日本鳥学会2024年度大会公開シンポジウム 「野生鳥類と高病原性鳥インフルエンザ:大規模感染に立ち向かう」を終えて

日本鳥学会2024年度大会公開シンポジウム 「野生鳥類と高病原性鳥インフルエンザ:大規模感染に立ち向かう」を終えて

森口紗千子(日本獣医生命科学大学 獣医学部 野生動物学研究室

餌付け場所に集まるオナガガモやユリカモメ

日本鳥学会2024年度大会の公開シンポジウムでは、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)をテーマとしました。日本で2003-2004年の冬、79年ぶりに発生したHPAI以降、日本鳥学会大会では、HPAIに関する口頭発表やポスター発表、自由集会、鳥の学校はあるものの、公開シンポジウムのような大きなイベントは初めてのことでした。

本シンポジウムを企画したきっかけは、北海道網走市で開催された2022年度大会の折に、本シンポジウムの講演者でもある外山雅大さん(根室市歴史と自然の資料館)から、根室市でHPAIによるカラス類の大量死が発生した際の対応について伺ったことです。HPAIによる大量死に初めて遭遇したにもかかわらず、地元の方たちで協力して監視体制を整備し、希少鳥類を守るための注意喚起まで実施した流れは、日本全国にあるカラスのねぐらを対象としたHPAIサーベイランスの見本となるだろう、と直感しました。その時一緒に話を聞いていた、本シンポジウムのコメンテーターでもある金井裕さん(日本野鳥の会)に、翌年(2023年)の金沢大会で自由集会でも企画しませんかと提案したところ、HPAIをテーマにするなら、ウイルスの専門家(獣医学者)も呼んだ方がいいからシンポジウムでないとね、と(いい意味で)一蹴されました。自由集会の講演者には、自腹で来てもらうしかありません。非会員の獣医学者をご招待するならば、交通費や謝金を支払えるシンポジウムを企画するしかない、ということです。

日本獣医学会野生動物医学会獣医疫学会などの獣医学系の学会では、毎年のようにHPAIに関するシンポジウムが開催されています。日本鳥学会でHPAIをテーマにする意義は、野生鳥類の観察や捕獲だけでなく、死体を拾い標本を作るような、野生鳥類に触れる機会の多い学会員の方々に、HPAIの問題や実際にHPAIサーベイランスに関わっている人たちの取り組みについて知ってもらうこと。そして、被害を受ける野生鳥類や、家きんや、動物園の鳥たちを少しでも減らすために、HPAI発生時の対応で大変な思いをする人を減らすために、力を貸してほしいという思いからです。幸い、その次の2024年度東京大会で大会実行委員となり、実行委員の皆さんにHPAIに関するシンポジウムの企画を受け入れてもらえたことで、実現に向けて始動することになりました。

本シンポジウムを開催することが決まり、もう一人のコーディネーターである牛根奈々さん(山口大学)に声をかけました。牛根さんは、私が所属する日本獣医生命科学大学出身の獣医学者です。彼女が博士課程の大学院生だった4年間、私が雇用されていた鳥インフルエンザと鉛汚染に関する環境研究総合推進費のプロジェクトで、野生鳥類専門の獣医師として支えてもらった仲です。大会実行委員に加わることも、二つ返事で承諾してくれました。そして、同プロジェクトでご一緒させていただいた、獣医学者の迫田義博先生(北海道大学)と山口剛士先生(鳥取大学)を講演者として招待しました。お二人は、環境省による野鳥HPAIサーベイランスで、ウイルスの病原性や亜型を確定する検査機関の責任者です。迫田先生からは、鳥インフルエンザの基礎について、ウイルスの特徴から北海道大学構内でのHPAIサーベイランス、HPAIに感染した希少鳥類の治療にいたるまで、様々な視点でやさしく解説していただきました。曝露されるウイルスが一定量に満たないと感染が成立しないため、感染防止にはウイルス量をいかに減らすかが大事であることを教えていただきました。山口先生からは、家きん農場に侵入するネコ、イタチ、スズメなど、養鶏場でHPAIを防ぐことが難しい現状について発表いただきました。HPAIウイルス(HPAIV)は、ニワトリに対して病原性が高いことで定義される、家きんの病気であることを強調されました。そして、野生鳥類の大規模なHPAI発生現場の声として、シンポジウム企画のきっかけとなった外山雅大さんに根室での取り組みを、そして以前より地域ぐるみでツル類をはじめとする野生鳥類のHPAIサーベイランスを続けている原口優子さん(出水市ツル博物館クレインパークいずみ)より、鹿児島県出水市における取組みと、出水市で発生したツル類の大量死について報告していただきました。私は、獣医学者と野生鳥類関係者をつなぐ役割として、鳥類生態学による鳥インフルエンザ研究事例について講演しました。総合討論では、鳥類学者代表として樋口広芳先生(慶應義塾大学)、野生鳥類関係者として鳥インフルエンザに精通する金井裕さん(日本野鳥の会)、家きんの鳥インフルエンザを担当されている唯野剛史さん(農林水産省)、過去に出水市でツル類の大量死が発生したシーズンに現場の環境省職員として対応にあたり、現在は本省で野生鳥類の鳥インフルエンザを担当されている木富正裕さん(環境省)もコメンテーターとして加わり、活発な議論が繰り広げられました。しかし、総合討論は当初予定していた30分では収まり切らず、1時間に及びました。それでも伝えきれなかったことがたくさんありましたので、この場を借りて残しておきます。

オオワシ

総合討論では、出水市のツル類の餌付けが大量死の引き金となったのではないか、根室でもワシ類が観光目的で餌付けされているため、禁止できないのかということが話題の中心でした。出水市におけるツル類の大量死の前年に、イスラエルで発生したHPAIによる10,000羽ともいわれるクロヅルの大量死も、ツル類が餌付けされているフラ湖で発生しました(Lublin et al. 2023)。フラ湖で越冬するクロヅルの個体数は約50,000羽なので、越冬個体群の約20%が死亡したことになります(Pekarsky et al. 2021)。餌付けは過度に群れを集中させ、HPAIなどの感染症まん延のリスクを高めます。希少鳥類が大量に集まるほどの餌付けは避けるべきですが、出水市のツル類の餌付けは、観光目的だけでなく、周辺の農地における農業被害を防ぐ役割もあると考えられており、長年中止できなかった経緯もあります。一方で産・官・民・学の連携により、毎日ツル類を監視し、迅速に死亡鳥や衰弱鳥を回収し、ねぐら水の検査を定期的に実施するなど、ツル類の生息地を維持し、カラス類やトビをはじめとする腐肉食性の鳥類等への感染拡大を防止するとともに、多くのシーズンで周辺に散在する養鶏場でのHPAI発生を抑制してきたことも事実です。大量死が発生したシーズンに出水市のツル類から検出されたHPAIVの特徴として、ツルからツルへと感染が広がりやすかった可能性も指摘されています(Okuya 2023)。そして、同時期に出水市とその周辺地域の養鶏場で続発したHPAIのウイルス株は、当時出水市のツル類で大流行していたウイルス株とは異なっていました(高病原性鳥インフルエンザ疫学調査チーム 2023)。

カモメ類

趣旨説明で紹介したとおり、近年世界中でHPAIによる野生鳥類の大量死が発生しています。被害を受けている種は、越冬期のガン類やツル類だけでなく、真夏の海鳥の集団繁殖地や海獣類にまで拡大しています。大きな被害が報告されているのは、海鳥類ではカツオドリ類、トウゾクカモメ類、ウ類、アジサシ類、ペンギン類、ペリカン類、ウミスズメ類、海獣類ではオタリアやゾウアザラシの仲間など、多様な種の数百~数万単位での大量死が発生しています(CMS FAO Co-convened Scientific Task Force on Avian Influenza and Wild Birds 2023)。大量死が発生した海鳥には、カツオドリ類、ウ類、アジサシ類、ウミスズメ類など、日本に生息する分類群も含まれています。また、大量死の報告が少ないカモメ類は、カモ類と同様にHPAIに感染してもほとんど症状を示さず、遠くまでHPAIVを運び、他の海鳥類に感染を広げていると考えられています(Hill et al. 2022)。しかし、日本における海鳥類の鳥インフルエンザウイルス全般に関する研究事例は、ユリカモメなどごくわずかです(Ushine et al. 2023)。加えて、日本に生息する海鳥類の集団繁殖地の多くは無人島です。海鳥類を調査研究する鳥類学者が気づかなければ、HPAIによる被害があったのかどうかもわかりません。国内で繁殖する海鳥類の感染状況を明らかにするためには、海鳥類の調査に携わるみなさんに、対象種を注意深く観察し、調査していただくことが大切になります。また、カモメ類をはじめとする海鳥類の抗体検査を実施し、鳥インフルエンザウイルス全般がどの程度浸潤しているのか調査することも大切です。ご理解とご検討をお願い申し上げます。

人、動物、環境の健康を一つとみなす理念に基づくOne Healthアプローチでは、人獣共通感染症や薬剤耐性菌などの問題に取り組むため、関係各所が連携し、協力して対応にあたることが必要不可欠になっています。その第一歩として、関係者が同じ場所に集まり、顔を合わせて対等な立場で話をしていくことだと私は考えています。本シンポジウムも、獣医学者、鳥類学者、鳥類生息地の管理者、農林水産省、環境省という、HPAIの問題に実際に携わるそれぞれの現場の人たちが集まり、議論する場を作るべく、開催しました。登壇いただいた講演者やコメンテーターの方々はじめ、大会実行委員など多くの方々にご協力いただき実現できたことは、それだけでも一つの成果と思っています。

会場では229名、オンラインでは262名、合計491名にご参加いただきました。そのうち、234名(47.7%)よりアンケートの回答をいただきました。アンケート回答者の122名(52%)は非会員の方々です。そして223名(96.6%)の方から、本シンポジウムが有意義だったと回答いただきました。

総合討論では会場からの質問時間が十分にとれなかったため、大会ウェブサイトに、アンケートに記入いただいた参加者の質問に講演者らが回答したQ&Aを公開いたします。本シンポジウムが、野生鳥類にまつわるHPAI問題について理解を深め、得た知識をだれかに伝えたり、サーベイランスに協力するなど、HPAI問題の解決に向けた活動を始める一助となりましたら、これほど嬉しいことはありません。

本報告を執筆するにあたり、牛根奈々さんには多くの助言をいただきました。厚くお礼申し上げます。


引用文献

  1. CMS FAO Co-convened Scientific Task Force on Avian Influenza and Wild Birds (2023) Scientific task force on avian influenza and wild birds statement on: H5N1 high pathogenicity avian influenza in wild birds - unprecedented conservation impacts and urgent needs.
  2. Hill, N. J., Bishop, M. A., Trovão, N. S., Ineson, K. M., Schaefer, A. L., Puryear, W. B., Zhou, K., Foss, A. D., Clark, D. E., MacKenzie, K. G., Gass, J. D., Jr., Borkenhagen, L. K., Hall, J. S., Runstadler, J. A. (2022) Ecological divergence of wild birds drives avian influenza spillover and global spread. PLOS Pathogens, 18: e1010062.
  3. 高病原性鳥インフルエンザ疫学調査チーム (2023) 2022 年~2023 年シーズンにおける高病原性鳥インフルエンザの発生に係る疫学調査報告書.
  4. Lublin, A., Shkoda, I., Simanov, L., Hadas, R., Berkowitz, A., Lapin, K., Farnoushi, Y., Katz, R., Nagar, S., Kharboush, C., Perry Markovich, M., King, R. (2023) The history of highly-pathogenic avian influenza in Israel (H5-subtypes): From 2006 to 2023. Israel Journal of Veterinary Medicine, 78: 13-26.
  5. Okuya K. (2023) High Pathogenicity Avian Influenza Outbreak among Vulnerable Crane Species in the Izumi Plain, Kagoshima, Japan. The 8th meeting of East Asia Wildlife Health Network.
  6. Pekarsky, S., Schiffner, I., Markin, Y., Nathan, R. (2021) Using movement ecology to evaluate the effectiveness of multiple human-wildlife conflict management practices. Biological Conservation, 262: 109306.
  7. Ushine, N., Ozawa, M., Nakayama, S. M. M., Ishizuka, M., Kato, T., Hayama, S. (2023) Evaluation of the effect of Pb pollution on avian influenza virus-specific antibody production in black-headed gulls (Chroicocephalus ridibundus). Animals, 13: 2338.
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2024年度中村司奨励賞を受賞して

飯島大智(東京都立大学大学院都市環境科学研究科)

東京都立大学の飯島大智です。2024年度中村司奨励賞をいただき誠にありがとうございました。栄誉ある賞で、大変光栄に思っております。本賞の審査選考を行っていただいた鳥学会基金運営委員のみなさま、評議員のみなさま、ならびに本記事執筆の機会を下さった広報委員のみなさまに感謝を申し上げます。本記事では、受賞論文研究について概説するとともに、受賞論文にて使用されている系統・形質解析の魅力を紹介させていただきます。

受賞論文の概要
生物群集の地理的勾配を形作るプロセスの解明は生態学の中核を担う課題であり、それらのプロセスの解明は、気候変動や人間による土地改変が生物群集に与える影響を理解し予測するために重要です。生物群集の地理的勾配を形作るプロセスを研究するうえで、標高と共に気温や植生などの環境が劇的に変化する山岳域は理想的な研究場所です。しかしながら、低山域から高山帯までを含む広い標高範囲を野外調査によって研究した例は乏しく、特に亜高山帯や高山帯に成立する生物群集構造がどのような要因によって決定されているのかを、後に述べる系統・形質アプローチから検証した例は大陸の山脈や熱帯域の島嶼で実施されたごく少数の研究に限られ、さらなる研究が求められていました。さらに、高山帯を含む広い標高範囲の群集構造の標高勾配に対して、自然環境と人間による土地利用の改変が与える相対的な影響も未解明でした。
そこで本研究では、温帯の島国である日本において、長野県乗鞍岳の標高700mから3,026mにかけて野外調査を実施し、標高100mごとに鳥類群集構造を調べました。各群集を、種数に加えて、構成種の系統や形質から特徴づけ、無機的環境、植生、人間の土地利用との対応を解析しました(研究手法の詳細は過去の鳥学通信の記事:https://ornithology.jp/newsletter/articles/646/ で紹介されていますので、ぜひこちらもご参照ください)。その結果、高山帯では低温、樹木のない環境、乏しい餌資源が、亜高山帯上部では亜高山帯針葉樹林が鳥類群集構造に対する強い環境フィルターとして機能していることがわかりました。この発見は、気候によるフィルター効果が弱い熱帯のボルネオ島での研究結果とは対照的であり、大陸の山岳における発見と一致するものでした。すなわち、一般に気候が穏やかである島嶼部であっても、温帯では気候によるフィルターが強い影響を与えることを示唆しています。さらに、人間活動が営まれている低山域において、撹乱地を好む種が群集中に追加され、群集の系統・機能構造が変化していました。しかし、勾配の約半分が国立公園に指定され大規模な都市化が行われていない乗鞍岳においては、人間による土地改変の影響は自然環境と比較して相対的に弱いことも発見しました。以上の成果から、高山帯は気候変動に対して高い脆弱性を有するとともに、現在はほとんど撹乱されていない亜高山帯では針葉樹林の破壊がその場に成立する鳥類群集に対して深刻な影響を与えうることを示唆しました(図1)。


図1. (a)高木のない高山帯と(b)数種の樹種が優占する亜高山帯の景観。

系統・形質解析の魅力
以上の研究成果を得るにあたり、群集を構成種の系統や形質から特徴付ける解析が大きな役割を担っています。これらの解析は、系統アプローチ(Phylogenetic approach)および機能アプローチ(Functional approach)と呼ばれ、近年、群集生態学の分野で研究数が増えています。従来、生物群集の構造は種数によって特徴づけられることが多く、種数の緯度勾配や標高勾配に関する研究論文が多数出版されてきました。しかし、種数という指標では、種のもつ生態や進化的な背景を考慮できません。例えば、キジバトも、ジョウビタキも、オオミズナギドリも、生態や系統が顕著に異なるにも関わらず、等しく1種です。このように、種数に基づく解析は、種がもつ情報を過度に単純化してしまうという欠点があります。その一方で、系統アプローチでは、公開されている(例えば、Jetz et al. 2012)または自身で構築した分子系統樹を参照し、機能アプローチでは、公開されている種の形質に関するデータベース(例えば、Tobias et al. 2022)や自身で収集した形質データを参照し、それぞれ解析することで、種の系統や機能といった情報を考慮して群集構造を解析し、解釈することができます。野外で得た着想を解析に明示的に組み込めることは、フィールドワークをベースとして生物群集の研究に取り組む研究者にとってこれ以上ない魅力だと感じています。今後も、系統・形質アプローチを駆使し、生態学および鳥学の発展に貢献していきたいです。

受賞論文
Iijima D, Kobayashi A, Morimoto G & Murakami M (2023) Drivers of functional and phylogenetic structures of mountain bird assemblages along an altitudinal gradient from the montane to alpine zones. Global Ecology and Conservation 48: e02689. https://doi.org/10.1016/j.gecco.2023.e02689

引用文献
Jetz W, Thomas GH, Joy JB., Hartmann K & Mooers AO (2012) The global diversity of birds in space and time. Nature 491: 444-448. https://doi.org/10.1038/nature11631
Tobias JA, Sheard C, Pigot AL, Devenish AJ, Yang J et al. (2022) AVONET: morphological, ecological and geographical data for all birds. Ecology Letters 25: 581-597. https://doi.org/10.1111/ele.13898

授賞式の様子(2024年度大会、令和6年9月13日、撮影:基金運営委員会)

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【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(2)子連れ家族の鳥見事情

【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(2)子連れ家族の鳥見事情

熊田那央(バードリサーチ嘱託研究員)

皆さま、こんにちは。カワウを愛する熊田です。この連載は片山さんがオーストラリアに留学するにあたってその体験を綴るようにと依頼されたものですが、せっかく家族で渡っているのだからと、私も記事を書く機会をいただきました。研究の話は片山さんがたっぷり書かれると思いますので、私からは主に鳥好きの家族が子連れでブリスベンに行ったら、どんな暮らしをしているのかということを紹介させていただきます。

当地のカワウ愛が伝わる像

その前に、前回の記事の中で片山さんから渡航を決断するにあたって葛藤があったのでは、との話題が振られていましたのでそちらについてまず回答します。結論から言うと、特段の葛藤はありませんでした。片山さんのように職場の審査があるわけでもなく、ただついていけば海外で鳥見ができる、そんな美味しい話ですから、一も二もなく賛成です。私の雇用形態や職場の理解という面での状況的幸運はもちろんありましたが、それ以外の子供たちのことやお金のことといった心配事については、我が家の真面目に考える係(もちろん私ではありません)がいろいろ検討するでしょうしなんとかなるでしょ、という適当さです。海外旅行も数えるほどしか経験がなく、特に南半球には行ったことがなかったので、いくつかの留学先候補を聞いてはそこではどんなウや鳥たちが見られるかを夢想するくらいでなんとも気楽なものです。

そんなお気楽な人間ですので、自分1人だけ、もしくは大人だけの留学でしたら思いっきり現地の暮らしを適当に満喫していたのかな、と思いますがなにせ7歳と3歳の子供たちとの暮らしです。突然連れてこられた彼らにはできるだけストレスなく過ごしてほしいと考えています。鳥のこととは少し離れてしまいますが、彼らの暮らしについても少し紹介します。

7歳の長女は徒歩で通える地元の小学校に通っています。多様な人種が暮らす町にある学校のため、英語が話せない子の対応も慣れており、英語補習クラスの実施や、週に1度の日本人の先生のサポートなど手厚く対応してくださっています。とはいっても本人には大きな試練で、入った当初はほとんどの時間は全く理解できずぼーっと時がたつのをまっていたとのことでした。幸いにもクラスの友達が大変親切にしてくれ、学校にいる間はずっとついて回って面倒をみてくれているようです。数ヶ月がたった今では単語を少しずつ覚え、友達と遊ぶのを楽しんでいます。親としては日本と大きく違う点は毎日お弁当を持参する必要があることです。なんと、昼食の時間の前後におやつの時間があり、3食分用意する必要があります。こちらの学校の登校時間は日本の時より1時間遅く、帰ってくるのは早いので、学校にいる間の半分くらいは食べている時間なのでは、と疑いたくなりますが、1回の食事の時間は日本の給食に比べて圧倒的に短いらしいので、そこまでではないようです。そのため持っていくものはおにぎりと簡単なおかず、といった昼食におやつとして果物やお菓子を追加するといった適当弁当です。とはいっても日本の完全給食に甘やかされてきたので毎朝ひいこら言いながら用意しています。おかずが何品も入って、しかも日替わりで違う種類が詰められていたお弁当を当然のように毎日用意してくれていた親につくづく感謝、というかどういう修行をすればそうなれるのか。子供が日本で必要となってもとても用意できる気がしません。

制服にリュックと日本と異なる出で立ち。中には教科書はおろか筆記用具さえ入っておらずお弁当のみ!

次女はクイーンズランド大学の敷地内の保育園に通っています。日本の公立の保育園はどこも値段は共通でしかも大変安価に通わせていただいていましたが、こちらの保育園はそれぞれの園によって値段が違い、かつ短期間の滞在の外国人ということで全く補助がない我が家の場合、保育料はどんなに安くても1日1万円以上となかなかのものです。とても毎日預けるわけには行かないものの、次女は1人で遊んでくれるタイプではなく保育園に行っていただかないことには大人が仕事をする時間がとれないですし、こちらの暮らしにも慣れてもらいたい。葛藤の末現在は週3日通ってもらっています。大学内の保育園ということで先生が話せる言語の幅が広く、日本人の先生も何人かいらっしゃる恵まれた環境ですが、日本の保育園でもなかなか慣れず苦労した彼女にとっては大した助けにはならないようで、数ヶ月たった現在でもほぼ毎朝泣いてしがみついているのを先生に引き剥がされています。とはいうものの、少しずつ順応してきてはいるようです。登園するとすぐに最初のおやつの時間があるのですが、そこでは彼女の大好きな様々な果物が提供されることがよくあります。逆に全く食べたくない蒸し野菜がおやつの日もあり、好きなものはたくさん食べたい、いらないものは自分のお皿に乗せられたくない、という思いから、果物、野菜の名前はバッチリ覚えておかわりも要求しているようです。

保育園最寄りの駐車場にあるイシチドリの鳥注意看板

自分で望んだわけでもなく、英語が全くわからないまま小学校、保育園に放り込まれて頑張っている娘達。行っていない日や週末はストレスなく暮らしてもらいたいとは(実際はともかく)気持ちの上では思っています。そのため基本的に子供がいる時間は子供優先に対応し、残りの可処分時間を、まず現地の人との会話機会、次に日本から持ってきた仕事、最後が鳥見、という優先順位で振り分けています。これだと真面目に仕事をしているとなかなか鳥見にいけないので、仕事はほっておいて鳥見に行くのですね。というのは冗談としても(本当か?)、工夫しないとなかなか鳥見のチャンスがありません。

さて、小さい子供がいて両親とも鳥見が趣味の方達、どうやって鳥見していますか?各家庭でさまざまな葛藤や綱引きをしながら工夫されていらっしゃることと思います。是非その話題で盛り上がりたいところですが、キリがないので、現状我が家がオーストラリアでどうしているか結論だけいうと、基本的には全員で行けるところに子供と一緒に行くという方法で落ち着いています。それだと長距離を歩く場所や、早朝や夕暮れといった鳥見のゴールデンタイムでの実施は難しいですが、1年しかない滞在期間、少しでも見る機会を増やすには選り好みをしている場合ではないですからね。子供達にはお出かけして楽しく遊んだと思っていただきつつ、大人は鳥見ができる場所をいつもgoogle mapと相談しています。

ということで、以降は「超ニッチ!特に鳥に興味のない子供といくブリスベン近郊鳥見スポット3選」をお送りします。マニアックなようですが、子供2人をつれてのハンデ戦は、基本的に真っ昼間、時間を短く、大して歩かず、トイレがある、といった条件となるので、旅行にきて少しだけでも鳥見をしたい、といった人にも最適な場所選びになるのではないでしょうか。我が家があるToowongの街からどの場所も車で20分前後の距離にあり、公共交通機関を使ってもアクセス可能な近場の鳥見スポットです。

Sandy Camp Road Wetland Reserve

私はまずここから紹介しないといけないでしょう。ウが見たいというと必ずおすすめされる場所です。海辺の工業地帯の中にある小さな保護区ですが、いくつかの池と、その周りの草地やユーカリ林に囲まれた多様性の高い環境のおかげで少し歩くだけでたくさんの種類の鳥が見られます。池とその周囲の木ではブリスベン近郊でみられるウとヘビウの5種全てが見られるだけでなく、サギ類、トキ類、バン類、カモ類やトサカレンカクなど多くの水鳥をみることができます。池にはベンチが置いてあり、運が良いとモリショウビン、ヒジリショウビンがすぐ近くにとまります。子供にそこで昼食やおやつを食べさせている間に親も鳥見の時間が稼げる素晴らしい場所です。体サイズの大きい水鳥は子供でも見つけやすく、鳥にあまり興味がない彼らもそれなりに楽しんでくれるようです。周囲の林では森林性の小鳥も数多くみられるので、普通種でよいからとにかく短時間でたくさんの種類を見たい場合にはとてもおすすめの場所です。

昼食を食べながら鳥見ができる。この日は定番のお持ち帰りFish & Chips

Oxley Creek Common

小川沿いに広がる放牧地と林、湿地からなる場所で、行くとなんとなく日光戦場ヶ原を思い出します。広大な放牧地のほとんどは立ち入りできないのですが、草地を横に見ながら林の中のトレイルを進むと様々なミツスイやハト、カッコウの仲間を見ることができます。林を抜けた先には放牧地と池が広がり、数多くの水鳥に加えてこちらのアイドル的立ち位置のオーストラリアムシクイの仲間が多い時で3種類見ることができます。オスが鮮やかな青や赤の装いで動きもかわいい小鳥達は(カワウびいきの私としては悔しいですが)人気があるのも納得です。草地、林、川、池と様々な環境が揃っているため多様性が高く、我々にウチワヒメカッコウの場所を教えてくれたおじいさんはこれで今日は70種目だと特別多いと思っている風でもなくおっしゃっていたので、しっかり早朝から見ればさぞかし充実した鳥見ができる良い場所だと思います。ただ、子供と行くには少々歩く距離が長く、知らずに行った初回は折り返し地点で疲れ果てた30kgと15kgをそれぞれずっと肩車して帰ることとなりなかなかハードな鳥見となりました。それでも何度も再訪しているくらい魅力的な場所です。

テコでも歩かない割に乗せると元気になる15kg

Mt. Coot-tha Reserve

標高300m弱の山とその周辺の保護区では、多くの森林性の鳥を見ることができます。バスでも行ける山頂はブリスベン全体が見渡せる眺望の良い場所で、売店やカフェもある観光地です。近くにねぐらがあるのかキバタンの群れが大声で鳴きながら上空を飛ぶのをみたり、ワライカワセミの笑い声を聞いたりしながらトレイルを下っていくと、ヒタキやミツスイの仲間の混群とところどころで会うことができます。山の小鳥は子供達にはなかなか難易度が高いのですが、ワライカワセミは声も存在感も大きくコミカルで、人をあまり恐れないのか近くに来ることもよくあるので喜んで見ています。この周辺はコアラの生息域でもあり、地元の人によるとトレイルが通っているようなところはほぼみられないとのことではあるのですが、もしかしたらいるかもね?という話をしながらの山下りはそれなりに子供も頑張ってくれるのがありがたいところです。降りた先にはおあつらえむきに遊具のある公園もあり、子供達に満足いただきながらも山で鳥見ができる良い場所です。

私でも写真がとれるワライカワセミ

まだまだ子連れ鳥見の良い場所を開拓していきたいと思っているので、他にも耳寄り情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら是非教えていただけるとありがたいです。

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2024年度の黒田賞と中村司奨励賞の受賞者、および津戸基金による助成対象シンポジウムが決定しました

基金運営委員会

基金運営委員会の選考報告を鳥学通信に再掲します。

黒田賞は、日本の鳥学会の発展に貢献した黒田長禮・長久両博士の功績を記念して、鳥類学で優れた業績を挙げ、これからの鳥類学を担う若手・中堅会員に授与する賞です。今年度の黒田賞は森口紗千子さん(日本獣医生命科学大学 獣医学部 野生動物学研究室)に決定致しました。

https://ornithology.jp/iinkai/kikin/kuroda_award.html#kuroda2024

9月13日から始まる2024年度大会において受賞記念講演が開かれます。
黒田賞受賞記念講演 (Winner of the 2024 Kuroda Award presentation)
9/15日(日) 14:30〜15:30 A会場 (弥生講堂一条ホール)

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中村司奨励賞は、国際誌に優れた論文を発表し、将来の鳥学会を担うことが期待される若手会員に授与する賞です。今年度の中村司奨励賞は飯島大智さん(東京都立大学大学院 都市環境科学研究科)に決定致しました。

https://ornithology.jp/iinkai/kikin/2024_nakamura.html

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津戸基金は、日本の鳥学発展のために寄付された寄付金の運用のために設立されたもので、鳥学に関するシンポジウムの開催を助成する基金です。今年度は、風間美穂さん(きしわだ自然資料館)から申請のあった「大阪湾・海鳥っぷシンポジウム・この鳥を見よ」を助成対象として決定致しました。

https://ornithology.jp/iinkai/kikin/2024_tsudo.html

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企画展「山階芳麿博士の作った図鑑」の紹介

小林さやか(山階鳥類研究所)

連日暑い日が続いておりますが、猛暑の中でも楽しめる企画展をご紹介いたします。

現在、我孫子市鳥の博物館では、山階鳥類研究所(山階鳥研)我孫子移転40周年を記念した企画展「山階芳麿博士の作った図鑑 —『日本の鳥類と其の生態』ができるまで—」を開催中です。

我孫子市鳥の博物館
展示の様子

山階鳥研の創設者・山階芳麿博士は、1934年と1941年に『日本の鳥類と其(そ)の生態』全2巻を出版しました。この図鑑は「山階図鑑」と呼ばれ、日本の鳥の三大図鑑のひとつと称されています。出版から90年が経った現在でも鳥類の研究をする多くの人達に活用されています。本展示では、山階図鑑の原稿、原画、この図鑑の挿し絵に使われた木口木版(こぐちもくはん)画の版木や摺り見本など、普段は公開していない山階鳥研の資料の展示や、山階博士をはじめ図鑑制作に関わった人達を紹介しています。

本展示は見る方の関心によってさまざまな楽しみ方ができます。日本の鳥類図鑑の歴史を紹介している点、山階図鑑の制作過程を資料で紹介している点、山階博士と同世代に活躍した鳥類学者を紹介している点などが挙げられますが、私がお勧めしたいのは、博物画家の小林重三(しげかず)や、山階壽賀子(すがこ)夫人の原画やスケッチ、それと、現在では希少となった技法の木口木版画の紹介です。

小林重三は、鳥類図鑑の制作を計画していた鳥類学者の松平頼孝(まつだいら・よりなり)に雇われ、松平邸で標本や飼育の鳥の写生をして腕を磨いていましたが、松平家の財政が厳しくなったことで、小林は失業してしまいました。しかし、小林の鳥類画の腕の良さから、山階博士はじめ、黒田長禮(くろだ・ながみち)、鷹司信輔(たかつかさ・のぶすけ)、蜂須賀正氏(はちすか・まさうじ)、清棲幸保(きよす・ゆきやす)など多くの鳥類研究者が小林に鳥類画を頼みました。日本の三大鳥類図鑑と言われる、通称、黒田図鑑、山階図鑑、清棲図鑑の絵は小林が手がけています。

本展では、小林の紹介のところに、蜂須賀正氏の著書「The Dodo and Kindred Birds」(1953)のために小林が描いた絶滅鳥モーリシャスインコの原画が展示されています。この原画は今回が初公開となります。

蜂須賀は「The Dodo and Kindred Birds」の原稿をイギリスの出版社に送った後、出版された本を見ることなく急死してしまいます。このような事情もあり、この絵は出版後、所在不明となっていましたが、熱海の蜂須賀別邸に勤務していた方から2018年に熱海市立図書館に寄贈されていたところ、2021年に小林重三研究の第一人者である園部浩一郎さんらが小林の原画であることを見出しました。本展示のため、熱海市立図書館へ絵をお借りしに伺ったのですが、なんと、小林が小林館長から小林の絵をお借りするという事態が起こりました。蜂須賀はエピソードの多い人生をおくった人でしたが、こんなところにもエピソードを作ってくれたのかしら、と思ってしまいました。

また、山階図鑑の特徴のひとつである木口木版画は、とても精密な線を再現できる技法で、小林の原画を版画で忠実に再現しています。原画と版画を比較できるように並べて展示していますので、今はもういない彫り師という職人がいた時代の、その技術の高さをぜひ間近で見ていただきたいです。

そして最後のお勧めポイントは、記念スタンプの鳥ちゃんです!山階図鑑の背表紙に描かれた鳥のデザイン画がおしゃれなので、どこかに使ってほしい、と希望したところ、博物館で記念スタンプを作ってくださいました。展示を見終わったところに置いてありますので、忘れずにスタンプを押して帰ってください。

企画展記念スタンプ
企画展記念スタンプ

本企画展は、11月4日まで開催しています。1カ月ごとに原画類を入れ替えますので、何度も足を運んで見てもらえれば嬉しいです。展示品は鳥の博物館のサイトから出展目録をチェックしてください。8月16日まではあちこちに「カンムリツクシガモ」が展示されているので、ぜひ探してみてください。

開催中のイベントなどは我孫子市鳥の博物館のサイトをご覧ください。

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日本鳥学会誌73巻1号 注目論文 (エディターズチョイス) のお知らせ

日本鳥学会誌73巻1号 注目論文 (エディターズチョイス) のお知らせ

出口智広 (日本鳥学会誌編集委員長)

和文誌では毎号、編集委員の投票によって注目論文 (エディターズチョイス) を選び、発行直後からオープンアクセスにしています。73巻1号の注目論文をお知らせします。

著者: 高橋佑亮・東淳樹
タイトル: 農耕地帯で繁殖するチュウヒの狩り場環境選択
DOI: https://doi.org/10.3838/jjo.73.23

湿地性猛禽類のチュウヒは、世界的に見た場合、個体数が安定傾向とみなされていますが、国内の繁殖個体群はわずか100番い程度の状況で、環境省のレッドリストランクでは、絶滅危惧IB類に指定されています。

本種の保全を進めるにあたっては、とりわけ生息地管理が重要となり、そのためには、生息環境選択の詳細な情報が求められます。本論文の著者の高橋さん達は、このような背景に基づいて、秋田県の八郎潟で繁殖するチュウヒの狩り場選択と、狩り場環境の指標となる餌動物密度と植生高を明らかにされました。

鳥屋さんはどうしても、心の大半が鳥に奪われがちで、彼らが暮らす環境の定量的な記録をついつい忘れてしまい、最後の考察に困るケースがよく見られます。高橋さん達の論文では、このような状況に陥ることなく、きちんとデータを集められており、これから投稿を目指す方にとって、間違いなくお手本となる1本と言えますね!

以下は高橋さんからいただいた解説文です.地道な努力が実を結んだ結果は励みになりますね!

 

日本のチュウヒの繁殖地における採食環境については、狩りが見られた環境タイプの列記といった報告はあったものの、個々の環境タイプが狩り場としてどの程度重要なのか評価した例はありませんでした。この点を研究した成果が今回の論文です。また、単に狩り場として選択される環境タイプを示しただけでなく、それらの環境タイプがなぜチュウヒに選択されるのか、すなわち選択要因についても検討し、獲物となる動物の密度や植生構造と対応付けられたことが、本研究のもう一つの意義だと思っています。
思えば、これら獲物となる動物(ネズミ、カエル、鳥類)の調査や植生調査は、主題であるチュウヒの観察調査よりもむしろ大変でした。とくに、9種類の環境タイプにそれぞれ10個の罠を設置し、計90個の罠を毎朝、毎夕に一人で見回るネズミの捕獲は大変でした。このようにして収集した獲物や植生のデータと、チュウヒの狩り場環境選択の傾向を突き合わせてみると・・・。おや期待通り対応しているではありませんか。苦労が報われたのでした。
今後、鳥類の採食環境に関する研究において、この論文が少しでも参考になれば幸いです。また、草地の創出といったチュウヒの生息地保全の取り組みに際し、この論文が一助となれば幸いです。

(高橋佑亮)

写真1 採草地はチュウヒの狩り場として強度に選択されていた。

 

写真2 用排水路沿いの草地も度々狩りが見られた。

 

写真3 大量のシャーマントラップ。チュウヒの主要な獲物であるハタネズミを調査。

 

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日本鳥学会2023年度大会自由集会報告 − W11 風力発電等WGが作成した「洋上風力発電建設に係る環境アセスメントガイドライン」

日本鳥学会2023年度大会自由集会報告 − W11 風力発電等WGが作成した「洋上風力発電建設に係る環境アセスメントガイドライン」

佐藤重穂(森林総合研究所)
風間健太郎(早稲田大学)
浦 達也(日本野鳥の会)
會田義明(環境省)

はじめに

近年,大規模な洋上風力発電施設の建設が各地で進められつつあり,さらに多くの洋上風力発電施設が計画されるようになっている.洋上の風力発電施設は陸上の風力発電施設と共通する課題もあるが,洋上ならではの課題もあり,それにどのように対応するかは再生可能エネルギー促進と鳥類の保全の両立のための重要な問題である.
日本鳥学会では2022年に鳥類保護委員会の下に風力発電等対応ワーキンググループを立ち上げて,こうした課題について議論を進めて,その結果,2023年8月に「洋上風力発電建設にかかる環境アセスメントガイドライン」を公表した.本集会ではこのガイドラインの作成と公表の経緯とその背景,および洋上風力発電と鳥類に関わる課題について,学会会員に対して説明することを目的として開催した.以下に各講演の要旨を記す.


1.主旨説明
風間健太郎

地球温暖化の一要因である温室効果ガスの削減は,全世界が取り組んでいる課題であり,その削減のためには再生可能エネルギーの利用が有効と考えられている.我が国では風力発電の導入が進められており,なかでも洋上風力発電の導入は今後加速することが予測される.現在,秋田県や長崎県で洋上風力発電が導入され,また,北海道から山形県の日本海沿岸と千葉県などで再エネ海域利用法に基づく促進区域および有望区域が多数設置されている.
総出力5万kW以上の風力発電事業は環境影響評価法の対象事業だが,事業の実施が環境にどのような影響を及ぼすか,あらかじめ事業者自らが調査,予測,評価する環境影響評価に際しては,できるだけ科学的根拠にもとづいてデータを取得し,鳥類への影響を適切に評価した上で,影響の回避や低減策を講ずるべきである.その実現を目指すために,日本鳥学会風力発電等対応ワーキンググループでは「日本鳥学会洋上風力発電建設にかかる環境アセスメントガイドライン」を作成,公開した*1.
このガイドラインでは,日本鳥学会員のほか,洋上風力発電導入に関わる電力事業者,環境コンサルタントやその調査者,あるいは自治体関係者等に向け,洋上風力発電が鳥類に及ぼす影響を適切に評価するために留意すべき点,導入すべき調査技術等について国内外の情報を収集,公開している.
本集会では,洋上風力発電が鳥類にどのような影響を与える可能性があるのかについて概説した上で,このガイドラインの内容について説明する.また,環境省で作成している「洋上風力発電所に係る環境影響評価手法の技術ガイド(案)」*2について環境省の担当職員から説明いただく.それらの講演を受けて,ワーキンググループで作成したガイドライン活用への期待や今後情報追加すべき点等について議論したい.


2.洋上風力発電が鳥類に与える影響
浦 達也

洋上風力発電所の建設適地と鳥類が好んで利用する場所は重なることが多く,立地選定によっては,そこを利用する鳥類にバードストライク(鳥衝突)や生息地放棄,障壁効果(風車が移動の妨げになることで,鳥が余計なエネルギーを消耗すること)などの影響を及ぼす可能性がある.日本では実験用のものを除けば洋上風車がほとんど建っておらず,鳥衝突等の発生に関する国内事例の蓄積は少ないため,ここでは海外事例を中心に,洋上風車における海鳥への影響事例を紹介する.
ベルギーのZeebrugge沿岸浅海域ではアジサシ類のコロニーと採餌海域の間の洋上に25 基の洋上風車が建っているが,2004 年から2014年の10年間調査を行った結果,のべでコアジサシ27羽,サンドイッチアジサシ100羽,アジサシ587羽が衝突死したと推測されている(Perrow 2019).バルト海で行われたBeoFINOプロジェクトでは,ヘリコプターで1年間に44回の死骸探索調査を行い,計442羽(風車1基あたり年間平均31.6羽)の死骸を回収した(Hüppop et al. 2006).イギリスのThanet洋上風力発電所では,ミツユビカモメ,オオカモメ,ニシセグロカモメなどが衝突していることが分かっている(Cook et al. 2014).日本でも政府の実証実験用の洋上風車および海岸に建つ風車において2023年1月時点で,アビ科15羽,ミズナギドリ科19羽,ウ科2羽,カモメ科68羽,ウミスズメ科26羽の海鳥の死骸が発見されている.
生息地放棄について,デンマークのHorns Rev洋上風力発電所では,発電所から半径2 -4km周辺海域で調査され,アビ科の鳥類とクロガモでは風車建設後3年間は風力発電施設周辺にはほとんど近寄らず,その後もアビ科は元の生息地に戻らなかった(Dong Energy 2006, Petersen & Fox 2007).同国のNysted洋上風力発電所では,発電所の建設予定海域内にあったコオリガモの生息分布が,建設後には建設海域から10–30km離れた4エリアに分散したと推測されている(Fox & Petersen 2019).
障壁効果について,Nysted洋上風力発電所ではホンケワタガモを中心とする渡り途中の水鳥が,天気の良い日には高い頻度で風車を避けて飛んでいた(Desholm & Kahlert 2005).イギリスのSheringham shoal洋上風力発電所がサンドイッチアジサシの繁殖コロニーと採餌海域の間に建設されたことで,建設海域での飛翔頻度が減少したことが報告されている(Perrow 2011).


3.「洋上風力発電建設に係る環境アセスメントガイドライン」内容説明
風間健太郎

本講演ではワーキンググループが策定した「洋上風力発電建設に係る環境アセスメントガイドライン」(以下,ガイドライン)の内容を説明した.ガイドラインの趣旨は以下の3点である.①鳥類研究者,電力事業者,環境コンサルタントや環境アセスメント調査者,自治体関係者等向けに策定,②洋上風力発電が鳥類に及ぼす影響を適切に評価するために留意すべき点や導入すべき調査技術等について国内外の情報を収集,公開,③ガイドラインの活用による適切な環境アセスメントの実現や生物多様性保全と温室効果ガス排出削減の両立を期待.
ガイドラインの内容は以下の通りである.1)洋上風力発電と鳥に関する国内外の法制度および環境アセスメント体制,2)鳥類や生態系への影響低減に向けた立地選定に関する情報,3)環境アセスメントのデザインと影響軽減策の検討体制,4)推奨される事前(建設前)アセスメントの手法,5)事後(建設後)アセスメントの必要性,6)事前影響予測の不確実性への対応策の提案と実施について.
アセスメントにおいては,衝突リスクや分布変化などの洋上風力発電事業実施区域内における個別の影響の評価だけでなく,それらが長期間蓄積することで顕在化する個体群への累積的影響を適切に評価すべきである.その実現のためには建設前だけでなく事後(稼働後)の評価も不可欠である.また,海洋生態系の高い変動性に対応するために,長期,広域,高頻度の現地調査が推奨される.海外においては風力発電施設から最低20 km外側まで,あるいは事業実施面積の6倍を調査範囲とすることが推奨されており,鳥類の洋上分布調査は月1回以上の頻度,1回に数度繰り返し,2年以上実施されることが推奨されている.海外では事業者や政府から独立して環境アセスメントの各工程を審査する第三者機関が存在するが,日本においては環境アセスメントの各工程を中立かつ客観的に審査するための体制が確立されていないために今後制度の改善が望まれる.当面は現行アセスの中で中立かつ客観的に審査する場を設けることが必要である.


4.「洋上風力発電所に係る環境影響評価手法の技術ガイド(案)」の内容
會田義明

我が国の洋上風力発電は,平成31年4月に施行された「再エネ海域利用法」により,一般海域において大規模な風力発電事業を継続的に導入していくための枠組みが整備され,候補となる海域において関係者による協議会が開催されるなどの取組が進められている.また,これと並行して事業者による環境影響評価の手続が進められており,①同一海域において複数事業者が環境影響評価手続を行うことによる地域の混乱や社会的コストの増加,②洋上風力発電に関する環境影響評価の知見の不足といった課題が顕在化している.
これを踏まえ,洋上風力発電に係る新たな環境アセスメント制度の検討が進められており,本年8月に有識者検討会による取りまとめが公表されたところである.*3
風力発電は平成24年に環境影響評価法の対象となって以降,陸上の風力発電の環境アセスメントが数多く実施され,鳥類調査の技術手法やバードストライクに関する知見等が蓄積されてきたところである.一方で,洋上の風力発電は事例も少なく,海域の環境は陸域の環境と大きく特性が異なること,海域では調査の手法に制約があること等により,陸域における調査手法やアセスメントの考え方をそのまま海域に適用することは難しい.このため,現時点で,現行制度に基づいて行われる環境アセスメントに活用できるよう,技術ガイドを取りまとめた.*2
技術ガイドでは,洋上風力発電について30年にわたる実績がある諸外国の環境影響評価に関する考え方や取扱いを参考にしつつ,我が国特有の海域の特性や,これまでに行われた海域における環境影響評価の知見等を踏まえて,洋上風力発電所の環境アセスメントの考え方や技術手法を取りまとめた.また,参考資料として,国内外の調査結果やモニタリング結果等の情報も収録した.
今後,洋上風力発電の新たな環境アセスメント制度の導入に向けて,ひきつづき科学的知見の収集や技術開発等の取り組みを進めていく.


 

以上の講演の後に会場の参加者と意見交換を行った.50名余りの参加者が熱心に講演に耳を傾け,意見が交わされたことに,環境保全や鳥類の保全と再生可能エネルギーの促進の両立という課題に多くの関心が向けられていることを実感した.時間が不足して質疑の時間を十分に確保できなかったのは集会世話人の不手際であり,反省したい.この集会で示された課題の解決に向けた研究が進展し,持続可能な社会の構築に寄与することを切に願うものである.

 

*1 日本鳥学会洋上風力発電建設にかかる環境アセスメントガイドライン (暫定版ver.01)(2023)
https://ornithology.jp/materials/Windfarm/gudeline_v1.pdf

*2 洋上風力発電所に係る環境影響評価手法の技術ガイド(環境省大臣官房環境影響評価課・経済産業省産業保安グループ電力安全課、2023年12月)
http://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/1062_01/guide_1.pdf
http://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/1062_02/sankou.pdf

*3 洋上風力発電に係る新たな環境アセスメント制度の在り方について(洋上風力発電の環境影響評価制度の最適な在り方に関する検討会、2023年8月)
http://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/1055_03/report.pdf

 

図1.主旨説明の様子.

 

図2.自由集会の会場.

 

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世界自然遺産・知床における携帯電話基地局と太陽光パネルの設置計画の中止を求める意見への賛同について

鳥類保護委員会

標記の件につきまして、令和6年6月19日付で日本環境会議(JEC)より世界自然遺産・知床における携帯電話基地局と太陽光パネルの設置計画の中止を求める意見書が発出されました。日本鳥学会では、本意見書の趣旨に賛同することを表明しました。

世界自然遺産・知床における携帯電話基地局と太陽光パネルの設置計画の中止を求める意見への賛同について

 

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我孫子市鳥の博物館 第93回企画展「山階芳麿博士の作った図鑑」のお知らせ

我孫子市鳥の博物館・山階鳥類研究所

我孫子市鳥の博物館 第93回企画展 「山階芳麿博士の作った図鑑」

山階鳥類研究所の創設者、山階芳麿博士が出版した「日本の鳥類と其の生態」の制作経緯、関わった人達などを紹介する展示を、我孫子市移転40周年記念として、我孫子市鳥の博物館で開催しています。

山階鳥類研究所からは、普段は公開していない図鑑の原稿、原画、木口木版画の版木などを、また、博物画家・小林重三の初公開原画もお借りして展示しています。ぜひお越しください。

我孫子市鳥の博物館 第93回企画展
「山階芳麿博士の作った図鑑」ー『日本の鳥類と其の生態』ができるまでー

【日時】2024年7月13日(土)〜11月4日(月・祝)
※一部展示の入れ替えがあります
前期:7月13日(土)~8月16日(金)
中期:8月17日(土)~9月20日(金)
後期:9月21日(土)~11月4日(月・祝)
【会場】我孫子市鳥の博物館
【入館料】一般300円、大学・高校生200円

 

イベント情報(詳細は鳥の博物館ウェブサイト


●鳥博セミナー「もう一つの木版画 木口木版画・西洋と日本の歴史と技法 山階図鑑のイラストに使用された版画」

日時:9/22(日) 13:00~15:00
場所:鳥の博物館定員:先着50名(電話予約)講師:長島 充さん(画家・版画家)
内容:木口木版画の技法や西洋・日本での歴史についてお話しします 。また版画の実演も行います。


●鳥のサイエンストーク「山階図鑑とはどういうものだったのか」

日時:8/17(土) 13:30~14:15
講師:鶴見みや古さん(山階鳥類研究所)オンライン開催・申し込み不要・参加無料


●企画展を担当した山階鳥類研究所所員によるギャラリートーク

日時:8/31(土)、10/6 (日) 13:30~14:30
場所:鳥の博物館企画展示

展示のチラシは以下から↓
https://www.yamashina.or.jp/hp/event/images/202404torihaku_kikaku93_paper.pdf
我孫子市鳥の博物館のwebサイト↓
https://www.city.abiko.chiba.jp/bird-mus/
山階鳥研のイベントページ↓
https://www.yamashina.or.jp/hp/event/event.html#torihaku_kikakuten93

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日本鳥学会 2023年度大会自由集会報告 - W06 野鳥観察をとりまく現状と課題

板谷浩男1),早矢仕有子2),渡部良樹3),富岡辰先4) ,須藤明子5),守屋年史6),高橋満彦7)

1)パシフィックコンサルタンツ株式会社(当時),2)北海学園大学,3)日本野鳥の会東京,4)財団法人日本野鳥の会,5)株式会社イーグレット・オフィス,6)NPO法人バードリサーチ,7)富山大学

 

1.趣旨説明,観察者の有無がオオタカの繁殖成功率に与えた事例紹介 板谷浩男

近年,デジタルカメラが普及したことにより,野鳥観察者の大半がカメラを保持し,野鳥を観察するだけではなく,野鳥を撮影することを目的にしている観察者が大多数を占めるようになりました.そして,撮影した画像や動画はSNSに投稿することで認証要求を得るということが一般化しています.鳥の生態を熟知していなおらず自らの力で発見したり識別したりする力がなくてもSNSで情報を得ることで,簡単に野鳥がいる場所を知ることができ,撮影できるという時代になりました,また,撮影者の中には,野鳥を生物としてではなく風景などと同様にとらえ,生き物を相手に撮影をしているという認識がなく撮影をしている人が出てきており,観察者(撮影者)の存在が野鳥達に対して必要以上に影響を与えることになる例も見受けられます.

結果として,観察者の存在が希少種の保全に悪影響を与えたり,撮影に対する欲求が過剰になることで社会的なルールを無視する行動が見受けられるようになり,野鳥観察自体が社会的な問題となりつつあります.私がオオタカの調査をしている東京都の都市公園では,オオタカは人に慣れているから繁殖期にむやみにオオタカに近づいて撮影をしても,繁殖に影響を与えないという誤った認識をSNSで発信する人も存在しており,危惧しているところです.調査結果でも,観察者に対して何らかの対策が講じられているところと,対策が何もされず観察者が営巣地付近を自由に行き来できる場所とでは,繁殖成績に大きな差が生じていました.

今回主催した自由集会では,いくつかの事例を参考に,野鳥観察が,希少種保全に与えている影響や,社会的にも問題を生じさせている現状について議論しました.また,総合討論では,参加者から情報や対処方法を求めながら,この問題に対して研究者や鳥に係る仕事をしている者がそれぞれの立場でどのような対応をすべきかを探りました.

写真1 犬を連れてオオタカの営巣地に接近するカメラマン

2.野鳥観察に関するトラブルの事例の報告 渡部良樹

野鳥観察に関するトラブルを,カメラマンや観察者によって1)長期的に問題が生じた事例と2)一時的に問題が生じた事例に分け,さらにa)鳥類(や自然環境)への影響とb)人への影響に分けて紹介しました.1)長期的に問題が生じた例として,八王子城跡の事例を紹介しました.ここはサンコウチョウなどのヒタキ類夏鳥の撮影地として有名で,5,6月は夏鳥の営巣前からバードウォッチャーやカメラマンが集まり,サンコウチョウ等の巣が常時カメラマンに覗かれる事態が発生しています.1-a)カメラマンや観察者が鳥類に対して与えた影響の結果の可能性があることとして,サンコウチョウ生息数の減少,営巣場所の変化(人から見づらい場所に造られる)が挙げられます.また,カメラマンが悪影響を与えたと考えられる事例として,オオルリの囀りの音声が流された事例がありました.1-b)人に対して与えた影響と考えられるものは,通行路に居座る,撮影機材を置くなどによる通行妨害,ゴミの廃棄,路上駐車などがあります.2)一時的に問題が生じた例として,2019年-2020年にコノドジロムシクイが越冬した八王子市館町の住宅街の事例と,2013年にセアカモズとアカモズの交雑個体が越冬した平塚市の耕作地の事例を紹介しました.2-a) 鳥類に対して与えた影響としては,前者では対象の鳥を見ていないため不明で,後者では対象の鳥への人の接近により,鳥が遠くへ逃避したことが挙げられます.2-b)人に対して与えた影響としては,前者では民家にレンズを向けることによるプライバシーの侵害と,路上に人が集まったことによる通行妨害が挙げられます.後者では多くの人や車が路上に集まったことによる通行妨害や,私有地(耕作地)への不法侵入が挙げられます.

カメラマンや観察者によるトラブルの性質は,長期的なものと短期的なものではやや異なり,長期的なトラブルは,毎年渡来する渡り鳥や留鳥の生息地で生じ,放置すると解決せずに続くことが挙げられます.一方,一時的なトラブルは迷鳥や珍鳥の情報が流れた場合に生じ,鳥類への影響は,個体に対するものがあったとしても,種や個体群レベルにまで及ぶことは少なく,鳥類,人への影響はともに放置しても自然解消する可能性があります.しかしこのような自然との接し方や認識は,影響の大小にかかわらず他の場所や人へ伝播拡大する可能性があり,放置すべきではないと考えています.

 

3.絶滅危惧種シマフクロウの見方と見せ方 早矢仕有子

絶滅危惧種のシマフクロウは、夜行性の留鳥で家族単位で暮らしています。国はシマフクロウの保護事業を始めた1984年からずっと、人の接近による繁殖や採餌の妨害を防ぐため,生息場所を非公開にしてきました.しかし,インターネットの普及に伴い,採餌場所や営巣地で撮影された野生個体の写真と生息地情報がウェブ上に拡散し,カメラマンによる生息地への入り込みが急増しています.シマフクロウを餌付けし集客に利用する宿泊施設も複数存在し、写真撮影の便宜を図っています.また、中には,立入禁止の看板や柵を無視し、国がシマフクロウ保護のために設置している巣箱や補助給餌場所への侵入を繰り返す者も現れ,保護増殖事業の継続に大きな支障が生じています.シマフクロウ個体および営巣地への過度の接近や営利目的の餌付けに法的規制が無い現状を改める必要があります.

その上で、野生個体に悪影響を与えず、生息地情報を隠したままで生態や保護の現状を知ってもらう取り組みとして、筆者は、繁殖巣からのライブ配信を試み、シマフクロウの子育ての様子をインターネットで見守る活動への参加を呼びかけてきました。参加者には、シマフクロウへの知識・愛着・保護活動への共感の高まりが確認できました。この取り組みを定着・拡大することで、営巣地への侵入防止にも貢献できると考えています。

 

4.イヌワシの営巣をYouTubeでライブ公開〜その経緯と課題 須藤明子

滋賀県の伊吹山のイヌワシ生息地では,1990年代からイヌワシの撮影を目的としたカメラマンによる樹木伐採や餌付けなどの問題が続いています.環境省,滋賀県,伊吹山自然再生協議会による看板設置やパトロールなどが行なわれてきましたが,効果は限定的でした.さらに近年になって,一部のカメラマンが巣に接近し,卵や雛が死亡する恐れが高まったため,「見守りによる監視」と「生息地保全への理解」を目的として,巣内でのようすをYouTubeでライブ配信する取り組みを2023年4月1日に開始しました.

イヌワシなど希少種の生息場所は,保全の観点から非公開が原則です.また普通種であっても営巣の写真や映像の公開は控えるべきだとされています.そこで,一般公開に先立って,希少種の研究者や保全の専門家に限定公開して意見を聞きました.その結果,これまでの保全に関する取り組みの実績や他に良い保全策が見当たらないこと等から,公開に賛同する意見が多数を占めたため,一般公開に至りました.

ライブ配信終了までの3カ月間の視聴回数は146万回を越え,多くの視聴者がイヌワシの育雛を見守り続けたことにより,巣に接近するカメラマンは見られず,大きな監視効果が得られました.

また,雛が食物不足により巣立ちできず,親鳥が育雛を断念する結果となり,視聴者はニーナと名付けた雛が,健気に親鳥の帰りを待つ姿を目の当たりにすることで,イヌワシが置かれた深刻な食物不足を痛感しました。ニーナを助けるために何ができるのか,チャット機能を活用して海外を含め視聴者同士が真剣に議論した結果,健全な自然環境や生物多様性を保全するための取り組みに共感し,自らもできることをやろうと考える視聴者が増えました.イヌワシの生息地保全を目的としたクラウドファンディングが,数時間で目標額200万円に到達し,さらに700万円を超える資金が集まったことも,これを反映していると思われました.視聴者の多くは,もともと野生動物や自然に無関心であったことから,希少種や生物多様性保全について,広く知ってもらう教育効果も大きかったと考えられました.

一方,巣から落下した雛の救護について,人による自然界への介入行為への批判をはじめ多様な意見が寄せられました.親鳥の育雛放棄等の場合に備え,域内保全から域外保全(飼育個体群への参入)への切り替え等について,関係者による情報共有と協議の場が必要と思われました.

写真8 伊吹山ドライブウェイの立ち入り禁止区域(道路交通法)でイヌワシを撮影するカメラマン

5.日本野鳥の会のマナー問題への対応について 富岡辰先

これまでに,日本野鳥の会では,①ホームページ等での撮影等のマナーの普及,②テレビ番組・新聞・写真コンテスト等でマナー違反があった場合に再発防止の要望書を送る等の再発防止等の申し入れ,③会員や一般の方から,支部の探鳥会のマナー違反や支部報でのマナー違反の報告があった場合に一般市民や各支部等に申し入れ,等の対処を実施してきました.また,「野鳥観察・撮影の初心者に向けた,マナーのガイドライン」(2022)の作成や,マナーガイドラインのパンフレット(2023)を作成し,探鳥会等で配布を実施するなどの活動をしています.

6.野鳥撮影の法的規制 高橋満彦

日本国内では,野鳥撮影等の一般的規制(広く適用されるもの)はありません.絶滅危惧種への撮影等に対する規制もありませんし,保護区における規制についても,法律で一定程度導入され始めましたが,適用されるのはわずかな面積に過ぎません.一方,海外ではイギリスのWildlife & Countryside Actは,保護鳥の繁殖行動の妨害を禁止し,巣の撮影には撮影ライセンスを発行しています.アメリカのEndangered Species Actでは,絶滅危惧種のハラスメント“harass”は,捕獲と同義として処罰され,写真家の訴追も発生しています.また,その他の国でも,国立公園等では過剰接近,餌付け,コールバック,立入り等の規制が実施されている例があります.

海外の国立公園や保護区は原則として国有地であるため圡地所有権等に基づいて規制ができますが,日本の自然公園制度(国立公園)は,土地の権原に基づかない公法的規制で,私有地を指定できる反面,厳しい規制がしづらい状況です.また,環境保全当局の取締り権限,機動力・能力の差もあります.山野で取締りが困難なのは,どの国でも同じですが,海外ではレンジャーに警察権限があるなどの差もあります.

7.総合討論 守屋年史

規制・マナーの問題について,科学的な議論を行うためのエビデンスの収集などが鳥学会として貢献できるポイントという意見を頂いたほか、規制やマナー普及のために野鳥の観察者や撮影者の関係者に適切に届く効果的な情報発信が,実装のために必要という意見,また,撮影を主体としない野鳥観察の魅力を普及するといった昨今のスタイル自体を見直すことも重要な視点ではないかとの意見を頂きました.

写真8 自由集会の様子

<参加者との意見交換>

  • 自然観察ツアーを開催するにあたり,マナーを教えることは大切だが,あまりマナーを強調すると楽しむところが無くなってしまう可能性があるので,そこは難しい.
  • マナー問題は避けて通れない問題であるため,ツアー会社は,関係する団体や組織と協力し情報を発信していく必要がある.届けたい人への効果的な情報発信が必要.
  • 説得力を持たせる方法としてエシカルフォト(倫理的な写真撮影)などの議論が足りないような気がする.
  • 鳥学会員としては,このような問題が鳥にどういった影響を与えているかを定量的に示していく必要がある.
  • 一方的にこういうことは悪いから止めろと言っても相手が反発するだけで難しい.鳥学会に属する研究者は,鳥に影響を与える行為について,科学として何が,どう影響するかを明確に示すことが大事だと思う.
  • 鳥の野外調査の倫理規定がないため,学会がバンディングなどの野外調査(研究)に対しても倫理的な観点と必要性をしっかりと示していくべき.
  • マナー問題には教育が重要だと感じる.子供達から教育を進めていくのがよい.
  • カメラを捨てたバードウォッチングを復活させた方がよいと思う.カメラで撮影することはとても楽しいことだが,あえてカメラを持たないで観察にシフトした鳥見をすることで,鳥との接し方などについて見直すきっかけになるのではないか.
  • 環境アセス関連の調査者には,調査圧について理解していない方がいる.今後,一般の方への啓発含め,業務としている方々への注意喚起も必要ではないか.

また,会場では以下のようなアンケートも実施したところ,問題事例把握や配慮を行っているとの意見も多く寄せられ,関心の高い事柄であることが実感できました.アンケートの質問は、以下のとおりです.

(質問1)野鳥観察や撮影に関わる問題事例を知っていれば教えてください.
(質問2)野鳥観察や撮影についてご自身で気をつけていることがあれば教えてください.
(質問3)自由集会の感想

なお,アンケート継続して実施しているため,この記事を読んだ方の中からもアンケートに回答頂けると幸いです.

アンケートのURL
https://docs.google.com/forms/d/1k-xCtbwWDEUn00EQpVyzTW2EKjDFyfzwui5_6rOtCvY

2024年大会でも自由集会を開催予定です.
皆様、是非ご参加ください.

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