ヨーロッパの大学院に留学してみた ①留学のきっかけ

コロナやウクライナ侵攻の影響で海外渡航しにくい情勢が続いていますが、そうした中でも特に若い世代には外の世界に目を向けて、将来の可能性を広げて欲しいと感じています。前回の太田菜央さんの記事に続き、同じくヨーロッパにて留学中の五藤花さんから留学体験記が届きました。実際に海外で活躍する方の様子を知ることで、今後の進路を考えている方々への刺激となれば幸いです。第1回目は「留学のきっかけ」で、月1程度のシリーズとして数回に分けて掲載予定です。お楽しみに。(広報委員 上沖)
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私の大学があるサンテティエンヌの街並み。これは街のうち綺麗な一部の切り抜きである。

 

2021年9月1日。フランスの玄関口、パリ・シャルルドゴール空港は、いつも通り大荷物を抱えた外国人でごった返していた。トリコロールを背負ったフランスのオリンピック・パラリンピック選手団は迎えの人々とビズを交わしている。そのなかに、周りより明らかに小さい日本人がぽつんと立っていた。名前は五藤花。彼女はこれからフランスの大学院に通って、生物音響学の修士号を取るのだ。さぞかし夢と希望でいっぱいに輝いているであろうと思われたその顔は、汗と涙でぐちゃぐちゃであった。

時はさかのぼって2021年2月。雪の降りつもる北海道大学札幌キャンパス。吹雪に耐え聳え立つ理学部棟の一室で、私は相馬先生と向かい合って座っていた。当時自分の卒業研究の限界にショックを受け、今後の方向性を見失っていた私は、高校生のときから憧れ尊敬していた相馬先生を頼った。先生ならきっと何かよいアドバイスをくれるだろうと。

「五藤さん留学とか興味ある?」
「あります!」(食い気味に)
「ちょうど数日前メーリングリストで回ってきたところで、フランスで生物音響学のコースが今年から始まるみたい」

やはり先生は私に希望の光を投げかけてくださった。研究室に帰って、教えてもらった募集要項を見ているうちに、体中の血が湧きたつような感覚に襲われた。コースの名前は「International Master of Bioacoustics」。Bio(生物)acoustics(音響学)という名前だけあって、鳥の歌の講義はもちろん、爬虫類、哺乳類、昆虫、両生類、魚、ありとあらゆる動物が作り出す音についての講義が毎日開かれる。使用言語は英語で、講師はフランスだけでなく欧米諸国のあらゆるところからやってくるようだ。講義だけではない。実習も豊富で、毎日午後は実際に音響解析ソフトに触れてみたり、なんと一週間もスイス国境の山に行って野外実習をさせてもらえたりするらしい。

美しい写真を添えて描かれる魅力的なプログラムに、私は一気に魅了された。その上授業料は日本の国立大の5分の1だった。フランスに詳しい知人に聞いてみると、大学が位置するサンテティエンヌは比較的治安の良い街らしいし、生活費もパリほど高くないようだ。

コロナがどうなるか不安ではあったが、知人に背中を押され、家族に了承をとってアプライすることにした。生まれて初めてCV(履歴書)とapplication letterを書くことになった。それはアルバイトのために書いたことのある履歴書や志望動機とは全く違った。書き方はネットや本を参考に、たくさんの人に添削してもらって、研究業績もなければ大した英語力や成績の証明もないところを、未来のポテンシャルと情熱で補うようにしてなんとか書き上げた。ところでこれは後日談だが、私がフランスに行くと言い出したときは、あまりの唐突さに誰も私が本気だと思っていなかったらしい。勧めてくれた相馬先生でさえ私がアプライしたことに驚いていた。

アプライから2か月ほど過ぎた5月末、ようやく合否通知のメールが来た。長文の英語に目が滑った。そしてやっと意味を飲み込んだ時、北大のセイコーマートで烏龍茶を飲んでいた私は、驚きと興奮のあまり危うく持っているものをこぼしかけた。

その時から怒涛のように日々が過ぎ去った。授業が始まるのは9月上旬だ。あと3か月しかない。切れていたパスポートの申請、入学書類のやり取り、フランスのビザの申請、東京のフランス大使館での面接、フランスでの住居探し、北大の休学届、引っ越しの準備やワクチン接種と証明書の準備など、やったことを挙げればきりがない。ましてや、やり取りは慣れない英語やフランス語がほとんどである。その間も授業や研究は並行していたので日々頭の中はこんがらがり、身体的にも疲労困憊であった。

しかしこんなのは今の私にはお茶の子さいさいだ。全部日本でできたのだから。

そして9月、パリの空港で私は途方に暮れていた。飛行機は2時間近く遅れ、空港のWi-Fiはつながらず、コロナの陰性証明が必要だと言われて空港内で大荷物を振り回しながらあたふた駆け回り、やっと鉄道駅に着いたと思えば予約していた高速列車を2回も逃し、数万円(学生にはかなりの金額だ)を無駄にしたうえ助けてくれる人は皆無であった。英語もなんとか通じるが、たどたどしいフランス語には誰もまともに取り合ってくれない。

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空港の鉄道駅。大勢の旅客がマスクをして、大荷物両手に改札へ向かう

 

そしてこんなのはまだ序の口だった。それはそれは大変なフランスでの生活が、私を待ち受けていた。

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「若手生態学者が見ている世界-研究者支援写真展-」に研究者として参加して

東京大学大学院 農学生命科学研究科
水村春香

 野外で調査研究をしていると、必ず写真を撮る機会がある。その多くは調査現場や対象種の生態の記録のためだが、私は調査地とさせていただいていた富士山麓に5年通ううちに、目にした多くの生き物や千変万化する風景を、たくさん写真に残していた。おそらく研究をしていなければ、見ることはなかった景色や生き物である。このような写真をどこかで表現、共有できたらいいなと前々から思っており、もし今年博士課程が無事に修了できたら、大学の展示スペースとかで写真展でもやってみようかと朧げに考えていた。しかし、私が知っていた学内のスペースは誰もが見に来られない場所のため、この案は消えそうになっていた。
 そんな中、「若手研究者の写真展しようかと思ってるんだけど興味ある?」との連絡を主催者の清水拓海さんからいただいた。内容を聞くと、単純に研究者が調査中に撮った写真を並べるだけでなく、各研究者の研究内容の紹介とともに写真が展示され、さらに写真の販売を行い、その収益は展示した各研究者へ全額寄付され各自の研究活動に活用されるというものだった。今までにはない研究支援や研究発信の形であると思い、そして何より、死蔵しそうになっていた写真を展示できるまたとないチャンスと感じた。
 出展した写真は、メッセージ性の強いものや調査中の風景といったものを中心に選んだ。また、鳥に関心がなくても興味を持ってもらえるよう、間違い探しとして鳥を探してもらうものも入れた。

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どこに鳥がいるでしょう?(ヨタカが隠れています)

開催中にはお客様とお話する機会があり、研究の内容や展示写真の背景、野外調査の実態などたくさんお話した。私の研究内容は二次草原の鳥類の保全を目的としたものだったが、その大切さに共感してくださる方も多く、また「研究頑張ってくださいね!」と応援のお言葉をいただき非常に励みになった。普段の学会や講演会にはないギャラリーという雰囲気やお客様の反応に、新鮮な気持ちで研究を見つめなおすきっかけとなった。
 今回の企画に参加して、研究者の支援や研究内容の発信方法として写真展という方法があることに、私自身初めて気づいた。これはもし自分で写真展を企画していたらまったく意識していなかったことである。その可能性は写真展に限らず、絵画などアート全般に反映できると考えられ、今後様々な活動が展開され、多くの研究者が参加していくことが期待される。最後に、このような機会を与えていただいた企画者の清水さんに厚くお礼申し上げるとともに、一緒に研究者として出展し、写真展を作り上げた北沢宗大さん、高田陽さん、田谷昌仁さん、湯浅拓輝さんに心より感謝いたします。

(写真の正解は、真ん中の右端です。わかりましたでしょうか?)

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「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展- 」を企画して

慶應義塾大学 政策・メディア研究科
清水拓海

「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展- 」を開催した第一の目的は一般の人に「研究者」そして「研究」について知ってもらうことでした.

 近年の日本における研究者を取り巻く環境は厳しいと言わざるを得ません.「 博士課程進学に自身の資産が求められる点」「限られた助成金に対して激しい競争率」「 博士号取得者に対する日本企業の消極的な採用状況」など日本で研究を行なっていくことや,博士号の取得には多くの壁が存在すると感じていました.実際に日本において博士号取得者数は2006年を境に減少傾向にあります.

 生物多様性の保全やSDGsが話題になっていますが,それらの実現のためには地道に研究を続けている研究者の活動が必要不可欠です.しかし自然環境や野生の動植物を対象として研究を行う「生態学」と呼ばれる分野の研究の実態や内容,その意義などに関して一般の人々が知る機会はほとんどありません.そんな研究者を少しでも応援したいと思い,写真展開催の着想に至りました.研究者が調査の合間に撮影している景色や動物,それらに伴う事象について写真を通じて一般の人に見てもらい,研究内容やその意義に関してわかりやすく紹介することで,[研究者]を身近に感じ,彼らの研究内容にも関心を持ってもらえるような場所作りを目指しました.同時に寄付と,展示写真やポストカードの販売を行い,その売上の一部を参加してくれた研究者に研究費として寄贈するという形を取りました.

 2021年11月29日から12月5日の7日間開催した写真展では100枚程の写真と5人の研究者の研究紹介パネルを展示しました.合計で130人以上の人々が訪れ,実際に写真や研究紹介を見てもらいました.「研究者とその研究について一般の人に知ってもらう」という目的はある程度達成できたのではないかと自負しています.加えて,印象的だったのが研究者を目指す若者(高校生や大学生など)が幾人も見にきてくれたことです.進学などの相談に乗るだけでなく,研究者の大変さや面白さを伝えることもできたので,そういった点でも開催した意義があったと感じています.また「写真を撮ることが目的ではなく,研究のための写真なので清々しい.独特な味が出ていて楽しめました.」「私達がいつまでも住める環境を残していきたいですね.研究,頑張ってください!また企画を楽しみにしています.」「写真のタイトルと一言が面白くてついつい全部読んでしまいました.」といったコメントを一般の方々からもらうことができました.

 それぞれの写真にタイトルと,撮影した研究者による一言をつけたことで,多くの人がじっくりと一つ一つ読んでくださっていたのも嬉しく思いました.「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展-」に参加してくれた水村春香さん,北沢宗大さん、高田陽さん、田谷昌仁さん、湯浅拓輝さん,そして写真展を実際に見にきてくださった方々,写真展を紹介してくださったマスコミの皆様を始め,SNSなどで情報を拡散してくださった皆様,本当にありがとうございました.2022年5月9日から5月15日には第二回研究者支援写真展をart gallery OWL にて企画しております.次は写真だけでなく,アーティストとのコラボ作品として「研究者支援アート」の展示も予定しておりますので,是非遊びにきてください.

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写真展の様子(B1展示スペース).
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写真展の様子(2F展示スペース).

生態学者アート支援プロジェクトHP:http://scientist-support-by-art.com/
Art gallery OWL HP: https://gallery-owl-yamate.com/

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記事紹介:「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展-」 開催報告

広報委員会 遠藤 幸子

みなさんは、自然のなかでこれまでにどんな景色に出会ってきましたか?

調査地で研究者がとらえた貴重な一瞬を展示した「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展- 」が、2021年11月29日から12月5日にかけて横浜で開催されました。今回、こちらの写真展を企画された清水拓海さんと出展された水村春香さんからご寄稿いただきましたので、2週にわたってご紹介いたします。

清水さんはこの写真展にどのような思いを込めていたのでしょうか。
水村さんが写真展に参加して、新たに気づいたこととは…?
ぜひご覧いただけると嬉しいです。

1週目 清水拓海さん
「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展- 」を企画して
    
2週目 水村春香さん
「若手生態学者が見ている世界 -研究者支援写真展- 」に研究者として参加して
    

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(仮称)苫東厚真風力発電事業計画への対応をめぐって(下)

武石全慈(鳥類保護委員会委員長)

4. 2021年度書面総会での要望書決議
 2021(令和3)年3月下旬には、本件事業の中止を求める要望書を鳥学会長名で事業者に対して提出して欲しい旨の打診が鳥学会員4名の連名で鳥類保護委員にあり、4月20日付けで決議採択依頼状と要望書案を鳥類保護委員会に提出していただきました。その際の要望理由は、本事業計画地とその周辺は、国内希少野生動植物種のタンチョウ、チュウヒ、オジロワシ、オオワシの繁殖地や生息地となっているとともに、天然記念物のマガン、ヒシクイの移動経路や餌場および塒が存在し、近年個体数減少が懸念されるオオジシギも多数繁殖し、その他の多くの野生動植物にとっても非常に重要な生息・生育地となっていること、また、これらの鳥類は風力発電施設等の人工物への衝突リスクが高いか、障壁影響の発生確率が高いと考えられ、風力発電施設の建設がこれらにもたらす影響は極めて大きいと予測され、事業計画の中止以外には影響を回避・低減することは困難と考えられるということでした。
 その後、要望書提案者と保護委員会との間での協議や保護委員会内部での検討を行ない、要望書の文面の修正を行なって行きました。
 その最中に、タンチョウについては、本事業計画地の風車設置区域の浜厚真地区の海岸湿地で、2017年の繁殖成功に引き続き、2021年にも1つがいの再度の繁殖が確認され、それに合わせて要望書の内容を適宜に変更しました。この2021年の繁殖活動については、4月7日に就巣個体を初確認、4月27日に2卵を確認、5月7日に1雛1卵を確認、5月12日に成鳥2羽と連れ立つ雛2羽を確認といった経緯をたどり、7月17日まで浜厚真海岸湿地に滞在した後、親子共々歩いて本事業計画地外へ移動したとのことでした(日本野鳥の会苫小牧支部報No.238)。また、7月12日には、このタンチョウの繁殖成功についての記事が朝日新聞からウェブニュースを含めて報道され、広く世間に知られることとなりました。
 また、現地との関係で触れれば、チュウヒについては、勇払原野は国内有数の繁殖地になっていますが、同地でのSenzaki et al. (2017) の研究によると、湿地パッチ内の繁殖つがい数やつがい当り巣立ち雛数は、湿地パッチ重心から周囲2km以内での人工的な土地利用(舗装道路、工業用地、住宅地、太陽光発電所等)の面積割合と負に関係することが示されていて、現地での風車建設による(バードストライクとは異なる)人工構造物のマイナス影響が懸念されるところです。
 最終的には、鳥類保護委員会として鳥類の保全上重要な案件であると判断して、「(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する事業中止要望書」を総会決議として採択することを提案して、8月14日に学会事務局に提出しました。その後、評議員会での審議を経て、日本鳥学会2021年度書面総会に議案として提出され、有効表決者の方々の圧倒的多数の賛成を得て、2021年10月22日付で可決されました。鳥学会会員の皆様には御礼申し上げます。その後、要望書は日本鳥学会長名で11月25日付で事業者のDaigasガスアンドパワーソリューション(株)に郵送され、その写しは親会社の大阪ガス(株)、環境大臣、経済産業大臣、北海道知事、苫小牧市長、厚真町長にも郵送されました。

5. 現地視察
 今回の総会決議要望書の提案者の4名の方々は、以前から本案件の現地で調査研究を行なって来られていますし、鳥類保護委員の中にも現地を訪れている方がおられますので、今回の要望書作成の際には現地の状況把握は基本的にはできていたわけです。ただ、私個人としては、本案件のスケール感が今ひとつわからなかったので、2021年6月14日〜19日にレンタカーで、12月14・15・17日に徒歩で、現地とその周囲を見て回りました。6月の浜厚真海岸では、延々と続く海浜植物群落のあちこちでノビタキがさえずり、砂浜にはオジロワシがたたずみ、湿地周囲でタンチョウがゆっくりと歩きながら餌を探し、オオジシギの誇示飛翔音が聞こえてきます。事業計画地内外の湿地や草地ではチュウヒが飛び交い、エゾシカがちょっと多すぎでしょうがどこにでも現れ、前日の昼にヒグマが通過していったことを示す看板を見かけ(私、前日の昼にはそのあたりにおりました)、なかなかすばらしい所だと実感しました。12月には事業計画地内外の河川沿いの林や鉄橋、防風林や上空などあちこちでオジロワシを見かけ、いくつかの河口域にオオハクチョウの姿や音声を認めました。勇払原野の一部ということですが、原野といっても湿地の占める面積は狭いようで、その大部分がハンノキ林と牧草地、農地からなっていて、さらに造成地跡の乾燥草地が加わっています。私の見て回った範囲では、浜厚真海岸・鵡川河口周辺・弁天沼・安平川河口周辺などの湿地は非常に貴重な存在になっていると思いました。

1. オジロワシ成鳥20211217むかわ町日高本線廃線部鵡川鉄橋.jpg

写真1. むかわ町日高本線廃線部鵡川鉄橋のオジロワシ成鳥 2021年12月17日 武石撮影

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写真2. 厚真町厚真川河口域のオオハクチョウ成鳥5羽幼鳥3羽 2021年12月15日 武石撮影

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写真3. 厚真町浜厚真海岸のエゾシカ45頭 2021年6月16日 武石撮影

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写真4. 苫小牧市弁天のヒグマ注意看板 2021年6月18日 武石撮影

6. 記者発表
 今回の要望書発出に際しては、2021年12月16日の午前11時から苫小牧市政記者クラブ(苫小牧市役所内)において(公財)日本野鳥の会、日本野鳥の会苫小牧支部、ネイチャー研究会inむかわの3団体と共同で記者発表を行ないました。この記者発表の設定と鳥学会側の参加につきましては、(公財)日本野鳥の会の浦達也さんに色々とご配慮いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。当日は、上記3団体共同による要望書と鳥学会による要望書の2件について発表が行なわれました。前者の発表は、「勇払原野の風力発電計画地内で特別天然記念物タンチョウの繁殖を確認」、「タンチョウの繁殖確認による(仮称)苫東厚真風力発電事業の撤回を求める要請書」(大阪ガス宛)、「国内希少野生動植物種タンチョウの繁殖に伴った(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する要望書」(環境大臣宛)、「国の特別天然記念物タンチョウの繁殖に伴った(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する要望書」(北海道知事・苫小牧市長・厚真町長宛)(https://www.wbsj.org/activity/press-releases/press-2021-12-16/)についてでした。出席者は鳥学会からは武石及びオンライン参加の先崎理之さんで、上記3団体では、(公財)日本野鳥の会から中村聡ウトナイ湖サンクチュアリチーフレンジャーとオンライン参加の浦達也主任研究員、日本野鳥の会苫小牧支部から鷲田善幸支部長と梅津譲一さん、そしてネイチャー研究会inむかわの小山内恵子会長でした。出席した報道会社は、NHK、毎日新聞、読売新聞、北海道新聞、苫小牧民報、ひらく(苫小牧の月刊ミニ新聞)の計6社で、1時間半ほど熱心に取材していただき、当日夜、翌日朝刊、翌月などに報道していただきました。特に「月刊ひらく」(2022年1月号No.47)では、5ページの特集記事として要望書の内容にも詳しくふれて報道していただきました(バックナンバーはhttp://www.shimbun-online.com/latest/hiraku.html)。

7. 留意点など
 今回の経緯全体を通してみて、関係する皆様方は何かと忙しいことと思われますが、やはり相互の報告・連絡・相談が大事なことであると思いました。それによって早めの判断が促されることになり、案件への対応に時間がかかりすぎるのを防いでくれることになるかと思われます。今回は風力発電に関しての対応に時間がかかったということもあり、また一般的に再生可能エネルギー施設の建設が急ピッチで進んでいる現状と鳥類保全との関係を考えて行くために、このたび鳥類保護委員会の中に、「風力発電等対応ワーキンググループ」を評議員会の了承のもとに設置しました。グループ長は風間健太郎さんです(グループメンバーについては各種委員会・役員ページを参照下さい)。
 なお、今回は記者発表の実施につきましては他団体のお世話になりました。鳥学会としての発表をアピールする上では、独自に記者発表の場を設定することが望ましく、こちらも早め早めの準備が必要となります。適切な発表者の参加がより可能になることも確かですので。
 また、記者発表時にはいつもそうなのでしょうが、こちらが記者発表要旨をお渡ししたとしても、記者はすぐに記事原稿をまとめ上げないといけないのでしょうから、口頭での説明の際に誤解なくわかりやすく一から説明することに努力する必要を痛感しました。記事になって初めて、思わぬ誤解があったことに気づいたりするものです。
 以上、ご報告まで。

文献
Senzaki, M., Yamaura, Y. & Nakamura, F. 2017. Predicting off-site impacts on breeding success of the marsh harrier. The Journal of Wildlife Management, 81(6), 973-981.

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(仮称)苫東厚真風力発電事業計画への対応をめぐって(上)

武石全慈(鳥類保護委員会委員長)

1. はじめに
 日本鳥学会2021年度書面総会に議案として提出された「(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する事業中止要望書」は、有効表決者の方々の圧倒的多数の賛成を得て、2021年10月22日付で可決されました。この案件につきまして、それまでの経緯や現地視察、その後の記者発表の様子などについて、広報委員会から鳥学通信への寄稿を依頼されました。この要望書は環境影響評価方法書(2021年2月発行)の提示後の段階で決議されたもので、今後もこの案件については関わっていくことになりますので、ご参考までに備忘録も兼ねて記してみます。
 日本鳥学会からの他の風力発電事業案件に対する要望書については、これまでに鳥類保護委員長名で3件が発出されています。それらは、北海道北部地域(2017年7月)、岩手県北上高地(2017年7月)、秋田県由利本荘市沖(2020年2・3月)での事業に対するもので、関係する官庁(経済産業省・環境省)と自治体(北海道・岩手県・秋田県)に向けて発出されました(鳥類保護委員会ウェブサイト参照)。内容は、バードストライク、障壁影響による飛行経路変更、生息地放棄に関して、複数事業による累積的影響の観点も含めて、適切かつ十分な調査と予防原則に基づく評価を行ない、立地選定や事業規模の見直しも含めた影響の回避・低減策を講ずることや定量的な事後調査を実施するよう、事業者への指導を要望するものでした。
 これに対して、今回決議された要望書は、日本鳥学会長名で事業者のDaigasガスアンドパワーソリューション(株)に事業の中止を要望したもので、2021年11月25日付で発出され(郵送)、その写しは親会社の大阪ガス(株)、環境大臣、経済産業大臣、北海道知事、苫小牧市長、厚真町長にも郵送しました。鳥類保護委員会ウェブサイトには、重要種の繁殖位置を示す図を削除した形の要望書を掲載しています。

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写真1 計画地内の厚真町浜厚真地区の海岸部に広がる湿地 2021年6月17日 武石撮影

2. 配慮書段階
 本事業については、その計画段階環境配慮書の縦覧が2020年5月26日から開始されましたが(縦覧期間1ヶ月、意見書提出締切6月26日)、6月上旬までに鳥学会員2名から別々に鳥類保護委員長あてに、意見書提出の要望が寄せられました。本事業計画地内の砂丘の湿地では2017年にタンチョウが繁殖し、道央地区では貴重なタンチョウ繁殖地が風車建設により失われる恐れがあること、計画地とその隣接地にある湿地や草地にはチュウヒや他の希少鳥類が数多く生息すること、また周辺の牧草地や遊休地はウトナイ湖等に集結するハクチョウ類・ガン類の餌場であり大きな影響の発生が懸念されるなどの理由からでした。
 本事業は、事業実施想定区域が北海道厚真町及び苫小牧市の海岸部に位置し、単機出力3,400〜4,300kW(最大高145〜191m、ローター直径120〜142m)の風車を10基程度設置する陸上風力発電施設の建設計画で、総発電出力が最大38,000kWとなっています。風車の全ては厚真川河口付近の両岸の厚真町内に設置され、苫小牧市域には送電・変電設備だけが設置されます。風車設置区域は約332.1ha、それ以外は約232.6haを占めるとのことでした。
 配慮書では、重要鳥類に対して、「生息環境の変化に伴う影響が生じる可能性」と「施設の稼働に伴うバードストライク等の重大な環境影響を受ける可能性があると予測した」が、「事業実施想定区域を可能な限り絞り込む時点で重要野鳥生息地(IBA)及び生物多様性の保全の鍵になる重要な地域(KBA)を除外したことにより、現段階では、重大な影響が、実行可能な範囲内でできる限り回避、又は低減されていると評価する」としていました。
 これに対して鳥類保護委員会で検討した結果、計画の中止や再考を求める上では、配慮書に対する意見としてではなく、計画そのものに対する意見書という形で事業者に提出する方が妥当であろうと判断し、委員を中心に意見書を作成しました。その後、提出までに時間を要し、2020年11月1日付の鳥類保護委員長名で、風車の建設計画を中止も含めて全面的に再考するよう要望する「(仮称)苫東厚真風力発電事業に対する意見書」を事業者へ郵送にて提出しました。

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写真2 計画地周辺の苫小牧市弁天で観察されたタンチョウ 2021年6月15日 武石撮影

3. 事業者との意見交換会
 この意見書には回答を要請する一文も含めていたところ、事業者から意見書の趣旨を確認したく意見交換を行いたい旨の申し出があり、2021年3月12日に鳥類保護委員6名と事業者・親会社・調査委託会社の4名とで、Zoomによる意見交換会を行ないました。この時点では、本事業のアセスメント過程は方法書の段階に移っていて、その縦覧期間と意見書提出期間(2021年2月1日~3月26日)の時期にあたっていて、事業計画の内容はいくらか変更されていました。
 方法書では、風車設置区域については、厚真川西岸側での「植生自然度が高いヨシ群落及び湿地環境」が除かれていて、東岸側では住宅周辺と海浜汀線部が除かれ、その面積が約332.1haから約150.4haへと半減していました。しかし、上記の意見書で指摘していた2017年にタンチョウが繁殖した東岸側海浜砂丘内のヨシ等の湿地帯全域は風車設置区域内に含まれたままでした。後述するように、この湿地帯では2021年に再びタンチョウの1つがいが繁殖してひな2羽を育てる事に成功しました(日本野鳥の会苫小牧支部報No.238)。なお、変電所・送電線等の用地は、約232.6haから約301.8haに増加していましたが、風車の規模は変更ありませんでした。
 3月12日の事業者側との意見交換会では、保護委員会側からは、意見書内容の繰り返しになりますが、(1)本事業計画地は、ラムサール条約登録湿地、IBAs、KBAに隣接し、環境省センシティビティマップのA3メッシュに含まれ、一体として希少鳥類を中心とした野生動植物の重要な生息・生育地となっていること、(2)計画地及び隣接地は、重要種のタンチョウ、チュウヒ、オジロワシ・オオワシ、ガン類・ハクチョウ類やオオジシギなどの草原性の鳥類種群によって、繁殖、越冬、渡り時の通過の際に利用されていることから、風車の設置・稼働がこれらに対して、繁殖地放棄、繁殖成功率低下、生息地放棄、バードストライクなどの影響を与えることが懸念され、中止も含めて再考するよう主張しました。また調査方法についても、渡りのピーク時期、気象条件、レーダーの導入、大型鳥類の個体別飛翔追跡などを考慮するよう要望しました。事業者側からは、配慮書、方法書へとアセスメント過程を進めているが、予定通りに事業を実施することを現時点では必ずしも決めてはいないので、調査の結果を得てから、その時点での状況も踏まえて、事業の実施について判断したいとのことでした。
(注)計画地内の海岸砂丘部の浜厚真で確認された鳥類リストについては、「浜厚真の鳥類〜浜厚真Bioblitz2021報告〜」を参照下さい。

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写真3 計画地内の厚真町浜厚真で観察されたオオジシギ 2021年6月17日 武石撮影

(続く)

※訂正(2022年3月28日更新)※
1)「3. 事業者との意見交換会」の1段落目において意見交換会の行われた時期について「縦覧期間(2021年2月1日~3月4日)は既に終わり、意見書提出期間(2021年2月1日~3月19日)の時期にあたっていて」と説明しておりましたが,正しくは「縦覧期間と意見書提出期間(2021年2月1日~3月26日)の時期にあたっていて」でしたので訂正いたしました。新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言の影響で、当初の公示期間が訂正した期間に変更になっていました。
2)「写真2」の説明で、撮影地が「計画地内の」となっておりましたが「計画地周辺の」に訂正いたしました。

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ドイツの鳥類学研究所での研究生活(後編:ドイツでの暮らし)

太田菜央(マックスプランク鳥類学研究所)

(前編 マックスプランク鳥類学研究所の研究環境 はこちら)

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たまに見かけると嬉しい小鳥、アオガラとゴシキヒワ

ドイツでの暮らし

南ドイツは北海道より少し緯度が高いところに位置していて、気候も北海道ととてもよく似ています。ただし雪はかなり少なく、たまに地面がうっすら覆われる時期がある程度です。私は長らく札幌に住んでいたので寒さに関してはむしろ楽になったくらいなのですが、新鮮だったのは夜の短さでしょうか。朝は8時を過ぎても暗く、16時には日が沈みます。個人的には家でじっとしていることを地球がオフィシャルに認めてくれている感じがして嫌いではないのですが、日光不足で気分が沈みがちになるという弊害が出る人も多いようです。逆に夏は20時を過ぎても明るく、湖のそばのビアガーデンでビールを楽しむのが南ドイツの定番です。

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異様に気合いが入っているボンの自然史博物館の剥製たち

 

ヨーロッパで暮らす醍醐味は何と言っても、陸続きの土地で色々な国の色々な景色・文化に触れられることかと思います。日本育ちの身からすると陸路で国境を超えるという行為がまず面白いですし、隣り合った土地で言葉も文化もガラリと変わってしまうのが不思議です。博物館や宗教施設は豪華で歴史のあるものが多く、土地柄が垣間見える瞬間も楽しいです。ドイツは剥製のクオリティが驚くほど高い自然史博物館が多く、周囲の環境も含めた生態描写までこだわって作られていてつい見入ってしまいます。定期的な無料開館日や若い人のための割引制度なども充実しており、文化的施設と市民の距離がとても近いなと感じます。

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鳥好きにおすすめ、マルセイユの大聖堂。メインのモザイク画はたくさんの鳥に囲まれた船がモチーフで、いかにも港町らしい祈りのメッセージが伝わってきます。なんと文鳥もいる!

 

私は研究上の成り行きでドイツに来ることになって、実はそれまで海外に行くなどと自発的には全く思う機会がなく生きてきたのですが、現在自分でもびっくりするほど楽しく過ごしています。社交好きの人にはがっかりされる意見かもしれませんが、ちょうど良くよそ者でいられることが非常に快適です。海外に出るとか好きな研究をするというストーリーは、個人のモチベーションや能力といったものをベースに語られがちですが、色々な人と会って話すうちにそれって大して信用ならないなと思うようになりました。海外にいる日本人の方の背景を聞いてみると、子どもの頃に海外に行った経験があるとか、親や周りの人の仕事が海外と関わりのあるものだったというパターンが本当に多いです。そういう背景があることはとても素敵だなと思う一方、「自分にはとてもそんな…」と思ってしまう人との差は小さなきっかけの有無に過ぎないようにも感じています。生まれや育ちで自然に作られる流れをかき乱して、私のように海外に行く発想などなかった人間が色々な仕組みや人からの助けを借りて気づけばヨーロッパで研究生活を送っている、という事態が起こるのは、現代社会のなかなか面白くて良いところだと思います。

興味のある研究室や施設が海外にあるけれど自分の能力に自信が持てないという方は、一旦自分の経験や感覚を信じすぎるのはやめてとりあえず何か行動してみる、既存の仕組みがあれば利用してみる、ということをおすすめしたいです。そういった予想外の展開の先にこそ、何か楽しい発見が待ち受けているかもしれません。

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ドイツの鳥類学研究所での研究生活(前編:マックスプランク鳥類学研究所の研究環境)

太田菜央(マックスプランク鳥類学研究所)
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冬のマックスプランク入り口

こんにちは。ドイツでポスドクをしている太田菜央と申します。私は今、Max Planck Institute for Ornithology(マックスプランク鳥類学研究所)という、その名の通り鳥類学研究のために作られた施設で小鳥の求愛ダンスの研究をしています。今回の記事では、マックスプランク鳥類学研究所がどういう研究施設なのか?ということと、ドイツでの暮らしについて紹介したいと思います。

私が勤務するマックスプランク鳥類学研究所(以下、省略してマックスプランクと表記します)は、ミュンヘン中心部から公共交通機関でおよそ1時間の郊外に位置しています。まわりは森や牧場に囲まれていて、北海道の風景とよく似ているなと感じます。都会派には少し退屈かもしれませんが、野鳥好き、自然好きには最高のロケーションです。様々な国から学生や研究者が集まっているため基本的に英語しか使わず、ドイツ語を使う機会がほとんどないのは便利でもあり少し残念でもあります。

私が初めてマックスプランクを訪れた際は、とにかくその規模の大きさ、研究環境の充実ぶりに驚かされました。例えば普段の鳥の世話は、専属の獣医さんとケアテイカーがおこなっており、広い禽舎は常に清潔に保たれています。実験の必要に応じて鳥の移動や禽舎の組み替えも臨機応変に対応してくれます。倫理規程も細かく、飼育面積に対して収容して良い鳥の数や、餌の種類、止まり木の量などが厳しく指定されており、とにかく環境エンリッチメントへの配慮に力を入れている印象です。

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研究所内の湖とハイイロガンの親子(初夏)。かのコンラートローレンツもここでハイイロガンの行動研究をおこないました。

マックスプランク鳥類学研究所の研究環境

人間側の福祉も充実しています。学生もポスドク以上の研究者もほとんどは17時を過ぎる頃には帰宅しますし、休暇もしっかり取ります。長時間働いている研究者ももちろんいて、プライベートの時間を尊重することを大前提とした上で、個人の裁量にかなり任されている印象です。子育て中の学生やポスドクが多いのも日本と大きく異なる点でしょうか。私が好きだなと思っているシステムは、毎年お子さんがいる職員を対象に、12月の土日に1日分の託児サービスが無料で受けられるというものです。12月は忙しいだろうから、その日はクリスマスの準備をするか一息つくために使ってね、という趣旨のもので、ヨーロッパらしいかつ優しい文化だなと思います。

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研究所内でのクリスマス持ち寄りパーティの様子(コロナ前)
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コロナ禍に入る前は外部から研究者を招待してのセミナーが毎月開催されて、クリスマスパーティや映画の上映会なども定期的におこなわれていました。現在は一部をオンラインで実施している感じです。そういった場所で交流する研究者の皆さんはこちらが逆に恐縮してしまうレベルで優しくて話しやすい人が多いです。ちなみに研究所内には短期滞在者用のゲストハウスが設置されていて、共同研究やセミナーを実施しやすい環境が整っています。

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ゲストハウスの部屋の写真。部屋ごとに違う鳥の写真が飾られています。私が学生時代に滞在したのは「ノビタキの間」でした。

ここまで良いことばかり紹介してきましたが、研究する上で疑問を感じる側面も一応あります。例えば先ほどお話した通り、鳥のお世話やメンテナンスは基本的にケアテイカー任せなので、動物と接する時間は個人で工夫しない限りは基本的に実験をしている間だけになります。日本の大学で定期的に鳥の世話をしていた時には分からなかったのですが、飼育個体と少し距離が開いて(禽舎はオフィスと別の建物にあります)世話の必要がなくなると、こんなにも動物と接する機会が減ってしまうのだなとこちらに来て実感しています。この状況は研究に集中するのに理にかなっているはずなのですが、行動研究においては結構な機会損失でもあるようにも感じます(これから観察眼を養う必要がある学生は特に)。また新しく実験を始めたい、ちょっと試してみたいことがあるといった場合に、スタッフの人数や規模が大きい分、関係者への周知や実験許可の取得に手間取って行き詰まってしまうこともしばしばです。

とはいえ、やはり全体を見ると科学を推進しようという気概が随所で感じられ、研究者としてここにくることができたのは本当に幸運だったなと思います。私が感心しているのが、多くのジャーナルでオープンアクセス費を全額負担してくれることです。これは私が理解している限りではドイツによる政策のひとつで、マックスプランク以外でも第一著者もしくは責任著者の所属先がドイツの研究機関であれば適用されます。こちらが支払い手続きなどをおこなう必要は一切なく、論文受理後にメールアドレスや所属先の情報から自動的にオープンアクセスが認められます。お金のことを心配せず投稿先が決められるのはとても心強いです。マックスプランクはその規模の割に日本人がそれほどいない印象があり(他の研究所はまた事情が違うのかもしれませんが、例えば鳥類学研究所では現在正式に所属しているのは私1人です)、個人的にはその環境が結構気楽だったりするのですが、もしこの状況が日本での知名度が低さに由来しているのであればもったいないことだとも思います。

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サロベツのシマアオジの現状と保全活動

サロベツ・エコ・ネットワーク 長谷部真
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図1 シマアオジ

シマアオジが近年急激に減少し、環境省やIUCNのレッドリストでCRに指定され種の保存法に指定されたのは皆さんご存じかと思います(図1)。減少は日本だけでなく世界的な繁殖地全域に及んでいます。渡りの中継地である中国における密猟や越冬地における生息環境の悪化が減少の主な原因として上げられていますが、正確なところはわかっていません。シマアオジの減少を食い止めるために、2016年に中国の広州でワークショップが開催されました。ここでは各国の関係者が一同に集まり、シマアオジの保全のための調査・研究・普及啓発対策について話し合われました。シマアオジの保全に向けた国際的な活動はこの時から継続的に行われています。 

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図2 サロベツにおけるシマアオジつがい数(環境省、日本野鳥の会事業)

シマアオジは1980年代まで北海道の草原に広く分布していましたが、1990年以降急激に減少し、2015年以降はサロベツ湿原でしか繁殖が確認されなくなりました。サロベツでは2017年よりシマアオジの調査が実施され、2017年の31つがいから2021年には18つがいと減少傾向が続いています(図2)。繁殖地はほぼ一箇所に集約され繁殖個体群消滅の危機が続いています。

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図3

一方で海外ではシマアオジの標識・発信機調査により渡りの状況が明らかになってきています。中国では保護指定が上がるなど保全対応も実施され、数が回復している国や地域もあります。

私たちはこの状況を周知するためにシマアオジ展示・パンフレット作成・Tシャツ・トートバッグ・ステッカーの販売等により普及啓発活動を実施してきました(図3)。オンラインでは陸鳥モニタリング会議・日本鳥学会・東アジア鳥学会(The 1st Asian Ornithological Conference)の自由集会でシマアオジについて発表し、今後の保全活動について話し合ってきました(学会の様子が分かる中国鳥類学会による報告記事はこちら)。東アジア鳥学会では中国ワークショップ以来つながってきた各国の仲間からの発表があり、最新情報や研究成果を知ることができました。保全活動として近年までシマアオジが生息していた環境を保全するために国立公園外の湿原環境を購入し、シマアオジ保護区(14.7ha)を創設しました(図4)。

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図4

シマアオジはサロベツで調査・保全活動を行っているタンチョウやチュウヒと異なり、小鳥のためか一部の愛好家を除き知名度も低く、一般にその存在や重要性が十分に周知されていない状況ですが、今後もシマアオジ繁殖個体群の回復のために繁殖調査や普及啓発活動を継続していきます。

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広報委員長交代のご挨拶

広報委員会 上沖正欣
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 森さやかさんより広報委員長を引き継ぎました上沖です。

 広報委員会は2000年(当時の名称はホームページ委員会)に発足し、既に20年以上が経ちました。先の退任挨拶で森さんが言及されていたように、ニューノーマル時代を迎え、インターネットを介した情報発信は益々その重要性を増してきています。今後も、広報委員会としての役割を粛々と果たしていきたいと考えております。特に、2005年から発行されている鳥学通信については、学会内外を繋ぐプラットフォームとしてより一層の充実を図っていく所存でございます。

 本年も鳥学通信をどうぞ宜しくお願い申し上げます。

※過去の鳥学通信はこちら
http://ornithology.jp/newsletter1.html

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写真は記事には関係ありませんが、おめでたい感じがする松に止まるキジ(2019年11月5日 佐渡)。

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