2023年度日本鳥学会黒田賞を受賞して

国立環境研究所・学振PD 澤田明

 この度は2023年度の日本鳥学会黒田賞を賜り、誠にありがとうございました。これまでのリュウキュウコノハズクに関する研究活動全体が評価対象となりました。私を研究者として育て上げていただいた研究指導者の方々、一人では行えない研究を共に形にしていただいた共同研究者の方々、離島での長期滞在を可能にすべくご尽力いただいた研究機関事務職員の方々、毎年半年におよぶ過酷な調査をともにやり遂げてきた学生の方々、調査生活を日々支えていただいた島の方々に深くお礼申し上げます。たくさんのデータをとらせていただいたリュウキュウコノハズクの方々にも感謝を申し上げます。この受賞報告では受賞記念講演では伝えきれなかった背景や思いを綴ることにいたします。

 約10年になるリュウキュウコノハズクとの付き合いは、2014年度に大阪市立大学の教員だった高木昌興氏に出会ったところから始まりました。当時学部3年の私は大学院から行う研究として高木先生の沖縄での野外研究に興味を持ちました。そこで学部4年の夏に、宮古島と南大東島の調査を見学しました。それぞれの調査地の特徴を実際に見ることで、自身により合っていると感じた南大東島のリュウキュウコノハズク研究を選択したのでした。
 
 島の標識個体群の長期研究は、進化学や生態学における古典であり最先端でもあります。進化の実験場としての強みを生かした島の長期研究が、何十年も前からトップジャーナルを飾る革新的知見を生み出し続けているからです。私が携わる南大東島のリュウキュウコノハズク研究も約20年研究が続く島の鳥類標識個体群の長期研究です。

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図1:南大東島のサトウキビ畑と防風林

 私は、配偶者選択を中心テーマに据えつつ、南大東島のリュウキュウコノハズク個体群を様々な視点からとらえた基礎研究を行ってきました。その内容は、形態の記述のようなものから、個体数変化の解析のようなものまで多岐にわたります。その背景には個体から個体群の各過程は関係しており、配偶者選択を理解するには配偶者選択以外の要素にも目を向ける必要があるという考え方がありました。博士号取得後は波照間島を新たな調査地として加えました。複数の島で調査することで、島で行われてきた進化の実験の繰り返しデータを得るためです。こうした基礎研究を積み重ねることでより応用的な研究に取り組んでいく狙いもあります。しかし、検証する仮説の普遍性や掲載雑誌のインパクトファクターの高さが評価される世の中で、個々の基礎記述が評価を得ることには常々難しさを感じています。それゆえに、これまでの基礎の積み重ねが今回の黒田賞という形で評価を得たことを大変嬉しく思います。

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図2:波照間島のリュウキュウコノハズク

 受賞記念講演では具体的な研究成果の話に加えて、アウトリーチ活動についても話しました。調査地に長期滞在しながらの研究になるので、私の研究成果は地域の方々の支えのもと得られているものです。調査地への恩返しの気持ち、研究者としての責任感、さらには長期滞在型研究者だからこそできる何かがあるはずという使命感のもと、島でのアウトリーチ活動に力を入れてきました。

 アウトリーチの重要性を説いた受賞記念講演をお聞きになった方の中には、野外調査には高いレベルのコミュニケーション能力が要求され、私はその力を備えていると思われた方もいるかもしれません。しかし、実際の私はむしろそのような活動に苦手意識を持っています。南大東島の研究系の先輩方は地域交流を特に上手に行なっていました。それゆえに、そのようにできない自分は今後島で研究を続けていくのは無理かもしれないと思っていた時期もありました。頻繁に飲み会に参加すれば明らかに目先の調査時間は削られます。とはいえ、調査だけして地域と交流を全く持たないのがよくないことも分かります。おそらくちょうどいいバランスがあり、その最適なバランスはきっと研究者の性格や研究スタイルによって変わってくるはずです。調査の年数を重ねてこれに気付いたことで自分のペースで素直に調査地に向きあえるようになり、この先も調査を続けていけそうだと思えるようになりました。これから野外調査を行なう学生には地域交流に不安を覚える学生もいるかもしれません。私はそういう学生には「素直に向き合っていけば大丈夫」と伝えたいです。

 最後に、日本の島の長期研究についても思いを記します。豊富で多様な島を擁する日本で島の長期研究が盛んに行なわれないことは、非常にもったいないことだと思います。進化生態学の視点での長期研究は歴史的に欧米で盛んに行なわれてきました。時間がものを言う分野であり、新規参入した場合の数十年の時間差はどう頑張っても埋められないことは事実です。しかし、ではやる意味はないのか?というと、そうでもないはずです。たとえ研究期間が欧米より短くても研究者の工夫と着眼次第で、その時間差に負けないくらいの独自性や意義を見出すことが出来ると考えています。現在の我が国の研究環境は、地道な基礎研究を続けやすい環境とは決していえません。それでも、私は沖縄のリュウキュウコノハズク研究系の存続を諦めず、島の長期研究の価値を世に発信し続けていきたい所存です。

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2023年度日本鳥学会内田奨学賞選考報告(伊関文隆)

伊関文隆

 この度は、内田奨学賞を頂き大変光栄に思います。論文の共著者、協力者、査読者の方々、賞の選考者の方々のおかげであり、深く感謝申し上げます。

 私は猛禽類調査の仕事をしており、休日も春秋はタカの渡り、夏はサシバの繁殖モニタリング、冬は越冬ノスリなど、年中猛禽類の観察・調査をしています。今回は渡りの時にピンときたツミの換羽についての論文で受賞しましたので、その内容についてご紹介いたします。

 鳥類にとって換羽は、繁殖および渡りと並ぶ重要なイベントですが、それらに比べ研究が進んでおらず、基礎的な情報にも未解明な部分が多く残されています。タカ科とハヤブサ科は換羽様式が異なると図鑑等にも記載されていますが、今から18年前に撮影したタカ科のツミがハヤブサと同じく初列風切の中央が最初に換羽していたのを見つけ(通常タカ科は内側が最初に換羽する)、これは面白い!と、その換羽様式を解明すべく研究を始めました。

 換羽の順番を推定するにはいくつかの方法がありますが、1つ目の方法として個体の換羽状況を継続して記録していく方法があります。飼育されている個体の各羽根に印(今回は部位の番号)をつけて、毎日、抜けていく羽根をチェックしていきます。単純ですが非常に手間のかかる作業です。これは共著者の佐藤達夫さんと行徳野鳥観察舎友の会の方々のご尽力により、傷病鳥として保護されていた幼鳥の換羽を追跡することができました。幼鳥の前に成鳥にも同様の調査を行っていたのですが、上手く羽根が収集できず解析困難という失敗を乗り越えてのものでした。結果は期待に反して一般的なタカ科と同じ換羽をするというものでした(ツミが一般的な換羽をしている証明はされて無かったので、これはこれで重要な結果)。
 

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5月に渡るツミの若鳥。褐色の羽根はまだ換羽していない幼羽、青みのある羽根は成鳥羽へと換羽した羽根であり、この個体は初列風切の中央6枚(P3-8)が換羽している。一般的なタカ科は初列風切を赤矢印の1方向へ順番に換羽するが、一部のツミは越冬期に緑矢印のように中央から外側と内側の2方向へおおむね交互に換羽していく。

 2つ目の方法として、捕獲や撮影された個体等からその時点での換羽状況を記録し、集計していく方法があります。ただし、この方法は1個体から少しずつしか情報が得られないため、多数の個体から換羽状況を読み取る必要があります。捕獲は非常に困難であるため、今回は写真と標本からデータを収集しました。標本では十分なデータが得られず、協力者の方々に写真をお借りしたり、撮影数を増やすことでデータを収集していきました。しかし、撮影も比較的困難であり、データを収集するのに10年以上かかりました。得られたデータを全てごちゃ混ぜにして解析すると上手くいきませんでしたが、時期別に分けることで上手く解析できました。冬に(越冬地で)換羽を行った個体はハヤブサ科に似た換羽を(途中まで)行い、冬に換羽せず夏に(繁殖地で)換羽を行った個体はタカ科と同じ換羽をしていると推測されました。つまり、ツミは全ての個体が同じ換羽をするわけではなく、個体によって異なる2種類の換羽をしていたのです。種内で複数の換羽様式があるのは稀ですが、アカモズなどスズメ目でも見つかっています。なぜ複数あるのかはよくわかっていませんでしたが、ツミでは生態(換羽の時期や場所)が関係していることが示唆されました。ツミの換羽は更に複雑な可能性がありましたが、これは情報不足で本報では解明できませんでした。他にも面白い点があったのですが、長くなりますので論文を読んでいただけると幸いです。

 実は論文が受理されるまで非常に困難な道のりがありました。データが揃ってようやく論文が完成した矢先に、先行論文が出て内容の一部について先を越され、大ショックを受けました。その論文で解明されていない部分もあったので、急遽、この論文を引用して形を変えて提出しましたが即席だったこともありリジェクト(却下)されました。続いて、先行論文には問題点があったのでその部分をどう扱うべきか悩ましく、それを指摘せずに避けて引用して再提出するも却下。3度目は文章構成が悪く査読されるまでもない、と却下。4度目の提出では先行論文の問題点を指摘しながら引用するという形で、ようやく論文が受理されました。

 今回、世界的にも稀な例であるため共著者の三上かつらさんを頼りに英語論文にしました。しかし、私は国語が不得意で英語はなおさらなので①日本語で論文作成、②とりあえず英語化、③三上さんによる内容と英語の修正、④プロによる英語修正、という工程があったため、3度のリジェクトと相まって、論文作成に膨大な時間と手間がかかりました。もう英語論文はこりごりでしたが、今回、英語化が評価されたということでやって良かった、報われた感があります。いつか国外の方に引用してもらえたなら、なお嬉しく感じるでしょう。

 換羽は研究の穴場で、生態や分類などと組み合わせて研究されていくと面白い発見につながるように思います。また、ツミ自体も換羽だけでなく渡りのルートや遺伝子解析などが研究途上で、かなりの謎が残された題材だと思います。私もツミの換羽の研究を続けますが、興味を持たれた方によって研究されることも強く望んでいます。

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研究室紹介: 人間環境大学 岡久研究室

人間環境大学環境科学部フィールド生態学科
助教・岡久雄二

はじめに
鳥学会の委員の皆様から研究室紹介のバトンをいただきました。今回は、人間環境大学環境科学部フィールド生態学科の保全鳥類学研究室(岡久研究室)の紹介をさせていただきます。

人間環境大学環境科学部フィールド生態学科とは?
人間環境大学は2000年に開学した比較的新しい私立大学です。愛知県と愛媛県にキャンパスがあり、環境科学部フィールド生態学科は愛知県岡崎市本宿にある岡崎キャンパスのなかにあります。
“フィールド生態学”という学科名の通り、「野外調査」と「生態学」に力を入れており、森、川、海などのフィールドを舞台とした実験・実習で生態調査や環境保全の技術を修得するための教育を行っています。
岡崎キャンパスには演習林が併設されており、キビタキ、センダイムシクイ、サンショウクイなどの夏鳥を中心に50種程度の野鳥が観察できます。そのうえ、大学の向かいにある扇子山では毎年3,000羽以上のタカの渡りが観察できます。さらに、タカの渡りで有名な伊良湖岬へもすぐ行けるというバードウォッチングには適したロケーションです。野鳥が好きな学生の皆さんには、本当に魅力的な環境だと思います。

岡久先生ってどんな人?
私自身はキビタキの研究で博士号を取得しました。若かりし頃の姿については「はじめてのフィールドワーク〈3〉日本の鳥類編」(東海大学出版)などをご一読ください。現在は再導入生物学を専門として、トキ、アカモズ、シロハラサギなどの研究を行っています。
とくに、トキについては環境省野生生物専門員や希少種保護増殖等専門員として、7年間と少しの間、佐渡島におけるトキ野生復帰を主導してきました。日本のトキ野生復帰を成功させた研究者(実務者)の一人というのが、日本鳥学会における私という人物の評価だろうと思います。
佐渡島ではトキ保護増殖事業およびそれに紐づく計画管理、モニタリング、科学的評価、地域調整などを行ってきました。このなかで、トキの育成方法による繁殖行動の違い(Okahisa et al. 2022)、統合個体群モデルによるトキ野生復帰の評価法の開発(Okahisa & Nagata 2022)、トキ野生復帰が佐渡島にもたらす経済的影響の評価(岡久2023)などを論文としてまとめました。
また、こうした朱鷺保護活動のノウハウを他種の保全へ応用することを目指し、残り27羽まで減ってしまったブータン王国のシロハラサギ保全を目指した取組みや他の国内希少野生動植物種の再導入の科学的評価なども行っています。

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佐渡島に再導入したトキ

岡久研究室ってどんなところ?
岡久研究室は、保全鳥類学研究室と名乗っており、「希少鳥類の保全を実践する研究室」を自称しています。院生の配属はなく、学部3・4年生のみを受け入れています。ただ、学部1・2年生や他の研究室のゼミ生であっても保全に対する熱意があれば一緒に活動しており、現在は約30名の学生が私のもとで希少鳥類の保全に取り組んでいます。
研究室の最も大きなプロジェクトはアカモズの保護増殖です。かつてアカモズは日本各地に広く生息していましたが、2022年時点において本州と北海道の一部地域に残り200羽程度の繁殖が確認されているのみです。当研究室の行ったシミュレーションに基づけば、本州個体群は2026-2030年にも絶滅すると予測されています。
このようなアカモズを救うため、国、地方公共団体、研究機関などと連携し、生息域内における捕食者対策の実施、巣の保護と救護、普及啓発を進めるとともに、緊急避難的措置としての生息域外保全、越冬地および渡り中継地での情報収集、細胞の保存等の取組みを行っています。

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アカモズ(提供:松宮裕秋氏)

当研究室ではこれらの取組みのうち、本州における保全を担当しています。アカモズの生息域内・域外保全の両者について、現場で生じた課題を評価し、解決方法を開発し、実用することで保全を前に進めていくということが私たちのミッションです。捕食者対策、ファウンダー導入を目指した卵移送方法・育成方法など、様々な開発が必要です。その結果、工具を持った学生たちで研究室が溢れる日もあります。また、当研究室の重要なパートナーである豊橋総合動植物公園では学生たちがアカモズの行動観察、飼育補助や保全の普及を目指した展示作製等の活動を行っています。
保全鳥類学研究室は設立からまだ2年目ですが、熱意溢れる学生たちや学外の多くの関係者の皆様に支えられて、アカモズの育成に成功しました。

〇詳細はこちら⇒https://www.uhe.ac.jp/info/ntf/230828001786.html

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アカモズの人工育雛の様子

これらをファウンダー(始祖個体)として飼育下での繁殖を実施することで、飼育個体群を確保し、アカモズの短期的な絶滅の回避を目指します。また、生息域内での保全活動を一層強化することでアカモズの減少を止め、将来的に飼育下で生まれた個体を野生復帰させることで、アカモズの野生個体群が安定的に存続可能な状況に達することを目指しています。
「研究をして良い学術論文を書いて保全へ提言する」ことは研究者の重要な役割ですが、対象種の保全を成功させなければ意味はありません。そして、真に持続可能な保全の取組みを確立するためには、鳥類の保全を実践する専門家を継続的に育成していかねばなりません。こうした考えに基づいて、学生たちには研究目的の野外調査だけでなく、生息域内での保護活動や動物園での域外保全の活動、行政との調整などを実践してもらっています。当研究室での経験を活かし、他大学の院に進んで鳥類の保全を推進する研究者になったり、社会に出て生物多様性保全に貢献したりするような人材を育てたい、というのが一教員としての願いです。
鳥類の保全に熱意のある高校生の皆さんは、ぜひ当研究室で一緒に活動していきましょう。

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博物館での仕事とノスリの追跡研究

北九州市立自然史・歴史博物館(いのちのたび博物館)
中原 亨

私は現在、学芸員として博物館に勤務しております。はやいもので、現職についてから6年目になりました。このたび、鳥学通信の執筆依頼をいただきましたので、博物館の仕事と自身の研究について、少し綴らせていただきます。

博物館は「調査研究」「資料の収集・保存・管理」「展示」「教育普及」等、様々な役割を担っています。私たち学芸員は、研究に従事する傍ら、標本を作製したり、展示会の準備をおこなったり、講座やイベントを実施したりしています。繁忙期には来館者の列整理に出たりもします。
中でも大きな仕事の1つが、展示会の準備です。いのちのたび博物館では、春・夏・秋・冬に特別展を実施しており、そのうち春・夏に自然史の展示を行うことが多いです。特別展の準備では、まず学芸員間でどんなコンセプトの展示を行うかというアイデアを出しあい、その中から候補をいくつか選び、向こう数年間のおおまかな展示計画が決まります。担当者となり、特別展の時期の数か月前になると、本格的な準備が始まります。どの収蔵標本を展示するかの選定はもちろんのこと、他館に相談し、標本借用を行う場合もあります。使用する標本が決まれば、展示パネルの執筆に取り掛かります。そのほか、造作案を作ったり、事務方の職員と協力して広報戦略を練ったりもします。会期の数週間前になると会場造作が始まり、展示台やケースの位置が決まったら、標本を出して配置していきます。造作業者さんや他の学芸員と連携しながら、最後まで展示を作り上げていきます(例:2021年春の特別展の準備の様子 https://www.youtube.com/watch?v=dmvue9259Sw 私もちょくちょく映り込んでいます)。
特別展が始まってからも、関連イベントやマスコミ対応などの仕事が続き、会期が終わると、撤収作業と標本の燻蒸(害虫駆除等のための薬品処理)が行われます。このように、特別展担当者は会期を挟んだ数か月間、ほとんどかかりきりになります。私は2024年春、初めて特別展の主担当を務めることになりました。3月開幕ですが、すでに水面下で準備が始まっています。楽しんで学んでいただける特別展を目指して頑張りたいと思いますが、この先順調にやっていけるか、期待と不安が入り混じっている今日この頃です。

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特別展の展示ケース。パネルの執筆・標本やラベルの配置は学芸員が行う。

さて、私は数年前から、鳥類の遠隔追跡に関する研究に取り組んでいます。中でもメインとして行っているのが、ノスリを材料とした追跡研究です。ロガー等を用いた追跡は、渡り経路の解明だけではなく、選好環境の解析や行動生態学的な研究を行う上でも非常に有用です。私はもともと鳥類の追跡研究に興味があり、出身大学を離れたのを機に本格的に取り組み始めました。また、対象種としているノスリは比較的普通に見られる猛禽類であるにもかかわらず、注目されたことは少なく、まだまだたくさんの研究の可能性を秘めた魅力的な存在です。里山に生息するノスリは高い生物多様性を内包する二次的自然環境の指標種となるポテンシャルがありますし、渡りルートの異なる個体群間を比較することにより、鳥類の渡り行動がどのように個体群の分化に影響するのかを研究する上でもよい材料となります。これまでもいくつかの生物を研究対象として扱ってきましたが、ノスリの追跡に携わるようになって、ようやく一つの軸を得て研究を取り組めるようになったかなと思っています。
最近は、九州に渡ってきたノスリが越冬期に見せる個体間相互作用に興味を持ち、研究に着手しました。特定の個体同士の行動を追うためには、それらを狙って捕獲し追跡しなければならないという高いハードルがありますが、共同研究者をはじめ多くの方々にご協力いただきながら、そして今まで培ってきた経験をもとに試行錯誤しながら、チャレンジしています。学会や論文等で新たな成果を発表していけるよう、今後もノスリを材料とした研究に邁進していきたいと思います。

※これまでの一連のノスリ研究についてオンラインでご紹介する機会をいただきました(我孫子市鳥の博物館「鳥博セミナー」、2023年9月3日、詳細は https://www.city.abiko.chiba.jp/bird-mus/gyoji/event/index.html )。ご興味のある方がいらっしゃいましたら、是非ご視聴ください。

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研究対象種のノスリ。
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日本鳥類目録第8版出版予定の延期について

※本記事は鳥類目録委員会Webページからの転載記事です.<https://ornithology.jp/iinkai/mokuroku/index.html#20230810>
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目録編集委員長

 今春の第2回パブコメと今年9月の目録出版を目指して来ましたが、それらが予定通り実施できず、また見通しを今日までお示しできずにいたことをまずはお詫び申し上げます。

 国内の種・亜種についての分類と生息分布・記録について、それぞれ鳥類分類委員会と日本産鳥類記録委員会で各委員が情報収集、検討、整理を行うとともに、随時Web会合やメールで審議をおこなってきました。目録編集委員会ではWebでの会合を今年度は既に4回開催して検討を続けております。しかし、世界での分類成果とリストの精査、全国各地の協力員から寄せられた分布記録の整理、ともに情報量が膨大であり、委員各自がそれぞれの仕事を抱え、また研究・調査を行いながらの作業でもあるため、予想以上に時間がかかってきました。

 第2回パブコメの開始について、上記の理由によりこれまで見通しを立てられずにおり、会員と関係者の皆様には大変ご迷惑をおかけしてしまいました。しかし、作業の進展により、ようやくリスト化の目途が立ってきました。この9月の金沢大会での自由集会において、目録のリスト案を示すとともに編集の状況と第2回パブコメについて説明し、参加者との意見交換をおこないます。そして、9月中に日本産種・亜種の和名・学名リストを公表し、10月中には分布を含む暫定リストを公表して第2回パブコメを開始し、パブコメで寄せられたご意見と情報によって原稿を修正して2024年9月の出版をおこなうことを決定しましたのでお知らせさせていただきます。

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2023年度黒田賞、内田奨学賞の受賞者が決定しました

基金運営委員会の学会賞選考報告が発表されました。選考報告を、鳥学通信にも再掲します。今年度の黒田賞は澤田明氏(国環研)、内田奨学賞は溝田浩美氏(兵庫県立人と自然の博物館)と伊関文隆氏(NPO希少生物研究会)に決定致しました。この度の受賞、誠におめでとうございます。
https://ornithology.jp/iinkai/kikin/prizes.html
報告:基金運営委員会委員長 川上和人
2023年度日本鳥学会黒田賞選考報告

基金運営委員会で規定・運営指針に則して研究内容のオリジナリティ,鳥類学における重要性,将来性などについて検討,審査の上,受賞候補者を評議員会に推薦し,下記の通り決定された.

受賞者:澤田 明
(国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域)

澤田明氏は,南西諸島の鳥類,とくに南大東島のリュウキュウコノハズク個体群を主な研究対象とし,地道な野外調査と緻密なデータ解析により配偶者選択を中心に生活史進化について明らかにしてきた.研究テーマは,個体群内の遺伝構造解析,近親交配回避や同類交配メカニズムの解明,個体群動態解析,さらには分散距離に関する新たな解析手法の提案など多岐にわたる.南大東島では対象種の個体標識データが長期蓄積されているが,澤田氏はこれらの既存データを解析するだけでなく,自ら個体標識や繁殖モニタリング調査を精力的に実施することで当地の長期個体群研究を大きく発展させてきた.博士学位取得後わずか2年であるにもかかわらず,鳥学に関する研究成果は合計14編の論文として国内外の査読付き学術誌に掲載されている.そのうち11編は筆頭著者として英文で発表されており,国際的な成果の発信に大きく寄与している.書籍や一般向け雑誌において研究成果を広く発信しているほか,調査地においては観察会や講演会の実施,多数の地域行事参加など地元社会への貢献に対して非常に積極的である.澤田氏のこれらの業績が高く評価され,黒田賞受賞者として選定された.今後は学会運営にも参画し,日本の鳥学をさらに発展させる原動力となることが期待される.

なお,受賞内容は総説として日本鳥学会の学会誌に掲載予定である.


2023年度日本鳥学会内田奨学賞選考報告

基金運営委員会で規定・運営指針に則して検討,審査の上,受賞候補者を評議員会に推薦し,下記の通り2名に決定された.

受賞者:溝田浩美
(兵庫県立人と自然の博物館 ひとはく地域研究員)

推薦根拠論文:
溝田浩美・布野隆之・大谷 剛 (2020) 育雛期間の進行に伴うアオバズクNinox scutulata japonicaの給餌内容の変化.日本鳥学会誌 69: 223−234.

溝田浩美氏はひとはく地域研究員として猛禽類に関する地道な調査と普及啓発活動を行っている.溝田ら(2020)では夜行性のアオバズクを対象として,雛の成長に伴い給餌内容を変化させていることを1,400個体以上の内容物を含む多数の食痕の分析と食物となる昆虫の捕獲調査を組み合わせることで明らかにした.観察の難しい夜行性鳥類の生態を明らかにしただけでなく,保全への貢献からも重要な内容である.溝田氏はこれまで多くのアウトリーチ活動を続けてきており,本賞の受賞により基礎的で地道な活動が評価されることは本人の大きな励みとなり,今後の次世代育成や市民科学活動へのより大きな貢献へとつながることが期待される.

受賞者:伊関文隆
(NPO希少生物研究会)

推薦根拠論文:
Iseki F, Mikami K, Sato T (2021) Unique and complicated wing molt of the Japanese Sparrowhawk Accipiter gularis.山階鳥類学雑誌 53: 3−23.

伊関文隆氏は長年猛禽類の渡りや繁殖の調査を行い,Iseki et al. (2021) ではこれまで10年以上にわたり蓄積した写真や剥製等の200例を超える情報から,ツミの換羽様式についてその独特な特徴を示した.本研究で呈された換羽様式と生態の関連性を示唆する成果は基礎科学としての価値が高く今後の発展性が期待されるだけでなく,英語論文として発表していることから国外への波及効果も期待できる.アマチュアとして研究を行う中で長年蓄積した情報を英語論文として発表することは大きな成果であり,これが評価されることにより今後のさらなる研究活動の発展が期待される.


2023年度日本鳥学会中村司奨励賞選考報告

今年度は本賞の応募がなかったため,該当者がなかった.

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英文誌ペーパーレス化の検討のための学会員へのアンケートのお願い

ウェブサイトに7月3日に掲載したお知らせを、鳥学通信にも再掲します。アンケートの回答数が少ない状況ですので、鳥学会員の皆様は7月31日までにご協力をお願い致します。アンケートの回答は下記のリンクから(Google formに移動します)。
https://forms.gle/AKSnXgqqJgZ2PZRS7

日本は紙の消費量が非常に多く、国民1人あたりの年間消費量は世界6位となっています。生物多様性の保全を含む、環境負荷の低減において「ペーパーレス化」は重要な取組のひとつです。しかしながら、鳥学会においても、その取り組みはまだ十分とは言えません。例えば学会誌等の印刷物は、和文誌・英文誌ともに年間2800部(合計5600部)に相当します。例えば英文誌は、1部あたりの平均ページ数が125ページのため、年間35万ページの紙が使用されています。学会誌をペーパーレス化することで、こうした紙資源の印刷製本および郵送に関わる環境負荷の低減が期待できます。

さらにペーパーレス化は、学会会計における支出の削減にも貢献します。現在、学会誌の印刷製本・郵送に関する支出額は年間約430万円(うち印刷製本が350万円、郵送が80万円)となっています。これは全支出額の1/3を上回る額です。近年の会員数の推移を踏まえると、今後も大幅な収入増は見込めない一方で、さらなる支出増の可能性も考えられます。学会誌のペーパーレス化によって支出を大きく抑えることで、今後も年会費をできるだけ維持するなど、学会員へのサービス維持・向上に努めることができます。

上記の理由から、鳥学会では英文誌「Ornithological Science」のペーパーレス化に向けた検討グループを立ち上げました(メンバー:事務局および英文誌・和文誌・広報委員会の各委員長)。なお、和文誌は今回はペーパーレス化の対象外です。英文誌のみを対象とした理由は、海外の他の雑誌同様、ペーパーレス化へのハードルが比較的低いためです。しかしながら、英文誌のペーパーレス化によって生じうる様々な問題を慎重に検討した結果、学会員に確認が必要な項目が複数あるという結論に達しました。

そこで学会員の皆様にアンケートを行い、その結果を踏まえ、鳥学会全体としての英文誌のペーパーレス化の方針を決定したいと考えております。回答期限は2023年7月31日(必着)とさせていただきます。お手数ですが、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。

なおメールアドレス未登録の会員には、アンケート資料を郵送で配布いたします。回答方法はそちらの資料をご覧ください。

内容に関するお問い合わせ先:
日本鳥学会事務局 片山 直樹 (会計幹事)
メール: katayama6@affrc.go.jp
電話 : 029-838-8253

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(2023年7月3日 英文誌ペーパーレス検討グループ)

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鳥の位置情報を記録するのに便利なスマホアプリ

広報委員 三上修

調査をするのはいいけれど、それをデータとして起こすのはなかなか気が重い作業です。私も、録音したものや、録画したもの、紙に記録したものがたまりがちです。

以前よりも楽ができることは増えています。たとえばICレコーダーで記録した音声を文字起こしソフトを使って書き出すとか、録画した画像を動きのあるところだけ抽出するとか。

ですが、なかなかそれができなかったのが、地図上に記録をしたものです。たとえば、観察した鳥や巣の位置を地図に記録したものです。

鳥の位置情報アプリ紹介サムネイル.png

どうにかできないかと、これまでいろいろなアプリを試してみたのですが、どうも自分のやりたいことができるものがなく、結局、野外で紙に記録して、それを持ち帰ってからパソコンに入力していました。何人か同じようなことをしている知人に相談したこともあるのですが、結局、みな紙に記入して、それをPCに入力するとのことでした。

しかし、今回紹介するスーパー地形というアプリは、良い機能がどんどん追加され、今のところ私のやりたいことが全部できるアプリになってくれています。

このアプリで何ができるかを話すために、仮に、都市部でカラスの巣の調査しているとします。これまでであれば、事前に調査する場所の調査地図を印刷し、現地に行ってその地図に記入し、巣の写真を撮っていました。そして後で、調査結果をパソコンに入力し、写真については何らかの方法で紐づけておかなければなりませんでした。これが面倒なのです。

しかし、今はスマホを持って行って、
 ・スーパー地形を起動
 ・地図上の場所をタップして、ポイントを記録する
 ・備考欄に、ハシボソガラスの巣 マツの木、と記入
 ・スマホで写真を撮る
これで、終わりです。

つまり、調査日(時刻)、位置、メモ、写真すべて一括で管理できるのです。そしてそれを保存用に外部に出力してPCで管理できます。ArcGISやGoogle Earth Proなどに表示することもできます。

もし複数の調査項目を記入したい場合は、備考欄に、項目ごとにスペースか何かで区切って記入すれば解決です。たとえば、先ほどのカラスの巣について、種、樹種、高さ、巣材、繁殖ステージの5項目について書くのであれば「ボソ マツ 15 人工物あり ヒナあり」とでも書いておいて、あとでエクセルか何かで取り込んでスペースごとにセルを分割してしまえばよいのです(gpxファイルをエクセルで無理矢理開いてしまい、スペースでデータを区切り複数のセルに分割する、など)。

データが一括管理できたり、PCへの入力の手間が省けるのはもちろんですが、このアプリを使ってみてよかったなと思うことが他にもあります。
 1.事前に調査地図や調査用紙を作る必要がない
 2.現在位置が分かるので、初めての場所でも迷わず記入できる
 3.天候が悪くても使える

3は思ったよりも便利でした。霧とか朝露で調査用紙がぐしゃぐしゃになった経験があるかと思いますが、そういうことを気にせずできます。

オフラインでも使えますので通信料の心配もいりません。ただし、オフラインの場合は、事前にネット環境下で、調査地する場所の地図を一度眺めておく必要があります。そうするとオフラインにしても地図が残っているので、それが表示されます。

私の場合は、電池の消耗を避けるためもあって、野外ではオフラインで調査をして、Wi-Fi環境のある場所に行ってから取ったデータをGoogle Driveに保存しています。これは写真があるからで、写真がなければファイルサイズは軽いので100地点の記録でも0.1 MBくらいですから通信料もほとんどかかりません。なおデータを掃き出す際のファイル形式は汎用性のあるものなので、万が一に、このアプリのサービスが終わっても問題ありません。

スマホの画面や文字が小さくてつらいという方もいるでしょう。私もアラフィフなので、老眼が少し入ってきました。そういう方はモバイル通信機能のないAndroidタブレットやiPadでもいけます。

問題はお値段ですが、なんと必要な機能は無料で使えてしまいます。ルートセンサスくらいならば無料でも問題ありません。ただし、有料のほうが制限なく使えてストレスがありません。しかも960円で買い切りです(毎年960円ではなくて1回課金すればよいだけです)。それに課金をすることで、アプリ製作者の方を応援することにもなります。もっと改善してくれるかもしれません。

授業でも使えるかもしれません。野外実習などで、それぞれ学生が撮影した動植物の写真を全体で一つの地図に表示したりすることもできるでしょう。いろいろ楽しみが多いアプリです。

紙での記入のほうが早くて便利な場面ももちろんあるので、結局は使い分けです。ですが、自分の記録方法に合うか、まずはお試しになってみてはどうでしょうか?

なお、普通にバードウォッチングの記録をしたりする場合は、バードリサーチが提供してくれているフィールドノートも便利です。

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ポスター賞応募のいろは ~講演要旨は大事~

企画委員会 中原 亨

6月1日から、日本鳥学会石川大会の申し込みが始まりました。現地での発表を検討されている方も多いのではないかと思います。若手会員の中には、ポスター賞へ応募される方もいらっしゃることでしょう。今回は、ポスター賞について、少し書かせていただこうと思います。

日本鳥学会ポスター賞は、若手の独創的な研究を推奨する目的で設立されたものです。2016年度から常設の賞となり、2023年度大会で第7回を迎えます。30歳以下の若手会員が対象となっており、毎年学生を中心とした多くの方々が応募しています。以前は2部門で募集を行っていましたが、内容の多様化や応募者の増加に伴って2021年度から審査部門を再編し、現在は「繁殖・生活史・個体群・群集」「行動・進化・形態・生理」「生態系管理/評価・保全・その他」の3部門で募集を行っております。

さて、ポスター賞は、どのように審査されているのでしょうか?
ポスター賞は毎年、前もって企画委員会からお願いをし、ご承諾いただいた方々によって審査が行われています。各部門数名の審査員が、手分けしてすべての応募発表に目を通しています。多くの場合は一次審査と二次審査を行っており(大会スケジュールによっては二次審査を実施しない場合もあります)、一次審査では講演要旨とポスターをもとに「研究のオリジナリティ」「妥当性」「学術的・社会的な重要性」「研究テーマの将来性」「ポスターのわかりやすさ」について評価して受賞候補を絞り込みます。二次審査では、絞り込んだ受賞候補者のプレゼンテーションを実際に聞いて、同様の評価項目について再度検討し、受賞者を選出しています。喫緊2回(2021年と2022年)のポスター賞の審査状況を見てみると、応募総数が33件と48件、一次審査通過が11件と13件で、そのうちそれぞれ3件がポスター賞を受賞しています。

ここで1つ、注目してほしいことがあります。それは、参加申し込み時に提出する「講演要旨」が一次審査の対象に含まれているということです。つまり、審査はポスター賞応募と同時に始まっているのです。皆さんの中に、講演要旨をただの「予告」と考えている方はいませんか?それは大きな間違いです。講演要旨は論文のabstractと同様に、発表内容を要約したものである必要があります。つまり、要旨の中にも「緒言、材料・方法、結果、考察」が端的にまとめられているべきなのです。しかし講演要旨の中には、最後が「~について報告する予定である」や、「~について検証する」のような形で終わっていて、ほぼ緒言に終始していて方法・結果・考察が書かれていないものが散見されます。こうしたものは、講演要旨としては不十分であると言わざるを得ないでしょう。要旨を読んだだけで研究の全体をつかめるようにすることは重要です。結果がまだ出ていないからという理由で予告めいた形で書く方もいらっしゃいますが、少なくともポスター賞に応募する方々には、論文のabstractを書く時と同じだと考えて、整った講演要旨を作成していただきたいところです。ちなみに私は学生時代に指導教員から「要旨の中で結果を述べるときは具体的な数値も書いたほうが良い」とアドバイスを受けました。サンプル数や解析値などを記述することで、具体性を高める効果が期待できます。

さて、ここでは講演要旨に注目してみましたが、ポスターの内容をわかりやすく他人に伝えるためには、様々なノウハウがあります。近年はポスタープレゼンの指南書が発売されていたり、気を付けるべきポイントがWEBサイトで紹介されていたりします(ぜひ検索してみてください)。また、百戦錬磨の先生方や先輩方からの教えもあるかもしれません。こうした資料や意見を参考にしつつ、ポスター賞に応募される皆さんは、見た目にもわかりやすいポスターの作成を目指してください。研究の魅力や面白さをわかりやすく他人に伝えることは意外と難しいですが、伝えようとする努力を怠らなければ、内容に注目してくれる方々も増えることでしょう。たくさんのご応募、お待ちしております。

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2022年度日本鳥学会大会自由集会報告:W07 個体群行列モデルと集団的思考

森元良太(北海道医療大学)・島谷健一郎(統計数理研究所)

1.序 
 個体数のカウントデータを伴う研究発表は本学会で毎年多数見られる.ところが,個体数の増減を扱う基本的手法の一つである個体群行列モデルを用いる研究はほとんど見られない.このような現状を鑑み,その普及を図る目的で,生育段階と生活史,個体群行列の固有値という数学,行列成分のデータからの統計的推定という三つの基本概念を解説する自由集会を企画した.また,集団内変異や個体差という生態学の概念について,科学哲学の視点からダーウィンの進化論を起源とする集団的思考に関する解説も行った.20–30名の参加者のほぼすべてが若手会員だった.3つの話題について数学や哲学の話を聞くことは初めてに近い人が多く見えたので,これからのデータ解析や野外調査現場とつながりやすい話題も混ぜるよう意識した.

2.生残・成長・繁殖を表す個体群行列 
 鳥類に個体群行列モデルを適用した研究の多くは,個体を幼鳥や成鳥,または幼鳥,亜成鳥,成鳥という生育段階に分ける.幼鳥が生残すれば翌年,(亜)成鳥に成長する.成鳥は繁殖し幼鳥を生む.この過程を,各生育段階の個体数をベクトル,生残,成長,繁殖を個体群行列と呼ばれる行列で表し,ベクトルと行列の積という数学で表現するのが個体群行列モデルである.もっとも,これだけなら,数学は単に個体数の変化を計算させる便利な道具でしかない.ところで,個体数がある生育段階では増え,別な生育段階では減ったりすると,個体群全体として増加傾向にあるのか減少傾向にあるのかよくわからない.ところが,線形代数学の定理を用いれば,同じ個体群行列による個体数の変動が続くと,次第にどの生育段階の個体数も同じ率で変動するようになり,その率(個体群成長率)は個体群行列の固有値で与えられることが示される(高田・島谷,2022,3章参照).さらに,例えば稀少種の保全を図るうえで,営巣地の保護と成鳥の生残のどちらに重点を置くべきかの一つの指標として,感度分析という手法も確立されている(高田・島谷,2022,5章参照).
 2000年代に入り,複数の個体群を局所個体群と捉え,全体を一つの個体群とみなし,各個体が属する局所個体群を生育段階に組み入れ,局所個体群間の移出や移入を生育段階の推移として個体群行列の中で扱う研究が盛んに行われている.特に,局所個体群として渡り鳥の越冬地や巣箱を設置した地域を用いることにより,もし移出が移入を上回れば,その越冬地や巣箱はその個体群の維持,成長に貢献するsourceとして働き,移入が上回ればsinkとなっていると判断する.生育段階のアイデア次第で,様々な斬新な研究を実践できるのである.
 ところで,生育段階とは,基本的には個体差や集団内変異に基づく個体のカテゴリー分けである.この最初のステップの理解を深めるには,集団的思考というキーワードについて科学哲学の視点から学習することを推奨する.

3.集団的思考と誤差論的考え方 
 チャールズ・ダーウィンは自然選択説を唱えたことで有名だが,自然選択が働くための条件は,生物集団に変異があり,その変異が適応度の違いをもたらし,変異が遺伝することである.このように,集団内変異が自然選択の条件の根底をなしている.集団現象を捉えるときに,集団を構成する個々の対象の振舞いを積み上げていくのでなく,集団内変異に焦点を当て,集団自体を基礎的なものとする思考の枠組みを,エルンスト・マイアは「集団的思考(population thinking)」と呼んだ.現代進化論はこの集団的思考に依拠しており,マイアは集団的思考の生物学への導入をダーウィンの偉業として讃えた.
 集団的思考を精緻にしたのは,ダーウィンの従弟フランシス・ゴールトンである.ゴールトンはダーウィンの『種の起源』に感銘を受け,進化論を数学的に表現する先駆的な研究をはじめた.その際,参考にしたのが,社会学に誤差論を導入した社会学者アドルフ・ケトレーの研究である.ここで誤差論とは,測定値から誤差を取り除いて真値を求めるための理論である.測定において本来知りたいのは真値であるが,測定値には誤差が不可避的に含まれるため,真値を直接測定できない.同じ対象を繰返し測ると測定値はばらき,真値は一つだけのはずなのに,測定値は誤差によりずれてしまう.だが,測定回数を増やしていくと,測定結果の分布はしだいに釣鐘型に近づいていく.この釣鐘型の分布は「ガウス分布」と呼ばれ,誤差論ではガウス分布の平均は真値とされ,真値と測定値のずれは誤差とみなされる.ケトレーはこの解釈をもとに,人についても平均を典型的な特徴として捉え,その平均的特徴をもつ架空の人を「平均人」と呼んだ.このように,ケトレーは分布を扱ったが,集団内変異を重視せず,あくまで平均に注目した.誤差論では,集団内変異は単なる誤差にすぎず,真値が推定されれば誤差は用済みとされる.
 一方,集団内変異に注目し,分布の捉え方を大きく変えたのが先述のゴールトンである.人の身体的特徴や精神的特徴を測定することが人間の本性の理解につながると考え,さまざまな人種や階級の人を測定した.その結果,例えば身長や知能は,どの人種や階級で測定してもガウス分布になることを実証し,釣鐘型分布がどこにでも見られる現象であることを確信した.誤差論では,ガウス分布の平均を真値として,測定値のばらつきを誤差とみなす.実在の特性は真値である平均のみで,ばらつきは誤差にすぎず,実在の特性を表してはいない.それに対し,ゴールトンにとって,同じ釣鐘型分布はもはや単なる測定誤差ではなく,分布自体に法則が働くような集団の特性を示すものであった.ゴールトンにとって,釣鐘型分布の平均は実在する真値ではなく代表値の一つであり,分布のばらつきは誤差ではなく実在する集団の特性を表す.実際,フランス議員たちの身長やスコットランド兵たちの胸囲の測定値のばらつきは実在する.同じ釣鐘型分布でも誤差論とゴールトンでは解釈が異なるのである.そこでゴールトンは,ガウス分布と呼ばれている釣鐘型分布に,集団が示す「正常」で当たり前の現象という意味で「Normal Distribution」という新しい名前を与えた(日本語では彼の意図が反映されず,「正規分布」と訳される).誤差論は誤差を取り除いて真値を推定することが目的であるが,ゴールトンにとって,正規分布の有するばらつきこそが失われないよう残したかったものである.ゴールトンの分布の捉え方はその後,ロナルド・フィッシャーたちを通じて,現代の進化論や統計学に受け継がれている.
 さて,個体群行列モデルに話を戻そう.生育段階ごとの繁殖率や生残率など行列の各要素を,データと統計モデルからなるべく正確に推定しようとするのは(次節参照),誤差論的考え方である.一方,生育段階に分け,それらの個体数のばらつきが個体群の特性を示すというのは,集団的思考に依拠している.すなわち,個体群行列モデルには誤差論的考え方と集団的思考の二つが混在している.
鳥類研究の現場においても,この二つの見方が混在している.例えば,鳥の体サイズを測るとき,なるべく正確に測ろうと二回計って平均をとるのは誤差論的考え方,体サイズの分布をみるのは集団的思考である.おそらく,鳥学会会員の多くはこの二つの見方を区別しないで実践してきている.分布についての二つの捉え方を意識して区別することで,数理モデルや統計モデルに関する概念的理解は深まるにちがいない.

4.行列成分の統計モデルによる推定 
 個体に標識を付け,毎年,発見調査を行う.発見できれば,その個体は生残していたことがわかる.一方,発見できなかった場合,それは,その個体が死亡したからか,生残していたのに発見に失敗したかを判断できない.しかし,発見調査を繰り返し,発見できたか,できなかったかというデータに統計モデルを適用すれば,生残率と発見率を分離して推定できる(高田・島谷 2022,4章参照).
 大切なのは,生残率と発見率の推定は,標識調査を繰り返すだけではできず,一回こっきりの発見調査データに統計モデルを適用してもできず,両者を併用することではじめて可能になる点である.生育段階が齢の場合,幼鳥は生残したら(亜)成鳥へ推移し,繁殖調査と合わせて個体群行列の成分が推定される.なお,限られたデータからの推定なので,その不確かさも明示しておくことが望まれる.ベイズ統計により,行列成分とそこから計算される固有値(個体群成長率)を事後分布という確率分布で不確実さを明示できる(高田・島谷 2022,6章参照).

5.結語に代えて:
 標識調査のすすめ 個体群行列モデルを用いる研究の実践において,個体識別して経年的に追跡したデータは一つの出発点である.概して動物に標識を付ける作業は,捕獲技術や動物倫理など,解決すべき問題は多い.幸いなことに,鳥類では足環という個体識別技術が確立されており,国内においても膨大な標識調査データが蓄積されている.
 標識調査は動植物問わず野外生物調査の一つの基本であるが,それだけからからわかることは,移出と死亡の区別をつけられないなど,決して多くない.標識データを基盤に置き,そこに本学会で見られるような独自仕様の様々なオリジナルデータと複合させることで,二種類のデータは相互作用し,得られる成果は大きく膨張するのである.
 ところが,標識調査データを踏まえた研究発表が,鳥学会では驚くほど稀少である.本自由集会を企画する際,鳥学会会員の大半は標識データをダウンロードし保有しているものと思い込んでいた.どうして蓄積されているはずの標識調査データが共有され活用されていないのか.何人もの会員に尋ねたが,理由はわからないままである.

<参考文献>
高田荘則・島谷健一郎 (2022) 個体群生態学と行列モデル:統計学がつなぐ野外調査と数理の世界.近代科学社,東京.
森元良太 (2015) 集団的思考:集団現象を捉える思考の枠組み.哲學 134: 33–54.
森元良太・田中泉吏 (2016) 生物学の哲学入門.勁草書房,東京.

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