鳥の学校報告(2017年):第9回テーマ別講習会「鳥類研究のためのDNAバーコーディング」

企画委員会(文責:吉田保志子)

 鳥の学校-テーマ別講習会-では、鳥学会員および会員外の専門家を講師として迎え、会員のレベルアップに役立つ講演や実習を行っています。第9回は「鳥類研究のためのDNAバーコーディング」をテーマとして、2017年度大会の最終日午後から翌日にかけての1日半の日程で、国立科学博物館筑波研究施設で行われました(9月18-19日)。講師は、齋藤武馬(山階鳥研)、杉田典正(国立科博)、坂本大地(九大)、西海功(国立科博)の四氏に担当いただき、国立科学博物館との共催として実施されました。申込受付開始後まもなく16名の募集定員が一杯になってしまいましたが、実験機器の容量等の関係から増員はできないため、定員を超えた6名には聴講枠で参加していただき、合計22名が受講しました。
 通常であれば3日程度かかるDNA実験の操作手順を1日半にまとめるため、綿密な講習資料が用意され、実験操作がうまく進まなかった場合にも一通りの手順を体験できるように十分な準備がされていました。事前アンケートをもとに、DNA実験が初めての人と少し経験がある人を組み合わせたグループ編成がなされる等、よく練られた内容の濃い講習は、受講者にとって大変貴重な経験になったと思います。
 講習に使用された機器は実際に講師の方々が普段の研究に使用されているものであるとともに、受講者の様々な質問には複数の講師から即応の回答があり、DNAバーコーディング研究の最先端に触れる機会となっていました。実験器具の準備や機械の調整、施設の利用に関わる共催の手続き等、様々な手配をしてくださった講師の皆様、たいへんありがとうございました。
 受講者からは、概念のみで学習していたことを、今回の講習で実際の操作として体験でき、より深い理解につながった、近隣にある施設を利用して自分の研究にもDNAバーコーディングを取り入れることが出来そうだ、といった沢山の感想が寄せられました。
 講師の皆様から、当日の配付資料および参考資料を公開用に提供いただきました(資料[1][2][3][4][5][6]。今回参加されなかった方も、これらの資料からDNAバーコーディングに関する知識を得てください。
 鳥の学校-テーマ別講習会-は、今後も大会に接続した日程で、さまざまなテーマで開催していきます。案内は、ホームページや学会誌に掲載します。

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国立科博筑波研究施設の実験室で

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サンプルを遠心分離機にセット

 受講者のなかからお二人に参加レポートをお願いしました。ご自分の仕事や研究との関わり、ためになった点などについて詳しく書いてくださいました。お二人のレポートから、当日の様子を感じていただけると思います。

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66巻2号の注目論文は内田さんのコサギの減少についての論文に

和文誌編集委員長 植田睦之

アオサギ,ダイサギ,カワウ。こうした大型の水鳥は全国的に分布を拡げ,どこでも見られるようになってきています。反面,分布が狭くなっているのが小型の水鳥です。今回注目論文に選定された論文は,そうした水鳥の1つ,コサギの減少について示した論文です。

日本鳥学会誌 66巻2号 注目論文
内田博 (2017) 埼玉県東松山市周辺でのコサギの減少. 日本鳥学会誌 66: 111-122.

この論文は,1980年代から現在までの長期のデータに基づき,埼玉県東松山周辺でのコサギの減少について示し,その原因について検討した論文です。長期にわたる調査結果に基づきコサギの減少を示している点,原因について食物そして捕食者の両面から検討した点が興味深く,注目論文として選定しました。

なお,表紙写真も内田さんによるオオタカがチュウサギを捕らえたシーンです(コサギではないのが今号の表紙としてはちょっと残念ですが)。
オオタカに足環がついていることで「かご脱け」のオオタカじゃないかとネットで話題になっていましたが,調査のために個体識別された野生のオオタカです。

論文は以下のURLより,どなたでも読むことができます。
http://doi.org/10.3838/jjo.66.111

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2018年度学会賞募集のお知らせ

日本鳥学会では内田奨学賞、黒田賞を設けていますが、来年度からこれに中村司奨励賞が加わります。この度、この3つの学会賞の募集が始まりました。

・内田奨学賞:アマチュアの会員を励ます賞。過去3年間に発表した論文から審査。
・黒田賞:優れた業績を挙げ、これからの日本の鳥類学を担う若手・中堅会員に授ける賞。
・中村司奨励賞(新賞):国際誌に優れた論文(1編)を発表した30歳以下の若手会員に授ける賞。

いずれの賞についても、対象者、応募方法等の詳細は、日本鳥学会誌66巻2号の学会記事、あるいは学会Webサイト(http://ornithology.jp/)の「学会賞・助成」に掲載された募集要項をご覧下さい。

ぜひ、積極的な応募、あるいは推薦をお願い致します。

また、2018年にカナダで開催される国際鳥類学会議(IOC2018)に参加、発表する若手会員に対する補助金の申請も募集しています。日本鳥学会誌66巻1号、学会Webサイトを参照の上、こちらにも積極的に応募して下さい。

基金運営委員会

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日本鳥学会ポスター賞を受賞した感想

2017年10月16日
西條未来(総研大)

ポスター賞を受賞できてとても嬉しく思います。
私はまだまだ鳥に関して知らないことが多いので、今回の学会ではたくさんのアドバイスをいただけて、とても勉強になりました。来年の発表に活かしたいと思っています。ありがとうございました。
初めての鳥学会での受賞なので、来年の発表にプレッシャーを感じますが、来年以降も面白い成果を残せるように頑張ります。
副賞として、学会Tシャツとmont-bellのマウンテンパーカーをいただきました!ありがとうございます!去年のポスター賞受賞者で研究室の先輩でもある加藤さんと、うっかり色が被ってしまいました。

ポスターの概略
チドリ目の多くは、河原や砂浜などの開けたところで、地面に巣を作ります。そのため、チドリ目の雛や卵は強い捕食圧に晒されることになります。親鳥は雛や卵を守るために、様々な対捕食者行動を進化させてきました。
チドリ目の対捕食者行動は、大きく2つに分けることができます。1つ目は、モビングなど直接捕食者を攻撃する攻撃行動です。2つ目は、擬傷行動など、捕食者の注意を引き付けるはぐらかし行動です。多くの種は攻撃行動、はぐらかし行動のどちらかの行動をとります。しかし、行動どちらの行動を行うか、その生態学的・進化的な決定要因は明らかになっていませんでした。
本研究では、チドリ目の対捕食者行動の決定要因について、文献調査と系統種間比較を用いて、以下の点を明らかにしました。

① 体サイズ
体サイズが大きい種は攻撃行動、小さい種ははぐらかし行動をとる種が多いことが分かりました。これは、体サイズが大きい種は卵、雛の防衛成功率が高いが、小さい種は防衛成功率が低く、怪我をする可能性があるためだと考えられます。はぐらかし行動は捕食者との距離が保てるので、攻撃行動に比べて安全であると考えられます。

② コロニー性
コロニー性の種は攻撃行動をとり、はぐらかし行動をとらなくなるような進化的推移があることがわかりました。これは、コロニー性の種は集団でモビングが出来るので、効率的に捕食者に攻撃ができるためだと考えられます。

③ 営巣場所
樹上・崖の上に巣を作る種は、攻撃もはぐらかしもほとんどしません。樹上や崖は利用できる空間が限られていますが、地上に比べて捕食圧は低いと考えられます。そのため、樹上や崖に営巣すること自体が一つの対捕食者行動になっていると考えられます。

本研究では、チドリ目の対捕食者行動の種間差を生み出す生態学的・進化的な決定要因について明らかにしました。今後はフィールドに出て、行動観察から新しい発見をしたいと思っています。
来年もよろしくお願いします!

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日本鳥学会ポスター賞を受賞して

2017年10月16日
向井喜果(新潟大)

 私は鳥の研究を始めて6年目になりますが、実は日本鳥学会に参加するのはこれで2度目だったりします。ポスター発表のコアタイムでは、研究を聞きに来てくださった方々と議論しているうちに楽しくなってきて、ポスター賞のこともすっかり忘れて話をしていましたが、審査委員の方が現れてポスター賞受賞とのこと、びっくりしました。自身の研究を評価していただけてとても嬉しく光栄に思うとともに、ポスター賞受賞に恥じないように、これからも日々研究に邁進していかなくてはと身を引き締める思いです。最後に、現地調査や実験などにご指導・ご協力していただいた多くの方々にこの場を借りて御礼を申し上げます。

ポスターの概略
 希少種の生息地保全を行う上で、対象種がなにをどのくらい食べているかといった食性情報は必要不可欠となっています。従来の食性解析では、直接観察や胃内容物分析といった形態学的な手法が行われてきましたが、餌内容の大半を不明種が占めていたり、観察者によるバイアスがかかったりといった問題点が挙げられていました。これらの問題を解決するため、近年、対象種の糞に含まれるDNA情報を基に餌種を特定するDNAバーコーディング法という分子学的手法が注目を集めています。しかし、DNAバーコーディング法のみでは植食性動物の餌となっている植物の葉や実などの部位のどこをどのくらい食べているかを特定することが難しいです。そこで、本研究では、準絶滅危惧種オオヒシクイAnser fabalis middendorffiiがなにをどのくらい食べているのか明らかにするため、DNAバーコーディング法によって餌種の特定を行い、さらに特定された餌植物について部位に分けて餌構成割合を炭素・窒素安定同位体比分析によって評価しました。これまで国内で報告されていなかった種を含む60種の餌植物が検出されるとともに、主要餌植物の各部位の炭素・窒素安定同位体比が有意に異なっていたため、餌植物の部位を含めたオオヒシクイの食物構成割合が明らかになりました。

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第二回日本鳥学会ポスター賞 向井さんと西條さんが受賞しました

日本鳥学会企画委員会
佐藤望

 若手の独創的な研究を推奨する目的で設立された日本鳥学会ポスター賞。今年は西條未来さん(生態・行動分野)と向井喜果さん(保全・形態・遺伝・生理・その他分野)が受賞しました。おめでとうございます。
 ポスター賞は昨年より設置された新しい賞ですが、昨年に引き続き今年も40名近くの応募がありました。受賞者はもちろんですが、それ以外にも目の引くポスターがたくさんあり、審査員で議論に議論を重ねて賞を決定しました。
 ポスター賞は30歳を超えるまで何度でも挑戦できます。今回、応募した皆さんには来年も是非、挑戦してもらいたいと思います。残念ながらポスター賞を受賞したお二人は応募する事ができませんが、今後は後輩達のお手本となるような研究・発表を期待しています。
最後となりましたが、ポスター賞の審査を担当して頂いた6名の方、記念品をご提供頂いた株式会社モンベル、大会実行委員にこの場をお借りして御礼申し上げます。

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生態・行動分野の受賞者の西條未来さん(総研大)と西海功学会長

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保全・形態・遺伝・生理・その他分野の受賞者の向井喜果さん(新潟大)と西海功学会長

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昨年度黒田賞をいただいて

2017年9月11日
北海道大学水産科学院
風間健太郎

昨年名誉ある黒田賞を受賞いたしましたこと、大変うれしく思います。受賞からおよそ一年が経ってしまいましたが、関係者のみなさまに改めてお礼申し上げます。今年の受賞者は長谷川克さんに決定し、来週に迫った鳥学会(9/17)で受賞講演があります。拝聴するのが今から楽しみです。

さて、私の受賞理由を拝見する限り、私がこのような立派な賞を受賞できたのは、短い研究経歴の中で行動・生理といった基礎分野から生態系サービスや保全といった応用分野に至るまでの幅広いテーマに関わってきたことを、多少なりとも評価していただいたからだと思います。

昨年大会の受賞講演でも述べた通り、私がこのような多様なテーマの研究を展開してきた理由は決してポジティブなものだけではありません。研究テーマ転換の主たる理由は、雇用問題にありました。

私は大学院博士課程までは一貫してウミネコの行動・生理生態学的研究を行っていましたが、博士号取得後しばらくの間は無給の研究生として過ごしました。その後、名城大学の研究プロジェクトにポスドクとして雇用していただいたのですが、そのプロジェクトのテーマは「里山の物質循環と環境調和型農業」という応用研究であり、私のそれまでの基礎ど真ん中の研究とは大きくかけ離れていました。新たな知識や技術習得までには多くの時間を要するため、研究テーマの大きな転換はともすれば精神的にも大きな負担となります。それでもほかに選択肢のなかった私は、なかば仕方なしにこの研究プロジェクトに従事することになりました。

しかし私の場合、性格がひねくれていたおかげもあり、当初戸惑いばかりだった新規研究プロジェクトへの挑戦も、(周囲からの心配や同情をよそに)気づけば好機ととらえていました。結果的には、このプロジェクトのおかげで安定同位体分析手法を習得でき、鳥類の生態系機能や生態系サービス研究への着想に至りました。このように、窮地として訪れた研究テーマの大きな転換も、その後の多様な研究への展開につながる貴重な機会となったため、今ではありがたかったと思っています。

鳥学会でもたびたび議論されている通り、若手研究者の雇用問題は深刻です。一部のきわめて優秀な人を除けば、一貫した研究テーマに長く従事することはもちろん、類似するテーマの短期雇用にありつくことさえ難しくなって来ています。私と同様に、早い段階で研究テーマの大きな転換を強いられる若手も多くなっていることと思います。このような状況においては、研究テーマの転換を前向きにとらえることも大切かもしれません。

もっとも、こうした考え方には賛否あるでしょう。鳥学通信のシリーズ「鳥に関わる職に就く」においても、研究者としてのあり方・考え方について濱尾章二さんが「一芸を伸ばす」ことの重要性について大変説得力のある文章を掲載されています。研究者の価値は、高度に研ぎ澄まされた専門性にほかなりませんから、濱尾さんの文章には深く賛同します。「一芸を伸ばす」ことの妨げにもなってしまう頻繁な研究テーマの転換は、研究者としてはもちろん避けたいものです。

私の場合、「一芸を伸ばす」とは少し異なりますが、短期雇用の研究員を渡り歩く中でも一貫して継続してきたことがいくつかあります。その一つが学生時代から継続して来た利尻島でのフィールド研究に毎年通うことです。私はこれまで、どんな雇用条件の下でも(時に有休を使って)利尻島に毎年必ず通い続け、最低限の野外データをとってきました。そうしたおかげで、どのような研究テーマにおいても毎年得てきたウミネコの基礎生態や生活史に関するデータを活用し、常に中長期的な視点を盛り込みながら研究を展開することができました。短期間な成果が求められるプロジェクトに従事しつつも、自身の研究哲学やスタイルを最低限維持する必要はあるかもしれません。

ところで、今この文章を書いている私の現在の雇用期間も残り半年になり、公募書類と向き合う日々が続いています。半年後、私は研究者としてこの業界に残っていられるでしょうか?この記事では窮地を前向きにとらえることの大切さを偉そうに述べてきた私ですが、まもなく(人生何度目かの)無職という最大の窮地を前向きにとらえるほどの度量はもちろん持ち合わせていません。胃薬が手放せない日々はまだ続きそうです。

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最後は気楽な話題で終わりましょう。昨年の鳥学会では受賞祝賀会を開催していただき、なんと70名を越える方々にご参加いただきました(写真)。本当に多くの方々に祝福していただき、参加者の皆様にはこの場を借りて改めてお礼申し上げます。(私の人望がないことを隠すため、いくつかの自由集会の合同懇親会を兼ねて参加者を水増ししていたことは内緒です。)

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違いを作り出す科学

2017年6月14日
ケンブリッジ大学動物学部
天野達也
「明日、リュックサックを持って海外へ行け」
とは、サッカー選手の本田圭佑氏がテレビ出演した際に、Jリーガーに向けて言ったとされる言葉です。私は直接見てはいないのですが、インターネットによると、「日本にいると分からないことがあるから」という理由がその後に続けられています。
研究者とサッカー選手のようなプロスポーツ選手には、いくつか共通項があるように思います。どちらも自分の能力に頼ってその道を追求していく点、日本でも海外でも活躍する場がある点などです。それではこの「明日、リュックサックを持って海外へ行け」というメッセージは、研究者にもそのまま当てはまるメッセージなのでしょうか?もしそうであればどういった理由があるのでしょうか?
実はこの問いは、私自身も時々日本で意見を求められる内容でもあります。
「やっぱり海外での研究経験は積んだ方がいいでしょうか?」
「海外に行ってどんなことがよかったですか」
等々、聞きたくなる気持ちは私にもよく分かります。誰しも海外での研究経験に何かプラスがありそうだとは思うでしょう。ただ同時に多くの人にとって、直感だけではなかなか海外に行くという決心はつかないかもしれません(直感で決断できる人は明日海外に行ってください)。特殊な言語を話すほぼ単一民族の島国で生まれ育った日本人にとって、海外へ出ていくというのは必然的に大きな挑戦となります。海外に行くとどんないいことがあるのか、それが少しでも分かれば、そんな挑戦をするための後押しになるかもしれません。
とは言うものの、正直なところ私は「海外での研究は以下の**個の利点があるから今すぐに行くべき!」といったような文章を書くことにはかなりためらいがあります。というのも確かに私は現在イギリスという「海外」で生活して研究をしていますが、私の経験はとても限られたものだからです。海外でどんな経験をしてどんな研究ができるかは、地域、国、都市、そして所属機関によって大きく異なるでしょうし、感じることや考えも時が経つにつれて変わっていくでしょう。そんな中で自分の経験と私見を一般化する勇気は私には到底ありません。
しかしながら、まぁそんな固いことは考えずに今自分が考えていることを文章にするのも何かの足しになるかなという気持ちが半分と、鳥学会の広報委員としてほとんど仕事ができていないという個人的な罪滅ぼし半分で、こちらに来て得ることができたと思うものについて、最近感じていることを書きたいと思います。できれば他に海外での研究経験がある方や、または全く経験がない方からもご意見を聞いてみたいとも思います。
イギリスに住むようになってから頻繁に聞くようになったものの、それまではあまり聞きなれなかった英語のフレーズというものが多々あります。そのひとつが
“make a difference”
というフレーズです。直訳すれば、「違いを作り出す」、より正確には、「人や物事に重大な影響を及ぼす」「既存のものを変化させる」「影響を及ぼして改善する」といった意味合いが全て含まれるような、便利なフレーズでもあります。日本語でも、例えば特別な才能をもったサッカー選手のことを、「違いを作ることができる」などと表現することがありますが、この英語フレーズの影響なのではないかと思っています。
私は今、ケンブリッジ大学にあるDavid Attenborough Buildingという生物多様性保全に関わる人々が多数集まっている研究拠点に所属して、保全科学を専門とした研究を行っていますが、この建物の中でもこの“make a difference”というフレーズは頻繁に利用されています。そしてこの短いフレーズに、ここに来てから学んだ大きなことが凝縮されているのではないかと感じているのです。
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David Attenborough Building
少し前の話になりますが、昨年末に“Languages are still a major barrier to global science”という論文を発表しました。この論文のメッセージは、言語が科学、特に生物多様性保全のような環境科学の発展や活用に対して、二つの側面で「障壁」になっているということです。
言うまでもなく英語は今や科学者にとって世界の「共通語」ですが、実際には世界中で英語以外の言語で書かれた学術文献も毎年数多く出版されています。これら「非英語」の学術文献はその言語を理解する人々以外にとって、つまり国際的には、言語の障壁によって「目に見えない」科学的知見として埋もれていることになります。一方で、英語を母語としない人々が科学的知見を(例えば自身が住む地域で行われる保全活動のために)利用したいと考えても、世界の多くの重要な知見が英語で発表されている現状では、やはり言語の障壁がその利用を妨げていると言えるでしょう。この論文には日本語の要旨も付録されていますので、興味を持たれた方はこちらをご一読いただければと思います。
これらの問題は、日本人であれば誰でも当然のように知っている事実だと思います。日本語で発表されている多くの有用な論文は、国際的には陽の当たる機会がなかなかありません。また多くの日本人にとって、英語の文献を読むことは日本語を読むように容易ではありません。こういった問題はもちろん私自身、海外に渡航する前から常々感じていることでありました。しかし、この問題について今回こうやって論文として発表することができたのは、海外に拠点を移したからこそだと思うのです。
そう考える理由のひとつは、単純にこの論文を書くにあたって必要だった情報へのアクセスという側面からです。
この論文では、学術論文の発表数が多い16の言語について、生物多様性保全に関わる論文の出版数と関連した雑誌を調べているのですが、当然のことながらその過程で各言語を母語とする研究者の協力を得ることが不可欠でした。スペイン語やポルトガル語、中国語のみならず、トルコ語やペルシャ語からポーランド語まで、果たして全ての言語の話者がそう簡単に見つかるのだろうかと思っていたのですが、自分でも驚いたことにその多くはこれまで6年間ケンブリッジに滞在していた間に出会った知り合いの中から簡単に見つけることができたのです。ポルトガルやメキシコ、コロンビアから来ていた学生、解析の相談にのったドイツ人の学生、トルコから来たポスドク、オランダ人やポーランド人の訪問研究員、学会で知り合ったイランからの学生、中国の共同研究者等々、公私にわたってこれまで関係を築いてきた彼ら彼女らは、連絡を取ると私からの要望に快く協力してくれました。出不精の私がこれだけ多くの人とつながってこられた理由は、世界中から様々な人が訪れては去っていく、ケンブリッジという大きな研究拠点に滞在しているからに他ありません。
そしてもうひとつ、より重要だと思うのは、自分自身の中にある科学に対する態度の変化(手前味噌ながら成長、といってもいいかもしれません)でした。
こちらに来るまで、私は生物多様性保全に対して科学者が果たすことのできる役割をかなり懐疑的に、むしろ諦めにも近いような気持ちで、見ていたように思います。保全生物学者としていろいろな研究はできる。しかしその研究が対象とした種や生態系の状態を改善していくために本当に貢献できるかと言うと、正直言ってそれはまた別の問題、と割り切っていました。
ケンブリッジに来てから、文字通り浴びるように多くの研究者の言葉を聞き、また直接言葉を交わすようになってから、その考えは徐々に変わっていきました。ここには本当に多くの研究者が世界中からやってきます。学生やポスドク、研究室主宰者として所属するために、セミナーで話をするためやサバティカル期間中に、また様々な形の訪問研究員として、国内外の研究者がひっきりなしにやってきます。いわゆる「優秀な」研究者、多くの論文を著名な雑誌に発表しているような研究者にも数多く会ってきました。しかし、その中で話を聞いて、話をして本当に心を動かされるのは、“make a difference”というフレーズを本当に体現している人、より具体的に言うならば、保全科学の分野では「世界」(この場合、地球全体という意味の世界だけに限らず、対象とする系とか社会といった意味ですが)をよくするために本当に変えようとしている人だと気付くようになりました、
例えば渡英後ずっと研究室に受け入れてくれているSutherland教授は、議論の端々で、「solution(解決策)は何だろうか?」と聞いてきます。生物多様性保全に対して科学的な貢献を目指すためには、問題を提起するだけではなく、具体的な解決策まで提示して、実際に世界をよりよくしていかなければならない、そういった姿勢を常に感じます。彼は以前、ある学会のために寸劇を作ったことがあるそうです。それは「舞台上である人が突然倒れ、多くの医者が駆けつけるが、皆で倒れた人がどれだけ長生きすべきだったのかを研究する方法を議論するばかりで、誰もその人を蘇生させようとしない。」というもので、彼なりに今の保全に関わる科学の問題点を指摘しているものでした。そんな周囲の研究者の姿勢に感化され、私ももっと真正面から世界の現状をよりよくしていくための科学を追求していっていいのだと気付かされました。
そうやって考えた時に、生物多様性保全のための科学は、生物を見ているだけの保全生物学だけでは必ずしも「世界に違いを」もたらすことができず、良くも悪くも今や地球環境の命運を握っている人類自身の動態や行動、意思決定も見ていかなければならない、そこまでを含めて「保全科学」と呼ばれているのだということを、身をもって理解することができました。
同時に、目も眩むような能力や実績を備えた研究者があふれている中で、どうすれば自分も保全科学の世界で、そして実際の生物多様性保全に対して貢献ができるのだろうかと、必死に考えるようになりました。その結果たどり着いたのが、保全科学における「情報のギャップ」という問題でした(詳しくはこちらの論文を参照)。
このように自分の研究に対する姿勢が大きく変化して、その姿勢や問題意識を初めてひとつの形とすることができたのが、今回の論文でした。そういった意味でもこの論文は自分にとっても特別な論文で、これを機会に今後も自分ひとりの力は微力ながら、常に“make a difference”を目指した研究を志していきたいと思います。
もちろん「違いを作り出す科学」が海外でないとできないと言いたいわけではありません。ただ私にとってはこのように自分の研究に対する考えが変わったことが、そして端的に言えばこの論文を書けたことが、今感じる海外に来たことの大きな利点のひとつだったと思うのです。他にも「明日、リュックサックを持って海外へ行け」に私が同意する理由はいくつかあるのですが、それについてはまた機会があればということで、この文章はここまでとしたいと思います。
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66巻1号の注目論文は須藤さんらによるスズメの論文に

2017年5月16日
和文誌編集委員長 植田睦之

2017年4月発行の日本鳥学会誌66巻1号の注目論文は須藤さんらによるスズメの論文になりました。

日本鳥学会誌 66巻1号 注目論文
須藤 翼・柿崎洸佑・青山怜史・三上 修 (2017) 緑地の存在と住宅地の隙間の数がスズメの営巣密度に与える影響. 日本鳥学会誌 66: 1-9.

この論文は,スズメの減少要因について検討したものです。近年,スズメの減少が注目され,その原因として採食地や営巣場所がおよぼす影響について個々に検討されてきました。本論文ではその両方について調査検討し,どちらともがスズメの生息密度に影響している可能性を示した点が興味深く,注目論文として選定しました。

以下のURLより,どなたでも読むことができます。
http://doi.org/10.3838/jjo.66.1

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愛のことばはステップで −青い小鳥のタップダンス−

2017年5月8日
北海道大学大学院理学研究院生物科学部門
理学研究院研究員 太田菜央

鳥にとって,音は非常に重要なコミュニケーション信号の1つです.ある時は美しい歌(さえずり)によって異性を惹きつけ,ある時は警戒声を出すことで捕食者から身を守ります.これらは私たちのおしゃべりと同様,「発声」によっておこなわれるコミュニケーションです.しかし一部の鳥類では,ヒトが手を叩いたり楽器を演奏するように,発声以外のユニークな方法で音を発し,コミュニケーションをおこなっていることが知られています.

私は北海道大学で博士後期課程在学中から現在まで,相馬雅代准教授の研究室にてルリガシラセイキチョウ(英名Blue-capped cordon-bleu,学名Uraeginthus cyanocephalus)と呼ばれる小鳥の求愛行動に関する研究をおこなってきました.その中で,ルリガシラセイキチョウがまるでヒトのタップダンスのような動きで足から音を出し,異性にアピールしていることを発見しました [1, 2].

その動画は以下のリンクからご覧ください(リンク:ルリガシラセイキチョウの求愛行動,national geographicより).はじめにオスの動画が出て,後半にメスの動画が流れます.

ルリガシラセイキチョウは漢字で「瑠璃頭青輝鳥」と書きます(以下,簡略化のため「セイキチョウ」と呼ぶことにします).その名の通り,コバルトブルーのような鮮やかな青色が特徴の小鳥です.オスの頭が特に青く(=瑠璃頭),メスの羽装はオスに比べると全体的に少し地味です.野生ではアフリカに生息する,体重10グラム前後の非常に小さな鳥です.セイキチョウは求愛行動として,オスとメスの両性が巣材(羽根や植物の繊維など)をくわえ,ジャンプを繰り返しながらその間に何度か歌をうたいます.
セイキチョウの求愛行動を観察する過程で,ジャンプの着地時にパチンと大きな音を出していることに気づきました(図1a, b).小鳥がただ小さくジャンプしているだけにしか見えないのに,このような大きな音が出るのはとても不思議で,何か人の目には捉えることのできない動きが隠されているのではないか,と考えるようになりました.そこで求愛時の微細な動きを捉えるため,通常のカメラに加えてハイスピードカメラを用いて撮影を行いました.私たちが使用したハイスピードカメラは,通常のカメラ(1秒30コマ)の10倍のコマ数(1秒300コマ)で動きを捉えることができます.
撮影の結果は,先のビデオでもご紹介した通りです.人の目では一度ジャンプしただけのように見える動きの中に,足をバタバタと何度も止まり木に叩きつけ,ステップを踏むような高速運動が含まれていることが明らかになりました(図1c).この運動が,ジャンプ着地時の大きな音の産出につながっていました [2].

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図1 (a) 求愛時のソナグラム(声紋).歌っているとき以外にも,ジャンプ時に音がでているのがわかる.(b) ジャンプ着地時のソナグラム拡大図.(c) 1一回のジャンプ中の足の動き.

セイキチョウの求愛行動の不思議
セイキチョウの求愛行動は,その見た目自体がただ面白いだけでなく,コミュニケーション行動を研究する上でも興味深い点がいくつもあります.

第一に,オスとメスの両性がこの求愛行動をおこなうことです.そもそも派手で複雑な求愛行動は,産卵や子育ての負担が大きいメスがオスを選り好みすることで,オスの特徴として進化したと考えられてきました.例えばキガタヒメマイコドリのオスは,羽根をこすりあわせることで音を発します[3](リンク(Cornell Lab of Ornithologyより)).彼らは求愛の歌をうたわず,メスのみが子育てをおこなうことから,歌の代わりにメスを惹きつける手段としてこのような複雑な行動を獲得したと考えられています.
一方セイキチョウは社会的一夫一妻制で,両親で子育てをします.雌雄が求愛行動をおこなうことと,複雑な歌がうたえるという点においてもキガタヒメマイコドリとは対照的です.セイキチョウのダンスについて個体毎に比較してみると,個体によって1ジャンプあたりに踏めるタップ回数にはばらつきが見られました(図2).しかし顕著な性差は見られず,オスもメスも同じくらい複雑な求愛行動をおこなっていることが分かりました(図2).

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図2 ステップ回数の個体間変動

またもう1つの独特な点として,歌に付随する行動(巣材をくわえてタップダンスをすること)がコミュニケーションに重要な役割を担っている,ということが挙げられます.例えば相手が近くでダンスを見ているときにより多くのステップを踏み,歌っているときはそうでないときに比べてステップ回数を減らすなど,状況に応じた行動調節が見られることがわかりました (図3).これらの行動の機能に関しては今後詳しく検討する必要がありますが,自身の状況や相手の様子に合わせてダンスを調節することは,より効率的かつ円滑なコミュニケーションに寄与しているようです.

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図3 1 (a) ダンスをする個体が歌っているかどうかと(b) パートナーが同じ止まり木にいたかどうかによるジャンプあたりのステップ回数の変化.線でひいた部分が個体内変動を示す.黒丸がオスで白丸がメス.

鳥類のコミュニケーションはまだまだ謎だらけ
セイキチョウが属する鳴禽類カエデチョウ科の鳥類では,オスの求愛歌について多くの研究がなされている一方,歌と同時におこなわれる行動に関する研究は少ないです.しかし近年では,キンカチョウやコトドリの求愛ダンスが歌の決まった部分に振り付けられていることが報告されており[4,5],視覚と聴覚の両方を介したコミュニケーションの重要性に注目が集まりつつあります.セイキチョウがなぜ歌に加えて巣材やタップダンスによる求愛をおこなうのか(しかも雌雄で)を調べることで,視聴覚コミュニケーションの機能と進化を理解する一助となると考えています.
また,ルリガシラセイキチョウ以外のカエデチョウ科鳥類でも,歌以外のユニークな求愛をおこなうことが知られています.ルリガシラセイキチョウの近縁種(red-cheeked cordon-bleu)も雌雄でタップダンスをおこないますし(図4,[1]),文鳥では雌雄がくちばしをこすることでパチパチと音を出すことが報告されています (図4,[6]).鳥たちのコミュニケーションには,私たちが気付けていない面白い側面がまだたくさん隠されているのかもしれません.もしかするとあなたの家の小鳥や近所の野鳥達も,思いもよらない方法で愛をささやきあっているかも?

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図4 (a)ルリガシラセイキチョウとよく似たタップダンスをおこなうred-cheeked cordon-bleu.ダンスをしている頰の赤い個体(左)がオス.(b) 仲良く並んだ文鳥の写真.

参考文献
[1] Ota, N., Gahr, M., & Soma, M. (2015). Tap dancing birds: the multimodal mutual courtship display of males and females in a socially monogamous songbird. Scientific reports, 5, 16614.
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