなるが、その際に未来に向けキンの細胞をどう保存するかが話題となっていた。
 1997年の佐渡のエキスカーションの際に、一緒に行った成末雅恵さん・加藤七枝さん(当時日本野鳥の会)と全国的にも見えてきたカワウ問題を扱う自由集会を来年からやらないかと相談し、1998年から現在まで毎年開催されている会のきっかけとなったことが私にとっての一番の思い出だった。
 新潟にはガン類や湿地保全、鳥類標識調査の会合に参加する機会が多くよく訪問していたが、佐渡のトキプロジェクトのその後の進展については伝え聞くだけで、あれから一度も訪問していなかったので、今回のエキスカーションに参加して佐渡の現場を見るのが楽しみだった。

佐渡訪問の予習となった再導入シンポジウム
 2018年9月17日午前中は日本鳥学会新潟大会の公開シンポジウム『トキ放鳥から10年:再導入による希少鳥類の保全』が朱鷺メッセであった。
 私の前の席には、野鳥画家の谷口高司さん夫妻や羽箒研究者の下坂玉起さんら早稲田大学生物同好会につながる人々が座っていて、並んで座っている近辻宏帰さん夫人の道子さんを紹介いただいた。
 環境省佐渡自然保護官事務所の岡久雄二さんが「トキの野生復帰の取り組み」の講演で、野外個体群の絶滅、人工繁殖成功の過程、2008年の初放鳥(今年は10年目)、2012年から野生化でも成功し、延べ308羽を放鳥して、現在佐渡で野生下のトキが305羽となっていること、トキのための採食地として多様な水田農業の取り組み、地域社会の維持・活性化まで視野にいれた「佐渡モデル」について語った。
 新潟大学の永田尚志さんは「トキの再導入はどこまで達成したのか」の講演で、繁殖個体群が順調に増加している中味について語り、今後の見通しと課題について問題提起があった。いずれも、トキの最新情報についての予習となった。会場からの質問で、私がした質問は「今後佐渡から日本国内に分布を拡げていく勢いだが、海外へ分布を拡げていく可能性についてどう考えるか」であった。永田さんが「すぐにはないだろうが、国内分布が九州へと進むとその可能性は高くなる。」だった。
 トキ復活プロジェクト中国・日本における進展に加えて、韓国やロシアでも計画がある。特に放鳥が近いと聞く韓国における放鳥が始まると日本への渡来や日本の個体群との交流の可能性が高まり、トキのかつての分布域が復活するきざしもできると思った。
 私は日本鳥類標識協会のホームページ委員をしていて、ホームページの中にカラーマーキング調査をしている調査者からの情報を掲載しているポータルサイトをつくって各種のカラーマーキング情報を掲載して、必要な種には英語版も掲載していただいている。トキもそろそろ英語版情報の掲載も必要ではと思っての質問であった。

トキが「普通に」飛んでいる!
 シンポジウムが終わって朱鷺メッセから渡り廊下で佐渡へ行く佐渡汽船の待合室へ向かうとエキスカーションの参加者31名が集まっていた。ジェットフォイルに乗船して50分ほどで佐渡へ渡った。帰りはフェリーで2時間半ほどかかった。岡久さんによると、波が高いと、まずジェットフォイルが出港しなくなり、佐渡には確実に行って欲しいけれど、帰りに波が高くなって本土に戻れなくなるのも困るので、帰り便はフェリーにしたとのこまかい配慮をうかがった。
 ジェットフォイルの隣の席には豊岡市立コウノトリ文化館の栗山広子さんが座っていて望遠動画ができる準備をしていた。コウノトリの採食地や採食行動に関心があるので、トキにもついても同様に採食地と採食行動をしっかり見たいとのこと。
 両津港からチャーターしたバスに乗って宿泊施設であるトキ交流会館へ行った。右側に汽水湖の賀茂湖が広がり、左側の刈跡の水田に数羽のトキが採食しているのをすんなり見ることができた。事前に「トキのみかた」というパンフレットをいただいていた。小型の乗用車はとめて室内から観察することが可能だが、大型のバスをとめると驚くそうなので、わたしにとってトキの初観察だったが、あっという間に通りすぎた。
 トキ交流会館の宿泊する部屋で、畳縁(たたみべり)がトキのデザインであるのに感心した(写真1)。

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写真1 トキの畳縁

 周辺でトキ観察。ねぐらに入る前によくとまる枯木だそうだがその日はとまらなかった。宿舎から歩いてすぐ行ける温泉(新穂潟上温泉)の利用券をいただいたので、さっそくタオルを持って出かけた。
 温泉のすぐ南側には水田が拡がっていて、温泉の窓から飛んでいるトキが見えることもあるそうだ。湯上りで気持ちよい気分で、近くの山林につぎつぎと入っていくトキのねぐら入りを見ることができた。
 18:00夕食をするお迎えのバス2台で両津港の街へでかけた。18:15割烹ふじわら着。なかなかおいしく満足できる夕食だった。あとから持ってこられるお皿もなかなか楽しく、鯛の塩窯焼きが2尾。高木昌興さんら2人が塩を割ったものを頂いた。
 宿に戻って、トキ交流会館の2階の部屋で、永田さんにトキの羽を数タイプ見せていただいた。繁殖羽の黒くなったタイプなど手触りで確認させていただいた。天然記念物であるトキの羽毛を野外で拾って持つことは可能だが、他人に譲ってはいけないとのこと。
 9月18日5:10野生トキのねぐら立ちの観察(希望者だけだがほとんどの人が参加)。どのタイミングで起きてくるか(参加者のほう)で観察内容に大きな差ができた。新潟大の中津弘さんの予測通り5:20頃に「かぁー」と鳴いた後に数羽ずつ飛びだした。中津さんの無線機には別のねぐらで観察している人からの情報が次々と入ってくる。ねぐらに入っていた総計は30羽ほどだった。
 多くは南の水田刈跡に向かってとび、ほかの場所からやってきたトキも含め舞い降りるとほとんど見えなくなってしまった。わたしたちが観察している近くの上空を何羽も飛ぶ際がフォトハンターの腕の見せ所で、撮影できたカラーリングの画像を中津さんに見せて、何番の個体なのかを確認していた。
 朝食は、トキ牛乳とサンドイッチ。永田さんや中津さんらと食べた(写真2)。
 トキ牛乳は、最初は瓶だったらしいが、トキをデザインしたパッケージとなったところよく売れるようになったとのこと(あとでもう少し大きいパッケージを買って、箱を持って帰り、切り抜いて飾ってある)。

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写真2 永田さん中津さん

 今朝までトキを見て、トキが普通に見られるようになった驚きについて永田さんや中津さんに聞く。トキの採食地である多様な生物多様性を保つ水田環境の改善への努力が広く行われており、特にこの近辺は丁寧に行われている。
 中津さんが新潟大の調査チームに入った頃(2012年頃)に、ちょうど山階鳥研からJICA専門家として西安に滞在していた米田重玄さん、中国の環境政策への関心からパンダやトキ保護区をよく訪問している龍谷大学政策学部谷垣岳人さんらとスカイプを通して中国の洋県などの様子についてやりとりをしたことがある。谷垣さんによると洋県にはトキが京都の鴨川のコサギのように群れていると話していたことが印象に残っている。
 8:10宿舎を出発した。まずトキの森公園に向かった。ここはトキと2㎝まで近づけるという不思議な宣伝をしている。反射鏡の裏から観察をするしかけがある。実際にそのしかけでとても近くでトキの採食をみることができた(写真3)。
 大きなケージの中に巣台があり親2羽と幼鳥1羽が巣台の上にとまっていた。給餌者が入ってきて、地上の餌小屋に餌を置く。その後、観察舎の前の反射鏡の前の池にどじょうを入れる。幼鳥1羽が餌小屋に降りてきて採食し、すぐに観察者の前の池にやってきた。窓は二ヶ所あって、左側の窓からは少し池は離れているが、もう一つの右の窓からは池が接していて水中も見えるしかけになっている。左側の窓から見える小さな池にトキがやってきてドジョウをとる姿をみることができるも驚きだが、しばらくすると右側の窓前に行って、それこそかぶりつき(2㎝よりは離れていたが…)で採食するトキを観察することができた。

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写真3 かぶりつきトキ

 その後資料館に行った。途中の道にはキンの黄金のレリーフ像の石碑があり資料館の中にはキンの剝製や骨格標本があった。佐渡は2011年6月の世界農業遺産(GIAHS)に「トキと共生する佐渡の里山」として認定された。里山から佐渡中央部に広がる国中平野へ拡がる水田環境をトキの採食環境としてどのように改善していくかについての説明があった。
 資料館中には佐渡のトキ現在地マップがあって、マグネットでトキの個体の現在地を示していた。岡久さんはトキの位置を毎日チェックして全個体の位置が頭に入っているとのことで、マグネットを最新の位置に直していた(写真4)。

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写真4 岡久さんマグネット

 資料館の廊下では近辻道子さんが佐渡トキファンクラブへの加入の呼びかけをしていた。無料のメールマガジンがいただけるとのことなので申し込み、トキの風船などをいただいた。佐渡トキファンクラブは、トキ交流会館に事務所のある佐渡生きもの語り研究所が企画していて、トキの生息環境形成支援につながるさまざまな活動をしている。
 10:00野生復帰センターに向かった。ここでは10月の10周年放鳥式に向けて準備が行われているとのこと。そばにある環境省関東地方環境事務所佐渡自然保護官事務所で若松徹首席保護官によるトキを国として保護する経過、どの時期にどういったことを重点として保護施策をすすめてきたかの講演を聞いた。 
 環境省が国としてトキに取り組む選択をしたことが大きい(種の保存法の希少野生動植物としての対象種としてである)。国の保全戦略計画の対象種となったとしても、手掛かりが少ない状況からの出発だった。
 朝から早かったのできちんとした話は眠気をさそうものではあったが、国の保全戦略計画の対象種となっても、手掛かりが少ない状況からの出発だったことをあらためて理解した。放鳥まではトキの過去の分布から里山の谷津田のような環境を想定した保全計画だったが、2008年の放鳥以降は、トキが佐渡の平野の水田地帯を広く採食地として利用するために、水田をどう生物多様性豊かなものに変えていくか、またそのための農家を支援するシステム、さらに幅広くトキと共生できる社会へと模索していく計画が展開していることが判った。最後に、「いつまで続けるのか」といった各方面からのいろいろな発言を示したスライドも示して、今後の方向については、国民から幅広い理解を得ることが大切と訴えられた。
 そのためでもあるが、多くの来訪者にトキに影響をあたえずにトキの野生の姿をみてもらえる施設にむけての計画も聞いた。棚田のような場所を採食地として利用しているトキの群れを影響を受けない斜面の上から観察できる施設とのこと。
 最後の訪問地である国見荘は、この計画されている施設のイメージを知ることができる場でもあった。国見荘はかつて旅館だったが、現在は許可を得た観察グループのみ利用させてもらえる。広間から斜面下の池のほとりにいるトキの群れを見ることができて、みな満足であった(写真5)。もっと近くの棚田でも採食中の群れをみることができる時期もあるとのこと。
 国見荘は放浪の天才画家山下清の母親山下ふじさんの生家でもあってその関係の展示もあり、説明をしていた本多栄さんから、観察している広間は、明治時代にはじまった人形浄瑠璃の舞台でもあるということを聞き、幕を拡げて本多さんが操っている人形や、牛若丸の場面となる五条の橋の背景の風景を見せていただき、海外公演をした際の話もうかがった。

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写真5 国見荘からのトキ

 わたしたちが見せてもらった範囲は広い佐渡のほんの一区域だったが、佐渡のトキプロジェクトに関し鳥学的に最高のスタッフで短期間に現状を見せていただけた。一方で、トキの採食環境としての水田に関する取り組みや、それともつながる佐渡のさまざまな文化といった部分については改めて訪問しないと判らないと感じた。

再導入活動とは何か?
 私は豊岡のコウノトリについては本格的に再導入がはじまる前から定期的に訪問する機会もあって関心を持っていた。また千島列島へのシジュウカラガンの再導入プロジェクトは、京都の鴨川で越冬するユリカモメがらみで知ったカムチャツカの鳥学者ニコライ・ゲラシモフ氏がカムチャツカで増殖施設をつくって進めたため、深いかかわりができていた。鳥ではないが、現在鴨川では、大阪湾から淀川経由で遡上する海産アユが四条や三条を越えて下賀茂神社あたりでも釣ることができるようにする市民活動が、漁協や研究者、行政との連携で進んでいる。
 これらの諸活動は、再導入の規模、国のかかわりという点ではさまざまだが、共通するものがあるように思う。
 それは、豊岡で数年おきに開催されている「コウノトリ未来・国際会議」の2001年の会(コウノトリの初放鳥は2005年)における基調講演や海外ゲストの発言から得たイメージである。
 なぜトキやコウノトリ、シジュウカラガンは極東の地域からいなくなっていたのか、なぜ海から遡上していたアユは京都の街中まで登って来なくなっていたのか。
 地球環境や生物多様性は無視して、切り分けられた狭い分野の効率を最大化する技術の発展(農業生産、河川管理など)が原因であった。再導入をはかるということは、そのような20世紀型の文明のありかたをどうするかにかかわってくる。
 再導入をはじめるということは、小さな雪だるまを雪の斜面にころがしはじめるようなことである。雪だるまは、斜面を転がる間にどんどんと大きくなっていく。
 雪だるまが大きくなるのはトキやコウノトリ、シジュウカラガン、海産アユの生き物としての勢いのためであり、その分布の拡大や活動を通して幅広くさまざまな分野の人々のかかわりがはじまるためでもある。トキにかかわる活動もこれから10年、20年とどのように展開をしていくのか注目したい。

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日本鳥学会ポスター賞を受賞して

2018年10月2日
北海道大学理学院 青木 大輔

 この度2018年度大会でポスター賞を頂くことができ、大変うれしく思います。
 私の学会ポスター発表デビューは3年前、ポスター賞が設立された年でした。ポスター賞受賞者の方々を見て、自分もいつか賞を頂けるような研究ができれば、と夢見てきました。そんなポスター賞を受賞できたことを光栄に思います。私の研究はいつも周りの人から「難しい」と言われるので、今回、少しは面白く分かりやすく伝えることができたのかなと思っています。ポスター賞に恥じない様、今後も研究に精進できればと思います。
 本研究は共同研究者の方々無しにはできませんでした。ありがとうございました。また、ポスター賞に選考してくださった委員の皆様、お礼申し上げます。
 ポスター賞の記念品としてmont-bellマウンテンパーカーをいただきました、ありがとうございます。授賞式では青を着ましたが、実際にいただいたのは私の調査のお供であるハスラーと同色のオレンジにしました。来年の調査も捗りそうです。

ポスターの概略
 鳥類はみな集団で生きています。個体は繁殖し、元気な雛を巣立たせることで、集団が維持されます。しかし、海洋島など本来その鳥がいない土地に偶然住むことになった時はどうでしょうか?最初は個体数が少ないと考えられるので、数世代後には集団構成員が皆家族同士になってしまう可能性があります。こうした集団は病気(近交弱勢)が蔓延して絶滅するのではないか?このような集団維持の阻害要因は、理論や外来種の研究から予測されてきました。しかし、生物は自然環境の中で必然的にその土地にいるので、自然集団を用いた研究が必要です。

 私たちに身近なモズは幸運にも、過去数十年に次々と島嶼に集団を形成しました。そのうち小笠原諸島の父島では集団維持に失敗し絶滅しましたが、南大東島では現在も集団が維持されています。遺伝情報は集団構成員の情報を教えてくれるため、この2つの自然集団の遺伝的な比較から、集団維持の阻害要因を探索できると私は考えました。

 結果、絶滅した集団は遺伝構造の劇的変化(ボトルネック)を経験し非常に低い遺伝的多様性をもっていました。一方、維持できた集団は他集団からの移入個体との交雑により多様性が高く保たれていました。また、絶滅集団の個体のみに強い近交弱勢の症状が認められました。遺伝的多様性の違いが近交弱勢の程度に差を生んだことが推察されたのです。

 この結果から低い遺伝的多様性に由来する近交弱勢が、集団維持を阻害する一要因となることを鳥類の自然集団で明らかにできました。これは遺伝的多様性の低下がありながらも近交弱勢を回避するメカニズムが新規集団形成にまつわる進化生態学で重要なことも示唆します。今後はこの多様性の低下と近交弱勢の関係をより直接的に理解できるような研究に発展させたいと思っています。

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小樽市で捕獲されたモズ
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日本鳥学会ポスター賞を受賞した感想

慶應義塾大学 清水拓海

 栄誉ある日本鳥学会のポスター賞を頂きまして,誠にありがとうございます.私はこれまで主にアカハライモリの研究をしていたため,今年初めて鳥学会に参加しました.猛禽専門の友人にイモリの研究内容を応用しないかと勧められ,トラフズクのペリット解析に共同で取り掛かったのが始まりです.解析から興味深い結果を得ることができたので,ポスター発表を決めました.受賞を知った時には大変驚きましたが,同時にとても嬉しく感じたのを覚えています.私を鳥の研究の世界に引き込んでくれた友人や,ペリット採取を手伝ってくれた研究室の後輩達,そして意見をくださった先生方のお陰で,ポスター賞を受賞することができました.本当に感謝しています.
 今回参加したことで多くの方と議論することができ,今後の鳥の研究について明確な計画性を持たせることができました.記念品としていただいたmont-bellのジャケットを着て,フィールドワークに出るのが楽しみです.来年度以降も鳥学会で発表できるよう,研究をより一層頑張りたいと思います.
 最後に日本鳥学会2018の運営に携わった方々にこの場を借りて御礼申し上げます.とても有意義で楽しく,多くを学ぶことができた学会でした.

ポスターの概略
 食性は対象となる種の生態的特性を把握するために必須の情報であり,捕食-被食の相互作用の解明は生態学の基礎情報としても有用であると言えます.トラフズクなどの猛禽類は消化しきれない骨などをペリットとして吐き出すことが知られており,これまでにも多くの先行研究があるものの,餌動物の同定には技術と時間が必要でした.また損傷が激しいものや,消化作用によって目視では検出しにくい餌動物もペリットには多く含まれている可能性があります.そこで,近年急速に発展しているDNAメタバーコーディング技術を用いて,ペリットに含まれるDNAから餌動物を網羅的に検出する研究に取り組みました.サンプルには神奈川県で越冬しているトラフズクのペリットを使用しました.
 その結果,実際に捕食していると考えられる餌動物(哺乳綱2種:ハツカネズミ,アブラコウモリ,鳥綱5種:カワセミ,ツグミ,スズメ,ホオジロ,ヒヨドリ)を種レベルで同定することができました.骨や羽から餌動物を同定する技術がなくても,DNAメタバーコーディング技術によって,ペリットから小型哺乳綱,小型鳥綱を網羅的に検出し,種の特定も可能であることが判明しました.
 今後はコンタミネーションなどの課題解決に取り組みます.また,季節や周辺環境によってどのように食性が変化するのかについても,解明していきたいと考えています.

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解析に用いたペリットを吐き出してくれたトラフズク
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第3回日本鳥学会ポスター賞 清水さんと青木さんが受賞しました

日本鳥学会企画委員会
佐藤望

 若手の独創的な研究を推奨する目的で設立された日本鳥学会ポスター賞。今年は清水拓海さん(生態・行動分野)と青木大輔さん(保全・形態・遺伝・生理・その他分野)が受賞しました。おめでとうございます。
 ポスター賞は今回が3回目となりますが、毎年40名ほどの応募があり、今年も40名(生態・行動が23名、その他が17名)の方がチャレンジしてくれました。今年も完成度の高いポスターが多く、審査員で議論に議論を重ねて賞を決定しました。また、今年からは次点や2次審査に通過した方も総会で公表する形を取りました。あと一歩だった方や今回、2次審査に通らなかった方も、是非、来年も挑戦してください。ポスター賞は30歳を超えるまで何度でも応募できます。
 最後になりますが、ポスター賞の審査をご快諾して頂いた6名の方、記念品をご提供頂いた株式会社モンベル、大会実行委員にこの場をお借りして御礼申し上げます。

2018年日本鳥学会ポスター賞
《生態・行動》分野

トラフズクのペリットに対するメタバーコーディング技術の応用
 清水拓海(慶應義塾大学)・夏川遼生(横浜国立大)・湯浅拓輝(慶應義塾大学)・一ノ瀬友博(慶應義塾大学)・黒田裕樹(慶應義塾大学)

《保全・形態・遺伝・生理・その他》分野
絶滅した自然集団のDNAから生物が新しい集団形成を可能にする条件を探る
 青木大輔(北大院・理)・松井晋(東海大・生物)・永田純子(森林総研)・千田万里子(山階鳥研)・野間野史明(総研大・先導科学)・髙木昌興(北大院・理)

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左から,清水さん,尾崎学会長,青木さん

次点
《生態・行動》分野
巣内カメラを用いた内陸ミサゴの餌内容解析 ―外来魚利用の実態―
 榊原貴之(岩手大・院)・野口将之(魚鷹研究チーム)・吉井千晶((株)建設技術研究所)・東淳樹(岩手大・農)

《保全・形態・遺伝・生理・その他》分野
風車への衝突リスク低減を目指したオオヒシクイの三次元的センシティビティマップの提案
 佐藤一海・向井喜果・鎌田泰斗(新潟大・院・自然科学)・森口紗千子(日獣大・獣医)・関島恒夫(新潟大・農)

一次審査通過者
《生態・行動》分野
ハリオアマツバメ(Hirundapus caudacutus)の巣内雛への給餌物
 千葉舞(酪農学園大・環境動物),米川 洋・和賀大地(エデュエンス・フィールド・プロダクション),森さやか(酪農学園大・環境動物),山口典之(長崎大・院・水環),樋口広芳(慶應大・自然科学研教セ)
モズのオスのさえずりは、父親としての給餌能力の高さを示す正直な指標である
 西田有佑(バードリサーチ)・高木昌興(北海道大)
春日山原始林における被食散布型樹種と鳥類の種子散布ネットワーク
 岡本 真帆・大矢 樹・田原 大督・伊東 明・名波 哲 (大阪市立大学・院理) 

《保全・形態・遺伝・生理・その他》分野
形態的に異なる2タイプのチュウジシギGallinago megalaの遺伝的関係
 小田谷嘉弥(我孫子市鳥の博物館)・山崎剛史・齋藤武馬(山階鳥類研究所)
リンゴ果樹園におけるアカモズの分布と栽培・管理方法との関係
 松宮裕秋(信州大)・原星一(元信州大)・堀田昌伸(長野県環境保全研)・泉山茂之(信州大)

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日本鳥学会2017年度大会自由集会報告:標本史研究っておもしろい ―日本の鳥学を支えた人達

企画:小林さやか(山階鳥類研究所),加藤 克(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター植物園・博物館)

演題1 趣旨説明
小林さやか
 日本の鳥類学に関わる方ならブラキストン線,オーストンヤマガラ,オリイコゲラといえば,ピンとくるであろう.これらはトーマス・ブラキストン,アラン・オーストン,折居彪二郎という人物たちの名から由来している.そして,今回の企画の主人公達である.彼らがどんな貢献をして,その名が付けられたのかご存じだろうか?
 日本産鳥類目録第7版から,彼らに関連する種を抜き出してみると,彼らが日本の鳥の命名に関わった偉業が垣間見える.そして,種の記載には標本が欠かせない.彼らが収集や採集した標本は山階鳥類研究所を始め,各地の博物館などに保管されている.
 近年,ブラキストン,オーストン,折居が採集や収集した標本の歴史研究の本や論文が出版された.本集会では,執筆者の方々にそれぞれの人物の標本の歴史研究について,お話いただいた.

演題2 標本が隠し持つ情報 ―ブラキストン標本を中心に―
加藤 克
 発表者は,日本国内で五指に入る鳥類標本コレクションを持つ博物館の標本管理者であるが,もともとは鎌倉時代の歴史を研究していた歴史学者である.発表者の観点からすると,生体としての鳥と異なり,鳥類標本は採集,標本化,採集者による研究,博物館における標本管理,のちの研究利用といった「歴史」を持っている歴史的存在である.そして,過去の分布や遺伝情報を求める現在の研究者にとってその「歴史」が重要な役割を担っているからこそ,標本は保存管理,活用される意義がある.
 しかしながら,その歴史を担保する標本ラベルの情報は破損・汚損や欠落などにより利用できなくなっている場合もあるし,現在必要としている情報が採集時点で重要とみなされていなかったために,その情報が記載されていない場合には,利用者にとって価値のない標本になってしまうだろう.しかし,歴史的存在である標本は,標本とそれに付属するラベルだけでなく,その標本に関わった人や博物館の歴史の中に存在してきたことから,周辺に残されている記録や情報を適切な考察・批判に基づいて利用することで,標本の情報を復元させることができる場合がある.これが「標本史」研究である.
 今回の発表では,トーマス・ブラキストン(Thomas W. Blakiston)のノートとラベル記載の管理番号を利用することで,詳細な採集情報が得られるだけでなく,ラベルが欠落した標本であっても情報を復元することが可能であることを紹介した.この復元された情報により,従来タイプ標本と認識されていた標本が記載以降に採集された標本であり,タイプ標本ではありえないと考えられること,同時に付属情報が不十分であったためにタイプ標本であると認識されていなかった標本をタイプ標本として指定しうる事例を示した.
 この他,従来北海道採集と公表されていた標本が旧樺太(サハリン)採集標本であったことが,標本史に基づく調査により示された事例を紹介するなど,標本そのものからは入手できない“正しい”情報を得るために標本史研究は有益であることを述べた.
 標本史の成果は,単に歴史学や鳥学史にとって重要なのではなく,生物学としての鳥類学においても,信頼できる情報,必要とする情報を得るために重要な役割を果たしうる研究分野であり,今後発展させてゆく必要がある.そしてそのためには標本だけでなく,研究者のノートなどの資料の保存に対する意識の向上とその保存を実現するためのアーカイブの重要性について触れた.

演題3 日本の動物を世界に広めた標本商 アラン・オーストン
川田伸一郎(国立科学博物館)
 明治から大正にかけて横浜に居住して貿易商を営んだアラン・オーストン(Alan Owston)は,多くの動物学者に日本周辺の動物標本を提供し,動物学の発展に貢献したことは有名である.特に鳥類や水産物に関してその寄与は著しいが,なぜモグラ研究者である発表者が興味を持ったかというと,その発端は,2004年10月に森林総合研究所(つくば市)のコレクションに含まれるモグラ標本を調査した時から始まる.
 森林総合研究所には「ハイナンモグラ」と同定された1点の仮剥製標本がある.この標本にはオリジナルと思える古いラベルが添付されており,採集場所・日付などの個体データが記されていた.標本は1906年11月に海南島の五指山で採集されたものである.「鳥ノ長サ」などの項目がラベルに印字されていたことも興味深く,鳥類用のラベルを転用したものだろうと思えた.この時は「面白い標本だな」と思ったに過ぎなかった.
 ところがその一か月後,標本調査のために英国へ渡航し,ロンドンの自然史博物館で標本調査を行ったことによって,このラベルへの関心が再燃した.ハイナンモグラのタイプ標本が保管されており,それに添付されているラベルが,森林総合研究所所蔵の上記ラベルと同じものだったのである.ハイナンモグラはオーストンが1906年頃送った標本をもとに,1910年に英国自然史博物館のトーマスが記載した種である.記載論文にはオーストンが現地で雇用した人物が個体を捕獲した,と書かれている.
 日英両国に保存されていたハイナンモグラのラベルについての探求は,『海南島の開発者 勝間田善作』という著作の発見により進展した.この本には,主人公の勝間田(旧姓石田)が,故郷の印野村でオーストンと出会い,地域の鳥類採集から始まって,琉球や海南島へと調査に行くよう依頼される様子が克明に描かれている.この本を足掛かりに,海南島の動物に関する多くの文献を収集し,また当時オーストンが英国の研究者と交流した書簡を調査したところ,この伝記に描かれた調査行はおよそ正確であり,勝間田がハイナンモグラの採集者であることは間違いないと思われた.ただし採集などが行われた年代は一部5 年ほどのずれが生じているようだった.
 オーストンは勝間田以外にも多くの採集人を日本で育成して,国内外で採集をさせている.しかしこれらの人物のうち,素性が判明している人物はほとんどない.中には英国で著名だった鳥類学者ライオネル・ウォルター・ロスチャイルド(Lionel Walter Rothschild)に提供され,記載が行われたような種もある.今後オーストン周辺の人物について更なる調査を継続したいと考えている.

演題4 日本の動物採集家~折居彪二郎
平岡 考(山階鳥類研究所)
 折居彪二郎は,鳥類学,哺乳類学が日本で確立してくる時期に大きな貢献をした採集人である.折居の採集人としてのキャリアについて,山階芳麿が『鳥』に書いた業績の紹介文(山階 1948)に従って3つの時代に分けられることを述べた.すなわち,横浜にいた標本商アラン・オーストンに依頼されて,採集人マルコム・アンダーソン(Malcom P. Anderson)と同行するなどして採集した時期,黒田長禮の依頼で,琉球列島で採集した時期,そして,山階芳麿の依頼で,東アジアから北西太平洋にかけて広く採集した時期である.
 発表の中心としては,「鳥獣採集家折居彪二郎採集日誌」に掲載した報告(平岡 2013)にもとづいて,折居の採集標本が山階鳥研の標本コレクションにどれだけあるかを,山階鳥研の標本データベースのラベル画像を見て数えた調査の結果を紹介した.この結果,556種8,845点の標本を特定することができた.東アジアから北西太平洋で幅広く採集していたこと,日本の主要四島での採集品がほとんどないこと,1920~30年代のものの点数が多いこと等がわかった.
 あわせて,日本の周辺諸地域から採集されていることで,日本産鳥類の理解のバックグラウンドとして重要といった,山階鳥研の折居の採集標本の特色について述べた.

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会場のようす

おわりに
 本企画はフィールドサイエンスではなく,鳥学会では異端であろう「標本史」がテーマであったため,参加者がいなかったら,と不安があったが,夕方の自由集会しかなかった初日にもかかわらず,20名を越える方々に参加していただいたことは,企画者としてとても励みになった.司会の采配が悪く,質疑の時間が少なくなってしまったが,アンケートでは「標本ラベルや手紙,筆跡から書いた人を特定して採集年を推定することは地味ですが大切で,興味がわいた」などのコメントをいただき,「標本史」の一端を感じ取っていただけたことは企画者冥利に尽きる.これに懲りず,切り口を考えて,標本史研究のおもしろさを伝えていけたらと考えている.(小林)

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日本鳥学会2017年度大会自由集会報告: 鳥類学における統計学:計算より概念 ―P 値を出す統計,モデルベースの統計―

企画:島谷健一郎(統計数理研究所)

著者:森元良太(北海道医療大学),島谷健一郎(統計数理研究所)
1.統計を使うということ
 科学研究における統計解析という作業へのイメージとして,パソコンによる計算を抱く会員は多いだろう.そして,計算を終え数値を得たら,統計解析作業を完了したと思いがちである.しかし,科学研究において肝要なのは,統計解析に基づく推論と考察である.計算完了は中途の1段階でしかない.さらに,計算の大半をパソコンのソフトが行う今日,推論の立て方こそ時間と労力をかけて習得すべき課題である.それが本集会の表題にある「計算より概念」を優先する統計学習である.
 推論には大きく演繹と帰納がある.演繹は前提が正しければ結論が必ず正しくなる推論である.数学や物理学で多用されており,論理通りに流れていくため(数式は難解でも)推論としては習得しやすい.一方,帰納は前提が正しくても正しい結論が得られるとは限らず,おのずと限界をもつ.帰納はデータと統計解析を用いる科学研究では不可欠だが,しばしば論理の飛躍や逆転,屁理屈や当て推量を招く.
 このような統計解析に基づくとデータから何がわかるだろうか.仮説やモデルを受け入れるかどうか,信頼できるかどうか,支持できるかどうか,等々,さまざまなことがわかるのだが,それぞれの問いに対し,異なる考え方に基づく統計解析が対応する.データから何が言えるかは,統計解析をどう理解し使用するかによって異なる.
 そこで,そうした統計解析の意義に関する自由集会を企画した.帰納推論の背負う宿命や限界の認識が,遠回りだが統計解析の適切な理解や使用へとつながる.本稿では,森元の講演に沿って,頻度主義,ベイズ主義,尤度主義という3つの考え方の概要を紹介する(モデルベースの統計については,島谷(2012)などを参照).
2.有意性検定を用いる頻度主義
 最も普及している統計解析のひとつに有意性検定がある.有意性検定は,帰無仮説を棄却する基準をあらかじめ決めた上で実験を行い,データから求めたp値をその基準と比較して帰無仮説を棄却するかどうか判断する方法である.有意性検定は仮説検定とよく混合されるが,二つは異なる.相違点をみる前に,両者の共通点を確認しておこう.有意性検定と仮説検定はどちらも,実験を何度も繰り返して得られた頻度データが前提となっている.それゆえ,両者の背後にある哲学的な考え方は「頻度主義」と呼ばれる.頻度主義の統計解析では,一回こっきりの実験や調査からは仮説について何も言えない.
 では,有意性検定から何が言えるだろうか.この理論は多くの誤解を受けてきたので,ここでは考案者ロナルド・フィッシャーの意図を汲みながら解説する.「一般に有意性検定は,帰無仮説から計算される仮説的な確率に基づく.検定からは,現実の世界に関する確率的な命題は何もでてこない.ただ,検定する仮説を採択することに対する抵抗の,合理的な十分よく定義された尺度が導かれるだけである」(Fisher 1956, p.44).つまり,有意性検定は仮説をどの程度棄却するかを測っている.仮説を棄却するかどうかは研究者の行動決定に下す判断であり,仮説の真偽や実在性についてではない.有意性検定で言えるのは仮説の棄却に関する判断であり,それ以外の役割を課すことは木に縁りて魚を求むというものだ.
 ここで注意点がある.「個別に得られた有意な結果でも再現方法のわからないものは,さらなる調査まで未解決のまま保留にすべきである」(Fisher 1929, p.191).一方,「実験結果を判断するための有意性検定の妥当性を保証するには,ランダム化について簡単な配慮を行えば十分である」(Fisher 1935, p.24).ランダム化は標本内のどの個体にどの処置を割付けるかをランダムに決めることである.フィッシャーは一回の実験や調査で得られたデータを有意性検定にかけてもせいぜいその実験や調査の安定性しか測れないことを自覚しており,ランダム化を行わなければ「有意性検定は一切無効になる」(Fisher 1925, p. 250)と明確に述べている.昨今,p値を用いた有意性検定への批判が再熱しているが,批判の前に,自身の研究がきちんと実験計画されているかどうかを確認するべきだろう.
3.仮説検定を用いる頻度主義
 有意性検定とよく混同されるのが仮説検定である.仮説検定は,イェジ・ネイマンとエゴン・ピアソンがフィッシャー流の有意性検定を変形した理論である.先述したように,この背後にある哲学的な考え方も頻度主義である.仮説検定では,まず帰無仮説と対立仮説を立てる(ちなみに,有意性検定では対立仮説を立てない).そのため,いわゆる2種類の誤りが生じうる.仮説検定では次に2種類の誤りに優先順位をつけるのだが,その際にネイマンらは金銭面や倫理面を考慮する.例えば,効果がないにもかかわらず新薬の開発を進めると,金銭面や倫理面における損失は大きい.ネイマンらのこうした判断は経済や倫理の問題であり,論理や客観性の問題でも,仮説を信じるかどうかの問題でもない.ネイマンの言葉を借りれば,「2種類の誤りの重要性が同じでないことはごく一般的に生じる.多くの場合,誤りの相対的な重要性は主観的なものである.(中略)この主観的要素は統計学の外にある」(Neyman 1950, p.263).そして,仮説検定により「仮説Hを採択することは,行為Bよりも行為Aをとるよう意思決定することだけを意味する.これは仮説Hが真だと必ず信じるという意味ではない」(ibid., p.259).ネイマンらにとって仮説検定は意思決定の理論であり,仮説を採択するかどうかの行為を決めるものである.
 フィッシャーは,ネイマンとピアソンによる仮説検定を忌み嫌っていた.フィッシャーは科学の方法論としての検定理論を構築するため,論理的側面にこだわり,統計解析に非科学的要素を極力入れないようにした.倫理や経済など論外である.有意性検定だけでは予備実験のようなもので,実験計画法に組み込んでより科学的なものにする.それに対しネイマンとピアソンは,倫理・経済的な側面を重視した意思決定の手段としての検定理論を構築しようとしたのである.
4.ベイズ主義
 ベイズ主義は,確率や証拠,合理性などに関する問題に,ベイズの定理を用いた解釈を与える立場である.頻度主義とは異なり,1回の実験データからでも何かを言うことができる.ベイズ主義は,事前確率をデータが得られる前に仮説が正しいと信じる度合い,事後確率をデータが得られた後に仮説が正しいと信じる度合いと解釈する.そしてベイズの定理は,データが得られたときに仮説が正しいと信じる度合いを合理的に更新するルールとして解釈される.
 ベイズ主義では,データが得られたとき,仮説についての確率が上がれば(事後確率が事前確率より大きくなれば),仮説が「確証された」という.逆に,事後確率が事前確率より小さくなれば,仮説は反確証されたという.注意すべきは,確証や反確証は検証や反証と異なることである.検証はデータにより仮説の正しさを示すことで,反証はデータにより仮説の誤りを示すことである.ベイズ主義では,仮説の真偽には踏み込まず,あくまで仮説の信頼性を問題にする.
 ベイズ主義には古くから多くの批判が浴びせられてきた.事前確率の付与に関する難点が代表的である.事前確率を客観的に決められることもあるが,例えば,「ある鳥類の個体数減少の主要な要因は人為攪乱である」,「渡り鳥の渡来日が変化したのは地球温暖化のためである」といった仮説を信頼する度合いなど,客観的に決められそうにない.科学に主観性が入り込むことに懐疑的な研究者には,ベイズ主義の確証の理論は受け入れにくいかもしれない.
5.尤度主義
 仮説の尤度とは,その仮説の下で与えられたデータが得られる確率という数値のことである.尤度が高ければそのデータを生じやすいのだが,仮説を高く評価できるわけではない.一つの仮説の尤度からは何も主張できない.尤度は複数の仮説の相対評価にのみ用いる.尤度主義では,データが仮説1より仮説2を支持するのは,そのデータの下での仮説1の尤度が仮説2の尤度より大きいときであり,かつそのときに限られる.この尤度原理によると,尤度のより高い仮説は「データにより支持された」と解釈される.尤度主義から言えることは,ベイズ主義のような一つの仮説の信頼性ではなく,データによりどの仮説が支持されるかである.
 尤度主義は,ベイズ主義とは異なり事前確率を用いないので,主観性が紛れ込まなくてすむ.ただ,答えられるのは常に複数の仮説の間の相対評価でしかない.検討する仮説がどれも真理からほど遠いなら,それらを相対比較しても何も得られないという不安がつきまとう.
6.結語
 以上のように,統計解析の種類により答えられる問いは異なる.どの統計解析を用いれば,何がわかるのかを意識しながら使用しなければ,せっかく苦労して収集したデータも無意味になってしまう.
 ここまで読まれた方は,次のような疑問を抱いていないだろうか.
  • ランダム化を施していない野外の鳥類の観察データに有意性検定は使えない?
  • 仮説検定は意思決定のためで対立仮説の支持ではない?
  • 赤池情報量規準(AIC)などで行う仮説(モデル)の比較はどこに入る?
  • ベイズ主義に従ってモデルの信頼確率を求めている研究事例を本学会で見ないのはどうして?
 科学哲学はこうした疑問に答えようとしている.統計数値を得た後の推論を立てられないでいる会員や数学に苦手意識の強い会員は,一度,数式や計算でなく,科学哲学の視点から見た統計解析の考え方を学習してみてはどうだろう.教員はそんな教育機会を提供することを考えてはどうだろう.
引用文献
  • Fisher R (1925) Statistical Methods for Research Workers. Oliver & Boyd, London.
  • Fisher R (1929) The Statistical Method in Psychical Research. Proceedings of the Society for Psychical Research 39: 189–192.
  • Fisher R (1935) The Design of Experiments. Oliver & Boyd, London.
  • Fisher R (1956) Statistical Methods and Scientific Inference. Oliver & Boyd, London.
  • Neyman J (1950) First Course in Probability and Statistics. Henry Hold & Company, New York.
  • 島谷健一郎 (2012) フィールドデータによる統計モデリングとAIC.近代科学社,東京.
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日本鳥学会2017年度大会自由集会報告: ロボットやネットワークカメラ,ドローンを活用した湿地生態系の監視・管理システムの構築

企画:嶋田哲郎(公財)宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団

 日本には50ものラムサール条約湿地があります.それらの湿地や全国に点在する湖沼は,ガンカモ類などの渡り鳥をはじめ,貴重な生物の生息場として機能しており,生物多様性の重要なスポットとなっています.また,水資源,防災,観光資源,環境教育などの生態系サービスを提供している貴重な自然資源でもあります.一方で,干拓や護岸工事,水質汚濁,外来生物の移入に見られる人間活動の影響によって,多くの湿地は消滅するか,消滅を免れても劣化が進行しており,生物多様性や生態系サービスの機能が失われつつあります.湿地の保全,再生のためには,絶えず変化する生態系をより広い視野で精密に監視し,その結果を順応的管理に迅速に反映させる必要があります.しかし,生態系の監視には,時間と労力という面で莫大なコストがかかることから,十分な情報が得られずに保全や再生の推進に支障をきたすことが多いのが現状です.
 近年,ロボットおよび情報通信技術の進歩は目覚ましく,それらの生態系監視技術への活用が注目を集めています.しかし,機器やアプリケーションの扱いが煩雑な上,かつ高価であることから実用化が遅れています.そのような障害をなくし,現場管理者や調査者と最新技術をシームレスに繋ぐためには,現地調査や機器開発,情報処理の専門家の連携によって監視・管理技術の開発を推進することが重要です.
 この研究では,1)低コスト化・効率化を実現するための生態系監視・管理技術の開発,2)安全で簡便な監視や管理を実現するためのガイドライン・マニュアル作成を行っています.これらによって,全国の湿地でのモニタリングへの展開が容易になり,保全・再生活動の促進に寄与できるものと考えています.現在,1)ロボットボートを用いた生態系モニタリングおよびマネジメント(東京大学),2)ドローンを用いた空中からの生物相モニタリング(酪農学園大学),3)センサネットワークによる地上・水面からの生物相モニタリング(北海道大学),4)モニタリング技術の適正運用に向けたマニュアル・ガイドライン作成(伊豆沼財団)の4つのテーマを設定して技術開発をすすめています.この自由集会では,現在の到達点を紹介し,フィールドで活躍する参加者と情報共有し,技術開発に向けた議論を行うことを目的に開催しました.

1 湖沼の植生管理用ロボットボートの開発
遊佐 健(東大院・農)

 ロボットボートは全長2.45m,全幅1.8mで,船首に取り付けた作業幅1.2mのバリカン型水草カッターにより水草を刈払いしながら船体中央左右に取り付けたパドルを駆動することで水面を航走します(図1).駆動系がすべて電動で通常稼働時における油漏れ等の環境汚染の懸念がありません.また,ラジコン用無線機による手動操縦とドローン用組み込みコントローラpixhawkによる自動操縦が可能です.
 自動操縦によって岸から400mの距離にある水面上の30×100mの試験区画において6月の生長初期および8月の最繁茂期のハスの刈払い作業に成功した結果,マガンのねぐらに必要な開放水面を確実かつ効率的に確保する手段の一つが示されました.質疑ではハス以外の植物種に対応できるようにするとよい,またロボットの規模感は適切なのか,という指摘がありました.植物種に関してはヒシ,スイレンの作業事例の報告のほか,ロボットの規模感については,ロボット自体の特性と合わせ,実作業やビジネスの要素の考慮が不足していたことが分かりました.

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図1.ハス刈りロボットボート.自動操縦によってパドルの回転で推進しながら,前方のカッターでハスを刈りとる.

2 ドローンを用いた水鳥のモニタリング手法の検討
松田亜希子(酪農学園大・環境共生)

 GPSによる自律飛行可能なドローンにカメラを搭載し,自動的かつ高精度に個体数の計測や識別を行えるセンサシステムを開発するため,北海道宮島沼を渡りの経由地とするマガンを対象に,水面でねぐらを取る個体を撮影し,数の検知と鳥種ごとの識別を目標としました.まず飛行撮影に利用できそうなカメラを比較し,熱赤外センサは水鳥と水面との温度差の検知が難しいため,空間分解能の優れた高感度カメラや可視カメラを重点的に利用することを検討しました.高感度カメラを安定的に飛ばせるようにMikrokopter社製の8枚翼ドローンを改良し,対象種ごとに必要な解像度を割り出した上で実用可能な撮影高度(100–150m)を定めました.ねぐらを取っているマガンの撮影には低い照度での撮影設定を探る必要があり,ISO感度を高く保った状態(1600 以上)で露出時間を長く取ったスローシャッター撮影(1/30 以下)が有効ということが判明しました.ドローン撮影で得た画像の解析は機械学習によるカスケード分類器の構築や,RパッケージのEBImageを用いたフィルタリング・2値化手法など,幅広く試験中です.また,これらの情報をもとに,ドローンシステムの生物相への影響や適正な運用方法の取りまとめを現在行っており,早期の保全活動への運用に向けて努力しています.

3 全天空監視システムの開発と画像解析を用いたマガン飛来数の推定
山田浩之(北大院・農学研究院)

 このシステムは,湖水面上などに設置した全天空カメラでねぐら入りするマガンのタイムラプス撮影を行い,撮影された画像を無線通信で約2km離れた基地局に送信した後,画像解析を用いてマガン個体数を自動的にカウントするもので,様々な解像度のカメラと全周魚眼レンズを試用した結果,マガンの検出には10Mpx以上の解像度が適していることがわかりました(図2).10Mpx以上の解像度で,数km間の大容量データの無線通信を可能とする市販のネットワークカメラがないため,解像度12Mpxの全周魚眼レンズ搭載カメラ,長距離通信向けのWiFi中継器,遠隔操作のための特定小電力無線機器を組み込み,レンズカバー洗浄用ワイパーも搭載した監視システムを構築しました.これにより,基地局のパソコンから撮影開始時刻やタイムラプス撮影間隔等を設定することで,撮影後の画像を自動で基地局にて受信することが可能となりました.画像解析による個体数カウントには,画像処理ライブラリを導入したMicrosoft R Open(Microsoft)を用い,マスク処理,二値化,ラベリング等の処理を採用した自動カウントスクリプトを作成しました.宮島沼での試験運用を行い,画像解析による自動カウントの精度を評価し,その結果,従来法で得られた個体数と概ね一致することがわかりました.今後は,宮城県伊豆沼・内沼での本格運用のための耐久性試験の実施と,画像解析法の改良を行う予定であるとの説明がありました.

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図2.マガンカメラ.ねぐら入りするマガンのタイムラプス撮影を行い,撮影された画像を無線通信で基地局に送信した後,画像解析を用いてマガン個体数を自動的にカウントする.

4 ドローンの接近に対するガンカモ類の反応
嶋田哲郎(伊豆沼財団)

モニタリング技術の適正運用に向けたマニュアル・ガイドライン作成では,システム作りに寄与するため,モニタリング対象となる生物種の環境情報収集などを行いました.すなわち,初期段階の試験運用でシステム運用に関する情報の収集を行ったほか,マガンやトンボ類,ハスの目視などによるモニタリングを行い,ドローンによる監視が水鳥などの野生生物に及ぼす影響を評価しました.これらについて,伊豆沼財団の嶋田が報告しました.水平に接近するドローンに対して,カモ類は50m以下の高度で,ハクチョウ類は60m以下の高度で遠ざかるまたは飛び去るといった逃避行動が認められました.ガン類は群れの位置によって反応が異なり,陸上では高い空域の150mでも飛び去ることがありましたが,水面にいる群れの場合には50mよりも高い高度であれば飛び去ることはありませんでした.垂直接近試験では,カモ類は水面では40m以下の高度で逃避行動が認められました.ハクチョウ類は,陸上では64m以下の高度で,水面では74m以下の高度で逃避行動が認められました.ガン類は,陸上では90m以下の高度で,水面では40 m 以下の高度で逃避行動が認められました.機体離陸地の遠近に対する反応については,カモ類は群れから151–593mの距離から,ハクチョウ類は群れから114–521mの距離から機体を離陸させましたが,機体の上昇中に群れが飛び去った事例は一度もありませんでした.それに対してガン類はしばしば反応し,全44例中22例(50%)で機体の上昇中に群れが飛び去りました.ただし,離陸地が群れから離れているほど,機体が上昇しても群れがその場に留まる傾向がありました.この結果から,カモ類やハクチョウ類は,離陸地は群れから150m以上の距離をとれば問題なく離陸可能と考えられ,ガン類は300m以上の距離をとることが望ましいと考えられました.

まとめ
 今回の自由集会では,40名の参加者に集まっていただき,こうした最新技術の,鳥類モニタリングや湿地保全への適用可能性などについて活発な議論が交わされました.社会的に人材不足が深刻化している中,これまでの生態系の監視,管理システムの維持が将来的に難しくなる懸念があります.最新技術による省力化,コストダウン化を図ることで,こうした問題に対応していかなければなりません.

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日本鳥学会2017年度大会自由集会報告:全国で増える都市のムクドリ塒問題を考える

企画:越川重治1・川内 博1・和田 岳2
1 都市鳥研究会,2 大阪市立自然史博物館

 ムクドリは,古くから水田や畑の害虫を食べてくれる鳥として大切にされてきたが,昨今は都市の駅前の街路樹や電線等に集団で塒をとり,その鳴き声の騒音,糞や羽毛などの衛生面などで社会問題化しつつある.住民からの苦情を受けた多くの自治体はいろいろな追い出しの対策を実施し,自分のところからいなくなれば,問題は解決したと考えている.しかし,ムクドリは塒場所を変えて,近くの自治体の駅前に新たな塒を作って移動し,都市塒は全国に拡大してしまった.この問題は,自治体の垣根を超えてより広域的に考えていかなければいけない問題となった.ムクドリの生態や行動を科学的に調べコントロールしていくことが大切だが,多くの自治体の対症療法的な対応は逆に塒場所を増やし,人工物塒への移動等により対応を難しくしている.その中でも特定の自治体は,専門家の話を聞きムクドリ問題に苦悩しながら,解決策を模索している.今回は全国に拡大し,より深刻化しているムクドリ塒の実態と,行政側から問題点をあげてもらい,鳥の専門家の皆さんとその問題点をまとめ,討論により,新たな方向性を見つけ出したいと考えこの自由集会を企画した.

話題提供1 市川市でのムクドリ対策
田中榮一(千葉県市川市環境部自然環境課主幹)

 市川市におけるムクドリの飛来状況は,大きな波として2回ある.最初にムクドリが東京地下鉄東西線の行徳駅周辺に集団飛来したのは2004年である.駅前の街路樹や周辺の電線に,最大で5,000羽近いムクドリが飛来し,夜間を過ごすようになった.これにより駅前周辺では,鳴き声による騒音被害や大量の糞が落下するなど衛生面の問題が発生し,近隣住民や駅利用者から市に相談や苦情などが多く寄せられた.このため市では塒となっている樹木の強剪定,防鳥ネット掛け,職員によるサーチライトの照射や忌避音による追い払い,定期的な道路清掃などを行って対策を講じてきた.また東京電力にも協力を求め,電柱や電線へ「止まり防止の忌避装置」の設置を依頼し,共同で対策を進めたところ,2008年にはムクドリが分散し,塒が解消されたことで一定の成果が得られた.2回目の飛来は,2013年8月頃からで,再び1,000羽近いムクドリが行徳駅前のクスノキに集団塒をとるようになったため,クスノキの強剪定を実施したところ,ムクドリは忌避装置の付いていない電線に移動し,2017年も塒を形成している.
 このような状況により次の課題が見えてきた.ムクドリに対する強い追い払いは,他の人工物へ移動させるだけで,根本的な解決にはなっていない.対策を進める上で,関係課との連携が取れていないため対策が場当たり的になってしまっている.ムクドリの生態を踏まえた対策となっていないことも解決できない課題として捉えている.これらの課題を踏まえ次の3点について検討する必要があると考える.
 1)市川市のムクドリに対する「基本的な考え」を整理し,対策に反映させることが必要である.追い払っても他の場所へ移動するだけで,根本的な解決にはなっておらず,再飛来の恐れがあることから,都市部において,ムクドリと「どのように付き合うのか」を考えなければならない.このため,都市鳥専門家の意見を聞き,共存方法についての棲み分けをどのように進めるのか,具体的に示す必要があると考える.
 2)関係課との連携と段階的な応援体制を整える必要がある.これは対策場所により対応する部署が異なるため,市民からの苦情対応として安易に実施し,塒を分散させている可能性がある.関係課と足並みを揃え,効率的に進めるためにも連携体制は必要であると考える.
 3)現在の塒の追い出し方法と,塒としての居場所への誘導方法を検討し,状況改善の検討を進めることである.ムクドリの生態からどのような追い出し方が有効であるか,また,塒としての受け入れ方法をどのようにすれば良いのかを研究し,ムクドリの誘導を図ることで,適切な場所での人とムクドリとの共存が図れるものと考える.

話題提供2 大阪府周辺のムクドリの集団塒の状況
和田岳(大阪市立自然史博物館)

 2014年9月~2015年2月に,大阪鳥類研究グループによって,大阪府内のムクドリの集団塒の調査が行われた.調査には34名が参加し,ムクドリの集団塒が27カ所で確認された.
 一番規模が大きかった集団塒は,高槻市役所や堺市役所前で10月に確認され,1万羽を超えていた.大部分の集団塒は,樹木に形成されていたが,阪南市には電線に形成された集団塒が確認され,貝塚市では高速道路の高架に集団塒が形成されていた.それぞれの集団塒は,1–2回しか調査しなかったので,正確な季節変化は明らかにできなかった.しかし,10月から11月前半には駅前などのにぎやかな地域に形成された大規模な集団塒が多かったのに対して,11月半ば以降は駅から離れた場所に小規模な集団塒が報告される傾向があった.集団塒が形成された樹も,季節とともに街路樹から竹林にシフトしていた.1990~1991年度に日本野鳥の会大阪支部が実施した大阪府内のムクドリの集団塒調査の結果を見ると,集団塒の数や規模に違いはあまり見あたらないが,駅前の街路樹に形成された大きな集団塒が報告されていないことが特筆される.
 2015年9月13日–2017年9月12日の期間について,Twitterにおける駅前のムクドリの集団塒についてのツイートを調査した.「ムクドリ 塒 駅」「ムクドリ 大群 駅」「ムクドリ 集団 駅」「鳥 大群 駅」「鳥 集団 駅」で検索した結果,具体的な駅前のムクドリの集団塒の観察例と判断できるツイートが267件抽出できた.ツイートされた月をみると,10月がピークで,ついで9月,11月のツイートが多かった.これは駅前にムクドリの集団塒が形成される季節を,おおよそ示していると考えられる.ツイートの中身は,6.7%が肯定的,63.7%が中立的,29.6%が否定的だった.少なからぬ人々が,ムクドリの集団を「怖い・気持ち悪い」と感じていた.
 都市のムクドリの集団塒の問題を考える時,人々がムクドリの集団を「怖い・気持ち悪い」と感じることについての配慮が欠かせないと考えられる.

話題提供3 ムクドリの都市塒の増加と塒の成立要因
越川重治(都市鳥研究会)

 全国の都市塒を把握するため,各自治体へのアンケート調査,インターネット調査,文献調査などにより,確認された都市塒は2017年までに全国で350カ所以上みつかった.1980年代後半より増加しはじめ2000年以降は,新たな塒が急増した.都道府県別都市塒の数は,北海道,東北,四国,九州地方は比較的に少なく,関東,中部,近畿地方に都市塒が多かった.特に多いのは埼玉県,千葉県,東京都,大阪府,神奈川県,愛知県,福岡県,茨城県,長野県である.塒が作られた都市環境は,駅前(53.1%)や繁華街・官庁街(26.0%)が多く,両者で約8割になる.都市塒で使われた樹種は,ケヤキが多く,人工物では電線が多かった.自治体はムクドリを追い出すために樹木の強剪定,ネット掛け,ディストレスコール等の忌避音,忌避剤,爆竹,超音波・特殊波動,鷹匠(ハリスホーク)などにより追い出しを行うが,塒は郊外の林へは移動せず,都市環境に残り,他の自治体の駅前などに移動して小規模の都市塒が全国に拡大してしまった.
 ムクドリが駅前や繁華街に集まる要因はなんであろうか.これを解明するために千葉県,東京都,神奈川県,埼玉県の主な21カ所の塒で,2012年から2017年にかけて塒の明るさ,人通り,交通量,ビル壁の調査を行った.ビル壁とは,塒場所近くに存在する壁のように立ちはだかるビルディングのことである.その結果,明るさ,人通り,交通量ともに塒形成の決定的な要因とはいえなかったが,ビル壁は,調査した21カ所のすべてに存在した.1面だけのものから4面すべてにビル壁が存在する塒もあり,ビル壁により近い街路樹に塒をとる傾向があった.塒のある樹木や電線より高いビル壁が存在している所に都市塒は作られる場合がほとんどであった.
 ビル壁が塒形成の決定的な要因として考えられる例が2例ある.1例目は千葉県船橋市の新京成電鉄高根公団駅前である.ここでは公団住宅が取り壊され,壊されたビル壁沿いにあった塒が消失し,2017年はビル壁が残っている場所のみで塒が存在していた.2例目は千葉県市川市の東京地下鉄東西線行徳駅前である.2017年には,塒が存在するのは6 階以上のビル壁のある電線で,2階以下のビル前の電線には塒は存在していなかった.
 自治体の垣根を超えてより広域的に考えていくため2018年より広域的なムクドリ対策会議を千葉県から開催して行く予定である.

まとめ
 発表者からの「行政の立場だと共存策をとった場合,何羽くらいまで,どこの場所で,どのタイミングでなら共存できるのかを判断するのが難しい」という問いかけに対し,参加者からは「ヒト側の意識を「少しぐらいいてもええやないか」と変化させることを考えても良いと思う」,「問題になっている塒と,問題になっていない塒を比較すると何かが見えてくるのではないか」など,ムクドリの塒との共存を願う意見が多かった.
 全国に拡大しつつあるムクドリの都市塒の問題は,すぐには解決できる問題ではないが,行政の立場からの発表者を交えての討論と意見交換は,自由集会ならではのもので,ムクドリの塒問題の広域的な対策会議に繋がる,意義深いものとなった.

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2016年度大会から南富良野町への台風災害義援金に対する礼状

日本鳥学会2016年度大会事務局

 2016年度大会の際に,参加者の皆様から,南富良野町における平成28年台風10号大雨被害への義援金として,総額24,000円のご寄付をお預かりしました.昨年12月に配布が完了した旨の報告と礼状が,南富良野町から事務局宛に届きました.礼状が届いてから時間が経ってしまいましたが,ここに書面を公開し,ご寄付いただいた皆様へのご報告とさせていただきます.ご協力ありがとうございました.

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日本鳥学会ポスター賞を受賞した感想

2017年10月16日
西條未来(総研大)

ポスター賞を受賞できてとても嬉しく思います。
私はまだまだ鳥に関して知らないことが多いので、今回の学会ではたくさんのアドバイスをいただけて、とても勉強になりました。来年の発表に活かしたいと思っています。ありがとうございました。
初めての鳥学会での受賞なので、来年の発表にプレッシャーを感じますが、来年以降も面白い成果を残せるように頑張ります。
副賞として、学会Tシャツとmont-bellのマウンテンパーカーをいただきました!ありがとうございます!去年のポスター賞受賞者で研究室の先輩でもある加藤さんと、うっかり色が被ってしまいました。

ポスターの概略
チドリ目の多くは、河原や砂浜などの開けたところで、地面に巣を作ります。そのため、チドリ目の雛や卵は強い捕食圧に晒されることになります。親鳥は雛や卵を守るために、様々な対捕食者行動を進化させてきました。
チドリ目の対捕食者行動は、大きく2つに分けることができます。1つ目は、モビングなど直接捕食者を攻撃する攻撃行動です。2つ目は、擬傷行動など、捕食者の注意を引き付けるはぐらかし行動です。多くの種は攻撃行動、はぐらかし行動のどちらかの行動をとります。しかし、行動どちらの行動を行うか、その生態学的・進化的な決定要因は明らかになっていませんでした。
本研究では、チドリ目の対捕食者行動の決定要因について、文献調査と系統種間比較を用いて、以下の点を明らかにしました。

① 体サイズ
体サイズが大きい種は攻撃行動、小さい種ははぐらかし行動をとる種が多いことが分かりました。これは、体サイズが大きい種は卵、雛の防衛成功率が高いが、小さい種は防衛成功率が低く、怪我をする可能性があるためだと考えられます。はぐらかし行動は捕食者との距離が保てるので、攻撃行動に比べて安全であると考えられます。

② コロニー性
コロニー性の種は攻撃行動をとり、はぐらかし行動をとらなくなるような進化的推移があることがわかりました。これは、コロニー性の種は集団でモビングが出来るので、効率的に捕食者に攻撃ができるためだと考えられます。

③ 営巣場所
樹上・崖の上に巣を作る種は、攻撃もはぐらかしもほとんどしません。樹上や崖は利用できる空間が限られていますが、地上に比べて捕食圧は低いと考えられます。そのため、樹上や崖に営巣すること自体が一つの対捕食者行動になっていると考えられます。

本研究では、チドリ目の対捕食者行動の種間差を生み出す生態学的・進化的な決定要因について明らかにしました。今後はフィールドに出て、行動観察から新しい発見をしたいと思っています。
来年もよろしくお願いします!

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