中原 亨・山本麻希・堀江明香(企画委員)
2020年10月17日、新型コロナウイルス感染症の影響で対面での大きな会議ができない中、第18回男女共同参画学協会連絡会シンポジウムがオンラインで開催された。鳥学会からは毎年オブザーバーとして企画委員が参加しており、本年度は山本・堀江・中原の3名が参加した。今回のテーマは「女性研究者・技術者の意思・能力・創造性を活かすために~女性リーダーが例外ではない社会をめざして~」であった。
当日は、午前中に分科会と特別企画が行われた後、午後に4題の基調講演が行われた。分科会では、JAMSTECの原田尚子氏から南極越冬隊におけるリーダー像模索の体験談、(株)協和発酵の神崎夕紀氏からキリングループの取り組みとキャリア形成における体験談、そして前日までワークショップを担当されたニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のLily Cushenberry氏から、心理学的側面から考えるリーダー像、革新的な試みを進める上での環境づくり、科学・技術・工学・数学分野(STEM)での女性のキャリア形成における課題等についての話題提供があった。その後、特別企画として第18回連絡会における提言・要望と、コロナ禍における研究者の活動実態に関する調査報告が行われた。
午後の基調講演の最初の講演者は東京大学の上野千鶴子氏。「男女共同参画はゴールかツールか?」というタイトルのもと、男女共同参画の実態と課題について話題提供があった。まず2003年に提示された男女共同参画目標の「202030」(2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度になるよう期待する)の数値目標を達成できなかったこと、そして雇用の面では女性の就業率は増えてきているものの、その約6割が非正規であり、男女の賃金格差が生まれていることなどが紹介された。女性研究者を取り巻く問題にも触れ、婚姻率が低いことや、女性研究者の生存戦略として、先端的な、男性とかぶらないニッチの、小規模なテーマを突き詰めていくことを実践している方が多いことなどが紹介された。さらに、「女性を増やすこと」がどういう意味を持つのか、という点に関して、ジェンダーと密接にかかわる言語が変わることによって学問が変わるという人文科学系研究者の意見や、性差医学が向上するという生命科学的側面など、具体的なメリットについての言及があった。最後に、男女共同参画を目的達成のためのツールとして考えるならば、「社会的公正」「効率性の向上」「社会変革」がその目的となりうる可能性があることが述べられた。そして、様々な社会問題が存在する中で持続可能性が叫ばれる現代において、安心して弱者になれる社会を創りたい、という内容で締めくくられた。
2人目のElyzabeth Lyons氏(米国国立科学財団NSF)からは、NSFが実施した、女性がSTEMに参加できるようになるための取り組みについての話題提供があった。早い段階からSTEM分野に興味を持ってもらうための、大学生までの女性向け教育プログラムを長年にわたって実施するとともに、組織のトップの考え方を変えていくためのプログラムを開始したことによって女性の個人向け支援から組織向けの支援へと広がりを見せたことが紹介された。
3人目の渡辺美代子氏(科学技術振興機構)からは、世界から見た現在の日本の男女共同参画の状況と、さまざまな調査事例・研究事例が紹介された。世界から見て現在の日本は、教育面では高水準であるのに対し、創造的・主体的人材の育成や女性の参画が不足していること、SDGs達成目標の「ジェンダー平等」が「達成に程遠い」とされる3か国に含まれてしまっていることが指摘された。一方で、高水準とされる教育面においても学力到達度の男女差が近年拡大していることも指摘された。男女差や男女混合チームについての興味深いデータも提示され、点数で評価される科学オリンピックでは男子の、口頭発表で評価されるSSHでは女子の受賞率が高いという違いや、男女混合グループの研究論文の評価や特許の経済価値が相対的に高いことが紹介された。さらには、無意識のバイアスの存在を理解することの重要性と、無意識のバイアスにとらわれないための女性限定公募の必要性についても述べられた。
4人目の栗原和枝氏(東北大学)からはまず、学協会連絡会の歩みについての紹介があった。連絡会立ち上げの経緯や、連絡会が実施した大規模アンケートに基づいて様々な提言が提出されたこと、それらの貢献等によりRPD制度が創設されたことなどが紹介された。次にご自身の研究歴と体験談の紹介があった。最後には若い世代に対して自分で限界を作らずに活躍してほしいとのエールが送られ、世代にあった男女共同参画のための活動をおこなうとともに、社会貢献を考えた研究活動を行ってほしいというメッセージで締めくくられた。
すべての講演が終わった後には、講演者によるパネルディスカッションが実施され、高校における文理選択の問題点の指摘や、ワークライフバランスについての講演者の意見紹介、男女の壁を越えるための仕組みづくりに対する意見紹介、女性研究者が増加することによる科学技術分野への貢献は何か、といった議論がなされた。オンラインで参加者間の顔が見えないシンポジウムであったが、多岐にわたった話題提供と議論がなされ、盛況のうちに幕を閉じた。
以下、講演を通して考えたことや感じたことを各参加者の言葉で綴り、参加報告とさせていただきたい。
今回初めてシンポジウムに参加する機会を得たが、視聴した講演の内容は「無意識のバイアス」を強く意識するものであった。無意識のバイアスとは、自分でも気づかないような、ものの見方や捉え方の偏りのことであり、以前の堀江さんや藤原さんの記事でも触れられている。今までの組織は過去の男性社会の中で構築されてきたものが多く、その根底には男性の無意識のバイアスが存在する可能性がある。そうした中で構築されたルールや評価軸には、女性に不利に働いてしまうものもあるかもしれない。いかに公平に判断を下そうとしても、その基準となるルールや評価軸に男性の無意識のバイアスが反映されてしまっていたら、それは公平とは言えないだろう。しかし男性のみで構成されている組織であったら、そのバイアスに気づかないかもしれない。組織運営において適切な男女比率を達成することは、こうした問題を解決し真の男女共同を実現するために必要不可欠である。そして男性は自分では気づきにくいからこそ、過去に男性社会の中で作られた組織内では特に、無意識のバイアスの存在可能性を意識しながら動くことが必要であると感じた(中原)
中原さんが午後の内容を中心に書いてくださったので、午前中の感想を書きたいと思います。最初の講演の原田氏のお話しは、南極観測の隊長という重責を果たされたご経験のお話だった。南極という極限環境のもと調整型リーダーシップは女性の方が向いているかもしれないというお話があった。一方で、女性リーダーの下で働きたくないという偏見もあるという。昨今のコロナを見ると優秀な女性リーダーが目立つように思うが、どこでも女性リーダーを熱望されているのに、なりたいという人がいない中、勇気をいただいた体験談でした。あと、キリンホールディングスが行っている“なりきりんパパ、ママ制度”はとても面白いと思いました。体験したことがないと子供がいる人の苦労はわからないということで、バーチャルであっても“いきなり子供が熱を出したから帰ってくださいというシチュエーションが発生し、保育所から電話がかかってきて、その体験者はその場で仕事を止めて帰らなくてはならないという体験を通して、パパママの苦労を身ともって知るのだとか。そこまでやるんだと思う一方で、会社全体としてそのようなユニークな取り組みをしているキリンの本気を見た気がします。(山本)
「彩度対比」あるいは「明度対比」という目の錯覚をご存じだろうか?同じ色でも、鮮やかな、あるいは明るい背景色に重ねた場合はくすんだ暗い色に、彩度の低い暗い背景色に重ねた時は鮮やかな明るい色に見える。今回のシンポジウムのパネルディスカッション中で議論された「女性限定枠の是非」について、科学技術振興機構の渡辺美代子氏は、男性の中に混じると女性は一段、低く評価されるため(無意識のバイアス)、そもそも公募の入り口から男女を分けるべきだ、と主張した。男性ばかりの組織では男性が選ばれやすい(無意識のバイアス)。女性限定公募も、女性割合の目標も、これらのバイアスを効果的に排除するために設けられている。強制力のあるやり方以外で、男女平等を達成できた社会はほとんどない、と渡辺氏は強調した。今回のシンポで一番、みなさんに伝えたいと思った点である。感想としては、「なりきりんパパママ」はとても面白い取り組みだと感じたし、渡部氏には女性研究者のロールモデルとして強い魅力を感じたし、上野千鶴子氏の「男女共同参画はゴールかツールか」という問いかけにはハッとさせられた。心新たに、今後の情報に注視していきたい。(堀江)